騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
武装神姫復活でトリントン基地を襲撃するジオン残党の様に集まる武装紳士達、そしてワンフェス直前にも関わらず新商品を発表してきたバンダイ、コトブキヤ。更なる隠し玉が、財布を狙って目を覚ます!
「あー、それはこっち持ってってくれ」
ひょんなことからファミパンを喰らい、ユニオンリバーという喫茶店で暮らすことになった陽歌。あれから数ヶ月経ち、年を越して一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。
いつもは客も少なく、ぐだぐたした店であるが今日は何だか忙しそうである。普段彼がいる二階の休憩室でさえ、何かの作業をしている。ソファにちょこんと座り、わたわた動く同居人達の様子を見ていることしか出来ない。
「な、何か手伝う……?」
慌ただしく動く七耶に、陽歌は手伝いを申し出る。一応、居候なので何かしないといけない様な気がしていた。
「んー、あぁ……そういえばお前には言ってなかったな。明日のワンフェスのこと」
「ワンフェス?」
七耶は手伝いのことよりも、何の作業なのかを説明しだした。
「ワンダーフェスティバルの略だな。平たく言えばホビーイベントの一つで、フィギュアやプラモの新作発表や個人ディーラーの即売会がある」
七耶は作業を放り出して陽歌の隣に座る。
「とりあえず気分転換と振り返りがてら話しておくか。うちにいるなら、毎年あるイベントだしな。7人姉妹が四組もいれば準備も余裕だろ」
とにかく大所帯のユニオンリバーなので、陽歌もまだ全員としっかり話せていない。その姉妹達の中で特に関係が深いのは、あのオフ会にいた白虎姉妹の長女ナル、何かと気に掛けてくれる青龍姉妹の長女エヴァとそれを監視してるらしき末妹のヴァネッサくらいである。残る朱雀姉妹と玄武姉妹とはそれほど付き合いが深くない。多くが昼間どころか時間問わずフラフラしているので、滅多に全員集合は見られない。
「ま、言ってしまえば立体物を売るコミケだな。そこと違うのは……その日だけ売っていいって許可を版権元から得る『当日版権』を認可してもらって販売する商品があるってくらいか」
七耶の説明だと、コミケでは版権を得ずに販売している様に聞こえてしまうので陽歌は戸惑った。コミケはミリアがコスプレをしに行ってるので内容は彼も知っていた。
「え?コミケって許可得てないんですか?」
「その辺はグレーゾーンだ。版権元もいちいち許可出したりライン作るの面倒なのか、『放任』の姿勢を取っているな」
コミケで販売する同人誌は商品ではなく、コミケ自体も商売の場ではなくインターネットのイラスト投稿サイトが無かった時代に作られた『発表』の場である。そのため、その辺は緩い。
「とはいえ、ディズニーや円谷みたいに厳しいところは厳しいし、『これっていいんですか?』って聞かれたらダメと答えるしか無い。馬鹿が公式に突撃した結果同人活動が出来なくなった場合も多々ある」
ただあくまで著作権の侵害が被害者本人が届け出ないと立件されない親告罪であることを利用した緩さではあるので、注意が必要だ。渋谷で公道を爆走するリアルマリオカートみたいにやり過ぎれば訴えられるし、版権元も許可を出しているか聞かれれば出していないと言うしかない。また著作権法が改定されて非親告罪になればあっという間に取り締まられる危ういラインの存在でもある。
「コミケの話はいいか。で、その個人ディーラーが作ったフィギュアや改造用のパーツを買えるのがワンフェスの目玉でもあるな」
ワンフェスではコミケの同人誌の様に、個人が作った立体物を購入出来る。当日版権の存在から、ここでしか買えないものも多い。
「個人が作ってるから大量生産出来ないし、その分お値段も張るが……メーカーが出してくれないニッチなものからオリジナルデザインのものまで多種多様だ。改造パーツやデカールなんかは愛機に使ってやると一気にライバルに差を付けられるぞ」
メーカーは商売なので当然、採算が取れないと商品化してくれないが、個人ディーラーは趣味で作っている人が多いので絶対立体化しない様なあんな脇役メカやマイナー武装、欲しかったあのマークのデカールなどが手に入るチャンス。
さらに完全オリジナルのパーツもあるので、入手出来れば改造のオリジナリティがグッと上がること間違いなし。
「何だか凄そうだね……」
「ま、そういう貴重なモンが売られる分、転売屋が沸くんだがな……」
楽しげなイベントではあるが、金の匂いがする所に奴らあり。転売には要注意だ。
「転売屋?米騒動やオイルショックのトイレットペーパーみたいなことがあるだね」
市場から商品を買い占めて高額で売り捌く犯罪者、それが転売屋だ。陽歌は本で読んだ知識から生活必需品の品薄に漬け込むのが基本の手口と考えていたが、近年はオークションサイトの手軽さからその活動範囲を広げている。
「まぁあいつら売れるもんなら梅干しの種でも何でも売るからな。ゼロワンドライバーの時とかクリスマスの時とか、結構な騒動になったもんだ……」
七耶は昨年、転売屋が起こした騒ぎに思いを馳せる。九月頭にあった変身ベルト、DX飛電ゼロワンドライバーのことはともかく、クリスマスの時は陽歌も療養中で知らないことだ。
「最近の転売屋は質が悪くなってな、黄色い布巻いて押し込み強盗みたいな真似しているマーケットプレイスって連中がいるんだ」
その二件の騒動は転売屋ギルド、マーケットプレイスが引き起こしたものであった。今回も動く可能性があるので、主催者は注意を呼び掛けている。
「会場で買えなくても、後日通販してくれたりするディーラーさんもいるぞ」
ディーラー側でも対策を取っており、オリジナルだったり版権モノでも著作者が許せば通販で流通数を増やす事で、転売されたものを買わなくてもいい様になっている。多くのメーカーが取っている対策の一つであり、まさに在庫を抱えて爆死しろと言わんばかりに生産する会社も多い。
その他には、キャラものなら作品への基本知識を問う、商品名を日本語で正しく言えるか、そのゲームで必ず手に入る最低レアの該当キャラを持っているか、など幅広い対策が行われている。このグローバル社会で日本語指定なのは奴らの多くが『大陸のテンバイヤー』だからである。
「何か色々大変そうだね」
「ま、今年は武装神姫のゲームが発表されたからなんかあるだろうし、チラ見せの情報だけでも凄いものが待ってるかもしれん。ディーラーでのお買い物をしなくても、新作を生で見られる機会と考えりゃ十分ガイドブック代の元を十二分に取れるさ」
忘れてはいけないのが、ガイドブックの存在である。ワンダーフェスティバルは入場料の必要なイベントで、事前に書店や海洋堂の通販でガイドブックを買うか当日に購入する必要がある。事前に買っておくと当日にガイドブック購入の列に並ぶ手間が省けるのでオススメだが、新作の展示を見るだけだったりイベントの空気を味わう分には当日購入でも十分だ。
特に絶対欲しい販促物が無いなら案外十分だったりする。
「今年は私達がディーラー参加だ」
そして、今年はユニオンリバーが間借りではあるがディーラーとして参加することになった。そのため、準備で忙しかったのだ。
「何売るの?」
「お茶」
肝心の販促物はティーバックに入ったお茶だそうだ。何とも静岡らしいチョイスである。
「あと色紙。まぁ今回はディーラー参加についての勉強って感じだな」
重要なのは売るものよりもディーラー参加の経験値を稼ぐこと。何事もやってみないと分からない。
「というわけで小僧、お前も行こうじぇ」
「え?」
七耶は唐突に、陽歌を連れて行くと宣言した。しかし彼は極度の対人恐怖症。知らない人がたくさんいる中に行っていいのだろうか。更に陽歌は、寒さに弱い。暑さなら我慢できるが、寒さとなると過去のトラウマからパニックに陥ってしまうのだ。
「だ、大丈夫かなぁ……」
「安心しろ。手は打ってある」
心配になる陽歌だが、七耶は既に対策を考えていた。その方法とは、そしてワンフェスで発表される衝撃の新商品とは?
七耶の立てた対策により、安心安全のワンフェスを楽しむ陽歌の前に、あいつらがやってくる! 黄色い布巻いて、金の匂いに集る蠅。否、蠅と比べたら失礼か。蠅は植物の受粉や死肉の分解に活躍しているぞ。そう、転売屋ギルド、マーケットプレイス!
立ち上がれ陽歌! 自分を救ってくれたホビーを今度はお前が守る番だ!