■□【高位信仰者】雪姫 桜
「KURURURURU」
まさか<マスター>と<UBM>がいるのは予想外だったけど,リーナさんが放った風属性魔法で分断することは成功した。
元々PKの姿は確認されてたので、もし二人以上いるならリーナさんが多い方を受け持って分断するつもりだった。
とはいっても,数はそこまで多くないと予想していた。
そもそも,数が多いだけの相手なら《灰を被ったお姫様》でいくらでも倒すことができるのだ。
それをレジストできるものはさほど多くない。
現に,この【アルノーツ】もレジストはできていない。
それを可能としてるのはーー
「KURURURURU」
(意外と早い!)
かなり大きいムカデのような体躯をしているが,それでも【アルノーツ】は,今の私を凌ぐだけの速さを持っていた。
私よりも大きな口で噛みついてくるのを横に飛んで回避すると,そのまま地中に潜りこんで見えなくなってしまう。
《殺気感知》に反応があるのでまだ逃げてないことはわかるけど,ある程度の隠蔽能力もあるようでどこから来るかは分からない。
少しでも前兆を感じれればと周囲を油断なく見渡す。
そのときだった。
けたたましい音と共に,青く輝く岩が私の足元から生えてきた。
時には連続で,時には時間差をつけて,まるで地上の獲物をこうして追い込むことに慣れているかのように,石柱が私を串刺しにしようと迫ってくる。
いや,実際慣れているんだろう。
恐らく,あの糸よりはこちらが【アルノーツ】本来の戦い方。
あの<マスター>に使役されていたのか、一時的に協力関係を築いていたのかは知らないけど,今まではあの<マスター>にも経験値が分配されるように戦闘での功績を分けていたのだろう。
確かにあの糸による罠は隠密性と安全性はかなり高いけど、純粋な殺傷能力ならこちらの方が高いように思われる。
私がなんとか躱せているのは石柱が出てくる前にわずかに地面が陥没するのでタイミングが図れるのと、
だが、今もなお《灰まみれの日々》を使っているのに石柱がなかなか崩れない。
そう、それこそがレジストできていないはずなのに【アルノーツ】の外皮を、石柱を、《劣化》で壊せない種。
外皮に纏う鉱石や突き立てた石柱の耐久力が高すぎて【劣化】でも削り切れないのだ。
間違いなく,あれこそが【アルノーツ】の特性の一つ。
鉱石の強化,もしかしたら再生能力もある程度はあるのかもしれない。
あれと同じ青く光る鉱石を纏った【アルノーツ】は,《灰を被ったお姫様》の効果も薄いように見えた。
とにかく、今は回避に専念してどうにかこの状況を打破できないか考える。
しばらく回避し続けてだんだんと体が慣れてきた。
ただ、このままじゃ足場がなくなってしまうので場所を移さなきゃいけない。
まだいい考えは思いつかないけど、反撃の手を考えつつ移動を開始しよう。
そう思い始めた頃だった。
突如、【アルノーツ】があたりの石柱を砕きながら地面を突き破って外に飛び出てきた。
私よりは少し離れた位置に出てきたのは、《灰まみれの日々》を警戒してのことだろう。
でも、わざわざ出てこなくてもあのまま安全地帯から攻撃してればよかったんじゃ。
その私の考えはすぐに崩れることになる。
未だ空中にある【アルノーツ】の周囲の砕けた鉱石が変形し,杭のようにとがった先端を向けてこちらに向かってきたのだ。
速度では私に分があるが、数が多すぎる。
体積が足りずに届かないものもあるが,砕けた鉱石全てが変形して向かってくる杭を私は避けきることができない。
次の瞬間,辺りに粉塵が舞い,私は地面に手足を串刺しにされ、倒れ伏していた。
■□【高位観測者】リーナ
「それにしても意外ですね」
「何がよ」
「私とあの虫もどきを分断する作戦は非常に理に適っているといると思います。ですが,あなたはあの虫もどきの方に行った方が良かったんじゃないですか?」
この男の言ってることは分かる。
あの<UBM>はかなり固い外郭を纏っていたようだが,私の魔法ならそれは関係ない。
うまくいけば地面に潜る前に決着をつけることだって可能だろう。
特典武具だってあって困るものじゃない。
一方,レジスト困難な状態異常を持つあの子なら、こいつ相手に決着をつけるのにもそう時間はかからないかもしれない。
【操糸士】系統じゃ持ってる武器の耐久力は低いだろうし,さっき使ってた鎖だってあの子はきっちり反応して鎖を壊していた。
それでも,私があえてこっちに残ったのは
「貴方からは油断ならない気配がするからよ」
少なくとも、<UBM>に寄生プレイしていただけのPKと見て油断してはいけない。
こいつは対人戦慣れしている。
今も少しでも私に隙があれば、その寝首を掻こうとしている。
素直すぎるあの子じゃ,この男を追い詰めることはあっても,倒すことはできないだろう。
そんな私の心中を呼んだのか,この男もニタリと笑う。
「ふふふ、随分と買われているようですね。ですが、貴方も随分とお強そうだ。魔法職のようではありますが、AGI差を理解した上できっちり先手を取っている」
ジェム貯蔵連打理論が廃れてまだ間もない。
私は別にとっていなかったので特にジョブ変更とかはなかったが、ジェム貯蔵連打理論が廃れたということは、イコールで前衛の戦闘スピードが亜音速に突入したということである。
AGIは上がりにくいはずの【操糸士】系統のはずだけど、エンブリオ補正か、あるいはサブジョブでなにか仕込んでいるのか、速度は亜音速に近い。
「では、始めましょうか。お互い手早く終わらせて相方の援護にいきたいとこですし」
「そうね、始めましょう」
そして、私は手元に浮かせてる本のページをバラバラとめくりーー
PKは腰を通して両腕に巻き付けた鎖と,手袋を通してはめたリングに巻き付けた糸で私の周囲を囲い出した。
■◇【深鉱金富 アルノーツ】
「く,ううう」
「KURURURURU」
目論見は成功し,杭は人間を完全に貫いた。
急所は庇ったようだが,それでも足と脇腹,左の手のひらと右腕を貫いていて動きは完全に止まっている。
想定より刺さった杭は少ないが,十分だろう。
後は縫い付けてある地面の下から大きな杭を出して,串刺しにしてしまえばいい。
本来あるべき姿に捕食者と被捕食者の関係に【アルノーツ】は愉悦を覚え、今の不満だらけの境遇を想起する。
そもそも,この私があんな下等生物に従っていなければならないのが間違いなのだ。
あの日,いつものように地上の生物を串刺しにして回っていたらあの下等生物が,こちらの攻撃を看破して私のスパイクを無数の糸に変えてしまった。
そこからは私の外殻までもを【糸化】して,私をいつでも殺せるように…。
「KURURU」
思い出しただけでも腹が立ってきた。
そこからは恥辱の日々だ。
毎日,あの下等生物の言われた通りの鉱物を精製して強化するだけの日々。
あいつは私が弱いから育ててやるなどと宣っているが,今に見てろ。
いつかあいつを超える《鉱物操作》を獲得して,復讐して…
おっと,思考が脇にそれすぎた。
別にあの下等生物なんぞ死んでくれた方がいいのだが、このままこの人間を生かしておくのもまずい。
この人間の手は私を殺す力を持っている。
その前に始末を…
「KURU?」
そこまで考えて意識を戻したとき,【アルノーツ】は疑問を覚えた。
なぜか串刺しにした時は貫いていたとはいえ、五体満足だったはずの人間が、片腕をなくし,未だ足と脇腹に重傷を負いながらも,立ち上がる姿を。
■◇【高位信仰者】雪姫 桜
「はあ,はあ,危なかった」
未だに危機は去っていないものの,立ち上がった私は【アルノーツ】の姿を見ながらそう言った。
ENDが上昇していて,細い杭を弾けなければ,あれで終わっていただろう。
「《フォース・ヒール》」
とりあえず回復魔法とリジェネによる回復先を足に集中させて,足を治す。
回復魔法にも傷痍系状態異常を負った場合には集中できる部分があるらしく,そこを中心に回復してれば早めに治る。
これは《灰まみれの日々》で自身の腕を破壊してばかりいたからこそ気づいたことだ。
回復とダメージが相殺できるようになるまでは、かなり心臓に悪い光景だった。
今回,脱出に使ったのもその《灰まみれの日々》だ。
あえて回復を集中させずに,右腕を崩しながらもなんとか左手の杭に触れて左手を自由にし,あとは左手で刺さってる杭を順次【劣化】させて脱出した。
細くなってる分耐久値が足りなくなっていたようで、何とか崩せたのは行幸だった。
もし右腕が崩れきるまでに左手に刺さった杭に触れて入れなければーー
もし杭に【劣化】では崩せ切れないほどの耐久値が残っていればーー
私は右腕を失っただけで,そのまま【アルノーツ】の餌になっていただろう。
だが,これで危機が去ったわけではない。
むしろ脇腹と右腕のダメージを回復するのには十分程の時間が掛かるだろう。
回復魔法はクールタイムでしばらく使えないし,《灰まみれの日々》を発動できる腕も一本だけになった。
だが,負ける気はない。
【アルノーツ】も私の戦意がくじけていないのを感じたらしく,まだ無事な杭に対してスキルを行使し,変形の準備を整える。
お互いににらみ合う時間が発生し,私の脇腹の傷がなんとか癒えてきた頃に…
ドオン
森の向こう側で爆発が起こりーー
私は【アルノーツ】に向かって走りだし、【アルノーツ】は私を仕留めようと、杭を射出した。