騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 四聖騎士団とは?

 錬金術師アスルト・ヨルムンガンドが酔った勢いで作った青龍、朱雀、白虎、玄武4組それぞれ7人、計28人の姉妹ロボットである。その性能は酔った勢いで作ったとは思えないほど高い。またその技術は陽歌の義手、二十式プロトアガートラムなどに応用されている。
 普段の姿はコアが人間の姿をしているだけらしい。また、自由に動いているため全員が揃うことは稀である。


乱戦! 陽歌救出作戦と謎の施設調査

「陽歌くんの乗ったトレーラーを確保した! 私達も行こう!」

 深雪は偵察の為に飛ばしていたオレンジのクワーガを救援に向かわせた。飛行速度は最新のスナイプテラやソニックバードにこそ劣るものの、飛行というアドバンテージは大きく、十分にトレーラーへ向かえる余裕があった。

「でも耐Bスーツがあってよかった……」

 ゾイドのワイルドブラストに耐える為のライダースーツはサイズ的にタイトなので子供用はそうそう無い。ユニオンリバーのメンバーはロボットか異様に高い身体能力で耐えるという方法を取っているので、スーツの常備は無かった。だが、深雪は自宅に自分用のスーツがあったのだ。

 というのも、母親がクワーガを用いた運送業に就いているためゾイドの乗り方を教わっていたのだ。その過程で耐Bスーツも存在した。

 ワイルドブラストをしないまでも、飛行環境に適応するには必要な装備だ。

「ん?」

 その時、彼女の目の前に所属不明のゾイドが出現した。赤いスナイプテラだ。スナイプテラは主に治安局で用いられるゾイドで、エースの乗る機体は赤く染め上げられている。だがバイザーの色が青く、普通のエース機とは違う様子だった。

「あれは……」

 深雪が相手を確認するより早く、スナイプテラは兵器解放を行い撃ってきた。

「うわっ!」

 彼女の実力かクワーガの性能か、その一撃を回避することには成功した。だが、何の警告も無く射撃を行うなど異常といか言えない。

「待って! 一体どういうつもりなの? この機体にはオンラインレコーダーが組まれている! あなたの行為は遠隔で録画されているのよ?」

 深雪はオープンチャンネルでスナイプテラのライダーに声を掛ける。だが、そのライダーは少年の声であっさり答える。

「関係ないね。戦っていいなら戦うだけだ!」

「善悪の区別が付かない子供に引き金を引かせるか、治安局!」

 治安局はその公的機関の様な名称に反し、一企業が抱える私兵に過ぎない。同じくゾイドを扱う対テロ組織のZiコマンドフォースが民間とはいえ警察や自衛隊と連携しているのに対し、治安局は公安からも危険視されるスロウンズインダストリアルの為だけに動く軍隊だ。

 そのため、軍規と言えるものはなく子供が銃火器を搭載したゾイドを動かすことさえ許されている。

「そっちだって子供じゃないか!」

「屁理屈を!」

 早く陽歌救出に合流したい深雪の前に、意外な難敵が立ちはだかる。

 

   @

 

『キリングレッド、大空迅、戦闘状況に入りました!』

「虫一匹になど構ってないでさっさとこっちに寄越しなさい!」

 トレーラーで部下からの報告を受けた大海都知事は苛立つ。現在、患者一号として陽歌をトレーラーで運んでいる途中にユニオンリバーの襲撃を受けている。【福音】のおかげで一時は優勢だったものの、その後現れた少女のせいでまた劣勢に陥った。

 そのため、治安局に増援を要請しているところだった。今もトレーラーは全力で逃走しているが、ヴァネッサの追撃は激しい。

オリンピックのスポンサーであるスロウンズとしては延期や中止による損失は避けたいので推進委員会に手を貸すこと自体自然であるが、如何せん増援の癖が強い。

「クソめ! なんだあの女は! 運を操っているとでもいうのですか! ズルイじゃない!」

 都知事は今まで自分がやって来たことを棚に上げて、突如現れた一富士・デュアホーク・三茄子という少女を非難する。彼女が現れてから、【福音】の力である幸運がめっきり発動しなくなった。

 その結果、ヴァネッサの駆るワイルドライガーと【福音】の操る希少ゾイド、タマは通常戦闘に入ってしまった。発掘されたオリジナルのAZタテガミユニットのさらに希少なものを背負い、雷獅子形態でもあるタマであったが乗り手の差なのだろうか、ヴァネッサに圧されている。

「なぜです! あれだけの希少ゾイドを操れるというのになぜたかが普通のワイルドライガーに!」

 都知事は疑問を投げかける。

「ゾイドはあくまで動物、強いゾイドに認められることが即ち優秀な乗り手であるとは限りません。それに、ワイルドライガーも十分に希少な……」

「うるさい! お前に聞いてねえよ!」

 部下の解説を都知事は汚い言葉で遮る。余裕がなくなると本性が出るタイプだ。

「ではファントム隊を寄越しなさい!」

 増援として新しい部隊を呼ぶ様に指図するも、既に使える部隊を自分で使い切っていることを忘れている始末。作戦のさの字も無いというか、まさか自分のすることが何の障害もなく成功するという想定以外できないというか。

「無理です! 既に敵が構えた迎撃ポイントで戦闘状態で……」

「どいつもこいつも使えない!」

 都知事は怒り狂うが、配置ミスとはいえキリングレッドもファントム隊も敵増援を食い止めているだけ仕事をしていると言える。使えないのは自分の脳みそであることには一生気づきそうにない。

 

   @

 

 最初にユニオンリバーが設定した迎撃ポイントから少し離れた位置では、治安局との戦闘が繰り広げられていた。

「クソ、クソがぁ!」

 先日の戦闘で失った機体の代わりに新しいゾイドであるハンターウルフを確保してきた部隊長、宇都宮無双は苦戦を強いられていた。

「相手は僅か数機だぞ! 何をしている!」

 大部隊で押し寄せた治安局はガノンタス、キャノンブル、そしてアステリアの乗るグラキオサウルスに苦戦を強いられていた。砲撃機は直に敵を狙うのではなく、アスファルトを砕いて煙幕と足場の破壊を行い、視界が遮られ行動も制限された敵の隊列にグラキオが的確にワイルドブラストを叩き込むという戦法で削り取られていた。

「ふぅ、数だけは多いですね」

 アステリアは一息吐く。本当はゴジュラスを持ってきたかったが、大き過ぎて道路が陥没してしまう上に、あの火力では無用の被害を出しかねない。

「隊長! あれを!」

「なんだ?」

 部下が接近する味方識別の機体を三機確認する。やってきたのは赤い装甲のドライパンサーブラッド、黒地に銀の模様が入ったファングタイガーシュバルツ、そして重装備を施したスナイプテラバスターレーダーユニットだ。

「ファントム隊か、雇われごときめ……」

 本来なら味方の増援に好き嫌いなど言ってはいられないのだが、文句たらたらである。

「何をしにきた狂信者共! 貴様らの力を借りなければならないほど落ちぶれてはいない!」

「ふ、主君の為に戦う我らが狂信者ならばカスの様な名誉に縋る貴君らはさしずめ、貰いの少ない乞食だな」

 隊長機であるドライパンサーに噛みつく宇都宮。しかしそのライダーである老齢の男性は軽く流す。

「貴様! この国でのオリンピック開催は国民が求める名誉だ! 所詮宇宙人には理解できまい!」

「勘違いするな。あの祭典で栄誉を得るべきは戦う者達であり、貴様らではない。己の小ささを自覚するだけの謙虚さはあるようだが、あまり主語を大きくしないことだな。動物の威嚇よりも実体がない分滑稽だぞ?」

「なんだとぉ……」

 口論で上に立とうとする宇都宮であったが、歳の功か悉く言い返されてしまう。

「隊長、命令を……」

 スナイプテラのライダーの少女が隊長に催促する。

「オッサン、こいつに構ってると仕事進まねぇって」

 ファングタイガーの乗り手もあくまで仕事程度にしか思っておらず、治安局の意思に賛同していないことが伺える。

「では、早速任務といこう。そちらにも事情はあるだろうが、こちらも仕事でな」

 ドライパンサーは姿勢を低くし、グラキオサウルスを狙う。アステリアはそのオーラから、このライダーが只者ではないことを悟った。

「やっぱりゴジュラスで来ればよかったですね……」

 体格差があるとはいえ、向こうは高速型のネコ科ゾイド。大きさが有利に働くとは限らない。加えて、ファントム隊は小隊としての練度も治安局などとは比べ物にならないだろう。

「最初から飛ばしていく! 制御トリガー解除、兵器解放、マシンブラスト!」

 ドライパンサーはメイン武装のドライブレードを展開し、回転させて突撃してくる。だが、その進路は突如として放たれた銃撃によって反れることになる。

「やはりただでは済ませないか……シャイニングランス隊!」

 ドライパンサーが睨む先には、その機体を陽炎の様に揺らめかせて出現する黒いガトリングフォックスシャドーがいた。後から鎧を纏った銀の獅子、ライガージアーサーと白いラプトリアラフィネが合流する。

 戦況は一気に混沌を極め始めた。

 

   @

 

「お、おお……」

 海底で発見した施設に侵入した凛は、その施設が突如浮上したことにゆっくりと反応する。調査用の器材を乗せたガブリゲーターの合流を待っていたら、こんなことになってしまった。ガブリゲーターとは合流出来たが、予想外の事態である。それでも凛は全く動じない。

『病院島? あの知事がなんか言ってる島と凛のいる座標が一致する。何する気か知らねぇが、ろくなもんじゃねぇってのは分かる。調査を続けてくれ』

 ロディは浮上と同時期に行われた大海都知事の会見で存在が明らかになった病院島との関係性を考え、敵の拠点であることを察知して凛に伝える。いつの間に海底へこんな大規模な施設を作ったのか分からないが、あの知事のことなので悪事に使われることは想像に難くない。

 凛とガブリゲーターは施設の奥に進む。機材からのデータによると浮上してもなおこのエリアは施設の最下層らしい。本来、ガブリゲーターは青龍姉妹、エリシャのゾイドだが水中を動ける人員の少なさから借りてきたのだ。狂暴で手懐けるのは難しいとされる種類のゾイドだが、エリシャの『教育』によりユニオンリバーの人間の言うことは聞く様になっている。

「待たれよ!」

 施設のメインゲートらしき場所に差し掛かった凛を待ち受けていたのは紫色をした二体のフォルスロイドであった。

「ここから先は何人たりとも通さぬ!」

「……うぬ!」

 フォルスロイドなどを配備しているということは、ここが単なる医療施設ではないことの裏付けである。

『決まりだな、ここは怪しい。徹底的に調べるぞ!』

「てっていそうさ~」

 もう自分で自白している様な状態だが、二対一ということもありフォルスロイド達は余裕の姿勢を見せていた。

「笑止! 我らの守りを崩せると思うてか!」

「……うぬ!」

「我が名はアーゴイル、そしてその半身、ウーゴイル! キクコ様の命によりここを守りし者!」

「……死ねい!」

 フォルスロイド、アーゴイルとウーゴイルは足のローラーで自由自在に走り回りながら、手裏剣をパスし合う。敵をスピードで攪乱し、必殺の一撃を決めるつもりだ。しかし凛は初めから追うつもりが無いのか、目すら動かしていない。

「それ!」

 本命の攻撃を決めるため、アーゴイルが手裏剣を蹴り飛ばす。手によるパスとは違い、電撃に包まれて破壊力を増している。手裏剣は凛めがけて跳んでいく。

「ん?」

 が、彼女に直撃した手裏剣は粉々に砕け散る。ダメージはおろか、スク水を破いてサービスショットの一つも決められない有様だ。

「……」

「……」

 これにはアーゴイルとウーゴイルも沈黙する。

「このぉ!」

「死ねい!」

 攻撃が通用しないと分かり、半ばやけくそで同時攻撃を仕掛けるアーゴイルとウーゴイル。左右からの挟み撃ちだ。だが、凛はやはりその場を動かない。攻撃が当たる瞬間に手を差し出し、相手の勢いと自身の筋力だけで二人の身体を貫いた。

「ぐふっ!」

 その白い細腕に一切の傷は無い。玄武姉妹は本来、黒髪の姉妹である。しかし四聖騎士に共通して採用されている出力向上ギミック、天球機関が凛だけは常時発動している。その影響で騎士の姿に変身せずとも怪力を発揮、髪も緑色になっているのだ。極端なスロウリィさは単なる性格だ。

「ば、馬鹿なぁあああ!」

「うわああああ!」

 アーゴイルとウーゴイルは爆散した。まさに圧倒、というべき戦いであった。

『凛、さっきの隙にこの辺りを調べたが、上に続く通路があるみたいだ』

 ロディはガブリゲーターの背負った機材で周囲を探索し、フォルスロイドが守っていた以外の通路を見つけていた。

『多分そっちは公にしている医療施設なんだと思う。で、あの連中が守っていたゲートの方に秘密があるはずだ。そっちを調べてくれ』

「うん」

 凛はゲートの奥へ歩を進める。

 

   @

 

「本能解放、ワイルドブラスト!」

 深雪は即座にワイルドブラストし、敵のスナイプテラ、キリングレッドを倒しにいく。隠された刃、デュアルシザースを開いて突撃を行う。

「四連蟹鋏!」

 クワガタなのに蟹とはこれ如何に。深雪も疑問に思っているが、そういう名前なので仕方ない。キリングレッドは回避する予兆も見せず、突っ込んでくる。

「倒し切れなくても、手傷だけでも負わせれば!」

 体格や性能差から勝利こそ難しいが、今回の作戦は陽歌の奪還が目的。キリングレッドを振り切って合流出来ればいい。

「いいじゃん」

 直撃の瞬間、キリングレッドは最小の動きで回避を行った。正面衝突の形は互いの速度を乗算した速度で接近が行われるため、これを行うには動体視力、反応速度、精密動作性どれが欠けてもいけない。

「なんて奴……だけど!」

 敵の実力に驚きつつ、深雪はそのまま離脱する。元々一撃加えて即逃げるつもりだったのだ。ダメージが無い状態では速度の差で追いつかれる恐れがあるが、ここはクワーガの小柄さを活かして森に入り込んで撒くことにした。

「今度はこっちの番!」

 しかし、キリングレッドは兵器解放を行う。スナイプテラの口に仕込まれたスナイパーライフルが伸び、クワーガを狙う。敵が狙撃体勢に入ったことを知り、深雪もジグザグに飛行して狙いを反らす。

「アブソルートショット!」

 放たれた弾丸は吸い込まれる様にクワーガのデュアルシザース、その片側に直撃する。

「うわぁ!」

 刃は折れ、その衝撃でクワーガは姿勢を崩し墜落する。何とか姿勢を保とうとする深雪だが、クワーガが気を失ったのか操縦を受け付けない。

「このままじゃ……」

 短い人生でも最大のピンチに、彼女の脳裏には走馬灯が流れた。物心ついた時には父親の姿はなく、母と二人暮らしだった。それでも、他の家庭を羨む様なことは無かった。

 その代わり、チラつくのは陽歌の姿。初めて見た時は、ミリアの後ろから出てくることはなく、常に脅えていた。少しずつではあるが、自分に心を開いてくれ、ぎこちなくても笑う様になった。

「陽歌くん……」

 両腕を失うほど過酷な環境からようやく抜け出し、人として当たり前の幸せを掴める。そんな中、また心無い大人が彼からそれを奪い取ろうとしている。

「……進化解放……」

 それだけは絶対に許せない。だからこうして、ユニオンリバーに力を貸していた。彼女は無意識に、ある言葉を叫んでいた。

「エヴォブラスト!」

 クワーガは深雪の心に呼応し、光輝く。残ったデュアルシザースも外れ、そこから琥珀色の羽根と刃が生えてくる。クワーガは墜落寸前で復帰し、再び飛び始めた。

「何?」

 確実にトドメを刺すべく、キリングレッドはクワーガに向かって降下していた。そこを正面から当たる形でクワーガ、否、クワガノスが一筋の矢となって撃ち抜く。

「ストーム……シザース!」

 キリングレッドは翼の一部、ジェットエンジンに損傷を負いそのまま不時着する。

「やるじゃない……」

 ライダーは去っていく深雪とクワガノスを見送る。その表情はどこか満足気であった。

 

   @

 

『しかし、驚いたな』

 ロディは凛による調査を振り返ってこの施設の不自然な点を挙げる。ゲートで守られているとはいえ、中身はぱっと見普通の入院施設であった。普通の病院すぎてガブリゲーターがサイズ的に入れない程度には普通だ。ある一点を覗いては。

『遺体安置所がある、ならまだ不自然でもないかもしれない。だけど、なんで火葬する為の炉があるんだ?』

 ロディは日本人ではない為この国の法律には詳しくないが、火葬には許可がいるらしいことくらいぼんやりと理解していた。加えて、葬儀の手順としてもまず最後になる火葬がここで行われるのは不自然なことである。

 陽歌から聞いた話では指定された感染症の場合、遺体からの感染を防ぐためにすぐ火葬するそうだが、わざわざそんなスペースを孤島の施設だからといって作るのか。それに、安置所らしい安置所は今のところない。

「空き部屋」

『みたいだな』

 凛が扉を開くと、コンクリート固めの大きな空間があった。倉庫にでも使う予定なのだろうか。

「?」

 しかし、凛はなぜかその部屋に設置された水道と排水溝が気に掛かった。倉庫にはどれも不要なものである。

「シャワー」

 その隣の部屋はシャワー室。施設の大きさに反して、一人用のものが一つと奇妙なまでに小さい。

「べたべた~、流す……」

 海底を探索していた凛は、海水によってべたつくのを気にしていたのかシャワー室に入ると蛇口を捻る。しかし、いくら回してもシャワーから水滴一つ出てこない。

『おい、ここ変じゃないか?』

 ロディはこのシャワー室の異変に気付いていた。そう、あの何もない部屋にはあって、この部屋には必要なのに無いものがあるのだ。

「あー……」

 それには凛も気づいた。そう、排水溝が無いのだ。扉の気密性は水漏れ対策だとして、排水溝が無いのはどう考えてもおかしい。

『うへー……気味わりぃなぁここ。深夜の廃病院ならともかくよ、昼の病院がここまでホラーだとは思わないぜ。それも脅かし要素無しで』

 常識とのずれが、不気味さを駆り立てる病院であった。その時、外で待機していたガブリゲーターの探知機が何かを発見して知らせる。

『なんだ? 凄いエネルギー反応がこの奥にあるみたいだ』

「行ってみる」

 謎の高熱源。これだけ大きな施設を動かすのだから発電機関の類だろうと思われたが、それにしては反応が大きい。加えて、この施設はまだ浮上しただけで全く稼働していないので消費するエネルギーが無く、発電機関をそんな反応が出るほど動かす理由はない。

「ここ……」

 凛がエネルギー反応の場所に辿り着く。そこは広い空間になっており、中央には禍々しい気を放つ大きな機械の破片が浮かんでいる。

『こいつは……』

 ロディがデータバンクでその機械を調べていると、空間にいた何者かが凛に近づく。

「どうやら見てはいけないものを見てしまったようですね」

 それは、何と大海都知事であった。今は会見中で、ロディと凛は知らないがヴァネッサ達とも交戦中の都知事がなぜここにいるのか。

「これはライブメタル、モデルV。本来は人類を新たな存在、ロックマンへと進化させるためのものらしいですが、今は関係ありません」

『なんで病院施設にんなもんが……』

 ロディの疑念は深まるばかりであった。だが、聞かずとも調子に乗った大海都知事はペラペラ喋ってくれる。

「本来、ここは本当に東京オリンピックの偉大さを示す施設の一つに過ぎなかったのです。私としても、今回の疫病騒ぎは想定外でした。人々に安心を促す為の巨大病院施設。その影として私によるオリンピックという偉業を邪魔する不届き者を始末する為の処刑場……」

『なるほど、そういうことか!』

 ロディはその一言で不審だったこの施設の構造に納得した。あの水が出ないシャワー室は、おそらくシャワーに偽装したガス室。だから排水溝が無かったのだ。一方、あのコンクリート固めの空間は焼く前の遺体を置く場所。放置する時間が長ければ汚れる可能性があるから蛇口と排水溝が掃除の為に必要だった。そして火葬する為の炉。燃やして骨にすれば、証拠は残らない。海底に直通していたのも、遺灰を即座に海へばら撒いて証拠隠滅するためだったのだ。

「ですが、よかったですね。ここに感染者を運び込み、全員処分すれば我が国の感染者はゼロ。オリンピックを延期する必要はありません」

『イカレ野郎め……』

「そして、本来なら栄誉の為に喜んで身を捧げるべき者共は生にしがみつき、恐怖し、逆恨みをします。そうした感情を喰らうことで、このモデルVは成長を遂げるのです。オリンピックが終わった後も、私がこの国を治め、永遠の栄華を作り上げる……! 初の女性都知事だけではなく、初の総理大臣、そして人類初の世界大統領へ……!」

 都知事は黒い三角の物体を取り出し、それを翳して『変身』する。白いボディにオレンジの角があちこちに生えた、サイボーグの姿。

 両腕は肥大化してオレンジの角による槍となり、人間サイズの下半身に対して上半身のみが膨れ上がった歪な体型。大きくなった体には口が生え、足は陽済みとばかりにフワフワそんな存在が浮かんでいる。

それを『ロックマン』というにはあまりに醜悪であった。

「お前達の恐怖も、モデルVに食わせてやる! お前達の船にフロラシオンを送り込んだ。全員纏めて死ぬがいい!」

『俺はお客さんを相手にする。お前も存分に暴れろ! 凛!』

 都知事はロディのいる船に部下を送っていた。凛はロボットのプラモデルの様なものと飴を取り出し、飴を口に含んだ。

 四聖騎士の普段の姿はコアが人間の姿をしているに過ぎない。ぐだぐだな性格を一時的に直す修正プログラム入りキャンディ、天魂と持ち運べるロボットの肉体、キャストを用いることで真の力を発揮するのだ。

「変身」

 凛は少女の姿から、人間サイズのロボットへと変化する。

「四聖騎士団、玄武、玄武凛。推して参る……!」

「見かけ倒しが! 消えなさい!」

 槍を凛に向かって突きたてる都知事。しかし、彼女はその槍すら拳で打ち砕きながら強引なクロスカウンターを決める。

「ぐ、げふっ!」

 そして無慈悲なラッシュが開始された。拳一発で発破の様な轟音が響くパンチを何百と打ち付けられ、最後の一撃で都知事はモデルVへと叩きつけられる。

「ヤッターバァアアアア!」

 戦闘を終えた凛は装甲の隙間から煙を吹いて排熱し、一息つく。

「まだだ、まだ終わらん!」

 しかし都知事は妙にしぶとかった。彼女とモデルVが光に包まれ、新たな姿になる。巨大な顔の上に大きくなったメカの上半身が乗った、ボスっぽい姿である。そして、巨大な独立した手が空から降ってくる。

「これが王の姿だ!」

 その巨大な両手で凛を押し潰そうとする都知事。だが、さきほど散々殴られても学習しなかったのか。単なる力押しでは、通用しないということを。

「ふん」

「なに!」

 両手はいとも容易く止められてしまう。抵抗すべく手の平から冷気や雷を出して攻撃するも、凛に効き目はない。他ならともかく防御特化かつ常時出力が上昇している玄武の凛が相手なのだ。生半可な攻撃ではダメージにならない。

「無駄だ」

 とうとう両手は跳ね除けられ、粉々に粉砕される。ライブメタルを使うには条件があるのだが、他人が解明したそれを無理矢理再現して変身しているだけの資格なき都知事には、モデルVの性能を発揮できるとは言い難い。そんな側面もこの戦いにはあった。

 これがモデルVのロックマン、セルパンが相手ならば凛といえども無傷では済まなかっただろう。

「馬鹿な!」

「喰らえ」

 凛はハンマーを手にし、巨大な顔の額にある緑のクリスタルを叩き割った。顔全体に亀裂が入り、攻撃の勢いかモデルVの安置されていた床が陥没して沈む。

「グオ……創生の炎だ!」

 都知事は角から光線を出し、炎を降らせた。しかし、凛は水を纏ったハンマーを振り回すと、それを床に叩きつけて大波を起こす。

「海よ、ここへ」

 炎は一瞬にして消滅し、室内に雨が降るほどの海水が溢れる。エネルギーを使い過ぎた都知事は吸収技を使うため、両肩の瞳の様な部位を開いてそこからスコープ状のビームを伸ばす。

「分け与えよ!」

 凛はそれを回避せずに受けた。都知事の思惑通りにエネルギーを吸い取っているが、あまりのエネルギー量に耐えきれず、両肩が爆発してしまう。

「ウオオオオ! 何故!」

 モデルVが何をエネルギーとしているのかを知っていながら、漠然とエナジードレインをした結果であった。あの巨体に収まらないエネルギーを常時作り続けている凛が異常なのもあるが、モデルVという力に頼り切った慢心と戦闘センスの無さで本来なら世界の脅威クラスの力を悉く使いこなせていない。

 相手が平均的な戦力ならば都知事でもモデルVを使えば無双できただろうが、相手はアスルト・ヨルムンガンドの傑作、その一つ。現実は厳しい。

「闇に呑まれて、朽ちるがいい!」

 腹部の口を開き、ブラックホールの様なものを発生させて凛を吸い込もうとする。しかし、それは自ら弱点を晒している様なものであった。当然、凛が吸い込まれるということはなく、大技の予備動作に入る。

「全ての始まり、原初の海の重みを知れ」

 腕を広げ、開いた手の平から水を生み出し、水のボールへ入る形となった。そして、その中でハンマーを振り回し高速回転をする。ハンマーからも水が吹き出しているが水のボールが大きくなる様子は無い。回転する球体と化した凛は、その勢いのまま都知事の開いた口へ突撃する。

「オーシャン、エクスプロージョン!」

「グエアアアア!」

 見た目以上の重い一撃が都知事を襲う。その衝突音は、反響だけでこの病院島を内側から破壊し尽くす。施設内の割れる物は残らず割れ、島そのものが何分割にも引き裂かれる。それほどの質量による攻撃だった。

 凛が水球で回転するためにスラスターやハンマーから吹き出している水は水球のものを取り込んで噴射しているのではなく、空気中の湿気を水にしているのである。つまり、人間が入る程度のサイズしかない水球は何トンという水が圧縮された超重量の爆弾なのだ。

 叩きつけるだけでも、下手な打撃より破壊力のあるそれが爆発したら、どうなるか。

モデルV全体が裂け、砕ける。都知事は手も足も出ずに計画が破綻した恨みを叫ぶことしか出来なかった。

「おのれええええええ!」

 病院島は水の爆発で内側から吹き飛び、跡形も無く粉砕された。その様子は会見の会場にも流れてしまったという。

 

  @

 

「た、タマ!」

「勝負あったな!」

 激しい戦闘の末、ヴァネッサは【福音】を下した。元々ゾイドバトルの経験が浅い彼女に、追撃しながらの戦闘は荷が重かった様だ。

「どいつもこいつも使えない!」

 一番使えない都知事が車のダッシュボードを叩きながら叫ぶ。ハンクはナイフを運転手に突きつけ、車を止める様に要求する。

「停車しろ」

「こうなったら、こうです!」

 都知事は何かのボタンを押すと、彼女の座る助手席が射出された。所謂ベイルアウトというものである。

「え?」

 車にベイルアウトの機能が付いている、しかも助手席、という意味不明な光景に流石の死神ハンクも固まった。しかし、急にトレーラーがスピードを上げて暴走を始めると茫然としてもいられなくなる。

「ふははははは! そのトレーラーは常時アクセル、ハンドル操作不能となった! 死ねえ!」

 脱出と同時に車を暴走させるという陰湿さ。都知事は高笑いしながら空高く飛んでいった。

「そんな! 一体どうすれば!」

 陽歌は頭を働かせる。自分一人くらいならカイオンに飛び移って助かるだろうが、運転手とハンクを助けられない。カイオンに大人二人を追加で安全に飛び移らせることなど可能なのだろうか。などと悩んでいると、ハンクが彼に声を掛ける。

「少年、お前は自分のゾイドで脱出しろ」

「でも、ハンクさんは……」

「ここは戦場だ。自分の運命は自分で切り開く」

 激しく葛藤する陽歌。ここで自分も死んでは、ハンクの覚悟も無駄になる。かといって、自分を助けにきてくれた人を見捨てるなど出来ず、あの都知事のせいで死人が出るのも御免だった。

「ん?」

 が、しばらくすると車はスピードを緩める。

「エンストしたみたいです」

「そうか、よかった」

 運転手によるとエンストらしい。フロントガラスからひょこっと三茄子が顔を出す。

「ちょっとー、私がいるの忘れないでネ!」

「そうか、お前が運を操ったのか」

 トレーラーの上にいた三茄子が運を操作していたからこそ、ヴァネッサも【福音】の幸運に妨害されず戦えたのだ。その後、また運を操作して車を止めたというわけだ。

「ちょ、パラシュートが開かない!」

 空高く飛んだ都知事はパラシュートの不備で減速せずに落ちていく。凄まじい恐怖だろう。陽歌は想像しただけで寒気がした。

「あ、やった!」

なんとかパラシュートが開くが、急に減速した衝撃で座席から投げ出され、結局普通に都知事は落ちていく。車のシートベルトでは人体を固定し切れなかったようだ。

「うわあああああああ!」

 ベイルアウトの勢いが強く、結構遠くの方へ落ちたので都知事がどうなったかは知る由もない。

「あれもお前の仕業か?」

「違うネー。あれ普通に天罰」

 ハンクは三茄子による運気操作を疑ったが、流石に能動的な殺人をする様な人物ではない。

「あ、都知事どうなったのあれ?」

 遠くから様子を見ていた【福音】は上司の安否を心配する。

「死んだんじゃねーかあれ?」

 ヴァネッサはさすがに諦めていた。運よく森や水に落ちてもその程度で和らげられる高度ではない。

 こうして、首謀者の情けない死で陽歌救出作戦は幕を閉じた。

 




 ファントム隊
 ゾイドによる傭兵部隊。現在は金払いのいい治安局に味方している。ドライパンサーブラッド、ファングタイガーシュバルツ、スナイプテラバスターレーダーユニットの三機チーム。どうやら地球人ではないらしい……。

 シャイニングランス隊
 ゾイドの復元、ブロックスの製造販売を手掛けるゾイテック社が運営している対テロ組織ZCFのエース部隊。ライガージアーサー、ガトリングフォックスシャドー、ラプトリアラフィネで構成されている。
 ZFCにはライジングライガー、ガトリングフォックスブルーナイトなど強力なゾイドが所属している。

 キリングレッド
 エース機のスナイプテラは赤く染められる。治安局のスナイプテラ部隊、そのエースの一人、大空迅が駆る機体がキリングレッドである。治安局には青い機体、スナイプテラストームなどまだエースがいる。

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