騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 買い占めに気を付けよう!

 紙類は殆ど日本で製造してるから腐るほど在庫があるぞ!
 近頃転売禁止の法律が出来て格安でマスクの在庫を吐き出している転売屋がいるが、転売屋のところにあったマスクなど衛生管理が出来ているか分からない。そんなものより店頭で買おう!
 ちなみにトイレットペーパーなどを転売すると法律違反になるぞ。
 メルカリやヤフオクでマスク等の出品を見たら通報しよう! どうせグルだから無駄だろうけどね!


☆踊る民衆、黄巾賊の罠!

 ここは静岡県の長閑な町、島田市。おもちゃのポッポ、そして喫茶ユニオンリバーの本拠地である。暖冬だなんだと言うが、まだ冬ということもありしっかり寒い。

「もう一枚着てくればよかったかな……?」

その綺麗に舗装されながらも車の往来が少ない静かな街中を歩く、一人の子供がいた。茶色のダッフルコートを着込み、そのフードを目深に被っていた。余った袖から覗く指は、生身のそれでも手袋をつけたものでもない。黒い球体関節人形の様な義手である。

フードに隠れていて分かりにくいが、右目は桜色、左目は空色のオッドアイである。その子供は周囲の目を気にする様にキョロキョロと落ち着き無く辺りを見渡していた。

「うぅ……」

冷たい風が吹き付けると、彼は身をちぢこませる。寒い以上に、脳裏にフラッシュバックするものがあったのだ。

(やっぱ、無理かも……)

腕が固定され、寒風が吹き荒ぶ暗闇の中で一人取り残される苦痛が、数年前のことなのに今でも鮮明に思い出される。だんだんと腕の感覚が消え、意識が遠退いていく。

「はぁっ……はぁっ……」

昔の恐怖を思い出し、彼は道端で座り込んでしまう。無いはずの腕が万力で押し潰されたかの様にキリキリ痛み、呼吸が出来ない。街でいえば大通りに位置する場所なのだが、如何せん人が通らない。

「大丈夫?」

その時、通り掛かった女性が声をかける。彼が顔を上げると、黒髪に眼鏡をかけた見知った人だったため多少落ち着きを取り戻す。

「エリニュース……さん?」

「あぁ、陽歌くんか」

黒髪の女性はエリニュース・レブナント。喫茶店にたまに出入りしている悪の組織の幹部である。今日はオフなのか私服だが、レザーのスタッド付きジャケットと悪のイメージを全面に出している。

一方、子供の方は浅野陽歌。最近、諸事情で喫茶店に引き取られた。腕の欠損にまつわるPTSDがあり、それを克服する為に寒い中散歩をしていたところだった。エリニュースは生来からの人の良さでつい助けてしまったが、ガッツリ知り合いだったため動揺した。

(しまったー、知り合いだった……。悪の幹部らしいとこみせないと……)

喫茶店に入り浸っている時点で悪でも何でもないだろうに、そこにはかなりこだわりがある様だった。

「ふふ……ユニオンリバーは全て私が倒すからな、ここで死んでもらっては困る」

「……ですね」

陽歌はフードを脱ぎ、安堵した表情を見せる。フードをずっと被っていたせいでキャラメル色のボブカットはボサボサ。右の泣き黒子にまで溢れそうなほど目に涙を溜めており、かなり心細かったのだと思われる。

「……ホント、無茶はしないでね?」

エリニュースは彼の性格から、周りに優しくされるほど甘えていられないと自分を追い詰めてしまうタイプなのを察していたので心配だった。こうして散歩し、トラウマを乗り越えようとしているところにもその片鱗はある。

こうしてたまたま出会った二人は一緒に行動することになった。エリニュースの目的は買い物であった。目的地であるドラッグストアにたどり着くと詰め掛ける大勢の人に陽歌が後退りする。彼は極度の対人恐怖症で、エリニュースともこうして話せるまでには恩人の知り合いというアドバンテージがあっても時間が掛かった。

今でこそ普通に話している様に見えるが、目は合わせていない。

「わぁ……こんなに人がいるなんて……」

「ええ……」

予想外の光景にエリニュースも困惑する。おそらくらマスク難民だろう。どこもかしこもマスク不足。そのくせ、職場などではマスクを付けろと口うるさく言われる始末。どうしても必要なのでこうして買いに走るしかないのだ。

「ま、どうせマスクでしょ。私の目的は違うもんね」

「そうなんですか?」

しかし彼女は別にマスクを買いに来たわけではない。人間ではないエリニュースはそもそも感染症のリスクが存在しないのだ。

「さて、ティッシュとトイレットペーパーはっと……」

店内に入った二人は、紙類が置かれたコーナーへ向かう。エリニュースが買いにきたのはその二つだった。しかし、そこでも想像を絶する光景が待ち受けていた。

「なん……だと?」

二人の前に飛び込んできたのは紙類を奪い合う人々の姿であった。

「あわわ……」

「一体何が起きている? 人間はとうとう山羊になってしまったのか?」

「山羊さんに紙を食べさせると消化不良でお腹を壊して……じゃなくて……」

突然の混乱にエリニュースは絶句する。陽歌はその中で、一般人を押し退けて紙類を奪い、あまつさえレジを通らずに逃げ出す黄色い布を巻いた集団を見つける。

「マーケットプレイス!」

「なんだって?」

その集団は、転売屋ギルド『マーケットプレイス』。昨年も度々騒動を起こしてはユニオンリバーに叩きのめされ、ワンフェスでも問題を起こしていた反社会的犯罪組織だ。エリニュースのバイト先でも現れては問題を起こし、ボコボコのボコにして警察に付き出しているほどなのだ。

「奴ら遂に生活必需品の転売にまで手を付けたか!」

前々から転売屋がホビーを買い占めるため彼女の組織の総統が相当機嫌を悪くしているため、エリニュース本人はそこまでホビーを嗜まないが頭痛の種であった。これはいつかこんな日が来ると予想していたが、まさかそれが今日とは。

「ここには三種類の人間がいる。一つは転売屋、もう一つはデマに踊らされた情報弱者、そして最後に、ちょうどよく備蓄を切らした運の無い者よ……」

加えて、エリニュース達はこのタイミングでティッシュやトイレットペーパーを切らしてしまった。もう天に見放されたとしか思えない状況に彼女は凹む。ナムサン。

大方の原因は、『紙類の大半を中国で生産しているから武漢の肺炎で輸入が無くなる』というデマだ。実際は紙類の大半を製造しているのは国内工場であり、例え日本が『我が代表堂々と退場ス』としても品薄にはなるまい。

「デマとはいえ本当に市場から消えると困りますよね。嵩張る上にいつでも買えること前提だからたくさん備蓄してる人なんてそういないでしょうし」

「不運と踊っちまったぜ……」

陽歌がフォローした通り、実際原因がデマでも買わなければ困ってしまう状況なのは確かだ。この混乱を止めるため、店員は必死で正しい情報を伝える。

「落ち着いてください!紙類は十分な在庫があり、すぐに入荷されます!」

「デマゴーグはいけませんな。そうやって、店頭で高値で売り付ける気なんでしょう?」

その声を破って、やけに煩く響くキンキン声が喧騒を破った。

「ここまで多くの店を見ましたが、どこも品切れ。在庫が無いことなど明白です!」

騒音を出していたのは、黄色いスーツを着こんだ三角眼鏡のオバさんだった。

「マーケットプレイス北陸支部、支部長、金満珠子か……」

エリニュースは要注意人物のことをあらかた頭に叩き込んでおり、このやけに個性的なオバさんのことも知っていた。

(タマキンやんけ……)

陽歌はユニオンリバーでの長い生活のせいか、完全に悪い癖が移っていた。それとも年相応、小学生のサガか。それはともかく、さすがにこの大騒ぎは見過ごせないと店長が出てきて警告する。

「各メーカーからは、在庫は多数あり品薄の心配は無いと連絡があります!これ以上暴動を煽動するなら、警察を呼びますよ!」

しかし、全くタマキンは話を聞かない。

「神様たるお客様に向かって警察など! よろしい、では罰が必要なようですね!」

そう言うと、タマキンはべっこう飴の様な大きい球体を口に含む。相当大きく、もうモゴモゴとしか話せない。

「モゴモゴモゴモゴ、モゴモゴモゴモゴモゴモゴ!」

「ちゃんと飲み込んでから話せ」

これにはエリニュースも呆れていたが、陽歌はその球体を見てあるものを思い出したので警戒を強める。

(あれって四聖騎士団の天魂?)

「エリニュースさん!気をつけて!」

彼が引き取られた喫茶店、ユニオンリバーに多くいる人形ロボット、四聖騎士団がいつもの姿であるヒューマノイドフォームからロボット形態へ変身する時に使う修正プログラム入りキャンディ、それが天魂だ。それと同じものを持っているとは、どういうことなのか。

「安心して、同じものだとしても本物と同じ性能なわけない。それに、私も似た様なものだし」

エリニュースは身の丈ほどあるビーム刃の鎌を取り出し、敵を見据える。タマキンは姿を変化させ、蛇に腕が付いたナーガタイプのロボットになる。その両腕には金色のモーニングスターが握られている。ボディのピンクも相まってとても地上波でお出し出来る姿ではない。

(ネオアームストロングジェットアームストロング砲じゃないですか、完成度高いですね……)

突然、化け物が現れ一部のデマに踊らされた情弱は競う様に逃げ出す。普通の買い物客と従業員はそんな脳足りんのせいで入り口が詰まることを予想して、とりあえず身の安全を守るため買い物籠を被ったりした。

「私の真の名は、ファルス・ザ・スネクロイド! 経済の自由を掲げるマーケットプレイスの戦士、機械の身体を得て進化した人類、アダムスミロイドの一人!」

いくら格好付けても汚い声とモザイク必須の姿では説得力がない。

「多くの人が欲するものを集め、供給する。それは普通の商売となんら変わらない。私達は、需要に応じた値段を付けて、手数料をもらうだけ……。経済の基本も分からぬ者は、ここで死んでもらう!」

(経済の前に刑法について学んで欲しいなぁ……)

そう思う陽歌であったが、馬鹿というのは勉強しても自分に都合の悪いことは忘れてしまうのである。

「喰らいなさい!」

タマキンは口から白い液体を飛ばして攻撃する。もう完全にアウトである。

「おっと」

エリニュースが避けると、液体が付着した床が溶ける。彼女には効果が無いのだが、腐った卵の様な匂いからして硫化水素も含むのだろう。酸性と塩素系の洗剤を混ぜると出るアレである。つまりガチ猛毒。せっかくのデザインなのに、その手の薄い本に使えなさそうな能力であった。

「働く女性は忙しいの!すぐに終わらせて差し上げましょう!」

彼女がそれなりの強敵と判断したタマキンは、首周りのスキンを胴に向けて剥いて、放熱状態になる。普通に考えれば装甲を開いてフル稼働モードというカッコいい内容なのだろうが、見た目がダメ過ぎる。

「そろそろ逃げないと……」

情弱達が逃げ終わり、出入口の混雑が解消されたため他の客や従業員が避難を開始する。陽歌もそれに伴い移動した。エリニュースの強さは信頼出来るので、ここは彼女に任せて問題無いだろう。

「ん?」

外に出ると、先に逃げた情弱達が死屍累々といった有り様で転がっていた。その中央には、桜色の装束を纏った一人の少女がいた。衣装の襟元や裾から覗く首筋や内股には、刺青の様な物がある。伸ばした白髪を靡かせ、灰色の瞳で陽歌を見る。双眼鏡の様な機械で人々を見ると、彼女は呟いた。

「平熱以上は無し……でもどのみち、全員濃厚接触者か……」

(誰だ?)

単語からは、熱がある人間とそれに長時間接触した人間を探しているという様に見える。

(武漢の肺炎の関係?)

困惑する陽歌だったが、少女は淡々と話す。

「これ以上、感染を広げるのも覚えが悪い。それにお前はユニオンリバーの人間だな?ならば見逃すわけにはいかない」

彼女は平熱以上の人間に加え、何故かユニオンリバーに所属している陽歌も狙っていた。

「安心しろ、ユニオンリバーでなくても濃厚接触者だ。運命は、決まった」

少女の周りが炎に包まれる。それと同時に、彼女の髪と瞳が深紅に燃え上がる。炎は紅いリボンを構成し、少女の長髪をツインテールに結い上げた。

「な、なんだぁお前は!」

店長が少女に聞いた。明らかに怪しい人間に対しては標準的な反応である。

「私はオリンピック推進委員会幹部、フロラシオン【双極(ジェミナス)】の一人。以前は【叡知】が世話になったな。だが私はあの頭でっかちの様にはいかない。ここでお前を倒す」

陽歌は先日、彼女の仲間と思わしき人物と戦って撃退していた。店長はこの状況に異論を投げ掛ける。

「感染がどうとか言ってたな! 私達はまだ武漢の肺炎に罹っているか分からないんだぞ! それに平熱以上って、何を基準にしているんだ! 平熱は人によって違うんだぞ!」

まさに正論であった。平熱など個人差が大きいのだが、何を根拠に基準を設けているのか。それに、武漢肺炎は無症状感染者も多くいるのだがそれは無視なのか。

「関係ない。それに少数の犠牲で多くが救われるのならそれでいいじゃない」

(何を……言っているんだ?)

陽歌は【双極】の口振りに疑問を覚えた。主義に問題があるのはもちろんのこと、曖昧かつ疑心暗鬼な理由で排除を続けていれば救える人間より殺した人間の方が多くなるのは明白であった。

「では、死んでもらうよ」

【双極】は炎を腕に灯し、それを振り上げて攻撃を開始しようとする。炎の勢いは渦を巻き空気を飲む音が聞こえるほどであり、こんなものを受けてしまったら、ここにいる大勢の人が死んでしまう。

「やるしかない……!」

 陽歌はコートのポケットからあるものを取り出した。それを腰に付けると、黄色のベルトが飛び出して巻き付く。彼は二本の小さなボトルを振って蓋を回し、その機械に装填した。

『クジラ! ジェット! ベストマッチ!』

 すると、陽歌の背後から複雑な数式の様なものが出てくる。これは【双極】にも見えており、彼女は戸惑う。

「なんだ?」

「さぁ、実験を始めよう」

 声が震えていたが、陽歌は【双極】に向けて告げた。そして、機械につけられた赤いレバーを回す。すると、彼の前後に管の様なものが展開して液体が流れ、パワードスーツらしきものを構築していく。

『Are you ready?』

「変身」

 そして、そのスーツに陽歌が挟まれ、『変身』が完了する。色相の異なる二つの青で構成された仮面の戦士。身長も成人大まで大きくなり、高らかに陽歌は名乗った。変身する直前までにあった震えは収まっている。

『天翔けるビックウェーブ! クジラジェット! イエーイ!』

「仮面ライダービルド。作る、形勢するという意味のビルド。以後、お見知りおきを」

「お前……その貧弱そうな身体でハザードレベル3以上なのか?」

 陽歌が変身に使ったビルドドライバー、そしてフルボトルで変身するにはハザードレベルと呼ばれる数値が一定以上必要である。それは強い毒性を持つネビュラガスへの耐性を示すものだが、目の前の少年がそれに該当するとは思えず、【双極】は警戒する。

(助かった、シエルさんがこれ作っておいてくれて……)

 というのも、これは何も本物のビルドドライバーではない。ユニオンリバーのメンバーが魔法でおもちゃを改造したものなのだ。シエルという人物は自分がプロデューサーをしているアイドルの為に様々なライダーベルトを魔法で本物にしており、衣装の代わりにしていたりする。そのテストタイプをもしもの為に、と貰っていたのだ。そのため、ハザードレベルとはは関係なく変身出来たりする。彼自身も魔力がある方ではないが、ベルトや小物に魔力コンデンサーが内蔵されているので少しは戦うことが出来る。

「仮面ライダーだかなんだか知らないけど、そこをどいて! 沢山の人の命と想いが掛かっている!」

「……断る」

 仮面で顔が隠れているからなのか、テレビの中のヒーローと一体になっているからなのか、陽歌の中に勇気が湧いていた。自分の後ろにいる人達を守るため、せめてエリニュースがタマキンを仕留めるまでの時間は稼ぐ。

「ならばあんた諸共、焼き尽くす! ルビー……シュート!」

「させない!」

 【双極】は腕から炎の帯を放つ。周囲の空気が揺らめくほどの威力を持った火炎放射だ。だが、陽歌も右腕から大量の水を放って対抗する。炎の火力も高いが、なにより水が膨大なので完全に消火出来てしまう。

「な……バカな!」

 これほどの水を生み出すほどの力が陽歌にあるとは思えないため、予想外の展開に【双極】は思考停止して炎を出し続ける。クジラの力によって町に張り巡らされた水道管から水を引き上げて噴射しているため、魔力の消費も見た目より少ない。

「く、ならばお前を先に始末するまでだ!」

 【双極】は背後の民間人ごと始末出来ないと悟ると、全身に炎を纏って突撃してくる。しかし、大きく一歩踏み出した瞬間、彼女の頭が割れる様に痛む。

「ぐ……がぁ……!」

 一体何が起きたのか。実は、クジラの部位にはクジラやイルカとコミュニケーションを取り、相手を麻痺させる超音波を放つ機能があるのだ。変身直後からそれを使い続け、こっそり麻痺させていたというわけだ。

「これで!」

 ジェットの部分からミサイルを放ち、遠距離攻撃に徹する。如何に有利な状況に持ち込めたとはいえ、油断して接近戦を仕掛けるのは愚の骨頂。時間稼ぎが目的だ。迂闊な真似をして形勢を逆転されるわけにはいかない。

「ぐ、あぁあ!」

 何発かミサイルを迎撃した【双極】であったが、身体の麻痺とミサイルの量もあって完全に防ぎ切れず直撃を受けてしまう。

「畳み掛ける!」

『ドリルクラッシャー!』

 陽歌はドリルの様な武器を取り出すと、そのドリルを外して持ち手に先端から装着し、ラッパ銃の様な形状にする。そこに潜水艦のレリーフが刻まれたフルボトルを装填し、引き金を引く。

「いっけー!」

 銃口からいくつもの魚雷が放たれる。回避を試みる【双極】の意識がこちらから反れている隙に、ジェットの方のボトルを抜いて黄色いボトルへと変更する。

『ライト!』

「ビルドアップ!」

 一方、【双極】は自分の周囲に炎の渦を出すことで回避できなくても魚雷を防ぐことに成功していた。そして、麻痺も構わず突撃を仕掛けていた。黄色のライトに半身を変更した本来の予定とは違ったが、陽歌はそれでも何とかこの行動を防ぐ手立てを考える。

「これで!」

 左腕の照明から閃光が放たれ、【双極】の視界を塗りつぶす。突然の光に、彼女も足を止めるしかなかった。

「くっ……何が……」

「これで!」

 失った間合いを自分が動かずに確保するべく、陽歌は水を噴射して【双極】をはじき出す。彼女はびしょ濡れになりながらアスファルトを転がった。たかが水でも、水圧が高いと十分なダメージになる。

「お次はこれ!」

 陽歌はドリルクラッシャーにバラのフルボトルを装填する。そしてゼロ距離で放つと弾丸が茨の縄になって彼女に巻き付いた。

「くぁっ……! こいつ……」

 ドリルクラッシャーでバラの弾丸を放ち続けるが、【双極】の能力は炎。簡単に燃やされてしまう。

「このくらい……」

 案の定、彼女は身体に食い込む茨を炎で燃やそうとする。しかし、茨の痛みであることから意識が反れていた。そう、自分が濡れているということに。

「させない!」

 陽歌が足から電流を流す。濡れた身体は電気が通り易い。たとえ、水道水で真水より電流を流し難いとしても、靴が絶縁体の役割をしたとしても、だ。

「がぁああああっ!?」

「そんで本命!」

陽歌はクジラのボトルを蜘蛛のボトルに入れ替える。

『スパイダー!』

「ビルドアップ!」

 クジラの半身が紫の蜘蛛へと変化する。腕から蜘蛛の糸を出し、【双極】を重ねて拘束する。そしてドリルクラッシャーには赤い消防車のボトルを装填して水を出し続ける。足からは電気を流して糸、電気の二重拘束を継続した。

「く、この……うぁあああっ!」

 【双極】は炎で全てを吹き飛ばそうとするが、先ほどよりも微弱な流水で全く炎を出すことが出来なくなってしまった。これは陽歌ビルドの源がネビュラガスではなく魔力であるためだ。魔法というものは物理法則が通用しない。それ故、『ミーム』が大きな力を持つ。消防車という意味は、炎への絶対的な強さの象徴なのだ。

 ドラックストア駐車場の戦いは、陽歌ビルド優位に進んでいた。

 

   @

 

 店内では、エリニュースとタマキンことファルスが戦闘を繰り広げていた。激しく動き回るタマキンだったが、その一撃を彼女は鎌で反らして一歩も動かずに防ぎ切る。金の玉の重い攻撃を全く意に介さずに細身の鎌

「さて、みんなの避難も済んだし……」

 エリニュースは店内の人々が避難するまで待っていたのだ。加えて、彼女はタマキンをそれと気づかれずにある場所まで誘導していた。それは在庫がしまってあるバックヤードである。

「ここは?」

 戦闘中に場所が変わっていることにようやくタマキンも気づく。その時にはもう遅かった。

「こういうことさ!」

 エリニュースは鎌を振るって斬撃を放つ。その攻撃はタマキンに直撃するが、斬れることは無くタマキンを吹き飛ばす。バックヤードのシャッターを突き破り、卑猥な姿のタマキンは場外へ弾き出された。これで、店への被害は最低限減らせるはずだ。

「ぐおおお! だがそんなナマクラで……」

 自分の身体が切れないことで慢心したタマキンは、無策にエリニュースへ突撃した。外に出た彼女は、指パッチン一つで周囲に爆発を巻き起こす。まさに悪の幹部らしい、圧倒的な攻撃だ。

「ぐぎゃああああ!」

 爆発に巻き込まれたタマキンは動けなくなる。その隙に上空へ舞い上がったエリニュースが鎌を振り下ろし、タマキンを両断する。

「アバーッ?」

「これでよし」

 真っ二つになったタマキンは斬られた瞬間の状態を維持しながら、最期の言葉を述べる。

「あなた如きが何をしようとも……世界の真理は変わらない……。張角様の定めた、正しい経済の在り方、それがマーケットプレイスなのだから……!」

長々喋り終えて光を放った後、ようやく爆散した。エリニュースの強さが規格外なのもあるが、進化した人類にしては結構弱い。

「向こうでなんか戦いの音してるからサクッと倒したけど、まだ何かいるの?」

 駐車場の方からする音に気づき、エリニュースは急いで移動した。あのアスルトやシエルが全く何も準備していないことはないだろうが、陽歌に戦闘能力がないのは知っている。まさかマーケットプレイスなんぞに今のタマキンより強いのがいるとは思えないが、相手によっては時間稼ぎにもならないかもしれないのでなるべく早く合流した方がいい。

 

   @

 

(時間稼ぎもここまでか……)

 陽歌は魔力コンデンサーの限界を悟り、残された魔力で一気に畳み掛けることにした。エリニュースに引き継ぐにしても、少しはダメージを与えた方がいい。彼は今のボトルを確認するとレバーを回した。

(蜘蛛とライト、ベストマッチじゃないけどとりあえずこれで!)

 ベストマッチでないと必殺技の威力は落ちる。しかし今はわざわざボトルを入れ替えている隙は無い。一見優勢でも油断は禁物だ。

『ready go! ボルテックアタック!』

「くっ……!」

 左腕の照明から眩い光を放って視界を奪うと、右腕から電流の流れる糸を発射して【双極】を拘束する。

「くぁあっ!」

 電撃と粘着糸の二重拘束で動きを止め、腕に繋がった糸を引っ張って【双極】をこちらに引き寄せる。そして、そこへ両足の飛び蹴りを叩き込む。

「でりゃあああ!」

「きゃぁあああ!」

 大きく弾ける音が響き、閃光が走る。アスファルトに転がされた【双極】は全身に痺れと焼ける様な痛みを感じる。

「ぐ、がぁっ……何が……」

 毒と電撃による二つの麻痺である。必殺技自体のダメージも馬鹿にできず、視界がぐるぐる回って立つことができない。完全に隙だ。

「今だ! 一気呵成に畳み掛ける!」

 この機会を逃さず、二つのボトルを入れ替えてベストマッチを決めていく。今なら蜘蛛をオクトパスに替えるかライトを冷蔵庫に替えるだけでベストマッチになるが、両方とも消耗が激しい上、冷蔵庫は個人的に使いたくなかった。

『ゴリラ! ダイヤモンド! ベストマッチ!』

 選んだのはゴリラとダイヤモンド。一番破壊力が伸びる組み合わせで、万が一攻撃に失敗しても防御に転じやすい。ブラウンとライトブルーのツートンへ姿が変わり、右腕が大きくなる。

『Are you ready?』

「ビルドアップ!」

『輝きのデストロイヤー! ゴリラモンド! イェイ……!』

 動けない【双極】を後目に陽歌はベルトのハンドルを回す。敢えてゆっくりなのは、彼女がふらつきながらも立ち上がってパンチを叩き込み易い体勢になるのを待っているからだ。

『ready go! ボルテックフィニッシュ!』

「おりゃぁああああ!」

 ダイヤモンドが【双極】に集まって彼女を拘束し、それを砕く様に陽歌は拳を突き出した。パンチが直撃するとダイヤの塊は砕け散ったが、【双極】は両腕でパンチをガードしていた。腕はミシミシと軋み、身体はダイヤの破片でズタズタにされているが、致命的な一撃だけは避けようとしている。

 必殺が不発に終わった陽歌は警戒の為、即座に距離を取る。戦闘経験は少ない彼だが、ノウハウは仲間達から教わっている。

「お前……これ以上邪魔するな!」

 半ばハメ技の様な状態が続いた【双極】のフラストレーションはかなりのもので、もう状況に構わず全てを焼き尽くそうと一気に身体から炎を吹き出す。

「感染者を放置するとさらに増える! それがなぜ分からない!」

そして、陽歌ごと後ろの人達を焼こうと炎の渦を巻き起こす。

「ま……」

『ハザードオン!』

 まさかのやけくそに陽歌も慌てて新たなアイテムを取り出す。消防車のベストマッチを待っている時間はない上、消防車フルボトルも消耗している。赤いトリガーに付いている青いボタンを押すと、それをベルトの上部にセットする。

『ゴリラ! ダイヤモンド! スーパー……ベストマッチ!』

 【双極】は散々してやられた相手の新たな動きにまるで警戒することなく、炎を陽歌や人々に向かって放った。

「焼け果てろ! ルビー、ディザスター!」

『ドンテンカン! ドンテンカン!』

 炎が向かってくる中、陽歌はベルトのハンドルを回した。すると、黒い大きな金型が出現して炎の渦を食い止めた。

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

「ビルドアップ!」

『Are you ready?』

「僕がやるしかないでしょ」

 そして金型が陽歌を挟む。出来上がりを知らせるベルの音と共に金型が開いて現れたのは、左右のオッドアイ以外真っ黒なビルドの姿であった。先ほどまでのカラフルさは失せ、特徴的な左右の腕の違いも無くなっている。目だけが前の姿と同じだ。

『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

(使ったことないけど、理性を失う危険がある前提で短期決戦だ!)

 劇中のこの姿、ハザードフォームは長時間変身していると理性を失い、暴走する。まさかシエルがそんなもの作るとは思えないが、陽歌は念の為なるべく早くケリをつけることにした。ベルトのレバーを回して、必殺技だ。

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

「そんなに、多くの人の命を危険に晒したいのか、お前は!」

(何を言っているんだ?)

 【双極】は本気で新型肺炎の蔓延を止めたいらしいが、だからといってこんな中世でもしない様な、半ば豚コレラの殺処分と言わんばかりの有様を認めるわけにはいかない。

「ルビーストライク!」

 確実に陽歌ビルドを仕留めるため、【双極】は拳に炎を纏わせて攻撃してくる。だが、彼の装甲表面にはダイヤモンドの甲殻が生成されており、拳を受け止めている。

「……IOCは肺炎の始末如何ではオリンピックを中止にする気よ。どれだけ多くの人の努力が水泡に消えるか、分かっているの!」

 【双極】は陽歌へ訴えかける様に言うが、彼には分からなかった。だから疑わしい人間を殺していいなんて理屈、普通に考えて通らない。

『ハザードアタック!』

 左腕の拳が彼女の腹部に突き刺さり、間髪入れず顔面に右の拳が撃ち込まれる。完全に倒すつもりの一撃だったが、【双極】は後退するのみに留まった。

「ハザードレベル……3以上は……選ばれた人間にしか到達できない領域……。力のあるあなたは、正しい使い方をすべき……なのに……」

 彼女は陽歌の撃破を諦めたのか、彼を避けて後ろの人々へ近づこうとする。

「力がある者は……より多くの人を救わないと……」

『マックス! ハザードオン!』

 陽歌は赤いトリガー、ハザードトリガーのボタンを再度押した。それが返事であった。

「みんなの想いが詰まったオリンピック……そうでなくても、失敗すれば炎の闘神の眠りが……そうなったら、疫病なんかよりずっと酷いことに……」

 うわ言の様に何かを呟きながら、【双極】は陽歌とすれ違う。が、彼はそれを止める様に後ろから頭を掴む。そして、レバーを回す。

「うっ……」

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

 黒い靄と火花が【双極】の身体を駆け巡り、ダメージを与えると共に今まであった魔力による防御を分解していく。

「う、ぐぅううっ!」

 解放され、何とか陽歌の方を振り向く【双極】だったが、既に攻撃は次の段階へ移っていた。レバーを三度回すと、右腕に力を込めて渾身のストレートを放つ。

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン! ハザードフィニッシュ!』

 これがトドメの一撃になる、はずだった。瞬間、【双極】の全身が氷に包まれる。拳は氷に止められ、その塊にヒビの一つも入らない。

「病原体を焼くつもりで炎に拘っていたけど、宿主を失えばウイルスは広がれないんだったね」

 同時にビルドドライバーの魔力が枯渇し、陽歌の変身が解除される。それに加えて、彼は氷の塊を見て、呼吸が止まる。氷が砕けて中から【双極】が姿を現した。破れた衣服の下から覗く素肌は傷一つなく、髪は編み込みのあるハーフアップでライトブルーに、瞳も同じ色に変化していた。

「だったら、手段はなんでもいいのよね」

「……」

 大きな氷が砕ける光景、陽歌の心は数年前に戻っていた。突然、周りにいた人々が凍り付いていく。そして次々に砕け散る。そして自分も遂には……。ただでさえ寒い外気が彼女の氷によって更に冷やされる。

 寒風の痛みと苦しみにのたうち、ようやく腕とジャングルジムを繋ぐ拘束が無くなった。突然のことだったせいか、手を地面に付くことも出来ず顔面を擦りむいてしまう。何とか起き上がろうとするが、何故か立つことができない。ようやく仰向けになれた時、ジャングルジムに残った『それ』を見て、陽歌は声を出すことも出来なかった。

「ぅ……あ……」

 恐怖が蘇り、陽歌は全く動くことが出来なくなった。膝から崩れ落ち、立っていることもできない有様だ。

「あなたはそこで見ていなさい。正しい力の使い方を……」

 【双極】は力を持たない人々に迫っていく。その時、目にも留まらぬ速さでエリニュースが割り込んだ。大鎌で襲い掛かるも、氷の刃で防がれている。

「あんたも転売屋か?」

「違うね」

 彼女は【双極】に問うが、違うと答えられてしまう。服のマークを見て、エリニュースはその正体に気づく。

「推進委員会か?」

「その通り。これから感染疑いのある者を処分するんだけど、あなたも濃厚接触者?」

 互いに引かない二人。だが、これはあくまでエリニュースが様子見の為力加減をしているだけに過ぎない。明らかにパニックを起こしている陽歌と、彼の嫌いなものである氷を纏った【双極】を見て彼女は全てを察する。

「御託はいいから……うちの子に手ぇ出してんじゃないよ!」

 エリニュースの姿が一瞬にしてかき消え、陽歌の傍に出現する。それと同時に、【双極】の全身が深々と切り裂かれる。血が吹き出し、同時にオーラの様な形で魔力も漏れ出していた。

「え……?」

 本気のエリニュースを前に、【双極】はなすすべなく倒された。

 

   @

 

「あれ……?」

 陽歌はエリニュースの背中で目を覚ました。彼女に背負われ、陽歌は帰路に着いていたのだ。

「大丈夫?」

「すみません……ご迷惑を……」

 反射的に謝る彼だったが、エリニュースは微塵も気にしていなかった。普段から自分とこの総統に散々やられているので、基本心が広いというか麻痺している。

「いやいや、君が頑張ってくれなかったら犠牲が出てたとこだよ。まさか転売屋の他にカルト宗教までいたなんて……」

 ともかく、北陸支部長を撃破したのでマーケットプレイスの勢力が減るのは間違いない。しばらくすれば品薄も解消されるだろう。

「……」

 陽歌はしばらく、エリニュースの背中に身体を預ける。心細い思いをしていたあの頃、負ぶってもらえなくてもいいから誰かに寄り添って欲しかった。ここなら、いつも誰かが近くにいてくれる。もう、心まで寒い想いはしなくていい。

 




 転売屋ギルド『マーケットプレイス』

 黄色い布を巻いた転売屋集団。本拠地は大陸系らしい。その姿は買い占めというより最早押し込み強盗で、数を頼みに店頭の儲けた制限を無視したり最悪レジを通らずに持ち去る。
 昨年もゼロワンドライバー発売、ポケモン剣盾発売に伴い活発化したがスナック感覚で関東支部長と中部支部長がユニオンリバーに撃破されている。

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