騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
名優、ショーン・コネリー、逝く。そんなニュースを目にした陽歌は彼が出演した映画を見返そうと談話室へ円盤を取りにいった。007はもちろん、遠すぎた橋にハイランダーと名作は多い。
「銀河を貫く伝説の刃!」
「超獣戦隊、ギンガマン!」
そんな時、談話室でエヴァとミリアが何かしていた。ギンガマンのDXトイとかどこから持って来たのだ一体。
「なにこれ」
特撮に疎い陽歌だが、今年がギンガマンのメモリアルイヤーでないことは知っている。まだ深夜なので東映から動きがあったわけではない。
「あ、陽歌くん。今この瞬間は今世紀最初で最後のギンガ時間ですよ」
「なにギンガ時間って」
さも常識の様に言われたが、色々な特撮ネタを勉強した陽歌でも初耳だった。
「ギンガ算によって導き出される2020年の11月1日2時30分から50分の十分おきに訪れるのですよ」
「また初耳の言葉が……ギンガ算ってなにさ」
ギンガ算というある掲示板に伝わる何回な覆面算の一つである。ギンガマンの主題歌のワンフレーズ、『ガンガンギギンギンガマン』という言葉に登場する文字を登場する順に『A=ガ B=ン C=ギ D=マ』とする。そしてこれを式に組み立てると、
ガンガン
ギギン
+) ---------
ギンガマン
となるのだ! ちなみに記号はギンガを貫く伝説の刃であり足し算という意味ではない。うん。ネットで解説見ても分からんな。
「つまり、2020年11月1日2時30分を数字に並べると202011230、ガが2、ンが0、ギが1、マが3とするとガンガンギギンギンガマンになるのか……いや分かるかい!」
陽歌も噛み砕いてみたがマジで意味が分からない。もともと英語は強いが数字には同年代の中でも弱い方なので仕方ない。
「次は3030年11月3時10分ですよ」
「生きてるかなぁ……」
これを逃すと次は1010年と20分後。二度と訪れない歴史的瞬間だ。
「で、わざわざそんな時間を祝うために待機してたと……」
「いやー、1999年の大みそかを思い出すますね」
確かに世紀末と同じ感覚であるが、二桁に及ばない陽歌にはあまり分からない。ここでエヴァが令和になった瞬間を持ち出さないのは、当時の陽歌がそんな余裕のある状態でなかったことを気遣っているのだろうか。
「祝っている人はごく一部では?」
「まぁそうなんですけどね」
ただ2000年問題もあって世界的な大騒ぎであった世紀末とは比べるまでもない。恐怖の大王も降らず、北斗の拳にはならず、プログラマーの尽力で2000年問題も大騒ぎにはならなかった。
「さて、次のメモリアルイヤーは2022年の仮面ライダーシノビかね……」
「一体特撮民は何が見えているんですかね……」
もはや集団幻覚の域にいる特撮クラスタに困惑しかない陽歌であった。みんなしてネビュラガスでも決めているのか。
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松永総合病院では、当然夜間も看護師や医師が常駐している。そんな中、院長の松永順は研究の為、病院の中に私室を持っている。それは警備の都合、ナースステーションを通らねば行けない様になっていた。
「お疲れ様です」
「あら、エディちゃんじゃない」
その順へ夜食を作る為、彼の助手である一人の少女がやってきた。歳は順より上で高校生程度。ナースステーションに詰めていた詩乃は顔なじみである。
「ああ、どうも。山城さんですか」
「相変わらず女っ気ないわねー。せっかくの美人がもったいない……」
エディは鮮やかな長い金髪を纏め、男物のシャツとジーンズを着込んでいた。眼鏡をかけているが全て地味にしてある。が、そのせいで逆に素材の美しさが引き立ってしまっている。
「別に、順以外に見せる気ないし……」
基本、他者にも塩対応。ビジネスライクな関係以上を築くつもりはないという意思を感じる。長話はせずに、さっさと歩いていってしまう。
「本当……分かりやすいんだから」
詩乃もエディがどういう人物かは熟知していた。
順の私室では、彼が研究に没頭していた。超人機関の由来たる超人の順は人体という秘境を追及する探検家。常に人間の身体への研究を続けている。今日は陽歌が大空首相と会ったときに聞いた『特殊な呼吸法』に関して調べていた。
「確かに、臓器の喪失に対して健康への影響が少ないのは不思議に感じていた……。成長期に入る前だから、それを補う様に他の臓器が発達したのかと思っていたが……」
陽歌は詳細こそ不明だが、身体にいくつも手術痕があり臓器の喪失が見られる。詳しく調べようにももし病気で取ったならその病気の痕跡が残っているとマズイので当然無いわけであり、腹を開いて調べるなどもってのほか。そもそもこの臓器を補う為の人工臓器オプティマを入れる手術も陽歌の体力が持たないので保留にしていたくらいだ。
「それに、肺活量も平均値を下回っているとはいえ僅かだったことも気にするべきだったな……」
入念な検査はしたが、それはあくまで健康への問題を洗い出す為。問題がなければそれ以上追及することもない。
「順、いい……かな?」
「エディか。僕はいつでもいいよ」
そこへエディがやってくる。先ほどの塩対応が嘘の様にしおらしくなっており、入る直前に眼鏡を外している。他人の目など気にしないといった態度さえなくなり、おずおずと部屋に入った。
「お夜食作るけど……先にお風呂にする? それとも、わ……私?」
まさかの新婚三択だが照れが隠し切れていない。顔が真っ赤になっており、俯いてしまっている。
「シャワー使っていいよ。僕はしばらく使わないから」
が、順はエディこそしっかり見ているがするっと対応する。ここで彼女は勇気を出してもう一押しする。
「使いたかったら遠慮しないで入ってきて。背中……流してあげるから」
「そうだね、背中は独力だと洗いにくいからね」
だが医者目線の言葉しか出ない。このニブチン、他人が見たら殴る壁が足りなくなるのではないだろうか。
エディはゆっくり誘う様に脱衣所へ消える。扉を完全に締めず、衣擦れやシャワーの音が聞こえる様にしてある。こんな小技を誰が見ても文句のない美少女に使わせる強敵がこの松永順である。
「お、メールだ」
その時、呼吸器系科の教授からメールが届く。メールのいいところは相手の都合を気にせずに多くの情報を送れることだろう。マナー講師がメールを送る時間にもマナーがあるとほざいているが、基本的にはタイムラグが少なく直に届く手紙の様なものなので開封は相手の都合に任せればいい。それをこんな時間に届いて即座に開く様な人間は順くらいだが。
「なるほど……」
そのメールには陽歌の使っている特殊な呼吸に関する教授なりの推察と根拠となる資料が乗っていた。
「全集中の呼吸……かつて人喰い鬼を討った剣士達が用いた技術か……。波紋の呼吸に近いのか? いや、あれは本来医療術に近いし全集中は特殊なエネルギーを生じているわけではないのか? 本来は剣技を放つ際にするこの呼吸を、常にすることで身体能力を高める技術もある、と……。だがその維持にはそもそも子供の様に大きな瓢箪を呼気で破裂させるほどの肺活量が必要……。では陽歌くんには不可能なのか? いや、これの資料はかなり散逸しているし、大正時代のもの……科学的な解析が進めばアレンジして……」
推察に目を通し、順はある決定を下す。
「大空首相の話によれば、陽歌くんの養父、浅野仁平がこれを何とか資料を読み解いて使っていた……自身の歳を考慮して死後も陽歌くんの健康を願って呼吸法を託したとすれば、子供が扱える様に手を加えていてもおかしくない……。それなら、人喰い鬼と戦えるほどの身体能力が発揮されない理由にもなるな」
想定通りに全集中が使えていれば、陽歌の身体能力はもっと上がるはずだ。そうでないということは肺活量の不足ももちろんだが、アレンジが原因とも考えられる。攻撃性を削って健康維持に振れば必要な肺活量も減らせるかもしれない。
「とにかく、仁平氏を知る人間に話を聞くしかないな。エヴァちゃんが陽歌くんの実家を襲撃した時にこの話が出てればなぁ……」
母子手帳やらなんやらを回収する為に北陸の陽歌が住んでいた家にエヴァが突撃したことがあった。その時に話を聞けていれば……、今悔いても仕方ないが惜しまれる。あんなことがあれば経済的な無理を圧しても逃げる様に引っ越してしまうだろう。
「それに、安心院という人が言っていたことも調べねば……。ひと段落したと思ったらまた忙しくなるぞ……」
加えて、陽歌にある懸念を抱いた人物が警告を出している。これはまだ去年よりも緊張感が求められそうだ。
「お待たせ」
資料を読んでいると、エディがシャワーから上がってくる。ふんわりとした薄手のネグリジェで可愛らしさと色気を合わせて誘惑する。上気した頬に解いた濡れた髪が張り付き、普通の男なら劣情を抑えられないだろう。
「ねぇ、今日は大丈夫な日だから……その……」
「ごめん、今日は遅くなるから先に寝てて」
が、いつもこれである。果たしてエディの恋の行方……否、陽歌の秘密やいかに……そして次のギンガ時間はどうなるのか。
ちなみにギンガマンはガオレンジャーというタイトルになる予定だったが、ガオガイガーと被る為変更になったとか。