騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
赤いライオン種のゾイドが背中にガトリングを背負い、街を走り抜ける。後ろからは黒いオオカミ種のゾイド、ハンターウルフツクヨミが追いかけていた。
「待ちやがれ! このライオン野郎!」
『小鷹くん、追い越したりはしないで』
ハンターウルフに乗る少年、小鷹は通信に耳を傾ける。つい、追跡に夢中になってしまい作戦を忘れるところだった。
「っと、危ない危ない。つい熱くなっちまうとこだった……」
小鷹は冷静になりつつ、赤いライオン種との距離を保つ。その時、遠くから砲撃が飛んできてライオン種の進行方向に着弾する。
『弾着、よし』
「ナイス山野さん!」
行く手を遮られたライオン種は足が止まる。ついに小鷹のハンターウルフが追い付き、確保する姿勢に入る。
『直接戦闘は避けて、隊長機到着まで足止めに徹してください』
「了解、あれは食らいたくないぜ」
にらみ合うハンターウルフとライオン種。だが、ライオン種が咆哮と共にガトリングを回し始め、指示通りとはいかなくなった。
「やっべ、ルーナ、行けるか?」
小鷹の呼びかけにハンターウルフは唸って応える。ライオン種のライダーは所詮子供の乗る旧型程度と、完全に侮り撃破しようとしていた。
『新型に乗って負けるわけねぇだろ! コアドライブシステム起動!』
意気揚々とガトリングを放とうとしたが、狙いの先にハンターウルフはいない。
『何?』
なんと、ハンターウルフは高速でライオン種の傍にしゃがんだまま接近していたのだ。そのまま牙が喉元へ突き刺さる。
「エレクトロ、フああぁぁァング!」
『なんだとおおお!』
ハンターウルフはライオン種に噛みつきながら身体を捻り、敵の身体を持ち上げる。可動状態のガトリングごと乱暴に投げ捨てると、よろけて立ち上がるライオン種に飛び掛かる。
「ストライクレーザークロー!」
爪はライオン種の顔面に当たり、敵を昏倒させる。ようやく増援のライジングライガーが来た頃には、決着がついていた。
「地球外ゾイド……警戒して来てはみたが……」
小鷹は戦闘を終えて一息つき、倒したゾイドを観察する。
「乗り手の腕が低けりゃこんなもんか……」
この事件は収束した。しかし、この一件が新たな火種になることを彼らは知る由もなかった。
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洗面台で顔を洗った後、じっくり鏡で少年は自分の顔を見ていた。目ヤニの確認でもなければ外面を整えているわけでもない。異質な自分の顔を正面から映す鏡は嫌いであり、出来れば見たくない。そう少年、浅野陽歌は思っていた。
桜色の右目、空色の左目、キャラメル色の髪。どう遺伝してもそうはならない色が原因で迫害を受け、結果として両腕も失った。一般的にあり得る右目の泣き黒子さえ、こびりついて取れないカビの様に思っていた。
このユニオンリバーに来るまでは。
住居のある地下から階段を昇り、喫茶店の店舗へ出る。ここはダイニングも兼ねており、今は住民が朝食を取っている。
「お、今日はお前か」
「ヴァネッサ、珍しいね、新聞読むの」
緑色の髪を伸ばした少女、ヴァネッサがテーブルに着いている。自分の髪色など目立たなくなる様な外見は、彼女らコバルトドラグーン姉妹七人の大半に共通した特徴であった。
「ああ、なんでもZCFが新型をお披露目するらしくてな。それが気になったんだけど……」
「ゾイドコマンドフォースが?」
近年、ある個所の地中から発掘された金属生命体、ゾイドを用いた犯罪が横行している。手軽に兵力を得られるゾイドは治安維持の大敵となり、国は警察や自衛隊、そして元々ゾイドの存在した惑星Ziの企業、ZITEC社と協力して対ゾイドテロ組織、ゾイドコマンドフォースを設立した。
陽歌もこの前再会した友人がなんやかんや関わっているのでZCFのことはよく知っている。
「なんてことなかったな。ギルラプターLC、従来のディノニクス種のゾイドだよ」
「ほー……」
新聞の写真には大柄なラプトル系のゾイドが映っていた。これは確かに足が速く脅威になる機種だが、今更これ一種類で軍備拡張とも言い難いゾイドである。新聞の文面には『国家権力を内包した組織の軍拡は弾圧への布石』などと書かれている。
「見ろよ、こないだ新型を押収されたのがよっぽど頭に来てるみたいだ」
「普通は武器準備集合罪で捕まるよねぇ……」
トラブルコンサルタントであるユニオンリバーも戦力としてゾイドを有しており、ヴァネッサはその中でもトップのライダー。陽歌も彼女にゾイドの操縦を習った。
「ゾイドだって生き物なのに、武器としてしかみてないのかな……」
陽歌は窓の外を見て、日光浴をするライオン種のゾイド達を見る。蒼い鬣のワイルドライガーはヴァネッサのゾイド、灰色の装甲を持つ動きの鈍いライオン種は陽歌のカイオン。カイオンは眼が悪く、鼻で辺りを探っている。
「そういう奴はゾイドの真の力は発揮できねぇが、如何せん数で押してくるからな」
ヴァネッサは敵対する組織のことを思い出す。この新聞を書いている会社も一員となっている暗黒メガコーポの集合体、企業連有する治安局。そこが多くのゾイドを兵器として扱い、治安維持の名目で私兵として運用している。
新聞社はともかく、公共の電波を使うテレビ局も民間企業で巨額の広告費を提供する企業連に組みしている。そのため、治安局の不祥事は報道されないがZCFはこの様に息をするだけでも非難される状態だ。
まさに巨悪、といったところだ。
「数か……」
陽歌も圧倒的な数に迫害された経験があるため、その脅威は知っている。今の首相が常識的な人物であるということは声こそ小さいがまともな人間の方が多数である査証なのだが。
「へー、総理も鬼滅の映画見たんだ」
しかし影響力の大きい新聞には休日に映画を見ることさえ批判記事が載る始末。裏を返せばそのくらいしか文句を付けられないということなのだろう。
「しっかしこの記事どこまでマジで書いてんだ? 文句言いたいけどネタ無くて書いてんのか、マジで怒ってんのかわからん」
「コメンテーターを見てるとマジっぽいのが……」
が、どうも本気で怒っている節もあり人間の愚かさに限りはないというどこかの言葉を思い起こさせる。陽歌は人の感情に敏感なのでそこのところよくわかる。
カイオンが装着しているアーマーの一部はサーベルタイガー種、ファングタイガーのもの。このファングタイガーは治安局の作戦で使役され、命を落とした。そしてカイオンも治安局の粗雑な発掘と復元でコアなどを大きく劣化させてしまった。そんな愚かな人間が強大な力を手に入れることの恐ろしさは歴史が証明している。
「なんでもその新型、霧と共に出てくると噂のゾウ種と同じ地球外ゾイドなんじゃねぇかって噂だ」
ヴァネッサは最近の仕事でよく見かけるあるゾイドを思い出していた。詳細の分からない強力なゾイドが敵対しているのは間違いないのだが尻尾が掴めない。
「地球外ゾイド……、もし治安局が手にしたら……」
そんな治安局が地球外から来たと思われるゾイドを復元し、それをZCFが押収したという一幕があった。ただ敵に強大な戦力が渡るだけならいい。ゾイドは生き物だ。治安局が制御し切れずに暴走でもしたら大変だ。
もしそうなっても、ヴァネッサやZCFにいる友人の小鷹がいれば何とかなる。陽歌はそう信じていた。
朝食を終えた陽歌はいつもの様に、カイオンの様子を見る。カイオンは陽歌に懐いている様子で、それがきっかけとなり引き取ることになったゾイドだ。殆ど最期を看取るくらいの状態だが、少しでも安らかに彼が暮らせることを陽歌は願っていた。
「……結局、見捨てられないんだよね……」
彼はあることが切っ掛けで未だに強いペットロスを抱えているが、自分しかしないのだというのなら引き受けるしかない。だが、あの喪失感は二度と味わいたくないのだ。
「ヒューイ、ブラウン……」
かつて友だった二匹の犬については解決したと言えば解決したのだが、失った時の筆舌し難い悲しみが癒えたわけではない。
「カイオン……」
そういえば、このユニオンリバーに引き取られて、本来の家に帰るべきか悩んだ時、傍にいたのがカイオンだった。あの時は謎の存在に背中を押されたが、あれはカイオンを放ってはおけない自分の無意識か何かだったのだろうか。
友と再会したがすぐに事件が起きて手分けしなければならない時も、カイオンは力を貸してくれた。自分の代わりに友達を手助けしてくれた。
「いつも、助けてくれてたんだね」
機械の生き物ならばもしかしたら、そんな淡い期待が陽歌にはあった。だが、それは即座に裏切られることになる。ぱっと見、いつもと変わらない様子に見えるカイオンだったが、毎日彼を見ている陽歌だからこそすぐ異変に気付いた。
「カイオン!」
骨格の奥が微かに石化しているのを見つけたのだ。身体が石になる。それはゾイドにとっての死を意味する。
陽歌はヴァネッサと共に、すぐさまZCFの本部を訪れた。赤い殻を持った惑星Ziのカタツムリ型ゾイド、グスタフの運搬能力があれば運ぶこと自体は容易だった。
「カイオン……間に合って……」
「さすがに厳しいと思うが、やれるだけやってみるさ」
ヴァネッサはカイオンの寿命を察していた。ZCFの設備なら延命が出来るだろうが、復活までは可能なのか分からない。ただ、陽歌にとって諦めるというのはあまりに酷な選択だった。
本部のガレージに着くと、すぐに技師が準備に取り掛かる。
「話は聞いたぞ! こっちは準備万端だ!」
「頼む!」
ヴァネッサはカイオンを技師に託す。ユニオンリバーとZCFは共闘したこともあるので話は通りやすい。
「カイオン……死なないで……」
陽歌はただ祈ることしか出来ない。そんな時、小鷹が駆けつけた。
「陽歌! カイオンの状態は?」
「小鷹……どうしよう、僕は……」
不安から今にも泣きそうな陽歌。だが、涙は流れない。小鷹は彼がもはや悲しみでは泣けないほど弱っていることを知っている。普通なら錯乱して滂沱するだろうが、一年の静養では回復し切らないほど心の力が無く、苦痛に晒され過ぎて麻痺してしまっている。
「陽歌……」
無責任に大丈夫だなどと小鷹は言えなかった。彼より長くゾイドに関わっているからこそ、カイオンが回復する保証などない、むしろ死を遠ざけるのがやっとだと分かってしまうのだ。
だが、連絡があった時に一つだけ決めていたことがあった。ただ、陽歌を抱きしめてやることだ。
「今度は、俺が傍にいるからな」
「……うん」
かつて陽歌と同じ街に住んでた小鷹だったが、親の都合で引っ越すことになってしまった。自分がいなくなれば陽歌を助ける者が無くなることを知りながら、何も出来なかったのだ。再び会った陽歌はあれから五年以上は経っているだろうにあまり大きくなっておらず、両腕も失っていた。一番苦しい時に傍にいられなかったことを、小鷹は悔いた。
だから、二度とそんなことにはならないと決めたのだ。
「確認したが、石化はゾイドコアを中心に起きている。まだメモリーバンクには達していないみたいだ」
ヴァネッサはカイオンを救う為、状況を既に分析していた。とはいえ、最早心臓が止まるか呼吸が止まるか程度の差しかない。
「どっちにしろコアがダメじゃなんともならんぞ」
「リジェネレーションキューブだ! そいつがあれば膨大なゾイド因子で……」
「んなもん埋まっちまって取り出せねぇよ!」
ゾイドが発掘される異常空間、ボルテックスを産んでいるリジェネレーションキューブに賭けようにも、地中深く埋まったそれを取り出す手段はない。ギャンブルすら打てないのが現状だ。
「なんかねぇのか? ライオン種のコアとか!」
「むちゃ言うな! ライオン種自体珍しいのに余剰のコアなんか……」
「なんだあるじゃねぇか」
ヴァネッサは倉庫の片隅に置かれているライオン種の赤いゾイドを見つける。先日押収した新型だ。そのゾイドを確認していた金髪の青年が現状を伝える。
「確かに、これはメモリーバンクが破損してるから動かせない、空きの機体だな」
実は戦闘の最中、頭脳といえるメモリーバンクを壊してしまったのだ。
「あんたは?」
見覚えのない顔だったのでヴァネッサは青年の名前を聞く。
「ジャック・イェーガーだ。シャイニングランス隊所属、以後よろしく」
「そうか。んじゃ、早速そいつのコアを……」
ヴァネッサは意気揚々と赤いライオン種に走り寄る。ジャックも手伝う気満々で工具を用意していた。
「馬鹿言え! あんなまだ構造の解析が進んでないもんからコア取ったりできるか! ヘタすりゃお釈迦だぞ! それに証拠品なんか使ったら……」
それを技師が止める。
「責任なら私がおっ被るが……技術的な問題はどうしようもないな」
ジャックは心底残念そうに呟いた。
「ブロックスのコアは使えねぇのか?」
「無理だ! ゾイド因子の質が合わない!」
あの手この手を模索するが、いい方法は出てこない。どれも現実的ではない。
『スクランブル要請! 全部隊に通達、市街地複数に武装したゾイドが出現!』
「こんな時に……!」
小鷹は急な事態に歯噛みする。悩んでいる時に一体どこの誰だというのだ。一か所ならともかく、武装勢力が一斉に展開とは。
「なんだよ一体!」
『敵機の所属は不明ですが、この規模の兵器ゾイド展開できるのは治安局くらいです! 証拠ないけど絶対治安局だこれ……ほら見ろZOバイザー付けたゴリラとかいるし!』
「ふむ、報復か……」
混乱するヴァネッサに対し、ジャックは敵の目的を予想する。
「はぁ? あのライオン取られたことの? だったらなんで本部襲わねぇんだ?」
「勝ち目がないと見ているのだろう。街を人質に取ればこちらは満足に動けず、あちらは撃ち放題だからな」
「せっこ!」
巨大組織の末端とは思えないせせこましい戦術にヴァネッサは絶句した。
「当然、その為の装備もある。小鷹くんのルーナに装備したエレクトロファングやストライクレーザークローなどな」
とはいえ、ZCFも無策ではない。それ用の小回りが利く格闘装備を惑星Ziのゾイドを参考に作成しているのだ。
「ジェイ! いくぞ! シャイニングランス隊、出撃だ!」
「待てウィル! 敵の思うツボだ!」
さっさと出撃してしまう装甲を纏った銀のライガー、ライガージアーサーと白いラプトル種、ラプトリアラフィネを止めようとするジャックだったが、そんなことは無視して行ってしまう。
「お前のフォックスなら透明になれるだろ?」
「そんなもの既に対策されている! 住宅を踏みつけて奇襲は出来んし、火器が主なフォックスでは殆どの武装が使えん!」
全く忠告を聞かないウィル。やれやれとジャックは溜息をつくのであった。その後をブルーグレーのワイルドライガーが追った。
「相変わらず無謀な奴だ。私のライガーなら格闘戦でどうにか出来るかもしれんな。なるべくやってみるさ」
「すみません、ディアスさん」
他の隊員が次々出撃するのを見て、陽歌は小鷹をここに留めておくことが出来なくなった。彼もZCFの一員。特にこの状況への対抗策を持っている人物である。
「小鷹、僕はいいから……」
「陽歌……」
しかし小鷹としては離れたくない。そんな時、ガスマスクの人物が通りかかる。
「小鷹、君が力を手にしたのは友達の為だろう? なら、ここは俺たちに任せてほしい」
「級長さん……」
小鷹の直属の上司に当たり、彼がなぜ力を必要とし、ゾイドを得たのかを知る人物でもある。ここでまた、彼の後悔を繰り返させるわけにはいかないと考えたのだ。
「それに、本部がもぬけの殻では万が一の時困るからな。帰る場所は頼んだぞ」
かっこいいセリフと共に黄金の獅子、ライジングライガーに乗り込む級長。しかし、肝心のライガーがうんともすんとも動かない。後から発進したワニガメ種のバズートルに追い抜かれている。
「お、おいこいつまたかよ……」
しかし対応は慣れたもので、釣り竿でライガーの目の前にちゅーるをぶら下げると反応して動き出した。
「まったく世話の焼ける」
「ゾイドってなんだっけ……」
まるで飼い猫の様なやり取りにヴァネッサは呆れる。ジャックはその理由を知ってはいた。
「ライジングライガー自体、発掘されることもあればその装備に耐えうるライオン種を改造することもある。彼のライガーは後者だが……才能があることと性格がそれに向いていることは一致しないのだ。現に問題児過ぎて彼にしか扱えない」
「ピーキーっていう方向じゃねぇから微塵も箔にならねぇ」
ヴァネッサも手伝うためにワイルドライガーへ乗り込む。モニターには敵の位置が映し出されている。合計四か所。まさかラプトリアが単独で行動するとも思えないので、これで何とか全部の箇所に最低限の戦力を送れたことになる。
各部隊の足が速いゾイドが向かっただけで、残りの戦力も向かっているが時間が掛かる。
「ブルーナイト隊は今日非番か……。呼び出しても時間が掛かるな」
ジャックはこの状況を打破する方法を考えていた。だが襲撃というのは得てして襲う側がタイミングも場所も選べる分有利。特に襲う場所の奪取ではなく破壊を狙うなら気にすることもないので撃ち放題だ。
「警察と自衛隊の高速ゾイド隊は?」
他の勢力の動きを確認するジャック。防衛が主な任務である各組織のゾイド部隊はZCF含め足が遅くとも装甲の厚いゾイドが多く配備されている。とはいえ先行して現場を抑えるため、僅かながらウルフ系やタイガー系、ギルラプターなどの高速ゾイドも存在する。彼らの力を借りられればなんとかなるかもしれない。
『それが……丁度基地のゲート前で反対派が座り込みをしていて発進出来ないみたいなんです……』
「なんなん?」
町が危ないというのに、今度は謎の政治団体による妨害である。小鷹も不満を漏らす。
「そんなにゾイドが危ないって思うなら今町襲ってる奴に文句言えよ!」
「ああいう手合いは殴り返してこない相手に正義を振りかざして満足するのが目的だ。そんな勇気はあるまい」
ジャックはニヒルに言い放つ。
「いや、このタイミング……もしかしたらグルかもな」
「かもしれない……」
彼の推測はあくまで陰謀の域を出ないが、陽歌も何となくそんな気がした。あまりにタイミングが良すぎる。まるで襲撃に合わせて妨害しているかの様だ。
『こちらシャイニングランス隊! 思ったより数が多い! ジェイ、来てくれ! あと発砲許可!』
『ダメだ! こちら第三小隊、やはり数が多いのと、容赦なく撃ってくるな……』
シャイニングランス隊とディアスの隊が苦戦していた。これでもまだ二か所である。
『ヴァネッサだが……スナイプテラの編隊とかどこの軍隊だ!』
ヴァネッサもテロリストとは思えない充実した相手の戦力に手間取っていた。
「この物量は間違いなく治安局か。オペレーター、襲撃されている場所を洗い出してくれ」
ジャックはある確信の元、オペレーターに情報を求めた。地図を見るなり予想通り、といった様子で呟く。
「やれやれ、襲撃にかこつけるなら自分にも被害を出した方が怪しまれないだろうに、露骨だな」
「どういうことです?」
小鷹はその言葉の意味を聞いた。陽歌は敵の狙いに気づいている。
「多分、治安局は企業連の私兵だから、都合が悪い場所を襲っているんだと思う」
「その通り。例えばこの外資系のスーパー、近年の人手不足を解消する為に時給を上げている。労働力を安く買い叩きたい企業連にとって、給料のいい働き先が出来るのは旗色が悪い」
ジャックはガレージの天井を見上げて言った。
「私はゾイドというのは、青空と、風と、冒険と共にあるべきだと思っている。それを押さえつける巨大なしがらみを打ち破る大いなる嵐……それがゾイドだ」
そして、陽歌に問う。
「今、君とカイオンは押し迫る終末に立たされているが、同時にそれを超える力もある。ちょっとした冒険をしてみないか?」
「どういう……?」
陽歌は困惑した。この誘いが意味するものとは何なのか。ある程度ジャックと知り合いである小鷹にもそれは理解できない。
「ジャックさんたまに意味わかんないこと言うよな。分かりやすく言ってくれよ」
「そうだな。端的に言うと、カイオンのメモリーバンクをあのライオン種に移す」
ジャックの提案は単純だった。ゾイドの頭脳、メモリーバンクを破損している赤いライオン種に、カイオンの無事なメモリーバンクを移すのだ。
「コアは特に繊細で解析も進んでいないが、メモリー周辺の解析は終わっている。歴史においてはオオカミ型ゾイドのメモリーをチーター型に移植して成功した事例もあるくらいだ。失敗すれば当然カイオンは死ぬ。だが、このまま待っていても同じだ」
話に聞いた例よりは成功率が高そうだが、出身も違うかもしれない、ただライオン同士という程度しか共通点の無いゾイドのメモリー移植が成功する保証は無い。
『こちら第四小隊! あの黒い虎……ファントム隊か!』
「なにぃ?」
級長からの連絡で小鷹が慌てる。敵側のエースが出てきているらしい。
『ファントム隊か? 鮮血の幻影は? 奴はいるか? 今すぐ向かう!』
『ウィル! お前は持ち場を離れるな! ただでさえ足りてないんだ、増援にもぐら叩きみたいに反応していては守れるもんも守れん!』
ファントム隊と聞き、即座に向かおうとするウィルをディアスが止めた。シャイニングランス隊は因縁がある様だが、灰色のライガーの乗り手はあくまで冷静に防衛を熟す。
『幸い、虎一匹だ。そいつは俺が抑える!』
級長がファントム隊との戦闘に入る。これで敵は五か所。誰かが自分の持ち場を速攻で片づけないと守り切れない。
「やっぱり、小鷹も……」
「でもよ……」
ここまで劣勢では、小鷹を出さないわけにはいかないと陽歌も決心した。
「追いつくから、先に行って」
「追いつくって……まさか」
その言葉で小鷹も陽歌が何をしようとしているのかわかった。この悪化する二つの局面を変えるため、賭けをしようというのだ。
「ジャックさん、やりましょう。僕はカイオンの命を諦めたくない」
「わかった。始めよう」
ジャックは作業を開始した。この成否が作戦を左右する。
「よし、メモリーバンク移植完了……」
「どこに乗るんだろ……」
メモリーの移植は上手くいった。武装も修復したガトリングを乗せている。だが、従来のゾイドと同じ様に乗れそうな場所はない。
「ここだ。ガイロス帝国の機体の様に、二重防壁になっている」
なんと、首のところにシャッター二枚を備えたコクピットがあるではないか。明らかに、今までのゾイドとはわけが違う。
「大丈夫か?」
「狭いとこは別に」
小鷹は狭い場所、とはいえ陽歌の体格ではかなりゆとりがある、場所に入る陽歌を心配する。閉所への恐怖はなく、むしろ安心できる空間だ。
「起動!」
ライオン種は起動を開始する。モニターに機体名が表示され、真の名前を陽歌に名乗る。
「バーニング、ライガー……」
バーニングライガーを動かし、ガレージから飛び出す陽歌。小鷹はハンターウルフでその後を追った。滑り出しは順調。だが、走り続けるうちにガタつき始める。
「陽歌!」
『やはり難しいか……。脱出しろ、分解するぞ!』
いくら同じライオン種とはいえ、メモリーバンクの移植は簡単ではない。ジャックも失敗を半ば予想していた。
「まだだ、まだ……!」
だが陽歌は諦めない。カイオンが蘇るかどうかの瀬戸際、ライダーである自分が諦めるわけにはいかない。
「走れ、カイオン……!」
陽歌の意思に呼応したのか、走行が安定し始める。
「僕と一緒に、走れ!」
陽歌の咆哮と共に、オレンジの光が全身に走り、左目に緑の炎が宿る。これは、メモリーバンクが完全に馴染んだ証だ。
「やった!」
『まさか……これではまるで……』
移植を施したジャックも驚きを隠せなかった。多少可能性があるとはいえ、これを成功させるとは。
「行こう、カイオン!」
カイオンが吼え、走り出す。まずはヴァネッサの戦闘地区、プテラノドン種のスナイプテラ編隊のいる場所だ。
「陽歌? まさか、その機体は?」
「これが新しい僕と、カイオンだ!」
ヴァネッサもいくらかプテラを落として奮戦していたが、エース相手は数の差もあり分が悪かった。装甲が赤く、青いバイザーのプテラが隊長の様だ。
「相手はあのキリングレッド、大空迅だ。気を付けろ!」
「おおおおおお!」
ヴァネッサの忠告もそこそこにジャンプしてキリングレッドに突っ込む陽歌。これではいい的だ。
「狙い撃ちだよ! 制御トリガー解除、兵器解放、まし……」
マシンブラストを使用しようとしたキリングレッド。だが、カイオンがあまりの速度で迫るため間に合わない。
「な、速い!」
カイオンはそのまま翼に噛みつき、空中でぶん回して他のプテラに向かって投げ捨てる。纏めて二匹のプテラに激突したキリングレッドは墜落。これでここは完了だ。
「次!」
陽歌はさっさと次へ向かう。次に近いのはキャノンを背負ったバッファロー種、キャノンブル部隊。黒いキャノンブルバッシュがリーダーと思われる。
『なんだ?』
『鹵獲されたこっちの新型だ!』
さすがに鹵獲された元自分の戦力だけあり、相手の対応は落ち着いていた。バーニングライガーの全データが向こうにあり、手の内はバレていると見た方がいい。
『落ち着け。弱点は知っている。マニュアル通りに対処する!』
キャノンブル部隊が一斉にマシンブラストで九連キャノンをカイオンに放つ。だが、陽歌と呼吸を合わせたカイオンはその砲撃をすり抜けながら接近する。
『あ、当たらない!』
「弾なら、止まって見える!」
カイオンのタテガミに装備された機銃が火を噴き、キャノンブルを次々に撃破する。
『グワアアア!』
『馬鹿な、あの武器にそんな火力ワアアアア!』
武器の強化はしていない。ただ、当てるところを工夫しているだけだ。的確に関節部などを狙い、陽歌とカイオンは通り過ぎるだけでキャノンブル部隊を制圧する。
今度の相手はバズートル部隊。蒼い甲羅のバズートルラグーンが隊長機だ。
「この程度!」
重鈍で手数も少ないが圧倒的装甲を持つバズートル。先ほどの様な豆鉄砲では倒せない。
『下手に甲羅を開くな! 体当たりで鎮圧、取り戻すぞ!』
奪還を試みて肉弾戦を仕掛けるバズートル達。だが、機敏なライオン種のバーニングライガーはバズートルの壁などやすやすと飛び越える。
『逃げる気か?』
一瞬、逃亡を疑ったがそんなわけがない。ZCFのゾイドなら町を守る為、自分達を攻撃するはずだ。つまり、このジャンプは攻撃への布石。
「これで!」
カイオンはバズートルの上に乗る。前足で甲羅を跳ね除けると、猫パンチを中に食らわせて行動不能へ追いやる。
『なんだと?』
飛び石の様に敵を乗り継いでバズートルを鎮圧。即座に次の場所へ移動した。
「今度はあれか!」
最後に陽歌が向かったのはスティラコサウルス種、スティレイザーの部隊がいる場所だ。隊長機は赤いレッドフォート。襟が厚い壁となっており、同時に突き出すスタンガンでもあるため格闘用の装備では満足に戦えない。
「制御トリガー解除、兵器解放マシンブラスト!」
陽歌は兵器ゾイドの隠し玉であるマシンブラストを発動する。扱いやすい様にゾイドコアの出力を抑えている制御トリガーを解除し、身体能力の増強と武装の解放を行う。しかし、どうやらそれとは異なるシステムが詰まれているのかモニターには違う文字が出る。
「コア、ドライブ?」
背中のガトリングが唸りを上げ、砲身を回転させる。そこから放たれるのは空気中のイオンを吸収、圧縮したイオン収束弾。つまりは空気砲なのだが、スティレイザーの硬い装甲を破らないまでも衝撃を内部に与えて昏倒させていく。
『な、なんだこれは!』
『こんな出力、データにないぞ!』
『やつらどんな改造を!』
敵は改造の結果だと思い込んでいたが、データの無い機体だけにZCFで出来たのは最低限の修理だけ。コアと武装が直結するこのシステムは、ゾイドとライダーの思いが重なれば火力を増す。
「これでよし……」
全てのポイントを制圧し、カイオンが雄たけびを上げる。僅かな間にこれまでの兵器ゾイドを一体で鎮圧する。これが新しいゾイド、バーニングライガーの力だ。
「で、どうするよ?」
『正直上手く行きそうでヒヤヒヤしてたぜ』
ライジングライガーと対峙する黒いファングタイガーは味方の壊滅を察知すると撤退を始める。あくまでファントム隊は雇われ。割に合わない作戦には義理程度の顔出しで十分なのだ。
「全然余裕そうだったがな。何なら俺とやりつつ後ろから刺せただろ、あいつら」
級長はファングタイガーのライダーに問う。失敗する様に誘導する、やりすぎない様に監視する為にファントム隊は一人だけこの作戦に参加したのだろうと。
『冗談言うな。あんた相手にそんな真似出来るのは隊長くらいだよ』
「よく言う。こっちの本気をいなしやがって」
ファングタイガーが去ったあと、入れ替わりにライガージアーサーがやってくる。
「待て! ファントム隊!」
『深追いはするな。こっちの戦術目標は果たしてる』
ジャックに止められ、追うのを辞めたがジアーサーのライダーはどうもファントム隊の討伐に固執していた。
『未だに皇帝を抱えてる狂信者、今のうちに一人でも潰しておきたい!』
『無駄な争いはよせ。我々ZCFの本分は防衛だ』
陽歌は通信が繋がっていたが、全く話は聞いていなかった。カイオンが無事助かったことだけで、頭がいっぱいだった。
「カイオン、戻って来てくれたんだね」
応える様にカイオンが吼える。とはいえ、一つ問題があり小鷹はそこを気にしていた。
『しかしあれ証拠品だぜ? 陽歌もZCFに入れるのか?』
『その辺は私が何とかしよう。そもそも提案したのは私だからな。むしろ、今回の礼に譲渡するのが筋だろう』
事務的な面倒はジャックが引き受けてくれることになった。
「ありがとうございますジャックさん。何から何まで……」
『気にするな。私もいいものを見られた。まるでフライハイト伝説の中にいる様な、得難い経験をな』
こうしてカイオンは命の危機を乗り越え、改めて陽歌と共に歩むことになった。まだ謎を秘めたバーニングライガー。その本質がどうあれ、手綱を握る陽歌が道を違えない限り、守護者として力を振るうだろう。
機体解説
バーニングライガー ライオン種
全長 9.2m
全高 3.9m
全幅 3.0m
体重 4.2t
最大スピード 215km/h
陽歌「バーニングライガー。企業連の私兵、治安局が復元に成功した新型のライオン種ゾイド。これまでの地球ゾイドと異なり骨格に装甲を纏っているのではなく、骨格と装甲が一体化した惑星Ziのゾイドに似た構造を持つ。ゼロファントスの様な地球外ゾイドとも言われていて、謎が多いゾイドだけど、カイオンの新しい姿として頼れる存在になったんだ」