騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸   作:級長

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 ベイブレードバーストはシリーズ最長の6年目を迎えた…その秘訣はやはりシリーズ終盤にありがちな互換切りが無かったことだろう。爆転はヘビィメタルシステムによりパーツの互換が無くなり、コマの性能に大きな格差が生まれた。メタルファイトもフィールド自体が変化した。一方、バーストはダッシュドライバーや攻撃に参加するディスクを用いれば案外デュアルレイヤーでも戦えたりするのだ。


☆爆誕! 魔王ダイナマイトベリアル!

 八坂紬には後悔があった。それはすでに解消されたのだが、ハッキリと心が晴れることは無かった。いくら今許されたとしても、あの時助けてあげられなかった後悔は引きずり続ける。

 それは未だ家に置いてあるベイブレードのスターター、ヴァルキリーが語っていた。いつも寂しそうに遊んでいる級友を覗き見る彼の姿。髪の色が他の子と違う明るい茶色だから、目の色が他の子と違う桜色と空色のオッドアイだから、そんな理由で本人の責が届かない所で弾かれていたあの子に声を掛けたくて買ったもの。

 後に彼と正真正銘の友人であった小鷹が言うに「下手にあげてたら取られてたからそれでいいんじゃないか」とのことだが、助けられなかった後悔はどうしても重くのしかかる。理屈ではないのだ。

「皆さん、ベイブレードをしない様にしましょう」

 ある日、紬の学校で謎のベイブレード禁止令が出された。ベイブレードバーストは彼女の学校でも人気の玩具である。紬は詳しくないが、実は三度のシリーズにおいて最長の六年目を今年迎える記録的なタイトルなのだ。

こういうのは学校にも持ち込んだり、近年はランダムブースターや高額なセット商品でしか排出されないパーツの比率が増えたこともあって窃盗などトラブルに繋がった結果だったりするのだが、幸いにしてこの学校ではそうした事態になっていない。

 ではなぜ禁止なのだろうか。先生はハッキリ言わなかったが、最近になってベイブレードをしている児童の消息が分からなくなるという事件が増えているらしい。ほんのりと紬も大会で記録を残した同級生が消えた話や、ベイブレードをしている最中に消えたという話を聞いている。

「後悔したくないな……」

 このまま見過ごしたらまた同じ後悔を抱える様な気がした紬は、無謀にも事件の詳細を突き止めることにした。ユーザーではない彼女はもし条件がブレーダーであることならば失踪の危険がない。

「お願い陽歌……私にあなたの時の様な後悔をさせない、勇気を……」

 未開封のヴァルキリーを鞄に忍ばせ、紬は調査に出た。紙の地図に失踪者の情報を書き込み、実際に現場を回って情報を集める。今はアプリで現在地から探している施設を割り出すことが出来るなど便利な世の中になったが、調査など書き込むことがあるのなら紙は非常に有効だ。

「はぁー、ダメか……」

 しかし紬は警察や探偵ではない。失踪した場所も変哲の無い道端だったりするので目撃者が殆どいない。コロナ禍前の様に店のスタジアムであったなら、防犯カメラの映像がが残っているのだろう。道端も今や防犯カメラがある場合もなくはないが、どこの管轄か分からない以上誰に見せて貰えばいいのかで話が止まってしまう。

「ああいうカメラってどこ預かりなんだろう……」

 紬は恨めしそうに道のカメラを見上げる。こういうものは自治体や警察の管理下にあり、民間人、ましてや子供に見せてはくれないだろう。失踪時に警察も調べているはずだ。

「参ったな……全然ダメだ私」

 勇気を出したはいいが空ぶり。これではまるで格好がつかない。行動することが目的ではない。行方知れずの児童を助けるために来たというのに、手土産一つないのでは何の慰めにもならない。

 知らないうちに六本木まで来ていた。こういう繁華街で単独行動などしていればミイラ取りがミイラ、自分が攫われてしまう危険もあったのだが、後悔を晴らすことばかり考えて紬はそこに思い至らなかった。

「ん?」

 その時、不審な人影を紬は見つけた。この現代日本にはありえない、布を身体に巻き付けた様な露出の高い服装をした少女が何かを探していた。全身に刺青もあり、異様な雰囲気であった。灰色の髪と瞳も異質さを漂わせる。

「外国の人かな?」

 道に迷った外国人だろうかと紬は声を掛ける。見た目で他人を避けない様にしようとは、陽歌の件で誓った身だ。

「え、えくすきゅーずみぃ……」

「あなた、ブレーダーね?」

 流暢な日本語で返され、しかもブレーダーを探しているということもあり紬は身構える。

「感じる……あなたの持つベイの、強い意思を」

「あなた……まさか消えた子達と関係が……」

 不思議なことを言う少女。紬は彼女こそが失踪事件に関わりを持つと睨み、問いただす。

「なるほど、流石に事が大きくなればそういうのも出るか……こちらから探す手間が省けたわね」

「やっぱり……」

 少女はベイブレードを取り出す。二世代も前のGTシステムと呼ばれるベイブレード、ブシンアシュラのゴールドターボバージョン。ディスクはハリケーン、ドライバーはキープというデフォルトの構成だ。

「レア自慢……ってわけではなさそうね……」

 二年前に展開されていたGTレイヤーシリーズは一般商品において低確率で黄金のゴールドターボバージョンという色違いが封入されていた。だが、このブシンアシュラからは色違い以上のものを紬は感じていた。

「みんなをどうしたの?」

「お前もこれから知るんだ。神の贄など極東の島に生息する猿には過ぎたる名誉だが、責務は全うしてもらわねばな」

 贄、つまり生贄。それだけで紬は消えた児童の末路を察した。

「まさか……殺し……」

「行くぞ。堂々と戦ってでないと贄として機能しないからね。私はフロラシオン【双極(ジェミナス)】、レト。さぁ、儀式の時間だ!」

 ここでこのカルト女を止めなければ、犠牲が増える。逃げるのが正しいのだろうが、その選択は既に紬から消えていた。

「陽歌、私強くなるよ。勇気も持つ。ここで……お前を止める!」

 紬はヴァルキリーを取り出した。それを見たレトは鼻で笑う。

「ふん、シングルレイヤーか。しかもエントリーランチャーではないか」

 紬の持っていたヴァルキリーはシリーズの始めの始め、シングルレイヤーと呼ばれる世代だ。バースト長期化の秘密は六年前のパーツが未だ使える互換性の高さにある。ベイの顔となる最上部『レイヤー』、重量バランスを決める亜鉛合金の『ディスク』、動きを決める軸先『ドライバー』の三つから構成されるベイブレード。レイヤーは三年目の『神レイヤーシステム』からギミックを内蔵したことで重量化が進み、四年目の『超Zレイヤー』からはこのレイヤーにも亜鉛合金が内蔵される様になった。その為性能差は歴然とも言える。

 さほど変化がない様に見える残りのパーツもフレームでカスタマイズできる『コアディスク』やギミック内臓ディスク、バネが硬くなり革新的な勝利条件であるバーストに大きく影響する『ダッシュドライバー』の登場で確実に旧式化していた。紬のヴァルキリー・ウイング・アクセルという最初期の構成は最早戦いにもならない。

 ベイを回す道具、ランチャーに関してもそうだ。より強力に回転するランチャーが多く登場する中、彼女の使うものは入門用のエントリーランチャー。安価に付属させ、ただ申し訳程度に回す道具で、市販のランチャーに比べれば弱いの一言。

「力がないことは……戦わない理由にならない!」

 それでも、逃げ出すわけにはいかない。ここで何としても止める。紬の決意は固かった。

「お願い、ヴァルキリー!」

 紬は願いを込めてヴァルキリーを放った。しかし、それは漫然と放たれたブシンアシュラに軽々と跳ね除けられてしまった。それどころか、玩具ではありえない、それも防御型のアシュラでは不可能だろうことに粉々となってしまった。合金のパーツまでも、だ。無事なレイヤーすら、大きな亀裂が入っている。

「え?」

 ベイブレードバーストには相手を分解して勝つバーストという決まり手があったが、それを超えた破壊に紬は困惑する。

「死になさい」

 そして、彼女が知覚する間もなく紬の身体はまるで阿修羅に切り裂かれたかの様に大きな六つに引き裂かれた。鮮血が視界を覆い、紬の意識は消えていく。

(な、なに……これ……)

 それが、八坂紬という生命が放った最後の反応であった。

 

   @

 

「ここのはずです」

「六本木にこんなところが……」

 八坂紬の消息を追い、二人の歳が離れた少年達は地下道を往く。年下の一人は白いパーカーを着込んだオッドアイの人物。彼こそが紬の悔恨、浅野陽歌その人だ。スマホを見ながら先導するが、端末を握る余った袖から覗いた手は両方とも義手だ。

「まさか、君が紬の捜索に協力してくれるなんて」

「当たり前です。もう友達なんですから」

 年上の赤いジャケットを着た少年は意外そうに言った。だが、陽歌としては当然のことであった。元々危害を加えてこなかった数少ない人として記憶にあったが、姉や友を通じてその後悔を知り、元々恨んでもいないのもあってむしろ自分を想ってくれたことに感謝したくらいだ。

「勇気はそう出ないものです。想ってくれた恩に報いるは今なんですから」

 陽歌は女の子にも見える可愛らしい顔をしているが、大人びた優しげな表情をすると桜色の右目にある泣き黒子も相まって妖艶な印象を与える不思議な少年だった。

「いじめは見逃すのも同罪とはよく言うもんだが……珍しい考え方だね」

 年上の少年、夕夜は徹底的に相手を赦す陽歌の慈悲深さに感服しっぱなしだ。

「それは暴論です。よく差別について考えないのも差別って言うのと同じで。考えないってことは元々差別的な考えはないんですよ。当然助けてくれたら嬉しいですけど、自分と同じ歳の子供にそこまで無償の奉仕をどう考えたら求められるんでしょうね?」

 助けられないのが当たり前、自分の身は自分で守るしかなかった陽歌らしい考えであった。子供ながらそんな人の善性に疑いを向ける様になってしまったことを、夕夜は悲しんだ。

「人は助け合うものだよ。今の君がそうしている様にね」

「僕は紬だから助けるんです。これが赤の他人なら六本木くんだりまで来ません」

 紬の失踪を聞いて静岡から陽歌はやってきた。話を聞き、彼の所属する組織も増援を寄越した。

「あ、みなさーん」

「マナ、来てくれたんだ」

 陽歌と同い年くらいの少女がぱたぱたとやってくる。茶色っぽい髪から姉妹の様に見えるが、赤の他人。それでも特殊な出生の陽歌にとっては実の家族以上に特別な存在だ。

「たまたま東京にいたので。それに噂が気になって」

「ベイブレードの件だね」

 マナは以前、テレビの撮影中にゴールドターボと呼ばれる特殊なベイとの戦闘を目撃した。その時は陽歌とその友人と共に対処に当たったが、今回のことでそれを思い出してやってきた。

「あのマナ&サリアのマナが……目の前に……」

 夕夜は突然の有名人に驚愕していた。マナはアイドルをしており、それなりに名前が知れている。

「あ、もしかしてファンの方ですか?」

「はい。僕も音楽活動をしているんだけど、君達からは『音を楽しむ』という音楽本来のあるべき姿を感じるよ」

 しかし今は姿を消した紬のことが気がかりだ。音楽談義はまた今度。

 地下街を出ると、商店系のビルらしき屋内に出る。テナントもぎっしりで、人もそれなりにいた。

「ここは……」

「座標的には……ありえないですね」

 地図は明らかに巨大な道路の真ん中を現在地に指定していた。陽歌にはこの光景が、夕夜と異なり異様なものに見えていた。

「それにここの人、全員ゾンビ……というか屍鬼の類ですね」

「え? そんな……」

 夕夜にはどう見ても人間にしか見えないのだが、陽歌にはハッキリとその正体がわかった。生きる屍、アンデッドがこの商業ビルの客、従業員全てなのだ。

「あ、本当ですね」

 マナもどこからともなく取り出した眼鏡でそれを確認する。

「敵意は感じないし、操られているわけでもない……これは……?」

 しかし陽歌にも分からないことがあった。何故か彼らは人間かつ侵入者の陽歌達を襲うこともない。

「何が起きてるんだい? 紬はこんなところに迷い込んで……」

「強い力を感じます。そっち行ってみましょう。親玉がいるかも」

 そんなよく分からない場所へ迷い込んだ恋人を心配する夕夜。陽歌は何かを察知し、そちらへ足を向ける。

「あれ?」

 その力の源は、幼い金髪の少女であった。強い、とはいえとてもここの全員を屍鬼にするした上で操れるほどの力があるとは思えない。

「お兄ちゃん達だれ?」

「えっと……」

 予想していなかった展開に、陽歌は生来の引っ込み思案もあって言葉に詰まる。

「入って来られたってことは紬お姉ちゃんの知り合い?」

「紬を知っているのか?」

 少女が紬の名前を出したので、夕夜は手がかりとばかりに飛びついた。

「そうか、こんな変な場所にすんなり入れたのは結界の対象から僕らが外れていたから……」

 陽歌はこの場所の不自然さに対して進入が容易だった理由に気づく。知り合いの魔法なら結界で隠蔽されていても紬を探せただろうが、おそらく場所の特定も妨げられていない。知り合いが探しに来た時には入れる様になっているのだ。

「まさか罠……」

 辺りを警戒する陽歌。紬を餌におびき出された可能性があったのだが、目の前の少女にすら敵意や害意が無いことで混乱する。周囲から虐待されて育った陽歌は敵意に対して敏感だ。その彼が感じないということは本当に敵対の意思がないということだ。

「アリスちゃーん、ヒランヤ持って来たよー」

「紬?」

 夕夜は声を聴き、そちらへ振り向いた。そこには赤いボディコンを着て六芒星の置物を手にした紬の姿があった。その肌は青白く、生気を感じない。

「ゆ、夕夜……それに、陽歌……」

 紬は恋人の姿に安堵を見せるが、陽歌を確認するとバツが悪そうな顔をする。明確に赦しを得たのだが直での再会はこれが初。当然気まずさはある。

「なんだいそのバブリーな服装……」

 夕夜が服に突っ込むと、丈が短いことに気づいた紬は露わになった足を置物で隠す。

「ち、違うの夕夜! これは……服がダメになっちゃって……」

「ボディコンですね……それネタにした芸人さんも結構前の話……」

 マナは代わりだとしてもこんなチョイスなのに疑問があった。本人が恥ずかしがっているのなら尚更。ボディラインも露わで成長期の少女が着るには厳しい。

「……」

「ほら、向こう年上だから! 子供の数年は大きいから!」

 マナは紬の胸部を凝視する。ことさら言及するほど発育がいいわけではないが、文字通りまな板なマナからすれば羨望の対象だ。陽歌はすかさずフォローする。

「ぐへっ! 陽歌くんが言うと重い!」

 しかし今度は紬に流れ弾。陽歌はある犯罪に巻き込まれた影響で二年間も時間が止まっており、かつて同級生だった紬たちに追い越されていた。紬は自分が助けなかった影響かとその辺なんやかんや気にしているわけである。

 アリスはそんな空気を読まずに話を続けた。

「お迎えが来てよかったー。黒おじさんと赤おじさんがお兄ちゃん達に会いたいって」

「そうなのかい?」

 夕夜はアリスの言葉に従おうとしたが、これが罠かどうか陽歌の意見を聞くことにした。

「うん、ぜひお会いしたいな」

 陽歌は笑顔で応じた。しかし、目が笑っていない。夕夜はぞっとしながらも彼に従うことにした。

 

 ビルの上階へ向かう一行。

「あの……お願いがあるんだけど……助けに来てもらっておいておこがましいっていうか図々しいって思うかもだけど……」

 紬は夕夜と、主に陽歌へ声を掛ける。

「いいよ」

 快諾した陽歌だが相変わらず目が笑っていない。それどころか瞳孔が開いており恐怖すら覚える。

「黒おじさんと赤おじさんが何を言っても許してあげて。私も説明されたし、納得したから」

「うん。わかった」

 陽歌は了承するも分かってねぇ! と夕夜は危機感を抱いた。それはマナも同じであった。

(い、一体どうしたんだい?)

 陽歌の態度が急変したことに彼は心配があった。それには陽歌なりの事情があった。

(かなり丁寧に隠してやがるが、紬は屍鬼にされてる。あのアリスって子も屍鬼だ)

 ひそひそ話とはいえ陽歌は丁寧な口調を崩していた。

(なんだって? でもあの子も街の人も敵意は……)

 街の屍鬼もアリスにも敵意は無かった。それは事実だ。

(ああ、だけど親玉の黒おじさんと赤おじさんという小学生にボディコン着せる変態がそうとは限らない。むしろ自分の土俵に誘い込む罠としてみんなを操っていないのかも)

 しかし最大のボスであるその二人までそうか、と言われると話は別だ。全てが巧妙な罠である可能性は十分にある。

「ここー」

 ビルの頂上、一番偉い人がいるぞと見ただけで分かる豪華な扉の前に一同はやってきた。扉を開けようとすると、それよりも早く、かつ勢いよく扉が開いて中から赤いスーツのおじさんと黒いスーツのおじさんが飛び出し、土下座しながら滑り込んできた。

「すいませんでしたああああああああ!」

 開幕土下座に刀を取り出して赤い炎まで灯していた陽歌は動きを止める。

「……」

「ショッキングな内容だけに段階を踏んで説明する予定でしたが下の階からもうそれは凄い殺意がビリビリと来たので初手安定の謝罪です……」

 おじさん達は口々に事情を聞きもしないうちから明かし始めた。

「こちらのお嬢さんが殺されているのを見つけてどうにか助けようとしたのですが私達の技術では屍鬼にする以外ありませんでした!」

「本当に申し訳ございません! 言い訳になりますが見つけた時には既に死んでいて魂が喰われそうな状態だったので、魂奪い返してホームにすたこら舞い戻った次第です!」

 二人から敵意を感じないこと、謝罪が本気であることを読み取り陽歌は刀を収めて腰を抜かした。口からは魂が出そうになっている。

「ふへ……」

「だ、大丈夫かい?」

「テンションのジェットコースターで無駄に疲れた……」

 互いに締まらない状態での対面となった彼らは、落ち着いて詳しい話をすることにした。

 

   @

 

 なんとか話は纏まり、一同は帰路に着いていた。紬はまたアリスと遊ぶ約束をしており、黒おじさん赤おじさんと共に見送りに来てくれていた。

「つまり、ブレーダーの子供達が行方不明になる事件の犯人に紬が襲われたのか」

「いかにも」

 黒おじさんと赤おじさんから陽歌と夕夜は詳細を聞いた。特定のおもちゃユーザーの子供が狙われる事件。それだけ聞けば、ベイブレードの流行具合から単なる偶然に聞こえる。しかし、実際に紬が犯人から聞いた情報ではその通りであった。

「フロラシオン【双極】……仕留めるチャンスを二回も逃したばかりに……」

 陽歌は紬を殺した敵を始末し損ねたことを後悔した。あのどこかで【双極】をやっておけば、紬は死なずに済んだだろう。

「ゾンビ化とはいえ命が繋がったならアスルトさんが何とかしますよ」

 マナは組織の技術者を全面的に信頼していた。ユニオンリバーの面々が持てる技術をつぎ込めば、どうにかなる。半身不随だったマナがアイドルを出来ているのも、両腕を失った陽歌があまり不自由なく暮らせるのもそのおかげだ。

「では、私達はここで」

「不干渉でいてくれることに感謝する」

 赤おじさんと黒おじさんは神によって理不尽に運命を弄ばれ、死を迎えたアリスの為にこの街を作った。元々魔王であった赤おじさんことベリアルはともかく、黒おじさんのネビロスは堕天する結果となってしまった。その過程で似たような境遇の人を集めていった結果、こうなったそうだ。

「いえ、僕は退魔協会の関係者ではありませんので。敵意が無いなら倒すことはしませんよ」

 陽歌には魔を退ける力があるが、無差別にそれを振るうことはない。誰かに危害を加えないのであれば、見逃すのも判断の一つ。

「またね。アリスちゃん」

「おねえちゃん、生き返ってもまた来てね」

「もちろん、約束よ」

 目的を果たし、紬たちは裏の六本木を去ろうとしていた。だが、その前にある人物が現れた。

「おやおや、死臭がすると思ったらこんなところにゾンビの街とは……」

「姉さん、追加の生贄を回収したらこの街も処理しましょう」

 衣服の露出度が正反対ながら、そっくりな姉妹。フロラシオン【双極】。虹色の髪と瞳、肌を覆う衣服は姉のライ、灰色の髪と瞳、露出の多い服は妹のレト。

「ライ、レトぉっ!」

 陽歌は刀を構える。

「神の名をみだりに唱えるなと習わなかったのか猿が!」

「生贄らしく、儀式に乗っ取って生贄になりなさい」

 しかし彼女達の目的はあくまで謎の儀式。ランチャーを持ち、ベイを準備していた。ブシンアシュラとブレイブヴァルキリーのゴールドターボバージョン。カスタマイズはデフォだが、やはりただのゴールドターボではなさそうだ。

「ならば正面から砕くまで!」

「ただのエースドラゴンで勝負になるとでも?」

 ライは侮っているが、使い込んだヴァリアヴルダッシュをカスタムの軸にしたカスタムはゴールドターボを一度打ち崩している実績がある。

「僕も……」

 陽歌もベイを用意するが、力が抜けて膝を付いてしまう。

「な……」

「お前の弱点は調べ尽くしているのよ、浅野陽歌」

 レトは陽歌に辛酸を何度か舐めさせられているため、対策を講じてきていた。

「お前は育ての両親によって内臓を死なない程度に売却されている。だからいくら療養を続けても虚弱体質が改善しないのだ。お前が私に勝てたのは、今まで単なる偶然だったのだよ」

「そんな……!」

 新たな事実に紬はショックを受ける。両腕だけでなく内臓まで。あの時、助けられていたらこんなことには、と後悔が募る。

「そんなことは今更だよ。あの時の僕なら間違いなく、迷惑を掛けたくないからって差し伸べられた手を振り払っていた……」

 陽歌の言葉は紬へのフォローではなく、事実だ。二度も同じことを短時間にしている過去があるのだから。

「追加はお前一人か、売女」

「残念ながら追加も加算もゼロです!」

 結局、マナは一人でこのバトルに挑むことになる。三つのベイが打ち出され、激しくぶつかり合う。マナの技量は低くないが、流石に数で劣ると厳しい。攻撃をアシュラが防ぎ、ヴァルキリーが反撃する。双子だけあってコンビネーションも完璧だ。

「ど、どうしよう……」

 紬もベイをもっていたが、破損してしまって使えない。

「では我らの力をお貸ししよう!」

「みすみすアリスの友を失わせるわけにはいかないのでな!」

 黒おじさんと赤おじさんは紬の持つ破損したベイに魔力を送る。すると、そのベイは黒い新たな姿へと変化した。

「これは……」

「ダイナマイトベリアル。その力で悔恨を注ぐといい!」

 最新式のダイナマイトレイヤーシステム、その一号機であるダイナマイトベリアルへヴァルキリーが変化した。他のベイに比べると小柄だが、強さがぎゅっと詰まった印象を受ける。

「紬、これを」

 陽歌は彼女に新しいランチャーを差し出す。最新のカスタムベイランチャー。陽歌は普段からワインダータイプのライトランチャーを使用しているが、それは義手の手に触覚がなく引き切るワインダーの方が使いやすいから。スパーキングでライトランチャーが型落ちしたのでどうにか使いこなす練習をしたが、慣れもあってか難しいものがあった。

「わかった。今度こそ、私は戦う!」

 紬はベイランチャーにベリアルをセット。動画で見た様に発射する。アタックタイプは僅かに傾け、取っ手は摘まむ様に。力強くではなく素早く、引き切ったところで滑るように取っ手を手放す。放たれたベリアルはアシュラを飛ばし、道を切り開く。

「何?」

「いっけー!」

 その隙にマナがヴァルキリーに仕掛ける。ドラゴンは虹色に輝き、ヴァルキリーを押し切ろうとしていた。

「そんな、バカな……」

 ヴァルキリーが後退したところにアシュラが援護しにきた。しかし、後ろからベリアルの攻撃を受けて味方であるヴァルキリーに激突してしまう。

「しまっ……」

「死に損ないがぁ!」

 大きくバランスを崩した二機にドラゴンとベリアルが迫る。

「オーバー、アシェル!」

「ダイナマイトネクサス!」

 同時攻撃により、ヴァルキリーとアシュラはバースト、勝利が確定する。落ちたパーツのうち、レイヤーは粉々に砕け散ったのち元の色に戻る。

「ふん、こうなれば生贄など関係ない! お前達を罰する!」

 ライは全身に魔力を滾らせ、攻撃の準備をしようとしていた。急にバトルが始まったのでマナは困惑する。

「ちょ、こういうのってホビーで負けたら大人しく撤退してくれるんじゃないですか?」

「儀式の戒律に反するが、女神を侮ることは更なる重罪だと知れ!」

 しかし、ベイバトルの最中に身体を休めていた陽歌が先んじて攻撃を仕掛ける。刀に赤い炎を纏わせ、ライに斬りかかる。フロラシオンの女神を二体切り裂いたその刃には『神殺し』の実績があり、女神であればなおのこと危険だ。

「姉さん、危ない!」

 それを察知したレトが前に出て、刀を防ぐ。そして陽歌の放った霊力を吸い込む。全身の刺青が光り、髪と瞳が赤く染まっていく。

「お前程度の力、私が呑み込む」

「掛かったな」

「何?」

 陽歌は二度目の交戦でレトのこの能力を見ており、仲間に相談してタネを見抜いていた。

(シエルさんのアイテムに触れて魔力の影響を如実に受ける髪や目の色が変わった……。そしてアイテムの魔力は空に……、つまり魔力を吸収できるんだ。なら、そのキャパを超えるだけぶち込めばいい)

「おおおおおおっ!」

 陽歌は持てる霊力の全てをレトに流した。魔力とは似て非なるもの、魔力のキャパには自信があるようだがこちらは果たして。

「が……はっ!」

 レトの全身は引き裂かれ、目や鼻から赤黒い血が吹き出す。口からは吐瀉物混じりの血が溢れ、地面にびちゃびちゃと落ちる。魔力と霊力は似ている様で違う。言うなれば情報送信用のUSBケーブルを高圧のコンデンサに繋ぐ様なものだ。身体を巡る魔力の回路がズタズタになり、魔力と霊力が混じったことでその貯蔵エリアで大規模な崩壊が起きる。

「ぐ、は……」

 レトは血だまりに倒れる。作戦は成功だ。

「貴様ぁ!」

 妹に致命傷を与えられ、ライは頭に血が上っていた。故に、もう一人の戦闘要員に気づかない。

『プラズマシャイニングストライク!』

 巨大な斧がライを潰す。マナはいつの間にか、数歳成長して赤い髪を二つに纏めて眼鏡を掛けた姿になっていた。彼女は魔法で本物にした玩具の変身アイテムで変身できるのだ。

「ぐわあああ!」

「姉……さん」

 雑に爆発してボロボロになったが、平成ライダーの最終フォーム必殺技をもろに受けたのでかなりのダメージだ。

「凄い……」

「どうですか!」

 圧倒的戦力に感心する紬。マナは物理的に胸を張っているので、多分どこに感銘を受けたのか分かっていない模様。魔法で変身するとマナはかなり発育がよくなる。

「逃げ……」

「くっ!」

 陽歌がトドメを刺そうとすると、あっと言う間に二人は消えてしまった。致命傷を負わせることには成功したが、この場で仕留められなかったのは悔しい。

「逃がしたか……」

「あれだけのダメージだ。生きていても二度とは戦えまい」

 まだ怒りの収まらない陽歌に夕夜がフォローを入れる。こうして謎のブレーダー襲撃事件は幕を閉じた。

 

「これを僕に?」

 陽歌は紬からベリアルを受け取った。元々陽歌に渡すつもりのもの。6年の月日を経て、ようやくそれが出来た。

「うん。あなたに持っててほしい」

「ありがとう」

 陽歌は素直に受け取る。それだけで彼女の罪悪感が一つ晴れた。

「ねぇ、マナ……さん。あんなことがまだ続くのかな?」

「おそらくは……。まだ目的がハッキリしませんが……」

 紬はマナに、フロラシオンと名乗る女神の狙いを聞いた。どうやらオリンピックを開くことや日本人を生贄にすることで世界を破滅から救おうとしているらしいが、今ひとつ信用出来ない。

「なら、私も戦う。今度こそ、目の前のことから逃げたくないの

「だったら、僕はそのランチャーを上げるよ。僕にはまだ使いこなせないし」

 その決意を聞いた陽歌は最新のカスタムベイランチャーを紬に預けた。フロラシオンの狙い、それを防ぐために戦う仲間がまた一人集まった。




 ダイナマイトベリアルは相手の能力を奪い、進化するベイ。進化……タカラトミー……うっ、ゼノレックスが……

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