騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 バレンタインとは、流血沙汰である。
 地球ではギャングの抗争があり、ある次元では宇宙の居住区に核を撃ち込み、またある次元では戦闘職にチョコレートを渡して愛を伝えようとした人々が虐殺されたり、もうまさに地獄としか言えない有様なのだ。


バレンタイン2020 メイドインチョコレート

 2月14日、それはお菓子メーカーの陰謀により定められたイベント。チョコレートを贈るという習慣は近年出来たもので、本来は愛する者の結婚を手伝った殉教者、聖バレンタインの命日である。

そんなイベントなど関係無い。というわけで貴方は今日もいつも通り過ごすことになったが……。

まずはどこに行こうか?

 

▽喫茶店に行く

▽厨房へ行く

▽休憩室へ行く

 

喫茶店ユニオンリバー。そこまで有名な店とはいえないが、チェーン店の様に人の出入りが激しくないことから落ち着いた場所ともいえる。が、騒動喫茶の異名は伊達ではなく何らかの世界が破滅する恐れのある騒ぎが日常的に起きている。

それでも、見知らぬ誰かが大声で話す様な場所に比べれば不快感の無い騒ぎである。むしろ、この勢いは爽快感さえ覚える。

「あら、いらっしゃいませ」

そこのウェイトレス、アステリアがいつもの様にお冷やとおしぼりを持って出迎えてくれた。席が空くのを待たずに座れるのも快適さの一因だ。そして、メイド姿の彼女にあくまで商売であるがこうして接してもらえるというのがここに来る最大の理由だろう。恐らく、常連客の大半がアステリアを初めとする美人な従業員を目当てにしている。

アステリアがメイド服以外を着ているところを見たことは無いが、ロングスカートのクラシックなエプロンドレスはとても似合っている。露出の無いゆとりのある衣服だが、その上からでも分かるほどスタイルはいい。メイド服が、主人が誤ってメイドに手を出さない様に最大限色気を削ったものという成り立ちに疑問符を呈したくなるほどだ。

レースのヘッドドレスを乗せた青髪は短めに切り揃えられており、メイドとして作業に支障をきたさない様にという配慮が見受けられる。

「ご注文は……いつものブレンドコーヒーですね」

頼む物が同じなので注文も覚えてもらっている。が、気分による変化がある可能性も考慮して尋ねてくれる。何処までも行き届いたメイドである。彼女が机に置いたものに、見慣れないものがあった。ラッピングされた小さなチョコレートだ。

「今日はバレンタインですから、いつもお世話になっているお客様に」

お店からの、所謂義理チョコだ。単なるサービスと分かっていても、嬉しいものだ。

注文を取り終えたアステリアは厨房に向かっていく。そして、すぐにコーヒーを持って戻ってくる。しかし机に置いたのはコーヒーだけではない。頼んだ覚えのないチョコレートケーキが一切れ。

これは? と思ってアステリアを見ると、彼女は黙って唇に人差し指を当てた。そして、そのまま厨房に戻る。

 

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『僅かな私心』

アステリア・テラ・ムーンスからのバレンタインチョコ。店からのサービスであるチョコに、アステリアお手製のチョコレートケーキ。いつもご贔屓にしてくれる貴方へ、心ばかりの感謝を。

 

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喫茶店ユニオンリバーの厨房は設備が整っているが、その全てを店の経営において一挙に稼働させる機会は少ない。大所帯かつ多数の大喰らいをかかるユニオンリバーを支える台所としての役割が大きい場所だ。

「まぁ、寄ってけよ」

そんな気安さからか、普通に客を入れることが多い。料理長のカティも、衛生にこそ気を使っているが抵抗なく来客を受け入れる。飲食店の心臓部とも言えるこの空間に迎えるということは、それだけでも信頼の証なのだろう。

あまり表に出て接客しないが、カティもテレビに映る量産型の芸能人なんかよりずっと美人である。チャイナドレス風味の衣服も相まって、アステリアらに負けないほどのグラマラスさが目立つ。

料理人としての腕も高く、機会があれば逃すことなく喫茶店で食事をしたくなるほどだ。当然毎食の様に外食するのは財布へのダメージが重いのだが。そうなると毎日、彼女にご飯を作ってもらえるユニオンリバーの人々がとても羨ましく感じる。

「ほら、今日はバレンタインだろ?」

カティは不意に、大きな箱を渡してくる。重箱だろうか、風呂敷に包まれている。渡す時の気安さからは信じられないほどの重量がある。

「ほら、私のポジションって厨房だろ? だから他の奴がバレンタインに向けていろいろやってんの見えるんだよ……」

彼女はなぜこのような事になったのかを説明する。

「でも、この店の台所持っている以上は負けられなくてな。作り過ぎた……」

生来の真剣さが仇となったのか、この始末。

「まぁ、それぞれ誰に渡すかまでは知らないからな。私ら全員分の、お前への感謝の気持ちだと思ってくれ」

恐らく、様々なチョコを作っていたメンバーに触発された結果なのだろう。チョコレート菓子としのバリエーションは殆ど網羅していると考えていい。

「ああ、お返しは考えなくていいぞ。これ自体がお返しみたいなもんだし、お返しのお返しってのも変な話だ」

こうも物理的に巨大だとホワイトデーの内容に悩むだろうと考えたのか、カティはそんなことを言う。

「あー……なんか調子狂うな……。ま、そういうことだ」

どうにも気恥ずかしいのか、カティは無理矢理話を締めた。

 

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『パイレーツコレクション』

ヘカティリア・ラグナ・アースガルズからのバレンタインチョコ。珍しくやり過ぎを自覚しているカティだがそれもそのはず、単なるチョコ菓子の詰め合わせではなく材料も宇宙海賊時代に見つけた最良の物を厳選。密かに忍ばせたハート型のチョコには、見慣れぬ文字が書かれている。

 

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喫茶店の二階に存在する休憩室は、普段ある人物らが占拠している。机にプラモデルを並べて遊んでいるのは、巫女装束を纏った黒髪の幼女だった。

「ん? ああ、今日はバレンタインだな、血の」

妙にそわそわした空気を悟ったのか、彼女は機動戦士ガンダムSEEDの世界における事件を出してくる。見た目に反して大人っぽい余裕を感じる。

 彼女は外宇宙の兵器のCPU、攻神七耶。つまりこんな成りであるが人間ではない。年齢も外見からの推測は全く当てにならないと考えていい。そんな存在が跋扈しているのが、このユニオンリバーだ。

「で、お前は貰えたのか? 浮いた話の一つも無さそうではあるがな……」

 随分失礼な物言いだが、事実なので何とも言えない。第一、このホビー界隈にどっぷりといる人間に甘い展開を期待するのが無理な話なのだ。

「ほら、これでバレンタイン0個は回避できるだろ?」

 七耶が渡してきたのは、「どうあがいても、義理」なチョコクランチ。小さいもの一つである。

「ま、お前くらい面倒見がいいと義理くらいならそれなりに貰えるだろ。あんまお腹いっぱいにすると困るだろうからな。楽しめよ」

 そう言って、彼女は送り出す。このバレンタインという戦場へ。

 

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『祭りの嚆矢』

 攻神七耶からのバレンタインチョコ。義理チョコに丁度いい小さなチョコクランチ。もちろん義理……なのだろうか。とはいえ、戦う為だけに産み出され、機械化惑星で八千年もの眠りに着き役割を終えた彼女なりにバレンタインを楽しんでいる証なのだろう。気になるあいつはどんなチョコを貰うのか、たまには祭りを眺めるという楽しみ方も悪くない。

 

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 休憩室にいると、猫の様な髪型をした金髪の少女がやってきた。ナルは今日がバレンタインということを覚えているのかというくらいいつも通りだった。

「に」

 そしていつもの様にスッとチョコを渡す。しかしその量たるや。ビニール袋にどっさりとチョコ菓子が入っている。

 え? これ一人分? という動揺も全く受け取ることなくナルは去っていった。よく見ると同じ様な袋を複数持っているので、間違いではないのだろう。

 

   @

 

『一人分のおやつ』

 ルナルーシェン・ホワイトファングからのバレンタインチョコ。アメ横のたたき売りかの如く袋に詰められたお菓子。これで一人分だが、大喰らいのナルにとっては一回のおやつである。バレンタインはチョコをやり取りする日、そのくらいの認識でいいのだ。

 




 他の間に合わなかったキャラや男性陣はホワイトデーイベントに!

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