騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
浅野陽歌
流派:我流、全集中の呼吸?
その剣術は我流、というより刀に導かれるまま振るっている。養父の残した特殊な呼吸法で身体をブースト、自前の霊力で魔を祓う。
愛剣:護り刀無銘
養父が学徒出陣の歳、上官から譲り受けた軍刀。五月人形代わりに拵えを直し刃を落として保管されていたが彼の死後、管理が行き届かずボロボロになっていた。養母の故郷の山から相性のいい木を白鞘にし、漆と朱漆を重ねた後拵えも修繕した。
かつて、東京で戦いがあった。オリンピックという栄誉を、そこで戦う者ではなく自身のものにしようとした愚者と、未来へ進むことを望んだ多くの者のうち一人。その最中、異変を知りながらもその根幹には至らず、それでも星を守る為に戦い続けた者がいた。
これは全ての決着が付く前の話である。
「ったく、ダーカーのケリが着いたと思ったら今度は別次元の地球かよ!」
フリルやリボンで彩られたガーリーな白いワンピースの上から黒いアーミージャケットを着こみ、刀を振るうワインレッドの髪の少女がいた。周囲にいるのは、青い光と共に現れるゾンビ軍団。少女は眼鏡を直しながら、敵の軍勢を見定める。
東京都庁の前では熾烈な戦いが繰り広げられていた。病院島を大々的に発表した都知事、大海菊子を逮捕しようと警察が突入、それを妨げるためにこのゾンビが出現したというわけだ。
「ったく、これならまだ特別殲滅任務の方がマシだ……ボーナスキーってのは皮肉が効いてんな。ジョアン! そっちどうだ?」
彼女は仲間に声を掛ける。黒髪で赤いレザージャケットを纏った女性が、同じく刀で敵を切り裂いていた。こちらの刀はお札の張り付けられた禍々しい気のある代物となっている。
「自分のいる地球と違う地球があるって時点でSANチェック物ですよ、響先輩」
こちらも眼鏡を直しながら呟く。赤髪の少女、響は頭を搔いて街で拾ったビラを眺める。
「だよなー……私らオラクル人はともかく、お前やヒツギ達は地球人なんだったな。ったくシャオの小僧……異世界行ったことあるからって普通『並行世界の地球』なんか行かせるか?」
「いえ、なんか地球二つあるとめんどくさいので主にこっちが割れないかなと」
後輩の正気度を心配する響であったが、ギャグマンガみたいなことを言い出したので頭を抱える。
「お前ズボラが一周回ってとんでもないこと言い出すよなたまに」
「そうです?」
「そうだぞ。面倒だからカウンター主軸のブレイバーとか……タイミングよく攻撃捌くのめっちゃ大変なんだぞ本来。私とアザナミ姐さんがレギアスのジジイの剣術一般に落とし込むまでどんだけ苦労したと……」
ジョアンはそんな苦労に苦労を重ねた響の話に興味はなかったらしく、ビラの方に目が行っていた。
「こっちの世界にもあるんですね、PSO2」
「ん、ああ。これは本当にゲームで、スパイウェアとかじゃないみてーだが……」
「シバ様がよく映っているので陽歌パイセンへのお土産にしましょう」
「だな……」
ガールズトークに花を咲かせていると、何十機のマシンが飛行しつつ接近する。両脇にミサイルポッドを背負い、足を持ち上げてホバーで飛ぶその機体は『ホットショット』。かつてある軍で運用されたが、型落ちとなって都知事に払い下げられた様だ。
『こちらアルファ小隊ホットショット、目標を確認。交戦を開始する!』
『了解』
「へ、ようやく真打登場ってか。上等!」
「一人当たり二十倒せば十分ですかね」
響は弓を引き、天に向かって矢を放った。ジョアンが駆け出し、バルカンの一粒一粒を切り捨てては破片を撃ち返す。
「セルリアンバリスタ!」
「相変わらずやることが大雑把ですね」
上空から降って来た大きなエネルギーに数機のホットショットが押し潰され、粉々に砕ける。大きなメカをまるでゴミの様にあしらう二人の少女の姿を影で観察する者がいた。
「ふむ、あれがオラクルの英雄……。なかなか我が計画には使えそうだ」
カメラで様子を撮影し、細部に至るまで観察する。
「強くて美しい、これなら十分に素養がある。全ては我がずんずん教の為に……」
その人物は不敵に笑う。騒動の裏で恐ろしい計画は刻一刻と進められていた。
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それから数か月の時が経った。すっかり平和になった世界では人々が感染症対策をしながら遊び回る姿が見られた。以前は都知事の手下によって過激な感染対策が行われており、平熱以上の人間は襲撃されるため外を出歩けない状態であった。
「まぁ、今日はこんなところかな……」
頭文字Dのアーケードをプレイし終えた少年が伸びをする。キャラメル色の髪にオッドアイの少年は、友人に進められてこのゲームをしてみたのだがゲームとはいえ運転は難しい。現実なら板金七万円コースの結果を受け、あまり向いてないかななどと思っていた。
彼は浅野陽歌。訳有ってユニオンリバーという組織に引き取られ、億単位のループを繰り返す都知事を叩き切ることとなった。
「画面の見過ぎかな……」
空色の左目を擦りながら、天井を見る。今日のゲームセンターは天井がやけに明るい。こうしてゲーセンに足を運ぶのは都知事の残党がゲーセンを目の仇にしている可能性があるので、その警備を兼ねている。
「不思議なものだね……」
現状を見て、陽歌は皮肉を込めて呟く。この目立つ外見が嫌で仕方なかったが、今はこの外見が牽制になっている。余った袖から覗く義手で右目に触れる。桜色の虹彩に泣き黒子、この姿を見れば都知事の残党はユニオンリバーのメンバーがいること、なにより不死身の都知事を始末したことに脅えて平和が守れる。
「さて、今日は帰るか……」
特に決まった時間いる必要はない。むしろゲリラ的な滞在の方が、その隙を縫った攻撃がしにくいというものだ。
(あれは……?)
だが、天井の明るさが気になる。光の渦の様なものが発生しており、陽歌以外にも見えている様子であった。そして、非常に重いはずの筐体が揺れる。
「マズイ!」
彼は過去の経験から、これが異世界に繋がる穴的なものであると察知する。即座に止めなければ何の対策もない一般人が、人間の生存に適しているか分からない世界へ飛ばされてしまう。
「力を貸して!」
赤い炎と共に、刀が陽歌の手元に現れる。通常より長尺の刀であるが、小柄な彼が持つとさながら大剣。そしてその刀で穴を切り裂く。
「これでよし」
怪異の類ならこれでなんとかなる。穴は半分に切れて力を失った。
「え? あわっ!」
しかし、その半分の穴が陽歌を吸い込んでしまう。
「おおっ!」
飛び出したのはどことも知れぬ森。上空や水中に投げ出されなくてまだよかったと思うべきだろう。
「ここは……」
周りの景色を確認すると、遠方に巨大な柱を見つける。陽歌はあるゲームをやっていたので、その景色から場所を判別出来た。
「あれは、ダークファルスを封印していた……ということは、ここはナベリウス?」
PSO2における惑星の一つ、ナベリウス。そんな場所に飛ばされてしまったのだ。異世界に飛ばされるのは初めてでない上、帰還方法もあるのでそこは心配していなかったが、オラクルとなると少し考慮しなければならないことがある。
「そうなると……ダーカーが出た時はどうすれば……。迂闊に倒すと……」
陽歌は遭難の基本、その場にじっとする、で対処した。しばらくすれば義手の機能で自分が異世界に飛ばされたことが仲間に伝わるだろう。動かなければ問題のダーカーにも遭遇せずに済む可能性が高い。
「うわでた」
が、現実は甘くない。何もないところから虫の様な黒い生き物、ダーカーが湧き出て陽歌に狙いを定める。
(とりあえず倒すか……なんかあっても生きてればアスルトさんに何とかして貰えるし)
刀でダーカーの尖兵、ダガンを切り裂いていく。同じダガンでも強さが異なる場合があるのだが、このダガンがどれほどのレベルに相当するのかは分からない。とはいえ運よく陽歌でも撃破出来る程度の強さであった。
「うわ! 原生種まで!」
ダガンを一掃するとオオカミの様なナベリウスの原生生物、ガルフが現れた。襲われるのでとりあえず刀で攻撃するが、全然倒せる気配がない。陽歌の刀は特殊な炎を纏うことで怪異の類には抜群の効果を示すが、物理的な攻撃力は長年蔵で眠って錆びついた量産品なだけにお察しである。
「この! この!」
ガルフを殴っても効き目がなく、徐々に他の原生種まで集まってきた。これは分かりやすいピンチである。
「はっ!」
その時、二つの影が割って入った。
「なんだ、陽歌パイセンじゃないですか。何やってるんですか?」
黒髪の少女の方に聞かれ、陽歌はポカンとする。彼女のことは全く知らないのだが、向こうは知っている様子だ。
「いや、あいつはエロ本買いにメディカルセンター抜け出そうとしてフィリアにボコられたから外にはいないはずだ」
「何してるの並行同位体の僕!」
赤い髪の少女が言う様に、『こっちの陽歌』は外に出られる状態ではない。つまり、この世界にいる並行存在の陽歌を彼女達は知っているということだ。
「お前、まさかシエラ辺りが生み出した幻創体じゃねぇだろうな?」
「いえ、どうやら何かの転移に巻き込まれてこの世界に来てしまった様なんですが……」
陽歌は少女達に事情を説明する。
「何?」
「はい。僕も初めてのことではないんです。僕達の世界は常に様々な時空が流入して混沌としているので、こういうことも珍しくない様で、仲間が世界を移動する手段を持っています。あなた達が知っている『オラクルの僕』は恐らく、並行同位体と呼ばれる異世界の僕でしょう」
赤髪の少女はしばらく頭を搔いて考える。
「っていうと……オメガのルーサーとこっちのルーサーが別人みたいなもんか……」
「なるほど、そういう転移の経験があるのは面倒がなくて助かります。私はジョアン・ジョセフィーヌ」
黒髪の少女が名乗るので、赤髪の少女も名乗った。
「私は響だ」
「響さん……ですか……もしかすると……」
「何? そっちにもいんの?」
響が自身の並行同位体に興味を示したが、ジョアンは話を切り上げてテレパイプを展開し帰ることにした。
「帰還します。元々私達は異常な数値の調査に来たので、もう原因が分かったら用はありません」
「だな。帰りながら続きは聞かせてもらうよ」
テレパイプに入ると、宇宙船に瞬間移動する。陽歌も一応プレイヤーなのでこの光景は見慣れている。
「んで、そっちの私はどうなんだ?」
「どうっていうと……まぁ名前が同じだけなので並行同位体かは分からないですが……」
陽歌の頭に浮かぶのは、継田響という強化人間のこと。あまり関係は深くないが、同じ義手同士というのもあってちょくちょく絡んではいた。
『あ、繋がりました』
「アスルトさん!」
陽歌が言葉に困っていると、通信が入る。義手の機能で世界を超えた通信が可能なのだ。
『どうやらまた世界が不安定になっているようでスね。帰る前に可能ならそちらの世界の異常を解決してもらえませんか?』
「はい。それと、どうやらこっちには僕の並行同位体がいるみたいなんですが、もし出会ったりしたら不具合などありますか?」
陽歌はドッペルゲンガーみたいに出会った瞬間爆死する図を想像していた。並行存在とはいえ、本人同士が出会うのは不都合がありそうだ。
『いえ、問題ないでス。それと、こちらの記録にある波長が近くにありまス。もしかして誰かの並行同位体が近くにいるのでスか?』
「はい、響さんです」
『この波長は継田響のものではないでスね……』
名前からアスルトも同じ人物を思い浮かべたが、どうも違う様子だ。確かに、彼の名前は日本国籍を取る時に設定したもので本名ではない。
「あ、言い忘れたけど響っての本名じゃねーんだ。ま、本名なんぞ使いたくもねぇが……」
こちらの響も訳あって響を名乗っているらしい。
『出ました。彼女は級長さんの並行同位体です』
「そうなんですか?」
検出の結果、陽歌の世界では単なる一般人の並行同位体であることが分かった。
「でも全然違いますよ? ジョアンさん達は僕のこと、見た瞬間陽歌だってわかったので並行同位体って見た目もかなり似てると思うんですが……」
『世界の根幹に関わらない人物は並行同位体でも大きなブレが生じるものなんでス』
「で、そいつはどんな奴なんだ?」
響はウキウキと並行同位体のことを聞く。が、陽歌は級長という人物を思い浮かべてとても言いにくかった。
「えーっと……後悔しません?」
「いやこっちの私よりはどう転んでもマシだろ。いいから言いなよ」
そう言い切るとはどんな半生を送ってきたのか気になるところではある。本人もこういうので言うことにした。
「リアルではいっつも顔隠している、変なおっさんです」
「……」
斜め下の回答に沈黙するしかない響。一方ジョアンは大爆笑していた。
「いいじゃないですか。英雄のデザインベイビーよりはマシで」
「ジョアンお前な……」
そうこうしているうちに宇宙船はアークスシップへ帰還する。ロビーに出ると、ゲームでしか見たことのない光景が実際に広がるという不思議な体験に陽歌は辺りを見渡してしまう。
(こういうの二回目だけど、やっぱ慣れないな……)
「さて、報告に行きますかね」
「その前にマトイ誘って飯にしようぜ」
二人はある人物と合流する為にショップエリアへ向かう。流れる様にポータルへ入り、三階の吹き抜けから飛び降りて中央エントランスへ移動した。
「おあーっ!」
ゲームなら普通にやることだが、現実の陽歌はそんなこと出来ない。そして実際に目にするととんでもない衝撃のシーンであった。彼は怪談で降り、響とジョアンに合流する。
「ん? あれは……」
その時、妙に再現度の高いキャラを見かける。PSO2では既存のファッションアイテムで他作品のキャラを再現することが多々あるが、この作り込みは半端ではない。見れば見るほど、『ソードアートオンライン』のアスナそのものだ。衣装や髪型も寸分違わず再現されている。
境界を超えて、三つの世界の剣士が集う。
剣士データ
響
流派:ブレイバー/ハンター
刀と弓を扱うクラス、ブレイバーの力を最大限引き出すスキル構成が施されている。特にハンターのスキル『アイアンウィル』、『オートメイトハーフライン』によって極端に死ににくくなっている他、ブレイバーの『アベレージスタンス』とハンターの『フューリースタンス』によって安定した火力を維持できる。
愛剣:オロチアギト
名刀と名高い逸品……に見えるが中身はあらゆる闇を束ね、光の道を示す『光跡刀フロラシオン』。事実上、彼女にとっての『創世器』に当たる。