騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 天使とは、何か。天から遣わされた神の使い。故に人は翼を持つ美しき存在を天使と認識し、そう呼び、言い伝えた。
 だが、人々に語り継がれないものが存在しないという保証はない。天使と呼ばれなかった神の使いがいた様に。


天界騒乱

「なぜだ! なぜ貴様らがあの世界の担当なのだ!」

 天界では上位神の決定に不満を抱くものがおり、反乱も起きた。そのリーダーは捕縛され、今にも牢獄へ連行されようとしていた。

「さぁ、なぜでしょうなぁ」

「お前の先輩の天童世死見とかいう奴も! 地上を任される器ではなかった! なのになぜ!」

 天使アイオーンに歯向かったものの、敗北は早かった。まさに傲慢。神に直接歯向かわなかったおかげで堕天を免れている状態に過ぎない。

「まぁ全ては上の決定どす。うちも面倒さかい押し付けられれば押し付けますが……そうもいかんので」

「貴様ああああ!」

 自分が欲しがった地位を面倒の一言で済ませるアイオーンの態度にリーダーは激昂した。天使アイオーンが今の地位に就くまで、この様なちょっとした騒乱があったことはもはや当事者でさえ遠い思い出になりつつあった。

 

 @

 

「滅死使い……ですか?」

 喫茶店、ユニオンリバーで天使アイオーンは犯人の心当たりについて話す。近年頻発している不審死事件、その実行犯はかつて天界でその地位を争った種族であると。

「なんだ、お前みたいに命題出して遊ぶ奴が他にもいるのか」

「人聞きの悪い。うちはクリアできる課題しか与えまへん」

 七耶はすっかり天使に振り回されているので、そんなものがさらにいると聞いて戦慄した。

「滅死使いというのは見た目こそ天使に見えるかもしれまへんなぁ。アジア人がヨーロッパ人の区別付かないのと同じどす。せやけど、天使が死んだ魂を回収する、死神が時を迎えた命を刈り取る存在なら滅死使いは直に死を与える存在どす」

「直に死を?」

 陽歌はそのあり方に異質さを覚えた。それは則ち、まだ生きれる命すら奪い取るということだ。死神も似た様な存在として描かれることが多いが、手にしているものが収穫用の鎌であることから基本的には熟した、つまり寿命を終えた魂を取りに来る存在だ。

 死を告げる存在としてバンシーの様な妖精も上げられるが、それは死を察知するだけであって直接の死因にはならない。

「それってもう怨霊なんじゃ……」

「能力に差異はあれ、身体に張り付いた魂を斬り離して天界に持ち帰る。その仕事は共通ですな。だが奴らはその職能を濫用した……」

 その結果が今の状態ということだ。

「幸い、まだ具体的な死因を起こせる滅死使いが育っていないのか身体は無事な場合が多いんやけど……」

「なんだ話が早いじゃねぇか、とっととぶちのめしに行こうぢぇ」

 七耶は犯人が分かっているのなら、と当然の如く殴り込みを提案する。ただ天使は言葉を濁す。

「相手は無条件に死を与える存在さかい、メンバーは無生物を選出するしかないどすなぁ。それに滅死使いは反乱した時に牢屋へぶち込まれたけど、その牢屋が事故で吹き飛んで全員即死亡……。反乱しなかったメンバーも職能を上位神に返還し天使に鞍替えしたんでもういないはず……」

「死体は確認したんですか?」

 陽歌は死んだと聞き、重要なことを確かめる。大体こういう時に死体が確認できないと生きているのはお約束だ。

「それはもう酷い事故どすからなぁ……死体はバラバラになった上牢屋は三年も燃え続けて白骨に……」

「それじゃあ死んだのは確認出来ても、全員が死んだかは分からないですね……」

 死んでいたと思っていたものが生きていた。こうなると犯人が分かっても居場所が分からない。故に天使も滅死使いによる死者を保護するしか対応できないでいた。

「お前か、天使アイオーンというのは」

 話をしていると、急にルイスが出現した。時間停止をしてここまできたのだろう。

「うわびっくりした!」

 気配に敏感な陽歌も流石に時間を止められては叶わない。

「お前あの時の!」

 ルイスの出現に七耶は警戒する。一応積極的に敵対はしていないが、味方というわけでもないのだ。

「うちどすが?」

「なら話は早い、死ね」

 ルイスが殺意を満ちさせた瞬間、二人の姿が消える。いつの間にかルイスと天使は外に出て激闘を繰り広げていた。拳のぶつかる余波で店が地震かの様に揺れる有様だ。

「穏やかじゃありませんなぁ」

「先に喧嘩を売った方が言うセリフか。配下を送り込んで民間人を殺させるのが天使という生き物なのか?」

 話を聞き、陽歌はルイスの近辺にも滅死使いが現れたことを知る。

「まさか、滅死使い……」

「なるほど、近くで突然死した奴を巻き戻せば犯行の瞬間を捕まえられるな」

 七耶は直に見たわけではないが、さなからルイス、魔獣ジャバウォックの能力を聞いていた。時間を止めるだけでなく、巻き戻すことも可能なのだ。

「それはうちの商売敵の仕業どすなぁ。捕まった瞬間うちの罪をなすりつけるとは汚いさすが滅死使い汚い」

「ふん、俺は騙されたのか。まぁいい、お前も怪しいから死んでもらう」

 時折時間停止が挟まるのか、二人の位置は突然変わる。

「お前……止まった時間の中を動けるのか?」

「天使どすからなぁ」

 時間停止に対応して反撃している、というよりは時間が止まっても自分は止まらないという方が正しいのかもしれない。

「巻き戻しても戻らねぇのはどういうことだ?」

「戻る時間より早く進めばなんてことないどすなぁ」

 巻き戻しにも、まるでエスカレーターを逆走するかの様な状態で対応。

「これがヤムチャ視点……」

「あーもうめちゃくちゃだよ」

 三つの文明が作った最終兵器にこう言わせるレベルの戦いが繰り広げられていた。しかしルイスは自慢の時間停止を封じられ、天使は元々戦闘向きでないことが災いして、互いに千日手という状態が続いた。

「っ!」

「おおっと」

 その時、上から時計の振り子らしきものが落ちてくる。

「ふん、同時に始末出来れば上々と思ったが……うまくいかんもんだな」

 上空には時計に腕の生えた化け物が浮かんでいる。人間より少し大きい程度だが、異質さが目立つ。

「我が名は寿命を司る滅死使い、テンジュエル! 天使アイオーン、そして死に縛られた下等生物の分際で我らの活動を阻害し、我が同胞を痛めつけた者よ。貴様らに裁きを下す!」

「……漁夫ればよかったのに」

 陽歌はそのうまくやれば弱った片方と戦うだけで済んだ状態を自ら台無しにしたテンジュエルに呆れた。

「お前の目的はなんだ? この命題天使に成り代わって天界を支配することか?」

 七耶は担当直入に滅死使いの目的を聞く。天使と争い負けたということは、可能性としてはそれが一番だろう。何のメリットがあるのか分からないが、世の中には実用性はともかくマウント目的で地位を欲する者もいる。

「それはもちろんだ。そして、我々は死の概念そのものを手に入れる……」

「概念を?」

 概念の入手という分かる様な分からない様な目的に陽歌は戸惑う。アイオーンの方はそれですっかり敵の目当てを見抜いていた。

「それなら尚更のことここで始末をつけへんとあかんなぁ。あれはおいそれと弄っていいものではありまへん」

「では、このテンジュエルの力で早々に朽ち果てるがよい!」

 テンジュエルは身体の時計の針を高速で回し、ハイテンポな柱時計の音を鳴らし続ける。

「これは……」

 陽歌が急激に成長し、背丈が伸びる。寿命を司る。つまりはこの一帯の時間を早回しにして寿命を削り取っているのか。

「まずい! お前は逃げろ! 人間の寿命じゃすぐ死ぬぞ!」

 七耶が逃げる様に指示したものの、陽歌は十年ほど成長して止まる。そう、時間を操れるのはテンジュエルだけではない。

「馬鹿かお前。俺が同じ速度で巻き戻せば意味ないだろ」

「何ぃー!」

 ルイスが巻き戻しで相殺してしまった。目隠しを取り、目の力を最大限引き出して対抗する。

テンジュエルが早回しの倍率を増やせば増やすほど、ルイスも巻き戻しの倍率を増やす。時計の針は竜巻の様に回り続けたが、バキっといやな音がして針が落ちた。

「うげえええ!」

 秒針が一秒に六度動くことを想定している時計をミニ四駆のタイヤばりに回せば当然壊れる。秒針一秒六度、その一周に対応して分針が六度、分針の一周で時針が三十度回る様にするため、時計というのは複雑な歯車の組み合わせになっている。

 テンジュエルが果たしてそんな構造かはさておき、身体の一部をそんな回せば無理も来るというものだ。

「ちっ……さすがに疲れた……」

 ルイスも眼精疲労を感じ、目を閉じる。すぐに陽歌を戻してはくれなさそうだ。

「よし、これで!」

 成長した陽歌は刀を呼び、攻撃に移る。背が伸びたとはいえ、元々この刀は背の高い人間に向けて作られたもの。多少収まりは良くなっているが、十九歳男性の平均より小柄に育った陽歌にはまだ大きい。

「そういえば十年バズーカ使ってもそんなに伸びなかったな」

 七耶は以前、陽歌が十年バズーカで大きくなった時のことを思い出す。男っぽくなるどころかますます可愛らしさに磨きが掛かってしまった。

「十年バズーカと違い、きっちり霊力も十年分! 喰らえ!」

 陽歌が刀に赤い炎を纏わせると、周囲一帯が炎に包まれる。

「これは……」

「あいつ、能力も伸びたのか」

 七耶とルイスはテンジュエルの最後を悟った。本来なら一瞬で寿命を削り取れるので問題にならなかったのだろうが、この技は相手の成長も起きる諸刃の剣だったらしい。

「領域展開。創世終焉火之加具土命(エンドマーク・ヒノカグツチ)……。ここがお前の最終フレームだ」

「固有結界どすか?」

 天使はこの炎の性質を理解する。現実を上書きし、自身に最適な空間を生み出す類の能力であることには間違いない。

「この程度なら逃げれば……」

 状況が悪いと感じたテンジュエルが逃走を図る。

「あ! 逃げるぞ!」

 さすがに天使と争った滅死使いを名乗るだけあり、一瞬で姿が消えた。七耶の超科学レーダーの範囲からも消え去る鮮やかな逃亡劇。しかし、陽歌は刀を収めただけであった。

「終式仏陀斬り」

「ぎにゃあああああ!」

 が、何故か逃げたはずのテンジュエルが結界の中で切り裂かれ燃えていた。

「なるほど、この結界に入ったら『未来』が無効化されるんどすなぁ……」

「は? インチキ効果も大概にしろ」

 天使の分析にルイスが異を唱える。

「お前が言うな」

「まぁ、それも陽歌はんが成長しないとここまでのものにはなりまへんし、こっちも領域を作れば即死亡は免れますがな」

 天使の言う通りであるが、発動されたらほぼ死である。テンジュエルの様に逃げても『逃げた』という未来が『作れない』。

「こんな……馬鹿げたことが……私は……死を克服した選ばれしニューカマーに……崇められる存在に……うぼぁあああ!」

 テンジュエルは爆発四散した。それと同時に炎が消え、元の景色に戻る。

「チッ……」

「あ、戻った。ありがとうございます……」

 ルイスは時間を巻き戻して、早急に陽歌を元の年齢に戻す。

「勘違いするな。結界に入った瞬間こっちのすることなすこと無効化とか勘弁願いたいだけだ……」

 いくら時間を操作して巻き戻せるといっても、『時間を巻き戻した』という未来自体が結界に入った時点で作れなくなっては技の発動を無効化出来ない。『時間を操作する』という未来が作れないという環境を生み出せる陽歌とは敵対したくなかった。今のうちに始末する、という手もあるが、幸い陽歌自身が穏健な上、厄介な滅死使いへの対抗手段にもなる為先を考えるとそれも浅慮だ。ならば味方にする方がいい。

「それと、頼みたいことがある」

「ああん?」

 ルイスは七耶に向き直る。この場ではユニオンリバーを動かす権限があるのは彼女くらい、と思ったのだろう。

「なんだ今更……っておい!」

 さすがに敵対寄りの中立勢力から頼まれる筋合いはない、と思っていた七耶だったが、ルイスが土下座をした時点でただならぬものを感じた。

「俺も滅死使いの撃破に協力する。だから……身柄を守ってほしい人間がいる」

「……話は聞くぞ」

 誰とも協調をしようとしなかったルイスがそうまでして何かを守ろうとしている。七耶はその意思を無下には出来なかった。こうして、月の魔獣が味方に付き、真の敵『滅死使い』との戦いが始まった。

 




 寿命を司るテンジュエル
 抵抗の炎ショウシエル
 悲しみの落水ドザエル
 欲望の果てラスエル
 不浄と病みのコクシエル
 苦痛の解放者スワサマル
 不意と不慮の不幸アクシデマル
 不毛の大地ガシエル

 我ら滅死使い、天使に成り代わり死を司り、人に進化をもたらさん

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