騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 この回書いてる時はマジでオリンピック延期するとは思わなかったよ


危うし! ワンダーフェスティバル!

 東京都庁には、大海菊子都知事が日本全国から選りすぐった精鋭が集められていた。開催一年を切ってから即座に集めるなど、どこにそんなコネクションを持っていたのかは不明だが、いずれも能力は高いと噂だ。彼女達の名は、フロラシオン。全員が一様に桜色の装束を身に纏っている。

 大海都知事の指示により、本名を名乗ることを禁止されコードネームで呼ばれる彼女達は、緊急事態ということもあり招集が掛けられていた。

「今回は何用なのさ?」

 毛皮のコートを着込んで貴金属で飾り付けた、スタイルのいい美少女が椅子に座って用件を聞く。各地を飛び回っている大海はテレビ電話で彼女達に指示を出していた。忙しいというらしいが、今の状況を考えれば当然だ。

 口を開いた彼女の名前は【福音(ギフト)】。近くにお付きのメイドを複数人はべらせ、スワロフスキーで飾られた瓶に入ったマニキュアを塗って調子を確かめる。

「わたくしは聞いておりませんわ。あの人が事前に用件を言ったことなんて、0.15%に満たないですもの。まぁ十三分もすれば、不慣れなタブレットで連絡してくるでしょう」

 黒髪を伸ばした少女が大型のヘッドマウントディスプレイを被ったまま、机に並べた複数のタブレットやPCを操作している。これでは視界など無いだろうが、彼女は全く意に介さない。

「相変わらず小難しいこと言うわね、【叡智(ブレイン)】。そうだ、この前マリンレトロのプレミアムフェイスパウダーとエレガントベルのラメ入りマニキュアの限定色手に入ったんだ。あんた素体はいいからもったいないよ」

「それって前に言っていた世界に十個しかない抽選のアイテムですわよね? またそんなものに資金をつぎ込んで……」

 女の子らしい会話を【福音】が切り出すも、【叡智】はあまり乗り気ではなかった。趣味の違いなのだろうか。

「いんや、普通に抽選! 気を遣われても面倒だからいつもパパんとこの社員さんの住所借りて偽名で応募してるけど、私外れたこと無いし。あ、もしかしてコスメよりもバッグの方がよかった? ゴメンね、Chaos&prettyの限定ポーチは住所借りたとこの子にあげちゃった」

「それも世界に一桁個ですわよね……確率を演算して眩暈がしてまいりました……その三点が同時当選する確率はおよそ0.0000000000365%ですわよ?」

 【福音】はついでに、と言わんばかりにもう一つ謝る。

「あー、そうだ。もう一個ゴメンだけど、バーベナのチケット外れちゃった」

「あら、あなたが抽選から漏れるなんてめずらしいこともあるものですわね」

 いくら天文学的な確率を持っている彼女でも、たまに外れることはある。さすがにそんな確率を引き続けるのは理論上不可能と【叡智】は安堵する。

「最近の新型肺炎騒動で延期しちゃった。でも振り替えが今年の冬あって、会場が大きくなるから追加でチケット増えたんだけどそっちは当たったよ。オリンピック終わったら一緒に行こうね」

「……」

 悪いタイミングは徹底的に逃れる。そしてまた幸運を拾う。そんな彼女に【叡智】は閉口した。

 わいのわいのと話す二人から離れ、椅子に座って一人タブレットで動画を見てニヤニヤしている女の子がいた。実年齢はどうかわからないが、この中では一番小さい。ヘッドホンから漏れるほどの大音量で聞いているのは、悲鳴だった。

「ふひ……ひひ……」

 見ている動画は、人が生きたまま鋸で解体される様子。ゲームのCGや映画の特撮ではない。動画サイトでもなく、タブレットに保存しているものだ。それもあろうことが、自分で撮影したものなのだ。それを見ながら、愛用のダガーナイフの刃に指を横滑りさせて切れ味を確かめる。

「はぁ、【児戯(エスター)】は相変わらずね……そんなのの何が面白いのか……」

 他人の趣味を否定するのは良くないことだが、刑法に触れるのは否定されてしかるべきである。【福音】は呆れた様にこの狂った少女、【児戯】を見ていた。

「今日来れるのはこれだけ?」

 まだ他にもいるのだが、招集に応じたのはこの三人に加え、壁際で二人並んでいる【双極(デュナミス)】と呼ばれる少女達だけだった。

「フロラシオン最強のお人は忙しいですからね。おや、連絡が来ましたよ」

 【叡智】がコンピューターに大海都知事からの通信が来たことを伝える。全員が手持ちのタブレットを見ると、そこにはPDF形式で記された連絡書類が送られていた。

「ねぇ、これなら集まる意味なくない?」

「同感ですね」

 【福音】は全く無意味な連絡方式に突っ込みを入れる。コンピューターに精通している【叡智】も同意見だった。都知事がいかに古い人間かを思い知らせる一幕となった。書類には、ある報告が書かれていた。

『推進委員会の直下部隊メンバー三名が静岡商工会主催のバトルロワイヤル大会破壊作戦後、何者かに襲撃され二名が死亡、一名が重傷を負う事態が発生しました。被害状況は写真の通りです』

 何も配慮していないのか、凄惨な犠牲者の写真がそのまま鮮明な状態でPDFに乗せられている。警察の捜査資料ではないので接近した写真ではないが、外傷こそないものの猿轡をされた状態で失禁し、涙や涎、鼻水まみれになって息絶えていた。

「うっ……」

「あれ? 私の画像出ないよ?」

 それでも死体の写真に変わりはなく、【双極】の妹の方、襟元や裾から刺青の覗く白髪の少女は口を抑えていた。【福音】は幸いにも画像ファイルが破損しているので見ずに済んだ。

「あなた、あとで見せて下さる? ショッキングな画像なら見たくないのですけど」

 他の作業をしていた【叡智】は書類自体見ておらず、後で【福音】のものを見せてもらうことに決めた。

「誰がこんなことを……!」

 【双極】の姉の方は不快感よりも怒りを露わにしていた。続く画像では、唯一の生存者、マーガレットの様子が描かれている。両手は爪を剥がされ、指を徹底的に折られたのかグローブの様に腫れあがっている。顔も歯を全て抜かれて風船みたいな有様だった。付近に落ちてたメモには、犯人からのメッセージが書かれていた。

『彼女が懺悔した。姿勢を正し、両手を組み、貴女の信じる神に祈りなさい』

 どうやら、犯人は何かを聞き出す為に三人を襲ったらしい。どの順番で何をされたのかは分からないが、マーガレットがその情報を話したのだとか。

 そして最後の画像、それを見た瞬間、耐えられなくなった【双極】の妹は嘔吐した。

「う、うぇええええっ……!」

「ふひひひひ!」

 反対に【児戯】は歓声を上げる。そこには、一体何が映っていたのか。画像ファイルの壊れている【福音】に知る由はない。

「許さない……こいつ!」

 【双極】の姉の方は犯人が誰かも分からないのに、怒りに身を任せて飛び出していってしまった。妹はふらつきながら彼女を追った。

「まって……お姉ちゃん……!」

 吐いたものをそのままに二人がいなくなってしまったので、【福音】は掃除することにした。

「ちょっと……気分悪いなら休んでてよ! まったく無茶して……」

「お嬢様、これは私が」

 メイドが変わろうとするが、それでも彼女は自分が主導する姿勢を崩さない。

「手伝ってくれるんだ。ありがと」

 掃除道具を探すため、部屋をメイドと出ようとする【福音】はついでにタブレットを【叡智】へ渡す。

「んじゃ、タブレットおいておくね」

「助かります」

 彼女はそれを確認しつつ、作業を進めた。

(しかし、なぜ都知事はこれほどの小さなロボットを操作しろと命じるのでしょうか? タイニーオービットに汚名を着せるならもっと効率のいい方法があるはず……)

 演算は得意、だからこそ、非合理的な動きをする人間の思想は読めないところがあった。

 

   @

 

 ワンダーフェスティバルが始まった。今回、ユニオンリバーは制作したアイテムを販売するディーラー側での参加になる。七耶とナルがブースで他の参加者を待つ中、陽歌の姿は無かった。代わりに、ピンクのツインテールが特徴の魔法少女タイプメガミデバイス、マジカルガールが机に乗っている。

「これが切り札……」

 そのマジカルガールから陽歌の声がした。寒さが苦手で人間不信な彼が大規模なイベントに参加するため、七耶が用意した切り札というのがこれだ。

「天導寺重工が武装神姫に搭載されていたライドオンシステムを発展させた『ゴーストスフィアシステム』だ。今回はこれのテスト運用も兼ねてるぞ」

 陽歌の本体は静岡にいて、このシステムでマジカルガールの中にダイブしている。ただし、メガミデバイスはAIによる疑似人格を持ったロボット。なので元の人格も当然いる。

「へー、また凄いのが出たもんだ」

 突然声が切り替わり、仕草まで変化する。内向きになっていた女の子らしいものから一転、がっしり構えた男勝りなものになった。声色もどこか強気だ。

「マジ子と同居……というのが心配ですがに」

「なんでだよ」

 ナルは陽歌とマジカルガール、マジ子が同じボディを使っていることが不安だった。二人は性格が正反対で、相性は良くなさそうに見えたのだ。

「マジ子さん、今日は一日、よろしくお願いします」

「かしこまんなって。大船に乗ったつもりでドーンと任せとけ」

 マジ子は拳で胸を叩く。すると、陽歌が何かに気づいたのか手をじっと見る。

「どうした?」

「手に……感覚がある……」

 彼が普段付けている義手は、精巧ながら触覚を持たないものであった。だが、メガミデバイスのボディは全身人工物にも関わらず触覚が存在している。

「なぁ、あたしらの身体には感覚があるのになんでこいつの義手には付けてやれねぇんだ?」

 マジ子はふと疑問に思ったことを言う。メガミデバイスで出来ているということは、技術的に不可能ではないはずだ。

『それなら私から説明しまス』

 システムのモニタリングをしている錬金術師の女性、アスルト・ヨルムンガンドがそこを解説する。

『メガミデバイスやFAガール、ひいてはナルちゃん達聖四騎士は全身が人工物なので触覚の調整が簡単なんでス。ですが陽歌くんの場合、腕だけが人工物のため生の肉体と触覚の感度にギャップがあるとそのまま脳の負担になってしまいまス。なので調整が難しいんでス。調整自体は不可能ではないのでスが、既に以前使用していたドランカ製薬製の機械義手用の、脳波伝達装置が脊髄に埋め込まれていてそれをフォーマットして使っているので、マシンスペックが足りなくて出来ないということでス』

「なら、その装置を新しいのにすればいいんじゃね?」

 マジ子はそう思った。マシンスペックが足りないのなら取り換える。自然な考え方だ。ただ、今回はそういうわけにもいかない。

『どうもそれが出来なくて……。脊髄に埋まっている時点で摘出が困難な上、成長期の子供に使ったせいで、木が人工物を巻き込んで根を張る様に脊髄に埋まってしまいまして。オマケに施術もかなりいい加減だったらしく摘出する方が危なく、新たに装置を埋め込むにも一番いい場所を抑えられている上にこれ以上の増設は脳への負担が大きいのでダメでス』

「カーッ、ドランカってのは適当な仕事しやがるなー」

 ドランカ製薬もスロウンズインダストリアルと同じく企業連の主要企業である。現在は国内の義肢や再生治療を一手に引き受けているものの、質が悪いことからいい噂は聞かない。今では治療を受けた患者による集団訴訟の準備が進んでいるという話だ。

「他のみんなも会場に来ているはずだけど……」

陽歌は七耶達と一緒に出掛けたはずの、他の四聖騎士を探した。このブースには姿が見当たらない。

「それなら外でマーケットプレイスの連中を警戒してるぞ。こんなニュースもあったしな」

七耶がスマホで見せたネットニュースの記事には、大海東京都知事がチケットの転売を禁止したという内容が書かれていた。

「あー、これはマケプレが怒り狂いそう……」

「案外、まともなことやるじゃねえか」

美味しい収入源であるチケット転売を封じられたマケプレがここを狙ってくるのは火を見るより明らかであった。マジ子はよいしょ、っと腰を屈めてヤンキー座りをする。

「ちょ……はしたないからやめなさいよ!」

陽歌がコントロールを奪って正座に切り替える。

「あん? 女の子はおしとやかにって時代遅れなんだよ」

「男でもダメです!」

彼は習いこそしなかったが、誰かに誉められたい一心で礼儀作法をしっかり学んできた。それが報われたかはともかく、染み付いているのかマジ子のナチュラルなゴロツキムーブを修正してしまう。

「いや、この後なんだが……よく読んでみろ」

ニュースには続きがあった。なんと、大海都知事はその代わりと言わんばかりにある条例を定めていた。それが『リサイクル推進条例』である。なんと、フリマアプリ等での中古品の売買に補助金が付くのだ。

「なんだこりゃ! 泥棒に小判じゃねえか!」

「追い銭ですね……」

これはつまり、チケットの転売を防ぎつつそれで発生する不満を他のジャンルを緩くすることで反らす作戦だったのだ。ホビー等の転売はフリマアプリが主流であり、それを推奨するということは『チケットはダメだけど代わりにホビー狙ってね』ということに他ならない。

「ったく、結局ダメじゃねーか。なんでこんなのが知事に……」

「あのナチス政権だって民主的な選挙から誕生してるからね」

独裁よりはマシかもしれないが、民主主義も主権者が不勉強だと悲劇を招く。

「それより動画で使うから写真撮ってきてくれよ。マジ子のボディにカメラ機能あるから」

七耶はマジ子と陽歌に素材集めを頼んだ。忙しい上にこの人混みを抜けて写真を撮れるのはこの二人しかいない。

マジ子in陽歌は彼女の飛行能力を使い、悠々と人混みを抜けて展示を見てまわった。マジカルガールはピンクの翼エフェクトを発生させて飛行することが可能だ。

期待の新作が展示され、特にコトブキヤコーナーは先日あった武装神姫の復活発表もあり、盛り上がっていた。

「武装神姫が復活って……いらないネジ穴再現するの?」

「いや、いるだろ武装神姫なら」

なんとコトブキヤ武装神姫は可動範囲を犠牲にしてでもかつての再現に拘っていた。マシニーカというマジ子にも使われている優秀な素体をベースに、かつての関節構造を採用することで過去の姿そのままにプラモ化しようというのだ。

「武装神姫を知らないけど、多分武装神姫が武装神姫たるのに重要な要素なんだろうな……」

ファンの興奮がこの一点に注がれていることから、陽歌もこれが大事なのだと感じていた。

「ついに武装無しのプラモも売るのか……」

マジ子は新しいシリーズのプラモに目が向かっていた。メカ美少女プラモのパイオニア、コトブキヤがついにメカを取っ払ってただの美少女を売り始めた。さらに、使えるお茶会セット付きだ。

他にも様々なメーカーが新作を発表していた。ホビーに疎い陽歌はそれが何なのかはよく分からないが、皆が楽しみにしていることだけは雰囲気から感じていた。

「そろそろ、マナ達のステージだな」

「あ、そうだね」

マナとサリアはイベントステージでライブをする予定だったのだ。テレビへの露出こそ少ないものの、ホビー系アイドルとして人気の高い彼女達はこういう場所での出番がある。マジ子と陽歌はそのステージを見る為に移動を開始する。

「凄い人だなぁ……」

「飛べる私でよかっただろ?」

ステージの前には人だかりが出来ていた。同じメガミデバイスならホーネットやラプターも飛行が可能だが、魔法を使う分、飛行経験の少ない陽歌にはふわっとした感覚で操作出来るマジ子の方が合っていた。

「お、始まるぞ」

いよいよライブが始まる。音楽と共にマナとサリアが出てきた。マナはステージに上がる時、魔法によって衣装感覚で姿を変える。今日は赤い髪をツインテールにして眼鏡をかけた、通称『トランザムモード』だ。

「今日はワンフェスに来てくれてありがとー!」

「一曲目はみんな大好き、『レジンな気持ち』だよー!」

イントロが終わり、歌い出しになろうとした瞬間、異変が起きる。大きな音と共に、音楽が止まったのである。

「トラブル?」

「いや、見ろ!」

マジ子はこの状況を起こした犯人を既に見つけていた。テレビで見たことのあるおばさんが、ステージ用のスピーカーを拳で破壊していたのだ。

「誰だあのババア?」

「東京都知事、大海菊子!」

マジ子は知らなかったが、陽歌は顔と派手な緑のスーツで誰なのかを判別する。大海はどこから持ってきたのか、マイクを手に突然語り始めた。

「ただいまをもちまして、この下らない催しは中止とします」

当然の様にブーイング。しかし大海はまるで堪えることなく手前勝手な理由を朗々と語る。

「皆さんご存知の通り、まもなく東京オリンピックが開催されます。この会場をオリンピックに向けて改装するため、もはや1日の猶予もありません。加えて、石油製品の無闇な商品を促すおもちゃの展示会など、環境問題を考える上で止めなければならないのは自明の理」

「貴様! 都知事であっても器物破損までするなら容赦せんぞ!」

警備員が五人ほどステージに上がり、大海を止めようとする。が、大海は手にメダルの様なものを持って警備員に向かう。

「正論を述べているというのに。これだから男は野蛮なのです」

そして、五人の警備員の額に自販機の様なコインの投入口が現れる。そこへ大海はメダルを五個投げた。

「本来の醜い姿を晒しなさい」

「危ねぇ!」

マジ子は咄嗟にハンドガンを取り出し、コインを連続で撃ち抜いて弾く。このハンドガンは初期のMSGで彼女の標準装備ではない。なのにこの精度とは恐れ入ると陽歌は思った。

「あれは、セルメダルか?」

『内包コアメダル9! 完全体グリードでス!』

マジ子は撃ち抜いたメダルを確認する。アスルト共々何を言っているのか陽歌には分からないが、警備員に危害を加えようとしたのは確かだ。

「やめないというなら、実力で排除するのみです。都庁ロボ、トランスフォーム!」

 大海は腕時計に何かを指示する。それと同時に、ステージのスクリーンに都庁の様子が映し出される。都庁は忽ちロボに変形し、手と足が生えてくる。

「なにこれ」

大概の非常識なものは見慣れてきた陽歌でも、そんな感想が出てしまう。その都庁ロボはゆっくりと歩きはじめていた。

「代々都知事に受け継がれてきた首都防衛の要、都庁ロボ、これを止められるはずもありません。この会場に自動で向かう様に設定しています。操縦権を持つ私の生命反応が無くならない限り、これは止まりません」

 そんな秘匿されていたものを軽々と持ち出してきたのである。たったホビーイベント一つ止める為に、ここまでするのか。

「さぁ、商品を置いて逃げ出しなさい。心配しなくても、残ったものは彼らが回収し、リサイクルするでしょう」

「彼ら?」

 陽歌は外の騒ぎが耳に届き、会場の外で待機しているヴァネッサに無線を入れた。

「もしかして……」

『ああ、その通りだ! 黄色い布……マーケットプレイスの連中だ! 奴ら最初から手を組んでいたんだ!』

 会場の外では転売ギルド、マーケットプレイスによる包囲が始まっており、危機的状況であった。大海はオリンピックのチケットが転売されない様に、禁止の法律を出すと同時に他への転売を緩めただけでなく、転売屋の中核と直に手を結んでコントロールしていたのだ。

「この世の私の手で行われるオリンピック以上に大事なものは無いのです。国民全員の力で成し遂げねばならない一大イベントの期間に……勝手は許しません!」

 自分勝手な理論を振りかざし、大規模な軍備や反社会勢力まで導入してくる大海。これが首都の首長のすることなのか。

「あなた達もです。女性性を売り物にし、男に媚びることがどれだけ恥ずべきことか!」

大海はマナとサリアを睨む。陽歌にとっては、幾度となく向けられてきた嫌悪と憎悪の感情だ。マジ子の中にいるというのに、自分に向けられたものではないというのに、恐怖で身体が動かなくなる。だが、二人は鬼婆の形相を浮かべる大海に全く動じない。

「うーん? 何言ってるのこの人?」

サリアに至っては全く話を理解していなかった。

「ま、とりあえず邪魔が入ったらボコボコにすればいいって師匠が言ってたからそうするけどね!」

それどころか、素手でスピーカーを壊す人間を倒す気満々である。

『コネクト、プリーズ』

マナは魔法を使い、落ちたメダルを回収する。魔法は指輪を付けて、それをベルトに翳す形で発動している。

「あなたの言いたいことは分かりません。でも、私が何故アイドルをしているかは伝えておきます」

彼女は話ながら、違うベルトを腰に宛がう。そして、三枚目の紫のメダルをベルトに装填してバックルを傾けた。

「私は、私を照らしてくれたあの子の様に、誰かの虹になりたい。それだけです。そしてあなたが誰かの空を曇らせる雨ならば、晴らすだけ。私は、ワンフェスという虹を守る」

腰に付いていた丸い装置でメダルを読み込むと、紫の光と共にマナは姿を変えた。

『プテラ、トリケラ、ティラノ!プットティラーノサウルース!』

金髪に純白のドレスを纏った、紫の瞳の女性へとマナは変身する。

「愚かな。グリードとなった私はメダルさえあれば何度でも甦る」

大海は無数のメダルに包まれ、化け物へと姿を変えた。それは二足歩行の亀であったが、頭と尻尾はコブラに置き換わり、両手はワニの頭という何ともいえない姿であった。

「うわ、造形ダルいなこの怪人。昭和の方がよっぽど完成度高いぞ」

マジ子からはそんな感想まで飛んできてしまう。サリアは早速攻略を考える。

「まずは頭一つ飛ばしたいね。コブラは頭を掴まれると何も出来ないし」

「グリードって、もしかして古代王朝に仕えてたっていうメダルの怪物?」

 陽歌はマジ子にグリードという存在について尋ねた。結構な読書量を誇り、授業こそまともに受けていないものの知識はある。当然、グリードについて記述した歴史書もその中にはあった。

 曰く、『三枚のメダルで姿を変える覇王、その傍にいたメダルの怪人達』とのことだ。

「ああ、そうだ。そのグリードの力を使ってコアメダルぶっこめば人間でもグリードになれる事例ってのがあるらしいが……」

 マジ子は一応、ユニオンリバーの一員なので基本的な知識はあった。だが、人間である筈の大海都知事がグリードになっていたとは。

「フフフ、そんな浅知恵無駄無駄ァ! 何せ頭が二つあるのですから! さらに腕は最強のワニ! 身体は強固な亀! 私に死角はない!」

マナは地面に手を突っ込み、恐竜の造形が施された斧を取り出した。それを変形させると、バズーカの様な形になる。そして、武器に刻まれた恐竜の口に先ほど拾ったメダルを五つ全て『食べさせる』。

『ガブッ、ゴックン!』

「あ」

「あ」

「え?」

サリアとマジ子は結末を察したが、陽歌だけは分からなかった。

『プットティラーノヒッサーツ!』

「そんな軟弱な攻撃!」

 軟弱、とは言い難いブラックホールとブリザードの塊が変身した大海に直撃する。無暗な破壊はせず、大海だけを丁寧に爆散させた。

「アバーッ!」

「百秒もたないワニ……」

 大海はメダルとなって散らばる。彼女の言が正しければ、この状態でも生きてるらしいので陽歌は油断せずに銃を構える。

「でも生きてるのこれで?」

「追撃の必要はねぇよ」

 マジ子が陽歌に告げる。彼女の言った通り、散らばったメダルの内、色が付いた9枚が地面に落ちると同時に砕け散った。

「ん?」

 陽歌は倒された大海の残骸へ駆け寄る。そして、割れたメダルを観察する。オレンジのメダルの破片を拾い、じっくり観察する。

「このメダル……」

「ああ、コアメダルとセルメダルだろ? 大事なのはコアメダルだ。変身に使うし、グリードの本体だ」

 マジ子はてっきり陽歌がコアメダルとセルメダルの違いを疑問に思ったのだと思った。マナが変身に使い、大海らグリードに力を与えているのが色の付いたコアメダル。そして大海が警備員に投げようとしたメダルはセルメダルといい、これも沢山あればグリードを強くするが、コアメダルには及ばず、マナの武器がした様に力を使えば消耗するものである。

「淵の色が違うのも仕様なのかな……?」

「あん?」

「ほら、マナの持ってた紫のメダルは淵が金色だったでしょ? でもこれは銀色だ」

 陽歌は人の顔色を窺って生きて来たせいか観察力が高く、あの一瞬でメダルの淵の色の違いにまで気づいていた。アスルトは何か心当たりがあるようで、メダルを回収する様に頼んできた。

『もしかスると財団X製のメダルかも……回収してください』

「はい」

 一瞬で邪魔者を排除したマナに観客たちは賞賛の声を上げる。スクリーンに映っていた都庁ロボも動きが完全に停止している。

「ラスボスがあっけない最後だな。だが、ざまぁねぇぜ」

 マジ子はメダルの塊になった都知事に唾を吐く。

「事実は小説の様にはいかない……敵の親玉が初お披露目で死ぬことさえある……」

 陽歌は新しい仲間達の頼もしさに感心するばかりだった。これならこれ以上、馬鹿な真似をする人間は出まい。マジ子のコントロールでマジ子(陽歌入り)はサリアの肩に停まる。

「で、残るは外のマケプレだな」

「これまでのパターンからして武装してるかもしれないから……逃げた方がいいんだろうけど、抵抗して怪我させても正当防衛になるよね……?」

 マジ子と陽歌のやり取りはサリアに取り付けられたピンマイクに拾われ、会場に響いていた。観客の一人が、彼の発言を拡大解釈して叫んだ。

「え? 今日はマケプレぶっ殺してもいいのか?」

「おかわりもあるぞ!」

 それをさらに煽るサリア。さすがに陽歌は止めた。

「や、やり過ぎは過剰防衛になりますから!」

「遠慮するな……今までの分もやれ……!」

「サリアー! 犯罪教唆になっちゃうー!」

 陽歌は止めようとしたが、散々迷惑を掛けられてきた参加者の怒りは静まらない。自分達を倒せる前提で話が進んでいることについて、客のフリをして買い占めにきていたマケプレの工作員は我慢できなかったのか黄色い布を巻いて臨戦態勢に入る。

「俺たちを過剰防衛になるほどボコれるとは、舐めやがって!」

「いたぞ! 転売屋だ! 殺せ!」

 転売屋を見るやいなや、フラフープの様なものを持って参加者が一気に襲い掛かる。

「バンザイコシフリを喰らえ!」

 奇妙な動きで転売屋はボコボコにされていく。中にはどうやっているのかスクワットや腕立てでダメージを与えている人間もいた。

「グワーッ! なんだこいつら! オタクは軟弱なはず!」

 今まで搾取の対象としか見ていなかった相手に反撃され、這う這うの体でマケプレは逃げ出す。

「リングフィットで鍛えた筋肉舐めんな!」

「こちとら肩にちっちゃい重機乗せてんだぞ!」

 マケプレは残らず外へ叩き出された。下っ端は今回の責任者らしきスキンヘッドの太った男の影に隠れていく。

「なんてイベントだ! 客を暴力で追い返すとは、出るとこ出てもらうぞ! 誠意を見せろや!」

 男はがなり立て、服を脱いで刺青を見せる。こうした恐喝で商品をせしめる係なのだろうか。

「このイベントに客などいない……ディーラーも私達も、『参加者』なのだよ」

 そこに、緑の髪を二つにひっつめた少女が姿を現す。

「エヴァリー!」

 マジ子の身体で飛行しながら様子を見に来た陽歌はその立ち振る舞いから、既に彼女が本気モードであることを悟る。二本の剣を携えた幼女という場所が場所だけにコスプレにしか見えない彼女は、ナルやヴァネッサ達四聖騎士団の総括である。普段はぐだぐだだが、修正プログラム入りの飴玉、『天魂』を食べることで騎士らしい性格に戻る。

「四聖騎士団、青龍長女、エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン。推して参る。君も真の姿になりたまえ、人ではないのだろう?」

 相手がチンピラ崩れなら彼女が本気を出すまでもない。敵も人ではないことを見抜いての行動なのだ。

「そこまで分かってんなら話が早い……俺はガネス・ザ・エレファントロイド! これが真の姿だ! はぁあああ!」

 男は巨大なべっ甲飴を口に含み、機械の象に巨人の上半身が乗った様な姿へと変化した。下半身の象は実際の象と同じくらい大きい。しかし象のケンタウロスではない。象のメカに人の上半身がくっついているのだ。つまり象の頭も据え置き。そしてその象の頭が来る位置は……。

「あれってt……」

 様子を見にきたサリアが包装コードに触れそうだったのでマナが口を塞ぐ。

「ダメー! アイドルが言っちゃだめなやつ!」

 が、マジ子がサラッと言ってしまう。

「×××やんけ」

「「しまったー!」」

 マナと陽歌には完全に不意打ちだった。

「ほらもうボス戦のWARNING表示が何か別の理由に見えたじゃないですか!」

 一応、敵の組織のボスキャラということもあり特殊演出があった。これはマナ以外にも見えている。

「経済の自由を守るアダムスミロイドが一人! この正義の輝きの前に貴様らは何もできない!」

 ガネスは象の頭の耳を広げ、鼻を一直線に伸ばして装甲を展開することで大型化する。先端の球状にエネルギーが溜まり、砲撃の準備が進んでいる。

「あーもうデザインから機能まで最悪だよ……」

 陽歌の呟きに反して、事態は重大だった。ガネスは勝ち誇った様に言う。

「見ろ! この攻撃を貴様が避けようものなら、後ろの奴らが死ぬぞ!」

 なんと、エヴァの背後にいる参加者を人質に取っていたのだ。この立ち位置は初めからこれが狙いだった。

「大変! 逃げなきゃ!」

 慌てる陽歌だったが、サリアもマナも全く動じていない。マナに至っては避難なり防御の補助なりすることがあるだろうに、何もする気配がなかった。

「心配いらないよー」

「ま、ボスラッシュは雑魚ラッシュともいいますものね」

「え?」

 砲撃が遂に放たれる。光線の色が白いところも含めて最悪だが、エヴァは双剣をクロスさせて斬撃を放つこと以外しなかった。

「ハッ!」

 その斬撃は光線を切り裂く。否、光線を押し返していた。

「なんだと?」

 そのまま押し返された光線は股間の象の頭に命中し、大爆発を起こす。

「ひぇ……」

 股間への攻撃という分かりやすい恐怖に陽歌含め男性陣は慄いた。

「ぐおおお……」

 股間のついでに前足も粉砕されたガネスは行動不能に陥る。エヴァが空を舞い、ガネスの巨体を剣で真っ二つにする。

「ドラグーンスラッシュ!」

 身体を両断され、重力に引かれてズレた状態でガネスはしばらく喋る。

「馬鹿な……俺が、進化した人類である俺が……負けるはずが……!」

 光を放ち、ガネスはようやく爆散した。

 

   @

 

 その後、何事もなくワンフェスは無事に過ぎていった。

「まさか都知事が出てくるなんて……」

「でもラスボスをぶっ殺せたし、結果オーライだろ?」

 陽歌はユニオンリバーブースの机の淵に座ってのんびりしていた。マジ子の言う通りだが、想定した以上の大事で疲れてしまった。それでも、今巷を騒がせている推進委員会のボスが死んだのでこれ以上の騒動にはならないだろうことは安心できる。

「ん? なんか……騒がしい?」

「イベント会場なら騒がしいだろ?」

「いや、そうじゃなくて、なんか不吉な感じ……」

 陽歌はふと、周囲のざわめきから嫌なものを感じとった。マジ子も同じ聴覚を共有しているが、感じ方はまるで違う。

「なんだって?」

 その時、七耶の声が聞こえた。どうやら隣のブースの人に見せてもらったスマホに、何か映っていたらしい。マジ子と陽歌もスマホを見るため飛行した。

「これは……!」

 何と、ニュース映像に大海知事が映っていた。それも過去の映像ではない。テロップの時間が正しければ、丁度ここにきた大海を撃破して都庁ロボが止まった辺りだ。

『今日、都庁が変形して動き出すというトラブルが起きました。緊急の記者会見で大海都知事は「単なる誤作動であり問題は無い。オリンピックを狙ったテロを鎮圧できる力を示す結果となったのは幸い」とコメントしました』

「マジかよ……」

「なんで生きてんだ?」

 確かに大海はグリードになり、メダルを残さず破壊されたはず。都庁ロボが止まったのも、都知事の生命反応が消えたからだ。死を偽るのだとしても、こうして会見しており理由が見当たらない。自身が倒されてもロボが動けるのなら、そのまま動かせばいい話だ。

「これは、一体……」

 陽歌は嫌な予感を抱えて、このワンダーフェスティバルを終えることになった。果たして、大海都知事は何者なのか。

 




 事態は急を要する。オリンピック延期を決定したIOCに、大海都知事の魔の手が迫る!
 灼熱の破壊竜、覚醒! 唸るジェノソーザー! 原因不明の不調を起こすゾイド達、進軍する漆黒の兵器ゾイド達、絶望がこの国を覆う!
 走れ陽歌、吼えろカイオン!
 次回、『灼熱の破壊竜』。

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