騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
キリト
流派:ユニークスキル【二刀流】
ソードアートオンライン内で最も反応速度の速いプレイヤーに与えられるユニークスキル。彼はALOなどの他ゲームでもシステムに存在しない二刀流を使用する。
愛剣
エリュシデータ&ダークリパルサー
モンスタードロップ品の黒い剣、エリュシデータと刀匠リズベットの作である白い剣ダークリパルサーをセットで運用している。分類はロングソード。キリトは高レベルであるため高い筋力を持ち、重い剣を好むため双方ともに見た目より重量がある。
アスナを助ける為ALOに乗り込んだ際、バグによってユイのペンダントを除く全てのアイテムがクラッシュしてしまった際に破棄したので現在は所持していないものとみられる。
「え? 握手? うん、いいよ」
各地の惑星を探査する組織、アークスには特別な役職が存在する。それが複数あるアークスシップにつき数人しかいない『守護輝士(ガーディアン)』というものだ。彼らはその輝かしい功績から多くのアークスが憧れる。白い髪をツインテールにしている少女、マトイもその一人である。
「おーい、マトイ」
「あ、響、ジョアン」
そして、響とジョアンもまたその守護輝士の一人であった。所属する船は違うが、なんだかんだあってこの地位にいる為共に行動することもある。
「何してたんだ?」
「うんちょっとね。握手を求められて」
「有名人だな。そうだ、陽歌の並行同位体が現れてな」
響は陽歌を紹介しようとするが、ロビーを飛んできてしまったので置き去りにしていたことを思い出す。
「なんだ、この高さ飛び降りないんだ」
「飛び降りるアークスの方が少ないと思うよ?」
アークスでもそんなズボラな移動経路を使うのは少ない。やっと陽歌も合流出来る。
「意外と広い……」
「あ、でも小さいね」
姿は同じらしいが、身長が異なるのかマトイはすぐにそこを指摘した。
「な? ほら、角もなければ耳も尖ってない」
響は陽歌を引っ張って、髪を上げて額や耳を見せる。角はデューマン、耳はニューマンの特徴だが、両方持っていることがあるのだろうか。
「オラクル時空の僕はデューマンなんです? ニューマンなんです?」
「元々ニューマンでデューマンになったって言ってたな。テオドールより前だったから耳とか尖ったままだし、角は二本だしいろいろ違うみたいだがな」
「いくつなの?」
マトイは年齢を聞いてきた。多分ここも相違点なのだろう。
「9歳です」
「あー、そうか。こっちはもう二十歳超えてんだよな」
『やはり世界の根幹に関わらない人間の並行同位体はズレが大きい様でス』
アスルトの予想通り、そこまで世界にとって重要な人物でないためか差異も大きくなっている。
『もしもし? こちらシエラです。外部からの通信をキャッチしたんですけど、どうしたんですか?』
「シエラちゃん?」
アスルトの通信を傍受し、守護輝士専属のオペレーター、シエラからの連絡がマトイに入る。
『もしかしてこっちの偉い人でスか? どうも次元の穴にうちのスタッフが呑まれてこっちへ来てしまったみたいなんでス』
『そういうことなんですか。帰還について問題はありませんか?』
『うちには次元航行戦艦がありまス。それより、相談したいことがあるので回線を繋げてよいでス?』
『構いませんよ』
シエラはマザーシップの全知とも言える演算システムからバックアップを受けている為、アスルトの通信に罠が無いことくらいはすぐに解析出来てきた。
「んじゃ、覗き魔も消えたことだし飯にすっか」
「あのバナナ、よく覗いてますもんね……」
響とジョアンはシエラの覗き癖に慣れており、丁度いなくなったので休憩することにした。
「ちょっといいかしら」
「あん?」
その時、白い鎧の少女が声を掛けてくる。
「あなた達が守護輝士?」
「そうだが……」
響は少し辟易とした様な顔をする。普段から彼らはそれはもう面倒な雑事を押し付けられまくっているのでつい顔に出てしまう。
「困ったことがあれば守護輝士に聞けばいいと聞いたから。私はアスナ。他のゲームからコンバートしてきたの」
「ゲーム?」
アスナはゲームと言った。確かにジョアンの地球ではPSO2がアークス達の活動を監視するスパイウェアとして、ゲームという形で広まっていた。だが、今はただのゲームとなっておりログインと称してこのオラクルに来る者もいないはずだ。
「エーテル体で構成されてるみたいだが……」
「んじゃいつもみたいにあのバナナがなんかやらかしたんですかね」
響とジョアンは定期的に発生するシエラの妄想で具現化する、誰かのイベントを楽しんでいる姿を思い出す。あれはオラクルの地球に満ちるエーテルというエネルギーが思いを実体化しているのだが、今回もそれだろうか。
陽歌もPSO2の設定周りはある程度把握しているので状況は分かる。
「もしかして、ALOのアスナさんですか?」
陽歌は自分の世界の知識を使って対応する。
「うん、あなたもコンバートしてきたの?」
「はい。もしかしてキリトさんもこっち来てます?」
「そうね。あ、来たきた」
黒いコートを着た少年が後から合流する。
「お二人はこのゲーム初めてでしたね、軽く説明します。こちらへ」
「ん? おう……」
陽歌はキリトとアスナを連れて少し響達から離れる。
「すみません、少し今回は事情が込み合ってまして……」
「なんだ藪から棒に」
キリトとアスナは彼を同じくコンバートしてきたプレイヤーだと思っているので、その前提から覆す必要がある。
「これは現実です。どうやらこっちの世界の幻創体のメカニズムでPSO2にコンバートした時、何等かの理由でこのオラクルにリンクして発生した幻創体をボディとし、それをゲームで動かしている様な状態になっているみたいなんです。とても信じられないと思いますが……ALOの装備でなくなっているのもその証拠です。おそらくお二人にとっては忘れがたい装備かと」
「何? 本当か?」
「前に未来と繋がったことあるし、キリトくんもゲーム中に未来の存在であるシルバークロウと戦ったことあるじゃない。それの延長線みたいなものかな?」
かなりぶっ飛んでいた話であったが、彼らは似た様な事態を経験しているのですんなり受け入れてくれた。もちろん、陽歌はそれを踏まえた上で話したのだが。
「そうだ、ログアウトは……」
デスゲーム経験者であった二人は話を聞き、ログアウトの可否を確認する。ちゃんとログアウトは可能だ。
「よかった」
「とりあえず一安心ね」
二人は陽歌からの情報を聞き、行動指針を決める。
「とりあえずこちらも現実世界というノリで動きましょう」
「そうだな」
話が終わったので三人は響達と合流する。
「お、何の話だったんだ?」
「いえ、ちょっと軽く案内を……」
というわけで本題に入る。アスナは早速、この世界の衣装が気になっていた様子であった。SFチックでありながらファンタジーも併せ持つ世界観はファンタシースター独特のものだろう。
「ねぇ、みんなが着ている服ってどこに売ってるの? 少し装備が気になって」
「そうだね。じゃあショッピングに行こうか」
「だな」
マトイと響がその手のお店のことをアスナに教える。女の子三人でワイワイとショッピングに行くのだが、陽歌は少し違和感を覚える。
「んじゃ、俺達は少しクエスト行こうぜ。この世界の戦いを知っておきたいんだ」
「では、私がそちらへ」
「……?」
一見響の方がファッションに興味無さそうに見えたが、そうでもないらしい。
「とりあえず森林でも探索しますか」
「よし、行くか」
「あ、僕も行きますね」
陽歌はキリトとジョアンについていく。黒の剣士の技術を間近で見られる機会はそうない。それに、アークスの戦闘技術にも興味があった。
「ところで陽歌……くん、ダーカーをフォトンが扱えない者が倒すと危険があるのですが」
ジョアンはダーカーの性質故に心配をする。ダーカーは倒してもその因子が残り、戦った者を蝕む。この因子が溜まると狂暴化してしまい、最後にはダーカーへ成り果てる。フォトンを使える者ならこれを防ぐことが出来るのだが、それでも量が多すぎるとアウトだ。
「それは心配ないです。アスルトさんからそういうデータが来ているので」
だが、陽歌は義手の機能でそれを防いでいる。加えて、自身が持つ強力な穢れと浄化の力によってその他の呪いを受け付けない。
「ならいいのですが」
クエストカウンターに向かうと、見慣れた顔が近寄ってくる。サービス開始八年経ってもその戦闘能力が明かされないハンス氏である。
「おい聞いたぞ。陽歌パイセンの並行同位体が出たんだってな」
「噂流れるの早いですね」
あまりにも話が流出し過ぎて、ジョアンは呆れる。しかしこれには理由があった。
「いや、メディカルセンターのフィリアさんが並行同位体のフリした本人の脱走を心配しててな……」
「ああ……」
そんな話を納得されてしまい、陽歌は自分のことが心配になった。
「こっちの僕何したんだろう……」
「とはいえ無理が祟って寝たきり……よくて車いす何ですからそんなひょいひょい脱走出来ないでしょう」
ジョアンがオラクル陽歌の容態からそんなことはあるまいと思っていたが、この8番シップ、ウィンでは常識など通用しない。
「いや、検査の途中で脱走して車いすで爆走した挙句コオリに飛び蹴り喰らうまで止まらなかったから……」
「うわ……でもさすがにこの世界の車いすなら爆走出来ても……」
オラクルの自分のはっちゃけ具合に引く陽歌だったが、さすがにこの時空なら不可能ではない気がした。電車感覚で惑星を行き来できる世界だし。
「いや、あんなの」
「うわ普通の車いすですね」
ハンスが指さしたのは、メディカルセンターのスタッフが運んでいる普通の車いす。電気動力もなく、タイヤに連動した持ち手を回すタイプだ。
「まぁ見た目少し小さいし、すぐわかるだろ」
「とりあえず見かけたらユクリータさんに通報ですね」
「フィリアさんじゃないんだ……」
今度菓子折り持ってメディカルセンターに謝りに行こうと決心する陽歌なのであった。
@
陽歌、キリト、ジョアンの三人は惑星ナベリウスの森林へ来ていた。
「ナベリウスってソロモン72柱の悪魔でしたよね」
「マイナーな方かな。女神転生とかじゃきかねーし」
そんな意外な由来を話しつつ、森林の奥へ進む。森林で遭遇するのはオオカミの様な原生種、ガルフ、猿の様なウーダンと地球でも見かけそうな種類だ。
「そうだ、陽歌……くんは防具持ってますか?」
知り合いの方が浮かぶため度々名前を言いよどむジョアンは防具のことを心配する。ステルス化して見えないが、ジョアン達は防具を身に着けている。一方、陽歌は多少丈夫なパーカー一枚。そこは以前の都知事戦でも課題になったが、あまりいい改善策は上がっていない。
「あ、はい大丈夫です。これで……」
一応パーカーが防具である旨を示す。一応パーカーは強化を受けているが、十分と言い難いのも事実。
「こっちの二刀流はこんな感じか」
キリトはデュアルブレードを振り回して敵を倒す。ただ剣を振るだけではなく、刃が飛ぶという特徴がある。
「バウンサーは魔法が使えるのか、覚えておいて損はないな」
そしてこのデュアルブレードを使うバウンサーという職は魔法、テクニックが使用できる。キリトはこれまで、魔法が存在するALOでも剣専攻、シューティングのGGOでも剣メインと剣を軸にしてきた。
「自分でバフれるのは便利ですね。ファントムの時に思いました」
ジョアンもかつての経験を重ねる。便利、とはいえなんだかんだ気にすることが多いので自分一人で何でもやる、というのはそんなに利点があるというわけではない。
「抜刀か……」
陽歌はジョアンの技を見て考える。響も同じ剣術の使い手であるが、特に彼女はカウンターによる居合切りを多用する。陽歌も刀を使っているが、大きいので抜刀出来ない上、彼は手先の感覚が無いので適切な大きさの刀であっても難しいだろう。
「どっちかっていうとキリトさんのが近いかな?」
アークスの刀技術は独特で、陽歌の戦い方に近いものは無かった。ヒーローソードが近いだろうが、あれは刀の見た目をした大剣という感じであり刀の反りや構造も活かした陽歌の戦法には合わない。
「ん?」
ふと、陽歌は何者かの気配を感じた。森の中から怪しげな衣装を着込んだ男達がわらわらと出てくる。
「なんです? アークスでもない人がこんなに……」
ジョアンはレーダーで確認するも、アークスであるという反応はない。男達は突然、妙なことを言い出した。
「ずんずん教だ!」
「ずんずん教だ!」
「はい?」
もう変な集団としか形容の出来ない集団は陽歌達を取り囲む。
「このゲームの敵勢力……じゃねぇな。しかしどっかで聞いた様な……」
キリトは剣を構える。しかし僅かにその切っ先はブレていた。
「我々はずんずん教……お迎えに上がりました、ジョアン・ジョセフィーヌ……我らが新たな聖母よ」
「は?」
男達、ずんずん教はジョアンが狙いであった。
「こういう役割は響だと思ってたんですがね……」
「響さんって一体……」
ジョアンは呆れた様に言う。響は並行同位体の都合、そんなに重要な役割は持っていなさそうだが、それよりも問題はずんずん教だ。
「では早速、我がカテドラルにご案内したしましょう……」
「ふん……」
ずんずん教徒がジョアンに近づくと、居合切りで見事に吹っ飛ばされる。
「案ずるな、峰打ちだ」
「いや、それでもその速度で殴られたら痛いと思うけどな……」
宙を舞って地面に落ちるずんずん教徒を見てキリトは困惑する。確かに痛そうだ。
「面倒なので先行きますよー」
「あ、待ってくれ!」
「失礼しまいしたー!」
ジョアンがアサギリレンダンでそそくさと去ってしまうので、キリトと陽歌は必死に追いかけた。
「げほっ……げほ……」
「大丈夫か?」
すっかり現実ということを忘れて全力疾走した陽歌は息切れを起こしていた。最近忘れがちだが、内臓が結構ないぞう、という状態だった。
「もうパイセンと身体入れ替えた方がいいんじゃないんですか? そっちの身体なら無茶も悪さもしないでしょう」
「でもこっちは若いですからね……これからですよ」
ジョアンはそんなことを思うが、年齢はこちらの方が下。下手をすると大復活の恐れがある。
「でもこっちの僕って一体なんなんです? そんなにヤバい人なんですか?」
「ヤバいというか……厄介な人です」
ジョアンに詳細を聞くと、オラクル陽歌という人物像が僅かに浮かび上がってくる。
「もう十二年前になりますが……ゲッテムハルト、メルフォンシーナとパーティーを組んでいたんです。ですがその時起きたダークファルスによるアークスシップ襲撃でメルフォンシーナを失い、陽歌先輩は再起不能の重傷を負ったそうです。ですが何をどうしたのか復活を遂げ、あんなキャラに……。というのも、パーティーメンバーを失ったショックなのかゲッテムハルトを心配させない様に道化を演じていたのか……多分響さんの方が詳しいでしょうけど」
キリトは話を聞いて複雑そうな表情をしていた。彼もまたパーティーメンバーを失った経験がある。いくら実際に死が付き纏うとはいえ、ゲーム内の死はキャラが消滅するだけだ。だが現実では冷たい遺体が残る。
「お、それよりボスという名の雑魚ですよ。ファングバンシーです」
ジョアンは最深部で待ち受ける巨大な猫科の生物を指差す。
「うわでっか」
「そうか? まぁ確かに動物として見るとデカイけど……」
フルダイブゲーム慣れしているキリトはそうでもないが、陽歌からすれば巨大な肉食獣という化け物だ。
「よーし……」
とにかく慎重に見極める陽歌。あの爪を喰らえばひとたまりもないだろう。
「スターバーストストリーム!」
先行したキリトが二刀流の乱舞を叩き込む。が、派手な見た目とは裏腹にダメージはそこまで与えられていない。
「その技は……」
「うーん、やっぱシステムが違うとダメか」
ジョアンは技捌きがただならぬものであることを見抜いた。バウンサーのそれではないが、高等な二刀流剣技であるのは確かである。
「仏陀斬り!」
陽歌は刀に赤い炎を灯し、ファングバンシーの足を斬る。切断は出来ないが、足の腱を切れば動きを抑えられる。
「そっちは出来るのか」
「こっちに来ている理由が違いますからね」
キリトはPSO2というゲームのプレイヤーとして来ている故、外のゲームで身に着けたスキルは通用しない。しかし陽歌は直に吸い込まれてきているため、現実のスキルが使えるのだ。
「とっとと片付けます」
ジョアンは刀を抜き、ファングパンサーを攻撃していく。三人で戦っているため、即座に倒すことが出来た。
「クエストクリア、ですね」
「あのずんずん教、シエラさんに報告しますか?」
陽歌は既にアスルトへ先ほど出会ったずんずん教という怪しげな集団の報告は済ませてある。アークスへの報告はアークスに任せるのがベストだろう。
「いえ、たしかにナベリウスに原住民はいないので不審ではありますが……弱っちいしめんどくさいし放っておきましょう」
ジョアンは放置を決め込んだ。キャンプシップに戻ると、ジョアンは倉庫の端末を操作し、何かを取り出して陽歌に渡す。
「ウエポンズバリアです。三枚……これを身に着けていれば多少マシかと」
「ありがとうございます」
防具問題はひとまず解決。最大まで強化してあるこれが三枚あれば概ねどうにかなるというレベルの代物だ。
「ずんずん教か……聞き覚えあるし、思い出してみるか……」
キリトもずんずん教について頭の隅に置いておくことにした。最初の探索は平和に終わった様に見えたが、不穏な影が動き出していた。
剣士データ
ジョアン・ジョセフィーヌ
流派:ブレイバー
響と同じブレイバーであるが、彼女以上にカウンターエッジを使いこなす。同じクラス、同じ武器でも性格によって戦い方が大きく変わるという好例である。
愛刀
呪斬ガエン
禍々しい見た目に反して、光属性の刀。響と同じく武器フォームチェンジで見た目を変えているため、正確な武器は分からないが戦法からしてカウンターエッジの威力を上げる能力がある『レンゴクトウグレン』ではないかと思われる。
この武器はオラクル時空にやってきたグラール太陽系の科学者、エミリア・パーシヴァルが友人、シズル・シュウの愛刀のデータを提供してアークス内で改良されたものと噂される。