騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 ランキング

 GBNには勝率、ポイントなどの総合ランキングが存在する。ポイントランキング現在のトップはルーザーであるが、年がら年中ゲームしていられる自称プロゲーマーではプレイ時間の差から当然とされておりポイントランキング二位、勝率ランキング一位のガロが実質的なチャンピオンとされている。


EP3 守る者

 都内のマンションは、もう住むだけで勝ち組という場所である。そんな場所に慣れた手つきでオートロックの番号を入力し、入っていく男子小学生がいた。ランドセルは今時様々なカラーがある中で昔ながらの黒という選択であったが、年齢の割に丁寧に使っているためか綺麗である。見る人が見ればかなり上質なブランドの品であることが理解できるだろう。

 エレベーターに乗り、上階の自宅へ向かう。マンションは基本、エレベーターが付いていると上の方が家賃は高い。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 帰宅すると、専業主婦の母親が出迎える。父親の仕事について詳しく聞いたことはないが、今の時代父の収入だけでここまで裕福な暮らしが出来るということは相当なのだということは理解できる。

「……そう、お父さん、良くなるといいわね」

 母は誰かに電話しているのか、向こうの相手に何かを言っていた。両親共に親交が広く、その全てを子供が把握するのは難しいだろう。ただ、最近は父が昔お世話になった人が大変らしく気を揉んでいる。

「健康診断の結果出たよ。異常ないって」

「それは何よりねぇ。健康は大事だから」

 一応、学校でやった健康診断の結果は渡す。視力も悪くなっておらず、虫歯も無いという健康体だ。

「さてと、今日はどこ行こうかな……」

 少年は部屋に入ると宿題もそこそこに、GBNの筐体を用意してガンプラを乗せる。愛機はガンダムテルティウム。ギアに登録されたダイバーネームは、パーシヴァル。

「チャンピオンは遠いか……」

 画面に表示される総合ランキングをパーシヴァルは確認する。一位はルーザーだが、人徳としても二位のガロが実質的なチャンピオンと目されることも多い。しかし今は遠い目標より近くの敵だ。

「ナクトか……ヴァルガにいるのか?」

 仕留め損なった相手を探すため、再び戦いに赴く。

 

   @

 

 陽歌はアスファルトの上を引きずられていた。爪がはがれるほど抵抗しているが、向こうは人数が多い。どうすることもできない。荒いアスファルトが擦り切れた服の上から肌を削る。頭がぼんやりしており、叫ぶ力も残っていない。

 そんな状況が永遠にも感じられそうな時間続いた。が、しばらくすると突然持ち上げられて、投げられる。下は川。高い橋の上から、落とされたのだ。ふわりと浮かぶ様な錯覚の中、猛スピードで水面が迫る。

 

「うわああああっ!」

 喫茶店、ユニオンリバーの地下に陽歌の自室は存在する。ユニリバの地下が大規模な居住施設になっており、その一つが彼に宛がわれた。目を覚ました陽歌は冷や汗をかいてベッドに眠っていた。氷枕と冷えピタは既にぬるくなっている。急に叫んだせいか、頭が割れそうなほど痛んでいる。

「夢……か」

 先ほどのビジョンが夢だったことに安堵する。

「なんだか、まだ夢見てるみたい……」

 陽歌はベッドに寝て、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。風邪をこじらせてしまい、今は起き上がるのもやっとな状態である。

窓が無い都合、壁と天井の隙間の間接照明で自然光を再現している。この部屋を作った主犯、エヴァリーの思惑は分からないが、必要最低限の机やベッドに加え、switchやPS4などのゲーム機、高性能なデスクトップPC、かなり質のいいゲーミングチェアもセットだ。

「どっちが現実、なのかな……」

 以前は自室どころか寝床もなく、ソファで眠ることさえ許されなかったので床で睡眠を取っていた。夏場はともかく、冬に寒さを凌ぐものが無かったのでいつも寝不足に悩まされていた。

「やっほー」

「あ、調子はどう?」

 そこにミリアと青髪のメイドさんが入ってくる。彼女はアステリア。ユニオンリバーの店員で、陽歌の現在の保護者である。戸籍云々はもうちょっと複雑な状態だが、一番頼れる大人の一人ということでは間違いない。

「な、なんとか……」

 陽歌は自分の不調を訴える言葉を知らない。伝える相手もいなければ、言ったところで何かしてもらえるわけでもなかったからだ。

「風邪薬もってきたよ!」

 ミリアは風邪薬と咳止めと栄養ドリンクとエナジードリンクを持っていた。しかし風邪薬と栄養ドリンクの飲み合わせはカフェインの多量摂取で死ぬ可能性が高いのでNG。

「ハイポーションかな……」

「お薬は控えた方がいいね。体重の都合とかあるから」

 薬はアステリアによって下げさせられる。陽歌は普通の子供と違う事情を抱えており、市販の薬を素直に使うのは危険だ。

「汗だくね。身体拭いてあげる」

 アステリアは慣れた手つきで陽歌の服を脱がせる。義手と生身の境界はナノマシンで出来た黒い包帯が巻き付いて固定されている。その他、身体のあちこちにプロが施したとは思えないほど荒い手術痕があった。理由は分からないが、内臓のあちこちが摘出されているらしい。肺が片方無いせいで運動機能に問題があり、肝臓や腎臓も減らされているので、この様にただの風邪でも体調を崩しやすい。

「ふぅ……」

 汗を拭き、着替えて氷枕と冷えピタを変えて貰ったので陽歌も少し落ち着く。

「私はリンゴ剥くね」

 そう言ってミリアは洋ナシにピーラーを当て始めた。陽歌はそれをひやひやしながら見守る。

「すりおろりりんごありますよ」

 またしてもアステリアが準備していた。ミリアの面目は丸つぶれである。

「ありがとうございます……ミリアさんも」

 ただ、自分の為に何かしようとしてくれる気持ちだけでも陽歌は嬉しいのだ。

「いいのかな……こんなに、幸せで……」

 陽歌はふと、そんなことを呟く。あんな夢を見たからだろうか。あの時は自分から選ぶ、という状況だったが、今回は気づいたら知らない場所でユニオンリバーの人達と出会い、そしてそのまま連れてこられたのでこの状況に収まっているところはある。

「まだまだ、これからもっと取り戻さないとね」

 アステリアは彼の過去を知っている。いや、知らなくてもこの状態の子供を家に帰すことなど性格的にできないだろう。それはミリアも同じだった。技量がなくても何かしてあげたいと思うのは、そこに原因がある。

「もっと……か」

「そう、もっと、ね」

 自分にそんな資格があるのか分からないが、周りはそうだと認めてくれる。陽歌は確信が持てないまま、安息の地で眠りにつくことしか出来なかった。

 

   @

 

 ヴィオラはGBN内で、新しく染めた淡いラベンダーの髪を弄りながら夜空を見ていた。おろしたての薄いパープルのドレスが風に靡く。

『少し、大胆じゃないかな……?』

 深雪とこれを買いに行った時、柄こそシンプルながらスカートの裾が短く、袖も無いので肩や背中もざっくり開いているデザインに戸惑った。何せ髪が短いので背中はしっかり見えてしまう。ヒールになっているサンダルにも慣れが必要だった。左腕を飾る様に巻き付く紫のリボンなど追加購入した装飾も多い。

『ゲームなんだしいいんじゃない?』

 深雪はそう言った。確かに、現実での記憶はないがゲームでくらい派手な格好をしたいものである。これを陽歌に見せようとしていたのだが、彼は今日来ない。

「心配だな……陽歌」

 陽歌が風邪を引いたと聞き、リアルに戻れないことをもどかしく思った。リアルに戻れたとしても場所が場所ならなにも出来ないのだが、そこは関係ない。

「何かアイテムでも集めるか……」

 回復祝いになりそうなアイテムを探しに、アルスコアガンダムを呼び出してその場を飛び去る。とはいえゲームの知識は皆無なので、何のアイテムがいいのか分からないのだ。

「うーん……とりあえずミッションやってお金稼ぐか」

 内容はミッションの途中でも考えられる。決まった時にお金が足りないのでは元も子もない。ロビーに戻り、どのミッションへ行くかを考える。

「さてと……」

 しかし儲かるミッションは難易度が高い。アーマーの無いコアガンダムのみのヴィオラでは簡単なミッションでも単独クリアはかなりのハードルとなっており、フレンドと合流するかその辺で人を募ってミッションへ行く必要がある。

「今は野良しかないか」

 先日フレンドになった者は大半が小学生ということもあり、この時間にログインはしていない。なので、分かり易く募集中の看板を持ってパーティーを募集するしかない。コミュニケーションに役立つアイテムは運営が支給してくれている。

「んー……」

 とはいったものの、ヴィオラはここのところある異変を感じていた。募集に集まるダイバーが明らかに日を追うごとに減っているのだ。

「お、珍しくランクの高い人が野良してんな」

 その時、看板を見たひとりのダイバーが声を掛けてきた。ダイバーには『ダイバーランク』というプレイヤーのやり込みや実力を示すパラメーターがあり、常時ログインしているヴィオラは他のコンテンツで時間を潰す為にもビルドコインが必要でチマチマとコレクトミッションをしていたら、陽歌のEを超えてDに達していた。

「どうも……うん、ブラックリストに無い顔だな」

 声を掛けてきたダイバーは陽歌や深雪より僅かに年上の少年。ダイバーネームは『イーグル』、学ランにマントという大正チックな衣装を纏っている。

「ブラックリスト?」

「知らないの? 最近初心者の地雷プレイヤーが多くてね。野良じゃそんなんばっか集まって機能しないぜ」

 イーグル曰く、どういうわけかそんな事態に陥っているらしい。ヴィオラはそもそも地雷という意味を理解出来ていなかった。

「地雷? 地面に埋めるあれ?」

「いや、ネット用語でな。マナーのなってないヤベー奴をそう言うんだ」

 最低限のマナーも仕上がっていないプレイヤーがいると聞き、ヴィオラは戸惑った。とはいえ、GBN特有の空気は未だ掴みかねる部分があったのでそこなのかもしれない。古来よりネットでは『自分の個人情報を晒さない』、『画像も貼らずにスレ立てとな?』など独特なルールがある。

「マナーか、私もほぼ初心者だから気を付けないとな……」

「いや、普通にしている分には問題ないよ。最近やらかしてんのは、わざとミッションに失敗したり無線で暴言吐いたりする様な奴らだ」

 だが、現実はもっと悲惨だった。ゲームのローカルマナー以前の問題を起こす連中が多いんだとか。

「小学生でもしっかりしてたんだぞ? そんなことが……」

 陽歌や深雪の様な小学生勢でもそんなことしなかったのに、とヴィオラは頭を抱える。

「俺も小坊だが、案外年齢重ねてでっかくなっただけの大人ってのも多いもんさ。んで、ミッションだろ? どこ行く」

 イーグルは本題を切り出した。ミッションにいく人員を探してヴィオラは看板を持っていたのだ。

「えっと……ビルドコインが儲かるミッションがいいなって」

「それなら……どこがいいかな?」

 具体的には決めてなかったので、しばらく考えることになる二人。そこに、あるダイバーが加わった。

「その話、私も混ぜてもらって構わないかな?」

「あなたは……」

 仮面をつけた謎の男であった。立ち振る舞いこそ優雅だが、衣装の胸に初心者マークを付けており自身の状況をカッコつけることなく周囲にアピールしている。

「見ての通り、衣装にお金を使ってしまってね」

「あー、わかる。つい使っちまうよな」

 彼は金欠だったのでこの話に飛びついたというわけだ。ミッションは人数が多い方がクリアも容易で、報酬が山分けになることはなくレアアイテムのドロップ率などはパーティメンバーが増えると上昇する仕組みなので組めば組むほどお得である。

「私はガロ、よろしく」

「へぇ、チャンピオンと同じ名前なんだ」

 仮面の男が自己紹介すると、イーグルはチャンピオンとダイバーネームが同じであることを指摘した。

「いやー、魔戒騎士の方のつもりだったんだけど結構ありふれてるものだね」

「キリトとか炭治郎よりはいいか……」

 どうも他の作品ネタのつもりだったらしいが、カタカナ二文字は被り易いらしい。

「ふーむ……」

 ヴィオラは確かにガロという名前を聞いたことがあった。たしか、ランキングだけでなく人柄もいいので慕われている上級ダイバーだったはずだ。

「んじゃ、ミッション行こうぜ!」

「おー」

「ふむ、連戦ミッションがいいかな……?」

 というわけで早速ミッション開始。この三人が選んだのは、連戦ミッションと言われる各地を転戦するミッション。通常のミッション複数回分の戦闘回数があるが、その分ビルドコインはおいしい。

「んじゃ、鍵かけて……」

 途中で野良パーティーが合流出来ないようにパスワードをイーグルは設定した。本来は仲間内だけで遊ぶための機能だが、地雷ダイバーの増加により基本使用が推奨される状態となった。

 拠点から飛び立ち、ゲートを潜って目的のディメンジョンへ向かうのであった。

「ほー、アルスコアガンダムか」

「あまりプラモは得意でなくて……」

 イーグルはヴィオラの機体を確認する。複雑な事情を説明するのは面倒なので、これで通すヴィオラなのであった。

「では私がフォローしよう」

 ガロが機体を寄せて援護に入る。ガンダムタイプらしいが、チョバムアーマーに覆われていてその全貌は見えない。武装は一般的なシールドとビームライフルとなっている。

「しかし、SDでオリジナルジムとは渋いセンスだね」

 ガロはイーグルの機体を見る。零丸のパーツがいくらか使われているが、頭部は素ジムという珍しいSDガンダムであった。機体名は『ジムプリミティブ』。

「いやー、インディガンダムのストーリーにロマン感じて……」

「インディガンダム?」

 ヴィオラは空いた時間でガンダムへの知識を貯えていたが、SDガンダムだけは表面をさらうのがやっとという状態であった。SDガンダムシリーズはその膨大さから直撃世代でも全て把握するのが難しく、独特なギミックや外見から予想出来ない攻撃によってGBNでは『対策必須』とされる機体群だ。

 ガロは詳細を知っていたのか、インディガンダムという存在について説明する。

「インディガンダム、その名の通りインディジョーンズをモチーフにしたSDガンダムだね。他のラクロア勢と違ってガンダムヘッドに瞳が描かれていないがそれもそのはず、ガンダムの頭は仮面で正体はジムなのだ。騎士ガンダム初期から登場していたジムヘンソン一家の息子が成長した姿で、サンタガンダムからプレゼントされた魔獣を相棒にしているんだ」

「そうそう。初期のサブキャラが成長してメインに食い込むの燃えるよなー」

 

 イーグルはその成り立ちが気に入ってSDのジムを選択したのであった。現在はクロスシルエットシリーズのフレームにジムヘッドが付属しているので、可動域の広いSDジムが簡単に手に入る。

「さて、最初のステージは……」

「荒野みたい」

 最初に辿り着いたのは荒野ステージ。砂漠ほどではないが防塵性能が求められる。

「敵が来るぞ!」

 イーグルが感知した敵はフレックスグレイズ。鉄血のオルフェンズに登場する量産機、グレイズのモンキーモデルだ。

「このくらい!」

 同盟組織に売却するためグレイズから性能を落としている機体が相手だ。ヴィオラはビームスプレーガンを向けて射撃する。いくら優秀なグレイズがベースでも、デチューン機なら負けるはずがない。

「何?」

 だが、ビームは弾かれてしまう。イーグルが拳で敵を貫いてフォローする。

「ナノラミネートアーマーだ! ビームは効きにくい!」

「なるほど……」

 ビームを軽減するナノラミネートアーマーの効果だ。物理攻撃が有効な対策だが、永続コーティングではないのでビームでも当て続ければ倒せる。

「なるほど、ではこうだ!」

 ガロはビームライフルで敵の頭部を撃ち抜く。その精度と連射速度はすさまじく、忽ち敵を殲滅してしまった。

「おい本当に初心者か?」

「いやー、一人でずっと射撃練習してたから……。あれだよ、休み時間にバスケのシュートばっかりやってる感じの……」

 イーグルはその実力に疑いの目を向けるが、ガロは誤魔化そうとする。その時、ヴィオラはログに変化があったことに気づく。

「ん? 参加人数が増えてる?」

「そんなはずは……」

 パーティーに入らなくても、同じエリアでミッションを行うことは出来る。しかしパスワードを掛けていると、それ自体も出来ず、他所のパーティーが合流することもないはずだ。だが、このエリアにはヴィオラ達以外のダイバーがいる。

「誰だ?」

 イーグルは新たに増えたダイバーを確認する。相手は四人。物陰に隠れている様だ。

「このミッションの敗北条件はパーティーメンバーの全滅……。パーティー入りしていなければ影響は受けないが……」

 ガロは状況を分析する。邪魔はされないが、いるはずもないものがいるというのはなんとも不気味だ。

「さっさと行こう。バグでたまたまこのエリアにいるだけかもしれん。エリアチェンジすればいなくなるさ」

「うん……」

 イーグルの言う通りではあったが、ヴィオラは何とも言えない気持ち悪さを感じていた。いないはずのものがいる恐怖ではなく、そのガンプラから悪臭の様なものが漂っている錯覚があった。

「では、いこう」

 ここでの戦闘を終えたので、エリアチェンジすることにした一同。しかし、転戦しても謎のダイバーは追跡を続けた。

「ウーム、さすがに妙だぞ……」

「なんだか、気持ち悪いね……」

 ガロもヴィオラもこの不自然さに閉口するばかりであった。望遠カメラでダイバーを確認すると、四機ともウィンダムという変わったパーティーであった。

「素組みのウィンダムか……ブルーコスモスには見えないが……」

「初心者がウィンダム選ぶか? たしかに組みやすいけど、みんなガンダム使いたいだろ?」

 素組みのガンプラで来るほどの初心者がウィンダムで揃えてくるのか、という疑問がイーグルにはあった。たしかにウィンダムは組みやすいキットとして有名で、デフォルトで大気圏内を飛行可能と性能も悪くない。だがそれはガンダムに詳しい人間の目線であり、初心者はガンダムを使いたがるだろう。見た目が気に入った、という可能性もあるが、四人が四人同じ機体を選ぶだろうか。

「そういえばブラックリストがどうのって言ってたよね? それに何か情報はない?」

 ヴィオラはイーグルの言っていたブラックリストを確認する。荒しや地雷として名前がリストアップされるほどなら、使っている機体のデータもあるはずだ。

「えーっと、たしか以前まではデスアーミーを使っていた地雷が多いんだったな」

「デスアーミーを?」

 デスアーミーとはまたウィンダム以上にマニアックなチョイスであった。だが、どちらも共通して組み立てが容易という特徴がある。

「それ以前にはマグアナック。いずれも素組みだ。だから警戒されて変えてきている可能性がある」

「集団で機体を入れ替えているのか? たまたまだとしたらチョイスが渋いなんてレベルじゃないぞ?」

 ガロは少し、この行動に疑問を持っていた。

「そう言えば陽歌……友達がマグアナックとデスアーミーはよく売れたって言ってた」

「ん? 今陽歌って言った?」

 ヴィオラは陽歌の言葉を思い出す。彼もミリアからの聞きかじりなので詳しくは知らなかったが、何気ない会話でそんな話をした。

「普通、オンラインゲームの地雷と言われるプレイヤーは低年齢層が多い傾向にある」

 イーグルが何かを言いかけたが、考えを纏めるためにガロが説明を兼ねて話を続けた。

「そうなの?」

「実例があるからね。とはいっても、それは敷居の低さが主な原因になる。例えばゲーム自体がよく普及しているゲーム機で遊べたり、基本無料だったりね。だがGBNは一番手軽でもゲームセンターでの時間制……敷居は厄介なことに高いはず……」

 通常、地雷や荒らしはまだ成熟していない低年齢層が多くなる傾向がある。大人でも十分に該当するプレイヤーはいるが、どうしても割合は少ない。そうなれば必然的に手を出しやすいゲームが被害に遭う。実際、荒らしの多かったジャンルがゲーム機の移行と共にオンライン有料などになって一気に減少した例もある。

 GBNをプレイするにはゲームセンターに足しげく通ってプレイ時間に応じて料金を払うか、GBN専用の筐体を買う必要がある。そして操作するガンプラの購入と制作も必要だ。

「そうなると、GBNを長時間プレイすること自体難しいな。俺が保証する」

 小学生であるイーグルがその敷居は実感していた。問題になるほど多くの低年齢層が長時間プレイし、警戒される様になる度にキットを新調するのは現実的ではない。

「まぁ、今んとこ実害はないしミッションクリアしてバグ報告しようぜ」

「そうだな」

 推測しても答えは出ない。とりあえずこれは単なるバグとして運営に報告するだけであった。

「いや、何か変な感じがする……」

「ん? どういうことだ?」

 だが、ヴィオラは二人以上に強い違和感を覚えていた。

「言葉にはしにくいけど……何か、あるべきものがない様な……」

「うーん?」

「いや、ごめん、忘れて」

 だが、どうにも言葉に出来ずヴィオラは取り消した。

「んにゃ、とりあえず感じたことを教えてくれ」

 イーグルはそれでも、彼女から意図をくみ取ろうとする。

「私にもよくわからなくて……」

「そうか……でも変な感じはしたんだな。覚えておくよ」

 ヴィオラが覚えた違和感をイーグルは記憶した。聞き流すでもなく、本人でも説明できない何かをしっかり受け止めていた。

「表現は出来ないが感じる何かというのは大事だからね。それを小学生の身で分かっているとは……」

「まぁな」

 ガロもこれについては頭の片隅に置いておくことにする。一行はいよいよ最終エリアに到達する。

 

 最後のエリアは市街地。敵は巨大なタンクでザクの顔が生えている。

「何あれ?」

「ライノサラスか」

 巨大な敵、ライノサラスはミサイルを飛ばしながら市街地を移動する。ビルを遮蔽物にしてこれを叩くのがミッションの流れだろう。

「まずは履帯を壊して動きを封じるのがセオリーだろう」

「だがこの攻撃じゃ近寄れねぇぜ!」

ガロが攻略法を示すが、敵の攻撃は激しく接近が困難だ。

「誰かが囮になるしかないな。装甲の硬い私が担当しよう」

「いや、それなら俺に手がある」

 チョバムアーマーを着込んでいるガロが囮を申し出るが、イーグルにも策があった。火力も十分なガロのガンダムを失うのは痛いという判断がある。

「ガシャプラ忍法!」

 ジムが複数の玉を取り出し、その中から小さなSDガンダムが出現する。

「行ってこい!」

 そのSDガンダムが囮としてライノサラスの前に立つ。ライノサラスの攻撃はSDガンダムに集中した。

「今だ!」

「ええい!」

 ガロが右側の履帯を、ヴィオラとイーグルが左側の履帯に攻撃を仕掛ける。履帯は破損し、ライノサラスの行動が制限される。イーグルはジムプリミティブをSDガンダムと合流させると、主砲の中へ飛び込んだ。

「行くぜお前ら!」

 SDガンダムは武器に変形し、それを主砲内部でジムが乱射する。ガシャプラのSDガンダムは単体としてはもちろん、武装としても扱えるのだ。

「メインカメラを封じる!」

 ヴィオラは乱戦に紛れてザクの頭部をコアスプレーガンで狙った。その時、ビームが飛んでくる。警報に気づいた時には遅く、回避が間に合わない。

「しまっ……」

 ガロのガンダムが腕で庇い、事なきを得る。チョバムアーマーには焼け痕が残っていた。これはつまり、大したダメージにはならなかったがちゃんと攻撃出来ているということだ。

「敵の増援?」

「いや、これは……」

 ヴィオラは敵増援と考えたが、この攻撃はダイバーからだった。

「ここまでご苦労様! 報酬は俺たちがいたただく!」

 先ほどまで追跡を続けてきたウィンダムのダイバーが攻撃を仕掛けてきていた。

「馬鹿な! ヴァルガや襲撃ミッションじゃあるまいし、通常ミッションで他のダイバーに攻撃だと?」

 イーグルの言う通り、このミッションでは他のダイバーへの攻撃は出来ないはずだ。ヴァルガ、その言葉でヴィオラは今まで感じていたものの正体に気づく。

「そうか、ヴァルガ! ヴァルガに行った時に感じなかったガンプラの薄い壁みたいなのがこのウィンダムにはないの!」

「それってつまり、いつでもどこでも他のダイバーを攻撃できるチート使ってんのか?」

 話している間にも、ウィンダムのダイバー達は攻撃を辞めない。ヴィオラが反撃しても、彼女の攻撃は仕様通り相手に通らない。

「このままじゃ一方的にやられちゃう!」

「ライノサラスの攻撃を連中に誘導するぞ! どうせろくなプレイヤースキルねぇんだ!」

 イーグルは敵の攻撃を利用する作戦を思いつく。敵の攻撃なら流石に通るだろう。

「すまない、その件なんだが」

「ん?」

 ガロが真っ先に謝罪する。何事かと思えば、なんとライノサラスの砲塔がいつの間にか全て潰されていた。

「手際よ」

 初心者とは思えない処理能力だったが、今回はこれが災いしてしまった。だが、ここまで出来たなら逆に解決しようがある。

「だったら、やられる前にクリアすればよかろうなのだ!」

 イーグルはトドメを刺す為に動こうとするが、ウィンダムはおいしいところを持って行こうと四人で進路妨害を行う。

「させるか!」

「チッ、無敵の雑魚四人って面倒だな!」

 その時、後ろのライノサラスがひび割れた。まるで繭でも破る様に、中から複数の触手らしきものを伸ばし、顔を出す存在。

「ワイヤーの先端に砲塔……ブラウブロか?」

 ガロはその正体がブラウブロであることに気づいたが、タコの様に蠢くその姿は原作とかけ離れている。禍々しいオーラも放っている。

「なんだ……うわあああ!」

 ブラウブロの中央ユニットが口を開き、ウィンダムを次々に捕食していく。バリバリと装甲を砕き、咀嚼する音とダイバーの断末魔が聞こえる。爆散しないだけでここまでおぞましい光景になるのか。

「こんにゃろ!」

 イーグルが攻撃を仕掛けるが、まるで聞いている様子もない。

「う……ぅう……」

 ヴィオラは猛烈な吐き気に襲われ、操縦できない状態になっていた。一体何が原因なのか、彼女自身にも分からない。そこに、ブラウブロが口を開いてビームを放った。

「しまった!」

 イーグルが助けに向かうが、間に合わない。その時、ガロのガンダムがヴィオラのコアガンダムを庇った。

 紫の極太ビームを浴びたガンダムだったが、その攻撃を完全に防ぎ切る。流石にチョバムアーマーはボロボロになっていたが、それだけである。

「ガロ!」

「ふむ、さすがに外装はもたないか」

 ガロは自らの意思で、チョバムアーマーをパージする。中から姿を現したのは胸に緑のセンサーを持つガンダムであった。それにイーグルは見覚えがあった。

「あれは……ガンダムフルクレスト! ってことは、チャンプ?」

 そう、ガロは名前被りでも何でもなく本物のチャンピオンだったのだ。

「バグの様子を見にきたが、まさかこうも早く当たりを引けるとはね。ログデータを回収させてもらう」

 天から一筋の光がフルクレストに降り注ぐ。胸のセンサーでそれを受けたフルクレストは手足の放熱機構を開き、輝きを辺りにばら撒いた。

「サテライトシステム? でもキャノンは……」

 ヴィオラはサテライトシステムこそ知っていたが、それはあくまでサテライトキャノンのエネルギーを供給する為のもの。肝心のキャノンが無くてどうやって使うのか想像できない。

「簡単な話だ。私がサテライトキャノンになる」

 ガロは青く輝く機体を上空高く飛ばすと、そのまま飛び蹴りの姿勢でブラウブロに突撃する。

「フルクレスト、キック!」

 キックが直撃したブラウブロは脱ぎ掛けのライノサラスごと天高く飛ばされるそして、上空で大爆発を引き起こした。

「すげぇ……」

「これが、チャンピオン……」

 イーグルとヴィオラはチャンピオンと呼ばれるだけある確かな実力に驚嘆するばかりであった。

 

   @

 

「すまない、君らを騙す様な真似をしてしまった」

 ミッションが終わると、ガロはいの一番に謝罪した。二人としては騙された、という気はしないしチャンピオンほどの人間が初心者ランクでのバグを調べようとすればこうする他無いとは思っていた。

「いえ……そんな……」

「チャンプとはいえ一介のプレイヤーがバグの調査とは……アニメみたいに運営に知り合いがいんです?」

 イーグルはアニメのキョウヤみたいに運営との繋がりを考えたが、現実はそうもいかない。

「いや、安心してみんなに遊んで欲しいから、バグの報告をしようと思ってね。今回のバグや荒らしは初心者ランク帯で頻発している様子なんだ。案外、バグというのは一度遭遇してもたまたまだと思って忘れてしまうものだ。だが、バグに遭ったという話そのものは増えている。運営側も捜査に着手しているらしいが、早期解決の為に私がログデータを少しでも集められればと思ってね。こういうものはサンプルの数が大事なんだ」

 本当に一般プレイヤーなのに、ゲームのことを考えて行動する。だからこそガロは真のチャンピオンと慕われるのだろう。

「凄いんですね……」

「いや、私くらいの歳になれば自分の好きなコンテンツがユーザーの行いを含めて衰退していく様子を見てきている。だから、今好きなGBNにはそうなってほしくないし、次の世代にそんな思いをしてほしくないだけだよ」

 純粋に感心するヴィオラだったが、やはり過去にいろいろ体験してきたのだろう。コンテンツの延命には新参が入り易い環境が重要だ。だから今回のバグや荒らしを見過ごせないのだろう。

「そうだ。これも何かの縁だ、フレンド登録しておこうか」

「マジで?」

「チャンピオンとフレンドに?」

 そして出来た意外なコネ。ヴィオラは回復祝い以上の成果を得ることになった。

 




 身体の傷は癒えても、心の傷はいつ治るのだろうか。大空へ、高く飛べなくてもいい。寝食に困らない程度に飛べるだけの翼を取り戻すことが出来るのだろうか。僕は、立ち上がる力があるのか。
 次回、『傷ついた翼』。

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