騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
生活費に困っていないとしたらどうする?
今まで自分の欲望を叶えたことが無かったらどうする?
一通り必要なものは揃っているとしたらどうする?
どうする? どうするどうする?
この度、未曽有の疫病で経済的に苦しむ国民を助ける策として十万円の現金配布が行われる運びとなった。地方によって時期はまちまちだが、順次世帯主を対象に配布されることとなる。
ユニオンリバーのメンバーは大半が戸籍、というより今回の配布で軸となるマイナンバーを有していないので陽歌くらいしかもらえない、と思われたが……。
「公安N課からの支給だと?」
「そうなのよ」
アステリアからの話を聞き、七耶はカウンターから身を乗り出す。てっきりもらえないから関係ないと思っていたので、まさに寝耳に水、棚から牡丹餅だ。
「公安N課?」
陽歌は漫画に出て来そうな名前の組織について、知っているはずもなかった。そもそも公安の中でも独立しており、Nullの名が示す通り書類上は存在しない組織なのだ。ここに属する人間は表向き、仕事など無い窓際部署に配属されていることになる。
「ほら、この世界って非常識なこともあるじゃない? だからそれに対応する為の組織がこの国にもちゃんとあるのよ」
アステリアはN課について説明する。そのN課が世界の危機に立ち向かっているユニオンリバー等のマイナンバーを持たず今回の支給を受けられない人間に、政府に代わって十万円を配布することになった。
「いやー、十万かー……どうしようかなー」
七耶は早速何を買うか考えていた。陽歌は正式に支給を受けられるのだが、貯金する気満々であった。義手のモニター報酬でお金には困っていないというのもあるが、今まで何かをねだったりすることはもちろん、誕生日やクリスマスに貰うプレゼントを指定する経験が無かったこともあり、欲しいものがよく分からないでいた。
「おい小僧! 十万円だぞ十万円! パーッと使うぞ!」
「え? 僕は貯金かなー……」
十万円の金銭価値が分からないわけでもなければ、生活にお金がいることも分からないわけではないが、能動的な欲望を持ったことが無いのでどうしたらいいか困ってしまう。
「お部屋を見直したら何か足りないものがあって欲しいものが分かるんじゃないかな?」
「おお、そうだな」
アステリアのアドバイスで、まずは部屋の確認をすることになった。七耶もそれについていく。陽歌の部屋は喫茶店の地下にあり、それなりに広い。エヴァが用意したもので、あまりの完備ぶりに彼は困惑して落ち着かなかったという。
精神的にも肉体的にも体力のない陽歌の為に、床で寝られるようにタイルマットが敷き詰められ、クッションが置いてある。ベッドは当然、作業用の机、薄型テレビと一通りのものはある。加えて性能のいいデスクトップPCにゲーム機はswitch、PS4が揃っている。GBN用の自宅筐体まである徹底ぶりだ。デスクに備えられた椅子は身体に優しいワークチェア。基本、足りないものはないのではないだろうか。
「ダニエルのものは……」
現在保護している黒猫、ダニエルの為のものも不足はない。猫用ベッドに餌箱、そこから対角線上に放したトイレなど、一通りはある。猫じゃらしなんかもあるが、老猫なのか反応は芳しくないのでキャットタワーを用意しても置物になるのがオチだろう。
第一、新しい飼い主を探している中で場所を取るものをセットで渡しますといっても、引き取る側が困るだろう。
「こうなるとますます困る……」
模型用の工具はその都度買い足しているせいで足りており、エアブラシも作業室にあるので問題ない。
「そうなると……」
「他の奴はどう使うか、だな。参考になるかもしれんぞ」
そういう話なので、まずは七耶に聞いてみることにした。
「七耶は何買うの?」
「え? 私か? そうだな、ゴジュラスガナーに真骨頂電王に……」
七耶が欲しいのはコトブキヤから発売されているゾイドのプラモデル、ハイエンドマスターモデルのゴジュラスガナーに仮面ライダーの可動フィギュアだ。
「あれ? ゴジュラスって二つ持ってなかった? まだあったの?」
「あー、それとせっかくだからマグアナック36機セットもか」
とにかく、七耶はプラモデルという結論が出来た。
「フレズは何か……」
「人間から施しを受ける気はない。お前が好きにしろ」
机の上に座っているFAガール、フレズヴェルクに聞いてみたが素っ気なく断られてしまう。こうなれば、片っ端から誰かに聞いて参考にするしかない。
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「十万円を何に使うか?」
「十万円ねー」
まずはミリアとさなのゆにかふぇコンビ。ミリアはまぁ言わずともわかるだろうと誰もが思っていた。
「今は取っておくかな」
「え、お酒じゃないんだ」
さなは彼女の答えに意外そうな声を上げる。これには七耶と陽歌もびっくりだ。まさかの貯金路線か。
「コロナ収まったら飲みに行くからね! その間もチマチマお弁当買ったりして」
「あー、なるほど」
今は営業自粛で苦しんでいる居酒屋を支援しつつ事が済み次第放出する作戦だ。
「宅呑みもいいけど、居酒屋だとおつまみ美味しいし、なにより片付けなくていいからね」
「飲食店って後片付けもやってくれるのがいいですよね」
アステリアもおつまみが作れないわけではないが、呑みすぎがバレるとアスルト共々粛清されるので外で呑んだ方がいいのだ。
「飲食店かぁ……宮城に行った時に入ったお店は経営大丈夫かな……?」
陽歌はかつて、療養で訪れた宮城にあった寿司屋のことを思い出す。店主はいい人で寿司も美味しいがかなりぶっ飛んでいる上隠れ家的な店なのでこの状況での経営難は避けられまい。
「さなは?」
相方であるさなは何に使うのだろうか。ケモミミが何の耳かもわからないミステリアスさからも予想が付かない。
「あー、私はあれだね。今度発売されるウォドムポッドを多々買って最新ウォドム部隊を再現するよ」
彼女が欲しがったのは今度発売のガンプラ。さなは∀ガンダムが好きで、原型機とはかけ離れた状態ながら待望のウォドムHG化に期待を寄せていた。謎な部分は多いが常識人で普通の子であるさならしい使い方とも言える。
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次はマナとサリアのアイドルコンビ。アイドルの仕事も自粛で減っている。だが、ネットで楽曲を配信していたり、天導寺重工を通じて仕事の無い現場スタッフにマスク製造の仕事を回したりと案外活動は多い、
「あー、私は調理道具かなー」
サリアはキッチン周りの整備にお金を掛けたいそうだ。本業アイドルであり師匠の影響で格闘技にも秀でているせいで忘れがちだが、その師匠はコックなのでサリアも当然料理は教わっている。というか齢十一にして料理で食っていける実力がある。
『弘法は筆を選ばず』というがこれは大変な誤りで、一流の人間は使う道具にこだわりを持っているものだ。そんな道具を揃えるとなればいかに人気アイドルの収入でも厳しいものがある。加えて、道具は消耗品でもある。
「私は旅行の資金ですかねー。行きたい国とか沢山あるので」
マナは観光の軍資金。魔法を使えば移動にお金は掛からないが、移動も旅の醍醐味でありそこを飛ばすのは野暮というものだ。彼女はエヴァと出会うまで半身不随であったせいか、外の世界や自分の知らないものに強い憧れがある。
「観光かー、今度オブライエン先生のサイン会やる時はアメリカ行きたいなー」
「おおー、アメリカいいな。実銃撃てるぞ」
陽歌も行きたい土地はあった。好きな作家がアメリカ人なのでそのサイン会に行って原著にサインを貰いたいと思い、英語を勉強してSNSもチェックしているのだ。七耶が言う様な実銃もその作家の元職業柄気になってはいたが、流石に子供は撃たせてもらえまい。
「一回行ってみたところでも、他の土地を見てからもう一度来たり、仕事で行くのとプライベートで行くのでは違うんですよねー」
マナはアイドルなので仕事で遠方へ行くこともある。一度行ったらコンプ、というトロフィー感覚ではない為、同じ国や県に行っても毎回新鮮な気分なのだという。
「旅行資金……コロナの後に使うのもありかな」
生活に困っていないのであれば、この疫病が収まった後に使うのも悪くない。選択肢が増えて悩むことになりそうだが、参考にはなった。
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「十万円?」
休憩室を陣取っているヴァネッサとナルら四聖騎士団にも聞いてみた。
「あー、私はあれだな。アニマギアの揃えたいな」
ヴァネッサは動物型のAI搭載小型ロボット、アニマギアを集める気らしい。AI部分抜きならリーズナブルなので、十万もあれば大体買い揃えられるだろう。
「あとトリロバイトマギアの装動とかな。あれは沢山ほしい」
そして重要なやられ役の補充。ブンドドにはやられ役の役割が重要と古来よりウルトラシリーズのソフビが証明している。
「十万円もあったらいけるよね」
休憩室に珍しく滞在している茶髪の少女はヴァネッサと同じ青龍末妹、クロードである。
「ビーダマンを回収して回るよ」
彼女は武器にもしているビーダマンを中古市場から集め回るこのこと。物によっては一個で十万では足りないくらいの希少品も多い。
「いやー、私は十万円貰わないと食指の伸びないもの買いたいですね」
「そうなんだ」
エヴァは結構考えて使うつもりらしい。あれだけ不足の無い部屋をどうぶつの森感覚で作る彼女がそこまで考える買い物とは何か、陽歌は気になった。
「例えば、どんなの?」
「そうですねー、やっぱメジャーWiiパーフェクトクローザーとか、ラストリベリオンみたいな屈指のクソゲーや、メタルマンとかフロッグマンの様な話題のクソ映画ですかねー」
「え? クソなのに高いんだ……」
クソの沼にどっぷり使った四聖騎士団や七耶は感覚が麻痺しているが、ダメな作品なのにプレミアが高くつくというのは理解できないだろう。生産が終了すれば数が限られるため往々にして値段は上がることも多いが、それは数に対して需要が多い場合に限られる。モンハンでいうと『G』が出た後のナンバリングソフトは、セーブデータの持ち越しや前のソフトでしかできないことも無い上に生産数が多く中古市場に多く出回り且つ需要が少ないことから安価になる。
対してクロードの買おうとしているビーダマンの様に生産が終わっており、アイテムの性質上破損しやすく総量が減っているが欲しい人の多いものは値段が上がる。バトルビーダマンの『リボルバーハデス』という出荷数の少ないアイテムは通販サイトで五十二万の値が付いたことがある。
「この世で一番悲惨なのはワーストを飾ることではなく中途半端に終わって話題にもならないことなんですよ」
なんでクソ映画やクソゲーがプレミア化するというとこの原理そのものであり、クソということは商業的な失敗が確定されているので出荷数は少なく、その中でも突き抜けていると好事家の目に止まって高騰する。
「そういう世界もあるんだなぁ……」
「クソの世界は浅瀬でちゃぷちゃぷして深海を知った気になるより、実際に沖まで泳いで確かめるのがマナーです。その時はぜひご一緒に」
「うん、遠慮する」
実写デビルマンや実写ドラゴンボール、newガンダムブレイカーなどを体験した陽歌は体験したことのない苦痛を感じた。大体の苦しみは味わったと考えた彼だったがその時は世界の広さに感心さえ覚えたものであった。なので丁重にお断りする。
(私ら感覚麻痺ってるけど、主治医をして『苦痛の基準がバグってるから注意深く見ろ』って言われてるこいつにこう言わせるって相当だよな……)
七耶も改めてクソゲークソ映画の世界の深淵を感じた。
「ボクは美味しいもの沢山お取り寄せしたいですに」
ナルは食欲が中心。ただ、この野望には一つの問題が横たわる。
「でも美味しいものは高いけど少ないのが悩みですに……。お腹いっぱいを取るか美味しいものを取るか……」
旨い物は高い、そして少ない。お腹いっぱい食べられるものがマズイわけではないが、この二律背反は人間社会に常時まとわりつく課題だ。
「味覚的には美味しいものの場合だと少なくても満足度が高いらしいよ?」
陽歌は知識としてそうは知っていても、サルミアッキを眉一つ動かさずに食べられる埋葬味覚では実感がない。
「それに、美味しい部位は霜降りや大トロみたいに脂が多くて沢山食べられないとか、高い物はおいしさというより希少性でそうなってるだけみたいなとこもあるし……」
脂肪分の多さ故に量食べるのが困難というパターン、マツタケや燕の巣、フカヒレの様に調達の難しさから食べること自体がステータス化している場合もある。
「つまり、真に旨い物は自分の中にしかないってことか」
七耶的にはそういう理解になった。味覚は好みの範疇でしかなく、一般的に美味しいとされる者でも嫌いな人間は一人くらいいるものだ。
「では好物をこれでもかこれでもかと食べますに……」
「それが一番迷いないな」
結局好きなものを好きなだけ食べることが至高の贅沢である。
「食べ物か……」
食べ物を買う、という発想が出て来たので陽歌は自分が好きな食べ物を思い浮かべようとする。が、欠食児童歴の長い彼に好き嫌いという言葉は縁遠く、基本どれでも美味しいという感じに収まってしまう。
「好物……」
そもそも満足に食べる経験が少ないせいで好物と言えるものを選定するに至らない。
「逆に嫌いなもの消していけばいいんじゃないか?」
「あー……」
七耶に言われた通り、食べられないものを排除する消去法で探すことにした陽歌。だがアレルギーもなく、嫌いなどと言っていては生きられなかったので食べられないものを言うほど無い。
「あ、一つだけあった……」
「冷たいもんか?」
ヴァネッサは陽歌が腕を失った原因から、それを連想させるものを挙げる。
「実はカップ麺だけは受け付けなくて……」
「カップ麺? そんなんが?」
クロードはユニオンリバーを阿鼻叫喚に陥れたガリガリ君ナポリタンさえ涼しい顔をして食べた彼にそんな好き嫌いがあるとは思ってもいなかった。そもそもカップ麺自体、子供や偏食家に好まれやすい、嫌いな人間の珍しい食品だ。
「そうなんです……幸い、ここでは出なかったので言う機会なかったけど」
ユニオンリバーには料理で商売しているアステリアやアスルトが常駐している上、例えどっちかがいなくても大所帯故に誰か料理出来る者が常にいる為食事がカップ麺になることは皆無。食べるとしたらおやつや夜食程度だ。
「なんだ、それでカップ麺喰ってるとこ見て気分悪そうだったのか」
「お前気づいてたのか?」
ヴァネッサは彼の異変を察知していたが、カップ麺が原因とは考えていなかった。七耶もそこを問い詰める。
「まぁ多分、昔状態の悪いもんでも食ってえらい目遭ったんだろ。嫌いになる理由って案外シンプルだしな」
そう考えたヴァネッサだったが、真相は違う。彼の両親は食事を用意するのを面倒がり、陽歌の食事を箱買いのカップ麺で済ませていたのだ。家で他の家族が別の物を食べていようが、外食でどっかに行っていようが、毎日三色同じものを食べ続けるだけでも地獄なのに、それが虐待の結果なら嫌いになるのも無理はない。
加えて、栄養失調による臓器の機能不全や暴行による内臓への損傷を受けた状態でそんな脂っこい消化の良くないものを食べれば嘔吐や腹痛などを引き起こす。そうした苦しみの経験が積み重なり、味以前に『カップ麺』という存在を受け付けなくなってしまったのだ。
「はは……移り香とか話題になったね昔。殺虫剤の近くに置いてあったもんだから酷い味だったよ」
陽歌はそんな詳細な理由など知らないが、心配を掛けない様に過去を隠す。とぼけている様で察しのいい彼女らはその仕草だけでも裏を感じ、追及を辞めるのだが。
「でも私らはともかく、陽歌はお国から貰えるんだぞ? なんか記念に残したくならね?」
「あー、確かにお国にお金あげることあっても貰うことってそうないから……」
ヴァネッサは話題を切り替えた。彼女らは公安からの特別支給だが、陽歌は正真正銘、国からの支給だ。なんかこう、一種のありがたみというか特別感が強い。
「十万円分の金でも買って像にするか?」
七耶は記念のトロフィー製造を提案する。確かに記念に残るし、万が一の時売れば資金として活用できる。換金の手間を考えれば貯金でもいい気がするが、金は万が一国が経済破綻しても活用できる数少ない資産だ。
「昔、政府から自治体に支援金が出た時、それをまるっと金の像にしたところがあったんだけど……なんか違うかなって」
「まぁそれはみんなに使う金を偉い奴の自己満足に使っちまったからだな。今回は個人給付だし話も変わってきそうだ」
今回の給付金はお題目として、生活補助という目的がある。とはいえ金に困っていない陽歌はそれをどう使うか悩むところだ。
「政府の狙いに沿うなら、ドカンと使って景気を回すってところだな。買い物して商品が売れれば、買ってもらった店もさらに助かるってもんだ」
「買い物して誰かを助ける……そうか!」
陽歌はようやく使い道を決めた様で、スマホを取り出して何かを注文する。
「これでよし」
「通販か?」
陽歌が注文したのは、同人誌であった。それも電子書籍があるものでも紙媒体で購入だ。
「これで好きな絵師さんに支援出来るし印刷所も動く。そして僕は漫画が買えてうっはうはと……近江商人の心意気、三方よしです」
今年はコミケやコミティアなどの同人イベントが中止になったせいで印刷所も厳しいのが現状。そこを支援する意味もある。ちなみに、彼は中止となった今年のコミケのカタログは購入済みである。
「R指定のものは無理ですけどね……」
一応年齢制限は守る。ゾーニングなどの先人の努力を無にしないためだ。だが、小説などは全くそういうレーティングが無いので読めてしまう現状。
「使い道も決まったし、後は送られてくるのを待つだけだね」
給付金は自治体によって申請の開始がまちまちである。インターネット申請の開始と郵送で差があったり、妙にややこしい。総務省のホームページで自分の住んでいる自治体がどうなっているのかを確認し、逃さない様にしよう。
多々買わなければ生き残れない!