騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
常識を超えた幸運を持つ【福音】、狂気を演じる【児戯】、人智に収まらない演算能力を行使する【叡智】、そして魔法を扱う双子の【双極】。
その全てがユニオンリバーに敗れたが、生存はしている……。
陽歌は年齢の都合、小学生であり学校に通う義務がある。そして彼の身柄を保護しているユニオンリバーにも学校に通わせる義務がある。とはいえ、傷心の陽歌が普通の子供達と同じ様に通学出来るわけはない。そこでその辺りを配慮してくれる学校を選び、少しずつ日常に戻る訓練をすることになった。
「ふぅ……」
「午前の授業、滞りなくね。一年でここまで出来るなんて、凄いじゃない」
陽歌は保健室登校から始め、この白楼学園初等部で午前だけ通常授業を受けられる程度には回復した。これも友人である篠原深雪、養護教諭の因幡レンの助けあってのこと。
「そ、そうですかね……もう全く動けないんですけど……」
「あなたの状況を考えれば、ちゃんとあの人達に助けてもらうだけでも大変でしょう?それが授業に出られるんだもの」
陽歌は周囲から迫害されていたせいで、酷い人間不信に陥っていた。だが、ユニオンリバーの連中がぶん回した結果、ショック療法的な回復を見せた。共に暮らす者の半数が人外だと、もう何もかもどうでもよくなる。
「あ、そうそう。あなたに手紙が来てたわ」
「手紙?」
レンは陽歌に手紙を渡す。宛名は『退魔協会』となっている。
「退魔協会?」
「平たくいえば、魔を祓う人たちの寄合いね」
魔法使いや錬金術師など特殊な技能を持った者がユニオンリバーには多くいるが、こういう話は聞かない。しかも、なぜ外見が特徴的なだけの一般人である自分に手紙など。陽歌は疑問に思いつつ、手紙を読む。
『浅野陽歌、退魔協会への出頭を願う。最寄りの出張所は静岡支部。地図は下記。期限は9月まで』
「なにこれ?」
「あー……」
手紙を内容を確認したレンは頭を抱える。そして、この手紙をわけを推測して説明した。
「あなた、この夏に『繰り返される2020年』を断ち切ったでしょ」
「そうでしたね」
東京都知事が仕掛けた陰謀、オリンピックを開いた功績の為だけに数多の可能性を握りつぶした妄執を、陽歌はその手で両断した。
「そのせいであなたの霊力がとんでもなく高くなって、退魔協会が見過ごせなくなったみたい。肝心な時には役に立たないのに、クリア報酬だけは欲しがるのね」
「霊力?」
これまた聞きなれない単語が飛び交う。ユニオンリバーに属する魔法使い、シエル・ラブラドライトが陽歌の腕を治す方法を探している最中にも『霊力が高い』的なことを見つけた様だが、魔力と何が違うのか。
「シエルさんやマナみたいな魔法の力とは違うんですか?」
「似てるからややこしいんだけど、これ違い説明するだけでも大学の講義半期分使うのよねぇ……。簡単にいえば、怪異と対峙する時に有効なレベルだと思って。実際には怪異以外にも使えるからややこしいんだけど」
レンは霊力というフワッとした存在について解説する。現在はこの学校で養護教諭をしているが、現職の巫女でもある彼女はこの辺りに詳しい。
「でも、シエルさんが妙に高いって言ってた様な……」
「その時よりも、爆発的に上昇したの。陽歌くん、オカルトや怪談好きだったよね?怪談で巻き込まれた人が生き残る時、大体どうなったっけ?」
レンは具体例を上げる。陽歌が都知事と相対した時、それはスケールこそ桁外れながら怪異と対峙した状態、則ち怪談と同じ状況だったのだ。
「えっと……大抵は近くのお坊さんに助けてもらうか命からがら逃げるか……」
「普通はそうよね。でも、もしその怪談のお化けを返り討ちにしたら、どうなると思う?」
怪談というのは怖い話である以上、基本的に怪異を撃破はしない。ホラー映画でもスラッシャー系の殺人鬼やパニック物のモンスターはどうにかなっても、怨霊は倒せない場合が殆どだ。
「どうなるんです?」
「レベルアップする。クトゥルフTRPGでシナリオクリアしたCPにボーナス振って能力を上げるみたいにね」
答えは単純。怪異を倒せば霊力が上がる。その結果、陽歌の霊力は上昇した。
「あれ?でも都知事倒す前からシエルさんが高いって……」
「高い霊力を制御出来てないと、怪異が集まりやすいの。そのせいで出た怪異を潰して……って繰り返したら上がるんじゃない?」
「そんなに怪異なんて……」
都知事を倒す前から霊力はあった。ふと振り替えれば、詰みの亡霊を初めちょいちょい怪異との戦いはあった様な機がする。
「倒してた……。あれ?でもユニオンリバー来る前は……」
だがそれもユニオンリバーに来てからの話。金湧にいた頃はそんな超常めいた体験などしていない。
「霊力が上がるのはそれだけが理由ではないのよ。陽歌くんは生まれつきこそ平均値だったけど、その、環境がね……。臨死体験とかでも霊力は伸びるの」
レンとしては言いづらいことだが、死にかけることで霊力は上がる。生と死の境目にある領域へ魂が滞在することで、霊力を上昇させることが可能だ。これを応用したのが世界各地にある荒行の数々となる。
つまり、金湧でまともな食事や睡眠も取れず、日常的に暴力を受けていた陽歌は死にかけが長く続いて自然と霊力が上がったのだ。
「そういうこと……。それで、僕は退魔協会に行けばいいんですか?前より霊力が上がったってことは、怪異が集まりやすくなっているだろうから……」
陽歌はこの手紙の意図がそこにあると思った。無意識に怪異を呼び寄せる存在である自分に、霊力のコントロールなどを教えるつもりなのかと。だが、レンはそれを否定する。
「やめた方がいいわ。なぜ、家ではなく学校にこの手紙が届いたと思う?」
「そういえば……」
「ユニオンリバーに接触を知られたくない。それはつまり、彼らを敵に回すことになる自覚があるってことよ」
レンの推測は正解だろう。基本的にぐだぐだの放任自由主義な集まりであるユニオンリバーと敵対するということは、よほどの事態である。目の前で悪事でも働かない限り、彼らと敵対することは難しい。
「それはつまり、あなたの身にとって危険があるということ」
そしてぐだぐだであるが仲間意識は強いユニオンリバーにとって、その仲間を傷付けることはもはや宣戦布告に近い。それを気取られた時点で拠点ごと更地にされてもおかしくない。
ユニオンリバーに知られず、陽歌を呼び出そうとしたのは、つまりそういうことだ。
「同じ霊能力者の集まりなら、私の入っている『霊能者連絡網』がオススメよ。組織立ってないけど、その分しがらみも無いから、もし専門外の怪異に出くわした時に気軽にヘルプ頼めるから」
「レン先生って安産と子孫繁栄の神様の巫女でしたよね?」
普通の巫女から悪霊バトルめいた話がポンポン出てくるので、陽歌は思わず確認した。
「まぁ私長いからねぇ、巫女。いろいろ顔が通るのよ。特に退魔協会の腐敗と堕落は直に見て来たし、それに潰された逸材や離れていった人も知っているから余計にオススメできなくて……」
詳細は分からないが、時折外見年齢に反した部分を覗かせるレン。太平洋戦争のことも直に見て来た様な口ぶりで話していたので、本当はいくつなのだろうか。ミリアみたいに大人に見える年齢一桁や七耶の様に幼女に見える五千歳がいるのでもうわけわからない。
「さすがにユニオンリバーの所属と知ってて、あなたに手を出す様な愚かな真似はしないと思うけど……。私からもこの件はアステリアさんに伝えるわ」
「そう……ですか……お願い……します……」
陽歌は目蓋が重くなってきており、段々と頭の回転が鈍ってきていた。ユニオンリバーという名が自分を守ってくれているという、安心感を覚えながら彼は眠りについた。
@
陽歌が目を覚ますと、保健室に見知った少女がいた。
「あ……」
サイズの合わない、知らない学校のジャージを着こんだ彼女はかつての敵、フロラシオン【
「あれ?」
「……」
敵として戦った回数は一度のみだが、その時のやりとりから気まずい空気が流れる。なんせ、彼女は陽歌のコンプレックスであるオッドアイを弄ったのだ。
陽歌に気付くや否や、【児戯】はジャンプして激しく土下座する。まさかのジャンピング土下座に陽歌は驚くしかなかった。
「あの時は本当にごめんなさい!」
「え……」
そして開口一番に謝罪。そういえば、作った様な狂人キャラは片鱗も見当たらない。驚くべき転身である。
「触れられたくないことがあるなんてこと……私にだって分かってたはずなのに……」
声を震わせての本気の謝罪であった。陽歌は、彼女の服装に何かデジャヴを感じた。金湧にいた頃の自分も、擦りきれた体操服しか着るものを与えられなかったことが思い出される。
「えっと……その」
こうも本気で謝られたことはないので、返し方がわからない。
「僕も……悪気無いの知ってたのにへそ曲げちゃって、大人げなかったなって……思ってたから」
だが、陽歌もあの時のことは少し気にしていた。七耶に言わせれば『そりゃそうだ』とのことだが、悪気なく触れてしまっただけの相手に、露骨に機嫌を損ねてしまったのは彼として気にかかるところであった。別にあの時の【児戯】はオッドアイを貶めてはいなかったのだから余計に。
「いや、私があれは圧倒的に悪かった!」
「いやいや、僕こそ……」
謝り合戦になっていると、レンが戻ってくる。
「お、うまく言えたみたいね」
「レン先生……どうして【児戯】が?」
問題はなぜ、フロラシオン【児戯】がいるのかということだ。
「【児戯】?」
「あ、都知事の指示で名前隠してたんです。私の本当の名前は、山崎レオナメリア。漢字は、聞かないで、どうせ覚えられないから」
【児戯】ことレオナメリアは都知事の指示で呪い対策に真名隠しをしていた。そのため、陽歌も本名を聞くのは初めてだ。
「この子は、うちの中等部で預かることになったの。まともに学校にもいけてなかったところを悪い大人が利用してたからね」
レオナメリアは貧しい家庭に生まれ、学校にも馴染めずにいたところを芸能界にスカウトされたらしい。結局はあの666人いた妙ちきりんなアイドルグループを作るための数合わせだったのだが、今の状況を抜け出すためにと飛び付いたのだ。
「そうなんだ……もしかしたら、僕も……」
陽歌はその経緯を聞き、下手をすれば自分もそうなっていたかもしれないと考えた。そして、レオナメリアもユニオンリバーの様ないい人に出会えたなら、こうはならなかったはずだ。
「逆だったかもしれないね、僕たち……」
「いや、私が未熟なんだ……。心まで貧しくならなければ……、ゲームやお洒落の話が合わないくらいで友達作れない様な……、そんな私でなければ……」
レオナメリアは、あの収録で響という真の狂人と出会ってしまったこと、戦いの末に敗れたことから自分を見つめなおしたらしい。
「子供にとって結構大きいのよ、それは。ゲームの話が、簡単に掴める共通の話題ができないって、コミュニケーションの入り口が躙り口くらい狭まってるってことだから」
レンはフォローする。大人からすればそのくらい……と思うかもしれないが子供の世界は非常に狭い。それだけ、が大きなことなのだ。
「ところで、フロラシオンって名前はえ……レオナメリアさんの発案?」
陽歌は話題を変えるため、コードネームについて聞いた。あのキャラを演じていたのだから、彼女のセンスではないかと思った。
「いいえ、あれは【双極】の提案よ。多分何でもよかったんだけど……」
彼女によると、フロラシオン【双極】がこの名前を付けたらしい。何でもいいのだが、まさかあのスピリチュアル星人から飛び出す話とは思わなかった。
「【双極】かぁ、妹の方はもうボッコボコにしてやったけどなぁ。半分くらいエリニュースさんが」
【双極】はその名の通り、二人組のフロラシオン。こちらも敵対は一度だったが、後に病院島の一件でユニオンリバーの社長であるローディスに二人まとめてボコられたそうだ。
「別に、何でもよくはないのよ」
その時、保健室に二人組の少女が姿を表した。話に出ていたフロラシオン【双極ジェミナス】、まさにその人だ。露出の多い白の衣装に身を包んだ、全身に刺青のある灰色の瞳と髪の妹、転じて一方はきっちり着込んだ虹色の髪と瞳の姉。これが彼女達にその名を授けた張本人。
「フロラシオンは我らが女神の名。私達は当代のフロラシオン【双極】、ライ!」
本体は姉の方らしい。そして彼女達も本名を持ち合わせていると。
「私は女神の巫女、フロラシオン【双極】レト」
色や服装のせいで分かりにくいが、双子なのか顔立ちはよく似ている。レトがこの名前の意味について説明をする。
「我らの女神は、肉体を失っても新しい肉体を得れば再び現世に蘇る……。輪廻転生の法、冥界の規則、その全てが無意味……。お目覚めください、エスター!」
レトがレオナメリアに呼びかけると、彼女が突然苦しみ出す。周囲に大きなエネルギーが発生しているのか、室内にも関わらず彼女を起点とする暴風が起きる。
「う……ぐううう……」
「レオナメリアさん!」
陽歌は本能的に、レオナメリアの中に何かがいることを察知した。先ほどまで感じなかった力の奔流だ。
「ちっぽけな島国の猿、女神の依り代となる過ぎた名誉に打ち震えなさい」
「レト……もう一度倒す!」
陽歌はゼロツードライバーを取り出す。義手の前腕にペイロードがあり、そこにいろいろしまっておけるのだ。そこには彼を補助する為に玩具を魔法で改造して本物にした変身ベルトが入れられている。バックルを腰に当てれば番組の様にベルトが出てきて自動で巻かれる。
『ゼロツードライバー! ゼロツージャンプ!』
「同じ手は二度と食うか!」
しかし、即座にレトが手を伸ばし、ドライバーに触れる。すると、電撃の様な閃光と共に魔力が吸い込まれ、ドライバーが動かなくなってしまった。
「く……ぁああっ!」
「何?」
レトは苦悶の声を上げるが、髪と瞳が明るい黄色になった程度で済む。全身の刺青が光っているが、何か関係があるのか、陽歌はあとでシエルに分析してもらうために記憶する。
「ドライバーが……」
ならばと陽歌は意識を集中して念じる。この夏使える様になった、育ての親が残してくれた守りの力。そして転輪祭典を断ち切った刃。
「お父さん、僕に友達を守らせて!」
「……よ、陽歌くん……」
かつての敵であった自分を友と呼ぶ陽歌に、レオナメリアは複雑な感情を抱いた。罪悪感もあったが、自分に友達が出来るとは思わなかった。陽歌も、これから同じ学校に通うなら、面識があるなら、その程度からでも友達になれる様になりたいと願った。人をまた信じられる様になりたいから、ここで守りたいのだ。
「う、ぁああああああ!」
だが、レオナメリアの身体は完全に乗っ取られ、遂に女神フロラシオン・エスターへ変貌する。中学生の少女の面影は失われ、ぶかぶかのコートを纏った童女が姿を現す。
「ふぁ~、よく寝た……」
「おはようございます、エスター様」
同格のライはいつも通りにしていたが、巫女のレトはうやうやしく膝を付く。
「この身体少し動きにくいんだけど~」
「申し訳ありません、何ゆえ極東の猿のものでして……」
エスターが不満を漏らすが、その言いように流石のレンもお冠であった。
「さすが、世界中から邪教として排除されただけのことはあるわね……」
「それだけこの世界が愚かということだ。オリンピックが開催されなくなった今、炎の闘神に奉納する戦いが無い。その責務は貴様ら極東の猿に償させねばならない」
ライが言うには、オリンピックが延期したことと彼女達の動きには何か関係がある様だ。とはいえ、今回の歴史的延期については時勢のこともあり、一概に都知事の不手際とも言い難いのだが。
「オリンピックが?」
「侵略者の血族に唆されて取返しの付かないことをしたな。いや……元々厩で生まれただけの父親が不確かな人間をありがたがっていた知恵遅れ共には荷が重かったという話か?」
前者は都知事を倒す為に手を貸してくれた人物、後者はオリンピックを指揮するIOCのことだろう。日本人だけでなく、全ての人種、宗教を平等に見下している様だ。
「んじゃ、ここで遊ぼうか。この身体、まだじたばたしてるから」
「御心のままに」
エスターは保健室を出る。まだレオナメリアは乗っ取られない様に抵抗している様子だが、完全に奪う為の時間を稼ぐ気だ。
「あれ……刀来ない?」
陽歌はふと、呼んだはずの刀が来ないことに気づいた。あの事件のあと、いろいろ試したがどこに刀が置いてあっても自分が呼べば来ることは確信出来ていた。
「当然だ。ここは今、エスター様の遊び場。あの方の定めたルールで踊ることしかお前達には許されていない」
レトはそう説明する。一応、神の加護を受けた巫女である自分ならとレンが保健室の扉を開けようとするが、びくともしない。
「あれ?」
『ダメだよ。ちゃんと謎解きして鍵を探さないと』
エスターの声が放送のスピーカーから聞こえる。扉には本来存在しないはずの『内側の鍵穴』が取り付けられていた。
「神の加護をもってしても?」
「この国は石ころにさえ神が宿ると本気で信じてるのね、笑っちゃうわ。兎如きにそんな力があると? 万物に神がいる? 馬鹿馬鹿しい。唯一神? 誰が神かは私達が決めること」
「レトぉ……!」
友の身体を奪ったばかりか人々が大事にしてきた信仰を愚弄され、陽歌は自分でも驚くほど怒りの唸りを上げていた。
「こうなったら、普通に謎解いて助けに行きましょう!」
レンは切り替えて、敵のルールに乗っ取った上で攻略することにした。だが、そんな彼女にレトは容赦なく攻撃を仕掛ける。
「させると思っているのか!」
「ちょ……それ反則じゃない?」
肉弾戦では互角らしく、攻撃をなんなく回避するレン。だが、陽歌がライに狙われる。
「うわ!」
「陽歌くん!」
殆ど戦闘能力の無い陽歌は攻撃を避けるのも手一杯。それが魔力でブーストしている相手なら猶更だ。スピードもさることながら、パワーも上がっていて空ぶった拳の風圧で壁を穿つほどだ。
一発貰えば命が無いだろう。だが、そんな攻撃が不可視のスピードで陽歌に襲い掛かる。
「早いとこ何とかしないと……窓からなら!」
レンはこのままだと陽歌が持たないと判断し、違う出口を探すことにした。窓を割って外に飛び出すが、次の瞬間には元通り保健室の中に戻ってしまった。
「あれ? だったら……」
目論見が失敗したレンは、廊下側の壁の下部に設けられた換気用の窓から脱出する。が、やはりワープでもしたかの様に保健室へ戻ってしまう。
「だったらこれ! オラクル土産、テレパイプ!」
陽歌は別の宇宙でユニオンリバーのメンバーが手に入れたアイテムを使う。ボールを投げると転送装置が出来るアイテムで、ちゃんと機能してワープゾーンが発生する。
「これで……え?」
しかし使っても保健室へワープするだけだった。その隙をライは逃さない。
「あ……」
ほぼライの拳を一瞬視界に捉えるのがやっとだった。死んだ、彼がそう思った瞬間、何者かが間に割り込む。
「超攻……」
「何?」
それは、等身大のロボットであった。サーディオンイミテイト、CPUのみになったかつての超兵器、超攻アーマー・サーディオン七号機、攻神七耶の地球での姿だ。
「パイルバンカー!」
「ぐ、おおおお!」
右手の拳を同じく右手の拳で打ち消されるライ。しかしその出力は圧倒的な差があり、腕に亀裂が入って血を吹き出しながら、彼女は保健室の外へ弾き出される。そのまま校庭へ飛び出し、砂埃を上げて隕石の様に墜落した。
「七耶!」
「どうも妙な反応がある上にお前の刀がそっち行きたがってたから来てみたら……都知事んとこの残党か」
即座に変身を解除して元の姿になる七耶。あまりに強力故、サーディオンでいるには秒単位での課金が必要なのだ。
「お姉ちゃん! お前……どうやってエスター様の空間に!」
レトはエスターの作った異空間に入ってきた七耶を警戒する。
「どうやってって普通に入ったに決まってんだろ」
「ふざけるな! エスター様の力を超えるなど……」
「お前ら、随分狭い世界で生きてんだな……」
エスターの力を絶対視するレトに七耶は呆れていた。彼女は科学を超えた科学の超科学文明、魔法を完全に実用化した超精神文明、自然との共存を極めた超自然文明という三つの文明が手を取り合って生み出した存在。故に地球に引きこもっている神とはスケールが違うのだ。
そんな七耶さえ、宇宙一つ滅ぼす爆発『クライシスインパクト』をドーにかしたジーさんことウルトラマンキングや変形に年単位を費やしその余波で宇宙が滅ぶゲッターエンペラー、銀河を雪合戦したグレンラガンを見て『やっべ』と思う程度の謙虚さはある。自分が兵器でしかないことは自分が良く分かっているタイプとも言える。
「異空間に割り込むくらい簡単だろ」
七耶は淡々と感想を述べる。
「ワイトもそう思います」
「ちくわ大明神」
「ラドンもそうだそうだといっております」
「誰だお前ら」
変な連中まで一緒に混じっているのでレトは困惑しかしない。つまりこんな連中でも侵入出来る程度には容易ということだ。単にギャグ時空のノリが強いだけかもしれないが。
「小僧、後はお前の仕事だ。『友達』、守るんだろ?」
「うん」
七耶は陽歌に刀を渡す。以前の白鞘と異なり、拵えは無いが黒漆が塗られている。
「やろう。もう一度誰かを信じる為に、神だろうが斬ってやる!」
陽歌が刀を抜くと、刀身に炎が宿る。刀自体は錆びていてとても切れそうにないが、問題はそこではない。かつて人の道理を反れた者を斬った事実、それ自体が切れ味となる。
「セイヤー!」
陽歌が保健室の虚空を斬ると、ガラスが割れる様な音がして、エスターが目の前に出現する。空間操作の干渉そのものを斬る。一度、理から大きく逸脱した都知事を斬って転輪する2020年を破壊した陽歌には、他者の身体を奪うことで死を免れるという同じ理を外れた者であるエスターにも特攻が与えられているのだ。
「馬鹿な……ただの子供に!」
混乱するレトにレンが解説を入れる。
「覚えておいて。退魔の世界では一度倒した、という事実が同類へ刺さる特攻になる。あなた達の神とやらが世の理を外れている限り、あの子の刃は致命傷になる」
「く……」
世界の法則から外れて好き放題していた分、しっぺ返しである。エスターは驚愕でキョロキョロするしかできない。
「え? 何? なに?」
「助けるよ、友達になりたいから!」
陽歌は刀を振り上げる。しかし、エスターにはまだ切り札がある。それはレオナメリアの身体を乗っ取っているという事実。
「んん? 私を殺すの? でも私は死なないよ。身体が壊れても乗り換えればいいし!」
「んで、今!」
レンはこの時を狙っていた。精神が乱れ、身体を乗っ取り切れていない状態。今ならエスターを分離する手がある。乗っ取ったのが女性、というのが致命的であった。彼女は子孫繁栄と安産の神、白兎の巫女。母子に迫る危険を祓うのも仕事だ。
「出ていけ、邪神!」
レンが手の平をエスターにぶつけると、エスターがレオナメリアと分離する。それでも、レオナメリアの身体からエスターの上半身がのけ反っている状態までだが。
「ふ、ふん……異教徒に我が女神が倒せるわけ……」
思いの外効果が無くて安心するレト。エスターはすぐにも戻りそうだ。しかし、七耶が力ずくで二人を引きはがそうとする。
「おらぁあああああ!」
「いたいいたい! 何するの!」
エスターは抵抗するが、レオナメリアは身体のコントロールを奪われたままなのか動かない。そこに陽歌が迫る。
「健やかなる生命を脅かす邪神、滅ぶべし! 【仏陀斬り】!」
飛び出している上半身を燃える刀剣で切り裂くと、布を裂く様な悲鳴と共にエスターが真っ二つに切り裂かれる。レオナメリアの身体に残った下半身もぽろっと落ちる。
「し、し……しん……」
エスターは燃えてそのまま灰となる。信奉していた女神の一柱を殺され、レトは唖然とする。
「う……そ……エスター……さま」
本来殺されても、女神はその力が神殿に戻るだけで巫女である自分にはそのことが感じられるはず。だが、今のレトにはエスターの存在が感知できない。この場で、間違いなく殺されたのだ。
「う……生きてる?」
「あ、良かった、無事だった」
その上、身体のレオナメリアは無事で。
「お前ぇーっ!」
「タイガー……」
遅れて湧き出た怒りのまま、レトは陽歌に襲い掛かる。その横から、ナルが飛び出して迎撃をかます。
「魔法瓶!」
「ぐはっ!」
水筒による一撃でレトは吹き飛ばされる。あれこれ回復技じゃなかったっけ?
「まぁこれは百均の水筒ですがに」
「ルナルーシェン!」
しかも水筒は安物のプラスチック製。水筒は無傷でレトが頭を負傷して吹っ飛んでいるのは何故だ、と一年前の陽歌なら思っていたが今やもう慣れた。
「……貴様ら」
フラフラになりながら、ライが怒りに燃える。神を殺された、それは同じ女神として見過ごせないことであった。神殺しという重罪、自分達が侮られる危険、全て看過できない。
「よくも……お前ら全員、神罰だ!」
戦闘を続行しようとするライにレトが抱き着いて止める。右腕を粉砕され、その上全身を強打した状態では戦いなど出来るはずもないが、ある危険もあった。
「やめてお姉ちゃん!」
「放せ!」
「あいつらの戯言が本当なら……あの子供は女神を斬ったことで女神を殺す力を得た! お姉ちゃんも危ないのよ!」
そう、迂闊なことに元々特攻対象であったエスターを殺させたことで神殺しという事実を陽歌に付与してしまった。よりにもよって、直接的な戦闘能力よりも特殊能力が高いエスターを出してしまったことで容易に可能としてしまったのだ。
女神は本来死なないので気にすることが無かったが、エスターは遊び場を作る力を剥がせば貧弱そのもの。相手にわざわざレベルアップの素材を提供してしまった。
「ここは退かないと!」
「今すぐこいつらを殺させろ!」
レトが瞬間移動で姿を消し、ライと共に撤退する。
「ち、逃がしたか」
「でも敵は一人減らせたね。初登場で、こちらの損害はゼロ。上々じゃない?」
七耶は全員仕留めたかったが、レンからすれば完璧な迎撃戦であった。
「あれ何だったんですかに?」
「フロラシオン……そんな女神を信奉する邪教があったって話は聞いている」
ナルがレンに敵の情報を確認する。かなり影に隠れた存在らしく、彼女も噂でしか聞いたことが無かった。
「とにかく、中世には今でもいろいろと仲の悪いキリスト教とイスラム教、ユダヤ教が手を取り合って、最近では冷戦中にも関わらず混乱に乗じて活発化した彼女達をアメリカとソ連が連携して排除する程度に危険ってことは確かよ」
「それ、相当危ないのでは?」
その話を聞くだけでも陽歌は敵の危険性が理解した。普段争っている勢力が戦後の利権を巡った策謀も無しに協力するというのはかなりの事態だ。
「ところで……」
「ひゃ、ひゃい……」
七耶はレオナメリアに声を掛ける。陽歌よりも怖い相手なので彼女はつい委縮してしまう。
「お前この学校に入るんだってな? いい沼紹介するから浸かってこうや……」
「沼? 沼って何?」
「さぁさぁこちらですにー」
七耶とナルに連れていかれ、レオナメリアはどこかへ行ってしまう。陽歌もその後を追う。一波乱あったが昨日の敵は今日の友。そして昨日も今日も敵の奴がいる。新たな仲間を得て、騒動はさらに加速しそうであった。
山崎レオナメリア
14歳 女性
フロラシオン【児戯】であった中学生の少女。漢字は『麗桜那鳴凛唖』。陽歌「あー……この『唖』使ったかー……」レオナメリア「え? なんかまずかった?」、という様に漢字は覚えるのが困難なので名乗る時にいちいち教えない。書類を書くのも難しいので改名を検討中。
実家は制服も買えないほど貧しく、貧すれば鈍するという言葉の通りに彼女は歪んでいった。恵まれない環境で努力など出来るはずもなく、勉強も運動も他人より下回っていた。そんな彼女が一発逆転を掛けて飛び込んだのが芸能界であった。
食事が喉を通らなくなる様な思いをしてグロ画像を見てキャラ作りし、ようやく得たセンターと幹部の座。
しかし、オリンピック推進委員会の野望は潰えた。それが逆に、彼女とよき大人をめぐり合わせる切っ掛けとなったようだ。陽歌に撃破されたショックと理解者を得たことですっかり普通の女の子になったレオナメリア。彼女をまた騒動が待っているのだろうか。