騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
史月かぐや
さなと同じ月の住民。引っ込み思案で普段は物陰からうさうさと様子を見ている。行方不明になった姉を探しているらしい。
今年の節分は2月2日である。普段は3日であるが、太陽系の公転周期のズレが原因で何百年かおきに1日ずれるのである。
「今年の鬼役は頚を狙われそうですね」
しかも今年は昨年の鬼滅ブームもあり、豆撒きが様変わりしそうであった。ユニオンリバーに所属する少年、陽歌はスーパーで豆撒きセットに付属する刀のペーパークラフトを見つつ、震撼していた。
「鬼というのは存在してたんですかね……」
一緒に買い物をしているのは、銀髪の少女。信じがたいことに彼女は月の住人、かぐや。とはいえ、陽歌も不思議連中の集まりであるユニオンリバーに慣れてきたので月の住人ではもう驚かない。月の住人初出が彼女でないこともあった。
「いやー、それよりこれいいですね。認識阻害メガネ」
陽歌は掛けているメガネを直して使い勝手を確かめた。かぐやには彼の瞳が桜と空色のオッドアイに見えているが、他人には普通の黒目に見えている。このメガネは初見の相手にのみ陽歌のオッドアイを隠す能力がある。
これによって目が隠れれば、キャラメル色の髪などハーフも外国人も増えた日本では珍しくもなく、それ以上に目立つ髪色のメンバーに混ざれば隠れる。
「アスルトさんなら完全に阻害出来るの作れそうですけどね」
「それ何ですけど、僕の特殊な霊力と干渉しない様にするには最低限にする必要があるですよ。これだけでもかなり視線を感じなくなりますね」
かぐやはこれを製作した人間の技術をよく知っているのでもっと便利なものが作れる様な気もしていたが、そう上手くいかないらしい。
陽歌の瞳は単に色素変異でしかないので特殊能力はないが、本人の能力との兼ね合いがあったりする。
「後は夏場に義手を隠すことが出来ればいいんだけど……」
陽歌は手袋を外し、七味唐辛子の瓶を取る。コートの袖から覗いているのは五指あるが義手である。触覚がないので、この上から手袋をしてしまうとものを上手く掴めないのだ。
「隠したいものってとことん隠したいですねー」
かぐやも引っ込み思案代表としてそこは思った。目立ちたくないのに目立ってしまう宿命はいかんともし難い。
彼らの初対面は人間不審と引っ込み思案のぶつかり合いで、互いに物陰でうさうさすること数時間という有り様であった。
(でも性格とトラウマじゃ、違うよね……)
陽歌は根本的な違いに気づいていたので、かぐやへは特に強いシンパシーを覚えなかった。今でもかわし切れない些細な視線にビクビクしており、面と向かわなければなんてことのないかぐやと違って陽歌は恐怖に常時付きまとわれている。
七耶達の様に半ば強引に引き込んでくれればどれだけ楽か。
「ん? 今のご時世に密集団?」
かぐやは店の催事場に集まっている人々の群れを見つける。巨大なガチャがあり、そこに人が集まっている状態だ。
「特に何もお知らせが無い……あれは?」
ガチャの筐体には虎柄が配されており、節分と関係がありそうだった。陽歌はふと、今朝郵便受けに入っていたガチャチケットを取り出す。こちらにも虎柄が入っている。集団も回す方法が分からず、ざわざわしている状態だ。
「回しましょう」
「ですね」
二人は相談して回すことにした。道すがら、雑魚鬼を倒したりしているとミッションが達成されてガチャチケットがそれなりに溜まっていた。とりあえずまずは十連。
「えい」
ガチャガチャドゥン、と中身が出てくる。出て来たのは素材やスタミナ回復アイテム。そして一番豪華なカプセルをサザエさんOPのラストめいて開いて出て来たのは……。
「やっと出れたぁ!」
「うわぁ!」
どこかで見た様な少女であった。陽歌は驚き、腰を抜かしてしまった。
「私を覚えているか! 浅野陽歌!」
少女はびしっと指を差し、自分のことを問う。彼女はマーガレット。昨年の節分イベントで陽歌に敗れ、そのまま退場していた都知事の部下、マーガレットだ。この真冬に何故かスパッツタイプの競泳水着という寒そうな服装をしていた。
「……あの」
かぐやはうさうさとマーガレットに言う。肝心の陽歌は先程のビックリで糸がちぎれ、気を失ってしまったのだ。
「なんで水着なんです?」
「本来は夏イベにガチャで排出される予定だったの!」
かぐやの方はマーガレットと初対面。なので服装の方が気になった。彼女は夏にガチャで出る予定が、ずっと箱の中で放置されていたのだ。結果、一年も放置されたのだ。そして冬に思い出したかの様に排出。
(あれ? 他にも放置されている人がいた様な……まぁいいか)
かぐやは何かがよぎったが、すぐに忘れてしまう。
「でもよりによってそんな水着じゃお客さん吊れないですよ」
「性的消費の対象になれってのか!」
ソシャゲ的には全く商売としておいしくない水着にかぐやは突っ込む。が、マーガレットには不愉快であった様だ。
「よし、どんどん回せ!限凸しなさい!」
マーガレットは勝手にガチャをリセットして回し始めた。どうやらボックスガチャらしい。
「ああ、まだ素材もエナドリも出てないんですよ!」
かぐやはまだ取りたいアイテムがあるのにボックスをリセットされたので焦る。こういう時は全て回すか、貴重なアイテムを根こそぎしてからリセットするのがセオリーだ。ユニオンリバーはこういうのを腐るほど持っているが、いくつあっても困らないのだ。
「これで五人目だぁ!」
「うわ普通に気持ち悪いですねこの絵面」
必死にガチャを回した結果、マーガレットは五人揃った。全く同じ姿が五人。普通に不気味である。
「うわなにこれ!」
意識を取り戻した陽歌も再び気絶しそうになるほどであった。
「で、五人揃ったら何になるんです?」
かぐやはマーガレットに聞いた。キングになるには三人足りず、別に宝具が撃てるわけではない。
「さぁ勝負だ浅野陽歌! 一年前のリベンジといこう!」
「あ、敵なんですか?」
かぐやは目の前のとんちきりんが敵だとようやく認識し、うさうさと慌て始める。が、向こうも準備出来ていなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください脚に力が……」
肝心の陽歌は逃げることすらままならない。かぐやはうさうさしつつも彼を庇って立ちはだかる。
「待ってて、今強化ショップで限凸してくるから……」
マーガレットは五人揃ってどこかへ行こうとする。が、そんな隙を逃すほどかぐやも甘くない。
「エクセリオン、ハーゼ!」
叫びと共にロボットへ変身するかぐや。彼女の正体はロボット、というわけではない。これはナノマシンによって使用者の肉体を再構成しロボットにするというもの。この姿になると、仮面効果なのかかぐやの引っ込み思案は多少マシになる。
「オラァ!」
「あー!」
あっという間に四人のマーガレットが撃破されてしまった。
「待って!限凸するまで待ってて!」
「待たない!」
正直限凸とやらをしても何が変わるわけでもなし。護り刀無しの陽歌に負けている時点で絶対強くないというのは明らかだ。
「こうなったら新しい力を使うしかない……」
「新しい力?」
観念したマーガレットはオモチャのマジカルステッキらしきものを取り出した。しかし腐敗臭が凄まじい。
「うわ臭い……!」
「仕方ないだろ! 一年も家に帰ってなかったから昨日のみそ汁がとんでもなく腐ってたんだ! そんな場所に配達されてりゃこうもなろう!」
夏を挟んで一年放置された自宅の惨状は目を覆うものであっただろう。それはもうアマゾンの過剰な梱包さえ貫くレベルで。マジカルステッキは花の様な装飾が先端にあり、手に持たれるとその名を高らかに読み上げた。
『魔導造花、マギアブーケ!』
「変身」
ステッキの鍔部分に宝石らしきものを装着し、マーガレットは変身を開始した。
『マーガレット、アウェイクニング』
花びらの様な光が降り注ぎ、マーガレットの姿を変化させる。一体今度は何をしようというのか。
『マギアメイデン、マーガレット! グリンシード!』
「これが私の新しい力……」
が、やはり敵が何かするのを待っているほどかぐやは優しくなかった。不審な動きは事前に防ぐのがセオリーだ。
「そりゃぁ!」
「マギアぐほぁ!」
変身中に思い切り腹パン。変身エフェクトには防御機能がないらしい。
「おげぇ……まさか変身バンク中に攻撃するなんて……」
「あ、ごめん。ついエフェクトに畳みたいな防御があると思って」
あるとは思ったがぶち破る気満々であった。やはり脳筋はユニオンリバー共通なのかと陽歌は考えた。
というわけで突如現れたマーガレットの撃退に成功したかぐやなのであった。そのまま買い物を続けることにしたが、一応変身アイテムらしきステッキは回収する。
「おー、まだこれあったんですね!」
「ん?」
かぐやは食玩コーナーでガンダムの食玩を手にしていた。それは彼女の好きなガンダムXの機体であった。
「まさかこんなところでお目にかかれるとは! ドートレス!」
「それって最近プレバンでガンプラの出た?」
「そうそう! カラーは地球連邦のものなんですけど劇中では他カラーの方が出番多くて! ちなみにドートレスの語源はアニメにおける同トレスからでして……」
趣味のことについては早口になるかぐや。自分ももしかしたらそんなところあるのかなぁと陽歌はぼんやり思うのであった。