騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 浅野陽歌についてのメモ

 顔立ちは純日本人の様に見え、本人の発言から両親も日本人と思われますが外見の特異性から本人も知らない何らかの秘密があると思われます。遺伝子等の検査の結果、特筆すべき障害も見当たらず、視力にも影響は無いので大丈夫だと思いますが何か情報が欲しいところです。
 今の所分かっていることとしては
・ギャングラーによる集団失踪事件の生還者。そのため生年から数えて二年引いたものが年齢となります。
・外見に特異性がありますが、遺伝子の変異であり特にそれ以上の症状はありません。
・この遺伝子特異性の発生率はおよそ250憶分の1です。
・虐待の影響で身体的に虚弱な面があり、本人も我慢をしがちなので注意して見てあげてください。
 担当カウンセラー 山城詩乃


黒歴史に決着を!

 東京都庁では未だ、変形した後のメンテナンスが続いていた。流行り病の影響もあって人が集まり難く、作業は遅れている。そんな中、都庁地下にあるガレージでは同時にある準備も進んでいた。

「今回はやけに手こずりましたよ……灼熱の破壊竜……」

 大海都知事が見上げるのは、巨大な恐竜型のゾイドであった。独特なフォルムを描く灰色の骨格は、スピノサウルス種と思われた。

「申し訳ありません、まだ装甲の発掘が……」

「最低限、ワイルドブラストと操縦が出来ればそれでよろしい。どうせこのジェノスピノに敵うゾイドなどいないのですから」

 技術者が復元状況を報告する。灼熱の破壊竜、ジェノスピノ。地球で発掘されるゾイドはタカラトミーから組み立てキットで模型が販売されているが、市場に出回るジェノスピノとは大きく姿が異なっている。装甲は板の張り合わせ、最大の武器である回転ノコ、ジェノソーザーには機銃が付いておらず鋸の刃ではなく滑らかな普通の刃になっている。

 また、頭部にも間に合わせなのか大き目のバイザーが外付けされていた。バルカン砲も当然付いていない。

「どういうことなの! オリンピックを延期するだなんて!」

 ガレージに足を運んだのは、推進委員会の幹部であるフロラシオン【双極】の姉の方。白髪の妹と異なり、緑主軸に見えるが角度によって輝きが変わる玉虫色の長髪を靡かせている。

「予定通り開催されないとこの星の終わりよ? あなた、私達がそれを止めるために協力していることを分かっているの?」

 妙に焦って大海に詰め寄る【双極】姉。しかし、大海は余裕の表情であった。オリンピックは流行り病の影響で延期となった。考えれば当然である。これだけ感染症が流行する中、世界中の人を集めた催しなどできるわけが無い。IOCはまぁ常識的な判断をしたわけだが、大海はまだ何かを隠していた。

「そんなこと、上の男共が勝手に言っているだけです。まだ、予定通りに開催する方法があります」

 まったく危機感を感じていない大海に【双極】は苛立った。

「やってみなさいよ! こんな状態じゃ誰も協力しないでしょうけどね! まったく……こっちは星の運命が掛かってるってのに風邪菌程度でごちゃごちゃと……」

「要するに、新型肺炎が収まればいいのですよ。プラン、アライグマ作戦を実行します」

「アライグマ?」

 妙に間の抜けた作戦名に、【双極】姉は思わず聞き返す。しかし、これがとてつもなく恐ろしい作戦であるとは誰も予想出来なかったのであった……。

 

   @

 

「そうか……、決めたんだな」

「ご迷惑にならなければいいけど……」

 陽歌は七耶達に自分の決断を伝えた。今、店にいるのは七耶とミリア、ナル、エヴァ、マナ、アステリアだった。

「むしろ帰っちゃったら心配で痩せそうだよ」

「お前は痩せろ」

 ミリアに突っ込みをいれるのは七耶。さなの姿はない。どうも月方面が騒がしく、ちょっと帰ってはまた月へと忙しく動いている。

「うんうん、それが一番ですに」

「そうね。迷惑なんてまったく思ってないよ」

 ナルとアステリアは彼の決断を後押しする。

「陽歌くんずっといてくれるんだ、やった!」

 マナは同年代の『人間の』友達が増えるので素直に喜んでいた。別に四騎士団らとわだかまりがあるわけではないが、地味にロボットである彼女達とは共有できない話題があったりなかったりするのだ。

「そうですよー。一人より二人、二人より三人、三人よりたーくさんですからね」

 エヴァはもし陽歌が真逆の決断をしたのなら無理にでも引き留めるだろう。最低限の家具はもちろん、高性能デスクトップPCに各種ゲームハードまで取りそろえた陽歌の自室を構築し提供したのは彼女である。趣味仲間を増やしたいという思惑もあるが、「こんな面白そうな逸材をみすみす見逃せない」という面白至上主義な側面が大きく出た。

「となると、正式に引っ越しの手続きが必要ですねー」

 こうなることを見越し、エヴァは引っ越しに必要なあれやこれやの準備を実は去年の秋から進めていた。

「住民票を移し、転校手続き。住民票は役所、転校関係は白楼学園にぶん投げたのでいいとして……陽歌くんの家に用事がありますねー。母子手帳を手に入れなくては」

「なんだそれは?」

 七耶は聞きなれない言葉に首を傾げる。いくら八千歳でも、外宇宙の戦闘兵器ではこの国の制度に疎いのも致し方ない。

「妊娠から出産、そして乳幼児の記録をするものよ。そこには受けるべきワクチンの接種記録もあるから、陽歌くんがどのワクチンを受けてどれをしていないかを判別するのに必要なの。それと、生まれた時のデータが必要だから」

 アステリアが軽く説明する。ワクチンはともかく、彼の持つオッドアイ、医学的にはヘテロクロミアと呼ばれる瞳が色覚異常を起こしていないかなど出生直後の診断が欲しいところだ。

 一応、遺伝子を調べた結果では毛髪や虹彩の色に変化が出る程度で大きな問題は無いと思われるが、念の為である。

(それに、閉鎖的な村落ならまだしも街中が揃って子供を虐待するなんて、マーベル市民並の民度でもありえない……陽歌くんにはまだ、何等かの秘密があるかも……)

 アステリアは陽歌の出生を気にかけていた。下手をすると知らないところで何か大きなトラブルの要因になりかねない。知り合いの心配性が移ったかも、と一笑に付すには違和感が大き過ぎる。

「では早速金湧にゴーです。必要早急の外出ができますね。手続きの都合、見た目大人のミリアさんには来てもらった方がいいですね」

 エヴァは早速、出陣メンバーを決めた。自分は行くとして、役所の手続きは大人でないと代理も出来ないのでミリアの力が必要になる。

「よーし、やっちゃうよ!」

「あ、外見貸すだけでいいですよ」

 ただし彼女の事務能力は充てにしていないエヴァなのであった。ぐだぐだしている様で、動画編集やイベントの準備、アイドルのプロデュースまで熟す彼女は戦闘面以外でも頼れるマルチな存在である。

「僕もいくよ。やり残したことがある」

 陽歌も行くことにした。不意に飛び出しただけあって、思い残すことがあった様だ。各自が出発しようとした時、喫茶店の扉が開いてベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

「ここがゆにおんりばーか……」

 来店したのは、背が高くスタイルのいい金髪の美女であった。愛知にある白楼学園の本部、白楼高校のブレザーを着込んでいる、ごく普通の美しい女性である。狐の様な耳と尻尾以外は。ただ、陽歌もさなで慣れたせいかこのくらいでは全く驚かない。

「あなたは……」

「儂は妙蓮寺ゆい。先日はリーザが世話になったのう」

 この前のユニオンリバー新年会に来ていた暦リーザの知り合いだという妙蓮寺ゆい。若々しい外見に似合わず、古風な話し方をする。その腕には、経文を書いた包帯で厳重に固めた細長いものを二本持っていた。

「それと響からの伝言じゃが……その分なら必要なさそうじゃな。証拠は抑えておるから渡しておくとするか。訴訟事になったら使うとよい」

 ゆいは書類の束をアステリアに渡す。これはリーザの友人、胡桃が響という人物に調査してもらった金湧での陽歌を記した資料、則ち虐待の証拠である。状況柄、こちらが陽歌を誘拐したと言われかねない状況ではあるのであったら何かと役立ちそうなものである。

「抜かりないですねー……そこは相変わらずというか」

 エヴァは響を昔から知っているのか、その手際に感嘆するばかりであった。頭脳労働が完全に門外漢というわけではない彼女にこう言わせる響とは、如何なる人物なのか。リーザ曰く陽歌に似ているらしいが。

「まぁ、本題はこっちじゃ。あまり見せとうないが、完全な浄化にはお主の力が必要じゃて……すまんな」

「いえ、僕で力になれるなら」

 ゆいはカウンターの上に、持っていた二本の長細いものを置く。かなり真剣な謝罪を受けたが、自分が必要とされるならと陽歌は快く受けた。

「刺激が強いというか……ぐろてすくというか、夢に出るというか……精神的ぶらくらというか、絶対見たくないものじゃろうな……」

「めっさハードル上げるな」

 七耶はその不自然なまでの予防線に違和感を覚えた。事前に期待度を高めて実体をしょぼく見せようとする手法である。

「言ってしまえば、これはお主が失った腕じゃ。一つは響が調査の過程で偶然、もう一つはあの地を調べておった専門家が回収したものじゃ。いっそ白骨化していれば多少マシかもしれんかったが、結構生で残っておってな」

 ゆいは種明かしまで行う。不意打ちで見せられるより、心の準備が出来ていた方がいい。しかし、切断された人体が『偶然』発見されるというのも妙な話である。陽歌は少しそこが気になった。

「偶然、見つけたんですか?」

「響は調査の過程で金湧市に発生した異界を処理したんじゃ。その異界を産んでいた呪物になっていたのが、お主の腕じゃ。呪術の世界で縁というものは重要なものでな、その縁を辿ってお主の物と判明したわけじゃが……」

 マナはゆいの説明から不自然な点を見つける。切断した人体、というより手術等で摘出された人体の一部は衛生の都合、然るべき手段で処理されるはずである。入院生活が長く、病院関係者とよく話していたマナだからこそ気づいた点である。

「待って下さい! 陽歌くんが両腕を失ったのって、例の集団失踪事件も挟んでいるから数年以上も前のことですよね? 白骨化もしていない腕が現存するなんてこと……あるんですか?」

「そこなんじゃよ。アスルト殿から送られた陽歌くんの義手に関するデータを閲覧した響が脊髄のチップの、施術の粗末さに不信感を抱いて手術を行った金湧市民病院を調べたところ、切除した両腕は処分前に行方が分からなくなったと意味不明なことを言っておってな……」

 マナの素朴な疑問は想像以上の闇へ手を掛けていた。

「児相は仕事しない市民病院さえキチンと処理しない……金湧って思った以上に世紀末じゃねーか?」

 七耶は末恐ろしい事実に気づく。その時、喫茶店の客の一人、派手な衣装を着込んだどこかで見覚えのある男が仮面ライダーの主題歌を歌えるほどいい声で呟く。

「お前達の金湧市って、醜くないか?」

「おいあれマジか? マジか? マジだ! ISSAぢゃねーか!」

 七耶はその人物の正体に驚くが、全員の関心は呪物に集中しており誰も突っ込まない。

「なんか今日動かない会話で尺稼ぐなーって思ったらこれのせいか? ISSAのギャラで予算持ってかれたんか? なまじ新録だからアーカイヴも使えない感じか?」

「細かいことを気にした奴から死ぬんですよここは戦場です」

 エヴァは話を本流に引き戻す。

「では開くぞ、覚悟はよいな?」

「……はい」

 ゆいが包帯を解き、中身を見せる。中は二つとも、腐乱しボロボロになった右腕であった。長さは上腕の半分まで。陽歌の義手と同じ範囲だ。あれだけ脅されたせいか、恐怖は感じず傷を抉られることもなかった。その腐敗具合は悪臭がしてこないのが不思議なくらいであった。

「ん?」

 そして、いくつかの疑問が過る。圧倒的な違和感に襲われる。これは、何かがおかしい。

「待ってください。なんで右腕が二つもあるんですか?」

「なんだって?」

 七耶は改めて腕を見る。確かに二本ある腕の内、両方が右腕だ。違いと言えば、縄の様な痕があるか無いかくらいである。

「そうなんじゃよ、何故か右腕が二つ見つかった。そしてその両方の縁がお主と繋がっておる。これを持って来た者は二人共、信頼に値する人間じゃ」

 ゆいもそこが疑問だったらしい。それに、と付け加える形である紙を取り出す。

「儂らの他にもあの土地を調べておった者がおってな。退魔協会という、退魔師の寄り合いじゃ」

 第三勢力の名前を聞いた瞬間、陽歌にある考えが浮かぶ。

「なんか感度三千倍にされそうな感じだなぁ……」

「よし、お前も立派なユニオンリバーメンバーの一員だ」

 七耶はちゃんと彼がここのノリに毒されているのを感じた。

「そこの電子めーるを傍受したものじゃ。一月の物には『金湧市、呪物回収記録。この回収をもって、当該地域における原因不明の失踪、奇病、怪物の目撃情報等の現象が期待される』と書かれておるが最近の物では『金湧市、依然現状変わらず。もう片方の呪物の発見に莫大な報酬』となっておる」

 メールに添付された写真には白黒ながら鮮明に、ここにある二つと同じ右腕が写っていた。七耶は流石に不信感を抱いた。

「なんで右腕だけ三つも……?」

「これ、もし退魔協会が嘘吐いていても二本は同じものがあるんですよね?」

 マナもそれは同じだった。

「では実際に解呪といこうかのう。ある程度の呪術師なら呪物の浄化が出来るんじゃが……、『本来の持ち主』なら呪術師の素養が無くても、一時の感情で生み出してしまい独り歩きする呪物の浄化は可能じゃ。陽歌くん、本物と思う方をまずは持つんじゃ」

 ゆいは呪物の処理に進む。響が調査して腕を失った原因を知っているのでどれが本物かは彼女にとって一目瞭然であったが、陽歌の心情を考慮しハッキリ言わないことにした。

 ジャングルジムに縄跳びで腕を固定されて一晩、氷点下に放置されたことによる鬱血と凍傷。それが原因なので縄の痕がある方が本物のはずだ。陽歌もそちらを持つ。

「そして、暖かな記憶を、楽しかった思い出などを思い浮かべて前向きな感情をその腕に注ぎ込むんじゃ」

 陽歌は言われるがままに、ここでの暮らしを思い浮かべる。ユニオンリバーに来てからは、自分がこんなに恵まれていいのかと思うくらい、とても幸せだった。心の中に暖かいものが満ちた時、掴んでいた腕が消滅する。これが浄化という作業なのか。

「うむ、本物じゃな。では、こちらも同じ様に」

 もう片方も同様にしたが、やはり消滅する。こちらも本物なのか。どちらかが偽物、ということは無さそうだ。

「『本物の呪物』が二つも存在……それもその性質上、複数生まれるはずもないものが存在するとはにわかに信じがたいんじゃ。遺体など身体の一部が呪物化した場合、全く同じものが存在した記録は桃源世における数千年の陰陽史上、前例がないのう」

 ゆいの世界でもこの様な記録はなく、まさに前代未聞。一体何が起きているというのか。

「陽歌くんが呪術的に特別な才能を持っている、ということはないはずじゃ。この呪物自体の構造は単純で、陽歌くんの切断された腕にこの子の無意識にあった負の感情やあの街で死んでいった者の怨念が溜まって産まれたものじゃ。じゃが、素材に限りがある」

 陽歌の才能が原因、というわけでもない様だ。彼は魔法的に見ても平均以下の能力しかなく、呪術的にも同じであった。意味深な外見の割に、その方面では一般人ということである。

「これから金湧にいくんじゃろ? じゃったら用心するんじゃな。儂らさえ把握できない事態が起きておる。十分警戒せよ」

「おっけー」

 エヴァはゆいからの忠告を受け、出発の準備をする。マナは出掛けようとする陽歌に、あるものを渡した。それは飛電ゼロワンドライバーと紫色で蜘蛛の絵が描かれたプログライズキーだ。

「陽歌くん、これを渡しておくね」

「これは……」

「シエルさんが魔法で本物にしたゼロワンドライバーとトラッピングスパイダープログライズキーです。スパイダークーラーはベストマッチで使えませんでしたが、こっちなら。キーの方は専用に調整済みです」

 マナの持つ、改造ベルトの一本である。キーは陽歌の為に特殊な調整が施されている。仮面ライダーのおもちゃを改造して本物の変身アイテムにしているが、陽歌は数多あるコレクションアイテムの中でも蜘蛛などの毒虫と相性がいいらしい。仮面ライダービルドのビルドドライバーでは蜘蛛と冷蔵庫のフルボトルを用いるスパイダークーラーが存在したが、冷蔵庫の方が陽歌のトラウマを刺激して足を引っ張るため万全に使えなかった。蜘蛛単体のこれなら十分に扱えるはずだ。

「ありがとう。何もないといいけどね」

 陽歌はお守り程度に、と思い受け取る。エヴァ、ミリア、陽歌の三人は金湧に向けて出発する。全ての因縁に決着をつける為に。

 

 三人が出発してから数分後、入れ替わる様に深雪がやってきた。話を聞いて、彼女も少し安心した様だ。本来なら外出せずに自宅にいるべきだが、一度推進委員会に目を付けられた以上、なるべく一人の時間を減らした方がいいとエヴァ達が判断したのだ。行き来も四聖騎士団のうち一人が必ず同行している。

「それならよかった。ここなら安全だもんね」

「そうかぁ?」

 深雪は彼女らを信頼しているのでそう言うが、世界が終るか終わらないかの騒動を何度もここで経験した七耶は肯定しきれないでいた。

「そう言えば、学校ってまだお休みなのよね?」

「そうじゃな。暇でしょうがないじゃろ?」

 アステリアとゆいはまだ学校が再開できないことを気にしていた。深雪はこの長い休みに、いろいろとしている様子であった。

「お母さんは配送のお仕事だからテレワークにも休みにもなってないね。でも発掘したオレンジのクワーガ乗れる様に練習してる」

「へぇ、お前さんもゾイド乗るのか」

 七耶は深雪のゾイドに興味を示した。ゾイドは復元を担っている主な企業、スロウンズインダストリアルがたくさん売りたいからなのか免許が不要で小学生でも乗れる。意思があって自律行動するので、諸事情で車に乗れない人にとってはありがたい存在だったりするが、武装も生まれつきくっついている都合か無免許で可能なので問題も多い。ただ、深雪の様に善良な人間が乗るのなら大きな力になるだろう。

「お母さんがクワーガで仕事してるからね。紫色の、シノビっていう亜種らしいよ。乗り方は教えてもらえるし、なによりオレンジが可愛いのよ。虫は特別好きじゃないけど、あれだけ大きくてメカメカしいと気にならないものね」

「親子揃ってクワーガ乗りか。空を飛べるのはいいな」

 小型だが飛行できるというのは大きなアドバンテージだ。小さいというのも、この国の窮屈さを考えれば利点になりうる。

「今日も練習がてら乗ってきたんだ。見る?」

「見せてもらおうか。うちには普通のクワーガしかいないからな。シノビとレッドジョー、レアホワイトとか亜種は見たことなくてな」

 七耶はオレンジのクワーガを見せてもらうことにした。二人が店の外に出ると、駐車場にオレンジ色のクワーガが停まっている。色以外は普通のクワーガと同じである。

「おー、これがか。色違いの亜種がたくさんいるゾイドも多いからな、こいつもその一体だろうが、ヴァネッサが地球産のクワガタゾイドについてなんか言ってたような……」

 七耶はユニオンリバーで発掘に携わるライダーのヴァネッサがクワーガについて発言していたのを思い出す。詳細までは思い出せないが、色違いだけではない、ラプトールでいうラプトリアに当たる亜種が存在するとかなんとか。

「なんだったかな……最近忙しくて忘れちまった」

「そういえばコロナ、魔法とか月の科学力でなんとかできないの?」

 深雪はユニオンリバーが抱える技術で新型肺炎を止められないか考えていた。だが、事はそう上手くいかない。

「あー、それな。魔法は炎症を治したり熱で消耗した体力を回復させることは出来ても原因を消すのは無理だな。流石に相手が小さいし、ウイルスも生き物だ。特定の生き物だけ消すなんて自然を冒涜する様な真似は出来ん」

 ドラゴンボールでサイヤ人を消せない様に、魔法も自然の摂理に反した行為は禁術になっている。治療の助けくらいは出来るが、それだけだ。

「月の科学力ならワクチンや特効薬も出来るだろうが……今こんだけ騒がれてるもんに効く薬なんか作ったら、地球と月の力関係に影響が出る。地球文明と同等の医療器具の生産くらいはやってくれるだろうが……」

 そして、月の方は外交上の問題で出来ない、というか月が地球の生殺与奪を握りかねない発明を禁止しているところがある。一口に月の住人と言っても一枚岩ではない。新型ウイルスへのワクチンや特効薬を盾に地球を支配しようと考える者が出る危険も無いわけではなく、そんな事態になれば今回の疫病が月の陰謀だと思われてしまう。

「色々難しいのね……」

「まぁ、まさか月がマスク一つ作らないとは思えんが……今回は妙に動きが鈍いな」

 いつもより地球への支援が遅い月に、七耶は嫌な予感を覚えた。その時、さなが店へ戻ってきた。彼女にしては、いつもの様に表情を大きく動かしてはいないものの深刻そうな様子だった。

「お、噂をすれば何とやら、久しぶりだな。そんなに月は忙しかったのか?」

「うん。この事態を公表するかどうかで少し揉めてね」

「おいおい、冗談のつもりだったんだぞ?」

 軽口だったはずが、まさかの的中に七耶は焦りを見せる。月が揉めるとは、何が起きているのか。

「単刀直入に言うよ。ジャバウォックが目覚めた」

「な……」

 さなからの報告を受け、七耶は絶句する。最強の超攻アーマーである彼女が本気で驚愕する事態、それは一体、どんな恐ろしいことなのか。

 

   @

 

 東京都内の病院では、現在世界で流行している感染症を防ぐ為の思索が続いている。しかし、都知事は何よりオリンピックの推進を優先するため、犯罪紛いの活動の結果返り討ちに遭い負傷した推進委員会メンバーの治療に病床を割かせていた。

「お見舞いに来ましたよ」

「うぅ~」

 全身に包帯が巻かれてミイラの様になったマーガレットの元に、学校のクラスメイトがやってきた。欧州人とのハーフとのことで、あどけなさの残る顔立ちに美しいブロンドの美少女であった。日本でも有数のお嬢様学校のブレザーを纏い、清楚な印象を与える。学校は休校中だが、公の場ということもあってこの服装を選んだのだろう。

『あんま話したこと無いけど、同じクラスになっただけでお見舞いに来てくれるなんて律儀ねー。いい人~』

 マーガレットはウェアラブルデバイス、ZAIAスペックの機能でタブレットに筆談している。前からの友達という訳ではないが、今年度からクラスが同じなのでお見舞いに来てくれたのだ。

「いえ、お友達が入院していたらお見舞いするのは当たり前です。これから仲良くして行きましょうね」

お見舞いに来た少女は、見舞いの品を起き、一通りの挨拶を交わすと帰っていく。マーガレットはその手慣れた社交性に舌を巻くばかりであった。

(私も大概だと思ってたけど……やっぱ本物は違うわ。企業連五本柱をスロウンズと並んで一企業で担うドランカ製薬の社長令嬢……。噂じゃどっかの貴族の末裔とか)

 ドランカ製薬は陽歌の義手を初めとする国の福祉にも大きく食い込んでおり、よくも悪くもその名を知らない者はいない。直営のドラッグストアや薬局、さらには病院まで経営し、持てるノウハウを全て活用する大企業だ。同じ学校に通うとはいえ、マーガレットの様なただの金持ちとは次元が違う。

 

   @

 

「いやー、済まないねー。傷口抉る様なお出かけに付き合わせちゃって」

 エヴァは恐らくカーマニアでも知らないであろう赤いスポーツカーを走らせる。金沸の道はピカピカに磨かれた車に似合わず、立派な片側三車線道路のあちこちがひび割れて草が生えていた。

「いえ、決して悪い思い出だけの場所じゃないから……。一年生の頃はよくしてくれる友達が三人もいたし。すぐ引っ越しちゃったけど……」

さすがに陽歌も全く友達がいないわけではなかったが、彼にまともな接し方を出来る人間には、こんなところに住むのはキツイ様だった。

「でもこの車凄いね。専用の免許があれば小学生でも運転出来るんだ。エヴァリーなら普通の車でも出来そうだけど」

「AI搭載車、ライバードです。運転が簡単なだけでなく、座席配置から子供の運転を想定しているのでこっちの方が楽なんですよ。警察に見つかった時とか面倒もなくて」

エヴァが運転しているのは、人工知能を搭載したスーパーカー、ライバード。ただし完全なスポーツタイプなので、2人乗りである。ミリアは現在、トランクに突っ込まれている。真似しないでね!

「あ、ここです」

 ライバードは陽歌のナビである小学校の前に止まる。ここが彼の通っていた学校だ。やり残したことがある、というので来たのだが、エヴァも気になることがあってここへ来た。

「しかし、やけに物々しいですね……」

 彼女は走っている途中も、警備員仕様の人型ロボット、ヒューマギアの姿を多数見かけていた。特に小学校には多く配備されている。ヒューマギアの姿は殆んど人間で、耳がモジュールになっている以外見分けるのは難しい。

車を降りて、陽歌、エヴァ、ミリアは校門から学校の敷地内へ入ろうとする。だが、警備員ヒューマギアに止められてしまう。

「お待ちください。関係者以外立入禁止です」

「彼はここの生徒ですよ」

エヴァは警備員ヒューマギアの前に陽歌を立たせる。どうやらまだここの生徒としてデータが残っていたのか、顔認証で関係者として認められた。

「失礼しました。お通りください」

 そんなわけでヒューマギアはしっかり仕事をするものである。運動場はカラーコーンとビニールテープで封鎖されており、何故かあちこちにクレーターや何かの染みが出来ていた。

「あ、やしろあずきだ」

「結構雑な封鎖ですねー」

 ミリアはカラーコーンに呪われた漫画家が頭に過るが、エヴァはその封鎖の適当さに対して運動場で起きている異変に危機感を感じていた。ヒューマギアと比べて人間の仕事の雑さときたら……という問題ではない。

たしか、響が異界化を見つけて対象したとか。だが、その異界を産み出した呪物も何故か複数ある有り様。謎が謎を呼ぶ。

「飼育小屋があってね、でも飼育委員が僕以外仕事しないからそこのウサギとチャボが心配で……友達がいた頃なら手伝ってくれただけど」

「チャボ?」

「まぁ鶏みたいなものです」

 家族にも邪険にされ、友達のいない陽歌にとっては飼育小屋の動物達が心の支えだった。そんな彼らを残して来たことが心残りとなっていた。

飼育小屋へ向かおうとしていた三人を何者かが呼び止める。

「これはこれは、急にいなくなったと思ったら壮行会には来るとは、感心感心」

取り巻きの男子を連れ、やけに偉そうな態度で歩いてくる黒髪黒目の少年がいた。陽歌は慌てた様子でミリアの後ろに隠れる。

「……」

「壮行会? 今時学校もお休みなのに大会でもあるんですか?」

 エヴァは奇妙に思う。授業すら出来ない状態で、一体何をしようというのかこの学校は。少年の名札には『浅野太陽』と名前が書かれている。

「浅野太陽……まさか陽歌くんの……」

 ミリアは名字と名前で二人の関係を察した。が、太陽は何か不満がある様子だった。

「ソーラーだ、人の名前を間違えるな!」

「いや読めんて」

 エヴァの感想は概ね正しい。普通名前で太陽と書かれていたらたいようと読むものだ。ソーラーなど普通は脳髄がちぎれる寸前まで捻らないと出てこない。だが太陽本人は読めて当然だと思っている様子だった。

「全く、常識知らずのオタク軍団という噂は本当の様だな、ユニオンリバー。変な組織に囲われて人間に昇格したつもりだろうが忘れるな。お前はゴミ、俺には勝てないということをな」

 太陽は懐から、バックルの様なものを取り出す。それを近くにいた警備員ヒューマギアに取り付ける。

「俺が特別な存在であることを、教えてやる」

『スピノ!』

「ぐわあああ!」

 そして、そのバックルにアイテムを装填した。

「あれはゼツメライザーにゼツメライズキー? 小学生がおもちゃ感覚で持てるものではないですよ?」

 エヴァは何故それを小学生でしかない太陽が持っているのか疑問に思った。善良なヒューマギアを暴走させる外部ハッキング装着。その場にいるヒューマギアを即座にテロの道具へ変えるゼツメライザーとゼツメライズキーは、エイムズの監視もあって簡単に手に入るものではない。

「とりあえず、敵キャラの準備は出来た。お前らじゃ弱すぎて、お試しにもならないからな」

 警備員ヒューマギアは人のスキンが剥がれ、ロボットの素体を剥き出しにして口から触手を生やして巨大な恐竜の姿へ変異する。ヒューマギアとしての面影はライトが赤くなった、耳のモジュールだけだ。

 ついでと言わんばかりにその恐竜、スピノサウルスマギアは触手で周囲の警備員ヒューマギアを突き刺し、リザードマンの様な化け物へ変化させていく。

その化け物は剣を手に、陽歌達へ襲いかかる。エヴァが間に入り、つばぜり合いをする。

「戦闘員マギアでしょうが……フォースライズした仮面ライダー程度の力はあるみたいですね」

 軽く戦闘力を計りつつ、マギアを元に戻すためエヴァは剣を持ち代える。ハッキングされたヒューマギアは基本破壊するしかないが、最近になって製造元の飛電インテリジェンスによって戻す方法が開発された。それをエヴァ達四聖騎士も持っている。

「俺には最強の力がある。それを見せてやる」

 太陽は蛍光グリーンの本体をしたベルトを装着する。それはゲーム病と呼ばれるバグスターウイルスの感染症を治療する為にドクターライダーが用いるアイテムだ。そして、手には太いガシャットを持っている。

『ヤリコミクエスト!』

「まさか、ガシャットでの変身には基本、適合手術が必要なんですよ? それを子供に受けさせる医者がいるんですか?」

 エヴァはドクターライダーシステムの基本を復習する。ゲームソフト、ライダーガシャットの中身は結局のところバグスターウイルスなので、変身するには予防接種、適合手術が必要なのだ。ドクターライダーとは医者自身がワクチンになるシステムと言ってもいい。

太陽はそんなことを知らず、ガシャットをベルトに差してレバーを展開、変身する。

『ガッシャーン! レベルアップ!』

 太陽の姿は成人男性と同じ背丈になり、漆黒の魔王の様な姿になる。

「俺にはバグスターウイルスへの免疫が生まれつきある。だから、そんな面倒なことをしてやっとレベル5が精一杯の連中とは違う。俺が仮面ライダー超魔王、レベル9999だ!」

太陽は自慢気に言うが、色々と事情を知っているエヴァからすればなんか微妙であった。

「レベルビリオン見ちゃいましたからね……一万未満で騒がれても……」

「誰なんその小学生が考えた設定みたいなレベルの人」

「開発者ですよこれの」

 陽歌はそのヤバイレベルに驚愕する。ただ、システム全体の開発者なら不可能ではないなと納得してしまう。ミリアはデザイン面で不満があった。

「それにブレイブのファンタジーゲーマーを真っ黒にして目を赤くしただけってのがスーツの使い回しみを感じる……」

「なんだと! 専用の武器もあるんだぞ!」

 太陽は武器を取り出すが、エヴァとミリアにはもう見覚えしかない。エグゼイドのガシャコンキースラッシャーそのものだ。

「……」

「……」

「俺の凄さが分からないのか!」

 二人に生暖かい目で見られ、憤慨した太陽はスピノサウルスマギアを殴り飛ばす。なんと、拳の一撃であの巨体を吹き飛ばし、爆散させたのだ。

「これでどうだ!」

さらに、周囲に炎を放って他のマギアも一撃で破壊する。陽歌はその圧倒的な威力に呑まれていたが、エヴァは皮肉を言う余裕を残していた。

「あーあー、弁償ですよこれ」

 ヒューマギアは警備会社の備品なので、普通に弁償案件だ。だが、そんなことを考える知能は太陽に無かった。

「お前らもこうなりたくなかったら、俺たち推進委員会に素直に従うんだな!」

「推進委員会? まさか……」

 太陽もオリンピック推進委員会に関与していると知り、陽歌は動揺が隠せなかった。これが、真逆に育った二人の兄弟の決戦、その幕開けになった。

 




 スピノサウルスマギア
 スピノサウルスゼツメライズキーでヒューマギアをハッキング、ゼツメライズしたマギア。通常のマギアと異なり、巨体で高い戦闘能力を誇る。

 ヴェロキラプトルマギア
 スピノサウルスマギアがハッキングで生み出す戦闘員マギア。トリロバイトマギアの立場であるがその戦闘能力は高く、滅亡迅雷フォースライザーを用いた仮面ライダーとスペックは同等である。

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