騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 天竜宮刀李

 有名な霊能力者の家系に生まれたサラブレッド。その実力は確かであり、癖の強い霊能力者達の中でも珍しく常識人。


転輪祭典

 無事に措置入院を終えたものの、県を跨いでの移動を避けねばならない状況故に陽歌達は立川にあるコトブキヤ本社地下99階、ファクトリーアドバンス研究室に滞在することとなった。

久々にのびのびと入浴出来る環境になり、陽歌はシャワーを浴びながら考え込む。多少肉は付いたものの、男のそれとは思えない柔肌をお湯が伝う。アスルト達のケアにより、身体に残った傷は手術痕すら薄くなるほど改善された。

「……」

だが、上腕の上半分から切断された両腕は帰ってこない。接合部はナノマシンで出来た黒い包帯の様な布で隠されているだけだ。その義手で壁に触れ、頭を壁に押し付けて思考の渦に落ちる。

「……」

自分の出生を聞き、悩まないわけではない。ストンと腑に落ちた面も強いが、それ以上にそのことを言わねばならない相手がいるという事実がのし掛かる。

「雲雀……小鷹……」

かつて自分を支えてくれた友は、なんと思うだろうか。この様な呪われた生まれを蔑むのだろうか。伝えるのが義理なのだろうが、あの楽しかった思い出が失われる恐怖があった。

『まったく、他ならぬ君の友達だろ? 少しは信じてやれよ』

その時、声が聞こえる。振り返って浴室を見渡すも、誰もいない。その代わり、自分が映っているはずの鏡に仮面の少年がいた。不意に現れては、陽歌を導く謎の存在。

「君は一体……」

『ちょっとばかり君と縁のある存在さ。人生の先輩達と思ってくれればいい。通りのいい呼び名なら、カストラータとでも名乗ろうか』

カストラータ、去勢されたオペラの男性ソプラノ歌手を差すその名前を名乗る少年は何が目的で陽歌に接触を試みたのだろうか。

「カストラータ……」

『僕達を倒した人間が、人間ごときに滅ぼされるのは釈然としないのさ。要するに自己満足で君の中を間借りしてお節介を焼かせてもらっているよ』

彼がどういう存在なのかは分からないが、自分の中にいることだけは確かであった。

『一つ言わせてもらうなら、僕達は君の影とか本心とかそういう存在じゃない。君は君。僕達は僕達。互いに独立した存在だ。だから最後に決めるのは君だよ』

そして、それが自分の心から生まれたというものではないということも確か。去勢して変声を止めてまでボーイソプラノを維持する様な芸術性は陽歌にない。

「最後に決めるのは……前も言ってたね」

『ま、君の記憶見た限りだと生まれがどうのというタイプじゃない、というかそんな細かいものより目の前のものを信じるタイプ、ってのが僕達の結論かな』

突き放す様なことを言いつつも、何だかんだ誘導しているカストラータ。

「決めろって言う割には、結構アドバイスくれるよね……」

『繰り返してるうちに遠回しな意見は面倒くさくなってきてね。僕達が僕達でなければ気の一つ狂っているところだ。ストレートに指示をしたいのは山々だが、君の主体性は尊重したいからね。豊富なバットエンドの回収なんて特殊性癖かコンプ目的でもなければしないだろう?』

カストラータは普段見えないが、苦労している様子だった。自分の為に心を割いてくれる人物が側にいるとも知らず、それに陽歌は罪悪感を抱いた。

「ごめん……迷惑かけたかな?」

『僕達が好きでしてることだ。それに、こっちに得がないわけじゃない』

カストラータは一応、損得感情も込みで動いてはいた。

 

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「この世界がループしている?」

三茄子から話を聞いた七耶は、半分信じて半分疑っている状態だった。

「正確には2008年から2013年の東京大会決定までの期間と、2013年から今年までの二つに別れての繰り返しネ。最初のループは東京都が誘致に成功したせいか確定して、第二のループ期間に入ってル」

ループは二段階。これを聞けば、主犯が誰であるのかは理解出来るだろう。

「お前はどうやって知った? 運をかき集める能力にそのループ耐性があるのか?」

七耶は三茄子がこれを突き止めたきっかけを聞いた。タイムリープは記憶を引き継いだまま繰り返し同じことを繰り返す。これを扱った作品でも避けては通れぬものだが、ループを認識してしまうこと自体が正気を失う原因になりかねない。何せ同じことを何千回と繰り返すのだ。某アニメでタイムリープを八話に渡って再現した結果、視聴者からの苦情が頻発したのだが、アニメでの八周ですらこれなのだ。実際の体験なら共有する相手がいないこともあり、半分以下の回数でで気が狂うだろう。

だが、彼女に精神的な異常は見られない。

「そう、『運良く知った』のヨ。これを拾ってね」

三茄子が見せたのは、一つのUSBメモリ。

「それは?」

「アカシックレコードフラグメンツ。この世の全てを記録するアカシックレコードが不確定な出来事を一時的に留めておく欠片。私は毎ループで運よくこの秘宝を手に入れることでループを認識出来ていル」

USBメモリを机に置かれたノートパソコンに差すと、大量のファイルが入っているにも関わらず容易に展開する。ただのフォルダ機能ではない。検索機能を持った未知のデータベースソフトウェアだ。

「私はとりあえず、これを解析してループの犯人を撃破して打破を狙ったみたいけど、やっぱりループものはあれネー。成功するまで繰り返されるから何度倒してもキリがないみたいネー。いっそ思いきって放置して成功させようとしてもみたらしいけど、私が邪魔しなくても誰かにちょっかいをかけてフルボッコにされること何千回って感じネー」

「東京オリンピックに絡んだループとなると、やはり犯人は大海菊子か」

七耶はまだループの原因について語られていないが、二つのループ期間とその移り変わりの要因から原因を予想した。気が狂う様な行いをしてまでそんなことに執着するのは奴くらいだろう。

「All Right。いくら先進国首都とはいえ、一自治体の首長があれだけの戦力を用意し、フロラシオンの様な独自のパイプを持ち、一般人には存在も不確かな呪い対策の真名隠しまでしている。これはおそらく繰り返されたループによって各種のやり取りが最適化された結果ネー」

いくら下手くそでも回数を重ねればある程度の部分までは自然と上手になるものだ。何をどこまで引き継げるかは分からないが、最悪記憶と経験だけでもかなりのアドバンテージになる。

「んじゃ、早速倒しに行こうじぇ。ただの人間がタイムリープ能力を持っているとは思えないからな。軽くボコボコにして追い詰めればタイムリープを引き起こす原因を持ち出すはずだ。ループ耐性のある奴がいるなら、それを次の周回の私達に伝えてくれれば……」

七耶は殴り込みを提案する。概ね、三茄子もそれを考えていたが、ことは簡単に進まない。

「そうしたいのは山々だけど、相手は失敗してもやり直せる以上、次の周回ではより警戒を強くする可能性がある。だから私は、とにかくループを認識出来る人間を集めて一気呵成に畳み掛けて一回で全てを終わらせた方がいいと思う」

運に絡んだ能力を持つからこそ、天命を待つ前に人事を尽くすことを忘れない三茄子。彼女も正確にループを認識しているわけではなく、たまたま知ったので次の周回では都知事の手勢によってループを認知する前に殺される危険もある。また、『運よく』が作動せずループを見逃した周回があることも知っている。

「だから私は、このループ数周を使ってループを認識出来る人物や彼らの言うことを信じてくれるヒーローを集めていたのネ。そして、その最後のピースがユニオンリバー!」

「私らが?」

三茄子の打倒作戦は知事が自滅することを逆手に取り、コツコツ進められていた。そして、ユニオンリバーの勧誘でそれは完成する。

「フラグメンツのデータから統計を取ったけど、都知事撃破にユニオンリバーが関わる回数は決して多いとは言えないわ」

「ならそんなに重要じゃねぇんじゃねぇか? 確かに強い奴は多いが、何よりループを誰も認知出来なかったのが致命的だ」

ユニオンリバーのメンバーは総じて戦力としては『強い』。だが今回、ループという特殊状況を認知出来ていた人間がいないのだ。アスルトやシエルなど、やろうと思えばループを観測出来る人間はいる。だがいくら高性能な天体望遠鏡を持っていても接近を知らねば彗星を観測出来ないのと同じで、ループ自体を事前に気付かなければならない。

「あなたは不思議に思わなかった? なんで北陸に住んでいる陽歌くんが、静岡に住むあなた達と合流出来ているのか」

「まさか、あいつはこのループを……?」

三茄子の一言で、七耶は陽歌がループを観測出来るのではないかと思った。だから北陸からオフ会で名古屋に来ているユニオンリバーと合流することが出来たのではないか。だがそれはすぐに否定されてしまう。

「彼の境遇でループの記憶があるなら、去年を待たずにもっと早く合流しているはずよ。陽歌くんはループを認識出来ない、けど何かこの状況を打開する鍵になるかもしれない。ユニオンリバーが都知事を撃破した時には必ず、彼の姿がある。それに気づいた誰かが、ユニオンリバーと出会う様に仕向けているとしたら……」

「あいつ自身は気付いていないが、今回のイベントの特攻キャラみたいなもんってことか」

特殊な状況で、単純な力押しによる攻略が出来ない以上彼に賭ける必要が出てくる。

「ん? じゃあ私らが都知事とやり合ってない時の世界線であいつは何してるんだ?」

ふと、七耶は他の世界線での陽歌が気になった。

「フラグメンツに検索機能があって助かったネ。他の世界線でも誰かに保護されることが多いみたいだけど、やっぱり義手の都合ここにいるのがいいみたい。生活にストレスがあるのとないのとじゃかなり違ってくるみたいだから」

「あー、再生治療に困難があるからな」

シビアな戦場で生きてきた七耶はifについて考えない、現在こそベストと信じるタイプなのだが、今回も義手の関係ではそれに間違いはなかった。心の面はわからないが、ベストにしていく努力は出来る。

「で、最後のピースが揃ったってことはやっぱ殴り込みに行くのか?」

「ええ。この周回でピリオド! 力を貸して!」

七耶はこれ以上話すことはないと思い、戦いの準備に取りかかる。

 

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「……」

陽歌が風呂から出て部屋に戻ると、メンテナンスの為に連れてきたフレズヴェルクが彼女から見ても小型のライオンロボットと猫じゃらしで戯れていた。

「な! いつの間に戻ったんだ!」

フレズヴェルクは猫じゃらしを後ろに隠すが、一部始終は見えていた。

「いや、分かるよ……人間嫌いだと動物に流れていくよね……」

人間に酷使され、捨てられたフレズヴェルクは人間へ復讐しようと様々な企てをしてきた。だがどれも失敗に終わり、故障寸前で逃げ込んだ先が陽歌の部屋という始末だったわけだ。人間へ不信感を抱く者同士、居心地は悪くないのか一緒にいることは多いが互いに口下手なのか話すことは少ない。

長期間野晒しで活動していたフレズヴェルクを本格的にメンテナンスするため連れてきたが、部屋での会話は少ない。

「それより、そんな格好で湯冷めしないのか? 女の子が身体を冷やすもんじゃない」

「大丈夫、久しぶりに長風呂して少しのぼせたかもしれないし」

陽歌はフリーサイズのTシャツを着こんでいるだけで、健康的な生足が大胆に露出している。だが男だ。彼はフレズヴェルクの言葉を修正することなくベッドに飛び込んで枕を抱える。

「なんだ、またなんか考えてるの?」

「……うん」

会話こそしないが、フレズヴェルクは陽歌の様子をしっかり見ている。彼が夜中にうなされていることも、考え込んで眠れないことも、わずかな外出で疲弊し、眠り込んでしまうことも。

「どうせ、自分の生まれのことでしょ? 人間は製造過程を考えなきゃいけないから複雑ね。私達は純正が正義、海賊版は悪、それ以上も以下も無い」

ロボットと人間ではわけが違う。

「僕の生まれのこと、友達が知ったらどう思うのかなって……。嫌われちゃうかな……」

「私は……なんでお前がそんな目に遭っても人間なんざ信じられるのか不思議だったよ。私なら嫌われるって淀みなく思うね」

フレズヴェルクと陽歌が似ている様で決定的に相容れないのは、それでも人間を信じているかどうか、という点だ。フレズヴェルクは完全に諦めているが、陽歌は希望があるために苦しむ。

「怖いんだ、全部話して嫌われたら……昔の楽しかったのも、全部無くなっちゃう……」

陽歌は枕に顔を埋める。どうやら、彼には自分の秘密を全て話さなければならないという前提があるらしい。

「人間なんてみんな秘密くらいあるでしょ、黙ってりゃバレないわよそんな摩訶不思議な生まれ方」

「でも、なんか騙しているみたいで嫌なんだ……」

本来、話したくないことを話す必要は法的な措置で必要無い限りどこにも無いのだ。だが、それを彼の真面目さが許さない。

「……時に、天に身を任せるというのも大事だ」

 会話が煮詰まった時、ライオン型の小さなロボットが口を開く。彼はアニマギアと呼ばれる新時代のバディロボット、ガレオストライカーのアロケスだ。小さな体にホビー漫画の主役機然とした姿からは想像できない老獪な人物で、天文学や教養を教えるとされるソロモンの悪魔から名前が取られるのも納得といったところだ。

 この前の工作会で、ワールドホビーフェアにて配られたものを陽歌が受領してバディとしている。小型ながらデジタル社会をサポートする存在であり、義手というハンデを抱える陽歌はアロケスに端末の運用を補助してもらっているくらいだ。

「天に?」

「あんたのとこ、ほんとAI多いわね……」

 陽歌の身の周りにある人工知能の数に、同じ人工知能ながら呆れるフレズヴェルク。ここにはいないが、SDガンダムを模したトイボットのモルジアーナも彼は有している。ただ、人間不信気味の彼には丁度いいかもしれないと思うことはあった。

「うむ、まずは再会する。その後、話すかどうか考えればいい。まぁ、あの街でお前を助けた者だ。そんな戯言で評価を変える様な人間とは思えんがな……」

「まず、会ってみる……」

 陽歌は自分の思い違いに気づいた。出生のことで頭がいっぱいになり、彼らが引っ越して以来再会していないことを忘れていた。

「うん、そうしてみる。話すかどうかは、後で考えよう」

「あんまり期待しない方がいい。人間なんて、時間が経てば腐る生き物なんだから」

 フレズヴェルクはまだ人間への不信が解けないのか、半ば捨てセリフの様な言葉と共に去っていく。背中を押す者と止める者、ある意味バランスは取れているといえる。

「アロケス、エヴァリーに電話を繋いで」

「わかった」

 陽歌はアロケスに頼んで電話してもらう。スマートスピーカーの様な感じで端末の使用を助けてもらうのだ。

(そういえば、マナとサリアが東京で番組の収録をやるけど、三人チームじゃないと、とか言ってた様な……)

 陽歌の決意と共に、物語はクライマックスへ加速する。

 




 アニマギア

 動物の姿を模した小型ホビーロボット。カスタマイズしてバトルをするだけでなく、デジタル社会のサポートもしてくれるAI内蔵のバディロボット。共通骨格のボーンフレームにニックカウルを装備、全身に張り巡らされたブラッドステッカーにより太陽光発電を行い、エネルギー供給を行う。
 噂によると、伝説上の生物を模した『エンペラーギア』がいるとか。

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