騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 学習する人工知能、アーティフィシャルセルフ。感情さえ学ぶことが出来るそのAIを宿し、武装を身に纏う小さな少女達。人は彼女達を、フレームアームズガールと呼んだ!

※呼びません


☆轟雷起動日2020! もう一つの出会い

「ここは……どこだ……?」

 四月十八日、深夜零時。ある建物の近くを小さな人影が蠢いていた。水色のショートヘアをした、紺色のボディスーツに身を包んだ少女であった。スク水の様にも見えるが、胸部や手足に装甲があるので似ているだけだろう。

「くっ……」

 右腕は動かないのかぶら下げているだけであり、装甲の部分もあちこち故障している。この身体に海辺の風は堪える。

「充電が残り少ない……ここなら電源があるか?」

 少女は建物にある通気口へ忍び込むと、中へ進んでいく。

 世界発の学習型自律人工知能、アーティフィシャルセルフを搭載した小型ホビーロボット、フレームアームズガールの試験機、轟雷。数年前に多数の人間に配られたそれは一つのみが起動したに終わった。

 だが、データ収集の結果、現在では一般にアーティフィシャルセルフを搭載したFAガールが流通することとなった。しかし、同じ人間に対してすらまともな対応ができない者がいるこの世界で、道具に過ぎない彼女達に一体何人が向き合えるだろうか。流行り廃りで命を弄ぶ人間もいるこの社会で、電子の生命が尊重されるのだろうか。

「見てろ……私はこんなところで終わらない……」

 今、建物に忍び込んで通気口を進む少女、フレズヴェルクは限界に近い身体を憎悪で動かしていた。自らカスタマイズしたフレームアームズガールを戦わせる『セッション』と呼ばれる競技は、基本的にマスター達によるのほほんとしたうちの子発表会に過ぎない。だが、勝負事には分相応にのめり込み、あまつさえ常識の埒外、紳士協定すらかなぐり捨てた亡者の振舞いとも言える勝利への執着こそ、正しいと主張してやまない者が多くいる。

 彼女を捨てたのも、そうした人間だった。高い機動力に特殊バリアの防御力、高出力兵器による破壊力を備えるフレズヴェルクシリーズは最強との呼び声が高い。だが、基本的にマスターが操作出来ないセッションでは事前のセッティングと、ガールとマスターの信頼関係こそが勝利の鍵となる。それを欠いた彼女のマスターは、ただ一度敗れたフレズヴェルクを簡単に捨てたのだ。

「終わって……堪るか……人間め……」

 月明かりのあった夜道とは違い、通気口は完全な闇だ。バイザーに搭載された暗視機能を使えるほどバッテリーに余裕はなかった。

「うあっ!」

 その結果、竪穴に気づかず落下してしまう。装甲の大半を特殊バリアに頼っているフレズヴェルクは、素の防御力が紙に等しい。

「……っ、くぅ……しまった」

 落下の衝撃は負荷の掛かる全身に激痛を走らせる。本来なら備えていた飛行能力も、肝心のユニットを戦闘で失って今は無い。下手をすれば、ここで朽ち果てることになる。

「まだだ……私はまだ……」

 それでも、フレズヴェルクは己の中で燃える憎しみを力に這いずる。目が覚めてから、棚で埃を被り続けたあの日を忘れない。箱に入れられ、ずっと暗闇にいたことを忘れない。ようやく日の光を見たと思えば、見知らぬ場所にいたことを忘れない。マスターに裏切られたことを、忘れるわけがない。今度こそはと苛烈な戦いの末、無様に捨てられた怒りだけがフレズヴェルクの全てだった。

「私は……全てを……」

その時、ぼんやりと光る穴を見つけた。ようやく電源がありそうな場所を見つけることが出来た。

「まだ、私は……」

 それは通気口の蓋であり、彼女の身体なら通ることが出来そうであった。下には、子供部屋らしき空間が広がっている。そこの主はベッドで本を読んでいる最中に眠ってしまったのか、頭を抱えて蹲っている。ランプの灯りが通気口に差し込んでいたのだ。

パジャマの色がピンクなので女の子の部屋だろうか。ボブカットに切りそろえられたキャラメル色の髪と、右目の泣き黒子に既視感を覚えつつ、フレズヴェルクは通気口を抜けて床に降りる。

 この身体では着地の衝撃に耐えられないだろう。ベッドに降りれば多少マシかもしれないと狙いを定めて跳んだ。

「あ」

しかし目測を誤って眠っている子供の手に直撃してしまった。フレズヴェルクは装甲のクリアパーツが所々尖っており、当たると結構痛い。これでは起こしてしまう。

「起きない?」

 ゆっくり手から降りると、その手を見て彼女は愕然とする。子供の手は黒い球体関節人形の様な義手で、生身ではない。その事実に驚いているのではなく、この部屋の主の正体に気づいての愕然だった。髪色、黒子まではいいとして義手まで同じでは、かつての敵対者の部屋に入り込んでしまったという事実が揺るがなくなる。

「な、何たることか!」

 身の危険を感じ、即座に逃げようとしたが、声を聞いて足が止まる。

「うぅ……やめ、て……ごめん、な……さい……痛いの、やだ……」

 悪夢を見てうなされているのだろうか。そもそも、両腕を失う様な目に遭っているのだ。心に何の傷も残らずに済むはずがない。

「チッ、人間め……人間同士ですらこれなのに、どうして私達に心なんか……」

 怒りと悲しみがごっちゃになった感情のぶつけ先が分からず、彼女は足を止めてしまった。その隙に、何かがベッドに飛び乗る。家主の顔面に乗り上げたそれは、金色の瞳をした黒猫であった。鳴きはしないが、先端が白い尻尾を逆立てて威嚇する。

「うわ!」

「うぶっ!」

さすがに猫に乗られては寝ていられず、部屋の主は目を覚ます。開いた右目は桜色、左目は空色のオッドアイ。マスターの性癖を詰め込めるFAガール達に交じっても識別できるであろう個性の塊みたいなこの子供のことを、フレズヴェルクは知っていた。

「やはり貴様だったか!」

「え? フレズヴェルク?」

 起き上がった子供はフレズヴェルクを見て、混乱する。その顔をじっと見て、何かを探している様子であった。

「鼻血が出てない……うちのフレズヴェルクじゃない?」

「どんな判別方法だ! 貴様がいるということは、ここはやはりユニオンリバーだったのか!」

 謎の判別方法に戸惑いつつ、残された武器を向けて子供を威嚇する。

「そしてお前は……陽歌とか言ったな」

「あ、覚えててくれたんだ」

 自宅へ現れた敵の存在にドギマギしているのか、陽歌は余った袖から覗く義手の指を絡めてもじもじしていた。

「お前みたいな唯一性の高い顔を忘れるほど私のメモリーは古くない」

 この少年、浅野陽歌とフレズヴェルクは妙な因縁がある。彼女がFAガールの集まるイベントを襲撃すると、高い確率でユニオンリバーのメンバーがおり、さらにマスターでもないのにかかわらず、付き添いなのか彼がいるのだ。

「うん……そうだよね」

 陽歌は自分の顔に触れ、悲しそうに言う。フレズヴェルクにその行動と彼の感情について理解は出来なかった。基本的に既製品であり、同じ顔をしていることも多いFAガールにとって個性や独自性は誇りであり、マイナスの要素にはなりえないのだから。

「っ……」

 少し大きな声を出したせいか、少ない充電が更に減ってバッテリーが限界を迎え、膝をつく。FAガールが充電を失うと、眠気という形でそれが襲ってくる。フレズヴェルクはもはや立っているのが限界であり、このままでは敵地で眠ってしまう。

「充電少ないの? 充電くんならあるよ」

 陽歌は本を持ち、ベットから立ちあがる。そしてフレズヴェルクに手を差し伸べた。マスターではないが、ユニオンリバーには多くのFAガールがいる。そのため、付き合い方には慣れているのだろうと彼女は予想した。

「敵の施しは受けん」

「いいからいいから」

 フレズヴェルクが拒絶すると、陽歌は普通に掴んで彼女を机に持っていく。リモコン操作なのか、部屋の照明も完全に点灯する。

「ま、貴様……!」

 抵抗しようとするフレズヴェルクだが、その生卵でも掴むかの様な優しい持ち方に文句を言う気が失せてしまう。

「……と、充電くんは……」

 デスクから薄っぺらい人型の専用充電器、充電くんを取り出した陽歌は、ケーブルをフレズヴェルクの腰にあるコネクタへ差す。

「んぅっ……あぁ!」

 重要な端子だけあり敏感に出来ており、つい彼女は艶っぽい声を出してしまう。

「あ、ごめん……痛かった? 力加減分からなくて……」

「忘れろ! 仕様だ!」

 敵に恥ずかしい所を見られ、彼女は即座に言い訳する。とはいえ、電源が供給されるのは悪い気分ではない。ぼやけていた意識も鮮明になる。

(こいつの手……触覚が無いのか?)

 落ちて来た時のことといい、掴んだ時や充電の時といい、フレズヴェルクは陽歌の義手について薄々気づいていた。FAガールは全身人工物だが感覚がある。一方、人間用の義肢はそこまで発達していないのか、それとも違う事情があるのかそう簡単な話ではなさそうであった。

「マスターじゃないのに、なんで充電くんなんか持ってんだ?」

「うちの子達がよく遊びにくるけど、充電の残量のこと忘れてたりするから……」

 陽歌の準備は自宅のガール達の為であった。フレズヴェルクもその中の数人と戦ったことがあるが、かなり抜けている印象ではある。会ったことの無い個体も、鼻血で判断されたりすることから察して相当なポンコツ揃いと思える。

「しっかし小難しそうな本読んでるな……。鬼滅の刃でも読んでなさいよ」

「まぁ……好きな本だからね……。眠れない時はこれ読むと、安心するんだ」

 フレズヴェルクは机に置かれた文庫本に目をやる。『暴かれた深淵』という、なんとも難しい印象を与える本であった。裏表紙のあらすじを読むと、どうもホラーっぽい内容らしい。

「こんなの読むから悪い夢見るんだよ……」

「故障があるみたい。明日、直してあげるね」

 陽歌は彼女の破損に気づき、修理することにした。部屋の明かりを消すと、ベッドに向かう。この部屋は地下にあるのか窓が無く、電気を消すと真っ暗だ。しかし、すぐに部屋の四隅にある間接照明が月明かりの様な優しい青っぽい光を出すので、行動には困らない。

「だから、施しを受ける気は……」

 拒否しようとしたフレズヴェルクだったが、充電だけは欲しいので終わったらトンズラしようと決めて、ベッドモードに変形した充電くんの上に寝る。

(風も無い場所で寝るの、いつ以来だ?)

 FAガールにも睡眠の必要がある。高度なAIを持つ為、休眠中に不要な古いキャッシュの削除、オンラインでのソフトウェアアップデートなどを行う。場合によっては充電中でないと出来ないこともあるため、思惑とは別に、彼女は深い眠りに付いてしまった。

 

「ん……眠ってた、のか?」

 翌日、フレズヴェルクは目を覚ました。なんと、気づけば手足を取り外されて充電くんの上に寝かされているではないか。

「な、なんだこれは!」

「あ、起きた。アップデートが溜まってたみたいだね」

 陽歌がなにやら作業をしていた。場所は相変わらず、彼の部屋の机だ。

「やめろーユニオンリバー! ぶっ飛ばすぞー!」

「頭部ユニットの補修は完了……深刻なのは右手パーツだね」

 修理をしているのは主にFAガール達で、陽歌道具を渡したり大きな工具を支えて補助するなどに徹していた。やはり、彼の義手には触覚が無いらしい。

「ねーねー何してるの?」

「貴様!」

 その様子を遠巻きに見ているFAガールとは因縁があった。蒼い髪にツインテール、猫耳と大幅な改造の末、そうは見えないがスティレットである。公式の人にもスティレットなの? と言われたらしい。そして、その後ろには真顔で一筋の鼻血を流している別個体のフレズヴェルクがいた。

「ほらほら、がっかり5は下がってる」

 緑の轟雷にマスキングテープで立ち入り禁止にされ、スティレットと鼻血フレズは下がらせられる。作業をしているのは通常の轟雷、髪色こそ異なるが白の轟雷三人、通常と白の轟雷改、一〇式轟雷が改と共に四人とどれも轟雷だ。

「あれとは一緒にされたくないな……」

 鼻血フレズは無改造の標準装備なだけあり、外見がフレズヴェルクと一緒である。ここに拘束される期間が長いと、あれと間違われることも多くなるのか、と彼女は気分が沈んだ。

「補修のついでに改造したから間違えないよ」

「何?」

 陽歌はあっさり言う。気づかなかったが、なんと右目が隠れるほど前髪が伸びているではないか。

「いつの間に……」

「あ、ごめん。嫌なら戻すけど」

 余った袖から覗く義手をおろおろ動かして謝罪する陽歌。それまでされてこなかった戦闘能力に影響しない改造に、彼女は戸惑いを感じていた。勝手に改造されたのは不愉快なはずなのに、あまりそう思えないでいる。

「いや、いい目印だ。戦闘能力に影響しないなら頓着する必要も無いからな」

「そっか、よかった」

 安心すると、彼は手を胸の前で合わせる。義手へのコンプレックスか、単に大き目の服を着ているからか、私服に着替えても常に萌え袖状態なのがフレズヴェルクは気になったがどうでもいいことなので無視する。

「あの鼻血垂れ流しと間違えられるよりは……え? FAガールって鼻血出るの?」

 ついでの様に新たな衝撃が彼女を襲う。基本的にFAガールは体液を分泌する機能などないはずだ。それなのに鼻血が出ているのはどういうことか。

「涙を流す例はあるみたい。涙って成分の違う血液みたいなものだから、理論上はあるかもね」

「だとしてもだな……」

 陽歌の解説を聞いても納得し難いのであった。フレズヴェルクが混乱している中、陽歌は今後の話を切り出す。

「とりあえず……うちにいてよ。みんなもそうした方がいいって」

「何? ここにいるつもりなど無いぞ?」

 突然の提案に、当然彼女は断る。だが、何か事情もあるらしく彼はスマホの画面を見せて説明する。

「そういうわけにもいかなくて……最近、AS搭載型のFAガールの不法投棄とかが問題になってて、見つけたら保護する様に製造元のファクトリーアドバンスから言われているんだ。うちも協力してて、君のことを見つけたからには保護しないと」

「なんだよ……今更……」

 怒りの様な、虚しさの様な気持ちがフレズヴェルクの中で渦巻いた。それならなぜ、自分達にアーティフィシャルセルフ、ASなどという『感情』を与えたのか。こんなに苦しいのなら、初めから必要など無かったのに。

「というわけで、今日から僕がマスターです」

「な? 何だと?」

 更なる突然の決定に、フレズヴェルクは更なる混乱へ落とされる。修理が完了し、手足が装着されると同時に、彼女は立ち上がって逃走した。

「こんなところにいられるか! 私は出て行かせてもらう!」

「あ! 待って!」

 身体の調子はいい。部屋の扉に設けられた小さな扉を開け、フレズヴェルクは外へ駆け出す。地下から上へ昇る階段を見つけ、軽々と跳躍で地上階へ上がり、喫茶店を通って外に向かう。今の時勢からか、窓は換気の為に開けられており、そこから脱出できそうだ。

「待って!」

 陽歌が追い付いて呼び止める。いくら必死に走っても、体格の違いからすぐに追いつかれてしまうが、そんなことは関係ない。外に出たら隠れてやり過ごせばいいのだ。

「貴様が特別嫌いというわけではないが、誰かの所有物になるなどゴメンだ!」

窓から飛び出そうとした瞬間、見えない何かに引っ張られて机に落ちる。

「のわっ! なんだ?」

「盗難防止のワイヤレスハーネスがあるから、ユニオンリバーの中か僕の周囲でしか動けないよ?」

「貴様―!」

 そんなものを付けられており、逃走は最初から無理だったのだ。

「みんなに付いてるからね! 特にスティ子とバゼ子とフレズとアーテルと蒼ちゃんはよく勝手に出かけて迷子になってたみたいだし……お店も不特定多数の人が出入りするから」

 一応みんなに付いていることを説明する陽歌。だが、人間のいる場所に留まる気など無いフレズヴェルクにはいい迷惑であった。

こうして、孤独なフレームアームズガールは新たなマスターと物理的に結ばれた。彼女が紡ぐ新しい心の物語が今、始まる……?

 




 機体解説

 ???:フレズヴェルク
 個体名を持たない、野良のフレームアームズガール。かつてマスターに捨てられたことが原因で人間を憎み、あらゆるFAガールイベントを襲っていた。フレズヴェルクは最強機体の一角ではあるのだが、ピーキー極まりない為実力を出し切るにはマスターの献身的なサポートと二人の信頼が何より大事。
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