騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
青龍末妹。起動日が同じため、ヴァネッサと同い年。何に対してもキラキラした目を向ける純粋な子。遊ぶことが大好きで武器も実銃と同じ威力にしたクラッシュビーダマンにしてしまうほど。
東京都吉祥寺。この場所でとある集会が開かれようとしていた。
「現在、ドランカ製薬に対する集団訴訟を行っている原告団が集会を開いています。この情勢下で密になる集会を開いていいのでしょうか?」
取材に来ていたテレビクルーはドランカ製薬という巨大製薬会社からスポンサードを受けているためか、隠すことなく偏った報道をする。
「ったく、疫病への対応を盾に逃げ回ってた奴の言うことかよ……」
そのせいか、集会に参加しているごく普通の小学生男子にもツッコミを受けてしまう。
「へぇ、君が陽歌くんの友達……」
「ああ、広谷小鷹だ。よろしくな、クロード」
小鷹は茶髪の少女、クロードに声を掛けられて返事をする。そろそろ異性を気にする年頃である小鷹だが、クロードは服装がボーイッシュなこともあってあまりそういう意識は向かない。顔立ちはいいし文句のない美少女なのだが、本人もフランクなせいだろう。
「相手が相手だけに四聖騎士の力を借りられるのは心強いぜ。さぁどこからでも掛かってきやがれ!」
小鷹は現代ナイズされた輪ゴム鉄砲の玩具を構えて周囲を警戒する。ドランカ製薬はこれまでも健康被害を訴えた原告団に物理的な妨害を加えてきた。そのため、小鷹は本来用事のある友人の陽歌に代わってここに来た。かつて守れなかった友を守るため、磨き上げたスキルを発揮する時だ。
「今のところ怪しい気配は無しっと」
クロードも銃の様なデザインをしたビーダマンを手に警戒を続ける。彼女のビーダマンは改造によって実銃と同等の威力まで底上げされている。小鷹のゴム銃も頑張ってはいるが、子供がワゴンセールからかき集めた玩具とは比べ物にならない。
「いやー、まさか暗黒メガコーポとバトれる日が来るなんて思わなかったよ! しかも製薬だよ製薬! もうこれバイオがハザードしてレジデントなイービル飼ってるよね!」
敵が敵だけにクロードは目を輝かせて興奮していた。もしそんなものに襲われたら被害がヤバいので、小鷹は何も起こらないことを祈っていた。
「そうだ。これ持っておいてよ」
「ん?」
そんな小鷹にクロードがある水色の小さな銃を渡す。子供の手にも収まるハンドガンだ。
「アタックガールガン。うちの会社が仕事中にとっ捕まえた奴から設計図奪って作ったんだ。光弾の出る銃だよ。オプションも多くて面白いんだこれ」
「ビームガンか、助かる」
小鷹はアタックガールガンを受け取る。彼は実銃の扱いも射撃技術と共に学んでおり、撃つ意思がない時は指を引き金に掛けない。
「小鷹ってごりごりの近接派だと思ったけど、遠距離専門なんだね。意外」
「まぁ俺も接近戦主義だったがな……」
クロードは小鷹のイメージから、彼の友人の雲雀と同じで肉弾戦を行うものと思っていた。本来はそっち寄りの人間なのだが、転向したのにはわけがある。
「前面に出るのは雲雀がやってくれるし、あいつを近くで守って戦えるからな、これは。二度と離れないっていう約束だ」
友達の陽歌を守ることを念頭に置いた選択。彼の傍にいながら敵を倒すには銃がベストだった。
「ま、こんなに頼れる味方が山ほど出来た今じゃ半端な銃撃スキルは却って邪魔かもな。狙撃ならレオナさんがいるだろ」
「えー? 中距離射撃も結構大事だと思うよ? マークスマンってやつ」
とはいえ今となっては必要な様な無駄な様な。再会は果たせたが、自分より強い味方がたくさん出来たので性に合っている近接職に戻ろうか悩みどころだ。遊び好きな面なのか、それともエヴァの受け売りなのかクロードは妙に知識があった。
「マークスマンかぁ」
マークスマンとは通常の狙撃手とは違い、小隊と共に行動し、少し離れた目標を撃つ役目。小隊の中で射撃スキルに秀でた者が選ばれ、狙撃銃こそ持たないが若干のカスタムとパーツ選別で精度が上がったものを支給される。
「ドランカ製薬は献金により不当に福祉事業の立場を得て、粗悪な人工臓器や埋め込み式義肢をばらまき、私腹を肥やしてきました」
だべっていると、集会が始まった。小鷹の友人、陽歌は質の悪い義手を付けられていた時期があり、この原告団に参加する資格があった。ただ、本人としては後の為他の人の為ドランカ製薬を潰しておきたいという気持ちと、あまり人が多いところに行きたくない気持ちがあった。
小鷹もドランカのしていたことを考えると彼を危険に晒せないので、代理で行くことにしたのだ。
「なんだ?」
集会をしていると、上から何かが降ってくる。サーベルを持ち羽根飾りをした、黄色っぽい骸骨だ。かなりの数がおり、会場はパニックに陥った。
「ベイコク! 幽鬼……悪魔だ!」
「なんだそりゃ?」
敵の正体を察知したクロードがビーダマンの銃口を向ける。同時に誰かからの指令も受け取っていた。
「これは……術者がいる悪魔みたいだね。ストックの悪魔空っぽになるまで搾り取ろう!」
「いやさっさと根本絶とうぜ……」
クロードが発砲すると、ビー玉がベイコクの頭蓋を砕く。しかし数が多いので即座に片付けるともいかない。だがクロードは戦闘を楽しんでいるのか、派手に動いてベイコクのヘイトを買って間接的に人々を守っていた。
小鷹が召喚者の取り押さえに掛かる。
「あいつか!」
教えられることもなく、彼は黒幕を見つけた。腕に機械を付けた男と、その取り巻き三人。見るからに怪しすぎる。
『それで合ってるよ。敵は悪魔召喚プログラムで悪魔を呼んでるけど、こっちに回した分以上は出せないし使用者はただの人間……だってさ』
「うわ、声が」
突然、クロードの声が小鷹の耳に響く。これは一応アタックガールガンの通信機能である。
『その銃は殺意に呼応して威力が上がる様にしてあるから、その気がなければ当てても死なないよ!』
「おら待て!」
クロードからのお墨付きを得て、小鷹は正確な射撃で取り巻きボディに弾丸を当てる。こういう場合、手足に当てろだのヘッドショットしろだの外野が騒がしいのだが、動きまわる身体の末端に当てるのは困難であることに加え、拳銃弾でも当たれば致命傷。ゲームとはわけが違うのだ。
「ああん?」
首謀者に銃口を向けた小鷹だったが、誰かが割り込んできて射線を塞がれる。
「待て! 小沢!」
迷彩コートの少年が首謀者、小沢を追っていた。小沢も少年も小鷹より年上なので比較的足が速い。無関係な人間を非殺傷とはいえ撃てないので、小鷹は小沢がビルに逃げていくのを見るしかなかった。
「チッ、逃がしたか……だが場所が分かれば深追いは……」
そのビルはどうもドランカ製薬の支社らしい。場所と敵の関係が分かれば問題ないと思ったが、少年がビルに乗り込んでしまった。
「あ、おい!」
『どうしたの?』
「一般人が術者の逃げたビルにそいつ追って入った! ドランカ製薬吉祥寺支社だ。危なそうだし、追って保護する!」
小鷹は一般人を放っては置けないので自分も突入する。自分も一般人ではないかといえば微妙なところだが、随分人生変わったものである。
『あ、ずるーい! 基地潜入したい!』
「いや連れ戻すだけだから。制圧じゃないから」
秘密基地っぽいものにわくわくするクロードを放置して少年の後を追うと、ビルの地下へと進んでしまう。そして、彼は霊安室で小沢を見失った様だ。
「チッ、逃がしたか?」
「あの、すみません」
小鷹は少年に声を掛ける。
「なんだ?」
「ここは危ないので出た方がいいかも……俺は広谷小鷹。ユニオンリバーってトラブルコンサルタントで手伝いをしてる」
向こうの方が年上だが、敵が悪魔を召喚出来る以上丸腰は危ない。
「んなもん承知だ。小沢を始末せにゃならんからな。この辺を仕切っている西谷照呉だ」
照呉と名乗った少年はこの辺りに蔓延るカラーギャングの様なものなのだろうか。
「あの術者を知っているのか?」
「ああ、あいつは後から来たくせに金と親父の権力で好き放題だ。おかげでこの吉祥寺はめちゃくちゃだ。今日こそあいつを討つ」
「はえー、不良の世界も大変だな……」
あの術者、小沢はかなりいいとこの坊ちゃんらしい。だが暴力のユニオンリバーにはそんなこと関係ない。
「とにかく悪魔を呼ぶ術を相手は持っている。危ないからここは俺に任せ……」
「心配はねぇ」
照呉は銃を持っていた。ハンドガンの様だが、未成年が銃器を所持出来るものなのか。
「エアガンの改造か……」
「よくわかったな。ガスガンだけどな」
一応は合法に手に入るガスガンを改造したものである。一般人相手には危険だろうが、悪魔相手では心許ない。
「しっかし小沢の馬鹿はどこに行ったかね。まさか隠れているわけじゃ……」
照呉は霊安室の棚を開けて確認する。袋にも入っていない腐敗した死体が入っているというおぞましい状態だ。
「うへぇ……」
「なんだ……こいつは」
小鷹は顔をしかめるだけだが、照呉はさすがに引いた。ただ腐敗しただけではない。出血などもしていて、まるでゾンビの様だ。
「指令室。ビルの霊安室で感染者だと思われる遺体を見つけた。これはやべーもん見付けちまったぜ」
「感染者だぁ?」
小鷹は以前の事件で発覚したTウイルスの感染者だと気づき、指令室へ連絡を入れる。特に通信機を持たなくても交信が出来るのがアタックガールガンの利点だ。
「ああ、ラクーンシティの事件で広まったウイルスだ。今やワクチンが開発されて兵器としての価値はないって聞いたが……」
「こんな気味の悪いとこでもあの小汚い小沢のことだ、隠れてるに違いねぇ」
ネタが割れて気が大きくなったのか、照呉は次々に棚を開けて小沢を探す。不気味なゾンビからこれから使うのであろう綺麗なものまでより取り見取り。その中に知った顔を見つけ、小鷹は戦慄する。
「何……? こいつは……」
「知っているのか?」
去年、ウイルスに感染して死んだと聞いたかつての担任であった。金湧で陽歌を長年虐待していた主犯の一人で、死体はBSAAが回収したはずであった。
「ん? 他のとなんか違わねぇか?」
この人物を知らない照呉は死体の異変に気付く。他のゾンビに比べ、肌が赤い。そしてなんと、まだ息があるではないか。
「離れろ! 様子がおかしい!」
小鷹は照呉の手を引いて死体から離れる。その死体は起き上がり、爪を伸ばして彼らに襲い掛かった。
「ゾンビのくせに早え!」
その速度は生ける屍のイメージを覆すほどであり、何より狂暴だ。
「ヨ……カ……」
「死んでも面倒な野郎だ!」
小鷹は躊躇うことなくその胴体に銃弾を浴びせる。いくら痛覚がないとはいえ、これほどのダメージを受ければ動かなくなるだろう。急いで部屋を出た二人はその辺にあったロッカーで扉を封じ、小沢を探すことにした。
「こんなもんまであるとはな……下手な悪魔より厄介だ」
「小沢ってのが悪魔を使ってるのは有名なのか?」
昨年、転売屋が悪魔を呼び出すプログラムを使ったという情報があったためその類が出回っていることは明らかであった。今回の敵、小沢もその一人。大抵は呼び出した悪魔を扱えずに自滅するが、奴は多少なりとも小賢しいらしい。
「ああ。何としても奴を倒さねぇとな」
二人は地下のある部屋までたどり着く。不気味な爬虫類の化け物が入ったカプセルが並ぶ、機械だらけの部屋だ。
「見つけたぞ! 小沢!」
「ふん、西谷か……お前ごときが俺に勝てると思っているのか?」
小沢は手下がいないながら、悪魔召喚プログラムを持っているためかかなり強気だ。小沢が腕の機械を操作しようとした瞬間、小鷹はそれを撃ち抜いて召喚を阻止する。
「ぎゃああ!」
「呼び出すのを待って貰えると思ったのか?」
機械はバラバラになった。弾丸が貫通したのか、腕を負傷した小沢は血を流してよろけながら機械に触る。
「くっそ……多少痛めつける程度で済ませてやろうと思ったのに……もう手加減できねぇぞ!」
それは化け物を操作するものらしく、カプセルを割ってトカゲやカエルの様な化け物が出てくる。おそらく耐久力は変異した担任以上だろう。アタックガールガンでは火力不足かと思われたその時、小鷹と照呉の後ろからクロードが現れる。
「ふうん……ハンターβにハンターγかぁ」
「なんだ? ガキか? なんでこいつらのこと……」
バランスが悪いだろうに、器用にクラッシュビーダマンをくるくる回してガンプレイをしつつ、獲物を見定めるクロード。
「やっぱこういうのいるんだねー、さっすが暗黒メガコーポ!」
その筋の人間からは、とっくに旧式化した生物兵器。ましてや彼女は四聖騎士だ。囲まれてピンチ、どころか待ってましたと言わんばかりだ。
「そんな口を聞いていられるのも、今のうちだ!」
小沢の号令でハンター達が一斉に飛び掛かる。クロードはビー玉を連射し、その脳天を撃ち抜いて次々に撃破する。連射出来るマガジンを付けているわけではない。手でポケットからビー玉を取り出して装填し、精々二発のストックが限界のそれで連射しているのだ。
その威力は実銃に匹敵。しかもビー玉の口径はハンドガンのそれを凌駕する。いくら生物兵器でも、その頭蓋を砕くには十分なのだ。
「ならこれで……」
小沢は真っ黒な肌をした大柄の男を呼び出す。
「量産型タイラント! いよいよラスボスだね!」
本来なら訓練された一個小隊をも撃破する力を持った傑作兵器を前にしてもクロードは満面の笑みを崩さない。ビーダマンの腕にロケットの様なものを取り付けると、それをタイラントの頭へ放った。
タイラントは銃弾を避ける動きが教育されている。頭を腕で覆い、ジグザグに動いて狙いを翻弄する。しかし、クロードの一撃はそんなことすら無意味と言わんばかりに、タイラントの額へ吸い込まれる。
「トドメ!」
刺さったロケットは羽根を開いており、クロードはそこへビー玉を叩き込む。ロケットがタイラントの脳を貫き、暴走する暇さえなくその巨体が崩れ堕ちた。
「ひ、ひぃいいい!」
小沢は現実とは思えない出来事に失禁しながら座り込んだ。
「これでまだ変身残してるってマジかよ……」
小鷹もその実力は陽歌を通じて知っていたが、実際に目の当たりにすると声も出なかった。
「これでお終いっと。あーあ、第二形態とか欲しかったけどな。でも面白そうなのみっけ」
クロードはビーダマンをホルスターに収めると、照呉の手を取った。
「な、なんだよ……」
見た目は男の子に見えなくもないが、触れ合うとはっきりと少女らしさが分かる柔らかさと体温をしている。彼は少し戸惑ったが、渡されたものを確認した。黄色いアタックガールガンだ。
「これ……小鷹の持ってる……」
「色違いだけどね。君少し暗いから気分が上がるチャーリー版」
かなり失礼なことを言いつつ、いきなり実銃を渡したクロードに小鷹が苦言を呈する。
「おいおい、初対面の相手に武器なんか……」
「ここは友達もいるし、誰か戦える人がいた方がいいかなって。君なら力の使い方、間違えないでしょ?」
照呉は銃を確かめると、いきなりそれをクロードに向ける。
「そうだな」
「おい!」
そして引き金を引く。静かな銃声の後に、うめき声と何かが倒れる音がした。それは変異した担任であった。更に変異したのか、服がはち切れそうなほどムキムキになって肌が剥けている。
「ア……ア……オ……」
「後ろくらい気を付けろ」
「いい腕してるね!」
自分の顔すれすれを弾が通り、背後から化け物が襲ってきたのにクロードの楽しげな様子は崩れない。
圧倒的力を持つ青龍の騎士。それを見た、贖罪の為に力を求める魂と、力を求める乾いた魂。彼らの辿る数奇な運命が始まろうとしていた。
Chaos Hero
西谷照呉
イメージカラー:深緑
属性:chaos、light