騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
「どうだ? 命に別状はないか?」
ユニオンリバーに保護された陽歌は、即座に病院ではなく店の地下にある治療カプセルに入れられていた。カプセル、といってもベッドをアクリル板で覆うだけのもので液体が満たされているとかではない。義手の制御にも使われているナノマシンを用いた医療機器となっている。
陽歌は目を開けていたが、身体は指一本動かせず、視界がぼやける。治療に当たるのは銀髪の美女、アスルト。ユニオンリバーの技術を司る錬金術師だ。黒髪を伸ばした巫女服の幼女、七耶は陽歌を保護した一人であり、彼の容態を細かく確認しにきてくれていた。
「いや、ありありでス。栄養状態はほぼ二週間の絶食と同等、睡眠に至っては10日取っていないも同然でス」
「ん? 寝てはいたぞ?」
「昏睡と睡眠は根本的に異なるんでス」
確かに10日も寝ていないことなど無かったが、気絶しているのと眠っているのには差があるという話は陽歌も聞いたことはあった。
「正直、あと少し遅ければ死んでいたというかもう死んでいまス。ほぼ生き返らせた様なものでス」
「危なかったな……いや見つけた時は死んでたけど」
こうして客観的に自分が置かれた状態を聞かされると、幸運だったと思うしかない。思い返せば、橋から川に突き落とされたり、乗っていた電車が脱線して多くの死傷者が出たりしても、何故か死ぬまで行かなかったりすることが多い。
いっそ死ねれば楽だっただろうが、自分で命を絶つ勇気はなかった。苦しいこと、痛いことから何とか逃げようと必死だった。
「でも生きててよかった……んでスかね……」
「どういうことだ?」
アスルトの含みがある言い方に七耶が突っ込む。
「内臓が何故か多く摘出されていまス。それに両腕の喪失も……遺伝子の特異性から再生治療が困難なんでス。身体はこの通りでスが、もちろん心も心配でス。この子、元気になるまでにあまりに多くの壁があるんでス」
心配だったのは、陽歌が多く持っている傷。身体はもちろん、心に負った傷を癒すのにはとても時間が掛かる。もしかしたら、一生治らないかもしれない。
「心配いらん。私だって五千年寝てたけど、無理矢理起こされてここでこんな小娘の身体にされてどうなるかと思ったが、案外楽しんでるんだぞ? 人間の小僧一人、生きててよかったって思う百年くらい私が作るさ」
七耶はすさまじい自信と共に言い放つ。陽歌がその時耳にした言葉は、これが最後だった。
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「ただいまー」
ある日、ミリアが陽歌を抱えて店に帰ってきた。なるべく外に出られる様に、陽歌はミリア達の外出について行きリハビリすることも多い。
「おか……どうしたの?」
震えて歯の根も合わない状態の陽歌を見て、アステリアが心配そうに駆け付ける。
「今日は薬局へ行ったんだけど、なんかトラウマがフラッシュバックしちゃったみたいで」
「とにかく、休ませましょう」
ミリアもいつも通り買い物の為にドラッグストアに入ったのだが、陽歌の様子が急に変わって帰ってきたのだ。初めて行くところではないのだが、一体なにがあったのだろうか。
「ふぅ……」
自室のベッドで寝て、陽歌は少し落ち着きを取り戻した。
「落ち着いたみたい、よかった……」
ミリアがつきっきりで看病したのもあり、すっかり元通りであった。
「あ、すみません……」
陽歌はミリア達に手間を掛けさせたことを謝罪する。彼としても最近は風邪をこじらせた以外上がり調子だったので油断していたところもあった。
「気にしないで。みんな結構酔いつぶれて運ばれてるから!」
「……」
悪酔いは家の中の話なのでフォローになっていないが、陽歌はミリアの気持ちが嬉しい反面苦しかった。血が繋がった家族でもない、他人にこんなに助けられていいのだろうか。そんな思いが募るばかりだ。
「まぁ、何がどうなってってのは聞かないよ。話したくなったら聞くけど」
ミリアは今回のことについて追及はしなかった。原因は知った方がいいのだろうが、トラウマを掘り返すのは陽歌にとっても苦痛だろう。
「はい……」
陽歌が思い出したのは、かつて住んでいた街でのことだった。母親に頼まれてドラッグストアで化粧品などを盗むことが時折あった。悪いことだと分かっていたが、それ以上に母親に愛されたくて、振り向いてほしくて必死になった。
だが、腕があった頃から器用と言い難かった陽歌は失敗もする。当然、子供が万引きをすれば親を呼ばれる。指示した母親は信じられないことに陽歌を罵倒し、暴力を振るった。さも、自分も反抗的な子供の被害者であるかの様に。
それは店員の前だからだ、と陽歌は自分に言い聞かせた。だがそんな淡い期待も家路で裏切られる。期待外れだと罵声を浴びせ、執拗に暴行し、動けなくなった彼を置いていく。それでも、いつかは、いつかはと陽歌は縋ることしか出来なかった。
そんなことを繰り返す内、街のあらゆる店で目立つ外見もあって警戒される様になってしまった。酷い体調不良に見舞われ、大きな怪我を負って助けを求めても叩き出される状態になってしまった。
そんな、内に向いても外に向いても誰も助けてくれない孤独と恐怖が蘇ってしまったのだ。
「今まで、大丈夫だったのに……前とは違うのに……」
その時とは場所も違う、助けてくれる人もいる。それなのに、過去に縛られてしまう自分に陽歌は嫌気が差していた。
「ん? 電話?」
ミリアはふと、携帯が鳴っていることに気づいた。陽歌のスマホである。彼もそれに気づき、スマホを手にして相手を確認する。電話の相手は松永順、主治医だ。
「もしもし?」
『もしもし、松永だけど。最近どうかな? 急にトラウマがフラッシュバックしたりしてない?』
まるで見透かす様な一言に、陽歌は驚愕する。自分がどれだけの間錯乱していたのかは分からないが、松永も忙しいのでこのことを報告される暇など無かっただろう。
「え……」
『その様子だと当たりみたいだね。回復の兆しだから心配しないで。今まではそれすらできないほど、精神的に疲弊していたんだ。恐怖を思い出すのは、それから逃れようとするサイン。それを発せられる程度に精神力がついてきたということだね』
松永によると、陽歌がよくなったからこの問題は起きたのだという。また、彼はこれを予想していた。うつ病でも治りかけが一番自殺のリスクが高いと言われており、一番悪い時は死ぬ気力さえなかったが下手に回復することで自殺へ至れる程度のエネルギーが発生してしまうらしい。
今回も乱暴に言えばそういう話だ。
『まぁとはいえ本人としては安心できないよね? いつトラウマが蘇るか分からないし。でも対策は打ってあるし、そろそろ届くんじゃないかな?』
だが、松永も予想出来ることに手を打たない人間ではない。何か用意してある様子だ。それと同時に、アステリアが部屋に入ってくる。
「陽歌くん。何か、ハイムロボティクスってところからお客さんが……」
「ハイム……?」
『お、丁度来たね。あとはその人から話を聞くといいよ。君の力になる。んじゃ、お大事に』
松永はほぼ一方的に話して切ってしまった。有能なんだか変人なんだかよくわからない人であった。とにかく、陽歌はそのお客さんに会うことにした。
さすがに初対面と相手と向き合えるほど回復はしていないので、アステリアの後ろに隠れながら地上階の店舗へ出る。
「どうも、君が陽歌くんだね」
お客さんというのは、白衣を着た男性だった。ネームプレートを首から下げており、どこかの研究者かエンジニアといった様子である。
「俺はハイムロボティクス社のカドマツって者だ。君が、今回のトイボットのモニターか。あいつから聞いた通り、ファイターとしての素養はあるな」
カドマツは陽歌のことを松永から聞いている様子だが、ファイターというのはガンプラの話だろう。松永がガンプラ関連の話を振るとは思えないが、一体どういうことなのか。
「ファイ……ター……?」
「あー、悪い。職業病みたいなもんだ。昔はガンプラバトルチームのエンジニアしてたからな。しかし、級長相手とはいえ初戦で白星とは大したもんだ」
陽歌にとっての初戦、といえばあのアストレアだ。それを動かしていたダイバーが級長、ということだろう。
「おー、客とは珍しいぢゃん。いや珍しかったら困るけどな喫茶店だし」
話し込んでいると、巫女服の幼女が割り込んできた。彼女は攻神七耶、陽歌が初めて出会ったユニオンリバーメンバーの一人だ。
「てか小僧、お前級長に勝ったんだ」
「え? 知り合い?」
七耶も級長について知っていた。
「知ってるも何もあのオフ会にいたガスマスクだよ」
「あ……!」
彼女に教えられ、陽歌の記憶が繋がる。ユニオンリバーに助けられたオフ会の場にいたガスマスクの人物、彼が確かにコロニーで戦ったあのアストレアを動かしていた。
「中身女の人だったんだ……」
ダイバーは性別逆転可能なのでそうとは限らないのだが、あらぬ衝撃を受けた陽歌を置いて、話は本題に戻る。
「うちで開発している子供用のロボット、トイボットがもたらす心理的な影響についてのモニターに松永先生から推薦があってな。話によると、そろそろフラッシュバックとかキツイだろうから常に見てくれる存在が欲しいとかなんとかでな。別に、おたくらなら日がな一日付きっ切りも出来るだろうが、それじゃ陽歌くんが後ろめたく思わないか心配なんだそうだ」
松永が用意したのは、所謂お友達ロボット。もしも、という時に傍にいてくれる存在だ。
「水臭いこと言うなよ。別に私は一日引っ付いててもいいんだぞ?」
七耶としては陽歌の為に時間を割くのは惜しくなかったが、問題はそこじゃない。
「いや、あんたがどう思おうがされる側は少なからず申し訳なさってのがだな……。ま、初めからロボットならそんな心配もないだろって話だ」
「え?」
故にロボット。だが、七耶もロボットのコアが変質した存在で結局はロボットだ。
「私ロボットだが?」
「あーもう、話ややこしくなるからオーバーテクノロジーの塊は勘定に入らないで」
だが、こうも人っぽければもはやそれはロボットではなく人として感じてしまう。だからもっとロボット然としたロボットが必要なのだ。
「とにかく紹介しよう。ヴァルキランダー型トイボット、モルジアーナだ」
カドマツが呼んだのは、SDガンダムのヴァルキランダーを模したロボット。一番シンプルな素体状態で陽歌の胸ほどの身長がある。
「……」
モルジアーナは喋らないが、陽歌の義手に着信があった。彼女の付近に吹き出しの様なものと、喋っているらしき言葉が浮かぶ。
『初めまして、主殿。私はモルジアーナと言います』
「は、初めまして」
『はい、よろしくお願いします』
こういう形でコミュニケーションを取るのか、と陽歌は確認する。こっちの声は聞こえるらしい。
「義手を提供している天導寺さんと組んでちょっと特別仕様だ。この吹き出しは君にしか見えないが、トイボットは話さないのが基本だから不都合はないだろう」
仕様はともかく、これが松永先生の言っていた対策というものなのだろう。確かに七耶達に比べると外見や機能制限もあってロボット然としている。
「それにモルジアーナはガンプラバトルも出来るんだ」
「え? ガンプラを? 作って?」
カドマツから衝撃の情報を聞かされる。ロボットがガンプラを組み立てるなど、どれほどの精密さなのか。陽歌は義手に触覚が無いだけでかなり苦労しているというのに。
「まぁ作れもするが……基本的にGBNへ直にログインしてサポートするんだ。文字通り、常に一緒だ」
(さ、さすがにゲームまで付き添いが必要とは思えないけど……)
カドマツは誇らしげに語るが、陽歌はいかにリアルとはいえゲームまで補助がいるとは思えなかった。バトルの援護より、どちらかといえば精神的なケアが目的なのだろうと彼は勝手に納得する。
「んじゃ、小難しい説明するより実際にやってみた方がいいだろ。とりあえず適当なミッション行ってみろ」
「は、はい」
陽歌は言われた通り、モルジアーナを部屋に連れていく。充電器と思われる機械を渡されてそれも持っていたが、かなりこれが軽い上に頑丈そうなのだ。
(義手もそうだけど、凄い技術……僕の知らないところにこんなものが……)
オーバーテクノロジーの七耶はともかく、少なくとも一般流通しているものがこんな技術を持っているという事実に陽歌は驚いていた。まともに授業を受けられなかったとはいえ、図書館で勉強したつもりだったが本だけでは最新最速の情報を得るのに不十分だったらしい。
「おっと」
ふと、陽歌は歩調を緩める。自分も小柄な方とはいえ、モルジアーナはさらに小さい。普通に歩いても歩幅の差で置いて行ってしまう。
「ここでよし、と」
部屋に戻った陽歌は壁際の空いたコンセントに充電器のプラグを挿す。ここに立つことでモルジアーナは充電できるようだ。
「それじゃ……いこうか、GBN」
『了解した、主殿』
陽歌は机に、モルジアーナは充電器に着いてログインを開始する。専用の筐体にガンプラであるアースリィガンダムを置き、ゴーグルを付けて操縦桿を握ることでダイブを開始する。
@
「ねぇ、パーシヴァル」
GBNのディメンジョン内にある都市。そのビル群の一つにテラスがあった。パーシヴァルはそこに金髪で金色の瞳をした少女と一緒にいた。建物の光が夜の帳に織りなす、地上の星空。彼女はその夜景に負けないほどの眩さを持っていた。
「あなたはこの世界、好き?」
「うん、好きだよ」
パーシヴァルはガンプラバトルが好きだった。だからこそ一番になりたいし、強くなりたい。それは自分のフォースメンバーもそうだ。少なくとも彼はそう信じている。パーシヴァルは手を空に掲げ、夢を語る。
「俺、絶対チャンピオンになってみせる。世界一強いダイバーになりたいんだ」
「あなたのテルティウムも、同じ気持ちみたい」
この少女、コハクには不思議なところがあった。まるでガンプラと会話出来ているかの様な素振りを見せる。いや、素振りだけではない。実際に彼女が指摘する通りにガンプラを調べると、その様に不具合があったりするのだ。
リアルのことは全く話そうとしないことなどまだ未知の部分も多い彼女だが、的確なアドバイスによって上達を果たしているパーシヴァルにとっては信頼できる相手だった。ガンプラを動かすこともないが、フォースの一員として認めている。
「……っ!」
その時、コハクが夜景の広がるのとは反対の方を向いた。突然彼女がそんなことをする時は、決まって何かある。そう熟知していたパーシヴァルもそちらを確認する。
「ダメ! やめて!」
「コハク?」
彼女の静止も聞かず、ピンク色の帯が夜空を切り裂いた。その帯は空気を焼いて飲み込む轟音と共に一番大きなビルへ命中する。そして、下へ向かってゆっくりと移動を始める。ビルをなぎ倒しながら、地面を抉る。
「粒子ビーム……だと?」
パーシヴァルはその攻撃に戦慄する。下は市街地。確実に多くの命を奪う気でこのビームは動いている。
「どうして……? どうして、あなたもガンプラも平気でこんなことを?」
コハクの動揺に応え、パーシヴァルはテルティウムを呼んだ。
「ガンダム!」
ガンプラに乗った時には既にビームが収まっていた。だが、残った熱源から場所は探知できる。
『パーシヴァル!』
『これは一体何?』
仲間であるディジェとガンキャノンディテクターが駆けつける。パーシヴァルにはこれが誰の仕業であるか予想がついていた。
「多分、級長だ。行くぞ、タンジロウ、ルイ!」
仲間達と敵の方向へ向けて移動する。それを追う様に、アースリィ、アルケイン、アルスコアという見知った編成のチームがやってくる。
「ナクトか……」
彼とは決着を付けたいが、今はそれどころではない。そんなものより重大な悪が目の前にいるのだから。
陽歌はヴィオラ、深雪にモルジアーナを紹介した直後、この襲撃に巻き込まれた。咄嗟に飛び出したが、別に命の危険があるわけではないので迎撃する必要はなかったなと今になって思う。
「待って、これって別に僕らがなんとかしなくても……」
「防衛に参加するだけでも報酬貰えるからいいんじゃない?」
動きを止める陽歌に、深雪が具体的なメリットを示す。ドラゴンモードで飛行するモルジアーナもそれに賛同する。
「そうですな。主殿、稼げる時に稼ぐのがポイントです」
「そうだね」
トイボットのモルジアーナはガンプラを使わずにダイブする。モチーフになっているSDガンダムを使用し、扱いはコンピューターの操作するNPDに近い。
「あの機体……あの人だ」
望遠カメラで級長の存在を確認した陽歌。都市の外れにある山岳地帯、その森林に身を潜めているアストレアは確かに彼の機体だ。
「知り合い?」
ヴィオラは今回、彼とは初対面になる。
「初めて戦った人なんだ。リアルでも会ったことあって……ヴィオラと会ったのはそのすぐ後」
「へぇ……縁があるものね、何万人もダイバーなんているのに」
たしかにダイバーの人数は多い。だが級長は積極的に活動するタイプであり、接触の機会も必然的に増えるだろう。
「しかし私達、ドラゴン同士だね」
「奇遇ですね」
深雪のダイバールックはドラゴニュート。そしてアルケインも尻尾の様なパーツや翼を取り付けたドラゴンチックな改造がされている。翼にはキャノンがマウントされているが、どうやって使うのか。杖の様に構えたフェダーインライフルも気になる。
モルジアーナもガンドランダー系であり、ドラゴン。中々気が合いそうな組み合わせとなった。
「ん? あれは……」
ヴィオラは自分達同様に敵へ向かっている存在に気づく。パーシヴァルの一団だ。
「今回は味方ね」
結構厄介な相手なので、敵に回らなくてよかったと安堵するヴィオラ。テルティウムが陽歌達に歩調を合わせ、オープンチャンネルで通信をしてくる。
「ナクトか。この間の決着はこれが終わったら付けるぞ」
「え? 今から予約?」
まさかの宣戦布告に陽歌は慌てる。そもそも、前回は殆ど負けていた様なもので付ける決着も何もないはずである。
「余程のバトルジャンキーとお見受けする。以前戦ったことがあるので?」
「あるけど……勝ってはないよ」
モルジアーナにいきさつを説明するが、パーシヴァルも勝ったとは思っていなかった。
「俺もあれを勝利だとする気はない。だが今はあのテロリストを始末するぞ!」
先陣を切るパーシヴァル達。深雪は練度を考え、作戦を決める。
「向こうの方が連携も上手いし経験豊富でしょ。こっちは後方支援に集中するよ! 襲撃側の増援が来るかもしれないから注意して!」
「わかった!」
「心得た」
「オッケー」
陽歌はアースリィのライフルとシールドを連結させ、狙撃体勢。モルジアーナが周囲を警戒し、ヴィオラは前に出てサーベルを抜く。
「ガンドレス!」
深雪は翼についているキャノンを切り離し、周囲に浮かべた。これは遠隔操作の出来るビット兵器だったのだ。
「行くぞ!」
パーシヴァルがサーベルで斬りかかる中、リックディアスとディテクターの砲撃が級長のアストレアを襲う。
『ちっ、多勢に無勢か……』
状況が悪いと見るや、級長は即座に撤退しようとする。その進行方向をガンドレスで撃ち、足止めを試みる。
『いくらルーキー揃いでもこの数じゃマズイな……』
砲撃が砂埃を起こし、視界を遮る。アストレアのマスクは主にセンサー強化が目的だが、物理的に視界を塞がれるとどうしようもない。それでも、熱源探知で多少は見えるのだが。
「これで!」
『やっべ!』
故に、パーシヴァルの一撃を回避できた。ランチャーという大きな犠牲を払いながらではあったが。
『馬鹿な……こんなことが……』
襲撃した後はすぐにずらかる予定だったのか、武器はそのランチャーと固定装備のサーベル、バルカンしかない。絶体絶命のピンチである。あとはパーシヴァルのテルティウムがアストレアを切り裂いてお終い……のはずだった。
『とでも、言うと思ったかい?』
「何?」
だが、アストレアは即座にサーベルを抜いてテルティウムのサーベルを弾いた。
「こいつー!」
リックディアスがサーベルを両手に斬りかかる。二本のサーベルから繰り出される絶え間ない連撃をアストレアは一本のサーベルで捌き、瞬く間にリックディアスを切り裂いて撃破した。
「タンジロウ! な……」
ルイの乗るディテクターは遠くで砲撃をしていたのだが、一瞬でアストレアに距離を詰められ両断される。
「貴様!」
「きゅ、急に強く……!」
パーシヴァルが残ったサーベルを構え、アストレアに吶喊。陽歌もライフルで狙いを付ける。
「こっちもあるよ!」
深雪がガンドレスで攻撃を行う。射撃系ビットと見せかけ、ビームサーベルを発生させた近接ビットとして使い虚を突く。しかし、ほぼ同時に突撃させたにも関わらず丁寧にはたき落とされてしまった。
「わざわざ手が届くとこに持って来てくれるとはね」
「判断ミスかも!」
深雪はふと、級長の得意武器がビームサーベルである可能性を考えた。とすると、不意打ちとはいえビットの突撃は悪手。
「そんだけ稼げれば、十分なんだよ!」
だが全くの無意味ではない。残心している級長に向かってテルティウムが斬りかかる。これだけ絶え間ない連続攻撃をいなすには、相当な集中力が必要なはずだ。
『甘い!』
しかし、首筋にヒヤリとするものを感じて彼は咄嗟に後ろへ飛びのく。間一髪間に合ったのか、サーベルを持つ右腕が切り落とされただけで済んだ。
「な、なんだこいつ……。NPDいじめしか出来ない低ランクプレイヤーじゃなかったのか?」
パーシヴァルは唐突な強さに困惑する。深雪は陽歌が級長と戦ったと言っていたことを思い出し、情報を聞き出そうとする。
「陽歌! 前はどうやって倒したの?」
「……」
しかし、彼から返事はない。陽歌はテルティウムの腕が切断されるところを見て、過去の記憶が蘇ってしまったのだ。
「あ……あ、あぁ……」
「陽歌?」
今は存在しているが、現実ではないはずの右腕が、GBNでは感じないはずの痛みを訴えている。万力で押し潰されているかの様な、あの筆舌し難い激痛が鮮明に感じられた。朦朧とする意識の中、何も感じない腕に突如として降りかかる冷たい熱。骨をゴリゴリと削り、大雑把に折って腕をもぎ取られる感覚。麻酔が効いていないと、訴える力さえなく痛みに耐えるしかない地獄が。一度過ぎ去って安堵したことを裏切る様に、もう片方も同じ様にちぎられる。
「う……ぇええ……」
アースリィは制御を失って墜落する。コクピット内の陽歌は蹲って動けなくなってしまっていた。
「陽歌!」
『まずは一つ!』
戦闘不能になった機体を逃すほど級長も甘くはなかった。倒れたアースリィに向かって飛び、撃墜を目指す。
「これでお相子だ!」
「間に合え!」
深雪のアルケインが救援に向かうも、距離が離れ過ぎていて間に合わない。加えて級長のアストレアは速い。重武装を切り捨てただけのことはある。
「何?」
その時、モルジアーナが蹴りを上空から繰り出して迎撃した。竜がガンダムとガンダムの間に割り込んでいる状態だ。
「主殿をやらせはしない! ドラゴンフュージョン!」
そして大きな翼を広げた戦士のSDガンダムへと変形する。これがモルジアーナ、ヴァルキランダーの持つギミックだ。
『SDか……厄介な』
ここでSDガンダムを侮る様ならば大した敵でもないのだが、警戒を強める辺り手練れであることが伺える。SDガンダムは外見に反し、その自由度や独特のギミックで対策が取りにくく、正面から相手するのに骨が折れる。
「よかった……」
モルジアーナが陽歌を助けてくれたので、ヴィオラも安堵する。だが一難去ってまた一難。今度は別の熱源体が接近する。
「何? どっちの増援?」
襲撃ミッションは襲撃側、防衛側どちらも常に参戦可能。いわゆる小規模なバトルロワイヤルなのだが、この熱源はどっちに加担するつもりなのか。
『こいつは……』
上空から降ってきた黒い機体は大きなランスをアストレアに振り下ろす。級長はそれをサーベルで受け流して地面へ滑り落とした。この機体はテルティウムと同じベース機を持つ、ガンダムゼルトザームだ。
ゼルトザームはその特徴的な右腕を薙いでアストレアを攻撃した。だが、もう一本サーベルを抜いており防がれてしまう。
『な……』
とはいえ、それもゼルトザームの予想通りだった様で、折りたたまれたランチャーの砲身がアストレアのコクピットに宛がわれる。
『しま……』
折りたたんだ状態でも撃てるように改造されていたことに気づいた時にはもう手遅れ。ビームがアストレアを穿って機体が爆散。襲撃者の級長は撃破された。
「勝った……強い人が救援に来てくれてよかった……」
深雪は心強い助っ人に感謝した。だが、ゼルトザームはランスを片手にパーシヴァルへ迫っていた。
『噂のパーシヴァルか……どうやら大したことないみたいだな』
そして戦闘不能だったテルティウムの胸部を貫き、撃破する。どうも味方、というわけではないらしい。
「え……?」
「何者ですか、あなたは?」
困惑するヴィオラに代わり、モルジアーナがゼルトザームを操るダイバーに問う。ゼルトザームはヴィオラ達を見下ろしたまま、何かを押し殺す様な声で言った。
『俺はダーク……。全てのダイバーは俺が殺す』
「ロールプレイ……って感じじゃなさそうね」
深雪はその声から確かな殺意を感じ、身構える。
「撤退! 目的は果たした!」
「うん!」
「心得た!」
何やらマズそうであり、陽歌も不調なので一同は逃走を試みる。モルジアーナが陽歌のアースリィを抱きかかえ散り散りに退散する。
「どうやら深追いはしてこないみたい」
「罠を警戒する判断力もある……強敵です」
幸い、ゼルトザームは追跡して来なかった。新たな敵の出現と陽歌の傷。新しい仲間が加わった以上の課題が彼らの目の前に立ちはだかることとなった。
次回予告
何故、こんなにも幸せなのに、こんなにも暖かい場所にいるのに、苦しいのだろうか。あの時の冷たさと痛みを忘れられない……。
次回『いま、翼広げて』