騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 漫研ファイブとは?
 カクヨムに掲載されている小説。地球が異世界と繋がる『真の2000年問題』から十数年後の未来を描く。地球人の少年、遊騎が自身の父の死に秘められた秘密や、真の2000年問題の真相に強化人間の継田響、幽霊の暦リーザ、魔王のスティング・インクベータ、妖狐の妙蓮寺ゆいら漫研部員と共に迫る青春物語。
 本作では漫研メンバー全員がゲストとして出演する。


調査報告書 金沸第三小学校異界調査録 1運動場

所々ひび割れたアスファルトを濃い緑のシボレーカマロが駆けていく。よく洗車しているのか、昼間とはいえ低い冬の太陽を反射して輝く。運転しているのは、なんとブレザーを着込んだ高校生だ。

彼こそが継田響。胡桃が陽歌のことを任せた友人である。長い艶やかな黒髪に緑の瞳が進行方向を見据える。ハンドルを握る指は装甲に覆われた機械であった。

顔立ちは非常に可愛らしく、声も鈴を転がした様なものでスラックスを穿いていても近年の事情から違和感を覚える人間も少ないので誰もが女子に見るだろうが、彼は男子だ。

髪こそ黒いが高校生でバイクどころか車を乗り回し、更に耳には緑の勾玉で出来たイヤリングを付けている。素行がいいのか悪いのかわからない有り様だ。

『金沸市は近年、行方不明者や原因不明の奇病が増えておったり、怪物の目撃が増えているそうじゃ』

電話口から女性の声で情報が入る。古風な話し方に対して、スピーカー越しでも遠くに通る清らかな声であった。運転中なので、ハンズフリーで会話している。

彼はこの女性からこの町、金沸市の調査を頼まれており、そこに偶然胡桃からの依頼が舞い込んだというわけだ。

響は自分の知っていることとその情報を照らし合わせて整理する。

「怪物の目撃情報は町おこしの話題作り、ここの成り立ちから考えて奇病は鉱毒によるものと見るのが妥当ですね」

金沸市は炭鉱金鉱で栄えた町だが、今や見る影もない。話題性を求めるのは自然なことであり、繁栄当時の公害に関する無理解と閉山時期から今も枯れた山から鉱毒が流れている可能性は否定出来ない。

「行方不明者は……数年前に日本全国で起きた『人間が氷付けになって消える』事件、あれがここでも起きています。首謀者は犯罪組織ギャングラーの構成員、ザミーゴ・デルマ。それが怪盗に討伐されたことで、失踪者の一部が帰還した」

ここで数年前に起きた奇妙な事件があった。失踪者は消えている間のことを覚えていないので詳しいことはわからないが、怪盗側に潜入していた国際警察の一員によるとギャングラーの構成員にものを凍らせる力を持った者がおり、その人物が人々を凍らせて連れ去っていた。国際警察の情報では帰って来なかった者は異形の姿をしているギャングラー構成員が人間に紛れるための『化けの皮』に使用され、死亡したらしい。

その事件は大規模かつ広域で、この金沸でも起きている。そのせいで数字だけ追うとある年だけ異様に失踪者数が増えてしまっているのだ。

「ただ、戻って来なかった人間の数を考えると化けの皮に利用されただけではないらしい。金沸市では被害に遭った大半が子供だったが、戻ってきたのは一人だけ。化けの皮以外にも臓器の売買が行われたと見るのが妥当ですね」

『相変わらず惨いのう……知っておったら儂が呪ってやったのに』

「妙蓮寺さん、人は手が届く範囲しか助けられないんですよ」

通話先の女性、妙蓮寺が悔いるが響は彼女の悪い癖を嗜める。

「その為に僕らは大勢で助け合っているんです」

「そうじゃったな……」

「その気持ちは、あの子に分けてあげてください」

響の物言いから、その唯一の生存者が知る人物の中にいると彼女は察した。

「ん? もしやその生存者というのは……」

なぜ戻って来れたのか、ギャングラーの気紛れなのかそれとも、単に利用価値が無かったのか。『彼』の性質を考えると、『腕を失う前』の話ではあるが後者の可能性が高い。

「生存者の名前は、浅野陽歌」

『そうか……』

陽歌はギャングラー被害の生存者であった。彼の時は二年近く止まっていた時期がある。この大規模な行方不明事件に関して政府は、児童や学生に関しては消息を経った段階の学年からの再スタートを法制化した。また、この事件を理由に出席日数不足の退学や退職を自粛させたりしている。

『んん? では、彼は今何歳かね?』

「小学四年生、9歳です。年齢の加算も停止する措置が法律で定められてますので」

『なんかややこしいのう……たかだか百年未満の寿命の内、僅か数年に固執するとはの』

人間を遥かに越える寿命を持つ妖狐の妙蓮寺ゆいからすれば分からない感覚であろう。だが、二年の遅れは人間からすると大きな痛手だ。

「二年もしたら、一緒に中学とか行けなくなっちゃいますね。唯一の生存者だと知り合いもごっそりいなくなってそうですし」

『あー、それは大変じゃのう……』

二人が話していると、車はある小学校の前に辿り着く。ここは陽歌が通っていた学校である。家に行く前に、ちょうど近かったこの学校を調べることになった。

響は車を降りて、スマホを見る。

「資料によると、陽歌くんはクラスメイトからいじめを受けていたみたいです」

スマホには、切り裂かれて観るに耐えない罵詈雑言が落書きされた教科書の写真が映っている。本人は見たくも残したくもないだろうが、犯罪行為の証拠であるため保管されている。

「まぁ、いじめなんて言葉で誤魔化すものではありませんが……」

『感情的に騒動を大きくするんじゃないぞ』

静かに怒りを燃やす響に妙蓮寺が釘を刺す。彼が陽歌に入れ込むのには、義手という共通点以外に理由があったりする。彼女はそれをよく知っていた。通話は一旦ここで切れる。

「きゃああああ!」

 その時、少女の悲鳴が聞こえた。小学校とは違う方向からだ。響は何かあったのかと急いで声の方へ向かう。辿り着いたのはテナントの撤退したコンビニ前。そこで改造された修道服を着込んだ少女が腰を抜かしている。

 修道服はノースリーブでスカートも左右にスリットが入っている。これは魔を祓う者の寄り合い、退魔協会のホムンクルス退魔師であることを示している。

「退魔協会まで? やっぱここ、なんかあるのか?」

 少女を襲っていたのは、巨大なムカデの化け物であった。いや、ただ単純に巨大なムカデというだけで化け物ではないのかもしれないが、身体の半分を起こしただけで二メートルはありそうなムカデなど十分化け物だ。

いくら人造で使い捨ての兵士とはいえ、見殺しには出来ない。それに聞きたいこともある。響は少女を助けることにした。

「抜刀」

 彼は懐中電灯の様なものを取り出すと、スイッチを入れる。するとそこから光の刃が形成され、SFなどでよく見る武器になった。

「フォトンサーベル……。効くといいけど」

 響はかき消える様な素早い踏み込みでムカデの前に出ると、横一閃の薙ぎ払いでムカデを両断した。流石に胴体を切断されるとダメなのか、ムカデは一撃で息絶えた。

「斬れた……。ということは霊体ではないのか」

 フォトンサーベルの刃を収めると、響は少女に近寄る。

「退魔協会の退魔師だよね? ここには何の用で?」

「ちょ、調査だけど……白楼高校が目を付けてるの?」

 少女は響の制服を見るなり、白楼の者だと気づいた様子だった。だが、それ以上に脅えていてまともに話せそうな状態ではない。

「退魔協会もここに何かあるって思ってるの?」

「いつもと同じよ……行方不明者が多くて、奇病があって、化け物が出て……」

「化け物退治はいつもの仕事だよね? あんなただ大きいだけのムカデに苦戦するとは思えないけど……」

 化け物と一口に言っても、中には巨大ムカデが可愛く見えるほどおぞましい姿の存在もいる。それに、あれは本当に大きいだけのムカデで強くは無かった。一体どこにそこまで脅える要素があるというのか。

「あんなのじゃない! もっとヤバいのがいるの!」

 その時、猛獣の雄たけびの様なものが辺りに響く。遠吠えならイエイヌでもするので不思議ではないが、今時動物園でも聞かないような、これぞという雄たけびであった。それを聞いた瞬間、少女はふらつく足で転びながら逃げ出す。

「ひ、ひぃぃぃ!」

「落ち着いて。もっとヤバい化け物って、何を見たの?」

 響が詳しく聞こうとしても、全く話そうともしないで逃げていく。

「助けてくれたお礼に忠告するね……早く逃げた方がいいよ。絶対後悔する、金沸なんて来なきゃよかったってね!」

「待って。なら単独行動はもっと危険……」

 結局、少女は響の静止も聞かずに走り去っていった。魔を祓う為に作られたホムンクルスさえ脅える存在とは、何なのか。手がかりさえ掴めず懸念だけが残った。

 

校庭の付近に来た響は、妙な物を目にする。校庭の入り口には三角コーンとビニール紐で作られた粗末なフェンスがあり、そこにはコピー用紙に細いマジックで『立ち入り禁止』とだけ書いたものが貼ってある。

「なんですかね?」

彼が校庭をよく見ると、中央付近に小さなクレーターが出来ている。それ以外はブランコやジャングルジムがある普通の校庭だ。

「あれは……」

瞳から重低音を鳴らし、響は視界を『ズーム』した。すると、そのクレーター周辺に黒い痕跡が残っている事に気づく。ただ雨か何かで濡れた様には見えない。確実に、これは異変だ。

「うわっ……!」

その時、彼の頭に大きなボールがぶつかる。ボールは校庭の中へ飛んでいき、少し奥の方へ転がっていった。

「やったー命中!」

「ボール行っちゃったよ」

数人の男子児童が、ボールを追って走ってくる。どうも言葉からして、遊んでいて飛んできたのではなくわざとぶつけてきたらしい。

最近の子供にしてはやんちゃだな、と響は頭を掻く。硬質なボールだったが、ダメージは皆無だ。男子児童の一部がフェンスともいえないものを乗り越えて校庭に入っていくので、響は声をかける。

「おーい! そこ立ち入り禁止じゃないのかい?」

しかし彼らは聞く耳を持たない。フェンスの前に残っている男子児童に話を聞くため、響は屈んで目線を下げた。

「こんにちは。ボクは継田響。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

非常に丁寧な切り出しであったが、男子児童は彼の余った裾から覗く指を見て大声で叫ぶ。

「うわ! 機械じゃん! あいつと同じだ! キモい!」

もろに差別的な発言だったが、響は怒りよりも驚きが勝った。まさか今時、地球の日本国で義手に偏見のある子供がいるとは。

「よくないなぁ、そういうの。ボクは慣れてるけど他のお友達は嫌な思いするよ?」

響は養護施設で育っただけあり、年下の扱いは慣れたものであった。彼の出身地では義肢差別が日常であったが、だからこそ地球では可能な限り無くしたいという気持ちがある。めっ、という気持ちを込めて人差し指で額を押してやろうとするが、腕を掴まれて全力で抵抗する。ここまでくると単に子供特有の、自分とは違う者へのからかいではなく本気の嫌悪と考えられる。つまり、大人の指導に問題があるパターンだ。

「あいつってのは浅野陽歌くんのことだね? その子のことについて聞きたいんだけど、その前に……何でここは立ち入り禁止なのかな?」

質問をしたが、全く答えて貰えない。

「うっさいバーカ!」

それどころか、脛を蹴る始末。だが響はダメージを受けず、男子児童は逆に、猫とネズミがおいかけっこする海外アニメの猫みたいな悲鳴を上げてのたうち回る。

「人を傷つけるということは、自分が傷つくことだよ?」

脛は弁慶の泣き所といい、どうやっても鍛えられないので弁慶ほどの大男でも痛い場所なのだ。だが彼は平然としていた。これはやせ我慢でも何でもない。

継田響は全身に人工物を埋め込んだ『強化人間』である。瞳も義眼で、骨格は金属。そのため見た目より体重が重い。

「で、なんでここは立ち入り禁止なのさ?」

響は質問を続ける。だが、それと同時に破裂音が鳴った。彼が立ち上がって音のする方、つまり校庭を見た。なんと、地面が爆発して男子児童が倒れているではないか。近くには千切れた脚が転がっている。

「あれは……地雷?」

それを確認した瞬間、響はクレーターと立ち入り禁止の意味を理解した。どういうわけか、この校庭には地雷が埋められている。

「ァァァァあぁぁぁッ!」

まだ児童は生きており、地面を這いずるだけの力はあった。他の児童はパニックを起こして今にも逃げ惑いそうだ。

「動いちゃダメだ! 今助けに行くからそこで待ってて!」

この校庭にいくつ地雷が埋まっているか分からない。下手に動けば餌食だ。響は残った児童に声をかけ、動かない様に伝える。だが、当然平和な国で生きていた子供が地雷に対して冷静な対処など出来るはずがない。

(爆発の仕方からして火薬量は少なく、破片で殺傷するタイプ……。行きは強硬出来るけど、帰りはそうもいかないか……!)

彼は義眼のモードを切り替え、金属探知機を発動する。だが、全く他の反応はない。

「よし! これなら……!」

もうあの一発で打ち止めらしい。まずは負傷した児童を救出することにした。脚を欠損したが、断面が荒く結果的に止血されているので意識を失えない代わりに失血死の危険も少ない。

「今行くから!」

響が校庭に飛び込んで駆け出そうとすると、逃げ惑っていた1人の児童の足元で爆発が起きた。

「な……っ?」

やはり爆発は小規模で、脚を奪う威力はあったが絶命はさせてこない。しかし、校庭にはもう金属反応がないはずだった。

「バカな……、何が爆発した?」

突然のことに驚愕する響だったが、逃げ回る児童の足元で次々と爆発が起きる。これは既に異変ありと判断し、イヤリングに触れる。すると勾玉が青白く光り、妙蓮寺の声が頭に響いた。

『おお、こっちで連絡してきたということは、電波が通じない場所……則ち異界に入ったか?」

「いえ、校舎にすら入ってません。ですが、校庭で謎の爆発が次々と、金属反応が無いから地雷でもないはずなのに……」

地雷は無いが爆発は起きる。これはどういうことなのか。

「いや……機能オフ、普通に見る……!」

地雷とは金属、その固定観念を取り払って響は対応する。純粋に義眼の視力で校庭を観察すると、地中の浅い場所に何かが蠢いている。

「データベース照合開始……これは?」

 調べたところ、これまでに戦ったエネミーとは一致しないものの数種類の『オケラ』と戦地でよく用いられるタイプの『地雷』が候補に上がった。シルエットを解析すると、オケラが地雷を背負った様な生き物であった。また、爆発と同時に胞子の様なものが散らばっていることも判明する。

「僕はフィルターで大丈夫だけど……なるべく早く助けなきゃ」

『この異様……魍魎の類か? 随分と独創的な姿じゃな』

 響が運動場に残された子供達の救助に向かおうとした瞬間、誰かがこちらへ走ってくる音が聞こえた。

「はぁ、はぁ……」

「君は……!」

 走って運動場に来たのは、先ほど助けた退魔師の少女であった。僅か数分見ない間に傷だらけとなっており、出血する脇腹を抑えている。

「た、助け……」

「何があったんですか?」

 そのただならぬ様子に一回まずは彼女を何とかしようと響はそちらを見た。が、その途端、何か飛来した物が少女の頭に直撃し、彼女を打倒す。

「がっ……」

「何? 石?」

 響には飛んできた方向も物体も分かった。それは何の変哲も無い、そこらに落ちていそうな石であった。飛んできた方を見たが、そうしている間に投げた犯人と思われる存在は倒れた少女のところへ着地していた。

「こいつ……」

 大柄なそれは、片手に掴んだ物体で少女の頭を何度も打ち据える。

「や、やめっ……ぐ、ぎゃ……いや、助け……」

 一撃で気を失えなかった少女は腕で頭を守ろうとする。しかし敵の怪力には敵わず、腕をへし折られ頭に直撃を受けもがく声は弱くなっていく。

「ぐひっ……!」

 半ば、空気が漏れる音ともいえるそれが彼女の断末魔であった。先ほどまで動いていた身体は痙攣するのみで、頭から吹き出した血がアスファルトを汚す。

敵の姿を響が確認すると、大柄な男と思わしきそれはズタ袋を頭に被り、黒い厚手のコートを着込んでいる。そのコートの上からでも分かる程度には筋肉隆々で、人間ではとても敵わないと見えた。

「なんだ……こいつ……」

 手に持っていたのは、大柄な敵でさえ一抱えあるほどの岩石であった。それを片手で掴んでおり、腰のベルトには無数の石が詰まっていると思われる袋が下げてある。

敵は猛獣の様な雄たけびを上げる。どうやら響に狙いを付けた様だ。

「ゆいさん、式神で子供達の救助を! こいつは僕がやる!」

『任されよ!』

 響がポケットからいくつかのプラモデルを取り出す。ロボットのプラモデルにはお札の様なものが貼られており、浮遊しながら運動場で倒れる子供達の下へ向かった。響はフォトンサーベルを手に、謎の敵と対峙する。黒いコートの端には黒い糸で名前が刺繍されており、響の義眼はそれを捉えることが出来た。

「『executioner』……処刑人か。石打刑とはまたレトロな……」

 処刑人を名乗る怪物は、響に向かって石を投げてくる。メジャーリーガーもびっくりなその速度、義眼の動体視力でさえ、投げた瞬間に自分の目の前へ現れて見えるほどだ。スピードガンでの測定はおよそ時速200キロ。

「ごつごつの石でよくも正確に飛ばす……!」

 野球の公式ボールと異なり、一つ一つが異なる歪な形状をしている石をここまで速く、性格に飛ばすのは人間技と思えない。響は最小の動きで回避しながら、相手の出方を伺う。敵が未知というだけではなく、ゆいの式神が子供達を救助するのを待つ必要があった。

「とりあえず、刃が通るか試す!」

 敵は全身を布に覆われている。これがただの地球上に存在する繊維ならば、フォトンサーベルで切れるはずだ。問題は中身。とにかく攻撃してみないことには分からない。

 響は投げられる石をサーベルで弾きながら、処刑人に接近した。狙いは腰の袋。飛び道具を取り上げたい。脇腹の肉ごと抉り取るつもりで突きを放った。

「入ったか?」

 手に触覚を持たない彼には手ごたえが分からない。だが、確かにサーベルがコートを焼く匂いは感じられた。石の袋は落ちたが、サーベルの刃は処刑人の肉を削ぐまでに至らなかった。コートの下に広がる毛皮、それに阻まれて傷を与えられない。

「やはり人間ではないか……」

 処刑人は普通の人間ではない。一旦距離を取るため、響はバックステップで後ろへ下がる。フォトンサーベルによる攻撃は通用しない。処刑人は掴んだ石で響に殴りかかる。当然、投石よりも遅い攻撃など回避は容易。彼はこの攻撃を避けると同時に、カウンターで処刑人の顔面に拳を叩き込む。強化人間の腕力で撃ち込まれる、鋼鉄の拳で顎を揺らされ。処刑人は膝を付く。

 嫌な音がした辺り、顎は揺らされたどころか歯を砕かれて関節も外れただろう。いかに屈強とはいえ、ここを攻撃されればひとたまりもない。

 響は攻撃の手を緩めない。右足を振り上げ、処刑人の顎を蹴り抜いた。

「はっ!」

 その勢いのままバク転し、左足のつま先も顎に連続して当てる。着地すると同時に膝を屈め、反動を抑える力を貯めてからバネの様に解放し、響は処刑人へ飛び掛かった。

「これで!」

 金属の膝が顔面へ突き刺さる。処刑人は大きく後ろへ倒れると、響の身体もそれに追随して下へ落ちていく。自重で地面へ落ちる力さえ無駄にせず、彼は肘鉄を処刑人の顔へ叩き込んだ。

「っと……」

 地面に落ちると、響は転がって距離を取り、立ち上がる。どの格闘技にも属さない無形の喧嘩殺法だが、人智を超えた身体能力で金属の身体をぶつけること自体が凶器となる為、彼には技術が必要無い。

「響! 童らは助け出した!」

「了解!」

 ゆいの言葉で、響は突然地雷だらけの運動場へ飛び込んだ。二人は今の会話で、響が何を考えておりその為にゆいが何をすべきなのか、その全てを疎通していた。

「こっちだ!」

 響の誘導で処刑人も運動場へ向かう。だが、ちゃんと地雷が見えている彼と違い、処刑人は地雷を踏んで爆発に巻き込まれてしまう。

 身体が丈夫なのか足は飛ばなかったが、ダメージでふらついている。その千鳥足がさらに地雷を踏み、連鎖的に爆発が起きる。

謎の罠で敵を倒す。これが響の狙いだった。処刑人は倒れ、動かなくなる。当面の恐怖は去ることとなった。

「これは……?」

 化け物は倒れると同時に、写真を落とした。今時珍しいフィルム現像ながら非常に鮮明だ。それを響が拾うと、ある光景が写っていることに気づく。

「この写真……」

 周囲を取り囲む子供達。中には、この校庭で足を吹っ飛ばされた子もいた。誰かの目線から撮っているらしいが、これはどこの写真なのか。

「場所からして、あのジャングルジムからか?」

 背景を照らし合わせ、この写真がジャングルジムを背にして撮られたものであると響は推測する。

「ジャングルジム……確か陽歌くんの腕は……」

 彼は陽歌が腕を失った原因を思い出す。だが、まさか関係があるとも思えず響は写真を持って校庭を出た。

 

「もしもし、救急車お願いします」

 響は子供達の応急措置をしながら、スマホで救急車を手配した。出血が酷くないので傷口を適当な布で塞ぐだけだが、意識を失えないのは不幸であった。

「場所は第三小学校で……もしもし? もしもし!」

 手際よく連絡をしていた響だが、場所を言っただけで電話を切られてしまい動揺する。

「……いや、とりあえず警察を呼んで死体をどうにかしよう」

 処刑人に殺された退魔師の死体をどうにかするため、響は一旦警察を呼ぶことにした。

「もしもし、警察ですか? 今第三小学校で……」

 しかし、警察も場所を伝えた途端電話を切ってしまう。一体どうなっているのか。この街は児相どころか消防や警察も動かないというのか。

「いや、何かの間違いだ……。固定電話なら……」

 響は携帯での悪戯が多くてこんな対応なのかと仮説を立て、固定電話での通報を試みる。本来、こんな常識外れの事態に固定電話も携帯電話もあったものではないが、とにかく負傷した子供を助けるために救急車だけでも呼ばないといけない。

「職員室ならあるはず」

 そこで響は職員室へ向かった。ああいう事務的な空間には、まだ固定電話が残っているものだ。人がいるなら、ついでに通報を頼めば多少マシになるかもしれない。

「ここか」

 職員室は来客用の玄関があり、直接乗り込めた。招かれざる客である響は靴を脱ぐとスリッパも履かず、職員室へ踏み込んだ。ことは急を要する。礼無礼を語る状態にない。

「すみません! けが人がいるんです! 救急車を呼んでもらえませんか?」

 動揺こそすれ微塵も焦ってはいない響だったが、切迫した様に叫ぶ。中には休日当番の教師が一人いるだけであるが、本来職員室からすべきでない匂いが立ち込めていた。

(タバコ? それにアルコール臭……)

 一人の男性教諭が、机に脚を乗せて大量の長い空き缶を散らばし、タバコをふかしていた。タバコはカートンが置かれており、缶は安く酔えるストロング系チューハイのものだ。週末とはいえ仕事中。子供の手本たる教師、というより一般的な社会人としてあるまじき状態である。

「ああん? なんだお前は!」

 響の養子が女子高生だからか、教師は威圧的な態度を取る。その顔に、彼は見覚えがあった。

(こいつ、陽歌くんの担任か?)

 四年に渡り、陽歌の担任をしていた教師であることに響は気づいた。これだけ堕落し切ってもすぐわかるということは、こんな有様でも見違えない程度に初めから落ちぶれていたということだろう。

「すみません、スマホの状態がよくないみたいで……酷い怪我人がたくさん出たのですぐに救急車を手配してもらえますか? どうやら付近で事故があったみたいで」

 この男は相手が弱いと見えればすぐつけあがるタイプだ、と考えて響は毅然と対処した。校庭の地雷で足が吹き飛んだ、などとても信じられないことは言わず、信じられる程度の怪我に改変しつつ状況を伝える。

「事故だぁ? 俺は知らねぇよ! 出ていけ!」

 しかしこの教師は全く応じる気配が無い。自分の学校のことではないから知ったこっちゃないということなのか。吐く嘘を間違えた、と響は思ったが、そもそも助けを求めているのに面と向かって拒否ること自体おかしいのだ。

「この学校、どんな理由か知らないですけど校庭を封鎖してましたよね? そこで事故があったんです」

 休日にここにいるということは、この男に監督責任があると踏んで学校内の事故という事実を付け足す。それも事故があって封鎖していた場所で、と。流石に、というよりこの手のタイプは保身となれば必死だろうからこれで動かせると響は踏んだ。

「変な爆発か? そんなもんは知らん! 俺に言うな!」

 教師は机に散らばった空き缶を腕で薙ぎ払い、床に叩き落とすとキャンキャン吼える。弱い犬はよく吠えるとはよく言ったものだ。大げさな動きと音で自分を実際よりも大きく見せようと必死である。

 仕方ない、固定電話だけ使うか。響が諦めて動こうとした時、職員室に夫婦が入ってきた。かなり必死な様子だ。

「先生! うちの子をいいかげん助けてください!」

「救急車か医者を呼んでください!」

 その訴えに、教師は空き缶を投げて苛立ちながら叫んだ。

「いい加減にしろ! どいつもこいつも面倒を俺に押し付けやがって! 知らんったら知らん!」

「そんな! あなた担任じゃないんですか!」

「うるさい! 俺がこんな偏差値の低い学校の教師で収まる器だと思っているのか! それなのに嫉妬で追い出しやがって低学歴共が! 挙句こんな場所で面倒なガキのお守りだ! 飲まずにやってられるか!」

 言葉からしてかなり傲慢な人物なので、ここに左遷されたのも頷ける。ともあれ、他に人がいたのは幸いだ。

「もしかして、校庭で遊んでいた子のご両親ですか?」

 響はとりあえず、その夫婦に話を聞いた。

「違います!」

「娘は一週間前に学校で体調を崩してから、様子がおかしいんです!」

 彼らの話によれば、あの子供達とは別にマズイ状況の子供がいるらしい。あの中に女の子はいなかった。

「一週間前? それならとっくに病院に……」

 だが、そんな状況が一週間も前となれば当然病院送りのはずだ。なぜ今学校にこの二人は来ているのか。白血病で、この教師の骨髄がちょうど移植できるとかそういう話なのだろうか。

「病院に行けないから行っているんです!」

「救急車も来てくれない! どうすればいいんだ!」

 が、なんと病院に行けていないというのだ。救急車が来ないなら自分で運ぶしかないが、一週間もそれをしていないのも不自然だ。響もこのまま救急車が来ないなら自分の車で運ぼうと考えていたが、全員を乗せる余裕も無ければ学生服で運転しているのが見つかると後で面倒なことになるなと思っていた。

 一応彼の実年齢は三十代で、免許も国籍も正式に持っており、車の所有権は響の物で車検もクリア、彼名義で自賠責はもちろん任意保険にも入っているので法的に何も問題はないのだが、その説明がクソ面倒臭い。

「娘さんは今どこに?」

「この学校の保健室です!」

「保健室か、使えそうなものがあるな……」

 保健室と聞き、響は何か治療に役立つものがあると思っていくことにした。もちろん、教師も連れてである。

「では早速行きましょう。救急車が来ないならもう自分で行くしかありませんね。あなた方は二人共運転出来ますか? これから車だけパクって三人で三台出せば全員運べるはずです」

 夫婦が二人共免許さえ持っていれば、学校に来ただろう彼らの車、この教師の車、そして響のシボレーで傷病者を全員搬送できるはずだ。そうでなければその辺の車を無理矢理止めて、事情を話して使わせてもらうまで。

「それで何とかなったらもうやってます!」

「私達で何ともならないから頼んでいるんです!」

 しかし夫婦の反応は芳しくない。確かに、自分達で運べるのならもう一週間も前となればやってそうだ。もしや、解放骨折や頭部の負傷など下手に動かせない状況なのだろうか。

「ま、何はともあれまずは保健室です。ここに行かないとどうにもならないので」

 響は嫌がる教師の首根っこを掴んで引きずっていく。こいつには一応、責任を取らせないといけない上、道中に聞きたいこともある。

「ところであなた、浅野陽歌くんを四年間担任していたそうですね」

「あのガキがどうした!」

 言質を取る為に響はレコーダーを起動していた。裁判での証拠に使えるように、古い方のICレコーダーを用いる。義眼のスクショや録音もあるのだが、人型労働ロボット、ヒューマギアの録画機能などを証拠として裁判官が認めたがらない傾向にあるのでそれ対策である。逆にそういう最新テクノロジーで採取された証拠はやれ偽造だ盗撮盗聴だといちゃもんを付けられ易い。

「クラス内でのいじめには気づいていましたか?」

「ああん? お前に何の関係があるんだよ!」

「いえ、実は彼を保護した人からの依頼で、虐待の証拠集めを、と」

 敢えて目的を隠さず、正直に話す。この手の屑は保身に走ってボロを出すはずだ。一種の牽制である。

「何か文句あんのか! クラスに一人はそういう奴がいるもんだろうが!」

「つまり、いじめを把握しながら黙認していたと?」

 しかしまさかの開き直りである。相手が高校生で探偵ごっこをしている、程度にしか思っていないからだろう。

「お前らガキには分からんだろうけどな、大人の世界ってのはそういうもんなんだよ! ただでさえピアノが出来る奴、足が速い奴をバランスよく入れなきゃいけないってのにあのガキは! どこに入れても問題になりやがる! ジジイ共が俺に押し付けたんだよあの面倒なガキを!」

「でもさすがに両親から苦情出るでしょ」

 響は更なる証拠を吐き出させるために、思ってもいないことをいう。ここで苦情を言う両親なら、陽歌は今の状態になっていない。

「なんも言わん親だから面倒が無くて助かったぜ! それどころか毎日の様に新しい痣付けて来やがって……教育委員会からいつ虐待を調べろって面倒言われるかヒヤヒヤだったぞ!」

「ふーん……」

 話ながら進んでいると、異臭が辺りに漂ってくる。腐乱臭なら死体遺棄なり硫化水素なり事件性も考えられたが、どうも違う。

「ま、待て! そっちは行きたくない! 行きたくない!」

 じたばたと教師が暴れ始める。しかし保健室はこの方向だ。異臭は糞便の匂いと酸っぱい匂いが混ざっている。一体どんな惨事がこの先で起きているのか。

(どの匂いも新しいな……こうなると逆に鉄の匂い……血の匂いがしないのが気になるが……)

 とりあえず気分のいいものではないことが予想される。教師にはこれを見せて、しばらく禁酒を促すのがいいと響は考えて先に進む。

「やめろー! やめろー!」

「多少は灸を据えた方が良さそうですね。さて、この匂いより先に保健室ですが……」

 響は進む度に違和感を覚えた。明らかに、この悪臭は保健室からしている。堆肥でも作っている様なこの匂いが、保健室からするものなのだろうか。

「そこは開けるな! 絶対開けるな!」

 涙を流しながら首を横に振り、手足をじたばたさせる教師を掴んだまま響は扉を開けようとする。

「カリギュラ効果って、知ってるぅ?」

 しかし、扉は堅く閉ざされており、全く動かない。

「あれ?」

 よく扉を見ると、茶色やら黄色やらの液体が隙間から染み出しているではないか。これが悪臭の元だ。扉は内側から何かに圧迫されており、ちょうど浸水で扉が開かなくなるような感じで封じられていた。

「しょうがないな……」

 響は雑に扉を蹴り破る。が、その瞬間、中に溜まっていたものが廊下にあふれ出してきた。

「あぶな!」

「うぼぁ!」

 瞬時に避けた響だったが、教師は置いてけぼり。中から溢れたのは大量の下痢便や吐瀉物である。

「は?」

 おぞましい、などと考えるより先に彼の頭にはハテナマークが浮かぶ。一体何がどうなったら小学校の保健室がバキュームカーのタンクより酷い有様になってしまうのか。

「ウジまで湧いてる……」

 加えて、それらには手の平ほどもあるウジ虫が湧いていた。排泄物に分解者である蠅の幼虫が集ることは珍しくないが、そのサイズはおかしい。それに、成虫が一匹も見当たらないのも不自然だ。

「おががぎゃぁああん……」

 中からうめき声と共に、何かが這い出てくる。海外のドキュメンタリーにで出来そうな、百キロ越えの肥満体を思わせる肉の塊。髪は女の子らしくひっつめており、子供服の残骸が首元に残っている。

「う、うぼぉ……!」

 その太った何かは、口から滝の様に吐瀉物を溢れさせた。その中には、既に小さいながらウジが沸いている。

「ぉぉぉぉぉ……」

 加えて、絶えず下痢もしているらしい。これが、あの夫婦の娘なのか。

「だから言ったんだ!」

「これが噂の奇病……?」

 汚物まみれになって泣き叫ぶ教師をよそに、響は奇病の噂もあったことを思い出していた。

「怪物騒ぎに奇病……まるでラクーンの前兆みたいじゃないか」

 世界一有名な生物災害の起きた都市、ラクーンシティでは災害の数か月前から人喰い病や化け物の目撃情報があったと言われており、その調査に向かった特殊部隊が壊滅している。響はその事件があった時にこの世界に来ていなかったので詳しくは知らないが、近年でもトールオークスやテラグリジアで生物災害が発生していることもあり、警戒はしなければならない。

「ら、ラクーン? バイオハザード? ひ、ひぃ!」

 教師も一応勉強だけは出来るのか、ラクーンシティの事件を知っていた。もしこれが呪術関係の事件ではなく、この奇病が新種のウィルスによるもの、怪物が偶発的に生み出されたイレギュラーミュータントなら、取るべき対策も変わってくる。

「参ったな……呪術事件だと思ったらバイオハザード? いや、でも確かにこの土地の呪いの力は高まっている……まさか同時発生するのか?」

 響は今後の対応を考えあぐねて呟く。バイオハザードなら早めにBSAAなど専門家を呼ぶべきだが、呪術事件だった場合、魑魅魍魎への対策をしていない彼らがぶつかると被害が拡大する。

「サンプルを集めよう。他に似た様な症状の子は……」

 響は教師に尋ねたが、彼は混乱して逃げ出してしまった。

「ひぃいぃ! 移った! 感染したぁああ!」

 一体この街で何が起きているのか、響の探索は始まったばかりだ。

 




 魍魎図鑑
 魍魎は異界を生み出した人間のイメージから生まれる。一度生み出された魍魎は、他の異界にも出現することがあるらしい。この異界の創造主は浅野陽歌。つまり、彼のイメージが大きく影響している。

 オオムカデ
 ただ大きいだけのムカデ。鉱山の守り神であるムカデが力を付けた、異界の番人である。ただしデカイだけのムカデとはいえ、昆虫が人間サイズになった時の脅威は言わずもがな。

 オケラマイン
 踏むと爆発するオケラ。破片で負傷させるタイプの爆弾であるなど地味にリアリティがある。金属ではないので探知が困難。なぜ外国の罪もない子が地雷に脅え、自分を痛めつける連中がのうのうと走り回っているのか、という無意識の憎悪が生み出した。

 処刑人
 処刑人であることだけが確かな存在。強力な力を持つことから、陽歌にとって重要な意味がある存在なのだろう。石打刑がモチーフとかなり渋いチョイス。そのズタ袋の下にどんな素顔を隠しているのか。

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