騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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踊っている、跳ねている、弾んでいる。だから生きている。


騒乱冥府ヘルアンドヘヴン 月の魔獣 prelude
☆新たなる時代へのご案内と生命の輝き


「ふ、都知事のババアめ、ザマァないぜ……」

 大阪市にある府庁では、府知事の男が東京都知事の失敗を嘲笑っていた。都知事は超常の力を行使し、オリンピックの開催という栄誉を手にしようとし、その果てに滅びた。都庁は倒壊、スカイツリーに東京タワー、レインボーブリッジと主要な施設は軒並み崩壊。首都は壊滅的なダメージを受けた。

「人が作る社会なのだ、この世は。大衆を掴み、金を力とし、法を武器にする……これは大阪都を通り越して首都になる機会かもな……」

 民主主義の欠点、過剰なポピュリズム、人気投票に近い選挙でこの座を得た府知事は更なる野心を滾らせる。自分の欲望が満たされればいい、その後、大阪や日本がどうなっても自分には関係などない。それは後の人間の課題だ。

 その時、電話が鳴る。協力関係にある組織からだ。選挙という多数決に勝つには、如何に多くの票田を持つかが重要である。例え、選挙権を持たない存在であっても、自分を支持する人間が多ければ自分は正しいと票を持つ人間に思わせることが出来る。

「もしもし……ええ、礼には及ばず」

 転売ギルド、マーケットプレイスもその一つであった。日本人も含むが構成員の多くが外国人であるこの組織だが、数や資金の力は凄まじい。街頭演説のサクラに使えば自分の熱狂的支持をアピールできる。実際、彼らが儲けられる環境を整えれば喜んで府知事を支持してくれる。

「うがい薬のことを会見で喋ったらあの様子ですよ。検査の前に掃除すれば当然、見つかるゴミも見つからないというのに大衆は本当に愚か……」

 電話の最中、府知事は視線を感じて言葉を切る。どこでどんな記者がスキャンダルを狙っているか分からない。当然それは警戒する。だが、妙であった。同じ場所から五つの視線を感じるなど、ありえない。

「いえ、何でも」

 人間の瞳は二つ。それでも視線は一つ。一体何者だというのか。ふと、府知事はある書類に目が行く。それは大阪万博のシンボルマーク決定を伝えるものであった。赤い複数の楕円で出来た輪っかに五つの青い瞳。それほど有名ではないアーティストが作ったというが、どうやら好評らしい。

「ふん……選考に私も参加すべきだったな……有名どこを悉く落としおって……」

 府知事はこの決定に不満をあらわにした。有名なアーティストの作品ならまだ箔も付こう。とはいえ、その有名アーティスト様の作品はいずれも『遠目で認識出来る』、『白黒の印刷に耐えうる』というシンボルとしての汎用性を軽視したものであったので、客観的に見ればこの選択は正しいと言える。

 加えて、以前の万博の象徴であった岡元太郎氏の『太陽の塔』へのインスパイア、マーク自体がJR大阪環状線を示しており、目玉の位置が利用の多い乗り換え駅、視線がその方向を表しているのではないかと考察されており概ね好評なのだ。

 だが、府知事はそこまで考えることも考えを聞くこともないので不満ばかり募った。

「さっきから誰だ!」

 そんな苛立ちを抱いていると、より強く五つの視線を感じる。振り向くと、先ほどまで凝視していたせいかフラッシュの様にシンボルマークが空間に瞬く。

 

 それが府知事の見た最後の光景となった。否、『通常の視界で見た』最後の光景というべきだろうか。

 

   @

 

 大阪府吹田市のとある公園に鎮座する展望台。そこは厳重な立ち入り規制が敷かれ、警備員が昼夜を問わず巡回している。

「この展望台では、『かつて』永遠に終わることのない大阪万博が行われておった……」

 本来なら立ち入りを禁止されている展望台に、一人の女性がいた。長い金髪を靡かせた和装の美女で、どういうわけか狐の様な耳と尻尾が生えている。

 展望台の中はもぬけの殻。何も警備する様なものなど無い様に見えるが、たしかにここには異常な空間が広がっていたはずである。

「異常な懐古主義へ人を惑わすかつての祭りの幻影……鬼の末裔、如月工務店……酩酊街を出奔した貴様らがこれを作ったのは単なる資金稼ぎか? それとも……忘却への抵抗か?」

 女性は廃墟に背を向け、歩き出す。

「どちらにせよ、全ての答えは新しい時代、2025年じゃのう……」

 夢想へと消えた祭典、東京オリンピック。その影で誰も知らない終末が動き出そうとしていた。

 

   @

 

 警視庁には、近年多発する超常の事件を解決する為の部署、『公安0課』が存在する。事件の広域性、そして対応可能な人材の稀有さから管轄は日本全土となり、東京の事後処理も済まないうちから大阪に派遣されることとなった。

 事件のあった府庁の知事室前、警察が規制線を貼る場所にパンツスーツの女性刑事がやって来た。現場に入るにあたって、髪をポニーテールに結い上げる。今日現場に来られるのは彼女、直江愛花刑事一人だった。勤務地もバラバラな0課メンバーが集結するのは難しい。

「ああ……やっと来てくれましたか!」

「随分とお待ちかねだったようだが……」

 本来縄張り意識の強い警察が越境権を持つ存在、それも女刑事を邪険にせず歓迎するなど滅多に見られる光景ではない。付近では鑑識が揃ってバケツに嘔吐している。

「百戦錬磨の鑑識があの状態? 一体何が……」

 その状態に愛花は困惑した。付近に腐敗臭はしない。夏場に放置された腐乱死体がある現場の臨場さえ行う鑑識員がこうもやられるなど、尋常ならざる状況だ。しかし、特に腐敗臭はしない。現場の維持を基本とする警察で消臭をするはずもないことを考えれば、現場はそこまで凄惨とは言い難いはずだ。

「説明するのも憚れます……」

「へいへい、つまりあたしは明日からしばらくゼリー生活を覚悟すりゃいいんだな?」

 どんな酷い現場にも出くわしただろう老年の刑事がそう言うので、愛花は軽口を叩きながら現場に踏み入った。

「これがホトケか……」

 知事室で倒れているスーツの男を見て、彼女は呟いた。犠牲者に手を合わせ、冥福を祈るのも忘れない。

 犠牲者は皮膚を覆う様に瞳の出来物が全身に発生していた。それは皮膚から繋がる粘膜へ続いており、口の中にも起きている。そして、その瞳はまだ動いて辺りを見渡している。

「死因は目玉が詰まっての窒息か……」

 とてもこの世のものとは思えない死に方を目撃しても、愛花は冷静だった。特にこれといった能力を持たない彼女が0課にいるのは、この頑強な精神力故だ。

「気管の炎症による窒息、ならありがちだが炎症の結果が目玉ってだけで深淵案件だな……ん?」

 よく見ると、出来物の瞳と犠牲者元来の目の色は異なっていた。犠牲者の目は黒いが、出来物の目は青だ。

「ホトケさんの身元は……まぁ府知事だわな……」

 犠牲者の有様に反して、身元は割れていた。府知事のなれ果てがこれだ。

「今は収まっていますが、同時期にこの府庁で妙なことがありまして……」

「なんだ?」

 他の刑事から愛花は報告を受ける。

「職員、いえ、この府庁にいた人間が無意識に踊ったり跳ねたりしていたそうです」

「どっかで聞いたワードだな……その人達は今どうしてる?」

「疲労はありますが、命に別状はありません」

 妙な現象が同時に発生。これは、一体何を差すのか。

「とりあえずご遺体の司法解剖だな。科学的にはもちろん、非科学的なアプローチもした方がいい。その時踊ったり跳ねたりしていた人間も一応記録しておくか……」

 こうして、着実に不可解な事件を解決する為の段取りが組みあがっていく。果たして、この先に待つものは……。




SCP-1421-JP オトナ帝国を夢見た者達とその結末

 超常の能力を持つ物体、生物等を確保、収容、保護する組織、SCP財団日本支部が保有するオブジェクトの一つ。大阪府吹田市にある公園に存在する、内部に異常な空間が広がっている展望台。
 内部ではかつての大阪万博に酷似したイベントが開かれており、そこで時間を過ごすと社会生活が困難になるほどの極端な懐古主義に傾倒してしまう様になる。記憶処理が効果を成さないことから人格に影響を及ぼすオブジェクトと思われる。
 かつては収容こそされているもののイベントスタッフの役割をする人型実体の存在から、収容できるが予断を許さないオブジェクトクラス『Euclid』に指定されていたが、現在は大規模な収容違反を起こしている為収容不能、もしくは困難を示す『Keter』に再分類されている。

 懐古主義団体、夏鳥思想連盟が酩酊街と呼ばれる忘れ去られた存在の終着点から出奔した技術者集団、如月工務店に依頼して制作したものの、その異常性を知らされずに使用してしまった様だ。
 如月工務店はこれ以外にも多くのオブジェクトを制作しており、財団から要注意団体に指定されている。
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