騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 バレンタインデー2020の続きとなります。


ホワイトデー2020 メルティショコラ計画

 ホワイトデーがやってきた。いくらお菓子メーカーの陰謀とはいえ、贈り物を貰ったからにはお返しをするのが義というものだろう。あなたははバレンタインのことを思い出しながら、準備をすることにした。

 誰から何を貰ったのだっけ?

 

 ▽ミリアからの贈り物

 

 先月、ミリアと会ったのはバレンタインも終わりかけのバーである。普段は飲み放題のある大衆居酒屋を好む彼女だが、何故か今日はホテルに入っているお洒落なバーに呼び出された。先に待っているらしいが、店は静かで何だか分からない上質な音楽が流れている。照明も眩くなく、ムーディーな雰囲気を作っていた。ミリアの普段を考えると、浮くだろうし探すのは簡単そうだ。

 そう思っていたが、全然見つからない。一体どこへ行ってしまったのか。まさか自分で呼び出してすっぽかしたのではあるまいか。ありえるから怖い。

 時期が時期だけに、ホテルのバーでも外国人を見つけない。そんな中、鮮やかな金髪の女性を見つけたのでそれが目に留まる。背中や胸元が大胆に開いた黒いドレスを纏っており、薄手の衣装だからなのかグラマラスなボディラインを惜しげもなく晒している。ささやかに首元や手を飾り付ける宝飾品に、素肌の眩しさが負けていない。薄暗いこの空間において、彼女だけが輝いている。

「あら、来たね」

 来客に気づいたのか、その女性が振り返る。大きなエメラルドの瞳を細め、身体の成熟ぶりに釣り合わない幼さの残る笑顔を見せる。その顔を見た瞬間、ミリアであると確信する。

可憐さと妖艶さを合わせ持つ地上の星が、この世に二人といるものか。普段はサイドテールなど子供っぽい髪型をしているが、まとめ髪にすると一気に大人っぽさが増す。

「先に始めてるよ」

 既にミリアは酒を進めていた。それでも店の空気のせいか、小さいカクテルがまだ飲みかけである。いや、これがまだ一杯目という保証はどこにもない。

「へへー、似合う? 私なりに色々勉強したんだ」

 照れ隠しをする様に艶やかな唇にグラスを当てる。これで甘い言葉の一つでも囁いてくれれば言うことの無い彼女の唇には、薄くグロスが乗っている。珍しく化粧をしている様だ。もともとすっぴんでも文句のつけようがない美女だったせいで、近くで見るまで瞼に薄く塗られたアイシャドウや、グラスの足を抱きしめる様に摘まむ指の爪に施された繊細なネイルに気づかなかった。

「え? 誰に教えてもらったかって? 陽歌くんの借りてた本にいろいろあってね、まぁ全部読めなかったから読破した陽歌くんに使えそうなところピックアップしてもらったんだけど……」

 いろいろリサーチはしたが、他人頼みなところがいつものミリアであった。彼女はどこかで買ってきたであろう丁寧な包装がされた箱を胸に抱く。

「酔って忘れないうちに渡すね。はい、チョコレート」

 肝心のチョコレートは手作りでは無かったが、そこまで手が回らなかったのだろうか。それとも腕に自信が無いなら美味しいチョコレートを選んだ方がいいと思ったのだろうか。そこまでは分からない。

「それと、これも渡すといいんだって」

 ミリアは立て続けに、あるものを渡してくる。それはカードの様なものだった。そこにはこのバーが入っているホテルの名前と番号が書かれている。これは、カードキーだろうか。

 これは何なのか聞いてみたが、覚えたての知識を実行しただけで特に意味までは把握していなかったらしい。

「え? これは……本にこうしたらなんかムードがよくなるお話があって……」

 どう説明したものか。ソフトに、これは今夜あなたと寝ますって意味ですよ、と伝えることにした。

「え? 一緒に寝るなんて私陽歌くんとよくやってるよ? あの子、まだ怖い夢見るみたいで……でも一緒に寝てあげるとすっごい落ち……」

 ミリアは何を不思議なことを、と言わんばかりに語るが、途中で凍り付く。人造人間ミラヴェル・マークニヒトの先行量産個体である彼女は、実年齢が一桁である。しかし知識は外見年齢相応にあるのだ。

 以前、動画でアダルトグッズをモチーフにしたロボットを扱った際に、そのモチーフをさなに聞かれて困ったこともある。

「っ……!」

 言葉の意味にようやく気付いたのか、ミリアは顔を真っ赤にして俯く。そして、即座に席を立って歩き出す。

「へ、部屋は好きに使っていいから!」

 猛スピードでバーを抜け出す彼女だったが、何もかも忘れてすっ飛んでいったので後から入ってきた陽歌が支払いを済ませる。どうやら心配になって様子を見にきたらしい。

 この二人は互いに面倒を見合っているというのが正しいような気がして微笑ましかった。

 

   @

 

 『ムーディーブルース』

 大人っぽく色っぽくセクシーに! そう気合を入れたミリアからのバレンタインチョコ、とホテルの部屋の鍵。ちなみに部屋はシングル。チョコは試食を繰り返し、最高の逸品を選んだので美味しい。普通に美味しい。

 

 ▽さなからの贈り物

 

「お、やっぱり今日も来たね」

 喫茶ユニオンリバーの駐車場で、さなと出くわした。この喫茶店は島田市にあるのに、何故か海を臨む断崖の上という、どこぞの闇医者の家みたいなロケーションにある。風を遮るものは無いが、海風は穏やかそのものであった。

 潮風に、さなの耳と尻尾が揺れる。月の住民が持つ獣の耳と尻尾はナノマシンなので、好きに出したりしまったりできる。

 二桁に満たない少女だが、短い丈のワンピースから覗く生足は眩い。こんな年端もいかぬ少女の脚線美に見とれていては危ない人みたいに思われてしまうだろうが、そうならざるをえないほどのものであるのは確かだ。成長が楽しみなようで、そのままでいてほしくもある。

「で? アステリアさんからチョコ貰えた? 義理とはいえ」

 さなは何を期待してここに来たのかを読んでいた。図星なので何も言い返せない。幼いながら、妙に鋭いところがあるのは成熟している様で抜けている相方と行動を共にしているからだろうか。

「ところでここまでの戦績はどう? もちろん義理はカウントしないよ」

 義理を外されると、非常に厳しい展開になる。本命が貰えるなんていうのは、一部の限られた人間のみだ。世の中、男女は半々だというのにおかしな話があったものだ。

「おや? もしや義理も無いパターン? 最近は負担だなんだって、義理すら禁止するところあるから世知辛いよね」

 随分他人事であるが、月の住民なので地球の、特に日本固有の文化に対してはこんな反応であろう。月には無い習慣なのかもしれない。

「うーん、仕方ないなぁ。これをあげるよ」

 散々からかったものの、さなは簡単な包みに入ったチョコを渡す。本当にチョコを溶かして固めただけの、歳相応な手作りチョコであった。

「うん、郷に入らば郷に従え、だね。人に贈り物をする習慣は悪くないんじゃないかな?」

 用事を終えたので満足したのか、彼女は背を向けて喫茶店に戻ろうとする。

「それで……カウントはゼロじゃなくなったね」

 最後に何か呟いた様な気がしたが、潮風にかき消される。ここから分かるのは、彼女の耳が寝て、尻尾が左右に揺れている様子だけである。

 

   @

 

 『猛毒注意!』

 さなからのバレンタインチョコ。彼女くらいの歳の地球人ならこれくらいは作りそうだと思わせる可愛い一品。結局、狐なのか狼なのか分からないがどちらにとってもチョコレートは毒である。耳も尻尾もナノマシンで、基本は人間である彼女にとっては関係ないことではあるが。

 

 ▽キサラからの贈り物

 

 おもちゃのポッポに何気なく向かうと、そこではメイドの一人、城戸キサラがあるものを配っていた。彼女は喫茶ユニオンリバーとおもちゃのポッポのアルバイトを兼業している働き者だ。

「ただいまバレンタインキャンペーン中ですー」

 どうやらバレンタインのイベントと称して、チョコレートを配っていた。例の義理にピッタリなチョコクランチだが、メーカーに頼めば専用のパッケージを作ってくれる。それで用意したものであった。

「はい、いつもごひいきにしてくださってありがとうございます」

 キサラからそのチョコクランチを一つ渡される。おもてなしが丁重なメイドであるが、基本仕事だ。こんな穏やかな美少女メイドから本命のチョコが貰えるなど、甘い夢は見られない。こうして手渡しで微笑みかけられながら貰えるだけでも嬉しい。

「あの……」

 チョコを受け取って離れようとすると、グイっと彼女が接近してくる。眼鏡を掛けた知的な顔が、少し赤らんでいる。揺れた黒髪からふんわりとシャンプーの清潔な香りが漂う。

「今日シフト、午前上がりです……あと一時間ほどです」

 何事かと思えば、急に仕事の話をされた。これはどういうことなのだろうか。

「少し、待っていてもらえませんか?」

 今日は暇だし、工作室もあるおもちゃのポッポで一時間程度待つなどわけもない。しかし何の用事だろうか。こう、妙に神妙な面持ちで話されると不用意にドキドキしてしまう。

 言われた通り、工作室で一時間待った。時間を見てから店を出ると、バイトから上がったというのに、相変わらずメイド服を纏っているキサラと出くわす。

「あ……お待たせしました」

 普段何でもそつなく熟す彼女にしては所々ぎこちない。

「あの、少し……歩きませんか?」

 キサラに誘われ、店の近くを歩くことにした。案外、目的の店しか行かないので案外この辺りをぶらぶらする。隣に麗しいメイドを連れているだけで、ただ歩くだけでも景色が違って見える。しばらく歩いただろうか、店から離れたところで、彼女がが突然口を開く。

「あ、あの! これ!」

 キサラが差し出したのは、綺麗に包装されたお菓子の包みであった。

「あれ、あれです!」

 それを押し付け、彼女は走り去ってしまう。中身は、手の込んだトリュフチョコ。これが本命、ということなのだろうか。おっとりした彼女にしては、慌ただしい一幕であった。

 

   @

 

 『七発目の魔弾』

 城戸キサラからのチョコレート。お客さんに配っているチョコと、あなたの為だけに用意したトリュフチョコ。最強の魔銃士でもある彼女だが、『ハート』を撃ち抜くことは出来るのだろうか。

 

 ▽エリニュースからの贈り物

 

 朝早くの駅で、エリニュースとばったり出くわした。赤いアンダーリムの眼鏡は傾いており、髪もボサボサで非常に眠たそうである。

「う、しまった!」

 彼女はこちらの顔を見るなり、背中を向けて身だしなみを整え出した。こんな場所で会うとは思ってなかったのだろうが、別にお互い意識しあう関係ではないはずだ。やはり、今日という日付が人々を狂わせるのだろうか。

「あー、こんなはずじゃ……。仮眠する前なんて……いやでも寝過ごす危険は無くなった……!」

 髪を整えたエリニュースは再度こちらへ向き直ると、咳払いをした。

「ここで会うとは奇遇だな……。だが運がよかったな、今の私は忙しい。お前の相手をしている暇はないのだ」

 悪の幹部ムーブを行うが、目線を反らして顔を真っ赤にしているのでは全くそれらしくない。

「今日はバレンタインデーというらしいな。特別に私から施しをやろう」

 そう言うと、エリニュースは口を縛ったビニールに入れられたチョコを渡す。ビニールが透明なので、ウエハースを何枚か重ねたものであることが分かる。それを受取ろうとすると、何を思ったのか彼女は急に引っ込める。

「おおおおおおっと! こっちじゃない! こっち!」

 急いで取り換えるのだが、どう見ても同じものに見える。口が赤いリボンで縛ってあること以外。それを受け取るが、一体何を慌てたのだろうか。

「バレンタインと言えば忘れてはいないだろうな? ホワイトデーだ! お返しは貴様の命でいいぞ! それまで他の奴らに倒される、などどいうことのないようにな!」

 言いたいことだけ言うと、エリニュースは人智を超えたハイジャンプで建物の屋根を飛び移っていなくなる。悪の組織も大変なんだなぁという感想が出てきてしまうのであった。

 

   @

 

 『悪と華』

 エリニュース・レブナントからのバレンタインチョコ。幹部でさえ時給100円程度の悪の組織クオ・ヴァディスでは総統が食べ飽きたカード付ウエハースを材料にしたものが手一杯……。そんな中でも、少しでも差を出そうと赤いリボンが付けられている。

 

 ▽【双極】からの贈り物

 

 東京都庁は今、異様な空気に包まれていた。そんな中でも仕事とあれば出向かねばならないのが社会人の辛いところである。とはいえ、都知事が大海になってからはオリンピックか実現不能としか思えない謎政策の実行に邁進しているので仕事と言える仕事はなく、絶好のサボりタイムであった。

 これで勤務する女性が綺麗なら言うことはなかった。ルッキズムを掲げるつもりではないが、ここにいる女性職員は妙に目が釣りあがっていて攻撃的な印象を受ける。同じ釣り目でも切れ長で美しさを感じる場合もあるのに、こればかりは何か違う。

 自分に対する姿勢が関係しているのだろうか。男となると無条件で敵視してくるので、サボれはするが休まらない。いや、無条件ではあるまい。ジャニーズみたいな年下のイケメンなら彼女らの態度も変わるだろう。

 そんなこと口にしようものならミソジニスト呼ばわりは避けられないだろう。とはいえ、向こうはマジでそんな感じなので仕方ない。男性アイドルの上半身裸が許されて、二次元の女性キャラが少しでも巨乳だと許されないのがここの掟ジイ。

「あら、こんにちは。いつもご苦労様」

 そんな中、数少ない常識人である一人の少女が近寄ってくる。フロラシオン【双極】の妹の方。外国のシャーマンとの話で、銀髪に桜色の服の襟元や裾から覗く刺青が特徴的だ。

「こんな場所じゃ息も詰まるでしょ? あなたが用事のある人は遅れるから、それまで外の空気でも吸いましょうか」

 彼女の提案で、都庁を出て話をすることにした。建物を出ると、彼女は伸びをして目いっぱい息を吸い込む。

「うーん、相変わらず埃っぽいけど人の営みがちゃんとある感じ」

 【双極】の故郷は自然に溢れているのだろうか。それに比べると、東京の空気は汚いだろう。ディーゼル規制などで何とか誤魔化そうとしているが、結局車や人の絶対数が多い限り根本の解決には至らない。

「今日はバレンタインデーって言って、日本では女性がチョコを贈る日なんですってね」

 流石にバレンタインのことは知っていた。日本語がペラペラの時点で、多少なり日本文化について勉強はしているのだろう。尤も、大海都知事の下では『女性だけが一方的に負担を強いられる悪習』として弾圧されるだろうが。実際、あの知事はバレンタインを禁止しようとしたことがあるのだが、経済的な打撃を理由に反対された過去がある。

「私のとこは他の宗教のお祭りやっちゃダメなんだけど、チョコを贈るなんて正規の祭りとは関係ないからいいよね。お姉ちゃんには内緒だよ」

 そう言うと、【双極】はチョコを渡す。都内のお洒落なデパートで買ったのか、豪華な包みに入っている。

「例えどんなことがあってもオリンピックだけは成功させて最悪の事態を防ぐ、それが私達の使命。でも、せっかく異国に来たんだから少しはそこの文化を味合わないとね。今度外に出れるとしたら、短くても四年後だと思うし」

 何か事情があるのだろうか、外国のシャーマンがあんな知事の要請だけで味方に付くとは考えらえない。

「世間じゃやれ中止だ延期だって言ってるけど安心して。私達がいる限り、予定通り儀式は済ませてみせる。世界は、救ってみせる」

 恐らく、少女が背負うには重い宿命を持っているのだ。それが何なのかは、今は知る由もない。

 

   @

 

 『ジャポニカスタイル』

 フロラシオン【双極】の妹からのバレンタインチョコ。東京のデパ地下で買って来た有名店のもの。普段は捧げられる側かつ、たまに逆転しても捧げるものも相手も定まっている彼女としては相手のことを思って贈り物を選ぶというのは初めての体験だった。世界が続く限り、またこんな機会も訪れると信じて。

 




 自分の誕生日がいつだったのかなんて、覚えていない。誰も祝ってはくれないのだから。あんなこともあったし、自分の年齢さえ曖昧になってきた。でも、目の前にいる人達を見るとそんなことどうでもよくなってくる。

 次回、あいつの生まれた日がやってくる

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