騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 今年は丑年!牛柄ビキニの巨乳なお姉さんが来ると思ったか?
 馬鹿め!来るのはあの隊長だ!


レミングスは笛の音と共に

 陽歌はいつもの様に夢を見ていた。初夢、というものである。しかし日本にいるのに、正月の初夢なのにいるのはレンガ作りの建物が並ぶ場所であった。それこそ洋の西にある町、という場所であった。

「今年の初夢は遅かったなぁ……。熟睡出来てるってことなんだけど」

 陽歌は周囲の建物を調べ、年代を確認する。しかし微妙に曖昧で判別が出来ない。

「この夢は……」

 その上、笛の音が聞こえる。それに従う様に、子供達がぞろぞろとついていく。が、その服装は間違いなく現代の東洋人、否、服装のみならず人種までもが東洋人。それどころか日本人である。

「あれ……この子達は……」

 ふと子供の顔を見ると、おもちゃのポッポへ来たことがある客が数人いた。

「何が起きているんだ?」

「なんだ? お前は笛の音に反応しないのか?」

 陽歌に声を掛ける人物がいた。緑の短髪をした、赤い耐Bスーツの若い男だ。近くには乗機と思われるバッファロー種のゾイド、キャノンブルがいた。

「あなたは……帝国軍の?」

 実際に会ったことはないが、歴史資料には地球へ移住した帝国軍の兵士がどの様な服装をしていたかが残っている。その為、陽歌は男の素性にピンときた。

「そうだが……お前も一端のライダーの様だが、ゾイドは?」

「バーニングライガーのカイオンです。ここは夢だから連れてこれないけど……」

「夢? どういうことだ?」

 男はこれが夢とは気づいていない様子であった。陽歌も夢なのは分かるが、明晰夢というほどコントロールも出来ないため、カイオンは呼び出せない。

「バーニングライガー……聞いたこと無いゾイドだな……。ライオン種ってことは確かなんだろうが。しかしゾイドと同じ夢を見るとは、俺もあの民間人に随分影響されたものだ」

 男は子供が連れ去られる様子も見つつ、キャノンブルに乗り込んだ。

「お前はここにいろ。俺はあの子供達を追う」

「待ってください、これは妙な魔術の類です。僕も何とかします」

「……」

 男はしばらく考えた。ゾイドの能力に催眠など存在しない。その為、この状況を打破するには笛の音に反応しない陽歌の力が必要ではないかと考えていた。

「俺はリュック。お前は?」

「僕は浅野陽歌です」

「なるほど、この様な奇怪な事件に心当たりがあるようだな」

 リュックは柔軟に対応した。陽歌の様子を見て、事件慣れしていることを察知した。

「はい。以前も夢の中で起きる事件に遭遇したことがあります。笛にこの街並み……少し予測が……」

「乗れ。子供達を追いながら聞かせてもらう」

 陽歌もキャノンブルに乗り込み、子供達を追走する。そして大体の予測をリュックに話す。

「笛の音に釣られる子供、そしてこの中性風の街並み……。これは『ハーメルンの笛吹き』の一幕です。終盤、ネズミ退治の報酬を渋られたハーメルンが子供を連れ去ったシーン……それが現代の子供を使って再現されている……。夢を通じて今の子供達を、何かの為に連れ去ろうとしているのかも」

「なるほど……」

 ハーメルンの寓話を聞き、リュックは大体理解した。

「ならばこの先頭に主犯がいるな」

 キャノンブルは加速し、子供達の集団を迂回して先頭へ向かう。

「いた! 笛吹き!」

 陽歌は先頭にいる笛吹きを見つけた。流石に演奏しながら徒歩なので、キャノンブルでも追いつくのは容易だった。

「このまま攻撃したら巻き込むな……」

 だが、キャノンブルでは笛吹きを攻撃した瞬間、他の子供も巻き込んでしまう。そこは陽歌の出番である。

「ここは僕が!」

 陽歌が刀を呼び出す。以前の事件で星を守る剣を取り込み、拵えも作ってもらった身の丈ほどある日本刀、そこに赤い炎が灯り、笛吹き目掛けて斬りかかる。

「チッ!」

 笛吹きは攻撃を避けたが、音色が途切れたため子供達の催眠が解けてしまう。

「よし、お前ら逃げろ!」

 リュックの誘導で子供達は一目散に逃げる。この場には、笛吹きと陽歌が睨み合っていた。笛吹きは黒いボロ布に身を包んだ謎の存在であった。

「お前は……何者だ?」

「私はレミングス・ハーメルン……私は疫病を司る者……」

 声は女性のもの。疫病の関係となれば、炎を操る陽歌は相性が悪いだろう。

「疫病……?」

「この世に蔓延る疫病を打ち消す……」

「ならなぜ子供達を?」

 陽歌は刀を構えて警戒する。疫病を打ち消すなら、なぜこうも無意味に子供を集めるのだろうか。ネズミ退治の報酬を渋られたわけではないはず。

「生贄、というやつだよ。信仰を忘れ、科学の使徒となった子にはそれが相応しい」

「ん……この感じ……」

 陽歌はふと、レミングスの周囲に漂う匂いが気になった。これは以前、レオナがエスターという邪教の女神に操られていた時の空気に似ている。

「出てこい! 【双極】! これもお前の仕業か!」

「ふん、この死神に罪をなすりつけることさえうまくいかんか、貴様の前では……」

 陽歌は咄嗟に、敵の正体を見抜いた。現れたのは【双極】の妹。露出の多い服装に全身の刺青から間違いはない。

「変化する魔力で他人の能力をコピーしたのか! それで濡れ衣を着せる算段まで!」

「擬態は完璧だった……なぜ貴様気づいた!」

 同様する双極妹に陽歌は斬りかかる。斬れはしないものの、激しい火花と共に双極妹は弾かれ、中から本物のレミングスが出て来た。

「うわぁあ! た、助かった?」

「馬鹿な! 取り込んだものまで斬り離せるのか貴様!」

 陽歌は年末の事件で分離の力を手に入れていた。それがこの刀。双極妹が完全に孤立したことで、リュックは攻撃の準備をする。

「容赦せぬぞ! 制御トリガー解除、兵器解放マシンブラスト!」

 背中の九連キャノン砲から砲撃が放たれる。双極妹はそれをもろに受け、夢の世界から弾き出された。

「ぐわあああ! 貴様、絶対に許さな……」

 双極妹が消えると、夢の世界も徐々に溶けていく。魔力事態はレミングスのものを使っていても術者は双極妹。彼女がいなくなれば当然というもの。

「一件落着、ですね」

「た、助かりましたー。もしかして天使さんがちょっかい掛けてるユニオンリバーの?」

 レミングスはよく陽歌達に命題という無茶ぶりをかます天使経由でユニオンリバーを知っていた。

「はい、ユニオンリバーです」

「ちょっと今冥界がバタバタしていて……私なんか疫病を抑えてへとへとのところを突け狙われてしまいました。あの人は何も言わないでしょうけど、死後の世界が今大変なのは頭に入れておいてください」

「なるほど……天使さんが命題寄越さなかったのはイベントがなかったからだけじゃないんですね」

 天使はよく、イベントのレポートを求めてきたので今年は来ないのもしょうがないと思ったが、それ以外にも大変なことがあった様だ。

「浅野陽歌、いつかゾイド乗りとしてのお前とも共闘してみたいもんだが……夢で会っただけでは無理な話か……」

 リュックはバーニングライガーの話を聞いて陽歌のライダースキルに興味を示していた。

「だが、もしボルテックスの様な不思議現象があれば……会えるかもな」

「その時はおねがいします」

 だがこの世は摩訶不思議。現実でリュックと会えないと決まったわけではない。二人は再会を願いつつ、夢の世界から去った。

 

 妙な初夢であったが、静かにこの世界の騒動が始まりを迎えている。それだけは事実であった。

 




 機体解説

 キャノンブル(リュック機)
 帝国軍兵士、リュックの駆るキャノンブル。通常の個体と変化はないが、バズートルのレーザー砲を追加で装備している。ライジングライガーとチームワークで渡り合い、あのゼログライジスとの戦闘では最前線に立ちながら生存しているなど、リュックの技術とそれに応えるキャノンブルの能力の高さが伺える。

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