騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 3月9日を何の記念日か決める論争から10年、我が国はザクの日、ミクの日、感謝の日の三つに分かれ、混沌を極めていた!
 コノーママーアルキツヅケテー


☆一つ目の巨人

 静岡県島田市に存在する白楼学園静岡校。ここは初等部から高等部を持つ私立の学校である。一斉休校の要請が出たので当然、この学校も休校になったのだが図書室には生徒達が集まっていた。

 というのも、最近では所謂『平熱』を越える人間をサーモグラフィで判別して襲撃する集団がおり、自宅にいても危険があるため生徒を守る為に保護者がいない時間帯はこうして学校に集めている。

「あー、家にいてもテレビはコロナコロナ……。不安ばかり煽って、手洗いうがいを呼び掛けたニチアサヒーローを少しは見習ってほしいものね」

 図書室の机でセミロングの女の子がぼやく。最近は何でもかんでも自粛自粛で、子供である彼女にとっては退屈そのものであった。ゲームセンターは閉鎖され、ブックオフの立ち読みも厳しく取り締まられる様になった。

 そもそも、一人で家にいるといつ『オリンピック推進委員会』が襲ってくるかも分からないという世紀末並の状況だ。

 初等部は制服がないため私服である。そのため、彼女はオシャレをするタイプではないのかシンプルなチェックのシャツにジーンズというスタイルだ。

「深雪ー」

「陽歌くん、来たんだ」

 そこに、深雪の友人がやってくる。キャラメル色の明るい髪をボブカットにした、オッドアイの少年だ。男子、というにはあまりに可愛らしく、異性という感じが薄い為か、元々遊びの好みが男子寄りな深雪であったが特に意識せずに付き合っている。

 この年頃の男の子はまだ成長しきっていないので多少なりとも可愛げが残っていることもあるが、陽歌は特筆するほど小柄である事に加え、性格から来るものなのか内側へ丸まった仕草もあって言われなければ女の子だと思ってしまう。僅かな憂いを帯びた表情が、桜色の右目にある泣き黒子も相まって色気さえ感じさせる。

「こんにちは」

「あら、やはり貴方も来たのね」

 図書室の入り口、貸し出しカウンターで本を読んでいる高等部の先輩である眼鏡の少女に挨拶をし、陽歌は中に入ってくる。中等部、高等部の制服はブレザーでネクタイ、リボンの色で分かれている。彼女はいつもここにいる事から、学校では『セーブポイントパイセン』と呼ばれている。

(そういえばセーブポイントパイセン、私が一年の時からずっといるんだけど、気のせいかな?)

 このセーブポイントパイセンには様々な噂があり、実は怪異の一種だとかあの役割を引き継ぐと眼鏡や髪型も引き継ぐなど言われている。唯でさえ学校三つ分の蔵書を必要とし、さらに平均的なそれより遥かに豊富な図書を抱えるこの白楼学園図書室において大雑把な指定でも探している本をピッタリ見つける能力の持ち主なだけにそんな噂も絶えない。

 とはいえ、深雪もまだ初等部三年生。この学校は在籍期間が長くなるのでまだ何とも言えないのが事実だ。

 有能かつ誰かに迷惑を掛けるタイプではないが、確実に変人の部類なので他の学校ではやっていけまい。深雪の様な普通の子供は勿論、そういう子供を多く受け入れているのが白楼学園だ。

「やはり貴方がいないと退屈ね。いるだけで多少、安心感あるもの」

(あのセーブポイントパイセンの口数が多い……)

 滅多に喋らないと噂の彼女が一言添える。それは三年間この学校に通い続けた深雪でもなかなか目にしない光景であった。他人への干渉を避ける彼女が陽歌の事情を知っているとは思えないが、不思議なこともあるものだ。

陽歌は白いパーカーの余った袖から覗く指を、もじもじさせてあちこちを見ながら深雪の隣に座る。その指は生身のものではなく、黒い球体関節人形の様な義手であった。

 普段は空色の左目と目立つオッドアイや髪色を隠す為にフードを被る彼だが、ここでは脱いでいる。通学こそしていないが白楼に籍を置いており、たまに来ている陽歌であるが、ここなら髪色やオッドアイ、義手で迫害されることがないと安心はしている様だ。それでも本能的に染み付いた恐怖心はまだ拭えていないのだが。

「なんか変な感じ。一斉休校なのに学校来るなんて」

「人が少ないのは助かるけどね」

 二人は並んで座り、まったりする。正直、それくらいしかやることがない。様々な動画配信サービスや漫画アプリが自宅待機応援と称して無料コンテンツの配布を行っているが、悲しいかな通信制限という非合法な通信業界の陰謀には勝てないのであった。

「今日って何の日だっけ?」

「3月9日だよね」

 毎日あるなんかの記念日について話すしかないのである。

「あー、じゃあザクの日だ」

「ザクって、あのザク?」

 深雪はザクの日という記念日を思い出す。ザクとは、『機動戦士ガンダム』に登場するジオン公国軍の量産モビルスーツである。様々なバリエーションがあり、ガンダムの裏の顔とも言うべき存在だ。

「そうそう、ザク」

「そういえば僕、ザクってあんまり知らないかも。お店に行っても似たようなのばっかで」

「んじゃあ、今日はザクについて解説しようかな。ちょうど模型部にたくさん積みがあるからそこまで行こう」

 陽歌はまだガンダムに関して詳しくなく、ザクと聞いてもあの一つ目で緑のアレとしか出てこない。

 

 二人は模型部の部室に移動し始めた。その最中に深雪はザクの基本を説明する。

「MS06、ザクⅡ。所謂普通のザクがこれね。デザイナーはガンダム同様、大河原邦夫先生。名前の由来は軍靴の足音のザクザクというもの。シールドが右肩に付いているけど、これは本来左肩に付ける予定で、デザイン画を描いた時に腕が見える様に反転したらそのまま使われたってわけ」

「あ、そういえば大河原立ちってだいたい左向いてるね」

 まだロボットのプラモデルが一般的でなく、敵メカの商品自体珍しい時代、アニメ的な都合から生まれた部分も多い機体である。二次元の嘘も多く、稼働を妨げかねない動力パイプなどもその名残だ。当時は今のガンプラの様にグネグネ動くおもちゃ自体無かったので当然であるが。プラモ化前提でデザイン起こす海老がやべーだけである。

「この特徴的な形式番号は、グレイズなど後々の機体にもオマージュされるの。それと、当初の予定ではジオンのモビルスーツはザクとそのカスタムだけになるはずだったんだよね」

 だが、当時は毎週違うやられメカを用意するのが慣例だったためスポンサーの要求で他のモビルスーツが生まれることとなる。それでも一つ目という統一された記号を持ったジオンのモビルスーツ達は、大人の事情に収まらない魅力を持ち今なお根強いファンがいる。

 ちなみにこの野望を一組織のみという限定的な条件で達成したのが『鉄血のオルフェンズ』一期である。ギャラルホルンの量産モビルスーツは全て、グレイズとそのカスタムであった。他の勢力が違うモビルスーツを使用したり二期以降は前世代機ゲイレールの登場や後続機レギンレイズの台頭があり、一年アニメでこれを達成することがいかに難しいかを物語っている。

「下手したらグフもズゴックもいなかったんだね」

「逆に上手くいかなかったからガンプラブームの時助かったのかも。Zガンダム直前には出す商品無くてサイド7立体化なんて話もあったらしいし……あ、着いた」

 話をしていると、模型部に辿り着く。部屋には大量のプラモデルが積まれ、棚にギッシリ完成品が並べられている。それを見た陽歌は意外な要素に気付く。

「へぇ、墨入れにトップコートと簡単フィニッシュなんだ。もっと手を込むのかと……」

「先輩曰く、改造する為にもキットをしっかり把握する必要があるらしいからね」

 棚に並んでいるのは気合いの入った作品というより、確かに綺麗に作られているが基本的な工作のみのものばかり。ガンプラとスケールモデルの違いとして、その圧倒的稼働による複雑なパーツ配置がある。塗装した際にパーツ同士が擦れて塗膜が剥がれるなど、ならではの悩みも多い。なので、キットの構造を把握するところから改造は始まる。

 深雪はいくつか緑のザクを棚から取り出し、説明を始める。

「まずは基本の基本、量産型ザクⅡ。宇宙用のF型とJ型があるけど、形状に変更点無いしプラモで差別化されることもほぼ無いからダイバー的には気にしなくていいわ。これはHGUCのザクⅡね」

 ガンプラバトルネクサスオンラインというゲームをプレイする、ダイバーである二人にとってはプラモの仕様はかなり重要。ゲームで基本扱える144分の1スケール、HGを中心に話を進めていく。

「HGUCは安価で基本装備も揃ってて出来はいいんだけど、可動域や会わせ目とか流石に時代を感じるね。で、こっちがTHG ORIGIN版」

 ツルッとしたシンプルなザクと並んでいるのは、びっしりモールドの入った情報量の多いザク。

「価格は跳ね上がったけど基本的な武装に加えてアニメ版には無かった対艦ライフルにベルト給弾マシンガン、腕部に装着出来る機銃が付属。漫画、機動戦士ガンダムTHG ORIGIN及びその映像化作品に登場した姿ね。可動域も広がったし、モノアイ動くしマーキングシールもあるしでお値段以上の価値はあるわね。指揮官用ブレードアンテナもあるから、普通のリーダー機も作れちゃう」

 こちらのザクは長くて大きな銃、グリップからベルトでバックパックへ繋がったマシンガン、ガントレットの様なものが付いている。バズーカもシールドに弾倉を付けられる様になっているなど変更も多い。さらに、腹部はいつものパターンと特徴的なハッチの2パターン、バックパックも形状違いを二つ選ぶことが出来る。これはC5型と呼ばれる形状の再現だ。

「さらにノーマルザクはC6も立体化。これは更に、胸部にバルカンが追加されたものね。この二つは売り場で見るとパッケージのイラストがほぼ同じでややこしいのよね……。こっちには階級が低いとスパイクを補充してもらえないと噂の、あのバチェコ機を再現する肩パーツが付属してるよ」

 なんとややこしいことにTHG ORIGIN版の通常ザクは二種類もキット化。待つ人は待っただろうが、そこまでするとは。

「このザクは完成度が高いし、バックパックマウントやサイドスカートの三ミリジョイントのおかげでカスタマイズがしやすいんだ」

 そして隣に立っているのは細部が異なるザク。同じ様な形状の白いものもいる。

「こっちは0083、スターダストメモリーズに登場したザクF2型。後期量産型ね。戦後、接収されたものが白く塗られて連邦で練習機に使われてるよ。MMP90mmマシンガンがかっこいいんだこれ。サンドカラーのドムトローペンに弾倉を抜いたものと束ねた弾倉が付属するから、改造してマウントしたりしてもいいかもね」

 HGUCの『ザク』としてはコスパのバランスがいいのがこれだ。可動も十分で、指揮官用アンテナはもちろんアップリケタイプアーマーヘッドも付属。

 次に深雪が取り出したのは、いくつかの赤いザク。ピンクっぽい色合いから真っ赤なものまであるが基本形は同じザク。

「で、三倍速いことでお馴染み赤い彗星全盛期ことシャア専用ザク。所謂S型ね。HGUC版はさっきのと一緒。THG ORIGIN版はスタートを飾ったけど、後発のザクに付属したパーツをセットにしてリパッケージされたよ」

 ここでも厄介なのはORIGIN版。最初に発売されたキットはバズーカと対艦ライフル、ヒートホークのみだったがマシンガン系が付属し新たなマーキングシールも追加されたものが出ている。

「胸パーツはバルカンの有無が選べるんだ。無い方を選んだらバルカン付きが余るから、緑に塗って通常ザクに移植してもいいかもね」

 そしてここでもコンパチ要素。プレイバリューの高さがORIGIN版の特徴である。

「さらに! このシャア専用ザクは7月に待望のリバイブ! 腰はプラパーツと軟質パーツが選べる! これは量産型ザクも決まった様なものだね!」

 今年にはガンダムに遅れること幾数年、HGUCで最新フォーマットとなって蘇ることが決まった。ちょうどガンダムのリバイブが出た時期は高機動型ザクがHGUCで出ていたり後からORIGIN版が出たり機会に恵まれなかったがようやく登場である。

 深雪が今度取り出したのは、細身でパイプの無いザクであった。

「で、これがザクⅠ。所謂旧ザクね。最近は技術の円熟もあってそんなことも無くなってきたけど、キット化が後回しになることから旧ザクの方が出来がいいというのが通例だったのよ。HGUC版が顕著ね。そっちには手持ちのシールドにシュツルムファウストが付属しているよ。カラバリとして黒い三連星仕様に、これをベースにしたスナイパータイプもアーケードゲーム、戦場の絆仕様とガンダムユニコーン登場のカークス仕様の二つ出てるね」

 次のザクは茶色だが斧が豪華で頭部のバルカンのある茶色の機体。

「アニメには出なかったけど、HGUCではしっかり出てるガルマ専用ザク。頭部の四門バルカンとヒートホークが特徴。この機体の活躍は漫画『俺ら連邦愚連隊』で!」

 通常ザクとの差異は少ないのでこれを使えば最新フォーマットでガルマザクが作れそうである。次に出て来たのはずらっと並んだ、足が強化されたザク達。

「で、MSVの華、高機動型ザク。R型ね。HGUCでは白いシン・マツナガ機、黒と言えば三連星機、そして少し仕様が違ってジャイアントバズが付いてくるジョニー・ライデン機。あのザクアメイジングは、このHGUCをベースに作られているよ。黒い三連星仕様はORIGIN版でも出ているけど、今までは三人して同じキットにマーキング違いだったのがオルテガ機だけはデカイアックスの都合別商品だよ。ルウム戦役の頃はまだ戦艦を落とすことに比重が置かれてたのがよく分かるね。え? マルコシアス隊のギー君のドムトロがソロモンででっかいヒート剣持ってた? 知らんなぁ」

 さらにザクの世界はHGでキット化されているだけでもこれに留まらない。ビーム兵器のドライブが可能になったマグネットコーティング試験機、アクトザクは二振りの大型アックスも魅力。水中戦に特化したザクマリナー、マリナ様の乗る下半身スカート付き、ザク高機動型試験機、一キットで対空向けガトリングとキャノンの選択が可能で余剰に前腕機銃が付いてくるザクハーフキャノン、防塵処理が関節に施され、ミサイルポッドなど特徴的な武装が盛りだくさんのデザートタイプ。

 関節部の規格が同じで体形バランスやモールドの情報量が統一されたORIGIN版だけでも腹部は通常タイプ、C5型、C6型、胸部はバルカンの有無、肩は左右どちらをシールドにしてもスパイクにしてもよし、脚部は高機動型あり、バックパックは武装マウント可能なC型にバーニアだけC5型に差し替えることも可能、当然高機動型やハーフキャノンも対応。武装もザクマシンガンからバズーカ、対艦ライフルやらヒートホークやら多岐に渡る。オリジナルザクが作り放題だ。設定的にもザクならなんか既存のパーツを組み替えたくらいのものなら実際にいそうなのが強い。

「せっかく休校で暇だし、オリジナルザク作りにでも勤しみましょうか」

「そうだね」

 二人はザクの箱を積みから取り出し制作にあたった。列島が病んでいても、子供達は元気だ。

 




 期間限定ミッション
『巨大な敵を撃てよ』
 地上、もしくは宇宙で大量のザクと戦うGBNの限定ミッション。地上で最奥に潜むのはスーパーザクタンクこと、ライノサラス。

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