騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 こうして、都知事の野望は砕かれた。なお再選してすぐに都知事が死亡したのだが、彼女の四年間に行った行政は致命的な始末となっており、再建の為に国から四年任期の特任首長が派遣される。
 酷い知事といえば二つ前もそうだったが、大海を超える長期在任でこそあれ基本怠慢で余計なことまで積極的にしないためそこまでの被害が出なかったと言える。


エピローグ いつも通りの明日へ

「私の本当の名前は、大海撫子だったの」

 陽歌に胡桃は過去のことを語る。大海菊子という歪み切った存在は、偶然力を得ただけの愚者に過ぎなかった。

「お父さんは分からない。母は『男に頼らず女手一つで子供を育てたキャリアウーマン』、『暴力的な夫の被害者』というストーリーを自分に付与する為に私を産んだの。もし私が息子なら、今よりもっとひどい状態だったかもしれない」

 都知事は胡桃を自身のステータスを飾るアクセサリーとしか見ていなかった。プラスの干渉はしなかったが、マイナスの干渉は積極的にした。託児所も無ければ幼児にとって良好ともいえない環境の職場に、これ見よがしに連れ出す。女らしさを取り払った教育をする。全て自分の満足が優先であり、その先に胡桃がどうなるかまでは考えていなかった。

「母親が悪目立ちするものだから、名前自体が虐められる原因になったりね。そこで今通っている学校の理事長が引き取ってくれて、新しい名前をくれたの」

 だが、幸運にも手本となるべき大人が道を示してくれた。だから胡桃には今がある。だが、自身が真っ当であればあるほど血縁上の母が現在進行形で社会へ不利益をばらまいている様は見過ごせない。

「あなたにあんなこと言っておいて、私も血筋に拘って下手したら破滅したかもしれない。陽歌くんはもう自分のこと知ってるんだっけ? でも忘れた方がいいわ。降りかかる火の粉ならともかく、自分から火元に手を突っ込む必要はないもの」

 胡桃はドライパンサーに乗り、その場を去る。厄介な血筋を継いだ先輩として、彼女は伝えるべきを伝えた。だが、彼女には少し気がかりがあった。

(でも、いくら児相が怠慢を働いたからといって、こうもこれ見よがしに虐げられている子供を無視するものか?)

 それはかつて陽歌を取り巻いていた環境のこと。児童相談所が恐るべき職務怠慢をし、市政が数字の為に虐待を見て見ぬふりをし、近親相姦の寝取りから生まれた子という迫害するのにちょうどいい大儀名分を持ち、養育者が保護の義務を怠り、市民の民度が恐ろしく低いとはいえ、ここまで追い込まれるということがあるのだろうか。

 現に通りかかりの老人が彼を保護しようと病床から手を尽くした。が、まるでその手は届かなかった。金湧市は閉じた田舎ではなく、立派な地方都市だ。外から来た人間が彼の有様を見れば、面倒に巻き込まれたくないと無視する者もいるだろうが半分くらいは助けようとするだろう。が、そんな様子もなく彼が救われたのは名古屋で偶然、ユニオンリバーと出会うまでかかった。

(何か変なのよね……)

 事実は小説より奇なり、人間が想像しうることは現実に起こりうる。とはいえあまりに不可解だ。それは陽歌を保護する為に虐待の証拠集めをしていた響も語っていた。

『金湧児童相談所が怠慢だった、というのは事実ですが、それ以上に無駄な労力を割いていた痕跡があるんです』

 胡桃はここに更なる脅威が隠れているのではないか、と考え、後で相談することにした。

 

「君にはある懸念があると言ったね」

 別れ際、安心院がある封筒を陽歌に渡した。戦闘の直前、スキルを貸す時に彼女はあることを心配していたのだが、詳細は教えてもらっていなかった。

「紹介状?」

「箱庭大学病院か、聞いたことないな」

 封筒には病院の名前が印刷してあった。七耶も病院に詳しいわけではないが、こんなものを寄越すということはそれなりに大きな病院なのだろう。

「君は自分の境遇に疑問を持ったことは無いかい?」

「うーん、今ようやくって感じですかね?」

 陽歌にとって、日常的に暴力を振るわれたりする環境は当たり前だった。ユニオンリバーで平穏を得てからそれがおかしい状態だったと、客観的に感じる様にはなった。

「その原因を知りたくはないか? 君の持つ『過負荷』を、ここで教えてもらうといい。僕の名前を出せば、彼らは力になってくれるよ」

「マイナス……?」

 安心院は多くを語らなかった。『過負荷』と呼ばれる力が陽歌に眠っている。それだけが今は分かることだった。

「ま、家帰ってから考えようじぇ」

「そうだね」

 今はとにかく、事件が終わったことを、訪れた平和を噛み締めたい。この話はその後でも十分だろう。ようやく掴んだ日常と平和。この先も彼らの騒動は続いていくのであった。

 

   @

 

「ようやく、静かになったな」

 東京のどこか、ビルの上で一人の少年が朝日を見つめる。とはいえ、その両目は黒い布で覆われており見えているか分からない。

「あとは月の連中が諦めてくれれば、それが一番だ」

「そこにいたのか! ジャバウォック!」

 少年が呟いた細やかな願いは即座に潰れる。月が地球に封じた魔物、ジャバウォック。海底から蘇った存在は、現在も月の精鋭による追撃を受けていた。

「警告はしたはずだがな……」

 ジャバウォックとしても、交戦は望むべくところではない。故にさなとかぐやをメッセンジャーにしたのだが、全く聞き入れられる様子は無い。

 ジャバウォックが振り返ると、既に月の精鋭は肉塊へと慣れ果てていた。彼はさすがに、ある決心をする。

「そちらがそのつもりなら、少し痛い目見せるか……」

 こうして、魔獣の牙は月へ向けられた。新たな戦いが幕を開ける。




 次回予告

 遂に月の魔物が牙を剥く!『騒乱冥府ヘルアンドヘヴン 月の魔獣』。
 これは初めて陽歌は出会った騒動、『ポケットモンスター 剣と盾の英雄』

 二つの物語が幕を開ける!

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