騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 ジューンブライドピックアップ!

 SSR アステリア(ブライド) エリニュース(ブライド)
 SR ミリア(ブライド) 浅野陽歌(ブライド)

 イベントを遊んでSRキャラ、攻神七耶(ブライド)を手に入れよう!


〇ジューンブライド/ゴーストマリッジ

「アステリア、僕と結婚してくれ」

 喫茶ユニオンリバーに勤めるメイド、アステリアはその美貌から交際の申し出、それさえ通り越して求婚されたこともあった。しかし、巨大ロボット、グラビティ・エックスと共に世界を救う前も後も、彼女は一介のメイドであることが自身の支柱であった。

「申し訳ありません……若様には、私より相応しい方がいるはずです。その話は以前もお伝えした通り、お受け出来ません」

 別に結婚してもメイドを続けることは不可能ではない。だが、相手が仕えるべき主人である場合話は別だ。若さに満ちた瑞々しい身体を包むエプロンドレスは、本来主人がメイドに見惚れない為のもの。しかしアステリアの美しさは、不幸なことに質素な服装でこそ輝いてしまう。

「アステリア……」

 主人は膝を付き、彼女の手を取る。

「まだ、二十年も生きていない少女の君に恋さえ教えられない僕を許してくれ……だが、君のことは絶対幸せにする」

「私は十分幸せですよ、若様」

 アステリアは自らの主人に微笑む。しかし、この後彼女は出奔を心に決める。主を惑わす自分の存在を許すことが出来ずに。それは、世界の在り方さえ変わった今でも、彼女の中でしこりとして残っていた。

 

   @

 

 六月といえば、ジューンブライド、結婚式をするのには最適な季節とされている。ジューンブライド自体には諸説あるが、日本では多湿になる都合、空調の整っていなかった時代はこの時期に衣装を着こむ結婚式があまり行われなかった。とはいえいまではそんな憂いも無くなり、業界の強いアピールも功を奏し一般的なものとなった。

「ええ? マジかよ……天気悪いぞ?」

 七耶はその話を聞いた時はとても信じられないといった様子であった。せっかくの門出に雨天ではあまり幸先がいいとは言えないもの事実だ。

「実は曇りの方が白いウェディングドレスの写真は綺麗に撮れるんですよ。白は過度に光を反射しますから。今では修正でどうにでもなってしまうことだけど……」

「でもベースがいいに越したことはねーな」

 陽歌は意外な利点を補足する。それも時代の流れと共に写真加工が容易となって、気にする様な話ではなくなったのだが。

「というわけで近年の結婚式の規模縮小に対抗して、ウェディングドレスのモデルコンテストが行われたので式場まで来たわけだけど……」

「優勝者には式の費用全額、エンゲージリングやウェディングドレスのオーダーメイド作成費全額に加え新婚旅行の費用全額負担の約束か、上限なしった大きく出たもんだな」

 ユニオンリバーのメンバーは、この豪華景品に目が眩んで今回開催されるウェディングドレスの最優秀モデルを決めるコンテストへの参加に踏み込んだ。

(その気になれば世界さえ滅ぼせるのに、妙に庶民的だよねみんな……)

 根幹はヤバい集団にも関わらず景品目当てに参加してしまうところに陽歌は彼女らの俗っぽさを感じてしまった。

「よーし、優勝するぞ!」

「お姉さん、相手は?」

 今回の主犯が一番一般人に感性の近いミリアだからというのもあるのだろうか。外見だけなら優勝候補間違いなしだが、絶対他の審査でボロ出すだろうなと陽歌は読んでいた。

「そのために今日はアステリアさん七耶ちゃん陽歌くん連れてきたんだから」

「お姉さん、相手……」

 さなは賞品を手に入れてもミリアにはそれを使う相手がいないことを気にしていた。

「私が出る様なコンテストでは……」

 アステリアはメイドという職業柄、目立つことは避けたかった様だ。それでも、ミリアは賞品の為にこの絶世の美女を見逃さなかった。特に参戦予定だったアスルトが二日酔いで潰れたとあっては尚更だ。

「いーのいーの! 今回はお祭りみたいなものだから!」

「だからお姉さん……相手……」

 会場でわちゃわちゃしていると、知り合いが通りかかる。

「げ! ユニオンリバー!」

「あ、ブラック企業じゃん」

 自称悪の組織、クオ・ヴァディスの幹部、エリニュース・レムナントであった。彼女も今回のコンテストに参加するつもりなのだろうか。

「エリニュースさんもコンテストに?」

「ふふん、コンテスト荒らしは悪の華! それに相手出来た時の為に結婚資金欲しい……」

 組織からの給料が安いので、結構切実な理由での参加であった。賞品に時効が無い以上、未来の貯蓄にしたい気持ちも分かる。

「よし、負けない様にこっちも気合入れるよ」

「はー、やれやれ」

 結婚の見込みもないのにやたら張り切っているミリアはさなでも止められない。

(アステリアさんやエリニュースさんは本人にその気があれば出来そうだけど、ミリアさんはなぁ……)

 美女というアドバンテージをもってしても拭えない欠点がミリアにはある。結婚生活は愛嬌だけで出来るものではない。陽歌はそこが心配だった。

「とりあえず受け付けっと……」

 ミリアは受付に向かう。今回の参加者は恐らく彼女とアステリアの二人になるだろう。さなはブレーキ、七耶は野次馬、そして自分は外付けライブラリユニットとしての採用だろうと陽歌は考えていた。彼もミリアから誘われない限り、こんな人の多い所になど行かない。

「やぁ、君達はたしか、ユニオンリバーの……」

「あなたは……」

 その時、見知った人物の姿を見る。高身長で爽やかな好青年という参加者のみならずスタッフの目を奪う彼は天竜宮刀李。高名な退魔師である。そんな彼がなぜこんなところにいるのか。

「なんだ坊や、嫁探しにでも来たのか?」

「確かに結婚は急かされてるけど運命の人は簡単に見つからないよ。今日は仕事さ」

 七耶が茶化してみるが、刀李は軽く流す。どうやら、退魔師としての任務でここにいるらしい。仕事といっても、退魔師は殆どボランティアみたいなものなのだが。

「仕事? 何か怪異でも出たんです?」

 陽歌は特に何も異変を感じなかった。彼も曲りなりに対怪異の側に立つ人間だが、才能はなく子供である為、感知する能力が鈍い。

「何となく嫌な気配がしてね。儀式ってのは手順をなぞるだけでも霊を呼びやすいのさ。まぁどうせ僕の杞憂だろうし、君もこっちで将来の妻に着てもらうドレスでも考えようじゃないか」

 選ぼうではなく考えようという時点でオーダーメイドが前提である。ナチュラルに金持ちムーブを見せつける。

「君の妻は浅野深雪になるのかな? それとも婿入りして篠原陽歌?」

 刀李はノリノリで陽歌の結婚生活を想像する。

「え、……ええ、いやでも最近は夫婦別姓とかありますし……」

「想像するならタダだよ。こういうのも楽しみさ」

 完全に小学生のノリである。別姓とか普通に考える陽歌の方が大人っぽく見える。

「もうお前らメンタリティ交換しろ」

 これには七耶も呆れるしかなかった。しかし遊んでいる場合ではない。受付をせねば。

「参加者は何名ですか?」

(結婚かぁ、でも僕のこれが子供に遺伝したらやだなぁ……)

「四人です」

「え?」

 考え事をしていた陽歌はミリアの爆弾発言で現実に引き戻される。一体どんな計算でその人数なのか。ドレスを着られる様な人間は二人しかいないはずだ。

「あー、それな」

 七耶は巫女服の袖から取り出した飴を食べる。すると、彼女の姿が一瞬で大人のものに変化する。あのちんちくりんがスタイルもミリアやアステリアに劣らない美女になったのである。

「ということはさなも……」

 七耶が大人になる方法を持っているということは、月の住民であるさなも似たことが出来るのでこれで四人だと彼は考えた。

「私は絶対やらないよ」

 しかし彼女は断固として拒否する。ではあと一人は誰なのか。

「十年バズーカー!」

 ミリアはどこからともなく一つのバズーカを取り出す。それはある漫画に登場する、撃った相手を十年経過させるアイテムを再現したものであった。銃口はしっかり陽歌の方を向いている。

「え? 僕? いやいや第一男だから!」

 まさかの四人目は陽歌。彼は首を全力で振って否定する。そもそもウェディングドレスのモデルを決める大会に男が出ていいのか。そこを受付のスタッフが説明する。

「昨今の事情を考慮し、似合っていればいいので性別は参加条件から外しました」

 予想外ながら納得できる展開に陽歌は早口で逃げの口実を探す。

「いやでも十年ですよ? 考えて下さい十年ですよ? 僕は十九歳になってアステリアさんより年上! さすがにそこまでいったら成長期も終わって男性ホルモンが全身に行き渡って男っぽくなりますよ? こんな見た目なのはショタの時だけですって! さすがにこのまま大きくなるはずが……」

「ふぉいあー!」

「あーっ!」

 しかしそれも虚しくバズーカは発射され、陽歌に直撃した。煙が晴れると、十年後の彼が姿を現す。

「あー、やっちゃった……さすがにそう都合よ……く?」

 彼は自分の姿を鏡で見るより先に違和感を覚えた。声が全く低くなっていないのだ。普通なら変声期を迎えて、声変わりするはずだ。

「おいおい……」

「これってマジ?」

「さすがに予想外……」

 七耶とさな、ミリアは十年後の陽歌に驚愕する。身長こそ伸びたが、顔立ちは若干大人びただけでほぼそのまま。髪もセミロングまで伸び、体つきが何故か女性的になって余計に女の子寄りになっていた。服装もパンツルックだが腰の下まで丈のあるオフショルニットの下にハイネックを着るなど、もう諦めましたと言わんばかりのレディスファッション。穏やかそうな表情により余った袖から覗く義手のあざとさが増している。成長のせいで泣き黒子の持つ色香増幅効果がさらに倍プッシュだ。

「はい鏡」

 アステリアが用意した姿見を見た瞬間、陽歌は崩れ落ちた。

「どおぢでごおなるのぉぉぉぉぉッ!」

 二次性徴に期待していた陽歌の希望は見事打ち砕かれた。今までは栄養失調のせいで成長出来てないからという言い訳が通じたが、十年後こうなっているのではもうどうしようもない。

「まぁ、ドンマイ……」

「なんも言えねぇ……」

 さなは何とか慰めたが、七耶は言葉を失った。

「陽歌くん、恐ろしい子……!」

 ミリアは白目を剥いて少女漫画チックにショックを受けていた。

「私はこれを多少なりとも予想してたお前が恐ろしい」

「違うんだって! メイクして足隠せば女の子で通じる程度の想定だったんだって!」

 七耶に反論するミリアだったが、もう何を言っても遅い。おそらくアスルトがここにいたのならこの結果を予想して全力で止めたであろう。陽歌が遺伝子の特異性により再生治療を受けられないのは周知の事実だが、髪や瞳の色を決める部分のみならず性別を判定するY染色体にもその特異性があり、男性ホルモンの影響が外見に現れないという結果をもたらしていることを知っているのは彼女と主治医の松永順だけなのだから。

 なんでそんな大事なこと黙ってたかって? 本来問題になる様な要素じゃないからだよ!

「非の打ちどころのない可愛さだ。さすがに肉体だけの成長では霊力の向上は見られないが……」

 十年バズーカは刀李の言う通り、主に肉体を成長させるもの。撃破実績や精神力が大きく影響する霊力に変化はない。

「こうなったら……とことんやってやる……」

 暗黒面に落ちた陽歌はふらりと立ち上がり、宣言する。

「優勝を僕が手に入れて、この大会を根幹から破壊してやる……!」

「第三勢力が生まれた!」

 強力な味方どころかヤバい敵勢力を作ってしまったミリア。このコンテストの行方は如何に。

 

「というわけでドレス選びかぁ……」

 一人、会場のホールに残されたさなは全員のドレスアップが終わるまで待機することにした。一体、どんなドレスを選ぶのか。

「どうやら墓穴を掘った様だなユニオンリバー!」

 既に着替えを済ませていたエリニュースがさなに声を掛ける。いつもの眼鏡は敢えて外さず、黒いウェディングドレスに身を包んでいる。異彩を放つカラーコーディネートでも似合ってしまうのは彼女が悪の組織幹部だからなのか。ブラックカラーのベールも死神という彼女のイメージに合っている。

「組織の失態にしないでほしいな。あれはお姉さんの失態だよ」

 さすがにこんなのを組織全体のミスに換算したくないさなであった。

「それに負ける気は毛頭ないけどね」

 さなは乗り気でない上自分が関わらない勝負とはいえ、負けるのは容認できなかった。

「そうだな、今のままでは難しいだろう」

 刀李も何故かユニオンリバー側に立つ。この人一応全く無関係の第三勢力のはずである。その手にはエリニュースの赤い眼鏡があった。

「これで完璧だ」

 彼はエリニュースに眼鏡を掛けてやる。顔を接近させ、丁寧に眼鏡をかける。それは眼鏡女子にとって、ありのままの自分を肯定してくれる行為に他ならない。

まるで童話の王子様を思わせる刀李にこうされれば大抵の女性は心奪われてしまうのだが、エリニュースとさなは『こいつナチュラルに女子更衣室入ったな』という部分が気になってしまった。

「ていうかコンタクト入ってるから度が合わなくなる」

 その上、ちゃんとコンタクトを入れていたせいもあって却って邪魔になったのでエリニュースは再び眼鏡を外す。イケメンムーブが絶妙にこの世界と噛み合っていない。

「眼鏡キャラが眼鏡を外す時、それは敗北を意味する!」

 コスプレが趣味なだけあり、準備の早いミリアが即座に着替え終わって出てくる。その姿を見て、さなは一言呟いた。

「お姉さん、それはウェディングドレスなのかい?」

 それもそのはず、確かに白いしモチーフも花嫁だが、白のライダースーツという変わったデザインその服装は、完全にセイバーブライドのコスチュームであった。グラマラスなボディを強調するという意味では正解だが、コンテスト的にはアウトだ。

「今やネットで出会ったオタク同士が結婚することも珍しくない昨今! こういうドレスもあり!」

「ドレスではないね。そんなものまで自作して……」

「え? 普通に用意されていたよ?」

 さなはいつも通り自作の衣装だと思っていたが、意外にも主催側が用意した衣装。冠婚葬祭の縮小がもてはやされる今、客を取り込む為に試行錯誤である。

「うそーん……」

「失礼、スマホで悪いが一枚撮ってよろしいでしょうか? SNSへのアップは行わない」

「いいよー」

 手慣れた様子で撮影交渉をする刀李。至る所抜け目がないのに何故か残念さがぬぐえない。

「勝負あったなユニオンリバー。さすがに歯ごたえが無いぞ」

 素材の良さから普通にしていればよかったものを、色物を選んできたミリアにエリニュースは勝利を確信する。

「それはどうかな?」

 しかし、会場に凛とした声が響く。そう、まだユニオンリバーには二人残っているのだ。七耶が選んだのは、その艶やかな黒髪に似合う白無垢であった。

「神式だと! その手があったか!」

 自身も黒髪というアドバンテージを持ちながらドレス一択に固まってしまったエリニュースは不意を打たれた形となる。しかも七耶は肉体だけでなく精神も引っ張られるように成長しており、普段の騒がしさが鳴りを潜めて厳かな美しさのある女性となっていた。

 グラマラスな体型と和服は合わないのだが、そこは胸を潰した上で腰にタオルを巻いてカバーだ。

「どうしよう、多分みんなキリスト教式がいいだろうから僕も合わせるが、妻の白無垢見たさに神式もやりたくなったぞ? だが日程的にきついか?」

「心配が日程だけって……」

 刀李が真剣に悩み出したが、心配ごとが浮世離れしているのでこれには月の住人であるさなも苦笑い。

「やだなー、まず相手がいないじゃない」

 ミリアは式の日程よりも相手の有無を指摘する。

「そうだったな、捕らぬ狸の皮算用とはまさにこのこと。恥ずかしい限りだ」

 そこに気づいて刀李とミリアは二人で笑う。だが、彼はその気があればすぐ相手が見つかるスペックの持ち主だということを忘れてはならない。

「これで残すは陽歌とアステリアのみだな」

 ドレスを着る人間はあと二人。陽歌は参加者で唯一、男子更衣室から出てくる。彼が来ていたのは、真紅のドレスだ。構造上、肩や腕が大きく露出するが義手はドレスグローブで隠している。化粧もしており、言われても男とは思えないほどであった。

「必ず、優勝してみせる……」

「まずいあいつ本気だ!」

 七耶も危機感を覚えるほどであった。流し目で審査員を見つめ、憂いのある表情を見せる。自分の武器を理解した上で使いこなしてきている。陽歌ほど自分の外見にぶつかってきた参加者はおるまい。髪色も瞳色もそのままだが、それが却ってミステリアスな色気を醸し出す。

「はえー、どちゃくそかわええ……」

「語彙力」

 刀李も言葉を失っていた。さなはてっきりツッコミが増えて楽が出来ると思ったが、陽歌は暴走するし刀李は頼りにならないしで胃が痛い。

「なんてこと……陽歌くんいつの間にそんな男を知った顔を……!」

「言い方」

 戦慄するミリアもこの通り。

「ふふ、十年バズーカを後悔するんですね……おかげで十年分表情筋がパワーアップしました」

 喜びに乏しい生活をしていた陽歌の表情は自然と無くなっていったが、十年もユニオンリバーで暮らすと人並みに戻るらしい。

「さて、大トリはアステリアだな」

「さすがにアステリアさんに勝てる人はいないでしょ」

 最後はアステリア。七耶はともかく、ミリアも勝負を放棄して彼女に掛ける。

「もう決戦モード入ってるけど着替えただけだからね?」

 話に置いて行かれていたエリニュースは一応付け加える。まだ戦いは始まってもいない。

「お待たせ。どう……かな?」

 着なれないドレスのせいか、おっかなびっくりという様子で歩くアステリア。ドレスこそ特筆すべき点のないスタンダードなウェディングドレスだが、普段と違って着飾った彼女の姿は心が洗われる様な美しさがあった。全員がリアクションを忘れ、アステリアの美貌に息を飲む。

「変……かな?」

 彼女が照れた様に小首を傾げる。その時、刀李がアステリアに飛び掛かる。

「天竜寺さん?」

「遂に狂ったか?」

 陽歌が素に戻り、さなが止めようと動き出すほど突然の出来事だった。が、彼が飛びついたのはアステリアに迫る黒い影であった。

「なるほど、嫌な感じの正体は貴様か!」

 刀李は手の平を翳して結界を張り、黒い影を押し出す。常人には見えないはずの霊的なエネルギーがハッキリ、アクリルの様なドームをアステリアの周囲に作っているのが見えるほどであった。

『貴様の様な霊能者が泡沫の怨霊に何の用かな?』

 黒い影は刀李に語り掛ける。こちらも霊的な存在なのに、一般人の参加者達にも見えていた。

「その声……若様?」

「え?」

 アステリアは声を聞いただけで、その正体に気づいた。黒い影は白いタキシードを着た若い男の姿になる。

「久しぶりだね、アステリア。以前にも増して美しくなった。迎えにきたよ」

「お前まさか、アステリアが事件に巻き込まれる数年前まで仕えてた屋敷の?」

 エリニュースはアステリアと付き合いが長く、彼女の過去も聞いている。事件というのは、アステリア達がこの時空を支配する神を倒し、あらゆるものが流れ着いて混沌とする現在のセプトギア時空が生まれる原因となった出来事だ。

「そうだ。私は一つの未練を残して死んだ。だが、彼女がウェディングドレスを纏う時、この世に戻れる様にしてあったのだ」

「何のために……」

 気持ち悪いというレベルではない追跡方法に引きつつ、さなは目的を聞いた。

「アステリアを伴侶とする男が本当に、彼女を幸せに出来るのか確かめる為。そして、アステリアに最高の式を用意する為さ」

 だが、と亡霊は続けた。

「でもどうやら期待外れの様だ。見てみろ、この始末を。結婚の予定など微塵もなく、傍にいる男は信じる強さを持たぬ軟弱者とただの子供。故に、私はこれよりアステリアを我が妻に迎える」

「死人がどうやって結婚する気だ!」

 七耶は勝手なことを言う亡霊に反論するが、陽歌には心当たりがあった。

「まさか冥婚? それも最悪の形で?」

「冥婚?」

 ミリアには全くピンと来ていない様子だが、世界にはそういう風習があるので陽歌が説明する。

「未婚の死者を結婚させて弔う風習です。大抵は異性を模した人形とか故人の結婚式を描いた絵画とかを棺に納めたり、たまたま同時期に死んだ者同士を結婚させて弔ったり、所縁のある生者が形だけ結婚して形見の品を供養するという場合が多いんです。でも中には冥婚の為に相手の命を奪うことも……」

「え? ヤバいじゃん!」

 亡霊がどの冥婚をやろうとしているのかは分からないが、あのストーカーぶりでは一番過激なパターンで来るだろうというのがミリアの予想だった。

「安心しろ。アステリアの生を犯す真似などしない」

「な?」

 亡霊はいつの間にかアステリアを抱きかかえ、空中に浮いていた。結界など無かったかの様に、すり抜けている。

「馬鹿な、この結界を抜けたのか?」

「生と死の狭間さえ私とアステリアを阻むことは出来ないのだ。結界など無いも同然。安心しろ。私は愛する彼女に自由を与えるため、使用人という枷を外すため結婚するのだ。式が終われば私の妻になるが、肝心の夫が死んでいるのでな、いつもの生活に戻る」

「なんだ、だったら普通に話してくれれば……」

 陽歌も亡霊の思惑を聞いて安心する。少しは話が分かるらしい。

「ちょうどよく式場もある。アステリアの友よ、参列していくがいい」

「あ、なら着替えますね。あんまり目立つと嫌らしいので」

 参列さえも認めた辺り、ただ最後に結婚式したいだけの幽霊らしい。陽歌もアステリアの知り合いの頼みならと快く引き受けようと着替えるべく移動した。が、妙に式場の外が騒がしい。

「ん? なんでしょう?」

「急な嵐かな? こんな時期だからね」

 陽歌とさなが外に出ると、晴れてはいたがとんでもないものが空に浮かんでいる光景を目にした。

「え?」

 青空に浮かぶのは、巨大なナイフだ。ケーキ入刀で使う様なナイフが、真昼の月が如くぼんやりと空に浮かぶ。このサイズは、明らかに惑星を切断できる規模だ。

「驚いたかね? 六十億以上の命が乗った最高のウェディングケーキだ。これこそ、私とアステリアの婚姻に相応しい」

「待て待て待てぇ!」

 これにはさすがに七耶も止めた。ケーキ入刀のケーキが地球とか、規模の大きさが狂っている。冥界の女神を振り向かせるために全宇宙の生命半分プレゼントとかそういうレベルの話になってくる。

「これ切ったらどうなるんだよ! 地球滅ぶぢゃん!」

「だろうな」

「折り込み済みなら見逃せねぇぞ! アステリア置いて帰れ!」

 亡霊も普通に地球入刀をやる気満々だったので七耶の抗議を受ける。

「最高の式になりそうだが、邪魔するというのなら残念だ。君達にはそこで初めての共同作業を見守ってもらうよ」

「あ、待て!」

 亡霊はアステリアを連れて式場の奥へ入ってしまう。陽歌とさなは急いで中に戻るが、亡霊とアステリアはチャペルの中へ行き、扉を堅く閉ざす。

この扉はごく一般的なもののはずが、さなの力でも開くことができない。扉には何かが英語の筆記体で書かれていた。

「これ、普通の扉だよね?」

「どうやら呪術的なロックが掛かっているらしい。四つか……」

 刀李は即座にその正体を見破る。だったら、と七耶は急かして要求する。

「開けられるか?」

「いや、かなり複雑だ。正面から解いていたらかなり時間が掛かる」

「おいおい、間に合うのか?」

 さしもの刀李を持ってしても、困難と言わしめるロック。それもそのはず。向こうは自分の死後からずっとアステリアとの結婚を待ちわびていたのだ。睡眠も仕事も必要ない死者がその時間全てを費やして作り上げた鍵など、途方もない厳重なものに仕上がるに決まっている。

「結婚……四……?」

「陽歌くん?」

 ミリアは陽歌が何か考えているのに気づいた。彼は好きな作家のサイン会へ行くために英語を勉強しているくらいだ。愛読書も原著で読んでいるため会話だけでなく読解も出来る。

「そうか、これはマザーグースのサムシングフォー……」

「筆記体の英語か。よく気づいたね」

 英語能力で言えば年齢も学歴も上の刀李だが、最近はコンピューターの発達で英語圏でも筆記体は廃れつつある。なので、初見で気づくのは困難だった。

「サムシングフォー? 敵幹部か何か?」

 ミリアはまるで四天王かの様な名前に、シルエットで映る謎の敵達を思い浮かべる。

「サムシングフォーというのはアメリカの童謡、マザーグースの一つです。結婚の時に持っていくと縁起のいいものを歌っていて、それは古いもの、新しいもの、借りたもの、青いものの四つです。そして最後に、靴に六ペンスの銀貨」

 陽歌はサムシングフォーの大枠を説明する。五つある様に見えるが、最後のはオマケみたいなものだ。さなもそれで内容を思い出した。

「古いものは両家の伝統など前世代への敬愛、新しいものは変化、借りたものは貸し借りが出来るほどの信頼、青いものは貞淑、銀貨は妻へ許すへそくりを表しているよ。アイテムそのものよりも込められた意味の方が重要だね」

 この星の伝統的な婚姻の呪いを用いた結界。それを聞き、刀李はあることを思いついた。

「奴は式の真っ最中、サムシングフォーを用いて結界を張ったが該当のアイテムは持っていない。我々でサムシングフォーを持ち寄り、この結界にぶつければ……」

「サムシングフォーにはサムシングフォーをぶつけるってことか」

 七耶は急いで更衣室に引き返す。そして、アステリアのメイド服からあるものを持ってきた。

「メイド服はサイズが変わったりして替えてるが、懐中時計はずっと同じもん使ってるって聞いたぞ!」

 メイド服は作業着なので汚れたりするので替えている可能性が高いが、時計なら同じものを愛用している可能性が高い。

「新しいものなら今頼んだよ」

 ミリアはアマゾンのお急ぎ便で新品のアイテムを注文していた。これで二つは揃ったということか。

「借り物なら、私が力を貸そう」

 借りたもの、はエリニュースの鎌。というか力そのものという流れ。後は青いものだ。なるべくアステリアに縁のある青いものだといいのだが、そう都合よくあるのだろうか。

「青は、僕が行く!」

 陽歌が自身の左目に触れて名乗り出る。普段はこのオッドアイが目立つことを嫌っている陽歌だが、恩人のアステリアのピンチとあれば利用するのも厭わない。

「よし、後はお姉さんの荷物が届けば……」

「来た」

 ミリアの頼んだものもすぐ到着し、サムシングフォーを用意する。それぞれ、手に入れたアイテムを掲げて

「懐中時計!」

「イエスノー枕!」

「私の力!」

「僕の左目!」

 ミリアの号令と共に、四人の花嫁がそのまま扉に突撃をする。

「行くぞぉぉぉおお!」

「待って」

 さなはミリアが持っているアイテムを見て止める。ピンク色に『YES』と書かれた枕と、水色で『NO』と書かれた枕のセットだ。

「なにそれ」

「イエスノー枕。新婚さんいらっしゃいでお馴染みの」

「何のイエスノーか分かってる?」

 しかし、ミリアはこの枕が何の意思表示をする為のものか分かっていなかった。

「そういえばなんでイエスノーなんだろうね?」

 陽歌はサラッと答えを言って突撃を再開した。

「それは《規制済み》ですよ」

「もろに言ったー!」

 幸いかぐや消しが仕事して事なきを得たが直球である。もうやけになってさなも見守るしかなかった。

「おりゃあああああ!」

 四人の手にしたサムシングフォーが扉にぶつかり、見事式場への侵入に成功した。しかし、式場の中は天空になっており、チャペルは扉から離れたところに浮かんでいる。彼らの足元には地球へ入刀する為のナイフが存在する。

「来たか。だが、その程度!」

 亡霊は手を翳すと、暴風で七耶達を吹き飛ばそうとする。

「何ぃ!」

「せっかく扉を開いたのに!」

 扉は所詮扉でしかなかった。侵入者を追い出す措置はいくつも講じてあった。

「みんな!」

 アステリアはやってきた陽歌達に気づくが、四人とも風で扉へ押し戻されてしまった。

「この式は私とアステリアだけのものだ! 誰にも邪魔は出来ない!」

「アステリアさん! 六ペンスの銀貨を……!」

 扉から吐き出される直前、陽歌はどうにか最後の手がかりを伝える。

「ふむ、サムシングフォーか。せっかくの結婚生活だ。お前達からではなく私自ら集めよう」

 地球の文化を利用したが、大雑把にしか理解していないようで亡霊はアイテム集めを目論んでいた。アステリアは陽歌の言葉で、この状況を切り抜ける方法を見つけた。

「靴に六ペンスの銀貨……」

 地球暮らしの長い彼女は、一応話としてサムシングフォーのことを聞いていた。そのためあの僅かなヒントで答えに辿り着けたのだ。

「その心は、僅かなへそくり!」

「ん? へそくりなどと言わず個人の蓄財などいくらでも許そう……」

 アステリアは右手を掲げ、あるものを呼んだ。そう、それは僅かなへそくりの様にいつも共にいる、世界を救った相棒のことを。

「グラビティ・エックス!」

「この空間に私が認めた者以外は……」

 自分以外をシャットダウンする空間故に、召喚系も無効化出来ると亡霊は思っていた。だが、グラビティ・エックスはそんなことお構いなしに出現する。黒地の人型巨大ロボット、グラビティ・エックス。通称グラビィ。一般亡霊の霊力で押し出せる相手ではないこともあるが、アステリアにとってはへそくり同然の存在なのでサムシングフォーの制限を突破できたのだ。

「グレイブ……インパクト!」

 出現と同時に放たれる必殺技。亡霊は一瞬で蒸発させられた。

「うおおおおおお! 何故だ、アステリアあああああ!」

「若様、僭越ながら、私は例えどんなことがあろうとも一使用人であるという姿勢は変わらないつもりです」

 アステリアは、あの時の様に結婚の申し出を断る。

「そして、私は今、幸せです。あなたに仕えることが出来て、そして仲間がいて……」

「うおおおお!」

 亡霊の消滅と共に、地球に向けられたナイフも粉砕された。

 

「地球は救われた。そもそも危機に陥った理由があれだったのだが」

 なんやかんや大会は中止にならずに済んだが、優勝はユニオンリバーでもエリニュースでもない第三者に持っていかれてしまった。

「みんな無事だったし、よかったじゃない」

「まぁ、そうだけど……」

 アステリアがめでたしめでたし、と締めようとするがミリアは不満げだった。エリニュースは割と深刻そうな表情であった。

「私の結婚予算……」

「美しさの基準なんて感性なんですから競うこと自体間違いだったんですよ……」

 陽歌は自分に言い聞かせる様に慰める。もう十年バズーカの効果は切れている。

「また会おう、ユニオンリバー。願わくば次回も味方として」

 刀李はそそくさといなくなる。結局初期警戒以外役に立たなかった様に見えるが、気にしてはいけない。

「ったく、今回はえらい目にあったじぇ……」

「ていうか今回、お姉さんがアステリアさんにドレス着せなきゃ起きなかった事件だよね?」

 七耶はくたくた、そしてさなは重大な事実に気づく。このイベントにアステリアを誘わなければ平和に終わったのではないだろうか。

「誤差! 誤差だから! 生きてればウェディングドレスとか着るでしょ一回くらい!」

 今回避けてもいずれは、というのは確かにそうである。

 こうして、ちょっとした冥婚騒動は終わりを告げた。しかし、これは大いなる戦いのちょっとした断章に過ぎない……のかもしれない。

 




 次回

 劇場版騒動喫茶ユニオンリバー、実況者バトルロワイヤル開催!

 最後の実況者(ラストプレイヤー)になるのは誰だ!

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