◼︎◇【双剣鬼】ウェグニ
「それではこちらでおまちください」
「わかりました」
一方その頃,ウェグニは市長邸に来ていた。
元々,彼は今回のオークションや決闘に参加する気は無かった。
それをとある依頼が舞い込んだため,その調査と回収にきたのである。
価値がわかりづらいもののため、どのオークションに選別されるか直前までつかめなかったが、ようやく今日になって最高位のオークションの目玉商品となってることがわかったた。
そこで仕方なく交渉に来ているのである。
出された紅茶をすすること十分,ようやく市長が姿を現した。
カルディナの商人ではよく見受けられる肥満体の男であり,身につけられた高価な装飾品がジャラジャラと音を立てている。
そして鎖を通して首輪でつながれた女性が何人か,淀んだ目で後ろに佇んでいた。
市長がジロリとウェグニの方を見て、あからさまに見下した顔をする。
「なるほど,貴様か。今回の目玉商品を売れというのは」
話の最初から不機嫌そうな市長に望み薄そうだと感じながらもウェグニは交渉を始める。
「ああ,そいつは危険な代物だ。どうにかこちらで引き取らせて頂きたい」
「話にならんな。今回のオークションはその商品を見たいがために来ているものもいる。こちらとてあれの危険性は十分に承知だ。厳重に管理もしている」
「それでは
ウェグニとしては価値が分からず下位のオークションに出されるか、ある程度の価値が認められて中位のオークションに出され、決闘で手に入るというのが一番楽なパターンだった。
次善が市長が商品の価値をしっかり見極めており、交渉でウェグニ自身が対処できるパターン。
だが、最も厄介なパターン。
市長が中途半端に目利きであり、なおかつ危険度を正しく認識していない場合。
このパターンであるためにウェグニは目的を果たすのが限りなく困難に近づいていると感じる。
話ぶりから特定の客層には情報を流していたようだが、ウェグニもウェグニの雇主もその情報を事前にキャッチすることができなかっただけに、後手に回ってしまっている。
そもそも目的物がこのオークションに流れ込んだらしいと判明したのがほんの少し前であったために情報を探る時間はほとんどなかったのだが、それでも今回はそれが手痛く響いている。
「断る。お前が商品を持ち逃げしない保証はない。それに価値とて下がる」
丁度最近、指名手配をいとわない<マスター>が希少な従魔を持ち逃げした事件が発生したため、<マスター>への依頼に不信感が増してる時期だった。
だが目の前の市長は本当にウェグニの持ち逃げを心配してるわけではなく、ただ単に断る口実として使っているだけだ。
ウェグニもそれが分かってるが故、互いに不機嫌な雰囲気を隠そうともしていない。
交渉は険悪な様相を呈し始める。
「なら,俺をオークションの護衛として雇ってくれ。それならいざという時に対処もできるし売れた後は買ったやつのとこへ交渉に行く」
「必要ない。警備は万全だ」
ウェグニとしては譲れる最低限のラインだったのだがその申し出すら市長はあっさり却下する。
実際、オークションに向けて<マスター>の警備は数多く雇われている。
だがそれは中位と下位の警備、あとは会場の外に当てられており、肝心の上位オークションの中にはティアンが雇われている。
確かにログアウトせず契約を無視しての盗難の可能性が少ないとはいえ、より高価な物品が集まるオークションではいささか以上に警備が手薄となってる感覚は否めない。
だが、市長はそれでも問題ないと考えており、その表情は絶対の自信を持っているようであった。
市長がティアンばかりの警備でもそれだけの自信を浮かべてられる理由。
それはーー
「ーーそれは,超級職を
ウェグニの言葉に下品な笑みを浮かべる。
そう,彼が答えた通り彼の後ろに佇んでいる女性の一人は超級職だ。
奴隷のほうは狼狽した視線を向けるが市長のほうは動揺すらせず言葉を続ける。
「ほう,気づいたか。一応隠蔽のアクセサリーは付けさせているのだがな」
「本人のステータスをいくら隠蔽したとこでそれについてる首輪が隠せてなくちゃ意味ねぇよ。そんな厳重で強制力の強い首輪を使うのはカンストしたやつか超級職だけだ。そこまでしぼれれば経験則で大体判断できる」
<Infinite Dendrogram>には【生贄】というジョブは存在すれど奴隷というジョブは存在しない。
ではどうやっていうことを聞かせるのか。
その答えが首輪である。
この首輪は所有者の意思に呼応して閉まるようになっており,また事前に魔力を込めておけば直接命令して行動を強制することもできる。
高価になるほど複雑で強制的な命令が可能となり,END特化の上級職を奴隷にするときなどはこの首輪が好まれる。
超級職の女性がつけてるのはその中でもひときわ高価な代物だった。
「なるほどな,では次からは幻影のアクセサリーもつけさせることにしよう。だが,そこまでわかってるなら話は早い。おい,お客様がお帰りだ」
市長の言葉とともに奴隷が前へと出る。
その手には大型のマスケット銃を《瞬間装備》しており,装備も《着衣交換》によって先ほどのみすぼらしい姿から変化している。
高価な物品の集まりやすいこの都市なら,最高品質の装備やオーダーメイドの武具も容易に手に入るだろう。
はっきり言って分が悪い。
ルイアは未だ第四形態であり,ウェグニ自身もカンスト未満。
ジャイアントキリングを特性とするメイデンではあるものの当てれなければ意味がない。
超級職の隔絶した戦闘力は昨日ウェグニも体感しており,どんな性質を持つかも不明な相手との真っ向勝負は避けたいところであった。
だが,ウェグニにも勝算が全くないわけではない。
一つは当てれば勝てるというルイアの特性。
当たる場所は致命部位である必要すらない。
偶然だろうと何だろうと,ルイアが体のどこかに当たればその時点でウェグニは勝利できる。
部位欠損で戦闘力を大幅に削ってもいいし,制限系状態異常で動きを封じてもいい。
超級職であればレジストされる可能性もあるが,最悪桜の【劣化】であれば状態異常は通るだろう。
本来であれば自身にも降りかかる無制御の灰であるが,ルイアの手にかかれば自身の安全性を保障した上で無制御ゆえの大出力である【劣化】の状態異常を扱える。
そして勝算はもう一つーー。
その二つを天秤にかけながらウェグニは考える。
ここで事を荒立てででも強引に目的の物を回収するべきか。
<マスター>であればデスペナルティになっても三日後には戻ってこれるが,それではメインイベントである目的物は売れた後であり,回収は困難だろう。
黙りこくって動かないウェグニに市長が苛立ったのか舌打ちをして
「ーーちっ,おい,ころ」
「分かった。大人しく帰ることにする。あんたもその銃降ろしてくれ」
両手を上げて言った言葉に即座に銃が下され,控えていた侍女が扉の外へと俺を促す。
扉が閉まる直前にふと見えた超級職の女性の顔。
その顔は昏く淀んでいた…。