騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 ポケットモンスターソード・シールド、エキスパンションパス内蔵セット発売中!
 君もガラルの冒険に乗りだせ!


☆ 第一話 冒険の幕開け! ガラル地方

「手紙? 僕に?」

 今時珍しく手書きの手紙が年賀状でも寒中見舞いでもない時期に届いたことで、陽歌は左右で色が違う瞳をキョトンとさせる。泣き黒子のある右は桜色、左目は空色と既に過ぎ去って久しい春を思わせるオッドアイは手紙の宛名を見て驚く。

「って、ダンテさん?」

 知り合いであるが、手紙など届くはずもない相手であったことに驚きを隠せず、思わず陽歌は跳ね上がった。同時にキャラメル色の髪もふわりと揺れる。彼とは連絡が取れるのだが、手紙は不可能であった。

 何故なら、文字通り、物理的に住む世界が違うからだ。

 今まではデータを介して通信こそ出来たが、物体を送るのは困難だった。手紙一通送るくらいなら直に来るついでに用を済ませるか、メールでやり取りした方が効率的。そんな壁が今まではあった。

 陽歌はとりあえず中身を読む。

『陽歌くんへ。エーテル財団と天導寺重工の協力で君の世界と我々の世界が安定して行き来できるようになったので手紙を送らせてもらう。この度、チャンピオンの座を降り、リーグ委員長をローズ氏から受け継いだ私はガラル地方を盛り上げるため、ガラルスタートーナメントの開催を決定した。

 ついては、昨年のブラックナイト事件において解決に尽力した君にもぜひ参加して欲しいと思い連絡した。諸事情から長らくポケモンたちと離れている君には調整の時間が必要だろう。

 よい返事を待っている。

 

 PS.この前カントーの地下通路で迷子になった時は流石に驚いたぞ』

「いやあの直線でどうやって?」

 本題より追伸の内容が気になり過ぎるが、陽歌は一年前を思い出す。あの事件は、彼がユニオンリバーに来てから初めて遭遇した『騒動』であった。

 

   @

 

 季節は昨年の秋。陽歌はユニオンリバーのスタッフの一人、エヴァリーに連れられ、外を歩いていた。

「……」

 陽歌は周囲を警戒し、白いパーカーのフードを目深に被って手で抑える。その指は生身のものではない。球体関節人形の様な黒い機械義手であった。

「あ、見てくださいコラッタですよコラッタ」

「また?」

 スマホを持ってあちこち見渡す緑髪の少女がエヴァリーである。陽歌をいろいろな遊びに誘って振り回すのだが、今日はスマホアプリ、『ポケモンGO』をしようというのだ。

 これはGPSで得た位置情報を元に、地図上にポケモンが出現してさもリアルでポケモンを捕まえているかの様な遊びが出来るアプリだ。やはりポケモンは人気で、一時期社会現象にもなった。

「コラッタは送れないのでは?」

「まぁとりあえず乱獲ですよ」

 一応、先日エヴァの誘いで本家本元の新作ソフト、『ポケットモンスターソード・シールド』を遊ぶことになった陽歌としては、なぜ今度はこっちをやり始めたのか分からなかった。彼女によれば、前作がそうだったように今作もポケモンGOから送れるかもしれないから準備、とのことだ。

が、前作にいた百五十一匹かつソード・シールドに登場するポケモンという二重フィルターで送れるポケモンは大幅な制限があり、転送システムに関しては公式で有無について明言されていない。発売から一年経った状態ではポケモンも追加され、直に転送できる仕組みも整ったが、この時は何の保証もなかった。

 こういうのは発表される前にあれこれ予想するのが楽しいのですよ、とエヴァは言ったので、陽歌もそれに習った。というのも彼はその生い立ちから娯楽に疎い。

(いいのかな、毎日学校にも行かずにこんなに楽しくて……)

 陽歌はドタバタの末、流れる様に静岡のユニオンリバーへ引き取られた。その為、近畿にいる家族には何も言っていない。学校もずる休み状態なのが気になっていた。

 長らく栄養失調だったこともあり、衰弱していた陽歌は一日寝るだけで終わる日もある。だが、フカフカのベッドで眠れて、痛い思いをせず、お腹も空かないだけで何と表現していいのか、『楽』なのだ。

(僕は……帰った方がいいのかな……)

 時折そう思うのであった。このままでもユニオンリバーの人達に迷惑かもしれない。帰らなければならないと思いつつ、まだ身体がえらいから、帰り方が分からないから、と理由を付けてずるずるとここにいるのだった。

「ん? あれは?」

 エヴァの一言が陽歌を現実に戻す。またポケモンでも見付けたのか。そう思ったが彼女はスマホの画面ではなく上空を見上げていた。

「なに、あれ……」

 陽歌も空を見上げ、絶句した。空に穴が、格子模様のある穴が空いているのだ。作られずに積まれたプラモデルの亡霊をユニオンリバーと出会った日に見た上、彼女達が大半人間でないという事実を突き付けられてここまできたが、流石にこれは驚くしかなかった。

 穴を見ていると、吸い込まれそうになる。否、実際に吸い込まれて足が地面から離れ、穴に近づいているのだ。

「え? なに……」

「陽歌くん!」

 エヴァが手を伸ばすが、陽歌を掴むことが出来ず彼はそのまま穴に呑まれた。

(そっか、これは夢なんだ……夢ならこんな突飛なことが起きても……)

 陽歌は自分を何とか納得させようとする。が、そんな現実逃避も虚しく僅か数秒で水面に叩きつけられる。

「うわぶ!」

 泳ぐことのできない陽歌は必死に手足をばたつかせる。義手を取られてプールに沈められたトラウマが蘇り、余計に冷静さを失う。そんな時、何かが自分を引っ張っていく力を感じた。

(あ、これ死んだ……溺死した人の霊に引っ張られるやつだ……)

 かつて読んだ怪談を思い出しつつ、陽歌は死を覚悟する。だが、足が地面に触れると同時に頭が水から出る。これは水底ではなく、浅瀬に引っ張られている様だ。

「ちょっと、ワンパチ急にどうしたの?」

 女性の声が聞こえた。確かにワンパチと言ったが、それはポケモンの一種であり現実には存在しない。もしかするとワンパチという名前の犬なのかもしれない。

「げほっ、げほ……」

「あ、大丈夫? さっきの水音ってもしかして……」

 犬の飼い主である女性が陽歌の状態を確認する。陽歌が顔を見上げると女性は若く、赤毛をサイドテールにして、頭にサングラスを乗せている。その姿に、初対面である筈の陽歌は見覚えがあった。

「ソニア……?」

「あれ? 知り合い?」

 そう、彼女はポケモンソードシールドに登場するキャラクター、ソニアそのものであった。

 

   @

 

「てれてれーってってーてれれーててれれーれれ。だーれだ」

「え? エヴァリーもしかして文章だけでシルエットクイズやる気? 楕円……卵……いやまさか初手で『一匹だけのタマタマ』なんて捻った問題……」

 

   @

 

「ダメタマゴ」

「初っ端バグ技じゃん! そこは順当にワンパチにしなさいよ!」

 

   @

 

「た、助かりました……」

『いやー、無事でよかったですよ』

 陽歌は濡れた服を着替え、ソニアの自宅にいた。義手に内蔵された通信機能は世界を超えて使えるのか、すぐにエヴァとも連絡が取れた。

「ウルトラホールですか……初めて見ましたよ」

 ソニアの祖母はガラル地方でダイマックスの研究をしているマグノリア博士。ウルトラホールという異次元を行き来する穴についてはこの世界の研究者達も知っており、すぐに事情を理解してくれた。

「でもウルトラホールを通過すると記憶障害が起きたり、特殊なエネルギーを求めてウルトラビーストに狙われるんじゃない?」

 ソニアはウルトラホール通過の代償を解説する。異次元の穴、そこを行き来するということは当然無事では済まない。

『それですが、彼の義手には防護機能がありまして。不意に宇宙へ投げ出されても10時間程度なら生命維持が可能だよ』

「すご……」

 陽歌は自分の義手に搭載された知られざる機能に絶句した。とにかく義手のおかげで今回は助かったらしい。

「確かに、エーテル財団はウルトラホールを安全に通過する手段を持っています」

 マグノリア博士によるとこちらにもウルトラホールの危険を避ける技術はある様だ。

『しかし妙ですね……すぐ迎えに行きたいのですが、空間と空間の間に大きな歪みがありまして』

 エヴァは困った様に言う。世界間を航行する技術をユニオンリバーは持っているが、それが今使えない状況にあるそうだ。

『急を要するなら七耶ちゃんがサーディオンに変身して突っ切れば問題なんですけど……』

「何かリスクがあるんでしょ?」

 なんでもできると言って差し支えないユニオンリバーのメンバー達。彼女らが可能なことを言いよどむということは、『自分達以外』に何らかの危険が及ぶということだ。付き合いは短いが、陽歌はその気質を察していた。

『ええ、それをすると到着した世界に時空断裂を引き起こして大災害を起こしかねません』

「人の住む世界じゃできないね……」

 時空断裂が何なのかは分からないが、おそらくこのガラル地方一つでは済まない被害が出るのだろう。

『歪みを追跡すると、このガラル地方を中心に起こっているみたいなんです。原因を突き止めて問題を解決すれば、この歪みは無くなるでしょう。何か最近、異変はありませんでしたか?』

 原因はガラル地方にある様だ。根本を絶てば安全に航路を確保できる。陽歌が飛ばされた先がガラルだったのも、全くの偶然ではないというわけだ。

「そういえば……」

 マグノリア博士が何かを言いかけた時、外で大きな地響きが起きた。窓から外を見ると、ハロンタウン方面に大きな白い毛玉が大発生しているではないか。毛玉の上空には赤い雲の円が出来ている。

「あれは……ダイマックス? でもなんで……」

「ウールーがダイマックスしてるんです?」

 この毛玉はハロンタウンで家畜として飼育されていたウールーがダイマックスしたものであった。が、陽歌でさえあの場所がダイマックス可能なパワースポットでないことくらい知っている。ダイマックスはガラル粒子の強い一部のエリアでしか使用できないはずなのだ。

「明らかに異常事態ですね。早めに鎮圧しなければ町への被害も大きく、ポケモンへの負荷も相当でしょう」

 マグノリア博士は落ち着き放って言った。そこはさすがにダイマックスの専門家なだけはある。

「じゃあ、はやくあの子達を倒してダイマックスを解かないと……」

 ソニアの言う通り、自然発生したダイマックスの解除は当該ポケモンの撃破でしか不可能だ。トレーナーが使用した際の時間制限はダイマックスバンドに付けられた安全装置であり、人為的にガラル粒子をかき集めた際の限界でもある。

「いえ、おそらくパワースポットでないはずの場所でダイマックスできるということは、ガラル粒子の発生源があるということ……。そこを叩かねば次々とダイマックスポケモンが現れ、収拾がつかないでしょう。まずは現場を訪れて、情報を集めるのが得策」

 ガラル粒子を放出している、もしくは収束している何かがハロンタウンにあるのは間違いない。

「どっちみち、ハロンタウンに行かないと何も始まらないわね……」

 ソニアは現場へ向かう支度をする。

『こっちでも可能な限りモニターするよ』

「じゃあ、僕も行った方がいいですね。この義手の機能だと、そんなに遠くまでスキャン出来ないかもしれないですし」

 いくら異世界まで通信できるとはいえ、それは義手とエヴァに強い通信網があるからである。陽歌自身がアンカーとして移動しなければ、状況の分析は難しい。

「では、こちらのポケモンを連れていくといいでしょう」

 ソニアと一緒に行くことになった陽歌は、マグノリア博士からボールとリストバンドの様なものを渡される。

「一部のポケモンはダイマックスした際に姿を変え、特異な技を使える様になります。その名も、キョダイマックス。その原理は生育環境とガラル粒子に関係していますが、未だ謎の多いポケモンの卵との関連性もあり……後天的な付与は理論上不可能なはずですがダンテくんは何故か出来て……彼に聞いたら『道場の女将さんの料理を食べた時から』とか……」

「はいはい、今は緊急時だから!」

 マグノリア博士の話は非常に興味深かったが、今回は時間がない。ソニアと陽歌はハロンタウンへ急いだ。

 

「これは想像以上……」

 ハロンタウンに着いた二人は予想を上回って混乱する町に絶句する。この街には実力者であるジムリーダーがいないため、この事態を鎮圧できる者がいない。その時、わたわたと走ってくる人々がいた。何やら腕章を付けており、制服などは着ていないが一定の組織に属する者だと思われる。

「ワイルド自警団だ! ここは我々に任せてくれ!」

 やってきたワイルド自警団という人々に陽歌は見覚えがあった。一人でマックスレイドバトルをすると駆け付けるNPCの中でも役に立たない地雷と名高いジェントルマン、空飛ぶタクシー、ポケモンごっこ、おとなのおねえさんだ。

 四人が繰り出すのはそれぞれソルロック、ソーナンス、イーブイ、トゲピー。ここもゲームと同じだ。

(大丈夫かな……いやゲームと現実は違うし大丈夫でしょ……)

 陽歌は流石にゲームと同じ様な役立たずではないと信じたかった。自警団まで名乗ってしゃしゃり出ている以上、強いはずだ。

「トゲピー、このゆびとまれ!」

 が、その希望を打ち砕いてトゲピーがこのゆびとまれを発動。これは相手の攻撃を自分に集中させる技だが、耐久力の無いトゲピーが使う技ではない。加えて、カウンターなどで相手の攻撃を反射するしかなく能動的に攻撃出来ないソーナンスとの相性は最悪だ。そもそも攻撃を受ける確率自体4分の1、物理か特殊かで更に2分の1と計8分の1の確率を通らねば攻撃出来ないソーナンスはレイドバトル自体に向いていない。

「イーブイ! てだすけ!」

 ポケモンごっこのイーブイが味方の技を補助するてだすけを発動。だが相手はソーナンス。能動的に攻撃できねぇって言ってんだろ。

「ソルロック、コスモパワー!」

 ジェントルマンはソルロックにどや顔でコスモパワーを使わせる。自身の能力を高める技は確かに有用だが、レイドバトルではそうでもない。

(いや、こっちのレイドバトルはいてつくはどう無いのかも)

 陽歌が何とか有用性を見出だそうとするが、即座にウールーがオーラを振りまいてステータス変化をリセットしてしまう。

「何が自警団よ! 全然ダメじゃない!」

 当然、ソニアはこの戦い方がまるでなっていないことを即座に理解出来た。ポケモンの巣で見かける自然発生のダイマックスポケモンはこうして能力をリセットできる。それは現実世界でも変わらないとのこと。

「うわぁ!」

 ウールーの気迫がトゲピーの足元を砕き、エネルギー波を起こす。ダイアタックだ。当然耐えられるはずもなくトゲピーは持っていた「きあいのタスキ」のおかげで耐えたとはいえ倒れる寸前。ウールーの攻撃力が高まるオマケ付きで、だ。

「陽歌くん、とにかくレイドバトルでは丁寧に有効打をぶつけていくのよ! 体力が減るとバリアを張ったり攻撃が激化するけど、怯まないで確実に攻撃して!」

「分かりました!」

 どうやらゲームとコツは変わらないらしい。あとはマグノリア博士がどんなポケモンを陽歌に託したかである。

「出てきて!」

 陽歌が投げたボールからはホイップクリームの様な姿をしたポケモン、マホイップが出てくる。

「マホイップ、そうか! なら先手は私が貰うわ!」

 ソニアは祖母の意図をくみ取り、ワンパチに仕掛けさせる。

「ワンパチ! ほっぺすりすり!」

 ワンパチがウールーにほっぺを擦り付ける。威力は低いがレベル差があるのか、ウールーは一気に追い詰められてバリアを張る。だが、麻痺しているのか動きが鈍る。この技は微弱ながらダメージを与えつつ相手を麻痺させることができる。攻撃技なのでちょうはつされても撃てるところが強みだが、同じ麻痺技のでんじはに比べて習得出来るポケモンは少ない。

「キョダイマックスよ!」

「よし、これだね……」

 陽歌は右腕に付けたリストバンドにガラル粒子を貯める。これはダイマックスバンド。ポケモンをダイマックスさせるのに必要なものだ。

 モンスターボールにマホイップを戻し、バンドの粒子をボールに与える。するとボールが巨大化し、両手で抱えるほどのサイズになる。

「えーい!」

 陽歌が何とかそれを投げると、マホイップがダイマックスしているウールー以上の大きさになる。そして、先ほどと姿が異なっていた。まるでウエディングケーキだ。

「これがキョダイマックス……」

 一部のポケモンが使えるキョダイマックス。この間は特定のタイプの技が大きく変化する。

「バリアを張られている時はダイマックス技も含めて相手に技の追加効果が効かないの。ダイマックス技ならバリアは二枚割れるけどね」

「え? それじゃあ……」

 ソニアの説明で陽歌は戸惑った。ダイマックス技は相手の能力を下げるものがあるのだが、バリアを張られているとそれが効かない様だ。

「でも味方への追加効果は発動する! キョダイダンエンよ!」

 が、味方への影響は別。マホイップのフェアリー技がキョダイダンエンに変化している。

「マホイップ、キョダイダンエン!」

 陽歌の指示でマホイップが技を発動。上から降ってきた星がウールーのバリアを二枚砕きながら、味方のポケモンを癒す。

「普通、フェアリータイプの技がダイマックス技に変化するとダイフェアリー、辺りをミストフィールドにする技になるわ。でもキョダイマホイップのキョダイダンエンは味方を回復する効果になるの!」

「チーム戦では重要ですね」

 さしものウールーでも回復までは止められない。何とか一体目を倒し、原因を探るためハロンタウンのガラル粒子が濃いところへ向かう。

 道中、何匹ものダイマックスウールーに阻まれ、普段なら数分で歩ける距離もかなり時間と体力を消耗してしまう。ウールー達も攻撃したいわけではなく、混乱して暴れているだけなので始末が悪い。

 おまけにワイルド自警団は足を引っ張る一方で、最悪なことに住宅を盾にしながら戦闘していた。

「こういう時に言うんだね……。バカヤロー、なんて下手くそな戦い方だー。周りをよく見てみやがれ、何も守れてねぇじゃねーかあー!」

 陽歌は慣れない様子で声を張り上げる。エヴァに仕込まれたネタだが、こういう時のマナーだと思って使っている様だ。だが実に的を射ているのが笑えない。

「やっと着いた!」

問題のポイントには地面に突き刺さる装置の様なものが存在し、騒音を立てて可動していた。

どうやらこれが膨大なガラル粒子を放っている様だ。その証拠に赤紫の光が装置から溢れ出ている。

「なにこれ……明らかに自然のものじゃない……」

どう考えても誰かの意図によって行われているという事実にソニアは絶句する。だが、逆にこれは幸いだ。この装置を止めれば事態が収まるということなのだから。これが自然現象なら一筋縄ではいかないところだった。

「あれが原因かー!」

「あ、待って!」

 ワイルド自警団は手柄とばかりに、無警戒に装置へ接近する。その時、突如としてキョダイマックスしたイーブイが出現した。イーブイはその一息でワイルド自警団を全員吹き飛ばす。

「ぐわああああ!」

「ほら言わんこっちゃない!」

 飛ばされたワイルド自警団の四人は近くの建物に突き刺さる。もうバカヤローでは済まされない。

「陽歌くん!」

「わ……と……」

 野生のイーブイはポケモンバトルにおける、トレーナーを攻撃しないという紳士協定など守ってはくれない。イーブイの肉球が陽歌に迫る。

「とう!」

 その時、誰かがイーブイの前足に蹴りを加えて陽歌を守る。彼の前に降り立ったのは、一匹のラビフットであった。

「俺が来るまでよく持ち堪えた……」

 ラビフットはどや顔で言った。陽歌が周囲を探すがトレーナーの姿が見えず、声の主は疑うことなくラビフットだ。

「え? ポケモンが喋って……」

「俺はガレス、そしてそのトレーナー、シャルだ!」

 驚く陽歌へ特に説明することもなく、ラビフット、ガレスはある方向を指す。木の陰に一人の少女が隠れており、居場所を明かされたことでバツが悪そうに出てくる。ピンクブラウンのボブヘアを紺のキャスケットで隠し、パーカーを着込んだ十代前半と思われる少女、シャルはガレスに戻る様に促す。

「なんだよ、こいつらで余裕そうじゃない」

「んなこと言わねぇでちょっと活躍しようや。明日の新聞で話題になるぜぇー。美少女トレーナー、ダイマックスポケモンを鎮めばぁあ!」

 ペラペラ余計なことを喋るガレスにシャルのからかわりが突き刺さる。等倍でもガレスをのすには十分な威力だった様だ。

「ったく、いいとこで出ようって様子を伺ってたのに台無しにしやがって」

 ガレスの足を引っ張って帰ろうとするシャルをソニアが引き留める。

「いや今めっちゃいいとこ! なんせワイルド自警団が役に立たないからね!」

「あんた確かマグノリア博士の孫だっけ? 別に協力してもいいけど、推薦状と引き換えだからね」

 シャルはソニアに確認を取る。推薦状というのは、ガラル地方で行われるポケモンリーグに参加する為に必要なものだ。8つのジムを巡ってバッチを集めるのは他の地方のリーグと変わりないが、どういうわけかガラルはこのジム巡り、ジムチャレンジの参加に推薦状が必要なのだ。

 それを条件に協力する、ということらしい。

「えーっと、それは保証できないかな……」

 さすがにどこの誰とも知れない相手にそれは保証できないソニアであった。自分が書くならともかく書くのは祖母。もし自分が書くとしてもそれで何かあれば責任問題。人を推薦するというのはそういうことだ。

「んじゃ帰る」

「待って! 何とかお願いするから! 鎮圧に協力してくれたって言えば多少なんとかなるかもしれないから!」

 条件が呑めないと分かるや帰ろうとするシャルをソニアはどうにか止めた。シャルは目に見える大きなため息を吐くと、懐からゴージャスボールを取り出して戦闘態勢に入った。

「推薦状、ダメだったらハリーセン飲ますから覚悟しとけ。ラストナンバーだ、エルメェス!」

 シャルが繰り出したのはハイな姿のストリンダー。初の電気、毒複合タイプのポケモンで、非常に強力なとくせいと技を持つ。

「一気に決める、オーバードライブ!」

 エルメェスは胸の弦をかき鳴らして音波をイーブイに向ける。電気タイプの音技、オーバードライブはとくせい『パンクロック』によって強化される。その威力は伊達ではなく、確実にイーブイへダメージを与えた。

「効いてる!」

 弱ってバリアを張ったところへ、陽歌がすかさず攻撃を畳み掛ける。

「キョダイダンエン!」

 バリアを破壊し、ソニアのワンパチが決めに掛かる。

「かみなりのキバ!」

 体力が尽きたイーブイは爆炎を上げ、閃光と共にエネルギーをあちこちへばらまく。

「な……」

「キョダイマックスの力を制御出来てないのね」

 強制的にダイマックスした影響か、体力が落ちたことによって体内のガラル粒子が暴走してしまっているようだ。倒すだけでは止めることが出来なかった。

「陽歌くん、あのイーブイをゲットして!」

「あ、はい!」

 ソニアはゲットを提案する。モンスターボールに収めれば、ポケモンは沈静化してくれるはずだ。それを狙うしかない。しかし、ダイマックスポケモンのゲットにはダイマックスバンドが必要になる。

「ダイマックスさせる時と同じ様に、このボールに粒子を集めて。そうすればゲットできるはずだから」

 ソニアに渡されたボールを陽歌は巨大化させ、イーブイに投げつける。開いたボールがイーブイを吸い込んでいき、口を閉じると巨大化したまま地面に落ちた。よほど重たいのか、地面は少し抉れる。何度か揺れた後、ボールは小さくなってカチリ、とロックが掛かった。どうやらゲットに成功したらしい。

「ふぅ……」

陽歌はボールを拾うと一息つく。なんとか事態は収束した。

「おーい、装置壊しておいたぞー」

 ガレスは戦闘中に装置を破壊しておいてくれた。残るポケモン達もダイマックスから解放され、事件は解決した。

「とりあえず、ポケモンセンターでイーブイを見てもらいましょう」

「推薦状を渡してもらおうか」

 イーブイの容態を心配したソニアに対し、シャルは冷たく言い放つ。

「とりあえず少し待ってて」

「先に契約を果たしてもらうぞ。ポケモンセンターなんていつでも行ける」

「あなたちょっとね……」

 イーブイを顧みない発言にソニアは憤った。だが、シャルもまるで譲らない。

「粒子の暴発を防ぐためにゲットしただけだろ? あとでどうせ逃がすんだから、診てもらう必要もあるのか?」

「あるでしょ! あんなことになった後なんだから、心配じゃないの?」

「他人のことなどどうでもいいだろ?」

 考え方の相違から二人はバチギスし始めた。

「マグノリア博士の孫っていう地位があれば、他人のことを気にする余裕ってのも生まれるってもんだな。自分は偉い博士の血筋、寝っ転がってても食い扶持には困らんからな」

「なんですって!」

「事実だろ。いいよな、生まれつき家柄がいいと色々楽で」

 さすがに雰囲気が悪くなると思った陽歌とガレスが二人を引き離す。悪意に敏感な陽歌だが、シャルからはかつて自分を罵倒してきた存在の様な刺々しいものを感じなかった。それが気になるが今はそれどころではない。

「ああああダメですダメです!」

「失礼しましたー、本当はいい子なんですよー」

 謎の少女、シャルと言葉を離すラビフットのガレス。彼女達との出会いが陽歌の、そしてシャルの運命を変えることになるのであった。

 

   @

 

「なぜ私にこんなものを?」

「私も千年後のガラルを憂いてるのさ」

 ローズタワーの屋上、そこである二人が会談をしていた。一人はガラルで知らぬ者はいない、マクロコスモスの社長にしてポケモンリーグ実行委員会の委員長、ローズ。その栄誉に相応しく、高級ブランドのスーツが似合っている。もう片方は少女の声だが、コートを着込みフードを目深に被っているので素顔は見えない。

「そうか、それなら私も嬉しいよ。先の話だと誰もが言うのでね」

 ローズは彼女から、自分の目的をより確実に達成する方法を手に入れていた。彼女の目的が別の所にあるとは知っていたが、『ガラルには』悪影響が無いと確信して乗ったのだ。

「代償については説明した通りだ。お前の知らない並行世界が一つ失せる。それだけだ」

「分かっているさ。ガラルの千年後の為には、致し方ないものだ」

 こうして、陽歌にとって初めての『騒動』が幕を開けた。

 




 次回予告

 イーブイはどうやら僕に懐いたらしく、手持ちに加えることになった。ゲームでもまだトレーナー歴浅いのに実際にポケモンなんて……これはマサルとホップ、ユウリの力を借りるしかないね。
 そしてあのチャンピオン、ダンデさんがハロンタウンに帰ってくるらしいけど……シャルさんいきなり何を?
 次回、チャンピオンを目指す者、マサルとホップ。次回もポケモン、ゲットしてる場合かなこれ……。

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