騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 ガンプラネクサスオンライン

 ガンプラをスキャンしてバトルするオンラインゲーム。ダイブという他に無い特徴からガンプラを使わない層がコミニュケーションツールとして利用している。ダイバーギアを購入することでアカウントを作ることが可能で、所謂パッケージソフトなのだがゲーム内課金もある。
 ゲームセンターやガンダムベースなどでプレイが可能だが、筐体を購入すれば自宅でも遊べる。
 ガンダムビルドダイバーズシリーズというGBNをテーマにしたメディアミックスの作品群がある。


☆EP1 新世界へダイブせよ!

ホビーの街、静岡。その中心である静岡駅前にはガンプラ専門店、ガンダムベース静岡があり、象徴として実物大のΞガンダムが立っている。駅からバスに数分乗ると、大きな病院が存在する。

「やっぱこういう病院だと人が多いなぁ」

地元の開業医でも場所によっては大概だが、大病院となると満遍なく患者が押し寄せる。人々の波を見ながら、金髪をサイドテールに揺った女性が院内へ歩を進める。

白の薄いブラウスを纏っており、そのせいか豊満なボディラインが浮き出ている。緑の瞳も妖艶に輝いており、道行く人の目を奪う。

「でもなんか無性にワクワクするよね、こういう行き慣れてないところ!」

だが、口を開けば中身の幼さというか残念さが露になる。そんな彼女の袖を摘まんで引っ付いている小柄な人物がいた。病人なのか、パジャマの上からパーカーを着込み、フードを目深に被っていた。

「……お世話かけます、ミリアさん」

その人物はか細い声を出す。ミリアと呼ばれた美女はミステリアスな外見とは裏腹に、おおらかに笑ってみせた。

「いやー、子供が一人で通院なんてしないでしょ。大人が付いていてあげるのは当たり前だよ。私いつも暇だし」

二人は目的の場所に向かって歩いていく。ミリアの袖を掴んでいる指は肉体のそれではなく、球体関節人形の様な黒い義手であった。

向かったのは意外にも小児科ではなくリハビリテーション科のスペース。受付のスタッフはミリアを見るなり、事情を察して待ち時間無しで診察室に通す。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

複数の診察室があり、それぞれ担当医の名前が書かれたプレートを付けられているのだが、二人が連れていかれた場所はそのプレートがない。中へ入ると、パソコンが置かれた机に椅子、ベッドと一般的な診察室であったが似つかわしくない存在が一つだけあった。

「よくおいで下さった。頑張ったね」

それは、医師であった。十代前半くらいであろう少年が白衣を着て椅子に座っている。首にかけた名札には『院長 松永順』と書かれている。

「え? 子供?」

ミリアは当然の如く驚く。少年、松永順もこの反応には慣れているらしく、特に不快そうな表情も見せない。

「おや、ぼくが診察する事は言ってなかったかな?」

「いや、子供に見える大人? コナン?」

完全に事情を知らない様子のミリアだったが、説明が面倒なのか早く本題に入りたいのか順はカルテを取り出す。

カルテには『浅野陽歌』という名前と彼の年齢、男であるという情報等々が記されている。

「今時は動画チャットでの診察も可能だというのに、敢えて来院してくれたことに感謝するよ。そしてその努力に敬意を表しよう」

「いえ、僕は……」

順はミリアの後ろにいる陽歌なる少年へ語りかける。彼は首を横に振って否定するが、あることに気づいてフードを脱ぐ。

「失礼しました……、こういうのはお部屋では脱がないと……」

「君が楽な方で構わないよ」

順が年齢はともかく、患者に寄り添う姿勢を示す優れた医者であることは疑い様もない事実であった。

フードを脱ぐと、陽歌の素顔が明らかになる。サラサラしたキャラメル色の髪をボブカットにし、困った様に視線を泳がせるその表情はまるで少女のものであった。何かを言いたげに動く、淡く色づいた唇は薄く儚げで、大きく見開いた瞳は不安に揺れる。その宝石の様な瞳は右が桜色、左が空色のヘテロクロミアであった。

すぐにかき消える空想の様な、弱々しく抱き締めて守りたくなる様な愛らしい印象を与える陽歌。だがその悲しげな表情と右目の泣き黒子からは歳不相応な色香さえ感じる。

ミリアと並んでも、美人姉妹として違和感無く馴染む。

そんな麗しい少年を前に、順は動じることなく話をする。彼もかなりの美形だ。

「まぁ座って」

ミリアの後ろに引っ付くことを想定していたかの様に、椅子が二つ配置されていた。二人はそこに座る。

「この前の検査の結果、遺伝子の特異性から心配していた諸々は無かったから安心して。とはいえ今主流の再生治療が受けられないのが一番の痛手か……。臓器は人工臓器のオプティマとか再生治療と遜色ないものがあるけど、義肢ばかりはな……」

陽歌の両腕は上腕の上半分から下が全て義手である。精密なので人体と変わらず動かすことが出来るが、見た目の問題や触覚が無いことなど問題も多い。

「成長期の栄養失調は身体面、知能面での発達に影響するからこの段階で保護出来たのはよかったよ。とりあえず、リハビリについて計画を立ててある」

順は陽歌の抱えた問題を解決するため、プログラムを設定してあった。陽歌は訳あって、偶然ミリア達の組織に保護されてそのまま治療を受けていた。

両親から虐待を受け、突出した外見と虐待が原因のみすぼらしさや著しい能力の低さのせいで周囲から迫害され続けた彼は、極度の対人恐怖症に陥ってしまった。両腕を失ったのも、そうした周りからの暴力が理由であった。

「君達はガンプラバトルネクサスオンラインを知っているかね?」

「あー、あれね」

 順はミリア達にGBNと呼ばれるオンラインゲームの話をする。ガンプラを用いたゲームではあるが、五感全てで没入できるVRゲームでもあるため、ガンプラバトルをしない層がコミュニティとして活用することも少なくない。

「その技術を医療に活かそうと、運営企業と共同でうちの病院が専用のディメンションを持っているんだ。まずはそこで、コミュニケーションを取る練習をしたり、大掛かりなセラピーを行ったりしようと思ってね」

 対人恐怖症を克服、そうでなくとも一般生活が可能な程度に緩和する為にはリハビリが必要だ。そこでまずは仮装空間で練習しようというわけである。GBNなら利用者、ダイバーの姿は自由にできるため、根本の原因となった髪色や瞳、義手などを取り除いた状態でスタート出来る。コンプレックスを超えて直接的な危険の原因だったものを排除して、自信を取り戻す作戦だ。

「準備はしてあるよ。では、早速始めようか」

 順はミリアと陽歌をある部屋へ案内する。奥の部屋には机とある機械が二つ並べられている。機械はパソコンに繋がっており、二つのスティックコントローラーとバイザーのセットであった。

「久しぶり。元気にしてた?」

「……はい」

 そこに白いナース服を着た黒髪の女性がいた。ナース服、とはいえよく連想されるミニのタイトスカートにキャップではなく、白いパンツスタイルである。現代はまぁこんなものだ。

陽歌は少しだけミリアの後ろから出てくる。彼女は山城詩乃。この病院のケアスタッフである。陽歌の担当になっているが、まだあまり心を開いてもらえない。

「これがGBNに入る機械なのね」

 ミリアはGBNを知ってはいたが、家庭用の筐体は初めて見る。基本はゲームセンターやガンダムベースにある座席を借りてプレイするものだが、一般的な家庭用ゲーム機くらいのお金を出せば家でプレイする為の機器が買える。ほぼGBN専用機なので高い買い物だが、これがもたらすゲーム体験に比べれば安い買い物だ。

「ガンプラは無くてもプレイできるけど、持ってるなら使うといいよ」

 片方の機械の前に詩乃が座り、ディスプレイの上にピンクのロボットを乗せる。これが彼女のガンプラだ。そしてバイザーを付けて、起動準備をした。陽歌も順に説明を受けながら起動していく。

「アースリィガンダムかー、いいわね」

 陽歌がセットしたのは青基調のガンダム、アースリィガンダム。最新作の主役機である。

「大変だったんじゃない? よく出来てるね」

 順はプラモの出来栄えを見る。説明書通りに作ってあるだけだが、義手というハンデを抱えながら丁寧に作ってある。義手は精巧に生身を再現している様に見えるが、触覚が存在しない。そのため、生活する分には困らないが手先を使う作業は苦労する。

「よし、それじゃあ初ダイブ行ってみよう!」

 そんなこんなでGBNへのダイブが始まった。

 

   @

 

 諸々の手続きを終え、陽歌はGBNへ降り立った。服装は初期に配布されるシンプルな長ズボンにTシャツ。ダイバーとして外見は大きく変えていないが、髪色と瞳色を両方黒にした。

 最初に出て来たのは、森の中であった。あちこちにログハウスがあり、山の中に出来たキャンプ場といった趣であった。ガンダム、及びガンプラのゲームとしては馴染まないイメージだ。

「おーい、ここここ」

 既に沢山の人がいるこの広場で、彼を呼ぶ人物がいた。もちろん、一緒にダイブした詩乃だ。

「おー、そうしたんだ」

 既にアカウントもダイバールックも定まっている詩乃はこの広場で陽歌を待っていた。ピンクの髪にメカニックの様なツナギ姿であるが、顔が大きく変わっていないのと胸に病院で使っているものと同じ名札が付いているので判別できる。

「はい……変かな……?」

「似合ってるよ。私は現実のも好きだけどね」

 陽歌は照れ臭そうに頭を搔く。詩乃は現実の彼を否定しない様に注意深く返す。ゲームキャラにしては地味な纏まりをしているこのダイバールックは、現実の自分が嫌いで、所謂『普通の人』になりたいという願望の現れであった。

「あ……」

 頭を搔く、という何気ない動作をして陽歌は固まる。その手は現実のそれと異なり、生身のもので触覚も存在する。それが、随分久しぶりの感覚であったのか、彼は自分を手を見つめて目を丸くする。

「……」

 そして、唐突に大粒の涙を流す。髪や目の色より、腕の有無が彼にとって大きなものなのだ。

 周囲にいる人々は遠巻きにそれを見て、自分が初めてGBNにログインした時のことを思い出していた。この医療用ディメンジョン『アスクレピオス』は病気で寝たきりなど、現実では行動に制限が掛かる人へGBNのシステムを用いて自由に動ける空間を提供することが目的である。所謂クオリティオブライフを上げることで、活気を与え健康への好影響を狙った計画である。

 ここにいる人達は皆、多くは現実で制限を受ける人ばかり。日本全国から患者達がログインしている。

 

「もちろんガンプラバトルも出来るよ。まぁ、ゲームの都合別のディメンジョンへ行かないといけないけど……」

 詩乃はガンプラバトルの説明をする。ディメンジョンというのはオンラインゲームでいうサーバーの様なもので、このアスクレピオスは一つ丸々が医療用コミュニティとして提供されている。

「まずはミッションを受けよう。ここでやってくれるよ」

 一応、ミッション自体の手続きはここで出来る。ログハウスの一つにミッションカウンターがあり、中に入るとNPD、ノンプレイヤーダイバーが受付で待っている。その前に展開されているウインドウを操作してミッションを受ける様だ。

「まずはチュートリアルだね。私も手伝うから安心して」

 最初に受けるべきミッションは用意されており、初心者でも安心して機体の操作に慣れることが出来る。『ガンプラ大地に立つ!』というミッションを陽歌が受領し、詩乃の指示通り彼女をパーティーに加える。

「では、あちらのトランスポーターから格納庫に移動してください」

 受付のNPDに言われた通り、ログハウスの奥にあるエレベーターらしきものに乗って格納庫を目指す。木造の建物にいきなり現代的なエレベーターがあるので違和感がつよつよだが、乗ってみるとボタンもなく扉が閉まって数秒で格納庫に辿り着く。現実のエレベーターにある上下する際のふわっと感も無い。

「ここが格納庫……」

 格納庫にはスキャンしたガンプラが実物大のスケールで配備されており、見上げる様な大きさとなっている。それを真下から見るものだから迫力が段違いである。

「うーん、何度見てもここは壮観ね」

「これが、僕のアースリィ……」

 陽歌は自分の作り上げたガンプラを見上げる。さすがにサイズアップされると些細な切り残しなどの荒が目立つが、それ以上の感動がある。とはいえ、自分の腕が戻るという最大の感動を味わってしまったのでこれ以上はしばらく感じないだろう。

「よーし、早速ミッションへ行こう!」

「はい!」

 二人は機体の足元にある丸い光の輪に乗る。すると、周囲が緑色の壁で囲まれた空間へ飛ばされる。空間にはレバーが二本あり、モニターから外の風景が見える。陽歌のモニターにはアースリィの目から格納庫を眺めた様な風景が映されていた。

「こっちだよ。付いてきてね」

「はい」

 モニターが一つ増え、そこに詩乃の顔が映し出される。彼女の後を追う様に陽歌は機体を動かす。初心者向けに、移動の仕方がモニターに表示されるのでそれを頼りに彼女の流星号へついていく。歩いた先にはカタパルトがあり、それに足を乗せると詩乃は発進コールをして射出される。

「山城詩乃、流星号! 行くぜオラーッ!」

 急にテンションをぶち上げて発射される詩乃に動揺しつつ、陽歌もアースリィの足をカタパルトに乗せる。

「あ、浅野陽歌! アースリィガンダム! 行きます!」

 カタパルトで発射され、陽歌とアースリィは飛ばされる。さっきまで地上にいたのに、山の中から出撃しているではないか。

「おー……」

 モニターから見える景色に陽歌が見とれていると、アースリィの高度が落ちていく。モニターには高度の調節方法が映っている。

「おっと、うわ!」

 高度の維持に手間取る。一気に上げると飛び過ぎて、放置すると沈んでしまう。これがなかなか難しい。画面に表示される方向へ進むと、空間に窓らしきものが浮かんでいる。英語で書かれているが、違うディメンション、サーバーへ移動するものらしいことが彼にも分かった。実は英語が出来るという知られざる特技が陽歌にはある。

「おお……」

 窓に詩乃の流星号と共に飛び込んだ陽歌は、広がるサイバーなトンネルに息を飲んだ。トンネルを抜けると、景色が一気に変わる。空にも町が広がり、地面に窓が付いた様な場所。ここは宇宙に浮かぶスペースコロニー、サイド7だ。

 

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 ガンプラ大地に立つ!

 エリア:スペースコロニー サイド7

 目標:課題をクリアしろ!

 君達の実力を改めて試験する為、訓練プログラムの内容を確認する為に、モビルスーツの基本操作の訓練を受けてもらいたい。簡単な内容であるが、基礎は重要であるからこれを機に再度操縦方法を確認するといいだろう。

 

   @

 

『mission start!』

 コロニーの地面へ降りると、ミッション開始を知らせるアラームが鳴る。ミッションの目標が表示され、それに従っていくとミッションを達成できるという仕組みだ。トレーラーの上に、矢印が浮かんでいる。まずは移動の練習だ。

「よし……」

 それに従い、陽歌はアースリィを歩かせる。トレーラーに乗ると、次のトレーラーの位置が表示され、それを繰り返す。歩くだけでは辿り着かない、ジャンプも駆使するコースが続く。歩行訓練が一通り終わると、今度は空中に大きな風船が浮かぶ。次は飛行の訓練だ。

「よっと……」

 アースリィを飛ばし、風船に触れる。ガンプラが触れると風船は破裂し、モニターにあるカウントが減っていく。全ての風船を割ると、次は地上に初代ガンダムの残骸と思わしきガラクタが現れる。

「今度は攻撃か……」

 いよいよ攻撃訓練である。射撃はモニターの枠にターゲットを収めると自動でロックしてくれ、ダイバーは引き金を引くだけでいい。所謂火器管制というやつだ。

「よし」

 棒立ちのまま、とりあえずビームライフルを放つ陽歌。これは初代ガンダム序盤の、積み込めないガンダムの部品をスーパーナパームで焼却する場面のオマージュなのだが詳しくない彼は気づかない。

「ビームサーベルも!」

 ついでと言わんばかりにビームサーベルでの試し斬りもやっていく。ピンク色のサーベルはパーツを的確に切り裂いていった。

「マニュアルモード……、こういうのもあるんだ……」

 レバーのボタン操作で、標準を火器管制による自動ではなく、手動で狙いが付けられる様にもなる。アースリィはビームライフルの他に頭部バルカンも持っており、どちらもマニュアル制御が有効だ。

「こう……かな?」

 マニュアルで狙いを付け、的を落とす陽歌。今は棒立ちなので問題ないが、動きながらだと忙しいだろう。とはいえ、撃ってはいけないものがある時なんかは役立ちそうだ。

『ターゲットクリア』

 課された課題を一通り熟し、訓練は終了する。陽歌が一息付いていると、サイレンの様なものがコクピット内に響き渡る。

「な、何?」

「ここからが本番だね」

 詩乃の流星号は腰につけていたパルチザンを抜いて構える。コロニーの彼方から、三機のモビルスーツが飛んできた。ザク……ではなくリーオーNPD。このGBNの各所で見かけるCPU機体だ。今回は敵としての参戦である。武器はマシンガンのみとシンプル。

『緊急司令! 敵機体を撃破しろ!』

「よーし……」

 陽歌は敵に向けてライフルを構える。ただし、訓練の的とは違って動くため、カメラに収め続けないといけない。

「そこ!」

 ロックが赤くなったのを確認し、陽歌は引き金を引く。ビームは直撃したが、リーオーは一撃で倒れない。

「な……!」

 アニメの印象ではビーム攻撃を受けること即ち死であるため、陽歌は動揺する。敵のリーオーがマシンガンを放ってくる。

「気を付けて! ビームでも一撃で撃墜出来ない時があるよ!」

 流星号が間に入って陽歌のアースリィを庇った。流石に鉄血の機体だけあり、実弾への耐性は高い。ゲームとして、ビームは当たったら即死、だとバランスが大味すぎるからだろう。ガンプラの出来栄えによってはビームライフルでも一撃で落とせないこともあり、ビームを受けても耐えることもある。

「もう一発食らわせてやって!」

「はい!」

 詩乃が動くと同時に、陽歌はライフルを撃つ。今度こそやったか、と思ったがやはり倒れない。

「違う敵だ!」

 頭部の差から、さきほどビームを当てた敵とは違う敵に攻撃したことに気づく。

「もう一回!」

 気を取り直してもう一発。これで今度こそ一機撃墜である。

「こいつを!」

 詩乃はバルチザンでリーオーを一機吹き飛ばし、陽歌の目の前に転がす。それを彼は至近のビームライフルで撃ち落とした。

「うわ!」

 しかし、爆風で目の前が見えなくなる。敵機を落とす時は誘爆や爆風に気を配る必要があるみたいだ。

「これで最後!」

 残る一体のリーオーには連続でビームライフルを当てて撃墜する。これでミッション完了だ。

『mission clear!』

 クリアを知らせるファンファーレが鳴り、近くに帰還用の窓が現れた。ひとまずチュートリアルはお終いである。

「ふぅ……」

「お疲れさま。楽しいけど慣れないと疲れるよね、いろいろリアルだし」

 流石に陽歌は疲労が溜まっていた。慣れない病院に行った上、GBNという初体験をすれば当然でもある。なので今日は早々に引き上げようと詩乃が流星号を歩かせた瞬間、一体のリーオーが突然起き上がる。そして、アースリィ目掛けて攻撃を仕掛けた。

「な、何?」

 バイザーのカラーは通常見られない紫に変わっており、完全に撃墜された状態にも関わらず動き出している。さらに、マニュピレーターから本来搭載されていないはずのビームソードを出しており、明らかに異常と分かる。ソードの色は紫、これも通常では見かけないビーム色だ。

「この!」

 奇襲にも関わらず、詩乃は尖ったパルチザンの柄で的確にコクピットを貫き、リーオーを沈黙させる。

「な、何が……?」

「経験者来てるから、レアイベントでも起きたんじゃない?」

 混乱する陽歌を安心させる為、詩乃はこれがイベントなどではないことに気づきつつ軽く流した。が、間を置かずミッション中の物とは異なる警報音が二人のコクピットで鳴った。

「うわぁ!」

 火災報知器とかそのレベルの音量に、陽歌は驚いて耳を塞ぎ、コクピットで蹲る。詩乃はこれがGBNにおける救難信号であることを知っており、レーダーで辺りを探索する。

「救難信号……? イベント的なものじゃない、ガチのだ……」

 ゲームであるGBNで救難信号を必要とする場面はない。ミッション中や探索中に迷子になったりしても、リタイアするなりログアウトするなり脱出方法がいくらでもあるのだから。しかし、それでもシステムとしては実装されている。

 その理由はただ一つ。『ダイブ』を行うこのゲームにおいて、現実の肉体に危険が迫った時、周囲に助けを求める為だ。

「この周辺、コロニーの外か……待ってて、ちょっと行ってくる」

 詩乃は流星号を飛ばして、救援に向かう。医療従事者だけにこの状況は放っておけないのだ。陽歌も手伝いたかったが、ブーストの容量差や宇宙での操縦に慣れていないことから待っていた方がいいと考えた。とはいえ待っているだけなのは落ち着かないので、宇宙港の付近まではついて行くことにした。

「な?」

「あれは?」

 宇宙港へ向かっていこうとすると、橋を渡っている最中に下のガラス窓部分が割れる。車や瓦礫が外に吸い込まれていき、機体も踏ん張らないといけない状態だ。

「そうか、宇宙は真空だから気圧差で……!」

 冷静に状況を観察している陽歌に対し、詩乃は嬉々として穴に飛び込もうとする。

「ラッキー! 近道!」

「それより、なんで穴が……」

 近道が出来たことに喜ぶ詩乃と原因を探ろうとする陽歌。二人の性格が見事に分かれている。

「敵?」

 陽歌はレーダーに敵影を捕らえた。上から降ってくる様に降りてきたのは、青いガンダムアストレアの改造機だ。バイザーに隠された顔、肩パーツや脚部はリペアⅡのものになっている。

「お前達か、乱入してきたのは……」

 アストレアからは女性の声が聞こえる。どうやら気づかない間にこの人のミッションに乱入してしまった様だ。

「乱入? ミッションラインは見えなかったけど?」

「慌ててましたし、見過ごしたんじゃないですか?」

 後ろを見返すと、赤いラインと同色のドームらしきものがチカチカと消えたり付いたりしている。バグなのか不具合なのか、これは見逃すわけだ。

「待って。私達は救難信号を聞きつけて助けに行くとこなの。見逃してくれない?」

 詩乃は相手と交渉する。状況が状況だけに、間違って乱入してしまったとはいえ時間を使うわけにはいかない。

「そりゃそうだろうな。NPD襲撃ミッションだからな」

「え?」

 しかし話が噛み合わない。この女性が言っているのはミッションからの救難信号で、こちらが探しているのは真剣な救難信号だ。

「そうか……最近、襲撃系ミッションに救難キャッチからの乱入システムとNPDキルランキングが追加されたんだよね……」

 詩乃が言うには、このミッションへの乱入自体が最近の追加要素らしく、緊急事態ですっかり忘れていた様だ。

「これ逃がしてもらえないよね……」

「僕が囮になります!」

 陽歌は元々待機するつもりだったこともあり、引きつけ役を買って出た。状況は一刻を争う。救援を求めているダイバーがどのような状況なのか分からない。

「ごめん! 急いで戻るから!」

「お願いします!」

 詩乃は橋から飛び降り、救助に向かう。橋にはリニアの線路もあり、それを破壊するのがアストレア側のミッションだった様だ。

「お前が残るのか、少しは楽しめそうだ」

「……」

 アストレアは手にしたGNソードⅡを向ける。機体越しの敵意に身がすくんで動けなくなる陽歌。いままで、髪が違う、目の色が違う、義手だと理由を付けて自分へ暴力を向けてきた人達が脳裏に浮かんでしまうのだ。

「っ……」

 歯の根が合わず、震えが起きる。だが、これはゲーム。いくらリアルでも現実ではない。

「モビルスーツなら人間じゃないんだ……僕だって!」

 陽歌は意を決してライフルを向け、引き金を引く。アストレアには跳躍で攻撃を避けられてしまったが、なんとか戦闘自体は出来そうだ。

「これで!」

 アストレアはソードで切り付けてくる。攻撃のことで頭がいっぱいだった陽歌は、回避を忘れていた。

「しまっ……」

 直撃を受けてしまうが、僅かに機体を反らしていた様で肩の白い羽根部分だけが切れただけで済んだ。

「ほう……」

 陽歌は急いで距離を取るが、まだ操作になれていないので背中を向けての後退となってしまう。

「背中ががら空きだ!」

 ソードをライフルに切り替え、アストレアが射撃する。ビームがアースリィのバックパックに直撃し、羽を損傷させる。

「うわぁ!」

 アースリィは倒れてライフルとシールドを手放してしまう。衝撃はコクピットまで伝わった。

「ん? メインスラスターを狙ったつもりだが……狙いがブレたか?」

 何かの異変に気付いていたアストレアのダイバーだったが、深くは考えずにGNソードⅡを剣にして突撃する。突きでトドメを刺すつもりなのだろう。刀身にはビーム刃を纏わせており、この一撃で勝負を付けるという意思を感じる。

「だが、これで終わりだ!」

 立ち上がろうとする陽歌のアースリィに向かって光速で突きを放つアストレア。だが、アースリィは僅かに動いて直撃を避ける。コクピットにビーム刃が掠めるが本命の攻撃は回避。そのまま、アストレアの腕を脇で挟む。

「こいつ!」

 アストレアは腰からサーベルを抜いて反撃に出るが、アースリィの左腕が上腕で180度回転し、アストレアの左腕を掴んだ。

「何……」

「い……けっえええええ!」

 陽歌は反射的にこれらの動作を行い、そしてブーストを全開にする。アースリィの背中に接触するアストレアの胸部へ、バックパックのスラスターが全力で燃焼した推進剤をぶちまける。

「おおおっ!?」

 まさかのダメージソースにアストレアのダイバーは混乱する。そして引き剥がそうと後退を始める。が、橋は崩落を始め、二機は下へ、ガラス窓の外にある宇宙へ引っ張られていた。

「残念だったな! 機体出力とこの気流! 風は俺の味方だぞ!」

 足元が完全に崩壊し、二機は互いの出力で宙に浮いた状態となる。だが、コロニーの内側へ、上空へ引っ張る陽歌のアースリィより、それから離れようとしているアストレアの方が気圧差で排出される空気の力もあって有利だ。

「それにこちらには切り札もある!」

 加えて、アストレアにはまだ残された手札があった。

「トランザム! これで一気にお前を引きはがしてやる!」

 アストレアが赤く発光し、下へ引っ張る力が強くなる。だが、想定外の事態が起きた。

「なに?」

 バキリ、と嫌な音がして、アストレアの肩が外れたのだ。トランザムシステムはガンダムアストレアを初めとしたGNドライヴ搭載機が持つ、一定時間出力を三倍に跳ね上げる能力。だが、一気に出力を増したせいでアストレアが持たなかったのだ。

「今だ!」

 バーニアで焼き切るつもりだった陽歌だが、肩を破壊したので掴んだ敵の両腕を投げ捨てると、相手へ振り向いた。残された頭部バルカンをマニュアル操作でバーニアが焼いた部分へ狙いを付け、連射する。ちょうどコクピットの部分を直撃したのか、すんなり撃破することが出来た。

「馬鹿な……こいつ、とんでもねぇニュービーがいたもん……だ」

 アストレアは爆散し、勝利を知らせるファンファーレが鳴る。だが、勝利の余韻に浸る余裕は陽歌になかった。コロニーの崩落は止まらず、アースリィが宇宙へ吐き出されそうになっていた。

「何これ? オーバーヒート?」

 機体を持ち上げようとした陽歌だったが、先ほどの戦闘で力を使い果たし、ブーストが吹かせない状態になっていた。その時、宇宙から詩乃と流星号が帰ってくる。小脇に小さな機体を抱えているが、この風圧の中を難なく進んでいる。

「陽歌くん! まさか勝つなんて……待ってて!」

 詩乃はバルチザンで吸い込まれる瓦礫を突くと、バルチザンの伸縮機能で伸びた勢いを使ってジャンプする。これを繰り返し、ブーストを温存して戻ってきたのだ。

「よっと」

 陽歌のアースリィもキャッチした詩乃は、ブーストで一気に崩落現場を離脱。安全な空き地へと降り立った。流石に空気漏れもこのエリアまでは及んでいない。そこまで再現するとサーバーの負担が大きいのか、それとも単にミッションの影響下から出たからなのかは分からない。

 詩乃が持ってきたのは、エルドラコアガンダム。頭部はコアガンダム用アンテナを付けるための閉じたタイプで、バックパックに羽根が無いなど破損も見られる。

『安全を確認。非常マニュアルに従い、ガンプラ搭乗状態を解除します』

 そのエルドラコアガンダムが消滅し、中から人が出て来た。ダイバーだろうか。陽歌と詩乃もガンプラを降りてその人物に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 医療従事者である詩乃は慣れた様子で意識の有無を確認していた。救助されたダイバーはショートヘアの銀髪をした、儚げな少女だった。連邦軍の一般的な黄色いノーマルスーツを着ており、それ以外は特徴がみられない。

「ん……う」

「よかった、意識はあるみたい」

 気が付いたみたいで、彼女は目を開く。ガンプラとGBNの販促アニメ、ビルドダイバーズリライズのアルスを思わせる濃い紫色の瞳をしていた。

「私は……」

「身体は大丈夫? 救難信号が出てたから、かなりリアルの身体が危なかったと思うんだけど……」

 まだぼんやりしているらしき少女に、詩乃が状況を説明する。救難信号も収まり、こうして意識が戻ったということは峠を越えたに違いないが、一応病院に行った方がいいのは確かだ。

「私は……誰?」

 しかし、彼女の口からは信じられない言葉が飛び出したのであった。陽歌のGBNは、波乱含みの始まりを迎えた。

 




 機体解説
 流星号(グレイズ改二)
 登場作品:機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ
 ポストディザスター世界の治安維持組織、ギャラルホルンが運用している量産機の改修型。鉄華団が火星の戦闘で鹵獲したオーリス機とクランク機をニコイチし修復した機体。本来は売り物にする予定だったが、宇宙での戦闘で使用しそのまま運用し続けたグレイズ改をさらに改修した機体。宇宙海賊ブルワーズとの戦闘後にマンロディから接収した阿頼耶識システムを組み込み、タービンズの百錬系の部品も使っている。白で塗る予定だったが、ノルバ・シノがブルワーズからの戦利品にあった赤系の塗料でピンクにした。
 グレイズ系は学が無く、MSの運用実績も皆無な鉄華団でも修理できるほど整備性がよく、性能もパワー以外はガンダムに勝っている。その機体に阿頼耶識を追加したことでさらに柔軟な動きが可能となった。
 基本武装はグレイズと変わらないが、リアスカートのハードポイントはテイワズ系の武装に対応している。
 シノの乗る機体は全てピンク色で流星号と呼ばれているが、この流星号は二代目。初代はモビルワーカー。

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