騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 異端たる双眸
 浅野陽歌

 所属:TCユニオンリバー
 能力:特殊呼吸法、演舞
 身長:129cm
 体重:26kg
 イメージカラー:真紅


☆2020年の再挑戦

 時は2020年。地球リセットもネオフロンティアも訪れず、地球は平和と言い難いものの何とかやっていた。静岡の一角で、一人の少年が道行く人々を眺めていた。彼にとっては、この何気ない、人の中に身を置くこともリハビリになっていた。パーカーのフードを被らず、特異な髪色と瞳色を晒している状態に慣れる。一年くらい経ったが、染みついた恐怖は薄れず逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 不安げに組む指は生身ではない。黒い球体関節人形の様な義手である。少年ではあるが愛らしい外見は少女の様にも見え、右目の泣き黒子と憂いを浮かべた表情は妖艶さも持っていた。

「陽歌くん!」

 そんな彼に声を掛ける人物がいた。黒髪の女子高生である。少年はまだ二桁にもいかない様に見えるが、二人は友人同士であった。

「アカネさん、怪獣酒場のバイトは無いんじゃないですか?」

「バイトとかは関係ないんだよねー。あそこはいるだけで幸せ空間だから」

 女子高生、新庄アカネは怪獣酒場静岡支店の店員である。陽歌の保護者が知り合いなので間接的に知り合うこととなったが、根っこが内気な者同士、仲良くやっている。

「陽歌くんはまたいつもの? 無理はしないでよねー」

「大丈夫ですよ、結構慣れましたから」

 少年、浅野陽歌は亡き養父母の願い届かず、腕を喪失するほどの虐待を受けて育ってしまった。しかし幸いにも命があるうちに心優しい人々に保護され、そして自分の出生と養父母であった浅野仁平、さとの思いを知ることとなった。

 複雑な生まれを持ったが、彼はその二人こそ本当の両親と心に決め、生きることにした。とはいえ心に負った傷は気合と裏腹に癒えず、苦労が続く。

「おー、東京で怪獣警報だ」

「またなんです? 最近減ったと思ったんですけどね」

 二人のスマホに災害警報の一種が入る。怪獣の出現に慣れた現代では怪獣の出現もすぐに伝えられ、そのエリア外にいれば忘れてしまう。一部の者を除いて。

「前の事件で一斉に喪失したのは休眠中の怪獣だからねー。今回出たのは地球怪獣の一種。元々この星にいたものなのよ」

「ティグリスですか……トラみたいですね」

 スマホには怪獣の画像と名前が表記され、危険性や現在の攻撃傾向も表示される。危険性も攻撃傾向も最も安全な緑を示しており、防衛隊も警戒止まりである。

「地殻怪地底獣、アルブームティグリス。本来は地底に住む怪獣で、狂暴な種じゃないの。くぅー……コロナさえなければ新幹線で見に行くのに……」

 怪獣マニアにとって怪獣警報は見逃せない一つのコンテンツであった。ましてや今回の様に被害も出さない怪獣ならばいくらでも歓迎するところである。

「なんか野次馬いますね」

「避けていこうか」

 駅前に人だかりができていたので、二人は離れて歩くことにした。ただでさえ人込みが嫌いなのに今は疫病騒ぎもある。密は避けよう。だが、アカネはある発言を耳にした瞬間態度を変えた。

「急に人が消えたって」

「人が消えた? もしかしてケムール人?」

 突然人込みに吶喊していくアカネ。怪獣のこととなると見境が無いのが彼女の欠点だ。女子高生で怪獣酒場などというマニアックな店で働いている時点で推して知るべし。

「アカネさん?」

「2020年はケムールイヤー! ついにやって来ましたケムール人!」

「一体何のことやら……」

 一人興奮するアカネに対し、陽歌はついていけなかった。彼女がSNSで使用しているアイコンがレギュラン星人、程度の知識しかないので当然なのだが。まぁそれでもあれをバルタン星人とは間違えはしないが。

「ああ、粘液に触らないで。これを使って人を攫ってるの奴ら。防衛軍での呼称は誘拐怪人ケムール人。一応、2020年のケムール星から来たってことになってるけど、ケムール星人とも誘拐宇宙人とも言われていないことから実は2020年の地球人じゃないかって話もあったり。メフィラス星人配下として出現したこともあるけど、その時の交戦はなし。初めてウルトラ戦士と戦った記録はウルトラマンギンガと。バルキー星人配下のスパークドールズがダークライブされてね、その後、ウルトラマンXではスパークドールズじゃない本物のケムール人が久々に地球へ出現。最近では宇宙人街での目撃記録があったり、ストレイジも撃退記録を残しているって話なのよ」

「で、人が消えたと……」

 アカネのことはさておき、陽歌はSNSで検索をかけ、人が消えた瞬間の動画が上がっていないか探した。どうにかヒットした動画では、確かに人が忽然と姿を消していた。

「やはりこれはケムール人の仕業に違いない!」

 急に割り込んで入ってきたのは、萎びた瓢箪みたいな頭部を持つスカジャンを着た宇宙人。アカネの働く怪獣酒場のスタッフだ。

「ああ、フルヤさん。こんにちは」

「逮捕―!」

 そして急に警察に逮捕されるフルヤ。こういうの警察は信じなさそうだがなぜこんな時に限って。

「えええー!」

「ま、まってください! フルヤさんはケムール人じゃなくてゼットン星人ですよ! 似てるらしいけど違うんです!」

 ケムール人とゼットン星人が似すぎて宇宙警備隊の試験でひっかけ問題になるという逸話は陽歌も聞いていた。警察は彼の訴えを聞き、フルヤを釈放した。

「釈放―!」

「えええ? すんなり?」

 が、アカネが余計なことを言ってしまう。

「フルヤさんってケムール人でしょ? だって前に目が二つ付いてるし」

「逮捕―!」

 衝撃の事実と共に逮捕されたフルヤに陽歌は驚くしかなかった。

「ええええ? そうだったんですか? いやだとしてもそこはゼットン星人で通しましょうよアカネさん!」

「あ、ごめん……私の中のレイブラッド因子が間違いを許せなくて……」

「わー悪いオタク……」

 ダメなオタク全開のアカネ。どうにか陽歌はフルヤを庇い立てる方法を考えた。

「フルヤさんはさっき来たばっかですよ。ここで人が消えたのはその前です」

「釈放―!」

「大丈夫かな静岡県警……」

 こうも誤認逮捕と釈放を繰り返されると陽歌は不安しかなかった。間違いを素直に認められるのはいいことだが。

「しかし警察が来るの早いな……」

「ちょうどこの事件を追っていたのです。ケムール人というなら事情を伺いたいのですが」

 あまりにも早い警察の到着にフルヤがぼやいていると、警察がこの失踪事件を追っていたことが明らかになる。通報がなくても、SNSに張り込んでいたのならこの早さも頷ける。だが、警察がそんな奇怪な事件にこうも力を入れて取り組むだろうか。疑問は尽きない。

「うーん……私は同胞と『地球救い隊』の一件で袂を別った仲……あまり力にはなれないが……」

「実は五十四年前にも似た様な事件が起きてまして……。その時の犯人がケムール人だったのでもしやと思いまして。しかしケムール人の情報が足りず、あなたから少しでも話が聞ければ助かるんですが」

 五十四年、という年月にアカネがピンと来ていた。

「神田博士が2020年の挑戦を執筆した年……か」

「怪獣関係の本ですか?」

 歴史関係はさっぱりなアカネが覚えているということはそういう本なのだろうと陽歌は予想した。

「そうそう。ケムール人と交信した記録があるのよ」

「もしかしてその本を持っているのですか?」

 警察はアカネの知識に目を輝かせる。

「そんなに貴重な本なんだ……たしかに聞いたことないし」

「筆者の神田博士は精神異常を疑われて病院に移送された後、失踪しているから僅かな初版の発行で終わってるのよ。そのくせマニア垂涎の品だから手に入れるの大変で」

 発行数が少なく、当時は侵略宇宙人や怪獣について一般認識が無かった時代。ゴメスやペギラなどの地球小型怪獣がちょろちょろ出ていた程度なので怪獣マニアも少なく、ただでさえ少ない本がぞんざいに扱われて現存数は手の指程度しかない。

「だから警察のデータベースにも無いんです! どうか貸していただけませんか?」

「えー? すっごい貴重な品だからなぁ……ネットオークションじゃ数千万の代物をダメ元で神保町の古本屋漁りでどうにか見つけたそんな大事なものを持ち出す、そしていくら警察とはいえ他人に貸すなんて……」

 貸してと言われて貸せるものではない。加えてケムール人犯人説も確定ではないので無駄骨に終わる可能性もあるとなればアカネだって渋る。

「国会図書館にあるんじゃないの?」

 彼女は以前、陽歌から日本中の本が国会図書館にあると聞いたのでそれを話す。だが、これには落とし穴がある。

「日本だけでも出版物は多岐に渡るので、国会図書館の蔵書には意外と漏れがあるんですよ。当時の評価が低いとなると無いでしょうし、警察の上層部もとっくに探しているでしょう」

 陽歌の言う通り、既に警察は国会図書館を当たっていた。だからデータベースに無いのである。

「ネットは? 版権が切れてるなら、ネットに全文乗っかってない? 今時は『我が闘争』でさえ原文ママで転がってるんだからさ」

 どうしても貸したくないアカネはネットという案を出す。これは盲点だった様で、警官はスマホで検索を掛けた。

「あった……!」

「ほら」

「でも……英語だー!」

 が、まさかの英語翻訳。外国のマニア向けであった。日本人は母国語で教育、行政サービスが受けられ、あらゆる論文も翻訳されているせいか英語を習得する必要性が非常に低く、読み書き出来ない者が多い。

「あ、僕英語なら読めるんで」

「助かった……」

 だが陽歌は難しい英語の読解も可能である。彼は英語圏の作家の著書を愛読書としており、原著を読むのはもちろんファンレター、そして夢はサイン会へ足を運ぶことと英語を必死に勉強する理由があったりする。

「そんなに出来るんだ……高校の範囲はするっとやってたの知ってるけど……」

 アカネも勉強を見て貰ったので彼の英語力は知っているが、専門用語たっぷりのものまで読めるとは思っていなかった。

「コズモクロニクルのサイン会にはついぞ行けなかったから……作家さんが生きている間にって思ったらいつの間にか英検一級ですよ……コロナ終わらないかな……」

 陽歌にとっては好きな作家が失踪した苦い経験を持つが故の行動力であった。虐待を耐える日々の中、それだけが希望になっていたが喪失し、二度とそんな思いをしたくないと決心した。

「ご協力感謝します。実はこの事件を警視庁の零課が追っていまして、静岡県警支部に本部長がいらっしゃいます」

「零課?」

 警察というのは基本、管轄する地域があり、強い縄張り意識を持っている。その結果他の管轄に逃げた犯人を捕まえる際に手柄を取られたくないあまり、連携が出来ないどころか同じ警察に嘘の情報を流した結果犯人を取り逃がすなどの問題が起きた。

 これが広域指定事件という精度を産むこととなった。だが、それ以外に五十四年前の一件の様な怪奇事件で辛酸を舐めた警察はその手の事件を請け負う部署を作った。

「言わば怪奇事件専門部署、Xファイル課とかそういう感じの場所で、越県調査の権利が与えられています。ご協力願えるのなら、立ち話もなんですからそのオフィスまで同行を」

「そうだな」

 フルヤは納得して同行しようとした。だが、アカネは警察を信用していないのか止める。

「そんなこと言って! フルヤさんを解剖するんじゃないんですか?」

「そ、そんなことはしません! 零課にも宇宙人はいます!」

 警官は否定するも、アカネ相手に一番言ってはいけないことを言ってしまう。

「ふーん、何星人がいるか言える?」

「え、えっとそれは……」

「ヤプール星人とか?」

 アカネが例を挙げるので警官はそこに飛びつく。

「そうそれ!」

「残念でした! ヤプール人は『異次元超人』なので宇宙人じゃありません!」

「カマかけられた!」

 見事に引っ掛かってしまう警官。

「う、宇宙人がいるのは聞いているけど詳しくは知らないんだ! 信じてください!」

「馬鹿者! お前は一週間の謹慎だ! ぶったるんどる!」

「そんなー!」

 結局アカネの信用を勝ち取れないまま話は平行線。その時、不意に陽歌が人込みにいる少女に向けて正拳突きをかます。

「陽歌くん?」

 アカネは驚いた、が拳を受けた少女の取ったバックステップの距離にもう一度驚くこととなる。人込みの中心にいたにも関わらず、一歩で三メートル近く飛び上がり、近くの街灯の上に立つ。

「凄い害意、ううん、変な感じだった……まるで人を人と思わない様な、生け簀の魚を選別する様な気配……」

 周囲から虐待を受けてきた陽歌は、敵意や気配に敏感であった。その中でも一際異質なものを見抜き、アクションをされる前に迎撃した。

「お前……あの嫌な男と同じ空気がするな……」

 その少女は銀髪を伸ばし、オレンジの瞳で陽歌を見下ろす。

「首の傷が疼くが……お前の相手などしてはいられん。羽虫退治に気を取られて本懐を忘れてはならんのでな」

 少女は街灯から飛び降りる。だが、陽歌はその着地点へ向けて走り出し、刀を振り抜いた。流石に鞘から出す時間はなかったが、何もない場所に赤い炎と共に朱漆塗りの匕首が出現する。小柄な彼が持つと、身の丈ほどの大剣にも見える。

「炎の剣……だと?」

「自由落下とは、言葉で言うほど自由ではない!」

 一撃を加えようとするも、腕でギリギリ防がれてしまう。

「ますますあの男を思い出す……だがあいつほどではない!」

 この少女はかなりの実力を持つ様だ。が、普通の女の子とは思えない身体能力を発揮している。陽歌の能力は呼吸法によるブーストであるが、彼女からはその様なものは感じない。

「裏切り者も貴様も始末したいが……うっ、こんな時に……!」

 フルヤの姿を見て構えた少女であったが、突然苦しみ出し蹲ってしまう。陽歌も急速な敵意の消滅に臨戦形態を解く。

「ん?」

「演技なの?」

「いや、害意が消えました」

 少女が再び顔を上げると、先ほどまでの狂暴な表情は失せ、キョトンとした様子を見せる。

「ここは……もえる、かたな……おまわりさん……?」

「一体何が……」

 陽歌は刀のことを呟かれ、少し考えた。元々この呼吸法は養父、浅野仁平が通っていた道場に残っていたボロボロの古書を解読して習得したもの。それをデチューンして物心つく前の陽歌に教えた。彼はそれを無意識に使うことで弱った身体を補っている。

「さっきもなんか言ってたし、もしかしてあなたのお父さんと関係が?」

「いえ、この呼吸法は父が開発したものではなく、あくまで亜流……そうとは限らないかも」

 アカネは少女の発言から関係性を予想したが、そうとも言い切れない部分はある。特に陽歌のものは元々亜流の上、さらに霊力を乗せて対霊の力まで与えているアレンジ中のアレンジ。ビーフシチューを作ろうとして出来た肉じゃがをコロッケに改良する様な状態なのだ。

「あ……私を、私を殺して! 早く! 大変なことになる!」

 急に少女がそう叫ぶので、陽歌は困惑してしまう。一体目の前で何が起きているのか彼の鋭い勘をもってしても、否、そういう感性が無駄にあるからこそ理解できない。

「裏切り……そうか、その子の言う通りにして! 早く!」

 アカネは何か気づいたのか、カッターナイフを手に少女へ向かっていく。その瞬間の彼女はとても安心した様な顔をしていたが、急に憎悪に満ちた顔に変化し回避する。

「くっ……こいつとんでもないことを……!」

「その子はケムール人に身体を乗っ取られてる! 地球に来たことで意識が戻ったんだと思う!」

 アカネは即座に自身の推測を話す。ケムール人のフルヤを裏切り者と言ったこと、そして態度の急変や昔の因縁を匂わせる発言から導き出したのだ。

「貴様、そこまで見抜いたのか……!」

 それは当たっていた様で、都合の悪くなった少女は走って逃げだす。その速度は車をも超えていた。

「追いかけよう!」

「待って、罠かもしれないし、それにこれ」

 すぐに後を追おうとするフルヤをアカネが止め、その場に堕ちていた紙切れを拾う。

「これは……」

 そこには『観覧車、爆発』とだけ書かれていた。

「メッセージ?」

 陽歌は少女本来の人格が残したものと考える。だが現場は騒然としており、あまり考え事には向かない状態だ。

「ともかく、署までご同行を。先ほどの件を報告しましたら、刀の子の方に課長がお会いしたいと」

 警察官は陽歌を署に案内しようとする。やっべ、と彼は刀を炎と共に消して知らんふりを決め込んだ。

「じゅ、銃刀法なんて違反してませんよー……さっきのは木刀ですよー……」

「浅野仁平の名を出せばおそらくわかる、とのことです」

 が、問題はそこではなかった。陽歌の養父、仁平のことを課長という人物は知っていた。

「父さん……?」

 彼一人にするわけにはいかないので、フルヤとアカネも一緒に向かうことにした。

 

   @

 

「ここです」

 連れていかれたのは零課という仰々しい名前に反して署内にある普通のオフィスであった。

「待っていたよ……陽歌くん」

「あなたは……」

 そこの課長席で待っていたのは、赤い尖ったサングラスを掛けた、黒いレザーの警官服に身を包んだ人物。帽子も被っている。

「私は、オーバージャスティス本部長!」

 その人物は高らかに宣言した。ただ陽歌には一つ気になることがあった。

「課長ですよね?」

「あ、いや……呪術対策に偽名を使っていてね。オーバージャスティス本部長、までがその偽名だ」

「オーバージャスティス本部長課長?」

 偽名なので仕方ないがとんでもなく長い呼び名になってしまう。アカネは彼の声を聴いた瞬間、陽歌の手を引いて帰ろうとする。

「よし、この人は信用できないな」

「ま、待ってくださいよ!」

「このタイプの声をした人を信用しないと私は心に決めている」

 まさかの判断材料が声、というので陽歌は反論した。

「えー? 百鬼夜行をぶった切りそうないい声じゃないですかー?」

「蛮族に敵対している上司っぽくもある」

「声はともかく、何だか安心できる感じがするんです」

 陽歌は今保護してくれている人やかつて別れた友人とは違った、本能から来る安心感を覚えていた。

「私は君の父、浅野仁平の部下だった者だ。そして、君の保護を彼に依頼したのだ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

 陽歌は事情を聞き、深々と頭を下げる。しかし、腕が義手になっているところを見るとサングラスの奥でオーバージャスティスは表情を曇らせる。

「いや……先輩が早くに亡くなって苦労したそうだね……。君の素性を途切れさせる為に先輩が自ら連絡を絶ったのもあるが……すまない、私が引きとっていれば……」

「そ、そんな……その時に最善を尽くそうとしてくれただけでも……」

 仁平が想像以上に早く死去し、実の娘が引き取った陽歌をまさか虐待をするとは当時彼らに予想は出来まい。陽歌にとっては結果論でしかなく、想ってくれただけでも十分なのだ。

「そうだ、積もる話もあると思うのですが、僕が出会ったケムール人と思わしき少女について……」

 陽歌は話を切り替え、本題と思わしきケムール人のことを話す。

「え、私は普通に再会するだけだと思ってたが……」

「え? 私用で警察署に呼んだんですか?」

「え?」

 陽歌はてっきりそっちの用事と思っていたので意外であったが、オーバージャスティスは陽歌に会いたいだけであった。

「そうだ、彼女が落としたと思わしきメモを……。それと、あの子は殺せと訴えていました」

「うむ……」

 警官の報告を聞き、オーバージャスティスは考え込む。そして、即座に指示を出す。

「今は自粛要請で遊園地が営業を止めているな。遠距離から観覧車を観測して異常がないか確認してくれ」

「はい。今、各地の零課に連絡を回しますね」

 的確な指示を飛ばし、即座に動く。警察らしからぬフットワークを見せる零課であった。

「私の付けていた固定カメラの映像も……」

 カメラの映像を見て、オーバージャスティスもしばらく固まる。どうやら少女に見覚えがある様子であった。

「ルシアちゃん……?」

 そして、ある一つの確信を持つ。

「たしかに、こいつはケムール人が地球人の肉体を奪ったものだ」

「やはり……」

 アカネの予想通り、彼女はケムール人。そして、それ以外にも大きな意味があった。

「この子はルシア、私達が以前のケムール人襲来の際、助けられなかった子だ。そして陽歌、君の姉になるかもしれなかった子なのだよ」

「僕に……姉さん?」

 衝撃の事実が明らかになる中、警報が鳴り響く。

『東京に出現した怪獣が、静岡に向けて移動中!』

「ティグリスが?」

 東京の怪獣が何故か静岡へ移動していた。

「市街を避けているので被害は最小限ですが……これは……何?」

 連絡を受けた警官が報告する。映像には、ティグリスに向かって移動する先ほどのケムール人、ルシアが映っていた。

「ルシアちゃん? なぜ……いや、あのティグリスとかいう怪獣……見覚えが……」

「地球怪獣なんだから一回や二回出たことあるでしょ」

 アカネの言う通りなのは確かだが、ルシアが途中で足を止めたり抵抗の意思を見せている。やはり、殺せと頼んだだけに怪獣を使って自ら命を絶とうというのか。

「このルシアって人が僕の姉さんに……?」

「ああ、先輩は事件が解決した直後に引き取らなかったことを後悔していてな……」

 当初は同じ境遇の子供達の中からルシアだけ引き取るのは不平等と考えていたが、そこで引きとっていればケムール人に攫われずに済んだのではないかと考えることもあった。

「とにかく行って確かめないと!」

 話を聞いて陽歌は駆け出した。かつて自分のことを助けてくれた養父が残した後悔、それを拭えるかもしれない。そう考えると、いてもたってもいられなかった。

 

   @

 

「トミー……トミーなの?」

 ティグリスの前に立ったルシアは、その姿からかつての飼い猫を思い出した。そう、この怪獣は何十年も前、ルシアが施設で飼っていた謎の猫である。ティグリス、トミーは喉を鳴らして応じた。

「トミー! お願い、私を殺して! この身体は普通の方法じゃ死ねないの!」

 主の突然の願いに困惑するトミー。だが、すぐにケムール人の意識が表に出てしまう。

「ぐ……ぅぅ……貴様、こんな怪獣を残していたとは!」

 主と異なる意識を感じ、トミーも覚悟を決める。だが、ケムール人は何かの端末を操作、カードを通す。

「モンスロード……来い、デマーガ!」

 何もない空間から、一体の鋭いヒレを持つ怪獣が出現する。熔鉄怪獣デマーガ。地球固有の怪獣であるが日本太平風土記にも暴れた事件が記された、ティグリスと異なり攻撃的で危険な怪獣である。

「ふ、この五十年でレイオニクスになった私を舐めるなよ」

 デマーガはトミーに攻撃を仕掛ける。いくら怪獣同士とはいえ、戦闘に特化したデマーガは強く、戦闘慣れもしている。トミーが噛みついても、その鋼鉄の身体は牙を通さない。そこまで積極的ではないとはいえ、デマーガはトミーを徐々に追い詰めていく。

「なんだ?」

 だが、横やりが入る。炎の帯がデマーガを襲う。ダメージにはならないが、視界が遮られてしまう。炎を放ったのは、銀色の大型ロボットであった。対怪獣特殊空挺機甲2号機、特空機二号改ファイアーウインダムである。怪獣事件が増えた地球では、この様な対怪獣装備が充実している。昔は戦闘機が主であったが、怪獣への有用性から採用されることになった。

「追いついた!」

「怪獣が二体も!」

 陽歌とアカネが到着する。デマーガもトミーと左腕の火炎放射器でそれを援護するウインダムに追い詰められていく。

「貴様ら、いつの間に……!」

 防衛隊と零課は協力関係にあり、ティグリスの動向を追っていた防衛隊がウインダムを出すので便乗して二人はやってきたのだ。

「手に持っているのは……バトナイザー?」

「何ですそれ?」

 アカネはケムールが持つ端末の存在に気づく。それは怪獣マニアが欲しがる最高のお宝にして、呪いの装備ともいうべきアイテム。

「怪獣を操るレイオニクスが持つ、使役の為のアイテム、それがバトナイザー! あのケムール人はレイオニクスなの?」

「とにかく、のしてうちに連れ帰ればなんとかなるはず!」

 陽歌は迷わず撃破を選んだ。彼の保護者は優れた技術者なので分離くらい出来ると考えていた。この義手の大本を作ったのがその人物なのだ。

「舐めるなよ!」

 デマーガの援護を行うべく、ケムール人はカードをさらに読み込ませる。だが、腕に炎が灯った刀がぶつかる。

「ふ……その程度か?」

「な……」

 効果はない。切れ味の殆どない鉄の棒も当然な刀とはいえ、それでも当たれば痛いはず。まるで堪えていないというのはどういうことか。

「ケムールの医療技術で肉体を頑丈にしているのか……厄介ね」

「来い、モンスロード!」

 攻撃を意にも介せず、ケムールは怪獣を呼び出す。

 一体は赤と黒の体色を持つ最凶獣ヘルベロス。もう一体は白い翼を広げた猛禽怪獣グエバッサー。

「三体? おそらくこれが限界なんだろうけど……この数じゃ……」

 アカネは状況の悪さを直感した。怪獣戦での勝ち目は薄い。こうなるとレイオニクスを撃破するしかない。

「ケムールを倒して! そうすれば怪獣を止められる!」

「分かりました!」

 陽歌はケムールへ攻撃を仕掛ける。だが、炎を纏った一撃もまるで効かない。燃えている様に見えるが、これは燃えていないのだ。ただ陽歌の呼吸法でそう見えるだけ、に加えて霊力はあるが物理的な熱量は殆ど無い。

「な、なんだって……」

「フフ……デマーガの脱皮した皮から作った防具は切れないだろう……」

 余裕たっぷりのケムールであったが、突然何かに突き飛ばされたのかダメージを負う。

「ぐお!」

「え?」

 なんと、呼び出した怪獣が他の怪獣の攻撃を受けていたのだ。異常な気配を感じ、地中からレッドキングやネロンガ、タッコングが加勢に現れた。

「すごい、怪獣大進撃だ!」

「これは一体……」

 興奮するアカネを後目に、陽歌はこの状況に困惑する。生態からして徒党を組まない怪獣がこうも結託して外敵に立ち向かうことがあるのか。

「ガイア理論って知ってる?」

「地球を一つの生命とする理論ですか……」

「そうそう。怪獣たちも地球の一員、怪しげな気配に対抗するために来てくれたのね!」

 怪獣大乱戦により、呼び出された怪獣はまともに攻撃へ移れないでいた。陽歌もこの隙を狙い、ケムールへ攻撃を仕掛けようとする。

「舐めるなぁ! レイオニックバースト!」

 だが、ケムールは力を解放し怪獣達がオレンジに輝く。すると、一気に形成が逆転し加勢の怪獣を押し倒していく。

「あれがレイオニクスの力……!」

 アカネはその力を知っていた。レイオニックバーストはある程度腕の立つ怪獣使いにしか出来ないのだが、まさかこの領域にいるレイオニクスとは、彼女も創造していなかった。勝利を確信したケムールはデマーガ達に指示を出す。

「これで終わりだ!」

 デマーガが額の結晶から熱線を、グエバッサーが翼で嵐を起こす。熱線はトミーを狙ったが、間にウインダムが割り込む。嵐の方は陽歌達を襲う。攻撃を受けた一帯には何も残らず、行動不能のウインダムとトミーが残るだけとなった。

「地球人などもはや恐れるに足りん……一匹残らず我らケムールの肉体へ替えてくれる!」

 ケムールは現場を去る。その場に謎の繭が残っていることに気づかぬまま。

「た、助かった……」

「カネゴンの繭に入るなんて貴重な体験……」

 マガバッサーの嵐を陽歌が切り裂いた瞬間に怪獣酒場からやってきたデジタルカネゴンが繭を作って防御したのである。

「とんでもない奴だ……レイオニクスだなんて……」

 デジタルカネゴンは敵がレイオニクスと知り、戦慄する。レイオニクスはただの怪獣を扱う侵略宇宙人ではない。怪獣を強化する能力、宇宙人も怪獣カウントして操るなど厄介な能力を持っている。実際、打ち破ったレイオニクスを使役する例が目撃されている。

「カネゴンの繭ってこんな硬かったんだ……」

「そりゃ、ウルトラQな摩訶不思議存在だからね」

 陽歌は繭の強度に驚いていたが、問題はそこではない。

「陽歌くん……刀が……」

 アカネは陽歌の刀が折れていることに気づいた。彼にとって大切なものだが、それが自分を守る為に破壊されてしまった。とはいえ、陽歌はそこまで気にしていなかった。

「うちのラボなら直せます。その時に素材を追加して強化してもらわないと……」

 彼としては友人を守った末の結末なので問題は無かった。それに直す手段もある。それを聞き、カネゴンがあることを思い出す。

「そうだ、うちのパロさんが何か使えるもの持ってるかも」

「使えるもの?」

 カネゴンの情報を確かめるべく、二人は静岡の怪獣酒場へ向かうことになった。

 

   @

 

 怪獣酒場には怪獣のオブジェやソフビが飾られており、怪獣マニアが集う聖地となっている。本店は東京にあるが、好評につき支店も続々オープン。その一つが静岡支店である。お決まりの『防衛隊お断り』の文言が貼られた扉を抜けると、このご時世営業こそしていないがテイクアウトメニューを販売する為に従業員がいた。

「おー、待っていたぞ。君がアカネくんの友達の……」

 渦巻の様な模様を持つ宇宙人、バロッサ星人のパロが連絡を受けて準備していた。

「あなたがパロさんですね」

 バロッサ星人は海賊宇宙人と呼ばれており、収集癖の強い種族である。そんな彼が用意していたのは、長い鉄片であった。

「これなら君の役に立つだろう」

「これは?」

 しっかり磨かれてはいるが、大きい破片といった趣でその正体は分からない。だがアカネは一目でそれが何かを言い当てた。

「これは宇宙剣豪ザムシャーの愛刀、星斬丸!」

「そそ。彼がナイトハンターツルギを追ってメビウスと対決した時、折られた星斬丸の破片だよ」

「そんな貴重なもの……いいんですか?」

 コレクターの気持ちを理解できる陽歌には、とても畏れ多い代物であった。だが、パロはあっさりと言う。

「コレクションというのは、一時的に自分の手元にいてもらうだけのもの……。もっと有用に使える人の手に渡る方がいい」

「ありがとうございます。使わせてもらいます」

 パロは破片を布でくるむと、従業員のペガッサ星人に持たせる。ペガッサ星人は影の中に沈んでいった。

「彼のラボまでよろしくねー」

 とりあえずこれで刀の修理は問題ない。それに、とパロはあるものを二人に見せた。

「この間ジャグラスジャグラーさんがいらっしゃって、機会があればこれを使ってみてほしいと」

 箱に入った注射器。中には液体が満たされていた。

「これは……?」

「アンチセレブロワクチン。ジャグラスさんの部下がセレブロという寄生生物とそれに寄生された数人、そしてケムール人に肉体を乗っ取られていた人物のデータを元に開発したものだ」

「……! それじゃあ……」

 陽歌はこれを使えばルシアを助けられるのではないか、と考えた。だが、そう簡単な話でもない。

「どうだろう……まだ使用例がないんだ。だからジャグラスさんもデータを欲しがっているわけで……」

「可能性がひとつでもあれば、十分です」

陽歌には僅かな希望でもあれば試す価値があった。父の無念を晴らす、ルシアを救う最大のチャンスだ。

後は待つだけとなった。しかし、そうもいかないのが現実。陽歌のスマホにオーバージャスティスからの連絡が入る。

『陽歌くんか?』

「オーバージャスティス本部長? どうしたんです?」

『件の観覧車が見つかった。浜名湖の遊園地だ。ゴンドラに物体消失液と思われる液体が充満している』

 あのメモはルシアがどうにか残した、ケムールの企みを示したものだったのだ。無駄足のつもりで一応確認したら見事ヒットしてしまった様だ。

『しかし、ゴンドラに液体なんか詰めてどうする気だ……?』

「その物体消失液、どのくらいで効果あります?」

 陽歌は液体の情報を求めたが、ケムール人自体よくわかっていない警察がその様なデータを持っているはずもなかった。

「たしか、頭頂部から一回出せる程度……おそらく缶コーヒー一個程度で成人男性なら大柄でも問題なく消すことは出来たはず……」

 アカネはフルヤの発言や過去の事例から大体を導き出す。

「成人の体重は六十以上……。それをその量で消せるとなると……、ゴンドラいっぱいの量を観覧車全てに満たした場合……ちょっと待って下さい……。アカネさん、この辺の天気図って見れます?」

 陽歌は電話中でスマホが使えないので、アカネに天気図を見せてもらう。それを確認し、ある推論を立てる。

「この気圧配置……風が市街地に向かっている……。風に乗せるのか雨に含ませるのかはともかく、観覧車を爆発させて液を飛散させると一人ひとり攫うより効率いいかも……」

『そうだな。仮にあれば我々の価値観で推し量れない貯蔵タンクだとしても見逃すことは出来ん』

 相手の作戦が分からない以上、即座にカタを付けた方がいい。陽歌達は早速向かうことにした。

「でも相手の怪獣をどうするかだね……」

「戦わなくても観覧車台無しにすれば何とかなるでしょ。それに相手がケムールだとわかったら弱点もあるし」

 問題は怪獣であったが、アカネには秘策があった。

「観覧車台無しって……観覧車なんて簡単に壊せないし何か手は……」

「ここは怪獣酒場だよ? いいものあるんだよねー」

 観覧車の破壊という最大の難関にも、対策はあった。アカネは陽歌を連れて店の地下にいく。そこには、漆黒のウルトラマンが鎮座していた。そして赤い瞳をした鋼鉄の武人も隣にいる。

「これは……」

「かつてレディベンゼン星人がウルトラマンゼアス討伐に用いたロボット、シャドーウルトラマン。そしてこっちはアトラクション用だから火器はないけど、ジャンキラー」

 ショーをやるために用意した代物であったが、火器や光線が無いだけでスペックは本物と変わらない。これで強襲を掛ければ観覧車を壊せるだろう。

「んじゃあ、行きますか!」

 早速二人はロボットに乗り込もうとする。が、先にフルヤがシャドーウルトラマンに乗り込んでいた。

「フルヤさん……」

「これは私と同胞の問題だ……せめて私の手で決着を付けさせてほしい」

 フルヤはケムール人として、この陰謀を止める気でいた。だが、アカネたちにも戦う理由がある。

「水臭いこと言わないでください。私達だってやりますよ」

「僕も、父さんの無念を晴らしたいんです。せめて、ルシアさんを父さんと母さんの下へ送って」

 二人はジャンキラーの方へ乗り込む。内部は非常に広く、操縦桿はない。

「ジャンキラーのシステムは本物と同じだよ。身体を動かせば、ジャンキラーも動く」

「分かりました」

 陽歌がメインパイロットになり、アカネがナビゲーターをする。敵が怪獣である以上、彼女の知識は必要不可欠だ。

『フォースゲートオープン。シャドーウルトラマン、ジャンキラー、発進します!』

 二体のロボットが目的の観覧車に向かって飛び去った。ここからが本当の戦いだ。

 

   @

 

 観覧車のある遊園地に着いた一同は、即座に観覧車の破壊を行おうとする。

「あれ? これ観覧車壊したら消失液かかってしまうんでは?」

 陽歌の心配については問題なかった。

「あの液は活性化しない限り効果が無い。そうでなければ発射している我々や、溜め込んでいるあの観覧車も消えてしまうからな」

 観覧車を見ると、稼働していないその頂上にルシアの姿があった。正確には彼女の身体を奪ったケムールだが。

「やはりここを突き止めたか。この女が妙なメモを書いていたからもしやと思ったがな」

 ケムールは怪獣を呼び出さず、バトナイザーとは別の端末を操作して何かを出現させた。それは、女性型のウルトラマンを模したロボットであった。

「あれは……ウルトラの母?」

 フルヤはそれがウルトラ警備隊に母と慕われる人物であると気づいた。

「そうとも、対ウルトラマン用兵器……ウルトロイドマリーだ! ウルトラマンで試す前に、まずは貴様らを血祭に上げてやる!」

 この姿はウルトラマン達への牽制であった。だが、怪獣である彼らにはまるで意味がないことだ。フルヤはシャドーウルトラマンで攻撃を仕掛ける。

「無駄だ! 貴様を倒して同胞の汚名を注ぐ!」

「貴様こそケムールの名折れだ!」

 この隙に陽歌達が観覧車を破壊しに向かう。

「今のうち……」

「させるか! モンスロード! ヘルベロス!」

 陽歌達の前にケムールの操るヘルベロスが立ちはだかる。

「こいつ……」

「陽歌くん、ここはジャンファイトと叫んで戦って!」

「え? それ意味あります?」

 アカネの突然の申し出に陽歌は混乱する。起動用の音声ロックならともかく、既に起動して戦闘状態なので何かのトリガーとも思えない。だが何かあるのだろうと思い、やってみることにした。

「ジャンファイ!」

 陽歌のやけに流暢なジャンファイトにフルヤはおろかケムールとヘルベロスも凍り付いた。

「ひぇ!」

「ひぃ!」

「なんで赤いあいつ風味なの! もうちょっとプロに寄せて!」

「ええ……」

 陽歌としては流れで適当にやっただけで赤い通り魔については意識していなかった。だが、仕方なくテイク2。

「ジャーン……ファイト!」

 特に強くなった様子もないまま、ジャンキラーとヘルベロスが戦闘に入る。陽歌に格闘技の心得はないが、火器無しとはいえジャンキラーの性能は高くヘルベロスを圧していた。

「あれは……」

 戦闘に呼ばれてか、地中からティグリス、トミーも駆け付けて一気に戦況は有利となる。

「行くぞおおおお!」

「おっしゃらぁあああい!」

 陽歌は今が好機と見て一気に攻める。無駄に散らばって戦うのではなく、トミーがウルトロイドを攻撃している隙にフルヤと共にヘルベロスへ集中攻撃を仕掛ける。ジャンキラーとシャドーウルトラマン、二つの鋼鉄に挟まれヘルベロスは消耗していた。

「ち……役立たずが!」

『モンスロード、デマーガ、グエバッサー』

 ケムールは更に怪獣を二体呼び出し、形勢を変えようとする。だが、前の戦闘ほど活発に攻撃を仕掛けてこない。

「なんか、動きが鈍い?」

「疲れてるんだ!」

 アカネは怪獣の疲労を見抜く。以前の戦いでレイオニックバーストの使用まで追いつめられてそれほど時間が経っていない。数は増えたが、こちらの有利には変わらなかった。

「この程度なら!」

「いけるぞ!」

 デマーガもグエバッサーも限界を迎えつつあった。猛攻を受けたヘルベロスに至っては最早戦闘不能だ。そんな彼らに痺れを切らし、ケムールはウルトロイドの胸部に光を溜め、ヘルベロスに狙いを定める。

「貴様ら……戦わないと、こうだ!」

 胸部から放たれた光線がヘルベロスを直撃し、爆散させる。

「な……自分の怪獣を!」

 これにはアカネも絶句する。しかし、敵はその気になれば怪獣を一撃で屠る兵器を持っているということだ。

「あれを撃たれたら……」

 陽歌もジャンキラーでどれほど耐えられるか考えた。ロボットでの戦闘は痛みを伴わない分、耐久の目安が無く手探りになってしまう。

「フハハハハハ!」

 高笑いをするケムールであったが、後ろから何かを刺されて振り返る。

「な……」

「隙を見せたな」

 なんと、ケムールの後ろにペガッサ星人がいるではないか。異次元に潜行する能力で潜んでいたのだ。そして、戦闘中ずっと隙を伺っていたのである。刺したのは、当然アンチセレブロワクチン。

「うごおおおおお……、な、なんだこれは……」

「んじゃ、ルシアちゃんは返してもらうね」

 ケムールとルシアが分離し、ペガッサ星人はルシアの身体を持ち去る。

「作戦成功! もう許さないからね!」

 アカネは陽歌と操縦を代わり、ジャンキラーでウルトロイドに猛攻を仕掛ける。もう人質もいないので怖いものなし。ジャンキラーから降りた陽歌はルシアの容態を確かめる。

「大丈夫かな……」

「あのジャグラーさんが太鼓判を押す人間のアイテムだから、大丈夫なはず……」

 ペガッサ星人に抱えられているルシアは眠っていた。それと同じなのか、グエバッサーとデマーガも動きが止まっている。

「ぐおおお、助けろ、助けろ貴様ら!」

 ジャンキラーとシャドーウルトラマンの猛攻に晒されるケムールの呼びかけにも無反応であった。

「こうなったら他の怪獣を……」

 ケムールは違う怪獣を呼び出そうとするも、肝心のバトナイザーが無い。

「ない! バトナイザーない!」

「あ、これがバトナイザーかぁ」

 陽歌はルシアの近くに落ちていたバトナイザーを拾い上げる。

「ええい、ならレイオニックバースト! 貴様ら戦え!」

 ケムールは残る二体でなんとかしようとしたが、何も起きない。

「ば、馬鹿な……あの時俺はレイブラッド星人の因子でレイオニクスに……」

「そうか、そういうことか!」

 アカネはいち早くこのからくりに気づいた。さすが怪獣オタク。

「レイブラッド星人が因子を与えるのは自分が使うための強い肉体を探すため。だから他人の身体を使う必要があるほど弱ったケムール人じゃなくて地球人のルシアちゃんに因子を与えていたのか」

 つまり、ルシアを失った時点でケムールは怪獣を操れなくなったのだ。レイオニクスであることが怪獣使いである必要条件ではないといえ、普段からあの態度では従ってくれまい。

 グエバッサーとデマーガは地上にいるルシアとウルトロイドにいるケムールを交互に見て、状況を把握した。どうやらルシアが表に出ている間は、怪獣との関係も良好だった模様。

「もう一度地球人を取り戻してやる!」

 ルシアに向かって攻撃を仕掛けるウルトロイドに対し、グエバッサーが嵐を、デマーガが熱線を浴びせる。

「ぐおおおおお! 裏切るのか、貴様ぁあああ!」

 ウルトロイドは大きな損傷を追い、観覧車と共に倒れる。これでケムールの野望は見事に打ち砕かれた。

「終わったか……」

「やったね」

 フルヤとアカネは戦いを終えて一息つく。アトラクション用のロボットということもあり、ジャンキラーとシャドーウルトラマンはオーバーヒートして停止してしまった。案外ギリギリの戦いであったようだ。デマーガとグエバッサーも力を使い果たし、バトナイザーに戻っていく。

「ん……ぅ」

「ルシア……さん?」

 気を失っていたルシアが目を覚ます。

「私……生きてるの?」

「どうやらアンチセレブロワクチンは成功みたいだね」

 流石はジャグラーが認めた科学者の作った薬。ルシアには特に後遺症が見られず、先ほどまでの記憶も失っていない。

「父さん……終わったよ」

 陽歌は空を見上げ、亡き養父に想いを馳せる。少しは親孝行が出来ただろうか、そんなことを想いながら。 

「……っ!」

 その思考を打ち切る様に、邪悪な気配を陽歌は感じ取った。撃破したはずのウルトロイドマリーが起き上がり、その中から何かが孵ろうとしていた。ウルトロイドの殻を破り、新たな怪獣が姿を現した。

「あれは……」

 複数の怪獣の特徴を持った存在。合体怪獣と呼ぶには無秩序で、生気を感じないその有様は躯の継ぎ接ぎであった。

「頭はバキシムの口内にガクマ……首にはジラースのエリマキ、腹部にインペライザーの頭……足はレッドギラスとブラックギラスかな……? 腕はラヴォラスで翼はリトラかな……?」

 アカネは的確に部品を分析していた。だが、彼女だから気づけた点もいくつかあった。

「なんでラヴォラスは顔や胸部じゃないのよ……能力使えないじゃん……。それに翼ならもっと飛べる怪獣が……コンセプト的にはデストルドス二代目ってとこね……。能力の利用じゃなくて死骸の合成でしかないみたい」

 デストルドス二代目はルシアを求めて移動を始めた。内部にケムールの脳が含まれているのだろうか。

「陽歌くん! 刀の修理終わってるよ!」

 ペガッサが刀のことを伝える。敵が死霊であるなら、陽歌の出番だ。

「分かりました! 父さん……力を、貸して!」

 陽歌は手元に刀を呼び寄せる。赤い炎を纏う刀は、鍔などの拵えが施され完璧な状態になっていた。その姿は彼の養父、浅野仁平を知るものに面影を想起させる。

「お巡りさん……」

「アサノ……ジンペイ……ツブス!」

 デストルドスは微かにケムールの意識があるのか、陽歌を敵とみなした。あんな大きなもの、どうやって立ち向かうのかルシアには分からなかった。だが、陽歌には負ける気がしていない。この刀がある限り、どんな敵さえ跳ね除けることが出来る。

「フミツブシテヤル……!」

「この屍を地に返すため、降り注げ!」

 迫る巨大な足に陽歌は怯むことなく刀を振るう。共に赤い炎と雷が舞い上がり、デストルドスの巨体を押し返す。舞う様な剣戟は左右に三回ずつ回転し、その勢いだけで怪獣をも跳ね除ける。

「演舞、雷鳴賛美!」

「グオオオオオ!」

 デストルドスは持ち上げた足を戻して踏ん張るが、そこに亀裂が入って膝を付くことになる。陽歌はそこを見逃さず、次の技を仕掛ける。だが、これほどの技をノーリスクで撃てるはずはない。反動は全身を砕く様な痛みとして彼を襲う。

「ぐっ……」

 だが痛みには慣れている。そこは強みであるが、無理をしすぎるという弱みにも繋がる。なるべく早く決着をつけることを心掛けるしかない。

「来訪者であっても、この大地は死者を隔てなく迎える……演舞、大地讃頌」

 攻撃ではなく舞、だがデストルドスは融解を初め、脆く崩れていく。ただの怪獣ではこうはならない。死骸の継ぎ接ぎであるデストルドス相手だから可能なことだ。相性が勝ったというわけである。

(これだけ大きくていろいろくっついてると時間が掛かるか……?)

 一つの動作を行う度に関節が外れたのではないかという痛みが走る。呼吸をすれば棘状の粉末を吸い込んでいるかの様な感覚を覚える。だが、陽歌は技を使い続ける。

「が、くぅ……」

 しかしデストルドスは巨大。いくら技を使い続けたところで浄化しきれない。陽歌も限界が近づいていた。アカネはジャンキラーを動かそうと急いで修理を進めていたが、部品が焼き付いてしまってどうにもならないでいた。

「あー、もう! ギリギリまで踏ん張ってギリギリまで頑張ってるから今回ばっかはウルトラマンが欲しい!」

「う……ぁ……」

 とうとう陽歌も無理をすることさえできない状態になりつつあった。身体を動かそうにも、言うことを聞かない。デストルドスは空へ飛翔し、口にエネルギーを溜めて攻撃の準備をする。

「ヤバいって!」

「ここまでか……」

 アカネとフルヤは対抗策を考えたが、巨大戦力が動けないのではどうしようもない。その時、陽歌の刀が輝き大きな鎧武者の幻影が出現する。

「あれは、ザムシャー?」

 アカネには分かった。陽歌の刀に使われた破片の持ち主、宇宙剣豪ザムシャーの姿が。

『守る為の力を貸そう』

 ザムシャーが刀を振るうと、デストルドスは真っ二つに両断された。陽歌は最後の力を振り絞り、頭に浮かんだ技を放つ。

「果敢、鳳凰翼!」

 刀の炎が鳥の形となり、破片に混ざって落ちるケムールに向かって飛んでいく。

「ぐわあああ!」

 不死鳥に砕かれ、ケムールは完全に砕け散った。残ったのは観覧車の残骸だけとなる。事件は五十年以上もの時を超えて解決した。

 

   @

 

「検査お疲れ様。後遺症もなし、凄いワクチンだよこれ」

 それから数日、ルシアは病院で精密検査を受け健康に問題ないことが確定した。ルシアは陽歌がかつての恩人の養子であると聞き、いろいろ話をしていた。

「まぁ僕は殆ど物心無かったんだけどね……」

「そうなんだ」

 陽歌は仁平のことを知ったのがつい最近なのだが、こうして昔から誰かを助けていたのだと知って誇らしくなった。複雑な生まれを持つ陽歌だが、やはり自分の父は彼以外ありえないと確信する。

「でもいいの? 私が……あなたのお姉さんにって……」

「うん。オーバージャスティスさんも父さんが後悔していたって言ってたし、これが一番いいかなって」

 そしてなんと、ルシアは陽歌の姉として彼のいる場所に引き取られ、姉となった。

「でも五十四年かぁ……テレビがこんなに薄くなってカラーになったのね」

 時折ケムールの下で意識が表出していたとはいえ、地球へは五十年以上ぶりの帰還となる。そのブランクは大きく、色々な世代ギャップに驚くばかりであった。

「でも私は生きてるから……挑戦できるのよね……」

 ルシアは首に掛かった金の十字架を見つめる。ケムールではなく、地球人の大人によって命を奪われた友もいる。まだ生きている自分には、この時代に挑戦する機会がある。

「カオリちゃん、お巡りさん……もう少し待っててね。私は生き抜いてみせるから」

 一つの再挑戦が終わり、新しい再挑戦が始まる。未来へ人々の意思は繋がっていくのであった。

 


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