少しずつ再開していきます。
■□教会 【高位信仰者】雪姫 桜
【巡礼者】の転職に来た教会は王国の教会に比べてかなりきれいだった。
きちんと掃除され,建物にかけられた効果も高く,アイテムも【司祭】用のものだけでなく【医師】用のものも揃っている。
そして壁に掘られたレリーフや置かれた石像には宝石が付いていた。
「噂通りね…」
「うん…」
<Infinite Dendrogram>では宗教というものはあまり一般的ではない。
二千年前の先々期文明の崩壊時,数多ある宗教は失われ,信仰の対象として残ったのは【神】シリーズを初めとするジョブに根付いた宗教か,天罰神のみだ。
アルター王国の国教もこれは同様で、名もなき宗教として、「ジョブの力を使い人々を救います」という緩やかな教義の元傷つく人への回復魔法や戦いに向かう人への支援、祝福が行われる。
通称,ジョブ教やクリスタル教などの名前で呼ばれる宗教で,私が回復魔法で教会のお手伝いをしてた時に【司祭】のお姉さんーーホホンさんが話してくれた。
また新興宗教として<月世の会>という宗教もあるらしいが…これは今は置いておく。
反面、カルディナの教会は宗教施設という側面よりも医療施設という側面の方が強い。
治療に多くの金を取り、富裕層しか高位の治療は受けれない。
ティアンのレベルが低いカルディナでは上級職の【司教】の治療を受けるだけでも最低百万リルもの大金が必要だ。
さらには司祭系統のクリスタルも厳重に管理されている。
【司祭】になるだけでもコネが要り、それがなければ法外な金を払わないとクリスタルを見ることすらできない。
つまり、何が言いたいかというと…
「高すぎるでしょ!いくらなんでも法外すぎるわよ!」
「そう言われましてもこちらも規則ですので」
【巡礼者】の転職にーー
「【巡礼者】の転職条件の百倍の金額じゃない!どんだけぼったくるつもり!」
「<マスター>の方々なら払えない金額ではないはずですが?」
「それでも高いわよ!純竜の最低相場じゃない!」
リーナが机に手を叩きつける。
激怒するリーナに受付の【司祭】は澄ました顔で応対している。
でも、私も叫んでないだけでリーナと同じ気持ちだ。
【礼拝者】の転職条件と同様【巡礼者】も転職条件に教会への寄付がある。
その額は十万リル。
【聖騎士】の転職条件の半額だがそれでも安くはない。
そもそも、【巡礼者】というジョブ自体が【聖騎士】を比較に挙げられる程度には難しめの上級職である。
そう考えれば転職で十万リル必要なのはかなり多い方だ。
だが、それをこの教会では一千万リルで支払えと言う。
桁が違うにも程がある。
しかもそれはカルディナだから転職条件が変わってるというわけではない。
単にこの教会で転職したいなら一千万払え、という受験料の話だ。
物価が高いカルディナでも殊更高く、しかもそれが<
大体私は転職のために必要な十万リルだって昨日のウェグニ君との狩りでようやく貯めたのだ。
その百倍を要求されても持ち合わせがあるはずがない。
恐らく司祭系統の希少性を高めるため、万能の才を持つ<マスター>には就かせにくくしているのだろうが、それにしたって高すぎる。
その上…
「あの,司祭系統に就職させにくくしてるのは回復魔法の希少性を損なわないためですよね?それなら【巡礼者】はあまり関係ないのでは?あれってリジュネ特化の上級職ですし」
【巡礼者】は【司教】ほど他者の回復にができるというわけではない。
【巡礼者】は下級職である【礼拝者】と同様にリジェネ特化。
一応他者への回復魔法や聖属性スキルを覚えたりもするが,その本質は自己回復。
同じく回復魔法を使う上級職である【司教】であれば,他者への回復に呪怨系状態異常や傷痍系状態異常に回復力アップの効果が付くし,他者への支援も飛ばせる。
対して、【巡礼者】にはそれらが一切ない。
治癒力アップの効果はつかず、他者への支援もできない。
私の場合は【高位信仰者】で治癒力アップの欠点は補っているが,それでも他者を治療する時には治癒力アップの効果はつかないし、他者への支援もできない。
詰まるところ【巡礼者】は一人用のジョブであり、他者への支援という点で【司教】に大きく劣る。
多少【巡礼者】の人数が増えたところで、【司教】の価値が落ちるとは思えない。…が
「一度<マスター>にOKをしてしまうと他の<マスター>もOKしなくてはなりません。それにこちらとしても困っているんです。【司祭】についた<マスター>に偽善で行き倒れや孤児に回復魔法をかけられて、自分たちも治療しろと言ってくるものが後を断たず…。そういう勝手をされないためにも、紹介か一千万リルーーああ,【巡礼者】でしたらプラスで十万リルですね。それらの寄進は必要となります。それができないのであればお引き取りを。迷惑です」
「なっーー!!」
「【巡礼者】の寄付は別枠なんですか⁉︎」
「ええ,当然です」
受付の【司祭】は口調こそ丁寧であるが…見下すような態度であっさりそう言った。
…どうしよう。
まさかここまでとは予想していなかった。
リーナに貸してもらうにしてもリーナも出せる上限は百万程度だと言っていた。
かといって今からドライフに戻るわけにもいかない。黄河が目的地なのに引き返すのは遠回りにも程がある。
だが、これから先のカルディナの教会施設は似たようなものだろうし、黄河まで行ってしまえば司祭系統のクリスタルがなくなる。
つまり、どうしてもここで【巡礼者】には就いておく必要がある。
「…私がここで働いた場合、あなたからの推薦を受けることは可能ですか?」
できればカルディナの商人と関わるのは嫌だったが、一応用意していた選択肢を提示する。
激怒するリーナの目に、一瞬心配そうな感情が横切った。
だが…
「可能不可能で言えば可能です。ですが、あなたはそのレベルではない。うちは【礼拝者】のような低レベルの回復魔法は扱っていないので」
「このっ…転職はさせないくせに偉そうに」
リーナの眉が吊り上がる。
そろそろリーナが我慢の限界だ。
ここは一度出直してクエストを受けて地道に一千万稼ぐか夜中に忍び込むかを検討するべきかとそう思い始めたとき。
「もしもし、少しいいですか?」
「はあ、なにか?」
「そんなに邪険にするものじゃないですよ。カルディナの議長は<マスター>融和の政策を推し進めてますし。あなたもそうしてみては?」
着物を羽織った女性が不意に現れて,受付の【司祭】に囁きーー。
「何ですかあなた?いきなりしゃしゃり出て…ええ、そうですね。雅様の言う通りです。あの、お名前は何と言いましたか?」
気持ち悪いくらいに愛想の良くなった【司祭】が話しかけてきた。
「えっ、雪姫 桜ですけど…」
「雪姫様ですか。わかりました。どうぞご案内いたします」
あまりの態度の代わりように怖くなって原因であろう着物の女性の方を見る。
見ると着物の女性は袖で口元を隠しながらクスクス笑っていた。
不思議な女性だった。
着ているのは黒に紫やピンクで花が描かれた着物だが,その着物は着崩されており肩や脚が露わになっている。
こんな女性が教会にいればものすごく目立つはずなのに,私は彼女が受付の【司祭】に声をかけるまで全く気づかなかった。
「あの、今、何か?」
「ああ、すいません。同郷だったので手助けしたくなってしまって」
私の質問に着物の女性ははんなり笑いながら答えた。
「同郷?」
「お名前,リーナさんと桜さんですよね?日本人っぽい名前だったのでつい」
そう言いながら彼女は簡易ステータスウィンドを見せてくる。
ネーム:天上 雅
ジョブ:【花魁】
「【花魁】?」
聞き覚えのないジョブだ。
「【花魁】は東方の【傾国】のような超級職です。主なスキルは【魅了】のサポートですね」
なるほど、それで受付の【司祭】を【魅了】したのだろう。
精神保護がなければ<マスター>もああなるのかもしれない。
あと、気になることがもう一つ。
「すごくスケール大きい名前ですね」
「自分の名前に姫なんてつけてる桜は人のこと言えないわよ」
素直すぎる私の感想にリーナが脇腹を突いてくる。
「いえいえ、天地にはもっと大きな名前の<マスター>がいるそうですから」
より正確に言えば桜と雅は年齢高くなってからつけたことを後悔する名前である。
所謂若気の至りというやつで、天地にいるより名前の大きな人達はそういうのとは関係ない。
近さで言うなら後に天地からアルター王国に行き、王国色に染め上げられるプリティー剣士だろう。
閑話休題。
ともあれ、同郷と言っていた意味はわかった。
私は名前を漢字にしているし、リーナはカタカナだから出身は日本だと思ったのだろう。
だが、私はフランス人のパパと日本人のママのハーフだ。
昔日本にいたときにママに教えてもらった漢字を流用しているからそう見えても無理はないが。
若干コントを挟みつつも一応、誤解は訂正する。
「あの,私は昔日本に暮らしてたことがあるだけで日本人じゃないです。国籍もフランス人ですし。リーナは日本人ですけど」
「あらこれはご丁寧にどうも。でも困った時はお互い様ですし。私もそこの人の言い分にはムカついてましたから。ちょっとした意趣返しです。スキルの効果が切れちゃわないうちにクリスタルに触ってきてください」
そう言って、雅さんは教会の奥を手で指す。
「はい,本当にありがとうございました」
その後、【司祭】の人の変わりようが凄すぎて転職条件の十万リルすら受け取ってもらえなくなりかけたが…どうにか転職することができた。
【巡礼者】となって受付に戻ってきたときには、雅さんはどこかに行ったのか教会にはいなくなっていた。
To be continued