騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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Twitterで百日やる予定だったけど頓挫したわね…



100日後に死ぬ予定だった社畜

 月の魔獣、ジャバウォックことルイスはとある元社畜のお姉さんに拾われていた。

「いやー、なんか最近調子いいわー」

「だろうな。働きすぎだ」

 彼女は沙竹幸。妙なことからこうして一緒に暮らしているが、一宿一飯の恩義で彼女の根を詰めに詰めた生活を改善するのに協力していたら、なんだかんだ付き合いが長くなってしまった。

「でも言われた通りにやめてよかったよー。少し遅かったらオフィスの爆発に巻き込まれてたし。怪我人が出なかったとはいえ、私が無事になるとは限らないからねー」

「なんで爆発したんだ、あれ」

 幸の職場であるフリマアプリの運営が何者かの襲撃を受けて爆発したらしい。サーバーを物理的に失い、テナントから叩き出されて運営企業は事実上の倒産である。

「恨みでも買ってたんじゃない? ヤフオクとかメルカリとかあれ、売り上げの一割手数料取る仕組みだから内部で高額転売が繰り返されればされるほど儲かるし」

「水道管を切って水を高値で売る様なものだから恨まれても当然、か」

 転売について『仕入れて売るのは小売店と一緒』などという意味不明な供述をする者も多いが、やっていることはそういうことである。正規で手に入る手段を片っ端から潰し、高額で吹っ掛けるのは迷惑を通り越して悪徳だ。

「というか、実家には帰らなくていいのか? 燃えたみたいだけど」

「いいのいいの。ほっとけ」

 幸の実家はホテルをしていたのだが、最近全焼したらしい。彼女からすれば幼少期はまともに旅行もいけない原因となり、まぁまぁ儲かっているが両親の金遣いが悪すぎて大学を諦める原因にもなったホテルなど燃えてくれて結構なのだ。このホテルの悪評が地元で有名になり、学校に馴染めなかった大きな要因にもなっている。

「教会でも外せない呪いの装備がおにぎりの罠でおにぎりになったのにリセットする人いないでしょ?」

「確かに」

 日本は割と福祉が充実している方の国ではあるが、その仕組みは性善説に頼ったものが多い。収入を基準としている為か、その収入の使い方がクソみてぇだと支援制度も使えず学校も行けないというセーフティネットの網目を抜ける事例が発生することもある。

 幸はまさにその一人。大人ならば自己責任ともいえるが、子供にはどうしようもないところだ。

「おや、100日後に死ぬワニがまた炎上している。一周忌だってさ」

「もうそんな時期か」

 昨年流行った100日後に死ぬワニさえ追う時間が無かった幸は今更炎上しているそれを追いかけているわけである。その程度には仕事が忙しく、休みも無かった。終電で帰り始発で出勤するライフスタイルかつ休みが週に一回あるかないかでは、毒にも薬にもならない4コマ漫画を追う気力もない。

「電通案件なんてがっかりだよ。私もあと少し遅ければ電通に殺された新人みたいなことに……」

 100日後のワニが炎上した理由を『タダで提供されたコンテンツが書籍化して金儲けに走ったから』と思っている人間が多いのだが、それは違う。最終回でワニが死んだ直後に余韻も残さずショップやカフェやミュージックビデオ、映画など商業展開を始めたことに冷めた人が多いのだ。加えて過労死で死人を出している企業が死ネタを扱うことに対しての反発もあった。

 肝心の書籍も描きおろしと称したページは小さな絵が一つという水増し仕様、絵本も禁忌とされる『一冊で完結しない』仕様という意味不明さと来ているので延焼は留まることを知らない。

「やっぱ時代は100日後に殺すワニと百発喰らっても死なないワニだな」

 エンターテインメントというのは流行らせようとして流行るものではない。今話題のモルカーのグッズ展開の遅さを見ればよく分かるというものだ。そもそもあれ誰がチェックしてたんだ。

 流行った後の対応というのも重要で、某動物アニメやガンプラゲームの様に儲かったから自分の配下に利益配ろうとスタッフを刷新して駄作を生み出しそっぽ向かれる場合もある。

「やっぱ儲かるかもしれないってなるとやる気が違うな。液タブってのがあれば絵が上手くなるとも思わんしデジタルなら楽になるとは限らんが、あの程度の4コマ100枚で大儲けできるんなら僕でもやるぜ」

 ルイスは魔獣と呼ばれる反面、基本的に戦いを好まないのであの作者を地味に羨ましがっていた。時間停止能力のおかげで食うには困らないが、やはり正式な稼ぎを得たいところ。口座すら持っていないのでは今時不便だ。

「だよねー。東京新聞の連載みたいに高レベルの百合を時折提供するならともかくねー」

 それには幸も納得する。級長もカルタの絵札50枚近く描いたけど大変でした。でもそれは読み札という縛りがあるからで、あんなテレビ見て笑うだけの漫画もカウント出来るなら倍以上の作業量でもかなり楽だと思うのです。

「さてと、寝よ寝よ。日付が変わる前に寝れる幸せを噛み締めよう」

 幸は他愛もない話をして寝るのが日課になっていた。

 

   @

 

「なんで……」

 翌日、幸は冷たくなっていた。早起きが癖になっている幸が自分より寝坊するなど珍しいこともあるものだとルイスは思っていたが、昼を過ぎても起きないので様子を見に行ったら死んでいるのを見つけることとなった。

 苦しんだ様子さえもなく、本当に眠ったまま息を引き取ったのだ。

「病院……じゃなくて……」

 急いで病院に電話しようとした彼はふと自分の能力を思い出す。時間を操る力、これで巻き戻して幸の身に何が起きたのか調べるのだ。

「時間よ、戻れ!」

 ルイスは目隠しを取り、時間を戻す。時間停止と違い、遡行は魔眼を全開にする必要がある。太陽が東へ沈んでいき、夜が更ける。

「……! そこだ!」

 白い翼を生やした天使の様な存在が、幸の魂を持って空から戻ってくる。魂が彼女の身体に戻り、天使が枕元で剣を構えたところで遡行を解除する。

「お前か。この人の魂を持っていったのは」

「ホいつの間に!」

 天使らしき男は突然現れたルイスに動揺する。ルイスは時間を止めると、天使を抱えてアパートの屋上に出た。そして、翼と手足をもいで転がす。

「オアァアアアアア!」

「目的はなんだ? 言え。辞めた社員を殺せとメルカリにでも雇われたのか?」

 まるで感知する間もなく自由を奪われた天使は芋虫の様に転がりながら喚き散らした。

「馬鹿な……この私が、冥界を統べる一族となるこの私が……」

「答えろ。解答次第では腕の一本も戻してやらんこともない」

 時間を戻せるのでいくらでも痛めつけて再生することが可能だ。だが、天使は何も答えない。

「なんなんだお前……人間の癖に……人間の癖にぃいいいい!」

「いいから答えろ! お前に指示を出したのは、ヤフオクか? ペイペイモールか? それとも月の連中か?」

 窮地に陥った天使は、全く秘密を守ることなく吐いてしまう。

「天界を治める天使の王、アイオーンだ! 人間に命題を出して命を弄ぶ悪しき者!」

「そうか」

 話を聞いたルイスは天使の時間を止め、その場に放置する。

「裏を取るまで待ってやる」

 こうして、魔獣は動き出した。天使アイオーンを仕留めるべく、その繋がりを持つユニオンリバーへ向けて。

 

   @

 

「へくち!」

 一方、件の天使アイオーンはアスルトとラボで作業をしていた。

「おや天使さん風邪でスか?」

「誰かが噂しておりますなぁ……」

 この天使はだらけている人間に命題と称し、クリア出来ねば即・死亡なミッションを課して遊んでいる。というのは表の話で、シエルがうっかり召喚した縁を元にこのセプトギア時空を上位の神から任されている偉い人だ。

「それにしても、多いでスね……」

「犯人は大方目星付いとりますが、まずは保護作業が優先さかい」

 二人は世界中で発生した変死の内、天使らしき存在によって魂を抜かれるという事件に絞って被害者を探していた。この場合、魂を取り戻せば問題なく生き返れるので、それまでに肉体が劣化しない様に保存する必要がある。

 普通の死ならば残らない痕跡がある為、探すこと自体は容易だが何分件数が多い。天使の部下を総動員しても対応が後手に回る以上、根本への対処が難しい。見落としがあれば大変なことだ。

「基本、こういうのは襲撃側が有利ですからね」

 陽歌も情報を解析していた。高い霊力を持つ彼は、その方向から異変を捜索することになった。

「一応、被害者は時勢もあって変異ウイルスに感染、というカバーストーリーは流布していまスが……」

「犯人への心当たりってのは何です?」

 陽歌はアイオーンに犯人のことを聞く。敵が分かっているのなら、少し保護が手すきになってでも早急に仕留めた方がいいと感じたのだ。

「天界も一枚岩ではなくてですな。この延々と大きくなる世界の担当になって出世したい奴もおるんですわ。身内の恥は身内で濯がせてもらいます」

「水臭いですよ。僕らも協力します。白楼の人とか、それこそメシアンの人にも協力を仰げば……」

 陽歌は部屋を出て、協力してくれる人員を探すことにした。以前の事件で知り合ったクジゴジ堂の魔王軍、光写真館の面々など頼れる人は多い。

「ええっと……ソウゴさんは協力してくれそうだけど士さんは少し難しいかな……」

 スマホを見て廊下を歩くと、スマホの電話帳に楓子や六花の名前があった。あの一件以降、何かあればと連絡先を交換していたのだ。

「お前の未来を見せてやろう」

「うわびっくりした!」

 増援を選定していると、急に金色の鎧を着た怪しげな人物が現れた。

「我が名は究極生命体、アブソリューティアンの戦士、アブソリュート・タルタロス!」

「今忙しいんで後にしてください」

 究極生命体を雑にあしらう陽歌。だが、タルタロスはお構いなしに彼へ未来を見せる。

「お前の考えとは関係なく、この事件は解決へ向かうだろう。しかし、その過程で混沌としたこの世界はほどかれ、整理される」

「どういう……」

 このセプトギア時空は、管理していた神がアステリアによって撃破されたことで繋がり続ける世界へと変化した。それは近くにある時空を繋げ、混沌とし続けるというもの。最近で言えば、ちょっとしたきっかけでオラクルへ繋がってしまったり、ウルトラホールが開いてガラル地方へ行けてしまったりなどだ。

「この世界は元のループし続ける世界へ戻り、お前とユニオンリバーは別れることになる。そして問題はその後だ」

 ユニオンリバーのみんなとの別れ、それを聞かされた陽歌は冷静さを失う。最初こそ夢の様なもので、いつかなくなると思っていた。だが、今やなくてはならないものへとなったのだ。だがタルタロスは、それはさして問題ではないと続ける。

「そして間もなく、この世界はあるクーデターをきっかけに崩壊へ進んでいく。荒れ果てた地球をお前は三十年、友を失い彷徨うことになる。だが、その放浪の果てに三人の友と再会する」

「……」

 言葉だけでは信じられないが、タルタロスはその光景も見せていた。アメリカから発射されるICBMが東京へ着弾。それを切っ掛けに核が飛び交い、文明は失われた。陽歌は姿も変わらないまま、ユニオンリバーとの別れで再び失った腕を補うべく悪魔のそれを繋ぎ、長い旅の果てに全てが終わった東京へ戻った。そこで、変わらぬ姿の広谷小鷹と再会するのだ。

「しかし、幸福な時は短い。友とは違う道を往くことになる。一人は力を求めて悪魔と合体した。お前がそれで力を得た姿を見てな。そしてもう一人はお前を庇って死ぬが、神の奇跡で蘇る。だが、神の操り人形として地上を救うメシアに成り果てた。対立する友、蘇りかけた街は洪水で再び失われた。お前と小鷹はどちらにも付けず、やがて双方を葬り戦いを終わらせる。小鷹は望まぬまま、救世主へと祭り上げられるのだ」

 陽歌の異形と化した腕は血にまみれていた。養父母の想いが託された刀を握ることは出来ず、その手で友を殺す。義手とは違い、腕には生暖かい濡れた感覚が残っている。

「それから長い月日をお前は失意の中過ごす。長らく友とした天津神と国津神は抗争によりまたも別れ、どちらも封印されることとなる。お前はその解放を試みる内、破壊された東京はTOKYOミレニアムとして再生し、破壊の痕は下へ隠された。日の当たらない世界で地霊や妖精を慰めに生きていたお前だが、魔王の手で目覚めたクズリュウがミレニアムを破壊、太陽を取り戻したのも束の間、唯一神の放ったメギドアークにより地上の一切が消し去られる。絶え間ない喪失の末、お前は死ぬことも出来なくなった身体でただ一人、見捨てられた地球を彷徨うのだ……」

 陽歌は自分の未来を聞かされるだけでなく、半ば追体験させられていた。あまりの虚しさに、彼は立っていることが出来なくなった。呼吸は乱れ、目の前はぐらつく。

「運命を変えたいとは思わないか?」

「僕は……」

 自分だけの運命なら耐えられたかもしれない。だが、友達も巻き込む形になることが陽歌には耐えられなかった。これが本当だとしたら、今すぐにでもタルタロスの誘いに飛びつきたい。

「僕は……」

「フッ」

 陽歌が決断を下そうとした瞬間、謎の爆発がタルタロスを襲う。

「アブソリュートデストラクション!」

「クッ、なんだ?」

 タルタロスはマントで爆発を防いだ。攻撃を放ったのは安心院なじみだ。

「そんな名前だったかな? それにしてもよくないなぁ。その子は僕が先に唾つけておいたのに」

「フン、向こうもゼットとかいう未熟者が厄介になりそうでね。伸び代に期待したかったが……今回はやめにしよう」

 タルタロスは輝くゲートの中へ去っていった。陽歌は壁を支えに何とか立ち上がると、タルタロスの言葉の真偽を安心院に聞く。

「安心院さん……あの話は……」

「僕のスキルで調べる限り、本当だよ」

 タルタロスは嘘を言っていない。これまでも勧誘の際に偽りの情報を提示したことは無かったので、それは間違いないはずだ。それは絶望的過ぎる真実であった。タルタロスに横やりをいれた安心院さえ本当というのなら本当なのだ。

「じゃあ、運命は……」

「運命は普通変えられない。普通はね」

 打つ手なしか、と陽歌が諦めかけた瞬間、安心院は提案する。

「だが、君は運命を変えられる存在を知っているじゃないか」

「え……?」

 運命を変えられる。そんなもの、物語の主人公にでもならなければ不可能だ。だが安心院はそんな陽歌の思考を読み取って言葉を続ける。

「そう、主人公だ。正確には、その座を小鷹くんから奪い取る、もしくはダブル主人公として並び立つかだが……」

「それが出来れば……運命を変えられるんですか?」

 陽歌は安心院に問いただす。彼女自身がどんなに全能でも、他人を主人公に仕立てるなど可能なのか。

「出来る。実際に一回はやったことあるからね」

 安心院は前例もあるので可能、とあっさり言い切る。出来ないこと探しが趣味だった彼女には、出来ないことを探す方が難しいのだ。

「たしかに主人公と言うに等しい存在、何をしても成功し、勝利を約束された特別な人間。そんなものは千年に一人現れるかどうかの逸材だ。だが、それを生み出す為に僕はフラスコ計画を進めていたんだ。現に僕の予想からは反れたが成功はした」

「ん? 待って下さい。主人公がそんな特別な存在なら、そもそもタルタロスの言う悲劇の運命は……」

 陽歌は安心院の言葉に矛盾を見つける。主人公が勝利や成功の運命を持つのなら、タルタロスの嘯く小鷹の過酷な運命は存在しないはずだ。

「そうだね。だが、僕も主人公について深く調査はしている。彼らが約束されているのは『最終的』な『勝利・成功』であって『幸福』ではない。君もバッドエンドを迎える物語や、敵を打倒しながら主人公が報われない物語を知っているだろう? そもそも、勝利や成功が幸福に直結するとは限らない。華やかさなど無いが町工場で働き幸せな家庭を築く者もいれば、勝利を続けること自体に押し潰され自ら命を絶つ者もいる」

 たしかに多くの物語は、主人公に不幸が押し寄せる形で動き出すことも多い。

「うん、一番いい例は君のお父さん、浅野仁平かな? 彼は大戦でそれこそ主人公の様な活躍をしたが、ルシアを救うことが出来なかった。その後悔を胸にまた多くの人を救う話は置いておいて、何より最後に願った君の幸福が実の娘によって踏みにじられている。攻神七耶という主人公が絡むことで報われる物語になったが……」

 養父の話を出されると、主人公であることと幸福が繋がらないと陽歌は否が応でも自覚させられる。

「無論、攻神七耶やアステリア・テラ・ムーンスの様な主人公に託すのもありだが……彼女達はその役割を終えているから君の望む結末へ確実に持っていけるとは限らないね。君が彼女達を大いに信用しているのは知っているが、どれほどの力を持っていても神にはなれない。彼女達が君の期待を裏切ることになった時……君はどうするんだろうね?」

 どんどん逃げ道が塞がれていく。元々逃げる気など無かったが、やはり自分の手でやらねば成否はともかく胸を張ることは出来ない。

「もちろん、彼女達や他の主人公を巧みに援護すれば最悪の状況は免れるだろう。なにせ君はネタバレを見ているんだからね。だがそれは一つのストーリー、今回の冥界編を乗り越えるだけでその先への対応は出来るのかという問題は残る。サポート要員というのは時として自分が最大の足かせになるものだ」

 タルタロスの言葉通りなら、あの結末は複数の事件が連なって起きるもの。小手先でどうにか出来るものだろうか。

「さて、選択肢は示したよ。あとは君次第だ」

 安心院は悪魔の様に囁いた。それにしか飛びつかない、と道を作った上で。

「大破壊の東京を駆け抜けた悪魔使い、ザ・ヒーローの様に中庸で、人造の救世主アレフの様にあらゆる思惑を超え、東京の死と共に生まれた半人半魔の存在人修羅の様に異例で、鋼のシスコン番長鳴神悠の様にクールで、心の怪盗団が誇る切り札雨宮蓮の様に正義感を持ち、天才外科医月森孝介の様な神業を持ち、最強最悪の魔王常盤ソウゴの様に覇道を突き進み、世界の破壊者門矢士の様にあらゆる不条理を破壊し、悪から生まれた正義のウルトラマン朝倉リクの様に運命を変え、輝ける守り手アッシュの様にあらゆる悲劇に終止符を打ち、最高のゾイド乗りバン・フライハイトの様に青空と冒険を愛し、世界一のLBXプレイヤー山野バンの様に敵をも友とし、文明を束ねた超攻アーマーサーディオンの様に伝説となる……。そんな主人公に、君もなってみないか?」

「……」

 陽歌は即答することが出来なかった。あまりにもスケールが、背負うものが大き過ぎる。

「この秋波を君に送るのはこれっきりだ。とんでもない茨が敷き詰められた浅深の谷へ突き落す様な呼びかけだが……もし君が無理だと言うのなら僕が僕なりにみんなをサポートして最悪の結果は免れる様に努力しよう。君とも全く縁を切って手も貸さないなんて薄情な真似はしないさ。主人公になること以外で協力は惜しまない」

 安心院にも思惑がある様だが、それは見えてこない。

「僕は……」

 陽歌は、小鷹達のことを思い出す。もうかなり記憶も薄れたが、優しかった養父母が亡くなり、悲しむ間もなく見知らぬ土地で孤独に暮らすこととなった。それだけでなく、周囲全てが敵となり安らぐ場所がない。そんな時に助けてくれたのが雲雀であり、小鷹だ。

「小鷹がいなかったら僕は死んでいた……今度は、僕の番だ」

 決心は付いた。小鷹を守れるなら、主人公になればそれだけでなく大切な人を守れるというのなら、やるしかない。

「やります」

 陽歌のオッドアイは、異端たる双眸は揺らがない。

「その言葉を待っていたよ。では早速取り掛かろう。いつ事態が動いてもいい様にね」

 安心院はすぐに手順を開始する。まずは、初対面の時に警告した陽歌の過負荷についてだ。

「まずは君の過負荷を預かって小鷹くんに渡してくるよ」

「そういえば僕の過負荷って何だったんですか?」

 陽歌は時勢が時勢だけに、紹介された箱庭病院へ行けていなかった。そこも新型肺炎でてんてこまい、急用でなければ持ち込むのは憚れた。

「マイナス、と一口に言ってもスキルに昇華されるかどうかは人によって異なるんだ。スキルホルダーでないマイナスもそれなりにいて、君もその一人『だった』」

「だった?」

 マイナスだからといって能力があるとは限らない。異常性でもこれは同じで、例えば異常とも言える『ストイックさ』や『殺人衝動』があることが特殊な能力の発生に寄与しないこともある。その結果として高い科学力を得たり、訓練の結果様々な武器が使いこなせる様になることはあるが、異常性を持たない人間でもそれは可能だ。

 だが中には、異常な観察力と身体能力、頭脳によって他人の能力を完璧に完成させた状態で習得するスキル、強い罪業妄想が触れたものの腐敗を引き起こすスキルに反映されたりする場合がある。これは普通の人間には不可能な範囲だ。

「だが、君はマイナス成長を遂げてスキルに昇華させてしまった。以前、メシアンと戦った際に初めて発動したスキルの名は『吊られた幕(アンカーテンコール)』。君自身が幼い頃から植え付けさせられてきた、『自分は悪しき人間だ』という思い込みから生まれた『死という救済を許されないスキル』だ」

 陽歌のスキルは単純明快。死なない能力。通常の不老不死と異なり、ちゃんと死んでから復活する厄介なものである。

「つまり不老不死?」

「多分違うかな。再生能力がないからねこのスキルは。それに死を防ぐのではなく死が許されない、だから死にはするが蘇生するんだ。言うなれば老いて身体がボロボロになろうとも病んで機能が不全になろうとも死の苦しみに囚われ続ける」

 再生しないという一点において、想像しうる限りおぞましい結末が待っているスキルであった。陽歌は自分の妙な死ににくさの原因はこれではないかと考えた。

「じゃあ、何度も死にかけて霊力が上がったっていうのも……」

「マイナスだからそんな前向きな効果ないよ。それに初めて発動したのはつい最近……、多少補助はあっただろうけどスキルとしては形を成してなかったよ」

 しかしそうなるとマイナス成長の原因が分からない。劇的にスキル化した様にも捉えられるのだが。

「ん? でもなんでそんな急にスキルへ……」

「君が自分の出生を知ったからだろうね。今までは言いがかりに近いレッテル貼りに裏付けがされてしまった。エヴァリーくんはフォローも完璧にしてくれたし、君も養父母の愛を知ったが……君自身が意識していないところでマイナス成長が発生してしまったんだ。まぁこれは事実をいずれ知るだろうということを考えれば避けられないし、養父母との絆を強調したエヴァリーくんの対応は完璧だったよ」

 陽歌の意思とは逆に、強制的な近親相姦の末身ごもり、実母の命を奪って生まれたという事実はスキルに大きく影響してしまった。こればかりは陽歌が過負荷である以上避けられない事態だ。

「で、そんなヤバめのスキルを小鷹に?」

 陽歌はそんな危うそうなスキルを小鷹に預けるということに、抵抗があった。安心院は盛大なネタバレと共にその理由を話す。

「今回の敵はハッキリ言って、君達が追っている突然死事件の犯人だ。つまり君がその事件にもっと巻き込まれて、かつ小鷹くんをこの事件から引き離す必要がある。それにはこのスキルを貸すのが手っ取り早いのさ。僕から不老不死のスキルを貸してもいいけど、特別な能力の授与は主人公度を上げてしまうからね。君の主人公度を下げるおぞましいスキルを剥がしつつ、それを小鷹くんに上げれば主人公度の調整もしやすいのさ」

「なるほど……」

 一時的に貸すことで、あらゆる目的を同時に果たそうという魂胆だ。

「まぁつまりは君もこれまで以上に死にやすくなるからこの辺気を付けて……。話はアスルトくんに通してあるし彼女なら何か対策を打ってくれるだろうが、ちゃんと死ぬのは避けてね」

「あ、はい」

 というわけで、浅野陽歌主人公化計画が進行する。果たして、友の代わりに過酷な運命を引き受けた彼の行く末はいかに。




 いよいよ敵が動き出す。天使が命題を出していなかった本当の理由とは……?

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