■□【鬼将軍】について
将軍と呼ばれる超級職がある。
パーティーメンバーが己と配下のみで構成されている場合に限りパーティー枠を大幅拡張する超級職。
その数は最低でも千であり、《軍団》のスキルレベルを上げることで最大数も上昇していく。
言うまでもなく強力なスキルであり、戦乱の世ではいつでも大きな戦果を上げてきた超級職である。
だが、【将軍】にはもう一つ特性がある。
その特性こそが、パーティーへのバフ。
例を挙げるとするならば、魔蟲系統将軍職である【蟲将軍】がパッシブの強化スキルで軍団の全ステータスを倍加させている。
将軍ごとに設定された特定の種族にしか効果がないが、その分強化スキルは強力無比。
移動の手間、配下の補給、といった条件をクリアすれば、一軍が上級職を遥かに超える戦闘能力を発揮する。
それが【将軍】という存在である。
そんな将軍シリーズの中でも例外的に【鬼将軍】の全体バフスキルーー《千鬼夜行》はバフをかける種族を選ばないスキルだった。
正確には、効果を受けた生物が種族“鬼”に変貌する。
配下に加えた全ての種族がバフの対象であり、その効果、配下の全性能三倍化。
だが、【鬼将軍】は【将軍】シリーズの中でも最も
その理由は…
■□【高位観測者】リーナ
「■□□□ーー!!」
「《ホワイト・フィールド》」
発動した【白氷術師】の奥義により、前後左右から襲ってきた<マスター>が【凍結】する。
「■■■■!?」
「《クリムゾン・スフィア》」
対状態異常の<エンブリオ>を持っていた<マスター>を【紅蓮術師】の奥義で焼却する。
「■■■■!!!」
「《エメラルド・バースーー!!」
【凍結】した仲間ーー配下ーーを砕きながら前進してきた<マスター>に【翆風術師】の奥義を叩きつけようとしたとき、その魔法が
(マジックキャンセル…!!)
心の中では慌てながらも、しかし頭は冷静に、【ハルムート】の念力で対象を捉え、別の<マスター>に思い切りぶつける。
ここまで相対する全ての<マスター>が、ステータスを数倍化され、致命傷を負わせても命が尽きない限りこちらへ向かってくる。
リーナが先程から上級職の奥義しか使っていないのは上級職の奥義でなければ倒せないほどに、相対する<マスター>達のステータスが高いからだ。
その現象を引き起こしているのは【鬼将軍】の
その効果は、配下の
単なるステータスに留まらない。
装備品を除くスキルやステータス、<マスター>であれば一心同体である<エンブリオ>のステータス補正、スキルも含めた全性能の三倍化だ。
<エンブリオ>ありきの<マスター>の全戦力を三倍化。
一人の<マスター>に使うだけでも脅威が跳ね上がる非常に強力なスキル。
しかし、強力なスキルには利点だけでなく欠点も設けられる。
《千鬼夜行》の効果を受けている【鬼将軍】の配下はその身が
【鬼将軍】のパーティである間はどれだけ強くとも全性能向上を代償に、敵味方構わず暴れ回る鬼と化す。
生物を見ればすぐさま殺しにかかる深刻な精神系状態異常。
そして、殺しにかかる対象はバーサーク化した仲間もーーその長である【鬼将軍】すらも、生きてる限りは標的だ。
それ故、【鬼将軍】のスキルを受けた軍は多くが同士討ちで全滅した。
唯一、【鬼将軍】自身はスキルレベルEXの《精神系状態異常耐性》で正気を維持できるが、他の配下はそうもいかない。
そも、こんな軍団の配下になろうとする者など存在しない。
そしてどうにか集めたとしても,集めた配下すら同士討ちで消えていく。
歴史的に見ても【鬼将軍】の軍団に入りたがるものはほとんどおらず、そういう意味で【鬼将軍】は最も条件がゆるいにも関わらず、最も配下を集められなかった軍団と呼ばれている。
故に、【鬼将軍】は超級職の中でも
だが、カルディナ最高峰の賞金稼ぎである”食いしん暴”シフォンーー正確には彼女の<エンブリオ>【悪辣感染 ヒダルガミ】はその評価を反転させた。
TYPE:アドバンス・レギオン・テリトリー【悪辣感染 ヒダルガミ】
餓鬼とも悪霊とも言われる日本の妖怪をモチーフとした<エンブリオ>。
ヒダル神に憑かれた者は腹を空かせて身動きが取れなくなり、何かを食べるか掌に米という字を書いて嘗めないければ、同様にヒダル神となって憑いたヒダルガミと同じように、辺りを彷徨うこととなる。
そうして、ヒダル神は加速度的に増えていく。
その逸話をモチーフとする【ヒダルガミ】の能力特性は、【飢餓】と新たな力の付与。
【ヒダルガミ】の基本スキル《飢饉》。
その効果圏内にいる者は徐々に隠しパラメーターである【満腹度】が減っていき、【満腹度】が30%を切ると【飢餓】の状態異常が発生して新たに《飢饉》の発生源となる。
そして10%を切れば、【飢餓】が【餓鬼化】という状態異常に進行し、【餓鬼化】した者はシフォンのパーティーメンバーとなり、【飢餓】による行動制限を受けなくなって【ヒダルガミ】にコントロールされる。
【満腹度】が30%を切った時点で大概の者は空腹によって動けなくなるため強力なスキルではあるが、デメリットーーというか少々使いにくい側面がある。
まず、単体では満腹度の減衰が少々遅く、範囲もかなり狭いこと。
三つも重ね合わせればかなりの速度で満腹度消費させることができ、ある程度の範囲もカバーできるようになるが、最初の敵を【餓鬼化】するのには少々時間がかかる。
次に、パーティーメンバーの枠が空いていなければパーティーメンバーになれずに【餓鬼化】もされず、そのまま満腹度が減り続け、餓死することになること。
そして最後にして最大の欠点として、一度満腹度が30%に落ちた後で【満腹度】が50%以上に回復されてしまえば、もうその者の【満腹度】を下げることができないという点だ。
ヒダル神の伝承の具現。
腹が空いても食糧を食べればヒダル神になることはないというモチーフまで、【ヒダルガミ】は再現している。
一度落ちた満腹度を30%から50%まで回復するにはそれなりのカロリーを摂取しなければならないが、【ヒダルガミ】単体の満腹度減少速度はそこまで速くないので、やってやれないことはない。
それ故、【鬼将軍】を手に入れるまでシフォンはそこまで名の知れた<マスター>ではなかった。
ただし、【鬼将軍】を手に入れた今は違う。
《千鬼夜行》で強化された【ヒダルガミ】が広範囲に猛威をふるうことができ、
《軍団》スキルによって【餓鬼化】の取りこぼしがなく、
【満腹度】を回復される以上の速度で削り取ることができる。
おまけに、《千鬼夜行》のバーサーク化によるデメリットも【ヒダルガミ】がコントロールすることによって消している。
ジョブと<エンブリオ>の完全なるシナジー。
強化と、バーサーク化と、パーティー加入。
それによって生まれるのは、性能をはねあげられ、【餓鬼化】へ誘う《飢饉》のスキルを持たせられた増殖軍団。
似て非なるスキル同士が噛み合った結果、生まれたのが準<超級>でも上位の
それ故、リーナは防戦一方だった。
今は《詠唱貯蓄》と魔法スキルの射程、そして古代伝説級特典武具である【ハルムート】によって《飢饉》の圏内に入ることなく狂化<マスター>を倒しているが、この均衡を永遠と維持できない。
今回シフォンが【餓鬼化】したのがよりにもよって<マスター>だったためいつ<エンブリオ>による初見殺しが飛んでくるかも分からない。
むしろ広域殲滅スキルも使わずにたった一人で狂化<マスター>を落とし続けたリーナを称賛すべきだろう。
現に、一度はマジックキャンセル持ちの<マスター>が襲来したため非常に危なかった。
自身の天敵のような存在を相手にしてなおデスペナにならなかったのは、リーナの高い技量と【グリモワール】の万能性を示しているとも言える。
だが、このままでは確実にまずいことがある。
一つは、魔力の枯渇が近いこと。
既にMPは三割を切り、未だ逃走の目処が立っていない。
何度か試みようとしたものの、一本道の通路と次々と現れる<マスター>達に、すぐに回り込まれ追い詰められてしまう。
おまけに通路の過度な損傷は禁止というルールがあるため、必殺スキルによる広域殲滅攻撃も仕掛けられない。
地形、ルール、そして敵、その全てがリーナにとって不利を押し付けてくる。
もう一つは、まだ遺跡内のモンスターを一掃した広域殲滅・制圧スキルの主が特定できていないこと。
狂化軍団に阻まれて考察や探索もままならず、早く相手の攻撃射程から抜け出すか対応した防御手段を打たねば、もういつ敵手の攻撃がこの場を襲ってもおかしくない。
そして最後にして最も差し迫った危機。
それは一つの地点で【餓鬼化】することもなく手勢を狩り続けるこの行為事態。
『見つけたのですううううううう』
ーーそれをこの軍の将であるシフォンが許すはずもない。
漆黒の全身鎧を纏い、通路を跳ね回ってくるシフォン。
それに対してリーナも《詠唱》を込めて威力を上げた《グリムゾン・スフィア》を撃ち放つ。
必殺スキルとの併用で超級職奥義を用いないリーナにとっての最大火力。
莫大な熱量を内包した火球がシフォンに向かって放たれる。
これはリーナにとってチャンスでもあった。
ここでシフォンを倒せば【鬼将軍】と【ヒダルガミ】による二重強化は終わり、残るのは【飢餓】による行動制限を負った<マスター>達だけだ。
本来、将軍系のジョブは自らが前線に立つジョブではない。
そういう観点からみればシフォンは戦術的にミスを犯したと言える。
ただしそれはーー
「《ホワイト・フィールド》」
ーーリーナがシフォンをーー
「《制動》」
ーー倒すことができると前提した場合の話である。
『効かないのですううううう』
火球を突き破り、氷壁を割り砕き、古代伝説級特典による拘束を突破したシフォンが、リーナを思いっきり殴りつけた。
【救命のブローチ】が起動し、破損判定を逃れられなかったことにより割れ砕ける。
そのままシフォンは両手を振りかぶり、リーナを殴りつけようとしーー
「《キャリアー・ブリーズ》」
《詠唱》を込めた風属性魔法で自身を超音速移動させたリーナが辛うじてシフォンの間合いから逃れた。
全性能を三倍強化されてるとはいえ、いくらなんでも今のシフォンの動きは異常だ。
《鑑定眼》を使用すれば全身鎧に伝説級特典武具の判定が出た。
想定していた脅威が更に一段間上がり、珍しくリーナが顔を引きつらせる。
(やばい。配下だけならワンチャンなんとかなったけど、これはほんとにやばい)
あるいは配下だけなら通路の不利がなければリーナはいつでも逃げられた。
【ハルムート】で上空に退避し《詠唱》込みの魔法スキルで一掃するか、相性の悪い<マスター>がいるならあるいはそのまま逃げてもいい。
シフォンの【ヒダルガミ】による増殖軍団は非常に強力だが、同時に大きな弱点も抱えている。
それは配下に対処できない距離と速度で配下を倒す絶対強者の存在がある場合。
近接型であれば時間さえ稼げば【ヒダルガミ】の餌食となるが、相手が広域殲滅手段を持った遠距離型であれば配下では対処できないこともある。
<マスター>を配下としている場合はそうそう起こり得ない事態だが、普段彼女が配下とするのは狩場周辺のモンスター。
戦力にムラができやすいのもこの増殖軍団の欠点の一つ。
故に増殖軍団だけであれば、シフォンは名を馳せたとしてもここまで恐れられてはいなかっただろう。
だが、現実としてシフォンの名は畏怖され、恐怖(と興味)の対象となっている。
それはシフォンが【餓鬼化】の即時戦力以外にも、安定した強力な戦力を用意できたから。
そしてシフォンが用意した常駐戦力は新たな配下ではなくーー自分自身。
(最終奥義だけは、切らせちゃいけない)
そう、シフォンが”食いしん暴”として名を馳せた理由は、【鬼将軍】の奥義と【ヒダルガミ】による際限なき増殖軍団ーー
その更に先ーー【鬼将軍】の最終奥義こそが最たる理由である。
かつてある都市で起きたクラン同士の抗争で、巻き込まれたシフォンがキレて両クランに壊滅的な被害を出し、死者こそ出なかったもの都市が半壊した事件。
その事件で使われたという最終奥義が切られた時点で、リーナの敗北は決定する。
故に、戦いの山は今ではなくまだこの先にある。
だが、現状は最終奥義を切られずとも既にリーナは満身創痍である。
<マスター>の軍団に擦り潰され、高い打点を持つシフォンが勝負を決しに来る。
万能の対応力を有したリーナですらも処理能力を食い潰され、シフォンの拳が間近に迫った時ーー。
「「ーー!!?」」
ーー遺跡を大きな衝撃が襲った。
【鬼将軍】
あまりにも使えなさすぎるジョブに思われそうだが、本来は前提となるジョブがあり、それがロストしたためこんな扱いになっている。
奴隷ーー特に【死兵】ーーを使った特攻戦術で、戦地の真ん中でジュエルを砕き、混戦に持ち込むことで大きな戦果を上げてきた。
将軍系らしく最終奥義も本人ではなく配下がコストを払うタイプのため何度も使用でき、かつて“戦場の悪鬼”と恐れられ、戦況を幾度となくひっくり返した超級職。
【悪辣感染 ヒダルガミ】
TYPE:アドバンス・レギオン・テリトリー
《舌鼓み》
【満腹度】を100%を超えて溜めれるスキル。
このスキルで溜め込んだ【満腹度】は他者へ分け与えることも可能。
《飢饉》は自分は対象外だがそれ以外の相手への対象は無差別なのでこのスキルが実質《飢饉》の対象指定を可能としている。
たまに調子に乗りすぎてシフォンが【飢餓】の状態異常になっている。(《飢饉》の対象指定されてはいないので《餓鬼化》することはない)
《飢饉》
【飢餓】の苦しみは結構なものなので【飢餓】から【餓鬼化】に至る過程で<自害>する<マスター>もそれなりにいる。
【餓鬼化】した後でもどうにかして【満腹度】を回復させれば【餓鬼化】は解ける。
【餓鬼化】した後の操作は半オート(【魅了】状態のようなもの)なのでそこまで賢い挙動ではない。
せいぜいで味方を攻撃しない、《軍団》に余裕があるときや強い相手はは倒すよりも【餓鬼化】を優先というようなもので、仲間同士の連携等はほとんどない。
それをするにはシフォンがマニュアル操作に切り替える必要があるが、当人の性格的にそうすることはほとんどない。
厄介かつ強力なコンボだが作中で述べた通り連携がほとんどないため一個で軍を一掃できる絶対強者には届かない。
現に広域殲滅攻撃ができる環境なら上級職であるリーナにだって不可能ではない。
(もし連携や戦略を組み立て行動できていたら遺跡内の戦闘では確実に倒され、屋外でもそれ相応のダメージを負っていた可能性が高い)
そのため同格以上や相性の悪い敵にはどうしても及ばないことが何度かありーー
ーー及ばなかった全てを、最終奥義を使って屠りさってきた。