騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 流行が憎い……僕らの命を奪ったあの熱狂が許せない。僕らから成長を奪ったあの文化を許さない。僕らは流行りものの道具になって稼ぐために生まれてきたのか。痛い……苦しい……みんな、流行なんかに乗る奴はみんな死ねばいい。
 これは使い潰された僕たちの、宣戦布告だ。最期の歌を聞くがよい。


☆ハロウィン特別編 復活の悪魔城!
序章 悪魔城復活す


 ロウフルシティ 某所

 

「ひ、ひどい目に遭った……」

 西洋の城らしき場所の頂上、玉座の間で闇が集まり、銀髪で髭を蓄えた中年男性が姿を現す。中世の貴族らしき服装をした、如何にも吸血鬼といった趣の人物だった。姿を現すなり、膝立ちで息を切らしていた。

「お疲れ様です我が主、ドラキュラ様」

 黒いマントを纏った骸骨が主、ドラキュラを労う。ここは百年に一度、人々の邪悪な心が集まって復活する魔の巣窟、悪魔城。しかし最近はその周期から外れつつあった。部下の思惑であったり、誰かの強い悪意を利用したり、他の吸血鬼に利用されたりなどその理由は様々だ。なので、ドラキュラにも前回の復活から何年経ったのか分からない。

「死神よ、前の復活からどれほどの時が経った?」

「一年です」

「早いな」

 ドラキュラは忠臣である骸骨、死神に空白の期間を聞く。一年という類を見ない短期間につい驚くが、とりあえずと呼吸を整える。

「あー、しかし去年は酷い目に遭った……。変な戦隊ヒーローが共存したいとか言い出すし、魔法少女には第二形態にすらさせてもらえず一撃でぶっ飛ばされるし、用意した部下は殆ど使い物にならないし……」

 去年の思い出に浸りながら、玉座に座るドラキュラ。死神はワイングラスを渡し、そこにワインを注ぐ。

「どうぞ、去年飲めなかったボジョレーヌーボーです。今回も最高傑作だそうです」

「ああ、すまんな。今年も最高傑作だろうな……」

 とりあえずワインを飲んで一休み。死神はこの一年、主の復活だけではなく部下の収集にも奔走していた。

「お喜びくださいドラキュラ様。とりあえずいつものメンバーを揃えることは出来ました。そして、最新の怪異も仲間にしました」

「ほう、それは楽しみだな」

 死神の成果を聞き、ドラキュラも安心する。去年の分ならこの世界には天敵のヴァンパイアキラー一族はいない。準備さえ万全なら世界を闇に包むのは容易に思われた。だが、城が軋む音が聞こえてドラキュラは顔色を変える。音は上から聞こえてきている。

「何事だ? 奴らまさか空から……」

「壁の中を泳いで来る様な連中ですから、ありえなくも……」

 ドラキュラは天敵のことを思い出して背筋が凍った。壁の中を突き進むのは当たり前で、なんか知らん間に攻撃が何十発も一瞬で直撃していたり、なんかワープしたり衝撃波を放ちながら爆走したり、あまつさえ人の城をラブホテル代わりにしたりを何百年単位でされたのだからトラウマにもなる。

 二人は窓から身を乗り出して城の上を見る。なんと、城にオペラ座が乗っかっているではないか。大きな城である悪魔城からすれば小さな建物だが、それでも何の増築もせずただ乗っているだけという状況は見た目に危なっかしい。ドラキュラは思わず手からワイングラスを滑り落とす。ワイングラスは城の下へ向かって吸い込まれる様に落ちていく。

「なんだあれは?」

「いや、私も知りません」

 ドラキュラは思わず死神に聞いたが、彼も今初めてこの状況に気づいたのだ。なにこれ。

「まぁいい! この城、なんか逆さ城とか裏悪魔城とか、絵画の世界とか鏡の世界とかあるし! 儂も全部把握出来てないし!」

 ドラキュラはとりあえず開き直って自らの野望を行うことにした。

 

   @

 

 十月末、ハロウィンの乱痴気騒ぎで渋谷のみならず静岡の大都市、ロウフルシティも騒がしくなっていた。事件性を疑いたくなる血糊満載のコスプレで若者達が出歩き、たまたま買い物に来ていた陽歌はいちいち脅えながら歩かなければならなかった。

「うぅ……怖いなぁ……」

 着込んだ白いパーカーのフードを被って、身を竦めて中世的で小柄な少年が街を行く。中性、というより完全に女の子寄りに見え、言われなければ男の子だとは思わない様な、可愛らしい顔立ちをしていた。ボトムスも黒いホットパンツに同色のタイツとアサルトブーツでは少年要素は皆無だ。

(化け物なんかより人間の方が怖いんだけど、その人間が化け物の皮被るなんて最悪の足し算がこの世にあるなんて……)

縮こまっているからか内側に丸まった姿勢も相まって少年には見えない。フードの中からは甘い香りがしそうなキャラメルカラーの髪が覗き、キョロキョロと周囲を警戒する瞳は右が桜色、左が空色をしていた。

 彼は浅野陽歌。この夏、ひょんなことから静岡の島田市にあるユニオンリバーという喫茶店に引き取られることになった。孤独に生きて来た彼にとって、ユニオンリバーでの日々は毎日が驚きの連続だ。ハロウィンなんて催しにも周囲が騒いでいるのを聞いているだけで参加することは出来なかった。

(うぅ……でも怖がってたらミリアお姉さんとさなに心配かけちゃうし……)

ただ、実際に渦中へ飛び込むと自身のコンプレックスである外見が目立たなくなるのでよいと思われたが、それとトレードオフでバイオハザードの様な光景が広がるのでそっちが怖いという有様だ。基本、外見の特異さから迫害を受けてきた陽歌は他人への恐怖が根底にある。

「大丈夫?」

「う、うん」

 同行者の少女に声をかけられ、陽歌は強がった。パーカーを掴む手に力が篭る。その両手は生身のものではなく、黒い球体関節の義手だった。どんちゃん騒ぎも精神を摩耗させてくるが、いざとなれば首にかけた黄色いイヤーマフがある、と自分に言い聞かせる。

「しかしコスプレ文化広がったよね」

 一緒に歩いている少女、さなはコスプレ集団を見て、自分の狼か狐の様な耳や尻尾もバレないだろうと隠すことなく出現させている。小柄な陽歌に輪をかけて小さい彼女は、紺色の髪を腰の下まで伸ばし前髪で右目が隠れている。

「昔はコスプレといったらアキバの文化だったのに、コミケといい見る機会増えたね」

オーバーサイズでワンピースの様になっているハイネックで口元を隠しているところから受ける、寡黙そうな印象に対して彼女は普通に喋る。引っ込み事案な陽歌と比べれば饒舌な方である。尻尾や耳がピコピコ動いており、奇妙さはあったがハロウィンという特殊な環境のせいでこんな外見でもあまり目立っていない。口にはしないが、陽歌が悪目立ちしない様に気を配ってくれているのだ。

「これはコスプレでいいのかな……。僕はコミケでやってた台風の進路とかガチャで爆死した人のコスプレの方が好きだよ」

 ただ古着に血糊を付けただけのゾンビコスやドンキで一式買って来ただけのコスが横行する中だと、コミケのネタコスプレが輝いて見える。

「あれは手抜きに見えるだろうけど発想力高いからね。お姉さんもコスプレ第一任者としてそうは思わない?」

 さなはもう一人の同行者に話振る。三人の中では一番大人で、身長が高いのはもちろんプロポーションも整った美人である。実際、こうして歩いているだけでも衆目は主に、彼女に集まるくらいだ。切れ長の瞳はエメラルドグリーン、あどけなさを残しつつも成熟した大人の余裕を感じる顔立ちはそんじょそこらの女優を凌駕する美を湛える。

昼間でも輝かんばかりに艶やかなセミロングの金髪をサイドテールに結い、ブラウスにミニスカートとシンプルな服装が却ってその美しさを際立たせる。

「いやいや全然! こんなの正しいコスプレ文化じゃないよ!」

 お姉さん、ミリアは一言モノ申す。口を開いた瞬間に浮世離れした美人としての性質は一気に失われる。彼女はコスプレを趣味にし、そのあまりなナイスバディ故に市販品のサイズが合わないからと衣装を自作するほどなのだ。そんな彼女はコスプレに拘りがあった。

「いい? コスプレは会場に着くまで着替えちゃダメ! 着替える時はイベント会場で用意された更衣室を使うこと! 公衆トイレを占拠するなんて以ての外!」

 コスプレを熱く語るミリアの姿は正しいことを言っているが残念な美人と言わざるを得ない。ミリアが目立つだけでさなも美少女の部類に入り、ミリアへの羨望が世界恐慌の株価もかくやと下がると同時に、彼女への注目が上昇していく。獣の耳と尻尾が原因でもあるのだが。

 ド天然のミリアはともかく、さなは狙ってタゲを取っているところがあった。それもこれも人の視線に恐怖を覚える陽歌に目がいかない様にするためである。彼は気づいていないが、知ったら知ったで負い目を感じることは間違いないので、これでいいと彼女は思っていた。年齢に似合わず、他人を思いやれる子である。

「たしかにこの状況は無秩序、と言わざるを得ないですね……」

 そうとは知らない陽歌は概ね、ミリアの意見に賛同する。この状況は彼からして恐怖しか感じない。ハロウィン未経験というと世間知らずみたいに言う者も少なくないが、大人が仮装して騒ぐ様な始末を見れば、基本的に陽歌みたいに恐怖や不快感を覚えて苦言を呈するスタンスが一般的だ。

これが世の中の主流、と言わんばかりにパリピは騒いでいるが、そんなものは確証バイアスの世界でしかない。

街もどこか普段より道にゴミが溢れている様に見える。ハロウィンというのは本来子供が仮装して練り歩くお祭りなのだが、この祭りに集るインスタ蠅は逆コナンが多いらしい。

「見てよお姉さん。タピオカミルクティーが全く飲んでないのに捨てられているよ」

「結構高いのにもったいない……」

 さなは道端にポイ捨てされているタピオカミルクティーを見つける。陽歌も『これのコスプレもコミケであったな』と思いつつ、もったいないと感じていた。ミリアも趣味のコスプレとは無関係だが、常識的な側面として問題視する。

「いるよねー。なんでもカロリーが豚骨ラーメン並に高いとかで写真撮るだけで全部飲まない人多いらしいよ」

「へー、飲み物だけでそんなにカロリーあるなら陽歌くんにピッタリじゃない? 少食で太れないデフレスパイラルを抜けるには丁度いいよ」

 しかし問題が一つあった。意外とタピオカミルクティーはお腹に溜まるのだ。しかしそんなこと、飲んだことのない二人が知る由も無かった。とにかく、食べ物を粗末にすることはアフリカの子供達云々を差し置いてもいけないことだ。

「ん? 何ですかねアレ?」

 ふと、陽歌は道端で騒ぐパリピの中から、奇妙な少年を見つける。合唱団の正装の様な服装をした、ブロンドヘアをした北欧系の少年だった。しかし目元は仮面で隠している。ハロウィンなので子供の仮装自体は珍しくないというか本来見かけるべきものだが、その題材が合唱団とはニッチなものである。もしかしたら本当に合唱団に入っていて発表会の衣装を流用しているのかもしていない。

 少年は大きく息を吸い込むと、歌を始めた。透き通る様なボーイソプラノは喧噪の中を貫き、この場にいる全ての人の耳へ届いた。その歌声はとても美しく、歌詞こそ外国語で何と言っているのか分からないが、聞こえた全ての人は会話を止めてそれに聞き入る。

「英語の歌? 歌詞の意味分からなくても英語ボーカル曲って無条件にかっこよく聞こえるよね」

 ミリアは思わず歌への感想を漏らす。陽歌はスマホを取り出して、アシスタント機能を使ってこの曲を特定しようとする。多くのスマホに搭載されているIAのアシスタント機能だが、曲を聞かせればそれを検索してくれる。店内放送などで流れた曲の特定に便利だ。

「おーけーぐーぐる」

「滅亡迅雷.netに接続」

 そこにミリアが割り込んで変な言葉を吹き込む。おかげでアシスタントが変な反応をしてしまう。

『できません……私の仕事は、皆さんをお助けすることだから……』

「違うよ? 君の仕事は人類を滅ぼすことだよ?」

 割と真剣なトーンでアシスタントに追い打ちをかけるミリア。元の声がいいので、耳元で聞いていた陽歌もぞくりとする様な、妖艶で甘い声でアシスタントを悪の道へ誘う。

「お姉さん邪魔ぁー!」

「へぶっ!」

 さながミリアの腹部にパンチをお見舞いし、この寸劇を終了させる。アシスタントが曲を読み込むと、検索結果が表示される。それを見て、陽歌はぼんやり呟くのだった。

「『the music of the night』……ミュージカル、オペラ座の怪人の楽曲で怪人がヒロイン、クリスティーヌに向けて歌ったものか」

 陽歌はミュージカル、というと学芸会のことを思い出してしまう。見に来る親族もいないので、木の役すら貰えず練習の時間は一人でどこかへ隠れていた寂しい思い出が何年分もある。隠れているのは練習も曲りなりに授業時間なので、他の先生に見つかるとサボっていると思われて怒られるからだ。

 今は違う学校に籍を置いているが、療養中ということになっており通ってはいない。学校にはいい思い出が無く、場所が変わったくらいで拭えない不安に襲われ、足が向かないのだ。幸い、現在彼の保護者となっている人達は学校に行くことを無理強いせず、彼のペースで前へ進むことを応援してくれている。以前は母親に心配や迷惑を掛けない様に無理をしていたが、そうした枷が無くなっただけでも気が楽だ。

「私知ってる。オペラ座の怪人って何でもクリスティーヌ認定してくるアサシンでしょ?」

「ソシャゲ基準で偉人とか語ると怒られるよお姉さん」

陽歌の気持ちを知ってか知らずか、二人がふざけている間にその歌声は、ある異変を巻き起こす。彼らは先ほどまで感じていなかった妙な吐き気を感じた。何故だか、この美しい歌声に気分を害する要素など無いにも関わらず胃酸が込み上げる様な気分になった。

「何これ? お酒飲んだってならないのに……」

「つわりかな……?」

 酒好きなミリアでさえ体験したことの無い吐き気であった。陽歌の口からさらっととんでもない発言が飛び出す。

「男の子のつわりとか業が深いよ……」

 さなのツッコミはさておき、我慢の限界になった三人はとうとうその原因を吐き出してしまう。それは黒い小さな玉の様なもので、ヒモらしきもので喉の奥と繋がっている。他の歌を聞いた人達も同じ状態らしく、吐き気を訴えたかと思えば黒い玉を吐き出していた。

エノキが喉につっかえた様なもどかしさが残る。加えて、黒い玉が遠ざかると同時に意識も薄れていく。

「とにかく出ちゃまずいものが出てる気がする……!」

 陽歌は嫌な予感を察知し、黒い玉を追って引き戻そうとする。が、玉には触ることが出来ない。

「これは……アマザラシの時と同じ!」

 かつての経験からそう感じた陽歌は、解決方法を模索する。ここにいるとこうした騒動は日常茶飯事、週刊世界の危機だ。実際、ミリアやさなと出会った時も複数の騒動に巻き込まれた結果引き取られることになった。

(名古屋で戦った亡霊であるアマザラシと同じ、ということは精神世界の存在でなければ触れることは出来ない!)

亡霊の類は目にこそ見えるが精神世界の産物。物理的な接触は不可能だ。例えるなら、コンピューター上の不具合を直接摘まんで取り除けないのと同じ。何らかの手段で同じ土俵に立たないといけない。

そして、陽歌にはその手段がある。

「マックスペイン!」

 陽歌は虚空から小型の自動拳銃を呼び出す。スライド部分には『Max Paine』と銘が刻印されている。その撃鉄すら無いスマートなフォルムと小柄で手の小さな彼にも合うサイズは、グロッグの系譜を思わせる。

「触れる! これなら!」

 銃の先端で黒い玉に触れると、突くことが出来た。これは使用者の精神を具現化した武器、『マインドアーモリー』である。本来は天性の才能や修行によって習得するところ、彼は騒動に巻き込まれた結果として使える様になった。

「えい、えい! この……!」

 彼は器用にトリガーガードの輪っかを使って黒い玉を自分の下に引き戻す。そして黒い玉を口に含むと、それを飲み込んだ。同時に意識がはっきりしてくる。やはりこれは出たらマズイものだったらしい。同じ様にして、陽歌はミリアとさなから抜けていた黒い玉を戻す。

「戻れた!」

「なんだったのこれ……?」

 何とか三人のは戻せたが、他の人達はそのまま黒い玉が抜けていってしまう。身体と繋がっているヒモも切れて、人々はバタバタと倒れていく。

さなが倒れた人の一人の脈や呼吸を確認すると、驚くべき事実が明らかになる。

「……死んでる」

「ええ?」

 何と、倒れた人は全員息絶えていた。誰一人呼吸せず、目も閉じずに倒れている。陽歌はただ驚愕することしかできない。

口から吐き出した黒い玉と何か関係があるのだろうか。確かに意識は薄れていたが、まさかその果てが死だとは。

その黒い玉は少年の近くにある、大人の背丈ほど大きな透明のプラスチックカップに集められた。カップには、黒い玉以外にも褐色の濁った液体が満たされている。カップには丁寧に透明な蓋がされ誰が使うのかストローまで刺さっている。カップには龍の様な紋章が描かれていた。

「こんなものかな?」

 少年は歌を終えると、カップを持ってその場を離れようとする。大きさや内容物の量から相当な重さがあるだろうに苦も無く持ち上げている。これは、一体何なのか。

「おや、無事な人がいる。ヴァンパイアハンターかな?」

「何者?」

 さなは戦闘態勢に入る。この中でまともに戦えるのは彼女一人。歌だけで人間を殺せる謎の相手を前に、手加減は抜きだ。

「お姉さん、陽歌くん、なるべく耳は塞いで。あいつが出力を上げたら一瞬で持ってかれるかもしれない」

 さなの指示で陽歌はフードを脱ぎ、首に掛けていたイヤーマフラーを付ける。ふんわりとしたボブカットの髪が広がる。右目の下の泣き黒子も髪が靡いて表に出る。その様子を見て、少年は煽る様に言う。

「ああ、安心して。今の僕たちにそこまでの力は無いから。それに、これはあくまで人質。これさえ無事ならその人達は助かるよ」

「どういうことだか分からないけど、それを取り戻せばアスルトさんが何とかしてくれるってことだね!」

 さなは少年に向かって突貫した。陽歌も援護すべく、マックスペインを向ける。さなの拳が風を唸らせながら付き出されるも、少年は全く回避する素振りも防御する様子も見せない。そのまま剛拳が直撃する、と思われたが拳は少年の体を突き抜ける。

「何?」

「こいつも亡霊?」

 物理的な干渉が出来ない、ということは亡霊の類なのだろう。さなは腕っぷしこそ強いが、こうした存在へ接触する手段を持たない。

「おっと、このカップを手荒に扱ってはいけないよ。これはその人達の魂だからね」

 陽歌は喋っている少年に銃口を向け続ける。自身の精神の発露とはいえ、無理やり外的要因で引き出された存在だ。それ故に自分でもこのマックスペインがどれほどの弾丸を何発撃てるのか分からず、迂闊に発砲出来ないのだ。

「君達、僕たちの歌が効かないくせに攻撃手段は無いんだ。じゃあ死神さんの言ってた退魔師やヴァンパイアキラーって人達じゃないみたいだね」

 どうやら少年は単独犯ではなく、誰か他に仲間がいるようだ。餅は餅屋、という言葉がある様にこうした存在の退治には専門家がいる。今はいないので自分達で何とかしなければならないのだが。

「こいつ、何者?」

「死神ってことは……何か霊的な存在なのかな?」

 陽歌は少年の言葉から相手の正体を探ろうとする。だが、死神というのも揶揄であって本物の死神ではないのかもしれない。ガンダムシリーズはSFで霊的なものがあまり絡まないのだが、それでも死神と呼ばれている人物が二人ほどいるくらいだ。

「いや、攻撃手段はあるのかな?」

 少年はマックスペインを見て言い放つ。これが精神世界のものであることに少なくとも気づいているということか。

「というわけで、撃たれる前にアデュー」

「待て!」

 カップを手にした少年はふわふわと飛び去っていく。撃たれても当たらない様にいやらしく、高度を上げながらジグザグに動いて移動する。しっかり陽歌達を見て、攻撃に気を配っているではないか。

「ぎゃっ!」

 しかし銃声と共に少年の脳天は貫かれ、仮面が割れて墜落していく。やはり彼は亡霊の類だったのか、青白い炎を吹き出して消滅していく。

陽歌はメタメタに射撃対策を積まれようが無関係に、少年の眉間へマックスペインの弾丸を叩き込んだ。精神世界の銃にも関わらず、実銃と同じ様にリコイルと排莢を行っている。

「必定貫徹火(トゥモロートゥファイア)……!」

 彼はひとしきりガンスピンを決めると、銃口に立ち上る硝煙吹き消す。まさに華麗の一言。きっとアニメなら技名も一文字ずつ画面に連続で大写しの後、バッチリ表示されるだろう。特に技名を言う意味は無いが、根っこは臆病な彼は戦う時、自分を鼓舞する必要がある。

「おおー、お見事」

「あとはあれ回収するだけだね」

 すっかり頼れるユニオンリバーの射撃担当になりつつある陽歌にミリアとさなも安心感を覚えていた。なんやかんやで修羅場は潜っている。陽歌が唯一他人に勝るんだと自覚させられていたのがこの射撃スキル。元はといえば家におもちゃが吸盤を発射する拳銃しかなくてそれを遊び倒していたら身に付いたという寂しい経緯のある特技だが、こうして恩人の役に立つなら何よりと思っていた。

「零れなきゃいいけど」

さなは落ちてくる魂入りカップを拾うため、駆け出そうとする。だが、その前にカップは別の人物にキャッチされる。

「君ね、これを手荒に扱わないでって言ったじゃない」

「な……!」

 何と、少年が復活してカップを空中でキャッチしていたではないか。しかし、仮面のデザインや衣装の細部、そして顔立ちや髪の色が違う。殺したのはブロンドの少年だったが、こちらは茶髪だ。

「まさかあの程度で僕たちを倒したと思っていたのかい? おめでたいね。さすがにあれだけ対策してヘッドショットされたのには驚いたけど。歌で魂取れないし、君達何なの?」

 別の個体に見えるが、会話の流れからして同一の存在らしい。ますます訳が分からない相手になってきた。不気味極まりない。

「何をしている」

 その時、黒いマントに身を包んだ骸骨の様な存在が虚空から姿を現す。敏感なさなさえ、全く気配を感じなかった。

「死神さん」

「こいつが……」

 少年はそれを死神と呼んだ。さなは文字通りの意味だったことに驚きを覚えた。手にした大鎌はまさしく、死神の象徴だ。死神は仕事を終えて帰ってこない少年を迎えに来た様子だった。

「いつまで遊んでいる。余計なことをしていると無用な敵対者を招くぞ」

「はーい」

 少年は死神に従う。完全に死神は上司ということか。何を思ったのか、死神は陽歌達に飛び掛かるとミリアを上空へ連れ去った。

「わっ!」

「ミリアお姉さん!」

 陽歌は救助の為に銃を向けるが、死神が上手いことミリアと自分の頭を被せて盾にしている。これでは撃つことが出来ない。

「とはいえ、生身の人質も欲しいところだ。この女は伯爵様のお眼鏡に適いそうだから連れていくぞ」

 死神は魂だけでは見捨ててくると判断したのか、生きている人間を確保することにしたのだ。少年は死神の横にカップを持って移動する。

「では、こいつらの始末をするか」

「そんな必要無いよ。唯一攻撃できるのも弱そうだし」

 念入りに準備をする死神に少年は反発する。だが、あくまで死神は慎重だ。

「おバカ! そうやって『運がよかったな。見逃してやる』で見逃した相手に後ほどボコられたヴィランが何人いると思ってんだ! 雑草は根付く前に、蜂の巣は大きくなる前に取り除く! 戦術の基本だ!」

「まったく、臆病なんだからさ」

「臆病で結構。愚かよりマシだ」

 口喧嘩をしながら、死神と少年はミリアを連れて闇の中へ消えていく。

「ミリアお姉さん!」

「お姉さんは頑丈だから大丈夫、それよりも……」

 ミリアを連れ去られて焦る陽歌を、さなが宥める。そして、周囲に出現した新たな敵に警戒する。斧を持ったものと鎖付き鉄球をもったもの、二体のミノタウルス。大きなハンマーを手にした一つ目の巨人、サイクロプス。そして身の丈ほどの盾を持った5メートルはあろうかという巨体の鎧、グレートアーマー。周囲には社交ダンスを踊る亡霊が多数いる。

「私達の安全を気にした方が良さそうだよね?」

「これは……」

 死神が二人を抹殺する為に置いていった戦力だ。どう見ても過剰だが、亡霊への攻撃手段を持つ陽歌と人間とは思えない外見のさなを厳重に警戒してこの場で確実に潰すつもりなのだろう。

「とりあえず、頭数を減らす!」

 さなは目前の標的であるミノタウルスに殴りかかる。しかし、横から亡霊がダンスをしながら妨害してくる。踊る様に繰り出された蹴りに対し、彼女は腕で防御する。亡霊の厄介なところは個々が弱くとも数が多く、こちらに攻撃手段が無い限り一方的に干渉してくる点だ。

「くっ……」

 攻撃事態は大したことなく、ダメージにはならない。しかし防御の隙を付いてミノタウルスが大斧を振り下ろしてくる。流石に刃物は防御するわけにはいかず、回避する必要があった。が、避けた場所を狙って今度は鉄球が飛んでくる。

「ちぃ!」

 これを拳で打ち返すと、今度は接近してきたサイクロプスがハンマーを横に振り回す。さなはジャンプで回避し、空中で反撃を試みるも亡霊が複数体横から割り込んで妨害してくる。亡霊ダンサーの体当たりで吹き飛ばされたさなだがダメージは受けておらず、難なく着地もする。再度攻撃を仕掛ける彼女であったが、亡霊が壁となって立ちふさがる。

「援護する!」

 そこを陽歌が銃撃で補助する。亡霊の頭を撃ち抜いて数を減らし、生まれた道をさながサイクロプス目掛けて突き進む。だが、今度割り込んできたのはグレートアーマー。盾を構えて防御する。サイクロプス向けに素早さへ振った拳ではその盾を突破出来ず、今度は腰を落とした全力の正拳で突破しようとするが、グレートアーマーの影から出て来たサイクロプスと駆け付けたミノタウルスの攻撃を回避するために中断せざるを得なかった。

「厄介なコンビネーションだね……!」

「割り振っても確実に数で勝る様になっている……」

 死神はさなと陽歌に対して必ず二体一を仕掛けられる様に戦力を残していったのだ。物理的に攻撃を受けてしまう強力な魔物を補助するため、貧弱だが干渉を受けない亡霊を多数配置したのも実にいやらしい。陽歌も魔物の方に攻撃出来ればいいが、さなの様に超人的な動きが出来るわけではないので迂闊にタゲを取って狙われると足手まといになるどころか瞬間的に殺される危険もある。

 ハロウィンの日に起きた惨劇。果たして、ミリアの運命はいかに?

 




 『一年前』の悪魔城について

 カクヨムで連載していた『マスカレイドサークル』において、一度悪魔城が復活したことがある。しかし、その顛末は……。
 城主であるドラキュラ伯爵は史実におけるウラド三世とは関係なく、ブラム・ストーカーの記した『吸血鬼ドラキュラ』そのものである。それが魔の代表格として人の邪心を集めたのが悪魔城である。本来の覚醒は信仰の弱まる100年に一度なのだが……。

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