騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 中止だ中止!とは
 漫画『AKIRA』に登場するネタ。古来よりAKIRAネタは『さんを付けろよデコ助野郎!』が有名だったが、漫画と同じ2020年に東京オリンピックが開催されることになりこのネタも一気に浸透した。
 ちなみに、同作にはWHOに関する記述もあり作品が今の状況を予言しているのではないかと話題沸騰である。


オリンピックまで残り、147日

数年前、北陸にある地方都市、金湧市の市民病院にある患者が運び込まれた。極寒の中、一晩中縄跳びで両腕をジャングルジムに固定されて鬱血と凍傷で腐敗させてしまった子供だ。

「はー、面倒臭かった……骨が脆くなかったらと思うとゾッとするね」

担当医は切除した腕を医療器具を乗せるワゴンに置き、ため息を吐く。止血や後処理は部下任せだ。

「どうしてくれるんだよ……今晩焼き肉のつもりだったのに暫く肉食べる気しなくなったぜ……」

医者とは思えない発言だが、この町は時代の流れに対応出来ず朽ちるのを待つだけであり、他の地域では仕事が出来ない人間の吹き溜まりになっていた。炭鉱金鉱で栄えたのは昔の話。そうした町の多くが新しい試みで新時代を切り開く中、金湧市は過去の栄光にすがることしか出来なかった。

やれることといえば、他の自治体が問題ありとしてしなかったことを『新しい政策』として行い、問題をさらに増やすことだけ。

「しかし変わった親でしたね。緊急性があるとはいえ、腕の切断はかなり悩むはずですよ」

看護婦の一人が患者の親が下した判断に疑問を抱く。年単位とはいえ長期間の治療を行えば両腕には回復の余地があった。しかしこの患者の両親は難色を示した。

このまま放置して死亡されると病院側の不手際にされそうなので、大製薬会社のドランカ製薬が機械義手のテスターを探しているという話をしたら即決で腕の切断を決めてしまった。

患者は未成年だがその時は意識を失っており、本人の了承を得ないといけなかったが両親の了解があったのと短期入院で金にならない患者にベッドを割きたくなかったのもあり、手術は決まった。本来ならあってはならないことが平然と行われるのがこの町だ。

「んなもん知るかよ……。ったく、今頃俺は開業医になってガッポガッポ稼ぐ予定だったってのに……」

医者は今の状況に苦言を呈する。彼は開業医をしていたが、こんな性格のため悪評が出回って即座に廃業。その後も大きな病院を転々としたが患者からの苦情は元より権力があっても隠し切れないほどの勤務態度の悪さからクビになり続け、ここに流れ着いた。

典型的な『勉強しか出来ない馬鹿』である。

「あの、先生」

「なんだ?」

医者がグチグチと文句を言っていると、看護婦が異変に気づく。切断した腕が、いつの間にか二つとも消えているのだ。

「腕、どこ行きました?」

「誰か捨てたんだろ。全く、朝っぱらからグロいもん見せやがって……」

この時、誰もこの無くなった腕が惨劇の引き金になるとは思いもしていなかったのである。

 

   @

 

その日の夕方、市民病院から帰路に付く一人の若い女性がいた。流行りのコートを着込み、派手に染めた髪やネイルが目立つ。

「はー、後で何倍にもなって帰ってくるって分かっててもこの診断書代は損した気分になるわー」

領収書を手に彼女はぼやく。診断書を初めとする書類の代金は、医療費と別枠で結構掛かったりする。福祉を受ける申請にも使うものだが、病気でお金に困っている事を証明するのにお金が必要なのも妙な話だ。

「でも今回はそれなりのボンボンだし、長いこと搾り取れるかな」

が、この女の場合は話が別だ。妊娠を装い、男から金を騙しとる為に金を積んで診断書を書いて貰っている。金湧の市民病院に勤める医者は問題のある人物が多く、金さえ積めば嘘の診断書さえいくらでも書いてくれる。

「あ、もしもし? この前貰った妊娠検査薬なんだけど、古くなっちゃって。新しい陽性反応出たやつ欲しいんだけど」

女はスマホで知り合いに連絡を取る。そのせいか、背後から這い寄る存在に全く気付かなかった。そんなことは露知らず、彼女は近くのショッピングセンターへ向かった。特に買うものがあるわけではないが、男からせしめる予定のお金で何を買おうか皮算用する為に行くのだ。

足早にエレベーターに乗った女。後から来る人の存在を確認することなく、『閉』ボタンを連打して用事も大したことないのに急ぐ。目的の階のボタンを押してしばらく待つが、エレベーターは動く気配がない。

「なによ!」

そんな些細なことであったが、女は苛立った。ボタンを確認すると、あちこち点滅を繰り返しているではないか。

「何よ、故障?」

エレベーターというのは大体、複数箇所に同じ様なボタンが付いているのだが、どちらのボタンも不規則に点滅を繰り返すばかりであった。

「もう、急いでるのに……」

女は迷わず、非常用の連絡ボタンを押した。まだ閉じ込められたかどうかは確定していないが、とにかく誰かに文句を言いたい気分だったからだ。

「ん?」

が、ボタンを押しても何処へ通じる気配もしない。それどころか、スピーカーからは聞き覚えのある嬌声が鳴り響く。

「な、なによこれ!」

その演技臭い拒絶の籠った喘ぎ声は、女が男を嵌める為に録音していたものであった。普段は男を嵌めて人生を崩壊させようが、罪悪感や後ろめたさなど感じない彼女だが、こればかりは「お前のしていることはお見通しだ」と言われている様な気分になり焦る。

「ちょっと、やめなさいよ!」

非常連絡ボタンを乱暴に叩き、何とか止めようとする。しかし、その視界にある物が飛び込んできた。

「ひっ……!」

それは、腐乱した腕であった。細い無数の脚がムカデの様に生えた、上腕までの切断された腕。切断面からは芋虫の様な体が延び、天井に張り付いてぶら下がる。持ち上げられた掌には充血した眼球が見開き、獲物を狙っていた。

それから程なく、ある掲示物がこの町に出回る。それは一人の女性の行方を探す、尋ね人のチラシであった。

 

   @

 

現在、新宿区にある東京都庁では会議が開かれていた。都庁はなんの意味があるのか昼間にも関わらずピンクにライトアップされ、無駄に電気を消費していた。また行き交う職員も女性ばかりになっており、アマゾネスの里かと見紛う有様だった。

「では、五月末までにこの新型肺炎を沈めなければオリンピックの開催を取り止めると?」

『感染拡大のリスクを抑えるためです』

都知事の大海はテレビ電話でIOCの会長と話をしていた。アジアで発生した新型肺炎の影響を鑑みて、今年のオリンピックを延期か中止かするつもりらしい。だが、彼女はそれに応じるつもりはない。

『アジアでの感染拡大はそれだけ深刻なのですから』

「ヨーロッパだって、まともに検査もせずインフルエンザと一緒にして誤魔化しているだけで、既に蔓延しているのでなくって?」

『……何を根拠に』

会長は言葉に詰まった。半ば図星でもあるからだ。

「ですから、今さら対策など無意味ですよ」

『既に燃え広がっている火事を眺めるのが日本流なのかね?少しでも延焼を食い止めようというのだ』

どうしてもオリンピックを予定通りに進めたい大海都知事は会長の言葉に耳を貸さない。ボヤになったらキッチンはダメになるのだからといって、そのまま家を全焼させる様な真似は誰でも容認出来ないだろう。

『この会話は録音されている。対策の努力を明白に放棄したとなれば、本格的に東京オリンピックを行うわけにはいかない』

「そんな態度でいいのでしょうか?」

明らかに力関係は会長の方が上だが、大海都知事は余裕を持っていた。切り札があるのだ。

「去年、日本から国外逃亡した自動車メーカーの会長、ロスカル・ゴンでしたっけ?その娘さん、まだ日本に残っているんですよね。身柄を預かっているとしたら?」

大海都知事はカードを切る。なんと、人質を持っていたのだ。何処までも卑劣なことには周到な女である。

『まさか……!なんてことを!』

「あなた方の行動一つで、ヨーロッパの要人の家族が犠牲になりますよ?よく考えなさい」

彼女は勝ち誇っていた。会長は無関係な一般人でも人質に取られれば動けないというのに、多額の出資をしてくれる要人の関係者がよりによって交渉のカードにされてしまった。

「では、また後日」

余裕しゃくしゃくで電話を切る大海。そして、違う場所にテレビ電話を掛け直す。理想のオリンピックを開く為、様々な策略を巡らせている最中なのでとても忙しい。

「秋葉原清掃計画は進んでいるか?」

その中の一つが、この秋葉原清掃計画である。日本のアニメや漫画を有害かつ恥と考えている彼女は、その中心地である秋葉原を武力で制圧する計画を立てていた。その担当である男に電話を回し、進捗を確認する。過度なラディカルフェミニストである大海は汚れ仕事を男性職員に押し付け、いざとなれば知らぬ存ぜぬで切り捨てる算段まで立てていた。

 今頃秋葉原は火の海……とニヤニヤ笑いながら返事を待っていると、信じられない返答と動画が送られてきた。

『い、いえ……それがとてつもない反撃を受けて……!』

 動画では送り込んだ部隊が次々に押し返されている様子が映されていた。技術提供を拒んだタイニーオービット社の評判を落とせてかつ入手が容易なLBXを主な武装にしているのだが、返り討ちに遭っている。

「何をしてるの! 市販品より強いのではなかったのですか!」

 一応、使っている機体は安全装置を外しているので性能は高いはずなのだが、全く歯が立たない様子だ。

『分かりません! 頭数でも性能でも上回っているのに勝てません!』

 推進委員会の機体を攻撃しているのはLBXだけではない。武装神姫やメダロットなど、様々なホビーロボットが反攻に出ている。それもそのはず、ここは秋葉原、そのホビーが現役の時には誰よりも手塩にかけて改造し、操縦技術を磨き、ホビーが衰退し修理用のパーツが手に入らなくなっても自家製のパーツで維持を続けた者達が集う街だ。

 頭数や性能で勝てても、実力が違い過ぎる。その集団の先頭に立ち、漆黒のゾイドに乗る者がいた。大きさからして地球産のネコ科ゾイドだろうか。首元のコクピットから出て来た人物は黒いゾイド用パイロットスーツ、対Bスーツに身を包み、ヘルメットを取って素顔を晒す。

 黒髪のショートヘアをした女性であった。なぜ女性が先導しているのか、と大海は大いに動揺した。女性なら自分に賛同してくれるという甘い考えがあったのだ。

『聞こえるか、大海菊子都知事! 我々は貴様らの暴力に屈しない!』

「そう言っていられるのも今のうちよ」

 だが、大海には余裕があった。自分の圧倒的権力という自信。潤沢な資金に組織力。そして手札にある人質。これだけあれば、どんな敵も自分にひれ伏すと信じていた。だが、それも次の映像を見て失われる。

『これを見ろ! お前達が人質にしていたロスカル・ゴンの娘だ! 私も彼の不正及び国外逃亡は裁かれるべきと考えているが、彼女はただ血が繋がっているだけに過ぎない。それをロスカルの逮捕に使うのでさえ憚られるものを、私利私欲の為に用いるなど言語同断!』

 なんと、人質にしていたロスカルの娘がいつの間にかゾイドのコクピットに乗っているではないか。さらに、この首謀者の名前を聞いて大海は驚愕することになる。

『推進委員会の横暴に泣き寝入りする者達よ! 私達を、木葉胡桃とジジを呼べ! 奴らは平和の祭典を錦の御旗に好き勝手しているだけの逆賊に過ぎん! 正義は貴方たちにある!』

「胡桃……まさか……!」

 とりあえず落ち着く為、ロスカルの娘を捕らえていたはずの職員にスマホで連絡を取る。

「ちょっと、なぜ身柄を奪われたのなら私に連絡しなかった! これだから男は踏ん反りかえるばかりで役に立たない! 私にさえ連絡すればここまで悪化しなかったというのに! 隠蔽、隠蔽、また隠蔽! 男社会は本当に腐ってる! そんな場所で育ったお前を叩き直す為に現場へ送ったというのにこの始末! 使えない! このゴミが!」

 半ば八つ当たりである。ヒステリーを起こして一方的に捲し立てるので、現在の東京都庁及び推進委員会は悪い報告をしたがらないのだ。

『も、申し訳ありません! 音もなく襲撃されて現場がパニックに陥りまして……』

「言い訳するな! どうせ聞いて無かったんだろ!」

 大海の聞くに堪えない怒号が響く中、胡桃の凛とした声がスピーカー越しに届く。

『さぁ、漆黒の魔獣ドライパンサーを恐れぬなら掛かって来い! お前の欲しがっているものはここだ!』

 ドライパンサーのジジが吼え、敵に向かっていく。

 

   @

 

 秋葉原が戦乱に巻き込まれている中、立川市にある若葉女子高校の前にはオリンピックまでの日数をカウントする大きな掲示物が置かれていた。

 黄色のリボンで髪をポニーテールに結った少女がそれを見上げていた。カウントは147日になっており、その下には『国民の力で成功させよう』とスローガンが書かれていた。そして、『中止だ中止!』という落書きもある。

「あお、これは何ですか?」

 少女の肩に乗った小さな女の子のプラモデルが話しかける。短い金髪に灰色の装甲を持つ彼女はフレームアームズガール、『轟雷』。AIを搭載した最新のテスト機だった。

「ああ、これね。轟雷、これはオリンピックっていうんだよ」

 少女、源内あおは轟雷にオリンピックというものを説明する。

「夏と冬の大会があって。4年に一度あるの。いろんなスポーツの世界一を決めるんだ」

「凄いイベントですね。4年に一度とは、とても長い気がします」

 轟雷は自分があおの下に来てからの一年の長さを想い、その長さを実感した。大会ならば、その為に準備してきた人達もいるだろう。それなのに、中止を望む人もいるのが不思議であった。

「でもなぜ中止にしたがるのですか?」

「あー、今はいろいろあるからねー。新しい風邪菌とかで大騒ぎだし」

 普段なら、素直に日本でその様な大会が行われることを喜び、祭りに飛び込むところだろう。しかし今はそれどころではない状態であった。

「私はオリンピックがどうあっても、みんなが健康なのがいいかな。お父さんも海外に仕事行ってるから心配だし」

「そういえばあおのお父さんは船長さんでしたね」

 話をしながら、二人は掲示物の前を離れる。平和な日常に脅威が迫っていることを、まだ彼女達は知らない。

 

   @

 

「うーん……やっぱ熱っぽいかな?」

 おもちゃのポッポの店舗外に設置されたコースでは陽歌と女の子が一人、ミニ四駆で遊んでいた。女の子は額に手を当て、自身の熱を測る。セミロングの黒髪をした女の子は、愛車である青いエアロアバンテをしまい、帰宅の準備をする。

「深雪ちゃん、熱? 体温計あるよ?」

 陽歌は赤いマシン、デクロスを弄りつつそんな彼女を見て、検温を提案する。深雪というその女の子は彼と親しいらしく、陽歌も珍しく他人、それも同世代の子供に心を開いていた。

「あ、じゃあお借りしようかな」

「はい」

 深雪が頼むと、陽歌は左の中指を引っこ抜いて彼女に渡す。これが体温計になっているのだ。深雪は特に引くこともなく普通に受け取る。ここまで肝の据わった子だから、陽歌も安心して接することが出来るのだろう。

「そんな感じなんだ……。普通の体温計と使い方同じでいいのよね?」

「うん。指先がセンサーだよ」

 昨年末まで陽歌が使っていた義手はたまたまジャンクに紛れていた、ナル達四聖騎士団がアップデートされた際に交換された旧式の腕パーツを流用したものだった。だがその使用レポートを反映して義手として新たに製造されたのが、現在使用している『弐〇式試製機腕プロトアガートラム』である。七耶達の知り合いである天導寺重工というメーカーが現状、ドランカ製薬一強の義肢ジャンルへ殴り込みを掛けるために開発したのだが、このメーカーの癖として余計な機能が付いている。

 この体温計もその一つだ。ジャンク流用品を義手用に調整した『十九式試製機腕アーリーアガートラム』では対象の腕を握り込むことで使用できる血圧計だったが、使用頻度の都合から変更された。オミットという言葉はない。

「早い」

 脇に挟んでものの数秒でアラームが鳴る。深雪が体温計を取り出すと、黒い指パーツに白い文字で体温が書かれていた。少し平熱より高い程度である。

「うーん? 普段熱計らないからわかんない……」

 彼女にはこれが高いのかどうか分からなかったが、そんな思考を読み取る様に文字の表示が切り替わる。『平均+0.5』と書かれており、少し高いと言いたげであった。

「何これ?」

「機能を試すために色んな人の体温を測ったり、僕は毎日検温しているんだ。だから、その集めたデータの平均よりそれだけ高いよって教えてくれてるんだね」

「測るのも早いけど、何気に嬉しい機能ね……」

 深雪は自分が少し熱があると客観的に知ったので、休養を取るべく帰ることにした。体温計兼左中指を陽歌に返すと、分かれを告げる。

「じゃあ、またね」

「送っていくよ。何かあったら大変だし」

 陽歌は最近噂の新型肺炎で突然人が倒れるという噂を聞いていたので、不安に駆られて送り届けることを提案する。ネットの出処不明な情報に踊らされる様なタイプではない彼だが、未知の感染症が相手となれば常に最悪の二乗を想定するのがベストだ。

「えー、大丈夫だよ。それより陽歌くんが濃厚接触者になっちゃうよ」

「問題ない。アスルトさんにサンプル採取を兼ねて感染する様に頼まれてるから。ユニオンリバーだと感染出来るの僕だけだし」

 ユニオンリバーにいる錬金術師のアスルトは薬やワクチンを開発する為に新型肺炎の病原体を欲しがっていた。しかし流石にそんなもの手に入れるルートは無いので、唯一感染出来る人間である陽歌に感染してもらうしかない。七耶やナルはロボットだし、アステリアやカティは人間とはいえ出身宇宙が違うのであまり参考にならない。

「まぁアスルトさんがそういうならいいけど……」

 深雪もあのアスルトの提案ならと承諾する。彼女は人間を実験動物にする様なマッドサイエンティストではないが、自分の技術なら薬もワクチンも作れるという客観的な評価に加え、何の役にも立たず居候していることで陽歌が居づらさを感じていることに薄々気づいて使命を与えたのだ。

「ん?」

 深雪はそこで、ふと怪しげな人影を見つける。防護服を見に纏い、ゴーグルの様な機械を身につけた男がこちらを見ている。そして、何かをぶつぶつ呟いてあるものを用意していた。

「規定より体温の高い人間を発見。新型ウイルスへの感染が疑われる。濃厚接触者も確認、これより排除行動に入る」

 男が手に持っているのは、コマとそれを打ち出す装置である。

「ベイブレード?」

 密かにシリーズ最長を迎えたベイブレードバーストのベイとランチャーで間違いなかった。深雪も遊んでいるので見間違いはしない。

「滅せよ」

 男がランチャーの紐を引っ張ると、ベイが勢いよく発射された。そのベイは高速で深雪と陽歌に向かって飛んでくる。そして、着弾と同時に爆発が起きた。

「ふん、あっけない。後は『ゴールドターボ』を探して感染者の巣窟になっているこのあばら家を潰して帰還だ」

 男はおもちゃのポッポに足を運ぼうとする。だが、晴れた煙の中を見て驚愕する。

「何!」

 男の放ったベイがもう一つのベイに防がれていた。男のベイは赤と金の、財宝を守る巨人モチーフのもの。そして守りを固めるのは、ケルベロスを模したベイである。

「馬鹿な! 現環境最強のロードスプリガンをロートルで防いだ?」

「私のハザードケルベウスは、まだやれる!」

 そのベイ、ハザードケルベウスを放ったのは深雪であった。ケルベウスによって攻撃を大きく反らされ、スプリガンは男の下に戻ってくる。

「馬鹿な……超Z時代の防御最強はフェニックス! ケルベウス如きに負けるスプリガンではない!」

「どんなものでもカスタム次第でいくらでも強くなる、みんなに教わった!」

 陽歌は反撃の為、自分のランチャーにベイをセットする。完全に引き抜けるワインダータイプのライトランチャーにグリップを取り付けたもので、義手を使う彼に扱いやすいようにカスタムされていた。そのグリップも重りと自転車のブレーキの様なパーツが取り付けられ、徹底的な改造が施されていた。

「行け! デッドハデス!」

 陽歌がシュートしたのは、悪魔の顔が浮かんだ紫のベイ。男はスプリガンを戻しつつ、新しいベイをシュートする。一度攻撃を行ったスプリガンでも耐えられるだろうが、念には念を入れてというやつだ。

「ガキが……本当の最強防御を見せてやる!」

 男が放ったのは不死鳥の描かれたベイ。周囲にはデッドハデスと同じ様な六角形のウエイトが配置されている。

「これが僕の最強、デッドハデス!」

 陽歌は腕を組み、足を開いて仁王立ちする。その背後には巨大な悪魔の幻影が浮かんでいる。その悪魔が、拳を突き出しデッドハデスと同じ軌道を描いてベイを押し出す。

「スプリガン!」

 男はスプリガンを呼び戻し、攻撃に備える。だが、スプリガンは虚しく弾き飛ばされた。

「馬鹿な! まだだ、まだフェニックスが……!」

 男は焦るが、フェニックスが残っていると自分に言い聞かせる。

「このフェニックスはリバイブアーマーという機能で防御を高めている! そのアーマーを通常より重いデッドアーマーに換装! ディスクとドライバーは最重量級のアウターとオクタ! この鉄壁の防御で……」

「デッドエンド、クラッシャー!」

 ハデスの一撃でフェニックスは虚しく砕け散り、その余波を受けて男は吹き飛ぶ。

「グワァアアアアアア!」

 攻撃を終えて戻ってきたハデスを、陽歌はキャッチする。それと同時に悪魔の幻影も消えていく。戦いに勝利した陽歌達であったが、なぜ襲われたのかは釈然としていなかった。

 オリンピックまであと147日。ゆっくりと日常は浸食されつつあった。

 




 ベイブレードバーストとは?
 世界中で愛されるベイブレードシリーズの最新作。攻撃によってバラバラになるバーストシステムを搭載し、よりエキサイティングに! レイヤー、ディスク、ドライバーの三つのパーツを組み合わせて自由にカスタムできる。

 ハザードケルベウス.Hr.At
 深雪の使用するベイブレード。バーストシリーズ初期から防御タイプの代名詞であったケルベウスの4代目を改造したもの。金属のチェーン部分がダンパーになっており、受け流し性能の高いハザードケルベウスレイヤーにフリー回転パーツを持つハリケーンディスク、フリー回転するボール状の軸先が特徴のアトミックドライバーを装備して受け流し性能に特化した防御ベイ。
 ちなみに彼女はストリングタイプのベイランチャーにカラビナグリップを装備したものを使う。ベイランチャーは左右に回転が切り替えられるもの、紐が長いものなど強化発展型もあるが初期から使っているこのランチャーを今でも大切にしている。

 デッドハデス.00T.Ds’
 陽歌の使用するベイブレード。最重量級であるデッドハデスレイヤーに同じく最重量級の00ディスクを装備。このディスクはフレームと呼ばれる補助パーツを搭載できるコアディスクというもので、それに重めのターンフレームを付けている。これは付け方を変えることで刃の向きが反転し、攻撃と防御を切り替えられるが専ら攻撃モードを使う。そしてバネが強化されでバーストしづらくなり、大きな軸先でしっかり重量を支えつつ暴れるデストロイダッシュドライバーを使いその重さで相手をぶん殴る。
 陽歌のランチャーは引き抜いて打てる昔ながらのワインダータイプ、ライトランチャーLR。ワインダーはドラゴンワインダーが最も長いが、グリップのサイズなどを考慮して少し短いロングワインダーを採用。そしてライトランチャー自体は小さいためグリップも装着している。このグリップにはそのものの重さを増して反動を抑えるウエイトグリップ、握り込む補助をするパワートリガーが取り付けられている。

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