騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 この先の未来は不定。繰り返しは終わり、本来あるべき流れが戻る。


未来閉ざす妄執の生命

「小僧! 寝るな! 死ぬぞ!」

「陽歌くん!」

 七耶とミリアの声が聞こえ、陽歌は目を開ける。どうやら、まだ生きているらしい。

「やっと追いつきましたに」

「形態変化の度に移動とか面倒なボスだね」

 ナルとさなもいた。どうやらここは、橋の上らしい。それも、かなり大きな橋だ。強く風が吹くほど周囲に何もない。もしかしたら海の上なのだろうか。

「本当にしつこいな……」

 今度の場所は赤く染まったレインボーブリッジ。東京湾に巨大化した結晶都知事が立っており、それを橋から見上げる状態だ。腕と首が無いためダメージは継続していると思われるが、足は東京湾の底に立てるくらい伸びているだろう。

「ここで終わらせてやる!」

「こっちのセリフだ!」

 胴体に三つの目と口を開き、都知事が宣言する。今回は陽歌も一人ではない。これだけしつこく復活されても、倒す希望はある。

「ここで始末するぞ! ねこ!」

「とら」

 七耶とナルは天魂を口に含み、ロボットの姿に変身する。七耶の変身は十秒百円の課金制なのだが、もうそんなこと四の五の言ってられないということなのだろう。

「お姉さんいくよ!」

「え? あ、はい」

 さながミリアに爆弾を持たせて、その後ろに立つ。そして、彼女を思い切り蹴っ飛ばした。

「えええ?」

「えええええええ!」

 これにはさすがに陽歌も困惑した。ミリアは敵の口に突っ込み、そのまま爆弾と共に爆散する。その勢いは橋を吊っているワイヤーが揺れるほどであり、もはやダイナマイトの域であった。

「そんな……馬鹿な!」

「こっちのセリフですがな」

 都知事は崩れ落ちる。下の急流に足を取られ、レインボーブリッジに激突する形となった。

「今だ! 飛び移るぞ!」

「え、あ、はい」

 七耶とナルが都知事の身体を伝って目を攻撃しにいく。陽歌もそれについていくが、理解が及ばない。

「あー、死ぬかと思った……」

 ミリアは無事だった。陽歌が彼女の無事を確認していると、各々片目に必殺技を叩き込む。

「タイガー……レイザーズエッジ!」

「パイルバンカー!」

 一撃で両目を潰してみせる。陽歌は自分の苦労とはなんだったのか、と頭を抱える。都知事が揺れたので、陽歌とミリアは退避することにした。

「貴様を殺し、もう一度やり直す!」

 都知事は右腕を生やし、両目を再生して再び挑んでくる。当然、強靭な腕での攻撃が予想された。橋を壊しながら陽歌達に向かってくる右腕のパンチ。あまりに大き過ぎて回避のしようがなかったが、そもそも全員初めから避ける気が無い。

「おおおお!」

 さなが真正面からそのパンチをパンチで打ち返す。

「剛拳、二百六十七貫!」

「何ぃいいいい!」

 右腕全体にヒビが入り、のけ反る都知事。あの巨体からのパンチは百トンなど軽く超えているだろうが、さなの表記に誤りでもあるのか。

「毎回思うけどあれ喰らって生きてるミリアさんって……」

 手加減されているとはいえあのクラスのパンチを受けて平然としているミリアの頑丈さには陽歌も目を見張るものがあった。

「今度こそ!」

 都知事は左腕を生やし、両手を組んで上から振り下ろしてくる。今度は先ほどと力が違う。七耶はミリアを掴むと、その腕に向かって投げつけた。

「超攻ミラヴェルシュート!」

「ぐおおおお!」

 特に垂直の姿勢を保っているわけでもないミリアが都知事の両腕を貫いた。どんだけ頑丈なんだこの人。

 倒れた都知事が急流に足を掬われ、レインボーブリッジを破壊していく。

「う、わあああ!」

 崩落に巻き込まれた陽歌は七耶達と違う方へ流されていく。大きな水しぶきに思わず顔を覆うと、いつの間にかまた景色が変化する。今度は生臭い下水道であった。水は流れておらず、鼻を突く生ごみを牛乳に浸して一週間炎天下の車内に放置した様な悪臭が漂う。水面は虹色に輝いているが、汚いだけだ。

「一体……」

陽歌はとにかく周囲を見渡し、唯一存在する扉を見つけた。すっかり立て付けの悪くなったその扉を開くと、中には信じらない光景が広がっていたのであった。

「これは……」

 大きく広がった円筒状の空間。そこに干からびた巨人のミイラが鎮座していた。個人を判別するのは不可能だが、胸から垂れ下がった袋を見るに女性だろうか。いや、そもそもこれが性別を有する生命なのかも怪しい。

「この本によれば、東京都知事大海菊子はタイムリープに耐えるため本体を改造したと書かれている」

 隣にウォズが急に現れたが、陽歌は驚かない。ウォズとはこういう人だからだ。

「タイムリープに耐える?」

「いくら時間を遡行したとはいえ、本人の経験を持ち越せる以上逆戻りの分肉体が若返るなどという都合のいい話はない。持ち越すものを増やせば増やすほどね。時間を遡れば遡るほど、彼女は周囲より長い時間を過ごして老いていった」

 タイムトラベル等の時間旅行をする際、出発した直後の時間に戻って来た場合はどれほど老化するのか、という問題の答えがこれだ。未来か過去、行き先で過ごした分だけ周囲より余計に老化する。

「なるほど、リセットというよりはバッドエンドを見て周回プレイをしている感じなんですね」

「その通り。純粋に知識だけを持ち越すのであればリセットで十分だが、その周回で得たアイテムなどを持ち越す為に都知事は代償を払った。知識だけで自身の野望を叶える知力があれば、そもそも栄誉にしがみつく様な愚行も働かないが……」

 陽歌は様々な巨大化した生命維持装置に繋がれた都知事の慣れ果てを見て思う。

(胡桃さんが見なくてよかったかも。こんなんでも母親なわけだし……。それに、僕のことを生まれからおぞましいって言ったけど……自分で選んだ末にこう成り果てる方が恐ろしいよ……)

 生まれ方は選べないし、生き方も全て選べるとは思えない。だが、都知事は栄誉という生きるのに不要かつ既に十分得ていたものの為に、こうなった。全て自分の責任においてこの存在となったことを、陽歌は自分の生まれ以上に恐ろしく思った。

「なんでこうなったんだ……政治家になれる様な家なら、ご飯だって毎日三回も食べられるし、布団で寝られるじゃない! 娘がいるってことは、家族だっていたじゃない! それなのに、何がそんなに欲しかったんだ……!」

「終わらせよう。他でもない、君の手で」

 陽歌はメンテナンス用の足場を伝い、吊るされた栄養剤の点滴を刀で切り落とす。葡萄の房の様に連なった点滴の重量は中々のもので、落ちていく点滴の重さで針が腕の肉を抉りながら抜ける。それでも、この慣れ果ては一切反応しない。

「よいしょ……」

 血液を循環させている装置の太いチューブを抜くと、黒い液体が大量に溢れる、もうこれは人間の血液ではない。その付近にある人工呼吸器の制御装置も刀で滅多打ちにして破壊する。

最後に心肺が止まった時用なのだろう、電気ショック用の電源まで向かう。いくつかの大きなバッテリーがあり、全て繋がってはいないが大容量の電力をローテーションで使うためにこういう構造になっているのだろう。

「これで終わりだ」

 陽歌は全てのバッテリーを機械に装填すると、装置の電源を作動させて電気ショックを与える。高電圧の電流が慣れ果てに流れ、乾いた肉体は出火する。電気ショックで慣れ果てが暴れた結果、支えは崩落し、都知事だったものは燃えながら落ちていく。

「うわ!」

 炎が目の前で巻き起こり、陽歌は顔を覆った。すると、いつの間にか違う場所にいた。今度はあのスカイツリーの目前だ。

「なんか妙な東京ツアーだなぁ……」

「あいつ、何をする気だ?」

 七耶達とも合流しているが、ウォズはいない。この戦闘がどういうわけか東京巡りになっており、陽歌はいつか普通に観光したいものだと思った。

「全ての時間を巻き戻し、再びやり直そう! セーブは出来なくなったが、リセットならまだ出来る!」

 都知事はスカイツリーと一体化しており、目玉や耳などが生えた黒い肉の柱になっていた。

「これは……」

 さなは空を見た。なんと、夕暮れから昼、そして夜明けへと太陽が通常とは逆に動いているではないか。

「リセットする気か!セーブデータが壊れてるのに、やけくそだな」

「ちょ……これ私達にも影響が!」

 七耶は狙いを察した。ミリアは自分が浮かんでおり、少しずつどこかへ戻ろうとしていることに気づく。

「ただのリセットじゃない、破損したセーブデータを読み込んだりしたら世界が滅ぶ!」

「ええ? どうすれば……」

 ナルは世界の危機を感じ取った。陽歌としてはセーブも本体も撃破したのでこれで終わりだと思っていたが、どうも向こうは諦めてくれないらしい。

「ヒバゴンじゃ済まんぞ! オープンゲット!」

 七耶は三つの戦闘機型マシンに分離する。サーディオンら超攻アーマーは三つのマシン、デバイスが合体して構成されるゲッターロボ方式。現在七耶の身体を構築しているのは『サーディオン』、『サラマンダ』、『アルケイデス』のデバイスだ。

「乗れ! 全力で食い止めてやる!」

 陽歌がサーディオン、さながサラマンダ、ミリアがアルケイデスのデバイスに吸い込まれ、再びサーディオンに合体する。三人は内部にある空間で合流した。

「これは……」

「ファンタジー戦隊のロボ的コクピット!」

「私達を乗せた?」

 中に人が乗っただけで、外見は全く変わらない。だが、明らかに出力が増している。そこへ変形したナルが合体。右肩に虎の顔が付き、ガントレットが装着される。

「超精神の力だ! お前らの心がエネルギーになる!」

 七耶は刀を手にする。陽歌の持っている白鞘をエナジー体で構築したものだ。サーディオンは黄金に光り輝き、巻き戻りかけた時間を元に戻していく。

「ば、馬鹿な! 日本の龍脈からエネルギーを吸い上げている私に勝るだと!」

「質が違う! やっちまえ、小僧!」

 陽歌はコクピットの中で刀を振るう。全員の力を合わせ、必殺の一撃だ。

「転輪を、断ち切る! 月食斬、超攻タイガー無限大仏陀斬り、verミラヴェル!」

 袈裟斬り一閃で、スカイツリー都知事が真っ二つになる。その剣が持つ浄化の力が凄まじいのか、スカイツリーが完全に崩壊する前に憑りついていた都知事の肉塊は黒い煙となって霧散していく。同時に七耶の通信機能を通じて各方面からも勝利の知らせが舞い込んできた。

『都庁ロボ、沈黙! 怪獣も始末したぞ!』

『ジェノスピノ制圧完了。これで終わりだな』

 東の空に、太陽が昇る。長い夜が明ける。オリンピックという栄華に執着した一人の愚者が招いた、永遠の様な繰り返された夜が、遂に終わったのだ。





 転輪祭典東京オリンピック2020 忌むべき生命

 祭典閉幕

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