騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 作:級長
ユウキ
アスナの「マザーズロザリオ」を生み出し、彼女に託した剣士。その実力はキリト以上ともされる。脅威の12連撃は一見難しい技には見えないが、ALOのソードスキル生成システムには発動の猶予やスピードの下限があり、このシステムの中に12連撃を収めるのは容易ではない。
「へぇ、そんな綺麗な場所あるんだ」
アスナはマトイと響からアムドゥスキアの浮遊大陸が綺麗な場所だと聞き、興味を示していた。
「なるほど、そっちの強化はそんな仕組みなのか」
「そうですね。この仕様でも禿げそうなのに武器が壊れるとか想像したくないですね」
一方キリトはジョアンから武器強化のことを聞いていた。アークスの武器は壊れないが、ソードアートオンラインではある一定を超えると強化に失敗した武器がロストするのでレア武器がそうなったら発狂ものだ。特にSAOは命が掛かっている。
「ゲームで見たのと違うのかな……興味あるね」
陽歌も実際の浮遊大陸に関心があった。他の場所はともかくああいう陸地が浮いているというのはアムドゥスキアでもなければお目に掛かれない。文化的にも興味を引くポイントだ。
「よし、やってみるか」
「私も新しいレシピ作ったんで試したいんですよね」
キリトとジョアンはラボに向かった。武器の強化は茨の道。この二人を待つ間、アスナは料理の話をしていた。
「こっちのお料理って変わってるのね。ドラゴンのステーキなんて」
「フランカさんの飯を標準化するな」
響としてはカフェを取り仕切るフランカに魔物種と閃機種が見つからなくてよかったと安堵するばかりであった。
「よく考えたら友好民族の肉食うって凄いですよね……」
「あ、あれだ。転生を前提にした文化の龍族にとって肉体は器に過ぎないからな!」
設定的にはとんでもないことをしているのだが、もう感覚が麻痺してきた。ダーカーから落ちた赤身肉なんて食ってる時点でお察しの蛮族アークス。
「あ、響じゃない」
「げ、噂をすればなんとやら」
そんなことを言っていたら、フランカに見つかってしまう一同。何かとても料理に見えないものを持っている。
「新しいレシピを考えたの。味見してみて」
「なにこれ」
ガラスの破片みたいなものにソースが掛かっている。もう既に嫌な予感しかしないが、匂いは美味しそうなのがなんとも。
「バリールとオメガコカトリスのソテー」
「よし解散! 逃げるぞ!」
響が全力疾走で逃げようとするが、アスナと響は料理に興味が沸いており動かない。
「お前ら逃げろー! 下手に美味しいからついつい食べちゃって後で地獄見るぞ!」
「このお肉は美味しそうね」
「食べられるものなんですね」
響の言う通り味は本当に美味しい。硬そうな閃機種も食べられる程度には煮込んで柔らかくしてある。
「そういえばアスナさんはアインクラッドで醤油を再現して、それをまた現実で再現したんでしたっけ」
「ええ。そこで食べた醤油ラーメンが醤油っぽくなくて」
味覚の正確さに加え、かなりの腕をアスナは持っている。
「あれって圏内事件の時だっけキリトくん……ってあれ?」
過去のことについてキリトに確認を取ろうとしたが、彼はアイテムラボの前で顔が溶けていた。
「素晴らしく運がないな君は」
「だから100%以外信用するなって……ジョアン?」
同じくジョアンも顔が溶けている。一定以上の力を求めると成功率100%以下の壁はどうしても立ちはだかり、修羅の道である。
「あいつらは放っておいて……アムドゥスキアの浮遊大陸行くか?」
これは時間が掛かりそうなので、響は浮遊大陸行きを決めた。こうして彼女とマトイ、アスナ、陽歌で一回クエストに行くこととなった。
惑星アムドゥスキアは下が溶岩地帯、上に大陸が浮かんでいるという歪な構造をした惑星だ。龍族という種族が暮らす星であり、いろいろと秘密があったりするのだ。
「私がサラやシャオと会ったのもこの星だな」
響にとっても因縁の場所である。
「ったく時間遡行とかとんでもねぇことに巻き込まれたもんだ。今にして思うと。結果オーライだったがかなり禁忌に手を染めた気がしないでもないぜ」
「おかげで色々助かったよ?」
マトイはそのおかげで助けられた部分も大きいが、時間遡行をした響としては複雑な心境だ。
「そりゃそうだろうけどよ……やっぱダメなもんはダメだ。過去を書き換えるなんて、過去はやり直せないから今を必死に生きるんだろ。『できる』ってなっちまったら、あれもこれも助けないと不平等になっちまう」
過去改変によって先輩のゼノ、後輩のウルクを助けた響であったがそれは私利私欲というより裏で陰謀を重ねるルーサーへの対抗手段としてシャオの指示で行ったことだ。12年前のダークファルスによるアークスシップ襲撃で失われたメルフォンシーナを初めとする多くの人命、アフィンとユクリータの時間、更に遡れば【巨躯】封印の犠牲となった初代クラリスクレイスなど今の技術があれば助けられる人達などやろうと思えば救える命にキリがない。
「あなたは優しいのね」
「そうでもねぇよ。本当に優しかったら全部助けるさ」
アスナの言葉を響は否定する。
「私は単に『やっちゃいけないライン』ってのが嫌なだけなんだ。今でこそ笑い話みてーなもんだが、私があの全知クソバードの作った、別次元の英雄の疑似的な子孫だからな」
「別次元の英雄? リコ・タイレルとかイーサン・ウェーバーのことですか?」
陽歌は響の話から、過去シリーズの主要キャラの名前を上げる。とはいえ、そこまでルーサーも露骨な真似はしなかった様だ。
「えーっと、たしかシオンにとっての私を作ろうとして……誰だったかな? 結構複雑なのよね」
割としっかりしているマトイでも混乱する事情があるらしい。当事者二人が説明に困る中、響の頭に小さな姿の存在が現れる。
「グラール太陽系の裏の英雄、ドルフ・レッドフィールドとヴィヴィアン、そしてエミリア・パーシヴァルの遺伝子を組み合わせたのが響だ」
「げ、ちびマザー……いないと思ったら急に出たな」
彼女はマザー。仇敵の因子が響の中に残り、こんな感じになってしまった。
「少し演算することがあって、体を借りた」
「道理で頭が疲れるわけだ……。人の脳みそ勝手に使うな!」
「響、お前は少しその恵まれた演算能力を活用すべきだぞ?」
「うっせー。こっちはその演算能力とやらでいろいろあったんだよ」
エミリアの遺伝子によって響はマザーの言う通り高い演算能力を持つ。しかしそれは彼女にとって歓迎されたものではないため、性格的な理由も重なって封印していたのだ。
「たしかに、苦労してたもんね。なんだか私、家庭持つ自信なくなっちゃった」
マトイにそう言わせるだけのことはあった。とはいえ響も自分の家が標準だと思ってほしくないところはある。
「んにゃ、あれはうちだけだろ。うち以外であって堪るか」
「一応結婚している身としてそんな悪くないって言いたいけど……よっぽどなのね」
アスナはゲームシステム上とはいえキリトと結婚しており、マトイや響にもそういう幸せは掴んでほしいと思っていた。
「ほら……血縁だけが家族じゃないですから、ね」
陽歌もその辺はアレなのでフォローを入れる。頭が痛くなる様な出生の秘密を知った彼は、自分を引き取った老夫婦こそ実の両親と認識している。
「そうね、私達の娘も血縁はないもの。いや……AIに血縁とか考えてもアレだけど……」
アスナとキリトの娘であるユイはそもそも人間ではないのでその辺考えても無駄である。
「そうか……既婚者なら子供を大事にしろよ。ぐれるぞ」
「もう一回グレてる様な気がするけど肝に銘じておくね」
響の言葉にアスナはクロムディザスターの一件を思い出しつつ了解した。
「マジで頼むぞ。どっちにも似てないっつってDNA検査してどっちの子供でもないってなってなった瞬間冷めるなよ? ペットじゃねーんだぞ?」
「何もかもルーサーが悪いけど普通の人は知りようがないからね……」
響はアスナに念押しする。実はルーサーが出生を誤魔化す為に作った子供を響の母親に仕込むという外道戦法をやっていたことをマトイは聞いている。結果あの全知は【双子】の内的宇宙に沈められた。
「あとでめっちゃ功績残したからってすり寄るなよ? 絶対だぞ?」
「親と和解出来た件についてあとでユウキに感謝しよう……」
響の家庭環境荒み過ぎ問題にアスナは自分の幸運さを知る。不良やっていたところをレギアスに捕まってブレイバークラス創立の為アザナミにこき使われるという目に遭わなければ、響とてどうなっていたことか。
(やっべ、これ僕の話はいいかな。話がややこしくなる)
陽歌は自分の件を黙っていることにした。単独でも大概なのに他人の話とセットだともうわけわからんことになる。
(なんだかんだ凄い気にしてるよね響……)
マトイは響のことをよく知っているが、レギアスという恩師、姉貴分であるアザナミ、後輩のイオと自己肯定感を補強する仲間に恵まれても幼少期の傷が残ったままなのもよく見ている。自分の出生を知って両親と決別して二年経ってもこの拗らせ具合なので子供の頃の体験は重要だ。
「そんなあなたに……」
幸せな結婚生活を送るアスナの前で家庭の闇をさらけ出す一同に対し、何者かが声を掛ける。
「お前らは!」
「ずんずん教だ! ずんずん教だ!」
ずんずん教の連中が現れた。一同は武器を構える。
「これがずんずん教……ナベリウスからどうやって……」
マトイは敵が惑星間航行の技術を持っていると推定し、警戒する。
「いや、それ言ったらナウラのケーキ屋とかも意味わかんないから気にしたら負けな気がする」
「とってもゲーム的ね……」
響は辺鄙なところにケーキ屋を構えては商品をばらまく姉妹を思い出した。主人公以外の移動手段について考えてはいけない、セーブしたいと言えば野を超え山超えて来るマスコットを思い出しつつアスナはゲームにおける鉄則として身に染みていた。
「野郎とっちめてやる!」
「捕まえて調べないと」
「手伝うわ」
ずんずん教が逃走を開始したので、響、マトイ、アスナは追いかける。道中に正方形の足場があり、陽歌は罠の匂いを察知して足を止めた。
「待って! 罠が……」
「気にするな! いつものだ!」
響からすれば見慣れた隔離罠。しかしマザーも何かを感じたのか陽歌の近くで待機する。
「いや、何かおかしい」
案の定、足場が落ちてバリアで三人が隔離される。
「いやいつものだろ? 出て来た敵を倒せばカタパルトが転送されて……」
響はいつもの様に敵が出るのを待った。しかし、待てど暮らせど敵は出ない。
「おいどうなってる?」
「ふははは! 新たな聖母を迎えるため、まずは邪魔者から消させてもらいますよ」
ずんずん教はジョアンを狙っている。そのため、周囲の人間から始末する作戦に出ていた。この足場も彼らが用意したのか、脱出出来ない様に作られていた。
「一人逃しましたがまぁいい。では出でよ、一刀太刀の剣客達よ!」
ずんずん教徒は三人の剣士の少女を呼び出す。二人は制服をアレンジした様な衣装なのだが、最後の一人は全身タイツの羽織という結構なインパクトの外見となっている。
「わっと……」
一斉に攻撃してくる少女達に陽歌はどうにか対応する。攻撃自体は捌けるが、陽歌が攻撃を仕掛けても全く効き目がない。
「くっ……」
陽歌の刀は悪霊を祓うもの。故に物理的な攻撃力は全然ない。
「こうなったら、テレパイプ!」
響はテレパイプを機動して脱出を試みるが、アイテムが機能しない。完全に隔離を目的とした罠というわけだ。
「このままじゃ陽歌くんが……」
「シエラちゃん、なんとかできない?」
アスナとマトイは解決策を探す。しかし今は通信さえできない状態。その辺も一切抜かりなしだ。ふざけた名前の敵にしては手回しが細かい。
「戦力の逐次投入は愚策……つまり相手にそれを強いれば勝てるということだ!」
「なるほど考えましたね」
ずんずん教は強力な敵を一人ずつ削る作戦に出ていた。今回は偶然引っ掛からなかった陽歌が標的になっているが、元々はこの足場で隔離した標的を倒す予定だったのか浮遊するメカも攻撃に参加してくる。
「GUNのホーネットまで! こいつら一体……」
撃ってくる弾は大きく速度も遅いが、サムライ三人と戦いながらでは手が回らない。陽歌は驚異度の高いサムライの攻撃を避けることを優先し、ホーネットの弾丸は無視していた。
「っ……!」
殺す気の弾なので防具の上からでも当たれば痛い。それでも彼にとっては我慢できるレベルであった。
「あ……れ?」
しかしそこに大きな落とし穴があった。急に力が入らなくなり、陽歌は膝から崩れ落ちる。
「いくら防御を重ねていても、その薄着では耐えられまい」
「く……」
痛みを我慢できるからこそ、ダメージの蓄積に無頓着となってしまう。そして、その隙に大きな一撃を喰らって大陸から転落してしまう。
「うわあああ!」
「陽歌!」
助けに行きたいが、バリアに囲まれていて動けない。その時、ちびマザーが飛び降りて等身大の姿へ変化した。
「浅野陽歌、強いイメージを持て。お前のエーテル適正を引き上げる」
「え? うん!」
とにかくマザーの言う通りに、陽歌はイメージを固める。強いイメージ、陽歌はふと、頭の中に靴が浮かんだ。そういえばユニオンリバーに来て最初に貰ったのは靴だった様な気がする。
「これは……」
その時、足元が光り輝きあるブーツが生成される。装飾の翼は透刃マイにも見えたが、従来のジェットブーツとは比べ物にならないほどの飛翔、否、飛行能力を見せる。
「おおおおお!」
そしてキックから円形の衝撃波が幾つも飛ばず。
「テンペストレイド!」
敵を一掃し、陽歌は元の足場に着地する。ずんずん教徒の男はわなわなと震える。どうやら陽歌のエーテル適正が低く、ましてやこの様に具現武装を発現させることなど不可能だと知っていた様だ。
「マザーズロザリオ!」
「何ぃ!」
そしてアスナは自身のソードスキルでバリアを砕いた。本来不可能なことである。
「よいしょ」
響が二段ジャンプで足場をよじ登り、ずんずん教徒に迫る。
「くそ……撤退だ!」
「逃げた!」
計算を覆され、ずんずん教徒はサムライ達を連れて逃亡する。とりあえずこの場での事態は収まった。マザーはいつもの小さい姿に戻り、響の頭にいる。
「浅野陽歌、その武器は濫用しない方がいいぞ」
「え? そうなんです?」
そして具現武装について忠告する。ブーツは維持が出来なくなっており、すぐに消滅した。
「元々低いエーテル適正を現在起きているエーテルの隆起に合わせて無理に伸ばしたものだ。私単体の力では本来できないことをしている。もしその具現武装が破損すれば、お前の心は死ぬ」
結構物騒な内容であったが、自分の生い立ちを考えればさほどでもないかもと陽歌は考えていた。
「しかしますます妙な連中だぜ……ずんずん教」
「敵は幻創種みたいだったね」
響とマトイは敵の性質を確認していた。メカ以外は全てエーテルによって生み出された存在だった。果たして、ずんずん教がジョアンを狙う真の理由とは。謎はますます深まっていく。
剣士データ
クロム・ディザスター
災禍の鎧『ザ・ディザスター』を纏ったクロムファルコン、もしくはその鎧を引き継いだプレイヤーの総称。元々は強力な鎧と剣だったが、憎悪の『神意』によって変質した。使用者の中に剣技に優れた者がいたため、それを引き出せる。
現在では浄化され、元々の姿になりそれも封印されたがキリトとアスナの娘、ユイも使用者になったことがあるようだ。