騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 幸運とは、人が操作できるものなのであろうか。人は日々、ガチャを引く時に「強化が大成功したら」「単発なら」と運を引き寄せようとする。しかしそれは確立された方法ではない。
 もしそれが可能なら、どれほど強大な力になるだろうか。働かなくても宝くじだけで生計を立てられ、どんな病気になっても困難な手術さえ成功し、否、どんな不摂生でも運よく病気にならない幸運があるとしたら……。


幸運を呼ぶ少女たち!

「東京オリンピックの延期は、ございません」

 記者会見で大海都知事が発したのは、意外な発言であった。国とIOCの間でオリンピックの延期が決定した今、緊急記者会見と称して人を集めたかと思えばこんな世迷い事を言い出したのである。これにはくだらない質問しかできない程度の知能の大手メディア記者も困惑した。

「この疫病騒ぎはすぐに収めてみせます。こちらの映像をご覧ください」

 記者会見の会場、そこのモニターには東京湾のさらに外が映されていた。そこから大きな水しぶきを上げ、何かが出現した。なんと、海底から巨大な施設が現れたのだ。

「病院島、『菊子』。ここに感染者を隔離し、感染の拡大を防ぎます」

 感染者を隔離出来る巨大な病院。確かに治るまで感染者を片っ端からここに突っ込む。現実的なコストから誰もしなかったことをやろうというのだ。

「そしてまことに遺憾ながら、現在ある地方都市で危険なウイルスに感染した人間が二名出たとの情報を独自の感染症情報部隊がキャッチしました。彼らを患者第一号として搬送している最中です」

 ざわざわと記者たちが騒ぐ。自身の手腕を披露したくて、不確定な情報を流してしまうという首長としてあるまじき有様だ。正確なことを言えば感染者の一人は死亡、もう一人は発症前にワクチンを接種しているので問題は一切無い。

「これで感染症問題は解決。そして今後予想されるテロ等の負傷者を救える病院機能としての力も見せつけ、延期を取り下げさせます」

 大海の脳内イメージは成功への道を進んでいたのだが、現実は甘くなかった。

 

   @

 

「なるほど、LBXで盗聴を行っていたんですねぇ……」

 エヴァは遠くから陽歌を捕まえた武装集団の様子を監視し、会見の動画を見て即座に情報の流出元を探った。この学校にも無人機と思われるLBXが潜んでおり、これで情報を集めていたと思われる。

 通常、LBXはコントローラーであるCCMの電波圏内でしか操作出来ないが、かつてオメガダイン社が開発したサーペントの様にその電波を仲介する機体があれば問題はクリアできる。そうして日本中にLBXをばらまいて医療機関などの情報を収集、感染者の具体数を直接のやり取り無しに把握していたのだ。

「さて、これからどうしますかね……。とりあえず用事は済ませないといけませんし」

 結構ものぐさなエヴァとしては、せっかく北陸までわっせわっせと来たのに緊急事態で成果を得ずに帰りたくはなかった。

「おーい! エヴァちゃーん!」

「無事だったか!」

 そこへミリアとカルロスが合流する。エヴァは陽歌のことを他の姉妹に任せ、自分は当初の目標を達成することにした。

「どうしよう! 陽歌くんが……」

「そのまま追いかけるのは真正面から迎撃受けますし、向こうには人質がいます。ここは静岡辺りでヴァネッサに待ち伏せてもらいましょう。そして私達は当初の予定通り、陽歌くんの母子手帳等を手に入れますよ」

 ミリアもヴァネッサの実力は理解していたので、この作戦には同意した。静岡からなら、ヴァネッサ以外のメンバーも出撃出来る。待ち受けた方が戦力も充実でき、準備もしやすい。

「俺もお嬢ちゃんを助けるのは死神野郎に任せて、ここの病院のワクチン管理状況を調査することになった。俺は装備も無いしな……力になれなくてすまん」

 陳謝するカルロスに対し、エヴァは軽く返す。

「いえいえ、私達ユニオンリバーなら心配なく。よし、それでは各員散会です!」

 こうして、都知事の野望粉砕兼陽歌救出作戦が開始された。

 

   @

 

「作戦って、私が主軸ぢゃねーかあのアホ姉!」

 輸送部隊のルート情報を受け取りながら、ワイルドライガーを走らせるヴァネッサが愚痴った。陽歌のカイオンも来ており、そこにはナルとさなが乗っていた。

「とにかく、あちらさんは陸路で陽歌くんを運んでいますに。ここに戦力を集中させて迎え撃てば問題ないですに」

「そうだね、これだけの戦力ならなんとかなるでしょ」

 さなの言う通り、ユニオンリバーで今動かせるだけの戦力を通過予定の高速道路に集めていた。都知事は急に輸送の為と称し、高速道路を通行止めにしてしまった。それに乗じれば、迎撃の準備は簡単である。

ガノンタスやキャノンブルなどの砲撃ゾイドを集め、敵を真正面から撃ち抜く作戦だ。人質救出はBSAAのハンクなる人物に任せ、こちらは都知事及び推進委員会の殲滅に集中すればいい。

「でも来るまで暇ですに……」

 だが北陸から静岡に敵が来るまでは時間がある。ナルは暇そうというか眠そうであった。

「なんで空路使わないんだろうね。そうしたらストームソーダーで一発なのに」

 さなも空路を使わないことを疑問視していた。ユニオンリバーには空戦ゾイドがいる他、四聖騎士団の朱雀など生身で飛行できるメンバーもいるためもし空輸されても困らないどころか、既存の航空機より飛行能力が勝る分こっちに有利だ。

「そういうこと警戒してきてんじゃねーの? なんせ、人質に使う予定だったロスカル・ゴンの娘も自警団のゾイドに解放されたしな」

 ヴァネッサは委員会が敵対組織の保有するゾイドを警戒していると考えていた。

『委員会の輸送部隊は大型トレーラー複数の車列だよ! 現在、長野県突入! 愛知県到達までおよそ一時間!』

「時間掛かるな……」

 深雪にはクワーガで先に飛んでもらい、敵の車列を偵察してもらっていた。クワーガが委員会の車列を捉える頃には、もう長野県まで来ている。

「ん?」

 その時、近くの建物の屋上に立っている謎の影をヴァネッサが見つけた。

「ハッ!」

それはかっこよく飛び立つと、彼女達の前に現れる。緑のボディをした翼人型のロボットである。

「貴様か、キクコ様に立て付くイレギュラーというのは……」

「誰だ! 委員会の連中か?」

 ヴァネッサが問いただすと、そのロボットは名乗りを上げる。

「私はフォルスロイド、ハイボルト! キクコ様に逆らい続け、挙句今もその道を塞ぐか。ならば、私が排除する!」

 どうやら迎撃を警戒し、部下に先行させていた様だ。ハイボルトは今にもヴァネッサ達に襲い掛かりそうだ。これを見て、さなはカイオンから降りて作戦を変える。

「迎撃ポイントを変更するよ! こいつを倒しても、ここで待ち伏せしてるのがもうバレてる! ヴァネッサ達は移動して!」

「わかった!」

 ヴァネッサとナルは移動を始める。ハイボルトは逃がすまいと攻撃を開始した。

「躱せるか!」

 翼を広げての突進。だが、そんな単純な攻撃は容易に回避できる。

「っと……」

 体当たりを避けたヴァネッサだが、それを読んだかの様に雷の矢が飛んで来る。

「危ね!」

 彼女は武器であるガンブレードで背後に迫ったそれを弾く。なんとハイボルトは脚部を切り離して固定式のビットにし、そこから射撃も行っていたのだ。

「前から来ますに!」

 ゾイドに乗り慣れていないナルは切り返して正面から迫るハイボルトへの対応に遅れたが、カイオンが独自の判断で回避する。その後に、正面へ設置された足パーツから飛んでくる矢もナルが拳で叩き落とす。

「ん?」

 さなはハイボルトが飛んでいるのに、足だけ置き去りなことに気づいた。そして、ものは試しとそれに拳を叩き込む。

「剛拳、二百六十七貫!」

 案の定というか、なんというか、置き去りにされた足は破壊された。

「あー! 人の足を! 貴様何という卑劣な!」

 ハイボルトは絶望と驚きの声を上げるが、そんな大事なパーツなら置き去りにしなければよかったのではないか。

「えー? こんなもの設置したら壊すでしょ」

「普通壊せないから置くんだよ!」

 彼としてはまさか破壊出来るとは思っていなかったのか、脇の甘いミスである。慌ててもう片方の足を回収するハイボルト。一応、足は自動で手元に戻ってくるらしい。

「はい隙ありー」

「あー!」

 しかし戻ってくるルートが見え見えなのでまた拳を叩き込んでさなが壊してしまう。

「破壊不能ギミックをスナック感覚で粉砕するんじゃない!」

「壊せちゃったのはしょうがないじゃん」

 ハイボルトの技はかなりの比率で足に依存するらしく、まさに手も足も出ないという状態だ。もう付き合い切れないので、さなはトドメに入る。

「月輪脚!」

「自分は足技とか当てつけか!」

 ハイボルトがやけくそで突進を仕掛けるが、彼女はそれがぶつかるタイミングとは大幅にズレた状態で虚空を蹴る。

「三日月嵐!」

 しかし、その華奢で柔らかい生足には百トンを超えるパンチを支える力がある。そのパワーで薙ぎ払われた空気は刃となり、ハイボルトの体を真っ二つに切り裂いた。

「ぐおああああ!」

 いくら飛行用に軽量化されているとはいえ、蹴りの風圧で切り裂けるような素材ではない。ハイボルトは両断されたまま、負け惜しみと断末魔を上げる。

「馬鹿な……だが、フォルスロイドは私だけではない……キクコ様がモデルVでお作りになる未来は、眩しすぎてお前は何も……見えない……」

 そして爆散。熱風を受けても、さなは平然と立っていた。ヴァネッサ達は戦闘の隙に移動し、この場所を離れていた。

「さて、ここで増援を待ち構えますか」

 ハイボルトの撃破を知って、敵が増援を寄越すと考えてさなは待機を選んだ。

 

 迎撃ポイントを愛知県寄りに変更すべく、ヴァネッサとナルは移動していた。そこに、空から大きなイタチのロボットが降ってくる。なんと下半身を回転させて竜巻を起こし、空を飛んでいるではないか

「待ちな!」

 デザインラインからヴァネッサはハイボルトと製作者が同じと判断した。

「さっきの奴の仲間か?」

「かまいたちとは安直なデザインですに」

 ナルの小馬鹿にした言動を、イタチは軽く受け流す。地面に降り立つとおもむろに電気の球を転がし、足止めを謀ってくる。

「切り刻まれても同じセリフが吐けるかい? アタシはフォルスロイド、ハリケンヌ! そこのねこ娘から刻んでやるよ!」

「とら」

 フォルスロイド、ハリケンヌに対してナルはいつもの訂正をする。

「面白い冗談だね。虎も小さかったら猫と同じだよ!」

「よーし、じゃあ見せてやりますに」

 挑発に乗る形であるが、ナルはカイオンから降りてハリケンヌとの対決に挑む。ヴァネッサは引き続き、カイオンと共に迎撃ポイントへ移動した。

「ふん、どうせ後で切り刻んでやるさ」

 ハリケンヌはそれをみすみす逃がす。絶対に勝てる、という自信の表れだ。

「生意気め!」

 彼女は首の刃を高速回転させ、斬撃を飛ばす。それをナルは姿勢を低くしたダッシュで潜り抜ける。

「何?」

 その回避方法に、ハリケンヌは青ざめる。嫌な記憶が蘇る。あの少女、赤のロックマン、モデルZXが脳裏に過る。が、過去の敗北を振り返る暇はなかった。

「タイガーレイザーズエッジ!」

「ぐっ!」

 ナルの薙いだ両手の爪が、ハリケンヌの首筋と脇腹を捉える。直撃は避けたが、僅かにダメージを受けた。

「アタシを切り裂こうってのかい? 面白いじゃないか!」

 興が乗ったハリケンヌは首の刃を全力で回転させ、自身を中心とした竜巻を発生させた。

「刻んでやるよ!」

 しかし、その竜巻が風の刃を作る前に、ハリケンヌの首に異常が現れた。どうしたことか、刃が上手く回らない。

「不調だと? なら!」

 即座に切り替え、ハリケンヌは高く跳躍する。そして登場した時の様に下半身を回して竜巻を起こして飛行する。だが、ここでも不調が現れ、回転が止まってしまう。

「何ぃいいい?」

 高いところから受け身も取れず、地面に叩きつけられるハリケンヌ。よく見ると、さきほどナルから攻撃を受けた部分は回転ギミックのクリアランスであり、斬撃ではなく引きちぎったかの様に変形しているではないか。回転させようにも、ひきちぎられた部位が引っ掛かって動かせない。

「ようやく気付きましたかに……」

 ナルは両方の指の間に金属の破片を挟んでいた。レイザーズエッジとは爪による攻撃ではなく、握力で相手の部位を挟んで引きちぎる技なのだ。

「くっ……こいつ!」

 回転が変なところで止まったせいで、ハリケンヌは立つことが出来なかった。ナルはトドメを刺す為に走ってくる。

「タイガー……竜巻旋風脚!」

 そして横に回転しながらのキックで突進。上半身だけ起き上がったハリケンヌはその連続攻撃をもろに受けてしまい、頭部をベコベコに破壊される。

「ぐおお!」

 完全に打ちのめされ、ハリケンヌは倒れる。ナルは地面に降り立つと、煙を吹いて漏電するハリケンヌの最期を見届ける。

「ふ……アタシを倒したくらいじゃ運命は変わらないさ……この国の全てはモデルVのイケニエになるだけだからね……」

 爆散し、跡形もなく吹き飛ぶハリケンヌ。ナルは特に感傷を覚えることもなく、仲間と合流すべく急いだ。

 

   @

 

『こちら観測班、異常なし』

「そのまま警戒を続けなさい」

 陽歌を乗せたトレーラーは高速道路を走っていた。大海都知事は助手席に乗り、報告を受ける以外の仕事をしていない。陽歌はストレッチャーに拘束された状態で寝かされ、上半身の服を脱がされて検査を受けていた。一応、医療機器が揃っている様だ。彼の体にはいくつも目立つ傷があり、加えてやけに下手な手術痕も存在している。

『了解しました』

 既にフォルスロイド二体を失っているが、報告されない。少しでも思い通りに行かなかったりトラブルが起きると彼女はヒステリーを起こすため、部下が報告したがらないのだ。

「発症の兆候、ありません。おそらくワクチンの接種を受けています」

「そんなことはどうでもよろしい。ただ、この子供が感染者に噛まれたという事実が重要なのです」

 同乗の医療スタッフが検査の結果を伝えてもこの通り。自分に都合のいい情報以外は欲しがらない。

「トレーラー2で搬送中の感染者と歯形を照合したところ一致しました」

「よろしい」

 医療スタッフは適当なことを言ってその場をやり過ごす。現在、陽歌を噛んだ担任のなれ果ては他のトレーラーで輸送している。歯型の採取や照合などは行っていないが、口から出まかせの割には的中していた。

「しかし気になりますね……スキャンの結果、いくつかの臓器が欠損しているんです」

「そんな情報はいりません」

 医療スタッフは真面目に仕事をしているので陽歌の体調に気を配っていたが、都知事は患者一号を自身の手で搬送するという手柄だけが欲しいので後は野となれ山となれ。臓器の欠損という信じられない言葉にも全く興味を示さない。

「ですが右の腎臓、両肺の下部、肝臓や膵臓まで……すべて家族への提供とは考えられませんし、第一子供の臓器を大人へ移植というのは考えられません。不自然です」

「ごちゃごちゃ煩い! 私は運転に集中してるの!」

 運転はしていないのだが、僅かな提言でもこの通り発狂して手が付けられない。そのため、彼女の秘書は短期間のうちに何百人と変わっている。

「うぅ……」

 その金切り声は聴覚過敏の陽歌には辛いものであった。臓器の欠損については知らされていたが、なんでそこを摘出したのかについては全く記憶になかった。国際警察が言うには、ギャングラーに凍らされた時に取られたのではないかとのことだったが、実はそれ以前からこの手術痕はある。

 臓器の大部分を失っているため体力も大幅に落ちているのだが、両腕と同じく再生治療は出来ない。人工臓器オプティマもテロリストに悪用されたことを理由に、一人に使える数が限られているため全ての臓器を賄うことはできない。

「おーい!」

 その時、窓の外から声と大きな足音が聞こえた。なんと、ヴァネッサがワイルドライガーで迎えにきたのであった。隣にはカイオンも一緒に走っている。敵が迫ったということもあって医療関係者は慌て始める。その時、突然運転席の窓を突き破って武装したガスマスクの男が突入してきた。

 その男は運転席と助手席の隙間を縫って陽歌のいるスペースに入ると、周囲にいたスタッフを格闘で瞬時に昏倒させる。そして、運転手に拳銃を突き付ける。

「BSAA提携企業、PMCアンブレラ、ハンクだ。車を止めろ」

 これがカルロスの言っていた救援なのか。すごい手際に陽歌も舌を巻く。これではさすがの都知事も反攻できまい。

だが、都知事は落ち着き放っていた。

「迎撃しなさい、【福音】」

 その一言で飛び出したのは、新たなライオン種のゾイドであった。骨格は琥珀色、装甲はクリスタルのワイルドライガー且つ、雷獅子形態と同じ模様が入っている。背中のユニットは深紅のAZタテガミユニットだ。

「はいよー!」

「なんだそのゾイド! 魔改造か?」

 驚くべき姿のゾイドに流石のヴァネッサも困惑する。言わば伝説の大秘宝、ワイルドライガークリスタルとファングタイガーアンバー、ライジングライガールビーを組み合わせた上で雷獅子形態にするというレアという言葉では片付けられない希少性のゾイドだ。

「私のタマちゃんは発掘した時からこんなんだよ?」

「いや嘘つけ!」

「発掘体験に言ったら掘り当てちゃった」

 【福音】はタマというとんでもゾイドを華麗に乗りこなし、ヴァネッサと接戦を演じる。ライオン種自体が乗りこなすのに相当な腕を要求し、それをZOバイザーの制御無しで行っているので実力は本物だ。ライダーがいないとはいえ、カイオンも戦闘に参加しているので戦力的にはかなり不利なはずである。

「苦戦するか、ならばこちらが人質を取る」

 ハンクが制圧を再開した瞬間、車が大きく揺れて彼は床に投げ出される。落ちた拳銃は嫌な音を立てていた。

「ん? ごめんごめん、進路妨害しちゃった」

「こいつ!」

 【福音】がヴァネッサとの戦闘でトレーラーが急ハンドルを取ってしまったのだ。ハンクはすぐ拳銃を取るが、破損しているのか分解して確かめると捨ててしまう。

「この程度で壊れるものか?」

「ははー、人質取れなくなるってラッキーだね私!」

 彼が疑問に思った通り、普通特殊部隊で使われる拳銃が落とした程度で壊れるはずがない。それこそよっぽどの不幸、敵にとっては幸運でなければ。

「彼女の能力は、とてつもない幸運なのです。あなた達がいくら強くても、この幸運の前には太刀打ちできない!」

 大海都知事は【福音】の能力を明かす。あんなレアゾイドを発掘して乗りこなせるほど相性のいい個体というのも、そこ幸運の能力故なのか。

「能力バトルで能力のネタバレしちゃうんだ……」

 陽歌はその幸運を破る策を考え始める。大体、こういう強能力はスキルに胡坐をかいて足元を掬われるものだ。

「そうだ、ヴァネッサ! なんでもいいからソシャゲのガチャを回して! 周囲の運を消費させるんだ!」

「そうか! 行くぞ、召喚タイム!」

 ヴァネッサはスマホを取り出し、アプリのガチャを回す。が、爆死もいいとこだった。マーボー豆腐が山ほど出てくる。

「どーすんだよ溜めた呼符と石が消えたじゃねーか!」

「あれ?」

 この空回りに、都知事は高笑いする。

「ふはははは! 何をしても無駄ですよ! 【福音】の能力は自分に幸運が起き続ける能力! あなた方がどうあがいても【福音】が味方でいる限り私の勝利は揺るがない!」

 その時、都知事の肩に何かが突き刺さる。それは分解された拳銃のスライドであった。

「脅すのに銃もナイフも必要ない」

「ハンクさん!」

 ハンクはまだ諦めていなかった。そう、この能力、あくまで【福音】が主体なので味方とはいえ大海都知事にそこまで恩恵があるかといえば微妙なのである。

「ぎょええええ!」

「車を止めろ!」

 しかし、また車が急ハンドルを切って脅しの体勢は崩れてしまう。ついでに刺さったスライドもすっぽ抜けてハンクが割ったフロントガラスから出ていく。

「おふぃおおお!」

「チッ」

 ヴァネッサもかなり考えて立ち回っているが、飛び散る破片などでハンドルを切らねばならない場面が出てきている。こういう意味で、幸運なのだろうか。

「だったら運に任せる前に終わらせる! 本能解放、ワイルドブラスト!」

 一気に勝負を付けるべく、ヴァネッサはワイルドブラストへ踏み切る。だが、踏ん張った瞬間に高速道路が陥没してしまう。

「おわー!」

「ヴァネッサ!」

 まさかの不運、いや、【福音】の幸運というのか。陽歌は自分で戦うべく、トレーラーの窓を開けてカイオンを呼ぶ。

「カイオン!」

 カイオンは吼え、トレーラーに向かってくる。しかし、足元に落ちていたバナナの皮を踏んで盛大に転んでしまう。

「ああ!」

「戦わずに済むってラッキーよね。傷付けずに済むから、さぁ、追いついた!」

 【福音】が迫る。その時、トレーラーの屋根に二人の人影が現れた。

「お待たせですに!」

「で、人間一人に苦戦ってらしくないんじゃない?」

 ナルとさなが追い付いた。しかし、【福音】の能力を打ち破る方法はあるのか。

「気を付けて! その敵は自分にとって幸運なことを起こすんだ!」

「運任せね……」

 陽歌が注意を促すが、実際それを見ていないさなは運と聞いてそんなに大した能力ではないと見た。

「例えクリティカルヒットが出せても、HPを削り切れないと勝てないんだよ。月輪脚……」

 さなは【福音】とタマに向かって飛び蹴りを放つ。その速度は凄まじかったが、幸運を発動することさえせず【福音】は回避した。

「っと……生身でゾイドと?」

 回避されたさなであったが、即座に体勢を立て直し、空中を蹴って機動を変えて再び【福音】へ迫る。

「天上ノ月!」

 それはまさに、空に浮かぶ月がいつまでも自分を追う様に。すれすれの回避と方向転換による押収が繰り広げられる。

「だったらボクも……、タイガー……ライトアタック!」

 ナルも光を貯めて黄色い球となり、【福音】を追撃する。二人の激しい追跡を受けながらも、それを回避し続けトレーラーを巻き込んだチェイスになっていく。

「しつこいったら!」

 その最中、さなの目の前に戦闘の衝撃に耐えきれなくなった看板が落ちてくる。彼女は進路を変え、それを避けた。

(これが幸運の力か。危ない……)

 一瞬看板に目をやり、再び進行方向を確認する。

「あ」

「に」

 そこには、高速で動くナルがいた。彼女もまた、瓦礫を避けた結果こうなったのだ。鈍い音が車の騒音をかき消して響き、二人はたんこぶを作って倒れる。

「ふぅ、ラッキー……」

 脅威が去って一安心の【福音】。だが、復帰してきたヴァネッサがライガーと共にやってきた。

「キングオブクロー、スパイラル!」

 本能解放による一撃。しかしこれは謎の不幸により阻まれることなく、タマに届きそうになった。そこで【福音】はタマを反転させ、本能解放を試みる。

「進化解放、エヴォブラスト!」

 二人の必殺が激しくぶつかり合う。

「さすがに連続でラッキーは起きないか!」

 彼女はただ自分の幸運が尽きたのだと思っていた。しかし、実際は違った。タマが踏ん張る地面に撒かれた砂で、力負けが起きてしまう。

「な、まさかアンラッキー? 私が?」

「いけー!」

 即座に回避行動を取ったため大事には至らなかったが、突然の事態に【福音】は困惑する。なんと、トレーラーの上に新たな人影が現れた。長身で金髪を靡かせた、一人の少女であった。

「搔け、紅葉招来!」

 その少女は大きな熊手を手に演舞を披露する。すると、吹き飛ばされたタマは踏ん張った時にどこかを痛めたのか屈んでしまう。

「タマ! 大丈夫? あの子一体何を?」

 【福音】はトレーラーの上に乗る少女を見る。彼女はグラマラスな肢体を隠すこともないキャミソールにホットパンツという大胆な姿であった。

「久しぶり、ユニオンリバーの浅野陽歌。覚えていてくれた?」

「あなたは……初めて会った気がしない……」

 少女は陽歌の疑問に、熊手を構えながら答えた。

「私は、一富士・デュアホーク・三茄子!」

 新たな出会いが、物語を大きく揺るがし始めた。

 




 遂にぶつかるフロラシオンとユニオンリバー! 初夢の少女が切り開くのは勝利か?
 そして凛が見つけた施設の秘密とは?

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