騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
ゾイドワイルド
かつて存在した動物型ロボットのプラモデルシリーズ、ゾイドの新作。ゾイドとは金属生命体でロボットというよりは生物に近い存在らしい。ゾイドシリーズは作ったゾイドがゼンマイやモーターなどの動力で動き出す点が魅力の一つとされており、新作であるワイルドにも引き継がれている。旧シリーズと異なるのは、物語の舞台が地球であること、そしてスケールが72分の1から35分の1に変更されていること。組み立ても非常に簡単なものになっている。また各ゾイド全てに本能解放、ワイルドブラストと呼ばれるギミックが存在する。
ここまでがプラモとしてのゾイドの説明である……。
八月もお盆が過ぎた頃の話である。
陽歌はユニオンリバーという喫茶店で暮らすことになった。その二階には従業員休憩室というものがあり、そこは同じ屋根の下で暮す者達のたまり場になっていた。中央の机で七耶とナルがプラモを弄っている中、彼は所在なげにソファの隅に座って膝を抱いて蹲っていた。
生来より人見知りが激しく、過去の体験から対人恐怖症を患っている彼にとって、まだこの生活に慣れるのは時間が掛かると思われた。部屋に一人で篭っていると良くないと七耶に連れて来られたのだが、どうしていいのか分からずこうしているのだ。
彼の頭の上では小さなプラモデルの女の子たちがわちゃわちゃしていたが、我関せずといった様子で殻に篭り続ける。
「そうだ小僧、プラモ作ってみないか?」
不意に、七耶が陽歌に提案する。それに思わず反応して、彼は顔を上げた。しかし、自分の両腕を見て断ろうかと悩む。陽歌の腕は黒い球体関節人形の様な義手になっている。動きこそ生身の肉体と大差ないが、手先に感覚が無い。そのため、細かい作業には支障が生じる。
当然従来の義手よりはマシだが、これが原因でいじめに遭ったこともあるので彼としては引け目を感じる要素であったりする。
「いえ……僕には……」
「安心しろ、簡単なのがあるからな」
僕には無理、と言おうとしたが七耶は答えを待たずして部屋の隅にある箱の山を漁り始める。そして、小柄な彼女が手にしても小さな箱を一つ持ってくる。箱には緑色のアーマーを纏った機械の恐竜が描かれており、『ゾイドワイルド ディロフォス』と商品名が記載されていた。
「これは……」
サイズからして確かに簡単そうで対象年齢も六歳以上と記されているので九歳の陽歌には不可能ではないだろうが、世の中には対象年齢関係なく組み上げる人間や挫折する人間もいるので参考にはならないだろう。
「とりあえずやってみようじぇ」
七耶に誘われて机の前に座る陽歌。置いてあったカッターで箱の封をしていたセロテープを切ると、箱を開ける。箱の中にはダンボールの仕切りがみっちり詰まっており、それには引き出す為に指を入れる穴も空いている。
「よっ……」
それを引き出すと、いくつかのパーツがバラバラの状態で入っている袋が三つほどあった。それぞれ『発掘パック』など文字も書かれていた。説明書はフルカラーで二枚。一つは入っているパーツが一覧になっているものだ。
「ゾイドワイルドはランナーからパーツを切り出す必要が無い。パチパチ手軽に組んで行けるぞ」
「なるほど……」
七耶の説明に陽歌は頷く。が、彼はプラモについてよく知らないのでランナーと言われてもピンと来なかった。プラモは基本的に同じ色のパーツがランナーと呼ばれる一枚の板に収められており、それをニッパーと呼ばれるハサミの様な工具で切り出して組み立てる。ゾイドワイルドにおいてはこのランナーからパーツを切り出すという工程が省かれているのだ。
「まずは内容物があるか確認だ。よほど欠けるってことは無いがな……」
七耶の指示に従い、袋を開けて中身を確かめる。ちょうど説明書に『発掘見取り図』というパーツの一覧があるので、そこにパーツを置きながら確認する。Zキャップと呼ばれる黄色のゴムキャップはシールと一緒に袋に入れたまま数を数えた。
一通りパーツを確かめるといよいよ組み立て、もとい復元開始だ。まずはゼンマイユニットと呼ばれる動力を巻いて、動くか確かめる。いざ組み立てた時に動かないと交換する際に解体の手間が掛かる。
「そればかりか分解の時にパーツを破損する危険があるからな」
パーツのサイズは大き目で、手先の感覚が無くてもパチパチ組んで行ける。瞳のパーツは塗装済みという豪華さだ。動く足はZキャップで固定する様だ。
「ん?」
陽歌はふと、脚に繋がっているゼンマイの動力を伝える金具が緩く、脚から外れてしまうことに気づいた。おもちゃに詳しくない彼はまぁこんなもんかと思ってスルーすることにした。
「おお……」
だが、尻尾を組んで驚愕する。尻尾を本体に組み込むと、尻尾から伸びるパーツで脚が抑えられ、金具から外れない様になったのだ。これには素直に感心するばかりである。
「よし、骨格形態が復元完了だな」
「ふぅ……」
七耶のサポートもあり、陽歌はどうにかアーマーの付いていない段階、骨格形態まで復元が完了した。この段階で再度ゼンマイを巻いて動きを確認する工程があるのだが、ゼンマイの頭は目立たない程度に隠れてしまっている。
「オーバルボムでゼンマイを巻いて確認だな」
そこで登場するのがお腹に抱えたパーツ、オーバルボム。これがゼンマイを回す治具になっているのだ。ゼンマイを巻いて手を離すと、骨格だけの恐竜はとことこと歩き始めた。正常に組み立てが出来ている証拠だ。
「よし、いよいよアーマーを組み付けていくぞ」
組み立ては最終工程に入る。緑色のアーマーを取り付けていくのだが、このアーマーは僅かな数しかないのであっと言う間に装着出来た。これでディロフォスの復元は完了だ。
「出来た」
初めてプラモデルを組む陽歌でも三十分掛からないほど容易な作業であった。彼は完成したディロフォスを手に、あちこちから眺めてみる。あれだけバラバラだったパーツが一つになり、この手に収まっている。この感情を何と言えばいいのかわからないが、貴重な体験であったことは確かだ。
「早速動かしてみよう」
七耶に促されたこともあって、再度ゼンマイを巻いて歩かせてみる。動きこそ変わらないが、アーマーが付いたことで受ける印象が大きく違う。骨格以上にちゃんとした恐竜に見える。だが、このゾイドワイルドはここで終わりではない。
「よし、このままワイルドブラストだ!」
ワイルドブラストというギミックがこのゾイドワイルドに存在する。このディロフォスの場合、背中のヒレを持ち上げて左右の襟巻を起こすと発動。背中と連動して口も開く。地味な方ではあるが、重心が移動してゼンマイの歩行も攻撃的になる。
「ワイルドブラスト、ジャミジャミングか……」
設定上は電磁パルスを発して敵ゾイドを混乱させるというもの。確かに地味だが効果は抜群だ。
「どうだ、意外と簡単だろ?」
「思ってたより……」
無事にディロフォスを組み立てた様子を見て、七耶は笑う。陽歌も少し自信が付いて来た。感覚の無い義手でもやれるものだ。世の中には口で絵を描いたり裁縫をする人間がいるとは聞いていたが、そういうのは特別な才能が無ければ出来ないと思っていた。だが、感覚が無いとはいえ自分にはこの精巧な義手がある。
挑戦してみなければ分からないのだが、これまでの生活でチャレンジ精神を失っていたというのもある。
簡単な工作ではあったが、彼にとっては大きな一歩だった。
機体解説
ディロフォス
全長5.9メートル、全高3.1メートル、体重9.1メートル、最大スピードは時速116キロ、IQ61。ディロフォサウルス種の地球産ゾイド。骨格こそ似ているがラプトールやラプトリアとは違うため、二つが同時に見つかると復元に時間が掛かったという。
攻撃能力は低いが通信能力に秀でており、頭部のトサカ『エアクラウン』で空気を振動させて仲間とやり取りする。本能解放は襟と背中を逆立てて高周波を放つ『ジャミジャミング』。ディメパルサーとセット運用することで更なる効果を発揮する。