アッシュ・レコード   作:道草 いのり

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不穏

 ◆◇遺跡内部 【高位観測者】リーナ

 

「予想外に静かね」

 

 MPの回復を終えたリーナは遺跡内部に踏み込んでいた。

 観測者系統で得た数多の知覚スキルを発動させつつ先々期文明の貴重品を攫っていく様子はいっそ鮮やかとも言える。

 恐らく<トレジャー・ハント>に出場している著名な実力者の中でまともな探索スキルをちゃんと有しているのはリーナだけ。

 なので、リーナはそこで勝負する気だった。

 スタミナの問題もあり、極力戦闘音のする方向は避けたルート選択をしている。

 

 だが、それにしても遺跡内部が静かすぎる。

 まだこれまで、<マスター>どころかモンスターにも遭遇していない。

 各種探索スキルによる反応も人間の反応は散らばっているがモンスターの反応はゼロ。

【レファノンダム】の地下遺跡はモンスターが運営によってポップする神造ダンジョンではない自然発生ダンジョンだがこの人気(モンスター気)のなさはありえない。

 最初に【砲王】や【鬼将軍】を始めとする実力者が何割か<マスター>やモンスターを殲滅するだろうとは考えていたが、それでもゼロというのはあり得ないはずだ。

 

 ここはもう何百年も攻略のなされていない地下遺跡。

 道の複雑さはもちろん、モンスターも相当な強さを持つものが跋扈していると考えていた。

 

 だが、現状その気配はみじんもない。

 遺跡ゆえのトラップもいくつか発見したが、大昔のモンスターの侵攻で壊れたのか大半は機能すらしていなかった。

 これでは本当にただの迷路である。

 

「そもそも、この遺跡って生きてるのかしら?」

 

 まだ上部だが、この部分は確実に死んでいる。

 地下深くになにかあり、そこにまだ見ぬ兵器が眠っているのか、それともモンスターが新たな王として君臨しているのか。

 

 共倒れしていてこの遺跡には脅威となるモンスターがもういないという可能性はない。

 それであればこの数百年の間に誰かがクリアしているはずだ。

 

 だが、現在の光景はそれを否定する。

 

(--ッ!!)

 

 そこまで考えたとき、リーナの背中を怖気が走った。

 それは別の可能性に気付いたから。

 

(もしーー、もし、()()()()()()()()()()()()遺跡を攻略しているとすれば?)

 

 モンスターも、ドロップアイテムも残さず、遺跡を探索に特化したリーナよりも早く攻略する存在がいれば、モンスターが全く見当たらない現状にも説明がつく。

 

(でも、一体誰が?)

 

 遺跡内部のモンスターを余さず排除しているということは広域制圧型か特殊な広域殲滅型だろう。

 だが、リーナはスタート地点でMPの回復を待つ間、視覚スキルで他のスタート地点も観察していた。

 目に見えて周囲を蹂躙していたのは【砲王】と【鬼将軍】のところのみ。

 それ以外はスタート地点での小競り合いが起きていた。

 

 そして、この二人が下手人ということはあり得ない。

【砲王】であれば確実に傷が残るし、【鬼将軍】であればドロップアイテムが残るか、彼女の配下に遭遇しているはずだ。

 デュアルという線もあり得ない。

 アレはどちらかといえば個人戦闘型の部類であり、密集した生物をまとめて切り殺すならともかく遺跡内部に散らばったモンスターを一掃できるほどの殲滅力はないはずだ。

 

 だとすればまだ無名の広域殲滅型か。

 人知れず王国の土地を灰にしてた桜のような例もあるのでもちろん可能性がないわけではない。

 だが、まだ上部で頻繁に探索に来るものもいるため減っていたとはいえ、遺跡内部のモンスターを一掃できるほどの実力者だ。

 そうであるならば、スタート地点で能力を使わない意味がない。

 

(私の考えすぎ?いや、でも他にモンスターが見当たらない理由に説明がつかない。まだ知られていない実力者?現状推測できる能力はーー?)

 

 このとき、リーナは思考に集中し、周囲を探索する余裕はなかった。

 もちろん、各種スキルは切っておらず奇襲対策は行っていたが、思考の大半はそちらに割かれた。

 いつ自分も殲滅か制圧の能力圏に囚われてもおかしくない状況だったため、敵の能力を考察することは間違いではない。

 だがそのせいでーー一歩遅れた

 

「--◆◇□■」

 

「--え?」

 

 音もなく接近してきた<マスター>に、アイテムボックスを《強奪》された。

 

「しまったっ!?」

 

 特典武具故に盗難対象外だった【ハルムート】を《瞬間装備》し、逃げる<マスター>を追う。

 だが、逃走する相手が速すぎて【ハルムート】の速度でも追いつけない。

 それは先ほど考察していた正体の見えない殲滅者ーーなどではない

 

(バーサーク化と【飢餓】の状態異常。間違いなく【鬼将軍】がスタート地点で配下に加えた手ごまの一人!ジョブと<エンブリオ>の二重強化が掛かったAGI型。このままじゃ絶対追いつけない)

 

「《フリージング・コフィン》」

 

 とっさに選んだ手段は逃走の防止。

 青白く輝く光線が<マスター>へと飛来し、その足を凍りつかせる。

【凍結】し動きが鈍った瞬間に追いつき、トドメを刺してアイテムボックスを回収する。

 だが、その時には既に()()()()いた。

 

「--■■■」

 

「--◇◇◇◇」

 

「□□□□ーー」

 

「◆◆◆◆」

 

 来た道からも、倒した<マスター>が進もうとしていた道からも、次々と<マスター>が現れる。

 その中には正気の顔をした者は一人もおらず、全員が理性を失い狂化した顔をしている。

 

 まるでゾンビ映画のような光景だが、<マスター>はゾンビになどならない。

 それは手駒にして配下。

【鬼将軍】のバフにより、理性を失った狂化軍団である。

 

 自身の行動を悔いる暇すら与えられない怒涛の進軍。

 そんななかでリーナが選んだのは逃走ではなくーー迎撃。

 

「《エメラルド・バースト》」

 

 狭い空間で破裂した風の嵐が、遺跡内部を蹂躙した。

 

 

 

 

 ◆◇【レファレンダム】オークション会場 ボックス席

 

 

 そこは【レファノンダム】競売上の上等なボックス席でもさらに特上の席。

 立見席では熱中症や逆に低体温症で倒れる者も出るのでカルディナのボックス席は他国よりも多く設置され、かつ金額も跳ね上がる。

 それなら会場自体の作りを変えて屋内にし、冷房も完備すればいいだけの話だが、【レファノンダム】でそれがなされてないのはこの施設に備えられた結界設備のせいでもある。

 かつての【建造王】が作ったオークションのための設備。

 会場全体に、そして会場内に任意で発生させることの可能な結界設備を備えており、上級職の奥義までならある程度は遮断できる。

 決闘の結界設備に比べれば多少は劣るがそれでも強力な施設だ。

 建造された当時はカルディナはまだ砂漠ではなかったため空調設備は常識的な範囲に留まるものであり、カルディナの埒外の熱気に対応できるほどオーバースペックなものではない。

 そして会場自体の作りを変えてしまうと結界そのものが発動しなくなる可能性もあるため上級職の生産職では手が出せない。

 結果として、元からあったボックス席をさらに増やすという程度のものだった。

 それ故、【レファノンダム】のオークションは日が沈んですぐに行われることが多かった。

 立ち見席しか取れなかった人物でも十分楽しんでもらえるように、極力快適な時間が選ばれていた。

 

 だが、今の市長が台頭してからはオークションは昼や真夜中に行われることが多くなっていた。

 それは、趣味。

 金を払えなかったものと金を払えた者の差を浮き彫りにし、弱者が喘ぐさまを見る市長の趣味だった。

 法外な金を払わなければ【司祭】の治療すら受けられない【レファノンダム】では大変危険な行為だが、市長はそれを気にしない。

 

「天地の元決闘ランカー、グランバロアの討伐及び決闘ランカー、カルディナの賞金稼ぎ、そして、レジェンダリアの辺境を襲った古代伝説級討滅作戦でMVPに選ばれた魔術師か…。くっくっく、なかなかいいな。これならアレも倒せそうだ」

 

 モニターに映る三か所の攻防を見て、市長は満足げに頷いた。

 彼の目の前には三か所に限らないいくつもの映像が浮かんでいる。

 それは<トレジャーハント>の風景を撮影するために飛ばしているドローンが映す光景。

 それぞれの戦闘風景をドローンが記録し、会場へと映像を送り届けている。

 

「なあ、お前もそう思わないか?」

 

「…はい、そうですね」

 

 そんな市長が語り掛けたのは、彼の筆頭奴隷でもある【超銃兵】リリース。

 今はウェグニと会った時のような一般奴隷の服ではなく、砂漠の踊り子のような服を着ている。

 死んだ目をしたリリースは市長の言葉に同意を示した。

 だが、市長はそれが気に入らなかったように、思念で”命令”を下す。

 直後、リリースがにっこりとほほ笑み、深くお辞儀をした。

 

「全て、ノット様の仰せの通りにございます。遺跡を攻略できないふがいない私が、ノット様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

 

「ふん、それで」

 

 一通りの言葉を言わせた後、市長は”命令“を説いた。

 今リリースが発した表情と言葉は、精神系状態異常の込められた首輪によって、強制的にさせたもの。

 当然、命令を解除すればリリースが市長の望む言葉をかけることは強制できない。

 だがーー

 

「最有力は、【鬼将軍】かと。やはり個で軍団を作り上げるあの<エンブリオ>は強力ですし、探索力にも非常に優れています。ですが、相性差もあり地下深くにいる<UBM>には勝てないでしょう。【鬼将軍】が起こした【ミューテーション・プレッシャー】を、【砲王】か【鎧武者】が倒すのがおそらくおおよその流れになるかと思われます」

 

 そう、言葉を続けた。

 首輪による命令は既になく、自由に言葉を発し、市長を害する以外の行動もとれる状態。

 しかし、彼女は言葉だけにとどまらず、表情や姿勢も崩そうとはしない。

 

「ほう、あの【高位観測者】は絡んでこないか」

 

「《看破》で確認したところMPは上級職の域を出ていません。恐らく、【ミューテーション】と会敵する前にガス欠します」

 

「ふん、まあいいだろう」

 

 市長がそういった瞬間、リリースの顔は元の生気のない表情に戻った。

 それは、奇妙な光景だったが、それ以上に彼らが発した言葉の内容のほうが問題だった。

 

 今の言が正しければ、彼らはこう言ったのだ。

 

「既に迷宮は攻略し、最奥に住まうボスモンスターの姿も確認している」と。

 

 これまでも幾人もの戦闘系超級職が攻略に挑み、断念したことをやってのけたと二人は言っている。

 既に遺跡を攻略しているのにも関わらず大金を払って無色のカーバンクルを手に入れて景品とした市長。

 精神系状態異常の首輪で縛られていなくとも市長に従順に従うリリース。

 その後の<UBM>を示唆する言葉も含めて、そこにどれほどの意味があるかはわからない。

 

 だが、遠からず状況は動く。

 そうなったときどうなるかは、この時点ではまだ誰にも分らないのだった。

 

 

 To be continued

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