騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
その日、陽歌は寒さと暴力から逃れる為に金湧市の図書館を訪れていた。背もたれのある椅子に深く座り、暖房の暖かさから瞼が重くなっていた。まだこの時は両腕があったため、足の先や指がかじかんで痛んでいた。
「ふぅ……」
ここは静かであり、彼を虐げる同じ学校の児童も来ないので一つの逃げ場になっていた。家では床の冷たさや寒さ、空腹で眠ることも出来ないが、ここなら少なくとも温度の問題は解決する。
「なんだ、またお前か!」
丁度良くうつらうつらとしてきたところに、一人の大人がやってきた。図書館の職員らしく、鬼の形相で陽歌を睨んでいた。
「居眠りのためだけに来やがって! 小汚いガキが!」
確かに髪はボサボサで服もよれているが、臭いと言われるのが嫌だったので陽歌は身体を拭くくらいはしている。それでも、みすぼらしさは隠せない。
「今日も来てたら追い出してやろうと思ったところだ! さっさと出ていけ!」
陽歌は反論もなく、立ち上がって図書館から出ようとする。抵抗しても、いいことが無いのは既に学習済みだ。
「何をしている?」
騒ぎを聞きつけたのか、高齢の男性がやってきた。ただでさえ分が悪いのに、敵が増えては困る。陽歌は急いで帰ることにした。その時、男性から意外な言葉が飛んできた。
「大丈夫かね? 怪我しているようだが……この男にやられたのか?」
怪我のことを聞かれ、陽歌はきょとんとする。職員は慌てて男性の言葉を否定する。
「殴っていません!」
「本当か?」
男性は疑いの目で職員を見る。気が抜けて倒れかかった陽歌を、彼は咄嗟に支える。
「おっと、これはいかんな……」
そのまま陽歌を椅子に座らせると、男性は腕時計を見て渋い顔をする。
「うーん、飛行機の時間が恨めしいな……。君、学校は嫌いかね?」
質問の意図が分からず、陽歌は困惑する。こういう質問には、どう答えるのが『正解』なのか見当も付かなかった。男性も彼が答えに困っている様子を察して、話を続ける。
「もし、どうしても学校に行くのが嫌なら、図書館へ来なさい。勉強というのは学校の授業だけではないのさ」
そう言って、近くにあった本を男性は陽歌に渡した。それは北欧神話について書かれた本であり、表紙には主神オーディンの姿が描かれている。
そのまま男性は立ち去る。嵐の様な出来事だったが、このことは陽歌の中に深く刻まれた。
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1月26日、この日はユニオンリバー主催の新年会がおもちゃのポッポで催された。おもちゃのポッポは静岡県島田市内にある個人経営の玩具店で、量販店にはない掘り出し物が満載である。そこには工作室もあり、買ったプラモデルを組み立てることが出来る。
カードゲームをするスペースも使って行われる盛大な工作会が新年会の主な催し物だ。多くの人が県内外から詰め掛け、狭いスペースにぎっちり詰まっている。
「……」
そんな中、緊張の面持ちで隅の席に座る陽歌がいた。以前のオフ会で偶然この集団と出会ってから、そのメインメンバーの一人にファミパンされて持ち帰りされた彼はユニオンリバーという喫茶店で暮らしていた。献身的な看護の結果、年を越す頃には肉付きもよくなり顔色も改善、目の隈も消えていた。ボサボサだった髪はボブカットに切りそろえられている。
「そんな緊張するなって。変人だが悪い奴らじゃない」
「そ、そうですね……」
七耶は陽歌に声を掛ける。それでも本能的な恐怖は抜けないのか、胸の前で手指を絡めてもじもじしていた。着込んでいる白いパーカーは大き目なのか袖が余っていた。ボトムスが黒のホットパンツとタイツなので細い足が更に引き締まって見える。靴はアサルトブーツと思いの他履くのが難しいものが選ばれている。
「私は木葉胡桃、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
陽歌の向かいに座ったのは、黒髪をベリーショートまで切り揃えた少女。ミリアの知り合いで自分の事情も知っているというので、他の他人よりは警戒も薄れる。
そもそも、ここにいる人間は生放送でよく話すのでかつて自分を虐げていた者とは大きく違うと彼は頭で理解していた。とはいえ、本能的な恐怖が無いわけではない。
「はー、なるほど……響くんとお揃いだね」
胡桃の隣にいるのは、周囲から浮いた少女だった。浮いているというのは雰囲気ではない。物理的に、である。窮屈な場ではあるが、それを感じさせないほど自由に振る舞っている。何せ、他人や机などを身体が貫通しているからだ。まるで出来の悪いCGみたいに。
見かけは栗色のボブカットがふんわりと小動物の様な印象を与える小柄な少女である。だが、本人曰く『幽霊』なんだとか。
とか言いつつ、彼女の描いた絵を見るだけで他人には見える様になるらしい。生放送の説明ではそういうことになっていた。陽歌としては、ロボットだのケイ素生命体だのがいるので幽霊くらいは普通に感じる様になっていた。
「あ、私は暦リーザ。陽歌くん、よろしくね!」
リーザは机を貫通しつつ陽歌の手を取り、握手しながら持ち上げる。途中で机に義手がぶつかるが、陽歌はそれさえ気にならないほどの驚きを覚えた。
「え……?」
「あぁ、ごめん。引っ掛かっちゃった」
触覚を持たないはずの手で、リーザの手の柔らかさや体温を感じることが出来た。これは、どういうことなのか。
「おー、どうやらそこも響くんと同じみたいですな……それでは、試させていただく!」
彼の反応だけでその事実を察したリーザは急に陽歌へ飛びかかる。
「うわぁ!」
だが、身構えた彼の予想に反してリーザは机や椅子ごとすり抜けてしまう。これは何の試みだったのか。
「響さんは全身強化だから勝手が他の人と違うって……」
「あー、そういえばそうだったね……」
義手に触れたことから察するに、生物へは干渉出来ないらしい。胡桃の語る響という人物は人工物が全身にあるのか、触れられるみたいだ。
「おー、仲良くやれそうでよかったよかった」
隣に座っていたミリアは三人の様子を微笑ましげに見ていた。胡桃とリーザはミリアがコミケで知り合った友人である。コスプレを趣味とするミリアは、コミケ以外にもよくコスプレイベントで胡桃と行動を共にする。
リーザは胡桃の友人で同人作家をしている。二人共高校生であるが、リーザの小柄さはとてもそう見えないほどであった。
「響くんも来ればよかったのに。陽歌くんも義手の先輩がいたら心強いでしょ?」
「そ、そうですね……」
周囲に同じ様な義手を使っている人間がいないため、確かに同じ立場の先輩は貴重な存在であると陽歌は思った。同じ悩みもあるだろうし、それに対する解決策も持っているかもしれない。
ミリアは響の名前を聞いて、かつてのことを思い出す。
「そうだ、響といえばこの前台風で沈んだポッポの在庫を動く様に直してくれたんだよね」
「凄い人ですね……」
おもちゃのポッポが台風の被害を受けた際、電子部品を使うおもちゃが水没して故障してしまったのだ。それを響が修理して、定価では流石に無理だが半額程度で販売出来る程度に復旧してくれたことがあるらしい。在庫の中には量販店から姿を消した過去のおもちゃも多く、パッケージや説明書無しでも欲しがる人がいる。それに、仕入れた商品が全くダメになってしまうのはダメージが大きい。
「義手でもそこまで出来るなんて……」
「ま、でも訓練すれば出来る様になるくらいに捉えればいいから。生活に困らないならそこまで極めなくてもいいと思うし」
響というまだ見ぬ義手の先輩に陽歌が畏怖を感じていると、胡桃がフォローを入れる。確かに、そのレベルまで到達出来れば凄いのかもしれないが生活だけならそれなりでも成り立つ。よくテレビで取り上げられる障がい者は何らかの特技を持っているため多くの人が勘違いしがちだが、本来は健常者と同じ様に生活するだけで凄いことなのだ。
「そういえば今日、さなちゃんいないね」
「何だかどうしても外せない用事があるんだって」
胡桃はいつもミリアと行動を共にしているさながいないことに気づいた。さなは月の住人で、陽歌の義手を初めとしたナノマシン技術の出処を故郷としている。
「ん、ああ、珍しくあの兎と一緒に仕事するんだってな」
七耶はユニオンリバーに出入りしているもう一人の月の住人と共に用事があることを思い出した。あの二人が誰かに投げず、同時に自ら向かうとはよほど重要な要件なのだろう。
「さて、その二人の分までそろそろ作り始めますか」
「私プラモ作るの初めてー」
胡桃はここで買ったプラモデルを取り出し、製作を開始した。彼女が選んだのは今週発売の『光武改(大神機)』。セガサターンというゲーム機で発売されたソフト、『サクラ大戦』シリーズに登場するロボットのプラモである。一方、リーザは初心者ということもあり『SDBD:Rヴァルキランダー』をチョイス。こちらは高いプレイバリューに対してパーツ数少なめでハロプラ同様、手もぎでパーツの取れるキットになっている。
陽歌が選んだのはSDCSのシャア専用ザクⅡ。加えて今月発売されたレッドカラーのクロスシルエットフレームにシルエットブースターだ。SDCSは内部のフレームを選択することで、頭身を自由に選択することが出来る。基本的に、同梱されているのはSDフレームと呼ばれるものだが、別売のクロスシルエットフレームを使うことで頭身の拡張、及び可動範囲の拡大が出来る。また、シルエットブースターに付属のパーツを使えばさらに頭身を伸ばしたり縮めたりすることが出来るのだ。なにより、ザク系向けに丸みを帯びた太腿部のフレームパーツが付属、ハンドパーツも豊富だ。
長い歴史を持ち、本家以上に多数の派生作品を持つSDガンダムでは頭身一つとっても様々な解釈がある。そこを自由に出来るとても便利なシリーズである。
ホワイトとグレーは発売済みで、レッドというよりはピンクに近いが同時発売のグリーンと合わせてザクに使えと言わんばかりの構成が今月発売された。金型を流用しているせいでそれぞれに緑とピンクのジム頭やジム用パーツが付いてくるのだが、まぁカラーコーデにでも使うといいだろう。最近は30ミニッツミッションといい、コアガンダムのプラネッツシステムといい、塗装をしなくてもカラーカスタムが楽しめる様にと配慮がされている。
「ん? ああ、そういうこと……」
SDなので組み立ては簡単だが、肝心のフレームが二種類あったり、そのフレームに差し替えるパーツがあったりで複数の説明書を跨いだりする必要があるので慣れない内は大変かもしれない。脚と腕でフレームを差し替えて好みの体型にしたり、片腕だけ長くして異形腕っぽくしたりと工夫のしようも多い部分ではあるが、自由度の高さは同時に初心者を苦しめ易いというジレンマ。
「おー、ここメッシュパイプなんだ」
胡桃は慣れているのか、少々難易度の高い光武をテキパキ組み立てていく。コスプレイヤーの大半が衣装を説明書も無い状態、時折僅かな立ち絵のみから自作するのでやはり手先は器用なのだろう。それだけではなく、プラモデル慣れしている様子も見られる。
「くーちゃん早いね。プラモデルとコスは別だと思ってた」
リーザはキットが簡単ではあるものの、パーツ探しに苦戦しているのかペースがゆっくりだ。同人作家で当然手先が器用なリーザでも、プラモに慣れていないとランナーからパーツを探す、説明書の通りに組むなど独特の作業には時間が掛かる様だ。
「まぁ、最近はプラモデルが題材のアニメとか増えて来たし小道具としてまんま使うことあるからね。そうで無くてもロボアニメとかだと貴重なキャラグッズだし」
胡桃の様に、機体への想いというよりそれに乗るキャラクターのグッズとしてプラモデルを集める層も存在する。艦これやガールズ&パンツァーが流行った時には普段買わない人がプラモデルを買ったりしたのだ。
「はー、そういうこともあったねー。私なんか艦これの艦隊一つ分プラモ買ったけど、箱開けてビックリしちゃった。あんなに薄い箱なんだから簡単なんだとばかり」
最近は接着剤不要、成形色でカラー際限のプラモが多いので、スケールモデルなど接着、塗装必須のプラモはランナーの段階でユーザーの心を折ることが多い。
「あれ? 艦これの時だっけ?ガンパンやコトブキ飛行隊でもやらかしてなかった?」
「そうそう、その時のことを忘れててね……」
しかもリーザは似たようなコンテンツに対して同じ過ちを繰り返していた。スケールモデルに挫折する経験を陸海空制覇している。
「まぁ、物が替われば別物だと思うから多少はね?」
「アズレンでもやってた……」
加えて海は二冠。もう言い逃れ出来ねぇからな。
「ま、まぁそういうことありますよ」
陽歌もホビーには詳しくないので、この事を他山の石としようと心に誓いつつフォローする。
「あるよね!」
リーザもそれに応えてダブルピース。胡桃はこの開き直りっぷりに少し頭を抱えていた。
「なんだろ……まぁ他人に迷惑掛けるミスはしないし、見てて面白いからつい甘やかしちゃうんだよね」
「いやいや、私やらかしちゃってるから」
その言葉をリーザは即座に否定する。というのも、今の彼女の状態にその原因があった。
「階段から落ちるなんて死に方しちゃって、みんなに迷惑かけたなって」
「死ぬのは不可抗力ですよ……」
露骨に感情を出さないものの声のトーンが落ちたことから本気で気にしていることを察した陽歌は、それはどうしようもないことだと伝える。
「僕だって、死にたくは無かったですけど振り返ってみれば死んでてもおかしくないことばかり……」
瞬間、彼の脳裏にある光景が浮かぶ。回りの人間が氷付けにされ、自分も氷に閉じ込められる。異形の怪物に連れ去られて何処かも分からない場所へ連れていかれた。永遠にも思える長い時間、同じく凍った人々がその数を減らしていく光景。
「ッ……」
それを思い出すと、身体が冷えていく。リーザや胡桃は当然として、ミリアに迷惑を掛けたくない一心で陽歌は震えを誤魔化した。
「陽歌くん?」
彼の異変に気付いたのは意外にもミリアではなくリーザだった。具体的な事は分かってない様だが、先ほどの言葉から状況を推察したらしい。
「辛い事があったら、吐き出していいんだよ。我慢して壊れちゃった人を知ってるから……」
「リーザさん……」
リーザの知り合いにはそういう末路を辿ってしまった人がいるのか、陽歌の行く末を心配している。
「というわけでfate/Grand orderを初めて君だけのママを探そう」
「やべーぞ新しい沼だ!」
シリアスな空気をぶち壊しつつ流れる様に沼へ誘い込むリーザ。その気配を七耶は即座に察知した。
「ちなみに私のオススメはマリー・アントワネットね。ヴィヴラフランス!」
リーザのオススメはマリー王妃。しかし史実を知っているとどうにも釈然としない陽歌なのであった。
(それってフランス万歳って意味じゃなかったっけ? 貴族の中では良識派にも関わらずガス抜き同然に処刑されてるのに……)
「FGO最ママを語るなら、ブーティカママは外せないだろう。ブリテンの英雄達の母にして、我々マスターの元に、平等に訪れる」
聞き逃せないとばかりに参加者が話題に入り込む。陽歌はFGOというゲームはよく知らないが、fateシリーズのサーヴァントというものは歴史上の偉人をモデルにしているという程度の知識はある。そして、史実におけるブーティカという女王も知っている。
「イギリスでは日本の将門様レベルの怨霊なんだけど、そんなキャラなんです?」
そう、ブーティカは同盟を結んでいたローマに裏切られ、非業の死を遂げた女王。それ故、イギリスでは怪談のネタになることも多い。
「そうとも。その気になればいくらでも復讐者のクラスに身を落とすことが出来た。だが、ブーティカママはそれをしなかった。そして人理修復という果てない旅に出る我々を支える道を選んだ。自らの復讐ではなく、ただ一人の若者に課せられた重荷を癒す為に召喚された彼女こそが最もママにふさわしい」
とはいえ、FGOではそんな逸話もどこへやらという様子らしい。
「やはり最ママ戦争か。私も参加しよう」
「級長」
ガスマスクの人物が話題に加わった。人と目を合わせられない故に顔を覚えるのが得意ではない陽歌も、このインパクトだけは忘れられなかった。
「君らはバレンタインイベントのフルボイスを聞いたかね?配布サーヴァントは全て持っている?それなら当然、茶々こそ最もママだ」
茶々、淀君のことも陽歌は知っている。織田信長の姪で、浅井長政と柴田勝家の二人もの父を討った豊臣秀吉の側室となり、豊臣滅亡と共に生涯を閉じた姫だ。マリー、ブーティカ、淀君とここまで厄者揃いである。
「普段はおちゃらけているが、その心ではまだ息子の事を思っている。そして、此度の召喚では息子を想いながら私と共にあろうとしてくれる。であれば、こちらも秀頼を兄弟とし茶々をママと慕わねば礼を失するというもの」
茶々の魅力を朗々と語る級長に対し、他の参加者も声をあげる。
「それなら楊貴妃こそママだ」
「いや彼女は単に赤ちゃんプレイが好きなだけだろう。同じ降臨者のクラスなら、父性と母性を併せ持つ北斎ママこそふさわしい」
「ここはやはり、エレナママで決まりだな。最大手、最大公約数だ」
「それはあまり彼女を理解しているとは言い難い。エレナ・ブラツヴァキー夫人は確かに立派な女性だが水着イベの導入や幕間を見る限り、ママ性はエジソンとテスラ絡みの影響に過ぎないと思われる。それに、体型が絶望的に幼い」
「貴様それ以上言ったら戦争だぞ?」
わいのわいのと話が続くが、肝心の言い出しっぺであるリーザは聞いているだけである。
「うんうん、それもママだね」
「肯定の化身だ……」
加えて、特に誰の意見も否定しない様子を七耶は畏怖した。話が纏まらないので、胡桃が咳払いして総括する。
「あー、諸君。君たちはママを何だと思う?甘やかしてくれる女性? それとも単なる性癖?」
まずママという概念からの再定義である。どうのこうの言うが、結局として陽歌もこれが理解出来ていなかった。
「みんなはかつて、公共広告機構が放映した『チャイルドマザー』というCMのキャッチコピーを覚えているかな?『産んだだけで母親になれるわけではない』。例え自然分娩で腹を痛めたとしても、母親になれるとは限らないのだ。このCMは怖いというクレームによって放映が中止されたが、中には図星を突かれて尤もらしい理由を付けてクレームを入れた者もいるだろう。ママとして重要なのは体型や事実ではない。ママたろうとすること、病める時も健やかなる時も子供と共にいることだ」
「共にいること……」
陽歌は自分と母親の関係を思い出した。手を繋いでもらったことはないし、熱を出しても一人きり。だが、それは弟がいるからそちらを見ていないといけないというのがあるのだろう。
下の子がいる家庭あるあるらしいので、まぁ仕方ないと彼は思った。
「そういう意味では、地獄まで付き合ってくれるジャンヌオルタこそママにふさわしい」
「結局性癖では?」
七耶はもうこれ無理矢理ジャンヌオルタを話に出す為の方便ではないかと疑問視したのであった。
最ママ論争は一旦落ち着き、皆作業に戻っていった。
「あ、シールだ」
陽歌は工程にシールを貼る部分が出てきたので、ピンセットを探す。シャア専用ザクはあまりシールの無いキットだが、それでもモノアイのクリアパーツの下やセンサーなどにシールを使う。シールを貼るのにピンセットを使うのは指の油分がシールの粘着力を弱めてしまうからであるが、義手である陽歌も細かい場所へ正確に貼る為にピンセットを必要とする。貼り直しも、シールの粘着力を弱める。
「ピンセットは……」
ピンセットがあるのは遠くにある工具箱だ。しかし人がたくさんいて、立ち上がって取りにいくのは困難。誰かに取ってもらうのも、道を開けてもらうのも対人に問題がある彼にはハードルが高い。
「ハンター」
そこで取り出したのは携帯型のコントローラーと白い狼型のロボット。これは小型ホビーロボットのLBXと呼ばれる存在で、機種名はハンター。本来は狙撃に向いた機体だが、陽歌には難しいので近接戦向けにカスタムしている。
物を選ぶという事に慣れていない彼にしては珍しく即決でハンターを選び、これまた迷うことなく白く塗ったのだ。動物は好きだからその影響かもしれないと陽歌は思ったのだが、それ以上の郷愁に近い感情をこのハンターからは感じた。組み立てている途中も、初めて作った気がしない既視感を覚えるほどであった。
陽歌はハンターを操作し、ピンセットを工具箱から持ってくる。手先の触覚が無い彼にとってロボットの操作をするというのはクレーンゲームのボタンを更にクレーンで操作する様なものだが、練習すれば物を取ってくることくらいは出来た。
「よし」
ハンターはピンセットを抱えて戻ってきた。バトルでの戦績は芳しくないが、介助犬の様な愛嬌から気に入っている。七耶は操作のぎこちなさから運動性は高いが防御力の低いハンターの様なワイルドフレームの機体より、運動性では劣るが堅牢で力押しの効くブロウラーフレームやパンツァーフレームを勧めたが、意思薄弱な彼としては珍しく譲れない気分だった。
この気持ちを形容する言葉を見つけられない陽歌だったが、七耶によるととても大事なものらしい。
アドバイスをスルーされた形にはなったが、七耶は嬉しそうにカスタマイズを手伝ってくれた。彼が出会ってきた人は言うことを聞いてもらえないとヘソを曲げたり不機嫌になったりしたが、彼女達はどうも違うらしい。
「わぁー、なにこれ、可愛いー!」
チマチマと働くLBXに目を付けたのはリーザだった。背中に棘が生えていたりと結構厳ついデザインだと陽歌は思っていたが、リーザからすれば可愛いらしい。
「LBXだね。ミゼルクライシスとかセカンドワールドの代理戦争問題とかで一時期下火になっていたけど、また再販したんだよ」
胡桃はリーザにLBXのことを説明する。高性能かつ小型なLBXはその分悪用もされ易く、様々な問題を起こした。ミゼルと呼ばれるAIの暴走、LBXのプロプレイヤー養成学校が代理戦争に利用されていた事実などが問題視され、二度目の販売停止を向かえたがプレイヤーの不断の努力で三度日の目を見た。
そんなこんなで工作会の時間はゆったり流れていた。
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午後になり、多くの参加者がプラモを完成させていた。よほどボリュームのあるキットでない限り、三時間もあれば説明書通りに組み立てられる。
「ミリアちゃんとは長いかな。結構色んなイベントにいるし」
「そうなんですか」
胡桃は積極的にコスプレイベントに参加する様で、同じくイベントに行くミリアとは長い付き合いだ。
「でも今年の夏は大変よね。オリンピックのせいでゴールデンウィークに前倒しだし……」
「あー、それにコロナもあるからね」
胡桃は予定の前倒しに悩むが、ミリアはそれに加えて最近流行っている新型肺炎の影響も心配していた。本当に今やオリンピックどころではない問題が山積みだ。中国で発生した新型肺炎だが、政府は即座に中国からの入国を禁止したはいいものの企業連に属する航空会社が春節休暇の搔き入れ時を逃したくないあまり無視した結果とんでもないことになっている。
「え?」
「コロナ?」
そんな社会問題に対して、胡桃とリーザは首を傾げる。リーザはともかく、胡桃までこの反応というのは少し妙である。確かに専門家でもないと聞き慣れない言葉ではあるのだが。
「何それ?」
「え? 知らない?」
リーザは明後日の方へ行ってしまう。ミリアでさえ知ってることを胡桃が知らないというのは陽歌でさえ信じられないことであった。
「みんな知ってるかな……」
胡桃はコミュニティーツールで知り合いにコロナのことを聞いた。
胡桃:みんなコロナウイルスって知ってる?
奏:コロナ?
ヒナ:聞いたこと無い。
墨炎:知らないのか?
一機:マジィ?
ライト:聞いたことないな……。
墨炎:來人さんさえ?
響:太陽の散乱光に形が似ていることからそう名付けられたウイルスで、主に感冒症の原因ですね。脅威は少ないですが、SARSの様な例外もあるとか。まさか七例目なんてそんな大ニュース見逃すはず……。
どうやら、胡桃の知り合いにも知っている者とそうでない者もいた。これはただ無知が原因とは考えにくい。ミリアと陽歌は頭を捻って考える。
「見てみて! こんな昔のフィギュアあったよ!」
リーザは僅かな間に買い物をしていたのか、十数年前に発売されたデフォルメの可動フィギュアを持っていた。
「あとドルフロのグッズもあったから買っちゃった」
そして銃火器を美少女化したゲームのグッズとして買ったのは可動フィギュアや美少女プラモデル向けの、銃のプラモデル『リトルアーモリー』だった。箱の絵は確かにゲームのものだ。
「ゲェ! 舌の根も渇かないうちに同じ過ちを!」
「いやいや、今度こそ作れるから。その為の道具です」
胡桃は誤れる人類の如く過ちを繰り返すリーザに辟易としていたが、参加者に教えて貰ったのか必要な道具も買い込んでいる。
「フィギュアは最近妹がブラックロックシューターにハマったからお土産ねー」
「お姉さんだったんですね」
彼女はそのとぼけた言動からは想像出来ないが、姉であった。
「いやー皆さんお揃いどすな」
午後の平和を破ったのは、金髪の少女が放つエセ京都弁だった。
「ぎゃー! 天使だ!」
「命題が来るぞ!」
七耶や参加者が少女から距離を取る。彼女を人は天使、アイオーンと呼ぶ。日々を無為に過ごす者へ『命題』を出し、クリア出来ねば即、死亡。そんな恐ろしい性質を持っているのだ。陽歌はもちろん、そんなこと知らないので逃げ遅れている。
「いや今日は違う用事どすえ」
「な、なんだよ……」
「そこの浅野陽歌くんに会いたい人がいましてな」
天使は陽歌に用事があった。今日ばかりは命題ではないこともひっそり伝える。
「僕ですか?」
彼はそんな関係のある人に心当たりがないので戸惑った。これまでとは勝手の違う天使の行動に、七耶は問い詰めた。
「どういうことだ?」
「いやー、天界も最近は地獄を信じる人が減って、地上の人間の悪行が増えて困っておりましてな。そこで地獄の恐怖による統治ではなく、善行への見返り制度を最近導入したんどすえ」
天使によると、そんなことがあったらしい。科学が力を持っても死後の世界は解明されていないが、何処かで地獄の存在を蔑ろにしている傾向は確かにあるかもしれない。
「それでどすな、ある人間が生前の善行を評価されて何でも願いを叶えてもらえることになったんどす。そう、何でも。しかしそこはさすが評価に値する人間、その人が願ったのはささやかなこと、唯一の心残りの解消だったんどす」
「それが小僧に会いたいということなのか?」
七耶は確認を取る。天使故にいろいろと信用出来ない。上手いこと口車に乗せて陽歌を天界へ引っ張る可能性もまだ消えていない。ミリアも警戒しつつ、七耶に耳打ちをする。
(七耶ちゃん、この天使何が狙いかな?)
(さぁな。小僧を看病している時にも見張ってたし、もしかしたら死の運命を無理矢理覆したとかで魂取りに来たってことも考えられる)
陽歌は実のところ、かなり危ない状態で保護された。ユニオンリバーには優れた錬金術師がおり、彼女の作った薬で何とか一命を取り留めたものの、天界的にアウトな行為をしてしまった可能性が高い。そもそも錬金術自体、不老不死という神に背く領域に足を突っ込む学問なのでその副産物が天使のアウト基準に引っ掛かってもおかしくない。
「失礼します」
天使に警戒を向けていると、今度は警察官がやってきた。招かれざる客が一度に二人もやってきて、店内は騒然とする。
「浅野陽歌くんはいますか?」
「僕?」
警察官は陽歌を探していた。一体なぜだろうか、といっても七耶には心当たりがあった。
「実は両親から捜索願いが出てまして……」
そう、いなくなった経緯からして本人の記憶が曖昧な上、保護したユニオンリバーも特に何やかんや手続きとかしてなかったので周囲では行方不明扱いなのだ。結構月日が経っているがその手のことをしていないのは、何もメンバー総出で面倒くさがったわけではない。
(おいどうするよ、こいつ素直に渡していいのか?)
(ダメじゃない?)
七耶はミリアにこそこそ話す。錬金術師の診察では長い間の栄養失調とストレスからダメージが蓄積していたとのことなので、虐待の疑いがある。
「え……捜索?」
陽歌は少し顔を明るくする。てっきり、忘れられたのだと思っていたが、探していてくれたのが嬉しかったのだ。
「探して、くれてたんだ……」
「ちょいまち」
心が家族の方に流れそうになったのを察知したのか、胡桃が待ったを掛ける。陽歌の事情はミリアから聞いており、大体把握していた。
「冷静に考えて。捜索願いを出したのは、出していない状態で遺体でも見つかったら大変だからに過ぎないわ。言わば保身の為ね」
「そ、そんなことは……」
珍しくムキになって否定する陽歌。身体の状態から虐待は明らかだったが、他の縋るものの無い彼はそれでも家族に依存していたのだ。虐待を受けている子供が助けを求めない大きな原因でもある。また、虐待している方も歪んだ依存をしている可能性もあるので、例え本気で心配になって捜索願いを出したのだとしても帰すわけにはいかない。
「ごめんね、でも血の繋がった家族なら関係が良好になるってナイーブな考え方は捨てた方がいいわ。家族っていうのは血の繋がりじゃない、心が大事なのよ」
「くーちゃん……」
胡桃は特殊な家庭環境にいたのか、家族というものに対してシビアだった。天使も陽歌を急いで連れて行きたいのか、警察官を脅していた。
「ほな、邪魔するなら命題お出ししますえ」
「何ですかあなたは! 公務執行妨害で捕まえますよ!」
連れて行く方も収拾が付かず、陽歌は混乱してしまった。今にも死にそうな誰だか分からない自分に会いたがっている人と探している家族、どっちに行けばいいのか。そんな時、リーザが話を纏める。
「そうだ、天使さんの方に行ったら? お巡りさんの方は特に急ぎでもないんでしょ?」
「死んでる奴が言うと説得力あるな……」
七耶はリーザが死者であることを思い出した。緊急性で言えば用事のある相手が死にかけている分、確かに天使の方が上だ。
「それに帰るって言っても、おうち北陸でしょ? すぐには帰れないから、準備もいるじゃない」
「そ、そうですね……申し訳ないけど、お母さんたちには少し待って貰います。用事が終わったらすぐ帰るので」
「おいおい、マジで帰るのか?」
七耶は陽歌を家に帰す気などさらさら無かった。胡桃もそこを心配していた。どんな理由であれ、死にかける様な場所など帰っていいものではない。例え本人が本気でそこを好きなのだとしても、心を鬼にしても止める必要がある。
「よく考えて。あなたは血の繋がった家族とミリアちゃん達、どっちと一緒にいたいのか。我儘言っているかもとか、迷惑になるとか考えなくていいから」
「胡桃さん……」
陽歌が引っ張られない様に、彼女は念を押した。実際、七耶達ユニオンリバーも彼の存在を重荷には感じていない。
「そうだぞ。七人姉妹が四組いる様な場所だ。今更一人増えたって経済的な負担は誤差だ誤差。それに、エヴァの奴がお前のこといたく気に入ってるしな」
七耶も陽歌の選択を後押しする。話もそこそこに、急いでいる天使は陽歌を連れて行こうとする。
「ほな、行きますえ」
「待て、お前を完全に信用したわけじゃないからこっちからも数人、お目付け役を出すぞ」
が、七耶は天使を警戒して陽歌一人では行かせなかった。店の奥から、キサラが出てきて同行する。彼女は喫茶店とおもちゃのポッポの店員を兼任している働き者だ。
「私がいるなら、下手なことはできないでしょ?」
「うーん、うち信用されてませんなぁ……」
天使は参ったという顔をしつつ、キサラの同行を許した。譲歩できる限り譲歩するという辺り、かなり急いでいるらしい。
「もしものことを考えて……ハンター!」
陽歌も警戒を重ねるため、手元にハンターを呼んだ。そして、背中の棘を一個取り外して袖の中から出て来た黒い帯に吸い込ませる。
「これで何かあった時は、ハンターに届く信号で僕の位置が分かるはずです」
本来はミサイルとなるパーツなのだが、小さくて高威力な不発弾が残ってしまわない様に安全対策としてミサイルには発信機が付いている。それをGPSとして利用するつもりなのだ。
「そうなるとお前が身を守るものが無いな。これも持ってけ」
が、そうなるとハンターを持ち出せないので陽歌が自衛する道具が無くなってしまう。そこで七耶はある機体を彼に渡す。騎士の様な姿をした、航空機らしき翼を持つナイトフレームのLBXだ。
「オーディーンだ。お前の力になる」
「北欧神話の主神の名前か……お借りします。必ず返すから」
陽歌はそれが伝説と呼ばれた機体と知らずに受け取る。そして、キサラと彼は天使と共に移動を開始する。
「んじゃ、急ぎますえ。いきなり飛ぶから覚悟しいや」
言葉通り、彼らは瞬時に店から姿を消した。胡桃は何か思うことがあるのか、スマホを取り出してある場所に連絡する。
「もしもし。響くん?」
『もしもし。あ、胡桃さん、お久しぶりです。冬コミ以来ですね』
相手は話に度々出ていた響という人物である。扱いに反して、電話口から聞こえる声は完全に女性のそれだった。
「うん、久しぶり。その冬コミでミリアちゃんが教えてくれた陽歌くんのこと覚えてる?」
『あー、はい。奏さんがうちで預かりたいって』
「あの子はユニオンリバーが保護してくれるからいいんだけど……、親から捜索願い出てるみたいでね」
話の大枠を伝えると、響は急に真剣な声色に代わって何をして欲しいのか察した。
『そうか、わかった。その家族について探りを入れればいいのか』
胡桃はどうしようかと相談する程度で、実際に動くのは自分のつもりだったので驚いた。
「え? なんかする必要あるなら私がやるけど……あとなんか声怖い……」
『あ、すみません……。でも、こういうの何だか放っておけなくて』
声色は響自身にも自覚が無かったようだが、陽歌に入れ込むだけの理由は持っていた。
『でも任せて。悪い様には、しないから』
「うん、ありがとう」
胡桃は陽歌のことを響に任せることにした。虐待の証拠が抑えれれば合法的に陽歌を家族から引き離せる。このまま彼が家族に依存するのは危険だ。それだけは、防がなければならない。
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「……」
「……」
天使によってワープした陽歌とキサラは、目の前の状況に閉口するしかなかった。一応病院の中ではあるが、何と生命維持装置に繋がれた瀕死の患者を人質に取って医者を脅す不審な男という構図が広がっている。
「なにこれ?」
「動くな! このジジイの頭が吹き飛ぶぞ!」
男は市販のLBX、ウォーリアーに銃を突き付けさせ、自分は携帯型のコントローラーであるCCMを手にしていた。高そうなスーツに中年太りと犯罪者っぽさはない。
「あなたは……」
陽歌は人質になっている老人を見て思わず呟いた。まだ腕があった頃、図書館に逃げ込んだ自分を助け、辛いことがあれば図書館に来いと導いた男であった。
「オーディーン!」
陽歌は七耶から預かったオーディーンを呼び出して、戦闘を開始する。ただ、少しでも動けば敵のウォーリアーが人質を攻撃できる位置にいる。相手が機械操作に慣れていない反応速度も鈍っている中年だとしても、指先の感覚が無い義手で不慣れな機体を操作する陽歌にはハンデにならない。
「ただ君に謝りたかった、助けることが出来なくてすまない……」
老人は陽歌に詫びた。実はこの老人、ただ陽歌に本を渡して去っただけでは無かったのだ。
「フォローしますとね、この人は陽歌はんに会った直後に仕事の為に移動している最中、脳梗塞で倒れてしまったんどす。そこから長い闘病が始まるんですが、その合間を縫って金湧市の児童相談所に通報しとったさかい。でもまぁ、その児童相談所が機能しとらへんかったんでな」
天使の言う様に、脳梗塞で倒れたものの一命は取り留め、リハビリで多少動ける様になると陽歌を助けようと出来る限りのことをしてくれていたのだ。
「言い訳はせん。助けられなかった事実だけがある」
確かに天使が死の間際に願いを叶えると言うだけのことはある人物だった。話をしていると、中年が空気を読まずに喚いた。
「静かにしろ! こいつの命が惜しければ、ここのスタッフをオリンピックの医療要員として提供しろ!」
中年の目的は、以前節分の時に乱入してきたオリンピック推進委員会と同じ様なものらしい。オリンピックのボランティアとしてここの病院のスタッフを全員駆り出せと要求したが、当然の様に断られて今に至ると。
「そうなんだ……僕のことを、そんなに……」
自分の知らないところで、自分の為に一生懸命頑張ってくれた人がいることに陽歌は感じたことの無い熱を覚えた。
「うーん、敵地ど真ん中で病院だと銃が使えない……」
キサラは腕利きの魔銃士だが、この状況では何ともできない。破壊力が大き過ぎて、人質や他の患者を巻き込み兼ねない。
「今度は、僕が助ける番だ……!」
こんな時こそ、LBXの出番である。小さな戦士は、無駄のない破壊を行使することが出来る。陽歌がLBXを操作した瞬間、キサラもサポートに回った。
「何をする気だ、小僧!」
「必殺ファンクション!」
中年が飛び上がったオーディーンを見ている隙に、キサラはわざと音を立てて拳銃をウォーリアーに向ける。二点も見るべき場所が出来てしまったため、中年は一瞬思考が空白になる。完全な隙が生まれた。
『アタックファンクション、グングニル!』
オーディーンは掲げた槍を燃やし、それを中年に向けて撃ち出した。炎の槍は中年の手ごとCCMを貫き、破壊する。
「グァアアアアア!」
CCMは砕かれ、コントロールを失ったウォーリアーは首を下に向ける。中年は焼け焦げた右手を庇いながらのたうち回る。
「よし……」
急に起きた事件は、こうして幕を閉じたのであった。
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「そう、そんなことが……」
その後、老人は程なくして息を引き取った。ポッポに戻ってきた陽歌達は事の顛末を七耶や胡桃に報告する。ポッポの外では夕日が沈み始めている。
「たまにはあいつもいいことするもんだ。基準が厳しそうだけど」
天使が命題で人間を苦しめるばかりではないことを七耶は思った。いや、この方針も近年追加されたものなのであまり変わっていないのかもしれない。
「さて、十分楽しんだし、帰るか。またねー!」
胡桃は外に止めてあったゾイドを呼んで帰宅の準備をする。地球産のパンサー種ゾイド、ドライパンサーだ。兵器改造ゾイドであるが、Zキャップに拘束能力はなくバイザーもただの視力保護アイテムだ。これでやってきたらしい。
「んじゃーね!」
リーザもドライパンサーに乗り込んだ。この機体は静音性をアピールしているだけあり、足音が全くしない。
「響くんの調査が進んだらミリアちゃんから報告入るから、よく見てね」
そして彼女は陽歌に釘を刺した。今まではなぁなぁで済ませてきたが、さすがにいろいろ決断しないといけない時期になっていた。自分はどちらにいたいのか、恩人との再会を終えた彼に今まで出したことのない『我欲』に向き合うという試練が待ち受けていた。
暴走を続けるオリンピック推進委員会! 残された謎、そして迫る決断の時。
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