騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 四聖騎士とは、青龍、朱雀、白虎、玄武各七姉妹で構成されるロボットによる騎士団である。普段はコアが人間の様な姿に変質し、人間となんら変わらない生活を送るが例外なくこの状態では騎士とは思えないぐだぐた性格である。
 しかし、ロボットのボディ『キャスト』と修正プログラム入りキャンディ『天魂(あめだま)』を使用することでその真価を発揮する。実力は高く、個々の状態で先進国の軍を蹂躙、全勢力なら地球の現体制を解体可能と思われる。
 製作者は錬金術師、アスルト・ヨルムンガンド。腕によりをかけた傑作……ではなく酔った勢いで製造されている。
 ちなみに陽歌の義手は彼女達のキャスト体のフレーム部分をくっつけたもの。それを後に義手として再調整、協力企業の天導寺重工がその再調整品をベースに一から生活用義手としての使用を前提に新造したものを彼は現在使用している。


☆陽歌とエヴァ姉さん

 少年、浅野陽歌はひょんなことからユニオンリバーという喫茶店に保護された。その店の地下に自室を与えられ、生活することになってから数週間が経過した。

「……」

 目が覚めたので、ベッドから起き上がって部屋を見渡す。今まで自室はおろか、寝床すら与えられなかった彼にとってこの部屋は居心地が物理的にはいいものの精神的には良くない。

 部屋は広く、大きなテレビにはプレステやswitchといったゲームが繋がれている。学習机にも見た目からして高性能だぞと言わんばかりのデスクトップPCが置かれ、椅子はゲーミングチェア。カーペットになっている床には疲弊しがちな彼がいつでも横になれる様に、クッションも完備。

「んん……」

 まだ自分は夢を見ているのか、それとも死んでしまったのか、これが現実だと陽歌には思えなかった。部屋を出る為に扉のノブへ手を伸ばすと、パジャマの余った袖から義手が覗く。黒い球体関節のそれは、以前自分が使っていたものより高性能だが触覚は相変わらずなく、これが現実なのだと理解する一助となっていた。

「おや、おはよう」

「エヴァリー……」

 部屋から出ると、緑髪を二つにひっつめた女の子が挨拶してくる。偶然なのか待ち構えていたのか、陽歌には分からない。だが、あの部屋を用意した主犯ということもあって一体何を考えているのか、彼には読めないところがあった。

「お、おはよう……」

 陽歌はぎくしゃくしながら挨拶を返す。周囲や家族から虐待を受けていた彼は人間不信に陥っており、本人の意識していないところで警戒心が働く。特にエヴァと呼ばれているエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン、彼女についてはこの部屋の件など『善意』と捉えるにはいろいろ妖しいところが多い。

 とりあえず顔を洗うために陽歌は洗面所へ向かう。ここでは大人数が生活しているので大浴場の脱衣所に洗面台がいくつも設置されている。その大きな鏡に映った自分の顔を見て、陽歌は溜息をつく。

「現実、なんだね……」

 ボブカットに切りそろえてもらったキャラメル色の髪、右が桜色、左が空色のオッドアイ。この外見のせいで周りに迫害されてきた陽歌は、身だしなみを整えるために鏡を見るのも憂鬱だった。右目の泣き黒子の様な普遍的な特徴さえ呪いの痕跡に見えてくる。

 頭の中で反響する罵声を打ち消す様に陽歌は顔を強く洗う。これまでこの外見をどうにかしようとしなかったわけではない。だが、黒染めのヘアカラーは悉く肌に合わず、瞳色なぞどうしようもない。本来なら先天的な外見を理由に差別する方が間違っているのだが、それを受けた方は自分をどこからも肯定出来ない状態になっていく。

「……普通じゃない」

 髪色瞳色、少女の様な顔立ち、その何もかもが「普通」ではない。しかし、ここに来て彼の中で『普通』は揺らいでいた。

 陽歌は洗面所を出て、地下から店舗へ上がる。食事は基本、喫茶店で摂るのだ。

(普通、普通とは……?)

 そして一日およそ三回の食事こそ普通揺らぎポイントの一つだ。二人の女の子が山盛りのご飯を大量のおかずでかっこんでいる。エヴァや自分と変わらない体形と年齢で、一升炊きの炊飯器をどんぶり替わりにしている時点で何かがおかしい。陽歌は普通に炊飯器からご飯をよそって準備するが、そこで一升炊きの炊飯器がこの場に三つあるという事実に気づき、何度も二人のテーブルと自分の手元を確認する。

(うん、いつも通り)

 数週間もこの光景を見ているが、相変わらず慣れない。陽歌は離れたテーブルに一人で座ると、フォークを使って小さい茶碗に半分も入っていないご飯を食べる。生育環境のせいで食が細い他、消化器が傷ついているせいであまり食べられない体なのだ。

精一杯の食事を終えて陽歌は部屋に戻ろうとする。そこでまた、エヴァとばったり出くわす。

「おや、今日はお暇ですか?」

「……うん」

 彼女は悪そうな笑いを浮かべており、陽歌も自然と警戒してしまう。

「ちょっと見せたいものがあるんですよー、これです」

 エヴァが見せてきたのは、ホラーゲームのパッケージだった。

「ラストオブアス?」

 陽歌は書かれた英語をすんなり解読する。彼は知らないが、近年類を見ない名作ホラーゲームである。

「ホラーに抵抗が無いようでしたらプロローグだけでも遊んで感想をば」

「……いいけど」

 ゲームのゾンビなんぞより現実の人間の方が怖いと知っている陽歌は、ホラーゲームが相手でも物怖じしない。了解を得ると、エヴァは陽歌の手を引いて部屋に向かう。

「では早速私の部屋で」

「え? ゲーム機ならこっちに……」

「機材の関係です」

 連れて行かれたのは、エヴァの自室。何やら分からない機械がたくさんある。その中にゲーム機とモニター、そしてマイクがある。

「声だけ収録させて下さいね。リアクションが見たいんですよ」

「絶叫はできないよ?」

 エヴァの期待通りにはならないだろうと陽歌は事前に断っておく。怖い物がバーンと画面に映されても、叫ぶだけの力が彼にはもう残っていない。

「それではゲームスタート!」

 エヴァの指示で、陽歌はゲームを開始した。

「あんま上手にできないかも」

「序盤だけなので大丈夫ですよ。なんならコントローラーは私が握りますよ?」

 陽歌の義手は五指あって生身のそれに近いせいで勘違いされがちだが、触覚がないという一点において大きなハンデを抱えている。

「あー、まだ歩くだけなんだ……これならいけるかも」

 ゲームを進めていくと、ついに陽歌はエヴァの目論見にハマった。

「あー! あー!」

 何があったかは実際にプレイして確かめていただきたい。

「いやー、この序盤は芸術点高いですよー」

「しんどい」

 こんな感じで、よくおちょくられるのでエヴァに対する警戒心は自然と高まっていくのであった。

 

「陽歌くん丁度よかったです。少しお手伝いしていただきたいことが……」

 次の日、エヴァは大きなダンボール箱を抱えていた。何の入荷だろうか。

「なんです?」

「手に入れたベイブレードバーストのランダムブースターを開封するの手伝ってほしいんですよー」

 どうやら気合を入れて多々買ったはいいがとんでもない数になってしまったらしい。どうせやることもないので、陽歌はそれに乗ることにした。開封作業なら昨日の様なことにはなるまい。

「わかりました」

 そんなこんなで開封の手伝いをすることになった。これはベイブレードというコマのおもちゃで、8種類からランダムで封入されているという罪深き商品である。

「八種類でコンプならこんなに買う必要……」

「はっはっは、物というのは『使う用』、『飾る用』、『保存用』、『なんかあった時の予備』、『予備の予備』、『布教用1ダース』が必要ですよ」

 一個すらまともに持ったことの無い陽歌にとっては理解の及ばない世界であった。だが、この様なガシガシぶつけるおもちゃは破損の危険があるのでいくつあっても困らないのだ。

「ん……思ったより包装が厳重だ」

 箱はセロテープで止められ、中身も黒いセロハンで封入されている。重さで中身が判別されない様にダミーのダンボールが入っているなど、徹底した管理がされている。

「当たりはタクトロンギヌス? ドラゴン?」

 聖者の槍、ロンギヌスを謳いながらドラゴンモチーフということに困惑しつつも、開封を進める陽歌。義手での作業も三箱行く頃には慣れてきたが、一部可動のあるパーツはぐるぐる巻きなので苦戦する。

「く……」

「音出ない為とはいえ結構きついですよねー」

 エヴァもここは苦戦しているので、義手のせいではなさそうだ。

「コマ……だよね?」

「バトルするコマですよ。負けるとバラバラになるんです」

 陽歌は別に、おもちゃに興味がないというわけではない。どう情報を集めても手に入ることなどないので、必然的に疎くなっていたのだ。

「へー……」

「やってみます?」

 エヴァはにやにやしながら、陽歌を誘う。その表情に、何か彼は懐かしさを感じた。

(雲雀……小鷹……?)

 それはかつて、短い間だけ友達だった者の表情に似ていたのだ。

(全国図鑑は埋めたから何でもいるぞ。何育てたい?)

(……これ、かっこいいな)

(たそがれルガルガンか、いいセンスだ)

 あの時、何であの二人が自分を助けてくれたのか、自分なんかを遊びに誘ったのか、よくわからなかった。それは今、エヴァに対しても感じる疑問でもある。

「コマって難しいんでしょ?」

「いやいや、これが簡単なんだなー」

 流されるまま、レクチャーを受ける陽歌。結局開封やらバトルやらでその日は終わってしまった。

 

「あいつがどんな奴かだって?」

 陽歌はエヴァについて、同じくユニオンリバーで暮らす人物に聞いてみた。出来れば彼女達、四聖騎士団と呼ばれる錬金術師アスルトが生み出した二十八姉妹以外の者で、ユニオンリバーに引き取られた自分と同じ境遇の持ち主に。

 そこで白羽の矢が立ったのが、巫女服の幼女、攻神七耶であった。

「見たまんまの奴だと思うぞ?」

「じゃあ、僕が考えすぎなのかな……」

 七耶はそう答えた。陽歌は額面通りなら単に善意を向けていてくれていたエヴァを信じきれない自分に嫌気が差した。

「ダメだなぁ……人を信じられないって……」

「人を信じるってのは意外と難しくてな、思考停止で言うことハイハイ聞いていればいいわけじゃないんだ。まずは疑うところから入って、疑い尽くしてようやく信じることが出来る」

「……そうなんだ」

 こう見えても七耶は五千歳を超える伝説の超兵器。やはり自分とは次元が違うと思うのであった。

「ってライアーゲームって漫画で言ってたな」

「……」

 と見せかけて漫画からの引用であった。

「小僧みたいな目に遭えばそりゃ誰だってそうなるさ。私達の手を払いのけないで掴んだだけ上出来だ」

「手を……」

 陽歌は自分の手を見つめて考える。何度、手を払いのけただろうか。

(陽歌! 一緒に来い! お前はこんなところにいたらダメだ!)

(お前を助けてやれなくなる……だから最後に、俺たちで行けるだけ遠くに行ってみよう!)

(私と来て……ここにいたら、あなたは死んでしまう)

 自分を助けようとしてくれた人は皆無でなかった。だが、決まってこう返すしかなかった。

『ごめん、僕が行くと、迷惑かけちゃうから……』

 両親でさえ自分を疎むのだ。何の血縁もない人間が快く自分を受け入れてくれるはずがない。自分が傷つくだけならまだしも、自分のせいで友達を傷つけたくない。

 だから、ようやく現実味の無いこのユニオンリバーに来て誰かの手を取れたのだ。

「……」

「そうだ、小僧。今度本を読む必要があってな。なんかいいの知らねぇか?」

 考え込む陽歌に、七耶が話を振る。本の話と聞き、彼は飛びつくように語った。

「それだったらクライヴ・C・オブライエン先生の著作、『暴かれた深淵』がオススメだよ! FBCがBSAAに吸収されるきっかけになったテラグリジアパニックの真相究明に纏わる事件がモデルになってて、化け物蠢くゴーストシップを探索している様な雰囲気に何度もなれるんだ! これに限った話じゃないけど、洋書は訳者の仲介が入るから可能な限り原著で楽しんでほしいなって……」

 そこまで一気に語ったところで、陽歌はハッと気づく。友達がなぜ自分を遊びに誘ったのか、そしてエヴァがなぜあの様なことをしているのか。その答えに辿り着いた。

「好きなものは、好きな人に好きになってもらいたいだろ?」

 七耶の言葉が全てだった。

「そういうこと……だったんだ……」

「まぁ奴は加減を知らんから身構えるのも無理はないがな」

 エヴァは単に、自分の好きなものを布教したいだけであった。特に、ロボットばかりのここでは人間の男の子は珍しいせいか妙なテンションになっていたところもあるのだろう。

「おーい、陽歌くん。フェスを手伝ってほしいのですが。きつねうどん派が思わぬ反撃ですよー」

「うん」

 その時、エヴァが彼を呼んだ。陽歌は快く、その誘いに乗る。

 その先が、善意で舗装された沼だとしても。

 




 エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン
 四聖騎士統括、青龍長女。宙ぶらりんKYなダメ人間に見えるが、本来はカリスマ溢れるリーダー。その側面は修正プログラム無しでも面倒見のよさという点で発揮されている。常にぐだぐだ楽をして生きることをモットーにしており、サブカルチャーや遊び全般にのめり込んでいる。楽したい割に地獄へ足突っ込んでいる様な気がするが気のせいだ。
 生放送ではBGMを担当。話題にあった楽曲を提供する。(というのは嘘。実在しないがランダム選曲が仕事し過ぎるために実はAIとして実在しているのではないかとの噂)

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