蒼穹のファフナー ~Acta est fabula~   作:太陽隊長

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もう一期の配信完了しちゃうやんけ、何しとんの俺。



傷心 ~こくはく~

 

あの日から数日後、あの時亡くなった人達の葬式が執り行われた。

 

「…」

 

あれから今まで、学校にも行かず外に出ず家に引きこもっていた。

想像していたよりも私は常人だったらしい。

所詮はかの水銀の真似事にしか過ぎないゆえ、真似出来ていたのは外側のみのようだ。

あの何処かに常識を置いてきた精神性は私には無い。

いや、そも彼を私の常識で測ることが間違いだったか。

葬式が終わり、外に出ると剣司達の声が聞こえてくる。

 

「やあ、諸君らお揃いのようで」

 

「廻…!お前今までどうしてたんだよ、学校にも来ないで」

 

「いやなに、思っていたより親の死というものは辛いものでね。自宅にいたよ、何もせずにね」

 

「廻…」

 

「そんなに私の項垂れている姿が珍しいかね…だろうな、私自身もそう思うよ。それはそうと、先程興味深い話をしていたな。一騎がロボットに乗って戦ってたと」

 

「え、あ、うん。僕らも聞いたぐらいだけど」

 

「そうか。ああ咲良、私が言えた事ではないが、今の君は危険だぞ、もう少し冷静になりたまえ」

 

「余計なお世話よ」

 

「知っているとも。だが少しは何時も通りに話さなければ自分を見失いそうでね、許してくれ。それでは」

 

 

「アイツ、大丈夫かな」

 

「確かに廻のあんな姿初めてだけど…」

 

「フン、ほっといたらいつも通りの胡散臭い感じに戻るわよ」

 

 

「学校では久しいな諸君ら、竜宮島随一の脚本家であり占星術師こと私命廻ただいま帰還した」

 

「なんかあんた方向性狂ってない?」

 

咲良の鋭いツッコミが私を襲う。

 

「ふむ、君の疑問も最もだ。私自身些か久しぶりゆえ自己のベクトルのハンドルを切り間違えたらしい、ではもう一度」

 

「やらなくていい」

 

「思ったより元気だなお前…」

 

「なに、私もこれ以上自らのキャラクターを崩す訳にもいかないのでね。と言う訳で、雑談をしようではないか」

 

「ゴウバインの最新話の話でもする?」

 

「お前はそれ以外の話題を持て衞」

 

「うーん、朝に何食べたのかとか…」

 

「始めの話題としては無難か、ではそれにしよう」

 

トーストだとかサラダだとかそんな当たり障りのない話題で盛り上がる。

 

「駄目だな、この話題では普通すぎる」

 

「普通だっつってもなぁ、じゃあどんなのがいいんだよ」

 

現在話している友人を見渡す。

衞、甲洋、咲良、剣司…あ。

 

「フフ、いい話題を思いついた」

 

「お、なんだよ」

 

剣司が食いついてくる。

ふははは、ありがとう剣司、君のおかげで私は格好の話題を思いついた。

 

「ではお前達、今回の議題は連戦連敗の近藤剣司はどうすれば真壁一騎に勝利できるかだ」

 

「いやちょっと待てお前」

 

「黙れ負け犬、毎回毎回何の策もなしに挑んでは負けてばかりの凡人に発言権は無い」

 

「ひでぇ!」

 

「ガムシャラにやってるだけじゃどうにもならないのよ」

 

懲りずに何度も挑んでおきながら、いつも考えなしに突撃し敗北を繰り返す。

今咲良が言ったように、ガムシャラにやってるだけで成功するほど現実は甘くない。

 

「そういうことだ、ではまずターゲットのデータを確認しよう。真壁一騎、竜宮島で最高レベルの身体能力を持つ男。瞬発力及び持久力も高く隙が無い。対して近藤剣司、学年内では高い位置にいるものの、一騎と比べると雲泥…とまではいかないか。いいとこでオオカミとクマだな」

 

「…改めて考えると、勝ち目ある?」

 

「ないんじゃないかなぁ」

 

甲洋と衞が呟く。

 

「いやいやいや、オオカミとクマならワンチャンあるって!スピードで翻弄して喉元にガブリと…」

 

「それは唯の例えでしょ、後クマって結構速いのよ」

 

「ふふふ、盛り上がっているようで何より。さて、では真面目に一騎に勝つ為の方法を考えようか」

 

「って言っても今廻が言った通り一騎に弱点なんて無いと思うけど」

 

「そう、確かに弱点らしいものは彼には無い。だがあるのだよ、一つだけ」

 

「それって…」

 

まあ、弱点という程でもないがね。

言い換えれば足りないものだ。

 

「彼は身体能力がズバ抜けて高い、だがそれだけだ。技術面は磨かれていない」

 

「成程、つまり剣司のそこを伸ばせば」

 

「そう、何も同じ分野で勝負する必要はない。一騎が力の1号ならば、剣司は技の2号になればいいのだよ」

 

「…それさ、1号と2号逆じゃない?」

 

「気にするな、唯の例えだ」

 

というか逆だとゴチャゴチャしてしまうので仕方がないのだ。

 

「じゃあ私の出番ね。剣司、今日からみっちりシゴいてやるから覚悟しなさい!衞!あんたもやるわよ!」

 

「ええっ、僕も!?」

 

「…俺、大丈夫かな」

 

「しかし一騎に勝つ為に咲良に鍛えてもらうとは…これもまた面白いな」

 

「え、どういうことよ」

 

「なに、くだらぬ戯言に過ぎんよ」

 

穏やかな時間が過ぎてゆく。

既知感を感じない、変わらぬ日常。

この刹那もまた、悪くない。

そう思いながらも、心は何処かで軋みをあげていた。

 

 

 

 

その日の放課後、家に一騎の父親と真矢の母親が来た。

 

「これは…」

 

「アルヴィスへの招集命令書だ、本来なら保護者に渡す物なんだが…」

 

「いない以上本人に渡すしかないと」

 

「ごめんなさいね、あれからまだ心の整理もついていないでしょう」

 

「構いませんよ、いつ何が起こるか分からない状況でのんびりしているわけにもいきませんからね」

 

アルヴィスとは、人類をフェストゥムから守り、文化と平和を次代に伝えることを目的とするアーカディアンプロジェクトを遂行するための組織。

この島はそのアーカディアンプロジェクトによって造られた島とのこと。

確かに遠く離れた島とはいえ私の知っている年代より遥か先のはずなのに進歩どころか後退しているのには違和感があったが、まさか一昔前のSFのようなことが起こっていたとは、私も想像力が足りなかったようだ。

そしてフェストゥムは、宇宙から飛来し、今現在も人類を脅かしている地球外生命体であり、島を襲ったのもそのフェストゥムとやららしい。

 

「…陽香君のことは、残念だった」

 

「…」

 

ともかく、その命令書は受け取っておいた。

先に言った通りこんな状況で何もしないわけにもいかないからね。

 

 

 

 

黄昏時、砂浜に私は佇み、ひたすらに日の沈む方向を見つめていた。

昔から悩み事があるとこうしてこの時間にただ見つめ続け、そして嘆くのだ。

 

「ああ女神よ、何故この世界は貴女の抱擁の外にあるのか。どれだけ貴女に愛を叫ぼうと、どれだけ世界に嘆こうと、貴女の耳には届かない。何故座の外にいる私は、貴女の存在を知ってしまったのか」

 

嘆く、嘆く、ひたすら嘆く。

遠く遠くの女神へと。

 

「ああ、マルグリット、ああ、黄昏の女神よ。貴女は何とも罪深いのか。貴女の知らぬこの場所で、貴女の知らぬこの私は、ただひたすら貴女の抱擁だけを求め嘆き狂っている。かの刹那に聞かれれば怒りを買うこと間違いないだろうが、私はそれでも言い続けよう」

 

そうだとも、例え真似事だろうと、外側だけの模倣であろうと、ここだけは、私も彼と変わらない。

人並みのものであれど、私も彼女に恋をしている。

 

「ああ、マルグリット、ああ、我が愛しの女神よ。せめて貴女に跪きたい。その姿を眼にすれば、輝きに瞳を灼き尽くされるだろう。その歌声を耳にすれば、この鼓膜は蕩け流れるだろう。仮に貴女に抱き締められれば、この身体は歓喜と共に崩れ落ちるだろう。それは我が至高の未知にして、永劫叶わぬ果ての夢。しかしそれでも駄目なのだ、私はこの想いを捨てられない、貴女を見た、見てしまったあの時から」

 

こうして今の自分を客観的に見ると、皆が私のことを変人として見る理由がよく分かる。

夕暮れ無人の砂浜で意味不明な動きをしながらここにいない誰かに向かって愛を叫んでいる。

これほど気色の悪い人物がいるだろうか、残念だったな、現にここにいる。

まあ今まで誰かに見られたことは無いが、多分。

だが私はやめはしない、届かなくともこの想いは、真実私の中で燃えているのだから──

 

「ああ、マルグリット、ああ、マルグリット…」

 

「…廻君?」

 

「………」

 

声を聞き、口を閉じ、動きを止める。

後ろを振り向けばなんと、私の最初の友達である羽佐間翔子が立っているではないか。

無言で彼女に近づき、そっと肩に手を置く。

 

「今見たことは誰にも言わないでくれないか。見られただけなら恥じることは無いが、言いふらされると流石に私もキツイ」

 

「だ、大丈夫だよ、そんなことするつもりないから」

 

まあ君の性格からそんなことをしないのはわかっている。

ただ念には念を入れただけだ。

 

「えっと、さっき言ってたマルグリットって」

 

「女神──陳腐な呼び方ではあるが、彼女を言い表すならばこれしかあるまい。私が物心ついた頃、長い永い夢を見ていてね、その中にいたのだよ、彼女は」

 

聞かれたからには答えなければなるまい、彼女の素晴らしさを。

 

「彼女にとっては陽の光でさえ、彼女を輝かせる為の舞台装置に過ぎない。どんなに素晴らしい芸術作品も、彼女の前では天と地、否、砂粒と大宇宙を比べるようなもの。ああ、これでは上手くイメージできないかね?では少々分かりやすく語るとしよう。その髪はどんな景色でも濁らせることのない透き通った金色、その瞳は見つめるものを純真無垢に映す碧眼、その肢体はまさに女性にとって理想とも言える流線的かつ豊か、ボロボロの衣であろうと彼女が纏えばそれは至高の聖遺物と化す。それが彼女、黄昏の女神マルグリット・ブルイユなのだよ。理解できたかね翔子?」

 

「…えっと、とにかくすごい綺麗な人なんだよね」

 

む、口頭だけでは伝わらないか。

やはり彼女本人を見ない分には…だがそれは不可能だ。

アルヴィスに記憶を映像として抽出する機械とかないだろうか。

 

「…そういえば、君と初めて出会ったのもここだったな」

 

「うん、そうだね」

 

そう、幼い私は今と変わらずこんな感じだったので、友人という者がいなかった。

あの歌劇の中にも友人同士の関わりが正直刹那と狼を司る者(ゲオルギウス)の殴り合いしかなかったので参考にならなかった。

そんな私がこの砂浜にいた時、話しかけてきたのが彼女だった。

 

『何してるの?』

 

『ん…いやなに、ただ日が沈む夕の時を見つめていたに過ぎないよ』

 

「あの頃の私は、まだそれっぽく言っていただけだったな」

 

「今はもっとわからないからね」

 

『…どういうこと?』

 

『…ぼーっとしていただけだよ』

 

『私、羽佐間翔子って言うの、あなたは?』

 

『命、廻。運命を廻すと書いて、命廻』

 

『じゃあ回くん、いっしょに遊ぼう』

 

「長い間君は私の字を簡単な方の回すと勘違いしていたな」

 

「だって、廻君の名前難しいから」

 

『遊ぶ…?君が?私と?』

 

『だって、もう友達でしょ?』

 

『友…達…』

 

『うん、まだ回くんのことはよく知らないけど、友達になったらもっとわかるようになるから。もしかして、いや?』

 

『…いいや、そんなことはない。そうか、友達か』

 

こうして、私と翔子は友達になった。

一人できれば簡単なもので、その後は私に友人は増えていった。

真矢と出会ったのも翔子が切っ掛けだったか。

 

「今の私があるのは、君のおかげと言っても過言ではない」

 

「そんな、言い過ぎだよ」

 

「言っただろう、過言ではないと。あの時君と出会っていなければ、私は一人も友人のいない孤独な人生を送っていたかもしれない」

 

他者との関わり合いは人間にとって重要なものだ。

まあ仮に友人がいなくとも、私は問題なかっただろうがね。

あの日と同じように日の沈む方向を見つめながら、そう思考する。

 

「…廻君、大丈夫?」

 

「なにがだい」

 

「陽香さんが死んじゃって、辛くないの?」

 

ああ、何故このタイミングでそれを聞いてくるのか。

 

「…大丈夫さ」

 

「嘘つき、そんなに辛そうな顔してるのに。私知ってるのよ、陽香さんの葬式の時、廻君が今まで見たことない顔してたって」

 

彼女はそう言って、私をじっと見つめる。

やめてくれ、私をそんな眼で見ないでくれ。

 

「嘘ではないさ」

 

「もう四年も一緒にいるのに、私が気づかないと思うの」

 

思わず唇を噛む。

確かにそうだ。

私は辛い。

だが私は君にそんな姿を見せたくない。

私は君の前では、ミステリアスで、胡散臭くて、無駄に長ったらしいセリフを吐く命廻でいたいのだ。

 

「どうしてそんなに誤魔化そうとしてるの」

 

それでも彼女は容赦なく踏み込んで来る。

君はそんなキャラじゃないだろう。

もっと柔らかい雰囲気で、優しく話すのが君だろう。

 

「どうして無理に笑ってるの」

 

やめてくれ、私の衣を剥がそうとしないでくれ。

もう限界なんだ。

 

「もう一度聞くよ」

 

やめてくれ。

 

「廻君」

 

やめてくれ。

 

「辛くないの?」

 

「辛いに決まっているだろう!」

 

ああ、言ってしまった。

 

「家に帰っても誰もいない。温かい食事もなく、一人寂しく食べるだけ。早朝に叩き起こされることもなければ、風呂の準備がしてあることもない。無茶苦茶な昔の話を聞くこともない。何故か唐突に走らされることもない。だが、一番は…」

 

『おかえり、廻』

 

「暖かな笑顔と共に、おかえりと言ってくれる母さんが、いないことだ」

 

「廻君…」

 

翔子は絶句している。

当然だ、私だって自分のこの姿を見れば同じ反応をするだろう。

 

「どれほど友人とくだらない話をしても、どれほど敬愛する女神に愛を叫ぼうと、無くならない、終わらないのさ、私のこの悲しみは」

 

少し間を置いて、私は再び話し始める。

 

「母上は、太陽のような人だった」

 

「うん」

 

「いつも明るくて、周りの人間も母上に照らされるように元気を振り撒いていた」

 

「うん」

 

「でもかなりの熱血気質で、やること成すこと無茶苦茶だった」

 

「うん」

 

「私がこのような話し方なのも、母上がノリノリで協力してきたからだ」

 

「うん」

 

「優しくて、親バカで、でもちょっと厳しくて」

 

「うん」

 

「大好きだった…大好きだったんだよ…」

 

思い出せば思い出すほど、母上がもういないという現実に押し潰されそうになる。

せめて涙は見せまいと翔子に背を向ける。

だけど、翔子は回り込んで私を正面から抱き締めた。

 

「…?!」

 

「いいんだよ、泣いて。悲しかったら、泣いていいんだよ。人は、泣けるんだから…」

 

その言葉で私の心の防波堤は決壊してしまった。

翔子に抱き締められる中、私は泣いた。

恐らく生まれた時以来の涙だった。

翔子は私が泣き止むまで、ギュッと私を抱き締め続けていた。

その温もりは、求めてやまない女神の抱擁に勝るとも劣らないものだったと、私は思った。




バカな、何故翔子ちゃんがヒロインみたいになってるんだ…
当初の予定じゃ一騎君のヒロインだった筈なのに。

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