騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
タイニーオービット社が発売したホビー用小型ロボットの総称。サイバーランスやプロメテウスなどサードパーティーも多く存在する。当初はあまりの性能故に危険なおもちゃとして販売が中止されたが、衝撃を八割も吸収する強化ダンボールが開発されたことでそれをバトルフィールドに使用することを条件に販売が再開された。武器の変更、手足頭の換装だけではなく内部のCPUやバッテリー、モーターに至るまで細かな改造が可能。
プラモデルを始めて組んだ陽歌は、その後も様々なことに挑戦する様になった。義手によって感覚が無いというハンデを克服するため、現在はとあるホビーに挑んでいた。休憩室の机には箱に入った草原のジオラマが展開されており、そこに二体のロボットが入って戦闘を繰り広げている。
「行け! アキレス!」
陽歌は携帯の様なコントローラーで騎士の姿をしたロボットを操っている。ぎこちなく動くその機体は、一つ目の機体を槍で追い詰めていた。しかし、その一つ目の機体もシールドで攻撃を防いでいなしている様に見える。
「このくらい、デクーなら!」
七耶が一つ目のロボット、デクーを操作していた。デクーは剣を手にしており、アキレスに反撃してくる。
「くっ、シールド!」
陽歌は急いで防御を行うが、最初の数発を受けてしまう。
(腕の反応が鈍いんじゃない、僕の技術があれば……!)
以前の義手だと急に神経との接続が切れたり反応が遅れたりすることもあるが、ユニオンリバーで作ってもらった義手は下手をすると実際の肉体よりも反応が早い。しかしまだ細かい動作に慣れていないのかボタンの押し間違いや反応の遅れがある。
些細な遅れでもそれは積み重なれば圧倒的な差になり、勝敗を決する。アキレスは防御しきれない攻撃を受け、そのままダウンしてしまった。
「あ!」
「前よりは持つ様になったんじゃないか?」
何度も練習を繰り返しているが、やはりすぐに上達するものではない。七耶も陽歌が少しずつ上手くなっているのは実感していた。とはいえ、彼女も本気を出しているわけではないのでその点ではまだまだである。
「射撃の方がいいのかなぁ……」
陽歌はアキレスの武器を槍から銃に持たせ替え、再度ジオラマにセットする。
このホビーはLBXと呼ばれる小型ロボットだ。見ての通り小型ながら俊敏に動くというあまりの高性能さ故に一度は危険なおもちゃとして販売中止になる。だが、机に置いてある様な強化ダンボールの開発によって、そこをバトルフィールドにすることで販売を再開させた。しかしイノベーターやディティクターといったテロリストによる悪用、ついには自律したAIによる反乱の手駒として使われるミゼルクライシスや何も知らない子供達をLBXのプロプレイヤーを育てる学校と称して代理戦争の駒にする事件を引き起こしたことで再度販売停止になってしまった。
それが三度販売を再開したのだ。結局市場流通を制限しても既に入手している人間が悪用してしまえば対向手段が無い状態で事件に直面する羽目になるという、アメリカの銃社会みたいな理由もあったが、販売元のタイニーオービット社が警察などに対抗手段を提供したのも大きいだろう。また、ファンからも販売を再開して欲しいという声が大きかったのだ。
「よし、これで今度こそ……」
こうして当時の熱狂を知らない陽歌の手にもLBXが渡ることになった。詳しいことは知らない彼だが、ロボットを意のままに動かすというのは大変楽しいことであると感じていた。負けてもまた挑みたくなってくる。
「行くぞー!」
アキレスは銃を片手に出陣する。今度は射撃でデクーを追い詰めていく。射撃が得意な陽歌であったが、やはり生身と操作では感覚が違うのか、外すことも多々あった。
「自動で敵をマークしてくれるのか……」
火器管制システムのおかげでロック圏内に敵を入れれば自動で標準を付けてくれる。モードを切り替えるとこの機能が外れ、スコープを覗く様に狙いを付けることも出来る。またFPSのシューティングゲームの様な操作も選択できるなどプレイヤーに合わせて調整が効くのだ。自分に合った操作を見つけるだけでも大変だ。
まだ彼の戦いは始まったばかりだ。
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とあるビルの会議室では、ある会議が行われていた。スーツの男達に交じってネイビーの制服を着た男達がおり、一見すると警察の特殊部隊のブリーフィングに見える。が、これはロウフルシティを牛耳る大企業、スロウンズインダストリアルが抱える私設警備部隊、治安局の人間である。
『秩序:善の技術企業』をキャッチコピーとするスロウンズはその高い技術力を誇る為、そして自身に対する企業テロの対策という名目としてこんな部隊を擁しているのだ。
「今回の作戦はロウフルシティ大通りで行われる警察の交通安全パレードを襲撃することである」
しかし議題が警備部隊とは思えない内容になっていた。会議室のスクリーンに映された下手くそなパワーポイントのスライドには、パレードが通る道が記されていた。そして、ターゲットである人物の顔写真と名前が記されていた。名前は早坂美玲、十代前半と思わしき少女で、左目の眼帯が目立つパンクな服装のアイドルであった。彼女がロウフル警察署の一日署長として交通安全のイベントを行うのだそうだ。
「まぁ、ターゲットは提携先の桃園プロダクションの人物ではないから問題無いでしょう。攻撃後の安否についても生死は問いません。問題は警察が治安局より無能であるという印象を与えることです」
責任者らしき男が言うには、シティ内における権力を治安局に集中する為に警察の不祥事を作り上げることが目的らしい。相手も協力企業の人物でないこともあり、最悪殺すとも取れる発言をしている。
「早坂美玲はその特徴的なファッションから女性層にも根強いファンが多く、正式ではありませんがファッションブランド『girls&monster』の広告塔的な存在であり、このブランドは我が社のアパレル部門を脅かす存在として『chaos&pretty』共々警戒するべき存在となっています。ここで始末出来れば奴らの広告効果は減少するでしょう」
恐ろしいことに自身のブランド力向上ではなく、他社の人的被害によって優位に立つ策略もついでと言わんばかりに練っていた。
「今回使用するのは人間のスナイパーではなく、LBXを使用します。これは数年前まで発売されていたホビー用小型ロボットで、現在再び様々なメーカーから発売されています。今回はかつての神谷重工製、現在はタイニーオービットよりアーマーフレームが販売されている『アサシン』を使用します。市販品は単なるおもちゃですが、狙撃任務が可能な様に現在技術部門で改造を行っています。これによりタイニーオービット社へのイメージダウンも図ります」
どこまでもあくどい策を練る治安局の面々。彼らを束ねるスロウンズインダストリアルもこの計画については承認済みで、むしろ自身にも恩恵があるからこそLBXへの改造も協力しているといったところだ。
誰も知らないところで、再びLBXが悪事に使われようとしていた。
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「そういえばお前、専用のLBX持ってなかったな」
ある日、いつもの様に休憩室へ来た陽歌に七耶が声を掛ける。今まで遊んでいたのは彼女達の知り合いの店に展示するサンプルとしてメーカーから送られたものであり、陽歌の所有物ではない。それは今日丁度、そのおもちゃ屋に持っていくところだった。
「そ、そうですけど……」
「ついてこい。今時、専用の機体くらい持っていても損は無いぞ。紹介したい場所もあるしな」
「あ、はい……」
小さくて幼いながら割と有無を言わせない七耶の勢いに陽歌は逆らえない。喫茶店を出て、徒歩で目的地へ向かうことになった。静岡に来てから、陽歌はあまり外出をしていない。なので、一体この町に何があるのかは分からない状態だ。
まだ足に馴染まないアサルトブーツの感触を確かめながら、彼は七耶についていく。まだ慣れていないとはいえ、今まで履いていたサイズの合わないボロ靴よりは余程快適だった。履いたり脱いだりは若干手間だが、義手のいいリハビリになる。
「その服選んだのは小娘……エヴァだったっけか?」
七耶はふと、陽歌の服装に言及する。白いパーカーに黒いホットパンツ、黒いタイツにアサルトブーツという恰好だった。エヴァというのは七耶達の友人である。彼女が服を選ぶ時、『脚のライン綺麗だから見せつけていくべき』などと言っていたのでそれに従ったまでだが、やはり変なのだろうかと思った。
「似合わない……かな?」
「いや……そういうわけじゃないが。あいつの言うことはあまり真に受けない方がいいぞ?」
七耶はエヴァの性格をよく知っているので、真面目な陽歌が振り回されないように忠告しておく。流石に彼のコンプレックスを抉りはしないだろうが、男の娘などという美味しい逸材を彼女が見逃すとは思えない。
「まぁ、嫌なら嫌だと言えばいい。直接言えないなら私が伝えるからさ」
「いえ……いやでは無いんですけど、外見を肯定されるの慣れてなくて……」
「そうか」
陽歌の戸惑いは基本的に、外見が原因で迫害されてきた過去によるものだった。自分の外見は否定的な存在であり、褒められたものではないという刷り込みがあった。瞳の色は小学生がカラコンなど買えないのでどうしようもないとして、髪色は黒染めを試みたもののパッチテスト無しで染めたら肌が荒れて酷い目に遭ったことがある。
「ま、さすがに歳食って声変わりもすれば少しは男らしくなるだろ。生育不良が原因みたいなとこもあるからな」
「そうかな……」
七耶はこんなフェミニンを通り越した外見を維持できるのも彼が成長期に入っていないからだと考えていた。そんな話をしていると、壁面の塗装が薄くなった年期を感じる建物が見えてきた。屋根の飛び出た飾り部分に、『おもちゃのポッポ』という店名が書かれていた。
「ここだ」
純粋な意味でのおもちゃ屋、という存在を陽歌は初めて見た。彼の故郷では大抵、スーパーやデパートのおもちゃコーナーや家電量販店での販売が主流になっている。こういう本当におもちゃだけを売る店はまず存在しない。
「これが……」
七耶について店の中へ入ろうとした陽歌だったが、店の前に置かれた何かの戦隊らしきコスチュームを着たボロボロのマネキンやクタクタになった緑のパンダなどの存在に恐れ慄いてしまう。
(だ、大丈夫かな……)
少し心配になりながら、店に入ると天井までうず高く積まれたおもちゃの山が目に入った。
(ええ……)
どれも見たこと無い様なおもちゃであり、一体いつからこの店にあったのか分からないものも多かった。
「おーい、店長、サンプル持ってきたぞー」
「はいはい、七耶ちゃんですか」
商品の山を潜り抜けると、レジカウンターが見えてきた。そこには緑髪で眼鏡を掛けたお兄さんが待っていた。彼は陽歌を見つけると声を掛ける。
「あ、君が新入りの。ボクはルリ。ここの雇われ店長だよ」
不意に知らない人が出て来たので、陽歌は咄嗟に隠れる場所を探す。七耶は小さいので隠れられず。その辺の通路に逃げ込むしかなかった。
「あ、浅井陽歌です……」
隠れたい本能とそんな自分を矯正したい意思で葛藤し、隠れながら自己紹介する陽歌。長い間に染みついた習慣はすぐに治らない。ルリというお兄さんはカウンターから出てきて、店のことを紹介する。
「凄い品揃えでしょ? これでも一時期よりは減ったんだけどね」
昔はもっと凄かったのだろうか。これだけあると、欲しい商品を探すのも一苦労しそうである。陽歌はただあちこち眺めるしかなかった。
「そうだ、LBX探してるんだが案内してやってくれ。私はサンプル展示するから」
七耶はそう言うとどこかへ行ってしまう。こうしていきなり知らない人と二人きりにさせられた陽歌だったが、七耶の知り合いなら大丈夫と自分に言い聞かせて勇気を出す。
「そうかー、LBX、というかプラモデルはこっちだよ」
ルリに誘導され、彼は店の奥へ進む。そこには山の様に積まれたプラモデルがいくつもあり、LBXも例外ではなく沢山あった。中にはサンプルに含まれていない機種で、箱が既に古ぼけているものもあった。
「前に販売されていたものもあってね、たくさんあるからきっと君に合う機体があるよ」
「こんなにたくさん……」
あまりに沢山あり、陽歌は少し眩暈がしてきた。そこでルリはおススメのものを解説していく。
「初心者向けにはこのウォーリアーかな。初期装備はソードとラウンドシールド、アーマータイプは使いやすいナイトフレームだよ」
ウォーリアーは中世の兵士の様な姿をした機体だった。オーソドックスで特徴が無いのが特徴と言わんばかりの存在感を放っていた。
「アキレスに近いですね……」
今まで使っていたアキレスに非常に似たタイプの機種である。初心者向けというだけのこともある。
「他にはタンクタイプのブルド、クノイチと同じストライダーフレームのアマゾネスなんかもオススメかな」
どんどん色々な機体が出てくるので、陽歌は迷ってしまう。ただ、ルリは古い機体をあまり推奨はしなかった。
「うーん、でも古い商品はアーマーフレームや武器はともかく、同梱のコアスケルトンは古いから一度メンテしないとなぁ……。今回再販したものがいいかもしれないね」
再販した商品、つまり今日サンプルとして持ってきたものは陽歌も一通り触ったことがある。なので感触が一番わかりやすい部類に入る。
サンプルとして届いたのは、アキレス、デクー、クノイチ、ハンターの四種類。全てフレームのタイプが異なり、また得意とする戦術も違う。それぞれを操作した時のことを思い出し、陽歌は考える。
「これにしよう」
彼は自分のLBXを決めた。箱には狼の姿をしてスナイパーライフルを手にした機体が描かれていた。『LBX ハンター』と記されたその機体は、どこか郷愁の様なものを彼に感じさせた。自分の得意な射撃に特化した機体だからか、それとも狼の姿に惹かれたのかは分からない。
ただ操作した時に、大きな銃を担いでも難なく次の狙撃ポイントに移動できる運動性は確かに頼れるものだったのは事実だ。ハンターに決めた陽歌は、ふと棚を見る。そこにはLBXではなく武器がフックに吊り下げられて販売されていた。
「これは……」
彼はその中でも目に付いたスナイパーライフルを手に取る。サブマシンガンとのセットで、スナイパーライフルの方は『イクゼキューショナー』というらしい。
「おや、まだ残ってたんだこれ。昔売られていた武器だよ」
ルリによると、以前LBXが販売されていた頃の商品らしい。それが売れ残っていたのだ。見るからに大きな銃で、スコープもハンターの初期装備であるハンターライフルより大きい。
「使ってみるかい? ハンターとは相性がいいよ」
「はい、そうします」
陽歌はルリの提案に乗った。ハンターとこのライフルが、彼の愛機となるのだ。
「お、決まったか」
七耶は作業を終えて戻ってきた。ともかく買うものは決まったのでお会計だ。
「奢るよ」
「いえ、お金持ってるので……」
七耶は買ってやるつもりだったが、陽歌は遠慮した。ユニオンリバーに引き取られた際、その直前に起きた事件を収めた報酬がたんまりあるのだ。小学生のお小遣いとしては困らない程度には持っている。
「あー、そうか。天導寺から謝礼出てるんだっけな」
ただ、そうした特別報酬以外にも今付けている義手のモニターとしての報酬が、製造メーカーである天導寺重工から出ている。以前までの生活と一転して陽歌は、お金には困らない立場なのだ。
「義手の使い勝手はどうだ? 余計な機能が不便かけてなきゃいいが……」
「意外と血圧計便利なので毎日計ってる」
七耶は天導寺重工のお家芸である『余計な機能』について心配した。この会社は高性能な家電などを作るが、その悉くにいらん機能が付いている。例えば炊飯器が一発でロボットに変形するなどだ。それは陽歌の義手も例外ではなく、腕などを握り込むと血圧計として使用できるのだ。
「マメだな……その分だと使用感の感想レポートも毎日書いてんのか?」
「あ、はい。お金貰う以上ちゃんと責任持ってやらないといけないと思って……」
「うちの連中に爪の垢煎じて飲ませてやりてーよ。ああ、足の爪な」
サボり魔の多い喫茶店を見ているだけに七耶はしみじみと思うのであった。
というわけでLBXを買って帰ってきた七耶と陽歌は喫茶店地下にある塗装ブースにやってきた。この喫茶店の地下にはやたら色々なものがある。作るだけならば別に休憩室でもいいのだが、今回ここに来たのには意味がある。
「今回は塗装に挑戦してもらう」
「塗装、ですか……」
プラモに軽く慣れたところで、一歩上のステップを経験することになる。ハンターの箱を開けると、骨格になるワイルドフレームのコアスケルトンの他、アーマーフレームと呼ばれる装甲がプラモデルとして封入されている。
ランナーにパーツが付いているという一般的なプラモデルの体裁を取っているが、なんと工具を使わずに手でパーツをもぎ取ることが出来るのだ。加えてパーツも部位ごとに集中しており、部品探しが容易なのだ。LBXの組み立て自体はちょこちょこ手伝っていたのである程度理解していたが、一から完成まではまだ体験していない。
七耶は塗装の段階を説明する。何も、いきなりプロモデラーみたいな技術を習得しろとは言わない。
「塗装と言ってもシールとかで再現され切ってない部分を塗る『部分塗装』、ランナーごと一気に色を変える『ランナー塗装』、関節まで全部色を塗ってしまう『全塗装』があるな。……そうだな、まずこのハンター、何色にしたい?」
ハンターをどうしたいか、で七耶は教える工作の難度を調整することにした。まずはハンターを何色に変えたいか、という希望を陽歌に聞いた。大きな改造をしなくても、色を変えるだけでオリジナル感が出る。
「えっと……」
陽歌は自分の好きな色を思い浮かべる。嫌いな色ならすぐに思いつく。自分の瞳色である桜色と空色、髪色であるキャラメル色だ。逆に、好きな色と聞かれても困ってしまう。ふと、自分が着ているパーカーを見て呟く。
「白……かな?」
このパーカーはアスルトの開発した全天候対応型の繊維で出来ており、ユニオンリバー社の正式装備でもある。色が豊富で、その中から何故か選んだのが白だった。ハンターの狼というモチーフもそうだが、白にはどことなく感じるものがあった。
「おお、白か。いい色だな。私のダブルオーヴェインも白だぞ」
七耶は自身のLBXを引き合いに出し、その選択を褒める。が、それには一つ問題があった。
「だがな……白は塗るのが大変なんだ。下地に影響されやすいし、なんやかんや定着しにくい塗料だしな……」
白色はカッコいいし塗装の下地にもなるといいことずくめなのだが、案外モデラー泣かせな色なのだ。
「そうなんだ……じゃあ違う色に」
それを聞いた陽歌は色を変えようとする。だが、七耶はそれを止めた。
「いや、普通に塗料で塗る分には難しいだけだ。あるものを使えばその問題は解決できる」
「あるもの?」
そう言って七耶が取り出したのは、白いスプレーだった。一見すると本当にただのスプレー塗料だが、缶には『ホワイトサーフェイサー』と書かれている。
「これはサーフェイサーといってな。下地専用の塗料だ。塗装する前に塗れば表面がザラザラして塗料の食いつきがよくなったり、表面の傷を埋めたりできるんだ。基本は白やグレーだが、最近は色付きのものが出ているからそれをさっと吹くだけで簡単に仕上がるぞ」
「なるほど……」
下地に使うためのスプレー、と覚えればいいのだと陽歌は考えた。二人は相談の末、ハンターの灰色の部分をこのサーフェイサーで白くすることに決めた。
「よし、とりあえずマスク付けろ。塗装開始だ」
スプレー状の塗料は吸い込むと健康に悪いので、マスクの着用は必須だ。ドラッグストアで売っている様な箱入りの使い捨てマスクでもいいので装着しよう。
「スプレーをする時はランナーから20センチ程度距離を取って、吹き始めと吹き終わりがパーツに掛からない様にスプレーを動かしながら塗るんだ。一回で色を乗せようとせず、複数回に分けて徐々に色を付けていく感じだ」
七耶の指示通り、陽歌は作業を進めていく。ランナーの向きを変え、様々な方向からサーフェイサーを塗っていく。これを何度も繰り返し、目的のカラーリングは完了だ。
後は乾いたパーツを説明書通りに組んでいく。手でパーツはもぎ取れるので、道具は必要なくサクサクと組み上げることが出来る。コアスケルトンにアーマーフレームを着せていき、徐々にハンターの姿が出来上がっていく。
ランナーにくっついていた部分は流石に何度スプレーをしても塗ることは出来ないため、ガンダムマーカーでリタッチしていく。
「出来た!」
そしてついにハンターが完成した。狼の姿をしたLBX。尻尾までありその造形は本物に近い。背中に背負った棘は『スティンガーミサイル』という武器らしい。そして本来と違うのは色だけではない。スナイパーライフル、イクゼキューショナー。本来のハンターライフルを大きく上回る大型の狙撃銃を装備している。
「これが僕のLBX、ハンター……」
陽歌は出来上がった白いハンターを手に取り、まじまじと見つめる。自分で一から選び、好きな色に塗った機体だ。作業自体は簡単だったが、思い入れは必然的に強くなる。この機体と共に、これからLBXバトルをしていくのだ。
「よし、早速動かしてみようか」
「うん」
LBXの醍醐味は実際に動かすことにある。ジオラマを使ってバトル……と二人が思っているところにある人物が割って入る。
「ふふーん、どうやら自分のLBXを手に入れたようですねー」
緑の髪を二つ結びにした少女が塗装ブースに入ってきた。彼女はエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン。エヴァと呼ばれる七耶の友人である。陽歌をこの店に引き取ったりなど様々なことの黒幕でもある。顔立ちこそ整った美少女なのだが、隠し切れないぐだぐだ感というか気の抜けた雰囲気がある人物だ。
「なんだ? そんな場所あるのか」
「まぁまぁ、ついて来なさーい」
エヴァに連れられ、七耶と陽歌は地下の違う部屋へ向かった。そこは、複数のブースに区分けされ、可動式の的が並んでいる場所だった。所謂シューティングレンジというものだ。各ブースの壁はアクリルの壁で仕切られている。
「これは……」
「いやーリトルアーモリー集めてたら実物欲しくなってしまいまして。ガンラックもあるよ。置く銃が無いけど」
銃を取り扱ったプラモの影響で本物を作ってしまったとエヴァは語る。ただ肝心な銃が無いという状況は考えていなかった。
「うちの騎士団とか知り合いでも銃使うの二人くらいしかいないし、妹のクロードと喫茶店のキサラちゃんくらいかな?」
おまけに使う人間もいないという事態。勢いで作ったはいいが持て余しているのが現状だ。だが今回それが活きることになった。一般販売されている強化ダンボールのジオラマ、Dキューブのサイズは大会などで使用されるそれと比べると小さい。ハンターのスナイパーライフルの練習には距離が足りないのだ。
そこでこのシューティングレンジ。これなら長距離射撃の練習に十分だ。
「よーし……これで」
陽歌はシューティングレンジの台にハンターを乗せると、CCMを手にターゲットへ標準を定める。まずは短い距離から徐々に感触を確かめていく。この距離はちょうど、市販のDキューブの対角線と同じ距離だ。
「行け!」
放たれた弾丸はターゲットのど真ん中を貫く。まずはこんなところか。ターゲットはエヴァの持つリモコンで遠ざかっていく。遠くなっていくターゲットに対し、陽歌も徐々に中央を外す様になってきた。だが、ものの数発で修正し、真ん中に当たる様になっていく。
「思ったよりいける……」
彼が射撃を得意とするのには才能で片づけられない事情がある。家にあった唯一のおもちゃが吸盤を撃ち出す鉄砲であり、気晴らしをするのがそれしかなかったので遊び倒したら腕が上がったという暗い過去が原因である。そのため拳銃による射撃は得意だが、それ以外は果たしてどうなのかという疑問があった。
結果としては案外、応用が効いてLBXの操作でも精密な射撃が可能だった。単純に空間把握能力が鍛えられているということなのだろう。
とはいえ、流石に距離が空くと真ん中に当てられなくなってくる。自宅での練習は拳銃で、距離も限られていたので当然と言えば当然である。
「なかなかやるねー……だったらこれで」
エヴァはリモコンを操作し、ターゲットを適切な距離に戻してシューティングレンジに隠された機能を発揮する。なんと、風が吹き始めたのだ。いくら高速で飛翔する弾丸とはいえ、実体弾である以上風の影響を受ける。強い風が吹けば、遠くの標的を狙った際に弾丸が流れて狙いが反れてしまう。その修正をする練習も出来るのだ。
「これは……」
陽歌はまず、普通にターゲットを狙って引き金を引く。しかし弾丸は大きく反れて中央には当たらなかった。ハンターに搭載されているセンサーで弾道を予測するも、中々当たらない。
「難しい……」
「ま、最初はそんなもんでしょ。がんばー」
エヴァはシューティングレンジの機能を託して去っていった。一体何がしたいのか、七耶は彼女の後を追って聞いてみた。
「おい、一体何のつもりだ」
「どれについてかな?」
「いろいろあるけど小僧のことだ」
シューティングレンジ増築などツッコミたいことは山ほどあったが、まずは陽歌に練習環境を与えたことだ。珍しくまともなことをしているので、少し気になったのだ。
「いやーあの歳で狙撃手の才能持ちって珍しいじゃないですか? 鍛えたらきっと面白いと思いましてね」
「まぁ、あいつ自己肯定感が低いから特技作ってやるのは案外間違いじゃないかもしれんがな……」
常にぐだぐだ楽しく生きることを是とするエヴァなので楽し気な方向に持っていきたいのは七耶にもわかる。
「それにこの歳で狙撃の腕があるということは鍛えれば連邦愚連隊のコルテスみたいに『狙撃の出来るインファイター』に成長するかもしれませんよ?」
「なんつー恐ろしい計画を……」
七耶はエヴァの野望を聞いて戦慄した。コルテスとはガンダムの外伝漫画、『俺ら連邦愚連隊』の敵キャラで、ジムスナイパーという狙撃仕様の機体で暗躍し、最終的にはガンダムピクシーという格闘戦仕様の機体で主人公達と死闘を繰り広げた戦闘狂である。
陽歌にはああなってほしくない七耶だったが、たしかにそのレベルまで成長する余地はありそうだ。
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治安局では来る計画実行の為に準備が進められていた。使用されることになったのは三つ目顔をしたワイルドフレームのLBX、アサシンである。装備しているライフルはイクゼキューショナーを超える大型で、珍しくバズーカの様に肩へ担ぐタイプのものであった。
狙撃ポイントとなるビルの屋上で入念な打ち合わせが行われている。服装も治安局の制服であるため、怪しむ人物は警察含めていないだろう。
「これが今回使う道具か」
ビルの淵に立つアサシンを見て、狙撃を担当する男はスーツのスタッフに確認を取る。
「タイニーオービット社のアサシンにデザインは似せましたが、中身は別物です。特にこのAHスナイパーライフルは小型さ故に口径こそ一般的な拳銃弾程度ですが、専用の弾丸を用いることで飛距離を伸ばしています」
AHという略語が意味するところは、アンチヒューマン、つまり対人だ。明らかに人を殺傷する能力を持つ武器として開発されている。
「ところでこのライフルはこれで正解なのか? なんか間違っている様にみえるが……」
実行役の男はライフルの形状を不安視した。自分が想像しているライフルとあまりにも違い過ぎる。
「これで正解です。バレットなどこういうタイプの対物ライフルが存在しますし、設計はそこを参考にしました。よくあるタイプだと寝そべらないと反動を制御出来ず、それなりに場所を取ります。この形状なら立ったまま撃てるので場所を選ばず狙撃出来るので今後の作戦にも活用できます」
開発スタッフから説明を受けて、これでいいんだとようやく納得する。今後の作戦があるのかは分からないが、使いまわしが効いた方が予算を増やしてもらいやすいという事情もある。
「とにかくガキ一匹脅かすくらいだ。簡単な任務で賞与が出るんだから楽でいいぜ」
子供を傷つけることに何の躊躇いも無い治安局の毒牙が、罪なきアイドルに迫っていた。
@
数日後、陽歌は七耶達と買い物に来ていた。大きい町の方がいいということなので、隣町のロウフルシティまで来ていた。幸い、バスの本数が多いので子供だけで行くことが出来る。今日のメンバーは陽歌、七耶、ナルである。
「今日は食玩漁りだ」
「食玩はポッポでは手に入らないんですね」
「一応食品扱いだしな……それ関係の免許が必要なのだ」
おもちゃのポッポでは食玩を取り扱っていない。加えて食玩というのも最近は市場が縮小傾向にあり、大きな町のスーパーの方が確実に入手できる。
「チョコエッグブームからは信じられないくらいの縮みっぷりですに……」
そんな食玩だが、ナルの言う通り一時期はブームにもなったことがある。それ以降からだろうか、どっちがオマケかわからない食玩が増えたのは。
「チョコエッグ……?」
「ああ、卵型のチョコの中にカプセルが入っててな。その中にリアルなフィギュアが入ってんだよ。フィギュア自体はまだ手に入るかな?」
陽歌には想像もつかないことだったが、七耶達は当時のことをよく覚えている様だ。フィギュアはあの有名な海洋堂というメーカーが手掛けており、現在もガチャガチャで手に入れることが可能だ。チョコエッグも最近はマリオやディズニーなどのキャラクターものに以降してちらほら見かける。
とはいえ、コンビニでも買えたくらいの熱狂は見られない。技術の向上から質自体は良くなっているのだが、少子化の影響なのだろうか。
「さて、このスーパーにはあるかな……」
やってきたのは大きな駐車場を持ったスーパー。車社会の日本では日用品の買い出しに行くだけでも車が必要で、どこも駐車場に土地を割いている。そして店舗はそんな駐車場の半分もスペースを取れないためか大抵二階建てになっている。
車社会らしい構造物と都市の様なビル街が一緒に存在するという名前に反して混沌とした構造の街、それがロウフルシティである。
「しかし平日の昼間だってのになんでこんなに車が多いんだ?」
「夏休みじゃないからですかに?」
というわけで早速食玩漁り開始だ。スーパーに入ると迷うことなくお菓子売り場へと向かう。陽歌は目立たない様にフードを被るが、室内でフードだと却って目立ってしまうのではないかというジレンマもあったりする。
お菓子コーナーでは子供の騒ぎ声とそれを抑え様と声を張る親でとても騒がしいという表現すら生ぬるい状況になっていた。
「っ……」
陽歌は思わず耳を塞ぐ。ただそれだけではとても耐えきれないので、前に病院で習った方法を試してみることにした。それは、意識を別のところに向けるというものだ。例えば、今練習しているLBXのことなどだ。
(そういえば動画で山野バンっていう有名なプレイヤーがLBXと会話しろって言ってたけど、どういうことなんだろう……)
上手くなるコツを動画サイトなどで探していた陽歌は伝説と呼ばれたLBXプレイヤーの動画を思い出す。そこではLBXと会話することがコツだと解説されていたが、どういうことなのか全く理解できなかった。ハンターに声を掛けてみたが当然、返事が返ってくるわけでもない。
(LBXと会話……)
陽歌は鞄からハンターを取り出し、見つめる。会話というのは声を聞くことらしいのだが、こうしていると聞こえてくるのだろうか。
「しかしいくつ買う気ですかに?」
「あー、そうだな。もしかしたらエヴァの奴が箱で頼んでたりあの二人が動画用に箱で頼んでたりしてるかもな……」
買い物を終えて、レジに行く途中でも陽歌はハンターの声を聞こうと試みた。しかし何も聞こえてこない。
(難しいなぁ……)
結局、店を出るまで声らしきものは聞こえてこなかった。ふと歩道に出ると、沿道には人だかりが出来ていた。帰路に支障をきたすほどの人が集まっており、スマホを向けていた。人をかき分け、何とか帰りのバス停まで戻ろうとする陽歌達だったが、この人込みは延々と続いていた。ビル街のところまでやって来たが、この人だかりが尽きることは無い。
「一体なんなんだこれは?」
「これじゃないですかに?」
七耶が呆れていると、ナルはビルに張られているポスターを見つけた。それは警察のイベント告知ポスターで、そこにはこの人だかりの理由を示す情報があった。
「えー何々? 夏の交通安全週間、あの超人気アイドル早坂美玲が一日署長としてパレード……か。あいつ辺りが喜びそう、というかいるんじゃないか?」
アイドルのイベントが原因だった。七耶は知り合いにそのアイドルのファンがいるのか、人込みを探していた。陽歌はそのアイドルの写真を見て、ふとあることを思う。
「眼帯したら目立たないかな……?」
オッドアイを隠す為に彼女の様に眼帯を付ける策を考えたがどっちを隠しても目立つ瞳色には変わらず、逆に眼帯で目立ってしまうという欠点に気づいて辞めた。
「ダメか……」
解決法を見いだせず、一人溜息を吐く陽歌。その時、人だかりから歓声が沸いた。どうやら、パレードがここまでやってきたらしい。夏休みのイベントとはいえ、警察が中々派手なイベントをするものである。
「しかし警察も太っ腹だな。こんなイベントをするだなんて」
七耶も公的機関にしては思い切った経費の使い方に疑問を抱いていた。観光のため、ということはまず無いだろうが、一体何が目的でここまで大掛かりなイベントをするのだろうか。
「大方、予算の潤沢さをアピールすることが目的でしょうに」
ナルとしては、七耶が考えているほど複雑な事情は無いと見ていた。ただ予算が潤沢、それだけの話なのだろう。加えて、ここの警察はロウフルシティを牛耳るスロウンズインダストリアルの私兵である治安局に仕事を取られがちだ。存在のアピールは欠かせない。
「お、来た来た」
「ですが見えませんに……」
パレードはさらに接近する。しかし身長の低い七耶達は観客に遮られて全くと言っていいほど見えない。そこで彼女はあるものを利用してこのパレードを見ることにした。巫女装束の裾に入れていたのは、ハンターとは異なる白い狼のLBXであった。
「ダブルオーヴェイン!」
肩に尖ったコーンの様なパーツを持つそのLBXはそこから緑の粒子を散らしながら翼などを持たないにも関わらず飛翔した。LBXとそのカメラでパレードを見物しようという魂胆だ。
「持って来てたんですかに?」
「小僧だって持ってたし、ホビー物で愛機を持ち歩くのは鉄板だろ?」
七耶の行動を真似して、陽歌もハンターで見物を試みる。ハンターに飛行能力は無いので、近くにあった自販機へ乗せて高さを稼ぐ。そして手にしたイクゼキューショナーのスコープを外し、望遠鏡の様に使ってパレードを眺める。
パレードの中心はオープンカーに乗った女の子で、周囲を白バイが固めている。このオープンカーはロウフル警察の備品で、道路を使用したイベントを行う為の利用許可を取る際に相談すれば民間人にも貸してくれると公式ホームページにも書かれている。
「この子が早坂美玲……派手な服装だなぁ……」
陽歌は中心であるアイドルを見て、一種の尊敬の様な念を抱いた。一日署長ということもあり警察官の服装をしているが、特徴的な眼帯にケモミミフードや缶バッチでアレンジされた制服、メッシュの掛かった髪色ととにかく目立つ。ひたすら目立たない様にと務めてきた彼には、その自分を貫く姿がとても眩しかった。
「オマエらー! 交通ルールを守らないと引っ掻くぞ!」
(いいな、こういうの……)
カメラでは音声が拾えないが、拡声器で声が街中に響くので聞こえる。半袖の制服から覗く細腕にも彼女のこだわりが見えるアクセサリーが付けられていた。
(僕は……)
パーカーの袖に隠した義手を陽歌は見る。この腕では、彼女の様に自分を貫くおしゃれなど出来そうに無い。そもそも時代の寵児であるアイドルと学校でさえろくに友達のいなかった自分ではとても比べ物にならない。
『前を向け』
その時、声が聞こえた。声の主は七耶やナルではない。二人はおしくら饅頭状態でCCMの小さな画面を見ていた。では、一体誰が。過去に彼へこんな言葉を投げかけた人間もいないので、回想ではない。
『上を見ろ』
「ハンター?」
陽歌はふと、CCMの画面に視線を戻した。ハンターが遥か彼方にあるビルの屋上に、何かを見つけたのか反応を示していた。そこには、大きな銃を構えたLBX、アサシンが立っていた。そしてそれを操る治安局の制服を着た男も見える。
CCMには続いて、アサシンの狙いを割り出した着弾予測を表示する。狙いは何と、オープンカーにいる早坂美玲だ。引き金は今にも引かれそうだ。
「危ない!」
陽歌は咄嗟に走り出す。平均よりも小さい体は素早く人込みをすり抜け、交通整理の警察官にも捕まることなくパレードの中心へと飛び出せた。
「んなぁ?」
美玲は突然の事態に驚くばかりだった。しかし陽歌は彼女の反応など構っていられなかった。オープンカーに乗り込み、美玲とアサシンの間に割り込む様に立ちふさがり、発射された弾丸を受けることになった。
間に合うには、間に合ったのだ。
「っ……!」
しかし陽歌の左肩に弾丸が直撃する。とてもLBXの放ったそれとは思えない威力で、思わず後ろに倒れてしまうほどの力があった。目に涙が浮かんでくるくらい痛く、傷が冷えた熱を持っている。
「お、おい……!」
美玲は倒れそうな陽歌を抱えて支える。彼の体重はあまりに軽く、非力な中学生アイドルでも巻き込まれて転倒することなく抱き上げられた。
『逃がすな』
激痛に苛まれる陽歌だったが、ハンターの声に己を奮わせてCCMを操作する。この痛みも何もできず、何の非も無く、暴力を浴びせられたあの時ほどではない。誰かを守る、という意思の下に受けた痛みだ。覚悟は出来ていた。激痛に心は沈むどころか、熱にうかされた様な闘志さえ湧いてくる。
「ハンター!」
ハンターは既にスコープをイクゼキューショナーに取り付け、狙撃姿勢を取っていた。狙いは仕損じ、次弾を撃つか撤退すべきか葛藤しているアサシン。下の道を歩いている分には感じないが、ビルとビルの間には特殊な気流が渦巻いている。
しかし、ハンターは任せろと言わんばかりにその風を計算し、CCMに表示する。
「今だ!」
ターゲットをロックし、引き金を引く。放たれた弾丸は吸い込まれる様に、アサシンへと命中する。速射によって三発同時に放っていたため、連続して叩き込まれたアサシンは耐久地の限界であるブレイクオーバーを超え、完全に爆散した。
「よし……」
プレイヤーは逃走を試みるが、なるべく証拠を残させる様に陽歌は標準を動かす。狙うはCCM。引き金を引くと、見事に敵のCCMに直撃し粉々に吹き飛ばす。治安局の男は慌てた様な表情をした後、逃げていった。
「やった……!」
敵の狙撃を防いだ陽歌。これで安全は確保された。美玲はオープンカーの座席に陽歌を横たえる。彼は義手で傷を抑えていたが、出血が酷い。白いパーカーが赤黒く染まっていた。
「オマエ大丈夫か? 血が出てるぞ?」
「だ、大丈夫……」
激痛で脂汗が滲み出るほどであったが、いつもの癖で大丈夫だと陽歌は強がる。血が減った影響か、眩暈もして頭がクラクラと思考も定まらず、視界はチカチカと星が瞬くような有様だった。何故LBX用のライフルでここまでの傷を負ってしまったのかはともかく、安全は確保出来た。
だがオープンカーのボンネットに複数のLBXがやってきた。灰色基調の、ピラミッドを模した頭をしたLBX、アヌビスだ。ハンターはここから遠くの自販機の上に乗っており、向かわせることが出来ない。狙撃もオープンカーが低い位置にあることもあり、観客が影になって射線を確保出来ない。
「しまっ……」
アヌビスは湾曲した剣を片手に迫ってくる。だが、そんなアヌビス達を空から舞い降りた機体がボンネットから蹴り落としていく。その白い狼の様な機体は、七耶のダブルオーヴェインだった。オープンカーから叩き落とされ、新たな敵に備えるアヌビス小隊だったが、その中央に天空から舞い降りたダブルオーヴェインが陣取る。七耶とナルも人込みをかき分けてパレードの中心にやってきた。
「大丈夫ですかに?」
「まずは敵を蹴散らすぞねこ!」
「とら」
七耶はCCMを操作し、ダブルオーヴェインに指示を出す。多勢に無勢、オマケにダブルオーヴェインは丸腰。この状況でどうするのか。アヌビスも一斉に剣を振り上げて襲い掛かってくる。
「必殺ファンクション!」
七耶はここぞとばかりに必殺技を放つ。ダブルオーヴェインは瞳を輝かせ、即座に瞼の様なシャッターで目を閉じる。
『アタックファンクション! GNアサルトアーマー!』
肩の三角コーンが激しく唸りを上げ、緑の光を放つ。それは爆発の様な勢いで、轟音を立てながら全方位へ拡散し、アヌビス達を吹き飛ばす。ただの爆風にも関わらず、アヌビスは一つ残らず粉々に消し飛んだ。道路には破壊されたアヌビスの残骸が転がる。
「敵は……いないな」
七耶はCCMを閉じると周囲を確認した。これにて一件落着である。
「本当に大丈夫か?」
急な襲撃でパレードは当然の様に中止になり、負傷した陽歌はイベント本部で手当てを受けることになった。急所は外しているので救急車を呼ぶほどのことではないが、病院行きは決定であった。美玲は心配そうに陽歌へ声をかける。
「ゴメンな、ウチを庇って……」
「いえ、このくらい……。ちょうどいい薬もありますし」
申し訳なさそうな彼女に対して陽歌は常備している頓服薬を見せて平気だとアピールする。喘息用の吸入器に見えるこの薬は錬金術師のアスルトが作ったもので、パニックの発作や幻肢痛の為の薬だが、普通の鎮痛剤としても優秀な薬なのだ。感覚の無い義手でチュアブルタイプもあるとはいえ、細かい錠剤を発作が出ている状態で扱うのは難しいと考えた結果、こうなったのだ。
「ほら、傷の消毒するから服脱げ」
「う、うん」
七耶に促され、陽歌は治療の為に着ている服を脱ぐ。パーカーも下に着ていたTシャツも脱いでやせ細った上半身を惜しげもなく露出する。肘上にある義手の繋ぎ目もハッキリ分かる。
「お、おい……こんなところで脱ぐなよ!」
美玲は周囲を見て慌てる。イベント本部は屋根だけのテントであり、周囲には視界を隠すものが一切無い。加えて、彼女は陽歌についてある勘違いをしていた。
「女の子がこんな場所で服脱ぐなんて……」
「あ、僕男です」
「え?」
美玲は陽歌を女の子だと思っていた。だが男だ。あまりに普通の反応に、七耶とナルは一種の新鮮さを感じていた。
「なんか、あるべき反応って感じだなねこ」
「とら」
イベント本部には負傷者が出た時の為に救急箱が用意されていたが、流石に銃傷への対応は出来ない。七耶が見た限り、弾丸が陽歌の肩に残っているので早めに抜くことにした。何で出来た弾丸かは分からないがその多くは毒性のある鉛で出来ていることが多く、早く抜くことに越したことは無い。
「よし、ピンセットはあったな。消毒は……ねこ」
「とら」
七耶は持ち歩いている工具の中からピンセットを取り出す。さすがに模型用のピンセットをそのまま使うわけにはいかないので、消毒を行うことにした。美玲はアルコールか何かで消毒するのだろうと思っていたが、予想の斜め上を行く結果になる。
「タイガーバシニングフィストー!」
ナルがまさかの炎のパンチを繰り出した。それによって発生した拳の炎でピンセットを炙ると、七耶は容赦なく陽歌の傷口にピンセットを突っ込んだ。
「痛みは一瞬だ」
陽歌は何とも言えない表情で痛みに耐え、本当に一瞬で弾丸を取り出してみせた。美玲はあんまりにもあんまりな治療にすっかり青ざめていた。
「拳銃弾くらいの大きさじゃないかこれ?」
「悪戯のレベルを超えてますに」
摘出した弾丸をアルミのトレーに乗せると、七耶はそれを警察官に渡す。ナルは明らかに殺意を持って行われた攻撃に疑問を持った。
「イベントを中止が目的なら今時は犯行予告で十分ですに、ですがこれは……」
「警察も捜査するだろうけど、うちの会社でも調査してみるか。安心しろ、うちに喧嘩売って生きてた連中はいないんだそうだ」
七耶は美玲を安心させる様に言う。あまり彼女も聞いた話でしかないのだが、かつてユニオンリバー社のメンバーは世界を支配する神を倒したことがあるそうだ。加えて、七耶自身がユニオンリバーに拾われる切っ掛けとなった事件でも三つの惑星が力を合わせて苦戦する敵を難なく打ち倒して見せた。実力は本物の組織だ。
「まぁ、正確に言うと喧嘩を売られたというより、相手が世界を破滅させようとした結果、貰い事故みたいな感じで喧嘩を買うことになったとこが多いですがに」
ナルは七耶より古参のメンバーなのでその辺の事情は詳しかった。ユニオンリバーに敵対しようとしたのではなく、野望を叶える過程でうっかり敵対してしまいそのまま滅ぶパターンが多い様だ。合掌。
「しかしまだ肉は付かない感じだな」
七耶は陽歌のお腹を指で突いて確かめる。欠食児童だった彼は食が細いこともあって、なかなか適正体重まで増やせない。
「まぁでも青痣はだいぶ薄くなってるからそこはよかったですに」
加えて生傷も絶えなかったので服で隠れてはいるが全身傷だらけだ。そっちはかなり改善しつつあったので、このままいけば無事に完治するだろう。
「しかし小僧、よく狙撃手に気づいたな」
「ハンターが教えてくれたんだ」
七耶は彼がスナイパーに気づいた理由を聞いた。LBXと会話した結果、一人の命を救うことが出来たのだ。そのハンターは今、イベント本部の机に鎮座している。この機体が記録した映像を元に犯人を割り出すためだ。
「LBXと会話出来たよ」
「ま、何にせよハンター様様だな」
陽歌と七耶が話していると、美玲は衣装に付けていた缶バッチを一個取り外すとそこにサインペンでサインをすると陽歌に手渡した。
「その……今日はありがとな。オマエのおかげで助かった。名前、聞いてもいいか?」
「えっと……浅野陽歌です」
陽歌はたどたどしく彼女に名前を告げる。LBXが思わぬ出会いを引き起こすこととなった。そして、正しき心の持ち主に応えたハンターはその様子を遠くから見守るのであった。
@
「バカ野郎!」
「申し訳ありません!」
治安局の局長室、そこには高級そうな応接セットと刑事ドラマで警察の偉い人が使っている様な机があった。その机で報告を受けた老人はあまりの結果に怒鳴り散らす。実行犯である治安局の男は土下座させられていた。
「ですが……残されたLBXの残骸からタイニーオービットへのネガティブキャンペーンという目的は少なくとも達成しています」
何とか上司の怒りを収めるべく、少ない成果を上げて機嫌を取ろうとする。だが彼は気づいていない。そんなもの回収されてしまえばタイニーオービットの製品を模しただけの違法改造品であることが即バレすることに。
「そういうことではない!」
老人もそこは分かっていたのか、火に油を注ぐ結果となった。だが、老人が恐れていたのはそこではなかった。
「よりによってユニオンリバーに喧嘩を売ったんだぞ? 分かっているのか?」
「ユニオンリバー? お言葉ですが、ただの田舎の喫茶店でしょう?」
実行犯はユニオンリバーの名前こそ知っていたが、喫茶店であるという認識だった。だが、老人はそうではない。ユニオンリバーの恐ろしさを知っており、今回の顛末に語気を強める。
「ユニオンリバーが喫茶店だと? あんなもんフロント企業だ! 真の顔はトラブルコンサルタントを名乗る危険な連中だ! あの月面に拠点を持つ忌まわしき宇宙広域防衛機構、世界で最も危険な組織『A.I.O.N』とも繋がりが深いんだぞ! お前なんぞ一瞬で塵も残さず消し飛ぶわ!」
危険さを理解しつつも、その脅威にまだ自分が晒されていないと思っている辺り老人も所詮治安局の人間である。
「警察への圧力は掛けておく! お前は処罰を待て!」
「申し訳ありません!」
こうして、治安局は無事に滅びへの道を歩み始めたのであった。彼らを待ち受けるぐだぐだで散々な運命については、またの機会に語るとしよう。
機体解説
ダブルオーヴェイン
七耶の使用する白いオーヴェインの改造機。ワイルドフレーム。脚部には基本装備のキャタピラに加え、トライヴァインの武器腕が取り付けられている。度重なる修繕の結果、腕部は原型が残っていない。
最大の特徴は両肩の動力『ツインコジマドライヴ』。粒子と莫大なエネルギーを発生させる動力源で、これにより常時プライマルアーマーと呼ばれる特殊バリアを展開し装甲の薄いワイルドフレーム機とは思えない防御力を誇る。また、重量を軽減する効果もあり専用のマルチギミックサック『ジェノサイドバスターパック』は大火力と引き換えに普通の機体ならまともに動けなくなるほどの重量を持つが、これを運用できる。しかし完全ではなく、やはり関節部に負荷が掛かる様だ。
専用の必殺ファンクションとして防御用のプライマルアーマーを攻撃に転用した『GNアサルトアーマー』を持つ。また、専用のモードも隠し持っているんだとかなんとか……。