騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
狭山雲雀
所属:フリー
能力:総合格闘術(サバット軸)
イメージカラー:緑
年齢:12
三分咲きヒーロー
広谷小鷹
所属:フリー
能力:射撃
イメージカラー:蒼
年齢:12
「ゾイドの脚でも時間が掛かるとはな」
空いている高速道路を三機のゾイドが疾走する。二機は黒と緑のハンターウルフ、もう一機は紅蓮のバーニングライガーである。
「ボルテックスの中と違って曲がりくねっているからね。これでもZiのゾイドよりは小さいからマシだと思うけど……」
ライガーに乗っている少年がナビを見て現在地を確認する。彼は小柄でまるで少女の様な愛らしさをしている。操縦桿をしっかりと握る、袖から覗く小さな手は生身ではなく黒い義手だ。
「なぁ陽歌、狭っくるしくねぇか?」
緑のハンターウルフ、シルフィードに乗る眼鏡の少女が少年、陽歌に聞く。短い髪や高い背丈もあってこちらの方が少年っぽい。
「狭いとこの方が落ち着くよ。雲雀と小鷹は寒くないの?」
バーニングライガーは頭部にコクピットハッチがあり、そこに二重のシェルで閉じられている。だがハンターウルフは首に直乗りの剥き出しだ。
「いや、ゾイド因子で風防造られてるし問題ねぇよ」
眼鏡の少女、雲雀は陽歌に答える。
「ゾイド因子のバリアと、耐Bスーツに供給されるゾイド因子のおかげだな。こいつのおかげで、ノーヘルで投げ出されても軽い打撲で済むんだぜ」
もう1人の少年、小鷹が得意気に説明する。が、そうなると問題があった。
「そのバリアがあって脚折ったってどんな無茶してんだよ……」
「いや、ワイルドブラスト連発して供給が……」
和気あいあいと話す雲雀と小鷹、その二人の様子を微笑ましく陽歌は見ていた。ふと見せる、憂いを含んだ優しい顔が右目の泣き黒子も相まって妖艶な印象を与えることもある。
「でも本格的に夜が更けてきた……。野宿は避けたいな」
陽歌はバーニングライガーに背負わせたサポートガンポッドにキャンプ道具を積んではいる。だが、年始早々の豪雪で立ち往生した車を助けるための作業でライダー、ゾイド共に消耗している。
夜通し走るのは論外として、休むにしても女の子の雲雀がいることを考えて、当人が気にしないだろうということはさておき、野宿は可能な限り避けたい。
「あ、あるじゃん、民宿」
陽歌はスマホで適当に検索を掛け、民宿を見つける。レビューが低いのが気掛かりだが近くに代わりがないので贅沢も言えない。今からだと開いているかわからない上、出来たとして素泊まりが精々だろうが。
「ここのインター降りて宿取るよ」
陽歌は二人に声を掛け、高速を降りて宿まで先導する。
「こういう高速道路下のはラブホばっかじゃねぇのか?」
「少し離れているんだ。ラブホがあるなら近いしそっちにするよ」
小鷹の心配は特に的中しない。何も本当にないインターなので、降りてからも暫く走る羽目となった。たどり着いた宿は山奥だというのに無駄に光輝いている。地図アプリでは民宿表記だったが、ラブホめいておりこの時刻まで無駄なライトアップが続くと、ここに来る途中で通過した近隣の集落から顰蹙を買うのではないか。
「大丈夫かここ?」
「レビューは良くないけど野宿よりマシ……なはず」
陽歌達は駐車場にゾイドを停めると、降りてチェックインをする。未成年のみの集団であるため、ややこしい事態を避けるため小鷹が所属するゾイドによる対テロ組織、Ziコマンドフォースの認識表を見せて受付に向かう。
「すみません、ここ開いて……あれ?」
が、受付に人はいない。それどころか、なんと受付は全自動である。部屋を選んで金を払うやつだ。
「ラブホやんけ……」
雲雀もこれには呆れた。今の時期では最適解かもしれないが設備の古さから開業当時からこんな調子だったかもしれない。
「最大でダブルか……」
問題は一部屋で済ませるとベッドが二つしかない点である。二部屋借りると誰かが孤立する。
「まぁいいか。とりあえず入ろうぜ」
雲雀が適当なダブル部屋を選択し、チェックインした。廊下を歩いていると、陽歌は足音が気になったのか下を見たり足踏みをしたりと何かを確かめていた。
「どうした陽歌?」
「いや、なんでも……」
二階の普通の部屋だが、妙にヤニ臭い。まだ部屋でタバコを吸えた頃の名残だろうが、それもかなり昔の話になっているので単純に掃除が出来てないだけなのだろう。一応最低限のベッドメイクはされているようだが、匂いが気になり過ぎる。
「ここ温泉ないのか?」
「温泉はともかく大浴場も無いんだね。ビジホでもないのに珍しい」
部屋に置いてあった案内を見た雲雀ががっかりする。駅前のビジネスホテルならよくあることだが、こんな山奥でそれは珍しい。
「しゃーない、シャワーだけでも浴びるか」
いくら男勝りでも女の子な雲雀は気になった。ユニットバスになっているのでシャワーも快適とは言い難い。
「覗くなよ?」
「覗くか」
雲雀は着替えを持ってユニットバスに消える。小鷹はかなり活発に働いた影響か、ベッドに横になるとすぐ眠ってしまった。
@
「ん? なんだここ?」
小鷹が目を開けると、奇妙な空間が広がっていた。周囲は無機質で飾り気のない青い壁であるのに、靄が掛かっていてハッキリ見えない。一本道の通路なのは確かだ。
「これは……」
何かに誘われて歩く小鷹。どれくらい歩いたのかも不確かであったが、辿り着いた先には十字架に磔にされている人物がいた。その人物の姿はマネキンの様になっており、全く特徴が掴めない。その傍には、羽根の生えた天使と思わしき存在もいる。
「これは神に捧げられし高潔な魂……。ここで神への供物となるのが一番の救いでしょう」
「神ねぇ……」
天使の言葉は無機質であったが、小鷹は妙に上から目線に聞こえて気に入らなかった。
「神なんてのがいたら、あんなこともねぇだろ」
彼は陽歌のことを思い浮かべていた。ただ、人と見た目が違う、タブーの末に生まれたというだけの命に、人々は正義というお題目でうっぷん晴らしをする。そんな人々に罰が下らないというのなら、神はいないはずだ。
「こいつは連れていくぜ。生きてんのが一番だろ」
小鷹は十字架から人物を解放する。拘束を解いた瞬間、その姿は天使共々消えてしまう。その代わり、痩せこけた老人が通路の隅に座っていた。
「やはりお前さんならそうすると思ったよ」
「誰だあんた?」
小鷹が聞くと、老人は淡々と答えた。
「こことは少し違う選択をした世界を見た者だ」
「並行世界のことか?」
「話しが早くて助かる」
小鷹はユニオンリバーに属する陽歌から、この世界とは僅かに異なる世界、パラレルワールドやマルチバースと呼ばれる存在、行き止まりの人類史とされる異聞帯のことを聞いていた。その為、老人の言葉はすんなり受け入れられた。
「こうなるのが、君や彼にとって一番楽な道なのは確かだ……だが、それを君が好まないのも知っている」
「当たり前だろ? 神の供物ってそりゃ死んでんじゃねーか。生きてる方がいいに決まってる」
小鷹のそれは、子供故の無邪気な決めつけなどではなかった。陽歌という自分達の庇護を失えば死よりも厳しい日常が待っていた存在、それが優しい人達に守られ、再会まで至った。生きていれば、生きてさえいればそんな転機もあるのだ。
「じゃあな。こんなとことはおさらばだ」
小鷹はさっさと歩いて老人の下から去る。しかし、この先でも似た様な光景が待ち受けていた。角とコウモリの様な羽根が生えたいかにもな悪魔に踏みつけられている人物がいるではないか。そして、その姿はやはり特徴もなく判然としない。
「こいつは力を求める乾いた魂。だが、この世ではそんなことは叶わない……ならここで死んだ方がいいんじゃねぇか?」
「そいつはどうかな?」
小鷹は手に銃を持っていた。そして、迷いなく悪魔を撃ち抜く。耳をつんざく様な銃声と、視界を塗りつぶすマズルフラッシュ。それが彼の見た最後の景色であった。
@
陽歌は壁に耳を当てて何かを確かめていた。彼の髪は濡れており、シャワーの順番が回って来て済ませたことが伺える。
「おいおい、いくらラブホっぽいからって隣の声が……」
小鷹は自分達以外の宿泊客が殆どいないことを知っていたので、何をしているのか気になった。
「やっぱ壁も床も薄い……」
「どういうことだ?」
陽歌の言葉を小鷹は作りが安いホテル程度にしか考えていなかった。が、ある話を知っていると知らないとでは話が違う。
「プロジェクトXのホテルニュージャパン回見た? ゴーゴーファイブと並ぶ日本三大消防士養成コンテンツの」
「いや、知らんな……」
ホテルニュージャパン。その複雑な間取りと薄い壁、消防設備の不備で宿泊客の寝煙草が凄惨な火災へと発展した事件だ。
「さすがに僕らが泊っている一晩に出火するなんて天文学的な確率に直面することはないだろうけど……もしどっかで火が付いたら大変だね。忽ち燃え広がるよ」
「ま、そん時は火災報知器が鳴るだろ」
「鳴るといいね……」
小鷹はそう考えていたが、不備というのは重なるものである。陽歌は結構ネガティブな質で、そう思わずにはいられなかった。
「何話してんだ?」
そこにシャワーを終えた雲雀が口を挟んでいる。男子が二人もいるので、ちゃんと着替えてもいた。備え付けのデスクに向かい、ドライヤーで髪を乾かした。
「いや、ここ火事になったらやべーって陽歌が」
「おいおい、お前の悪い予感めっちゃ当たるんだぞ……」
もはや直感を超えて研ぎ澄まされた五感から得た情報を分析した予測に近いが、陽歌のそれは的中率が高いと雲雀も経験済みであった。特に生育環境の都合、悪い方の予測はバチピタに当ててくる。
「あー、でもさすがに消火器とかあったし大丈夫でしょ。それこそ爆発でもしない限り」
だが彼もユニオンリバーでの突飛な経験を経て危険への対応力が上がり、悪い予感を打ち消す思考も出来る様になっていた。
「とりあえずベッド割決めるぞ」
「そうだね」
ありえない確率の話をしてもしょうがないので、雲雀はベッドの配分を決める。自然な流れで雲雀と陽歌、小鷹に分かれるが雲雀が少し驚いた様な顔をする。
「あれ? なんか違った?」
「い、いやそうじゃ……そうだったな。いつもこうか」
陽歌は朧気な記憶でいつも雲雀がお姉さんぶって悪夢にうなされる自分を寝かしつけていたことを思い出してこう別れたが、記憶違いだったかと確認する。雲雀の態度に小鷹も少し首を傾げた。
「なぁ、ひば……」
小鷹が口を開いた瞬間、爆音がホテルを突き抜けた。
「人が話している時に爆発するんじゃねぇ!」
「何事だ?」
小鷹と雲雀が立ち上がり、様子を見に行こうとする。が、それを陽歌が止める。
「待って! 最初の爆発は野次馬を呼ぶための陽動で、集まってからの二発目が本命なんだ! 逃げた方が……」
爆発があったら遠ざかれ、爆弾テロ避難の鉄則である。が、現実的に考えてこんな閑散としたホテルでテロが起きるとも思えない。爆破予告だって書かれそうにないのに。
「いや流石に事故だろ……背丈までは初期消火が間に合う」
「んじゃ、消火器探してくる」
小鷹は爆発のあった方へ移動し、雲雀が消火器を持ち出そうとする。陽歌も小鷹の方へ付いて行き、初期消火の手伝いをすることにした。
「爆発の方向は?」
「多分あっち、厨房があるね」
陽歌は爆発の音や振動の伝わり方、焦げる匂いから出火元を特定する。この状況でも火災報知器は鳴らない。
「ここか!」
「多分油火災だから水は……」
案の定、火元は厨房であった。どうやら当直のスタッフが夜食にカレーめんを食べようとお湯を沸かしたところ引火したらしい。見た限りコンロ周りの油汚れが酷いのでこれが原因の様だ。
「ちょま……」
陽歌の忠告を聞かず、スタッフは小さなボール一杯の水を掛ける。火は余計に勢いを増していく。
「消火器来るから待ってて!」
普段は人間不信の引っ込み思案な陽歌も火事を目の前にしてはそうも言っていられない。が、何を考えたのかスタッフはダンボールを出火したコンロに乗せる。
「ヨシ!」
よいわけがなく火は更に燃え広がる。
「よしじゃねぇよ!」
「マインクラフトじゃねぇんだぞ!」
陽歌の後に続いて突っ込んだ小鷹だが、彼がここまで言うとは相当なのでは? とも思っていた。
「でもあんなダンボール一個でこんな燃えるなんて……どうなって……」
小鷹は不自然な燃え広がり方に疑問を抱いた。陽歌の方は火から漂う匂いでとてつもなく嫌な予感がしていたという。食用油とは違う質の油の匂いが漂っていたのだ。そして、ダンボールから落ちたものを拾って原因を突き止める。
「これは……」
松ぼっくり。この様によく笠の開いたものは乾燥していて油分を多く含み、天然の着火剤とも呼ばれます。
「コンイチハ」
「……」
陽歌は黙って松ぼっくりを握り潰した。義手の握力はそれなりに強い。
「水に浸した布を被せろ!」
小鷹は布を探した。まだ手はある。酸素を奪えば火は消えるはずだ。
「ヨシ!」
スタッフはあろうことか濡らしていない布団を広げもせず乗せた。当然、火に燃料をくべただけである。
「ふざけるな! ふざけるな! 馬鹿野郎!」
もう小鷹も許容を超えていた。ここまで先行して悪手を打たれるとどうしようもない。
「あったよ! 消火器!」
「でかした!」
そんな時、雲雀が消火器を持って来た。即座にぶっ放し、消火を試みるがまるで効き目がない。
「なぜ?」
「ん?」
消火器が通用しないとは一体どういうことなのか。消火器をよく見ると、有効期限が切れているではないか。
「あ……」
「ダメだなこれは……」
「見なかったことにしよう」
三人は身長より高くなった炎を見てさっさと解散する。これは自力でどうにかなるレベルではない。さっさと荷物を纏めて撤退である。
「さて、あとは消防が来てくれるのを待つか……」
他にも宿泊客がいたらしく、二人の少年が避難してくる。従業員も無事に逃げ出した様だ。しかし炎の勢いは留まることを知らず、ホテルを呑み込んでいく。この時、彼らや他の宿泊客、そして従業員までもがある恐ろしい心理に陥っていた。
「消防車! 消防車はまだかー! 何故来ない! 一体どうなってるんだー! 消防車が遅すぎるぞー!」
ホテルの責任者らしき男の悲鳴は炎の音に消えていく。
「早く……早く消してくれ……オレの宿が……」
「いや消火器がちゃんとしてれば消えたんだけど……」
雲雀の言うこともごもっともであるが、もうお分かりだろう。誰も……消防車を読んでいないのである!
「早く! 早く消してくれ! 火を! 誰か!」
「初期消火はしようとしたんだけどな……馬鹿が上回って……」
全く小鷹の言う通りであるが、誰も、消す人がいないのである!
「おかしい……これは何かがおかしいですね……」
宿泊客の一人である赤いジャケットにブロンドヘアの少年が呟く。
「え?」
「日本の消防は大変優秀で、本来は通報から五分以内には到着する様に設定されている」
「そんなに早く?」
まるで初めて知った、みたいな顔で合いの手を入れる陽歌だが、小鷹も雲雀も「お前も知ってるだろ」と思って聞いていた。
「うん、119番通報から一分以内には、もう消防車は出動していると言われている。そしてその出動から四分以内には到着できるよう、消防署というものは本当に点々と配置されているものだ」
「木造建築が多く、昔から火災が致命的な日本ならではですね」
「そうだね、現在の日本では人の住む建造物への放火が死刑にもなりうる重大犯罪として扱われていることからも、文化的に火災を危険視していることが分かるね」
「江戸の時代には振袖を焼却処分しようとして城下町一帯に延焼したり、昭和になっても昼食時に起きた地震だったために台所からの火が倒壊した家屋に燃え移って大きな被害を産んだりしていたんだ。こうした過去から、日本はとても火災対策に気を配っているんだね」
小鷹は陽歌が子供番組の解説マスコットに見えてきた。そんだけ知ってればやっぱ消防車の下りも知ってるんでは?
「でもよぉ、さすがにこんな田舎まではねぇんじゃねぇか? 税金の無駄遣いってやつだ」
そこに宿泊客の一人が絡む。迷彩のコートに短髪、眼鏡といったいで立ちで年はブロンドの少年と同じくらいだ。
「では実際に地図アプリで近隣の消防署を見てみよう」
「うわ、本当にあるな……こんな場所になんでこんな……」
「それは山火事も火災だからだよ。日本は湿度が高いから自然発生の確率が低いとはいえ、山火事は広がったら対処が大変なんだ」
しかし実際にこれだけ消防署があるのに消防車が来ないのは何故だろう。そう、誰も消防車を呼んでいないのである!
このあと、ホテルは幸い近隣の山に燃え移ることなく全焼したとさ。しかし、この一夜が多くの人の運命を変えたことを、彼らは知らない。
この日、運命の救世主が集った……。神に捧げられし高潔な魂、力を求める乾いた魂、それらを結ぶ調律者。ここから、運命が始まる。