ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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遂に第一章の山場です


第11話『再誕の刻(とき)』

「だぁー、ちくしょぉおおー!」

 

「……ハジメ、ファイト……」

 

「お前は気楽だな!」

 

 現在4人、いや3人は全力で走っていた。ユエだけはハジメにおぶさっている。

 

「ユエっ! そろそろ交代してほしいんだけどっ!!」

 

「こんなか弱く、幼い女の子に走らせようとするなんてカオリは酷い女……」

 

「都合の良いときだけ幼女ぶらないでよっ!」

 

 そしてそんな彼らを追いかけるのは200頭にも及ぶ、ラプトル種の様な小型の恐竜の群れ。ジュラッシクパークも真っ青な光景である。なお可愛げもありますよ?と言わんばかりに恐竜の頭部にはいずれも綺麗な花が一輪咲いている。けれど、その花は見た目通りの可愛いだけのものではない。ここまでも何体か花を生やした恐竜を相手してきた中で、あの花は一種の寄生植物の類で、恐竜たちは操られていると推測が立っている。

 

「ていうか! さっきからちょくちょくハジメ君の血を吸うのやめてっ!」

 

「……不可抗力」

 

 そして、逃走の最中でもユエはマメにハジメの首に噛み付き、血を吸っている。

 

「不可抗力で人に噛みつけるわけ無いよね!?」

 

「……ヤツの花が……私にも……くっ」

 

「何わざとらしく呻いてんだよ。ヤツのせいにするなバカヤロー。ていうか余裕だな、お前等っ!!」

 

「そうだねー、三人仲良くイチャつけるほど余裕なら逃げずにあの集団に突貫してきたらどう?」

 

「えっと、カナタ怒ってるか……?」

 

「んん? ソンナコトナイヨー、ナカムツマジクテケッコウダナッテ、オモッテルヨー」

 

「思いっきり棒読みで言っても説得力ねぇからなっ!?」

 

 等とワイワイ騒ぎながら逃げてる内に目的の場所が見えてきた。更に探索と戦闘を繰り返すうちに、恐竜たちは自分達を一定の方向に近づけないようにしている傾向があり、そこに大本が居ると予測。思い切って、その方角に突っ切り始めた結果が200頭にも及ぶ恐竜達との追いかけっこである。そしてその方角に見えるのは縦割れの洞窟。4人はそこに逃げ込み、錬成で穴を塞ぐ。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう」

 

「……お疲れさま」

 

「さぁユエ、追いかけっこも終わったし、そろそろハジメ君から降りて」

 

「……むぅ……仕方ない」

 

 と、ホントに渋々といった様子で、ユエはハジメの背から降りる。そして、周囲を警戒しながら部屋の中央までやってきた時、緑色のピンポン玉サイズの球体が飛んで来た。それぞれ背中合わせに立ち、各々でそれを迎撃していく。

 

「おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかるか?」

 

「とりあえず、俺の向いてる方にはそれらしいのは見えないが」

 

「私も同じ、ユエは?」

 

「……」

 

「ユ――」

 

「香織っ!」

 

 ハジメが香織を抱きかかえその場から飛び退く。そして今まで香織が立っていた場所にユエの放った風の刃が通過していった。

 

「カオリ……ごめんなさい……」

 

 立ち上がった香織とハジメ、そして二人の傍に駆け寄ってきたカナタ。その3人の目には頭に恐竜達と同じ花を咲かせたユエの姿。恐竜達と違い、少し可愛げがあるも笑える状況では無い。そして、ユエを挟んで奥の方の縦割れから、アルラウネもしくはドリアードを連想させる植物と女性が融合した魔物が姿を現す。

 

「さっきの玉は胞子だった訳か。ったくやってくれるじゃねぇか」

 

「でも、なんでユエだけ?」

 

「俺らの場合は諸々耐性スキル持ってるからな。それのお陰だろう」

 

 けれど、ユエはここまで基本ハジメの血吸って腹を満たしており魔物肉は口にしていない。つまりはそう言った技能を持っていないと言う事だ。

 

「さて、問題はどうやって切り抜けるか、だな」

 

 植物の魔物は完全にユエを盾にしており、これではうかつに斬りかかる事は出来ないし、香織もドンナー・ライトの銃口を魔物に向けているものの、その引き金を引く事を躊躇している。その間にもアルラウネはユエを操り魔法で攻撃し続ける。その時だ、身体は操られていても意識は残っているのか苦痛な表情を浮かべていたユエがキッっと何かを決意したような表情で3人に叫んだ。

 

「みんな……私はいいから……撃って!」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「なぁ、いい加減機嫌直せよ……」

 

 植物と恐竜の階層を突破し、次の階層に仮拠点を作り4人は休憩を取っていた。が、そんな中、ユエは明らか不機嫌そうな顔でそっぽ向いており、そんな彼女の頭を香織が撫でていた。あの時、実際に自分の事を気にせず撃てと叫んだユエ。けれども――

 

 

 

 

 

『みんな……私はいいから……撃って!』

 

『バカヤロウっ、そんな真似できるか!』

 

『私なら再生するから大丈夫! だから撃って、ハジメ!』

 

『……クソッ!』

 

 と、体の自由を奪われたヒロインと主人公のお約束の会話を不謹慎ながらもユエは僅かに期待していた。しかし実際は――

 

『みんな……私はいいから……撃って!』

 

『えっ、良いのか? 助かるわー』

 

 と、ハジメは何の躊躇も無く、ドンナーでユエの頭に咲いていた花を吹き飛ばし、更に続くもう一発でアルラウネの頭部も吹き飛ばしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「撃てって言ったのはユエだろ? 何がそんなに不満だったんだよ?」

 

 本来ならば速攻でユエの花を撃ち抜いて、アルラウネを射殺する事も出来た。むしろ命を掛けた戦闘なのだ、相手に余計な時間を与えずに速攻で倒すに越した事は無い。それでも無許可でそれをやってユエと気まずくなるのもキツかったので、ハジメにしては物凄く珍しい事に手をこまねく形になったのだ。

 

「ハジメ……生き残る為に色々切り捨てるのは結構だけどよ、乙女心を察する部分は拾いなおしてこい、今すぐにだ」

 

 それでなくてもハジメはもう独り身じゃないのだ。生き残り云々関係なしに乙女心に対する機微は絶対に必要である。

 

「うん、流石にあれはちょっと、ユエが可哀想だったと思う……」

 

 これには流石の香織もハジメを擁護する事は出来ずに居た。二人からの批判を受けて、ハジメもちょっと気まずそうに頬を掻く。

 

「え、えっとユエ。腹、減って無いか? 俺の血を吸っても――」

 

「要らない」

 

「でも、さっきの奴に操られた時にだいぶ魔法使わされただろ?」

 

「ハジメの血は今回良い。代わりに――」

 

 ユエはいきなり自分の頭を撫でていた香織に目を向ける。

 

「代わりに香織の血を貰う」

 

「へっ?」

 

「はぁっ!?」

 

 ユエは不敵な笑みを浮かべ、ハジメを一瞥後、その視線を香織に戻す。恐らくはユエなりの仕返しとあてつけなのだろう。ハジメは驚いたような表情で、そして香織は突然の指名に少し顔を赤くする。

 

「あ、あのね、ユエ! 今回はハジメ君の血を吸っても怒らないから、だから――」

 

「ハジメの血ばかり吸ったら、ハジメが体調崩すと言ったのはカオリ」

 

「た、確かに言ったけど……」

 

 そして香織を見上げながら、ペロリと舌なめずり。 

 

「大丈夫、痛いのは最初だけだから」

 

「それってそう言う意味で使う言葉じゃ――」

 

「いただきます」

 

「ちょ! 待って! ユ――」

 

 最後まで言わさずユエが香織を押し倒す。その後、血を吸われている間の悩ましい表情の香織と艶やかな苦悶の声から注意を逸らす事に必死にならざるを得ない男二人が居たのだった。因みにユエ曰く――

 

『香織の血は上品な茶葉をふんだんに使った、芳醇な紅茶の味わいがした』

 

 との事らしく、食事と血の味に関連は無い事が明らかになったのは別の話だろう。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 その日は結局、ユエの機嫌を直すのに悪戦苦闘。探索を再開したのはその次の日(明確な日付や時間は判らないが)となり、その後は特に何事も無く遂にハジメ達はハジメと香織が意識を取り戻した場所から100層目に到達していた。その階層は無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らになっており、明らかに人の手が加わっていると思える空間だった。

 

「いかにもって感じだな……」

 

 オルクス大迷宮は全100層からなる大迷宮と言うのがトータスでの一般的な認識だ。けれど、何時かトラップで飛ばされた場所も同じ20階層だとだったとしても、この時点で100階層を超えている。つまり途中からは一般的に認識されていない未開の階層だったと言う事だ。そして上も100層で一区切りとし、ハジメと香織が目覚めた場所が、未開部分の第一階層と仮定すれば、節目である100階層目に何かあると警戒するのは当然。そしていままの迷宮とは明らかに違う様子にその警戒が間違いでない事を4人は悟っていた。やがて、4人の来訪を察知したかのように柱が淡い輝きを放つ。それは手前側から順番に奥へと続いており、まるでカナタ達を誘導しているようだった。

 

 

 

 

「こいつはすごいな……」

 

 それに従い奥へと進んでいくと、やがて美しい彫刻の彫られた全長10メートルは超える扉が見えてきた。

 

「もしかして、あれが反逆者たちの住処?」

 

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

 

「だな、そしてゴールにたどり着いたって事は――」

 

 次の瞬間、扉と4人の間の空間に巨大な魔法陣が現れる。それは直系30メートルは超えており、血の様な輝きを放つそれは一定のリズムで脈打っている。

 

「当然、最後のボス戦って事だな」

 

 カナタが背中の大剣の柄を握り――

 

「上等だ! 何が来ようが俺達の邪魔するってんなら殺すだけだ」

 

「うん、私たちはここで立ち止まる訳にはいかないから」

 

 ハジメと香織がそれぞれの銃を手に持ち――

 

「んっ!」

 

 力強く頷いたユエが魔力のオーラを纏う。やがて、魔法陣が一際強く輝き、光が収まった時4人の視界に映っていたのは――

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 魔法陣と同じぐらいの大きさの魔物。鋭い牙に長い首、それが6つも同時についている魔物。

 

「さしづめヒュドラって所か」

 

 その呟きが開戦の合図となり、ヒュドラはその6つの口から炎を吐き出す。ハジメと香織、カナタとユエの二手に分かれる形で散開。ハジメと香織の放った銃弾が赤い文様の刻まれた頭を吹き飛ばす。が、白い文様の刻まれた頭が鳴いたかと思うと、それはすぐに再生された。

 

(白い奴が回復担当か、ならっ!)

 

 次にカナタが空力で白い頭部に向かって間合いを詰めて剣を振り下ろす。が、そこに黄色の文様をしている頭部が割り込み頭を肥大化、更にそれは同色の輝きを放ち、カナタの剣を弾く。

 

(盾役にヒーラー、このヒュドラ。頭部一つ一つに役割を持ってるわけか!)

 

 つまり、一体の魔物でありながら同時にパーティとしても成立しているのだ、厄介な事この上ない。次の瞬間、回復役の首の上空で何かが爆発し燃える液体が降り注ぐ、ハジメの焼夷手榴弾だ。纏わりつく様に燃え盛る炎に流石のヒュドラも苦しそうに悶えている。

 

「いやぁああああ!!!」

 

「ユエっ!?」

 

 この隙にハジメが念話でユエと同時攻撃を指示しようとした時、ユエの悲鳴が響いた。其処には頭を抱え、何かに怯えているユエと彼女に寄り添う香織の姿。そこでハジメは気付く。戦闘が開始されてから全く動いていない首が存在している、黒い文様を浮かべた奴だ。そしてその視線は真直ぐユエに向けられている。

 

“カナタ、二人をっ!!”

 

“了解っ!”

 

 ハジメが黒い首の撃破、カナタはユエと香織のカバーに回る。ハジメが空力+瞬歩で間合いを詰め、ドンナーで黒い首を撃ち抜く。それと同時にユエがその場に倒れそうになり、香織がそれを抱き抱える。

 

「ユエッ! ……っ!?」

 

 二人が動けなくなったタイミングを見計らったかのように青い文様を浮かべた首が二人を丸呑みにしようと襲ってくる。そこにカナタが割って入る。けれど、そんなのお構い無しに3人とも丸呑みにしよう大きく開いた口を閉じる。

 

「クゥッ!?」

 

 しかし、カナタは大剣をつっかえ棒代わりにしてそれを防ぐ。シュタル鉱石の刀身に魔力を注ぎこみ続けるカナタ、けれどヒュドラの顎の方が強いのか、刀身に少しずつ皹が入る。

 

「念の為、貰っておいて正解だった……なっ!」

 

 そう言って、カナタは予めハジメから受け取っておいた手榴弾(こちらは銃の炸薬にも使われているフラム鉱石を使った通常の手榴弾)を2つ、歯でピンを引き抜き、ヒュドラの首の奥へと投げ込み、その場から飛び退き、ユエと香織の傍に着地。魔力供給が途切れた大剣の刀身が砕けると同時に口が閉じられるのと、頭部と首の境目で爆発、首と頭部が分断される。

 

「ユエっ! ユエッ!!」

 

「……カオリ?」

 

「そうだよ、大丈夫?」

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

 

「どう言う……」

 

「目を閉じろっ!」

 

 ハジメの指示に従い二人は目を閉じ、まだ少し混乱しているユエは香織が抱き締めてその視界を塞ぐ。直後、閃光手榴弾が炸裂し、動きが鈍った所に、ハジメも合流する。この間も思考を続けてたカナタはやがて一つの結論を出す。

 

「ジャマーまで居るのか、ホントに無駄にバランス良いな、あのヒュドラ」

 

 幻惑、もしくは悪夢の類を見せてこちらの精神を揺さぶり恐慌状態にするものだろう。

 

「みんな……私……」

 

 その言葉を封じるように、香織は再び、ユエをそっと抱き締めた。

 

「カオリ……」

 

「言ったでしょ? 私たちはもう選んだの。だから、見捨てたりしない。そうでしょ、二人とも」

 

「ああ、ヤツを殺して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんだ。……一緒にな」

 

「ここまで一緒に来た訳だしな。今更見捨てるような真似はしないさ。それは俺の誇りに関わる」

 

「誇りって……お前、そんなの気にする奴だったか?」

 

「……言われてみりゃそうだな。なんでいきなりこんな事を言ってんだ俺?」

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 普段は口にしないような単語に自分の事ながら疑問に感じたカナタ。けれどそれは視界が回復したヒュドラの雄たけびによって中断させられる。

 

「っと、まずはあいつをどうにかするか。カナタ、お前はこれを使え」

 

 そう言ってハジメはドンナーと腰のベルトに付けていた銃弾の入ったポーチを渡す。

 

「扱いは慣れて無くても、零距離でぶっ放せば問題ないだろ?」

 

「まぁな。ハジメは?」

 

「俺はシュラーゲンを使う」

 

 そう言って、ハジメは対物ライフル:シュラーゲンを腋に抱える形で持つ。

 

「連発は出来ない。援護は任せたぞ、カナタ、ユエ、香織」

 

「あいよ」

 

「んっ!」

 

「任せて! 気をつけて、二人とも」

 

 互いに頷きあい、カナタとハジメがヒュドラに向かって駆け出す。

 

「〝緋槍〟! 〝砲皇〟! 〝凍雨〟!」

 

 矢継ぎ早に放たれるユエの魔法。しかし、それは黄紋の頭部が一声鳴くと同時に周囲の柱が盾となり防ぐとはいえ、カバーできる範囲は狭く幾つかの魔法はヒュドラの頭部に直撃する。苦悶の声を上げたヒュドラだったが、やがて例の黒い頭部がユエに再び精神干渉の魔法を使う。否応無しに沸き上がる恐怖、けれどそんな彼女の両肩に香織が後ろからそっと手を乗せる。幻とは違う、確かにそこにある暖かさ、それがユエの不安を押し流す。

 

「……もう効かない!」

 

 更にユエの魔法による波状攻撃が続き、それを迎撃する3つの首はそれに掛かりっきりだ。

 

「これ以上、ユエを惑わさないでっ!」

 

 片手はユエの肩に置いたまま、香織はドンナー・ライトで黒紋の頭部の右目を撃ち抜く。そして――

 

「余所見は厳禁、ってなっ!」

 

 その間に間合いを詰めていたカナタが黒紋の頭部の上に乗っかり銃口を押し当ててドンナーの引き金を引く。上から下に貫通した頭部はその力を失い、うな垂れる様に地面に倒れる。無論、それを白紋の頭部が蘇生をしようとする。

 

「させるかよっ!」

 

 気が付けばシュラーゲンの銃口を白紋に向けたハジメの姿があった。当然ながら黄紋は回復役たる白紋を守るように立ちふさがる。

 

「まとめて砕くっ!」

 

 巨大な銃身から放たれた大口径の弾丸。ドンナーの10倍もの火力を誇るそれは黄紋と白紋、2つの頭部をまとめて貫通。ヒーラーと盾役、パーティにおける重要な役割を担うそれがまとめて撃破された事に残りの頭部は動揺を隠せない。

 

「〝天灼〟」

 

 そしてその瞬間を見逃すユエでは無い。6つの雷球から伸びる放電がヒュドラの頭上に巨大な雷球を生み出し、そこから落雷の雨がヒュドラを襲う。雷の豪雨が止む頃には残りの頭部も消し炭と化し、遂に6つ全ての頭部が戦闘不能となる。強大な魔法を連発した所為でユエは体の力が抜けると同時にその場に座り込む。けれど、その瞳には何かをやりきったかの様に満足げな光が宿っていた。ハジメとカナタも、最後にヒュドラの死体を一瞥、ユエと香織に合流しようとこちらに背を向けた。次の瞬間――

 

「ハジメ君っ!」

 

 切羽詰った香織の声に、二人が再びヒュドラの方を振り向く。

 

「冗談だろ……」

 

 そこには銀色の紋様を浮かべた“第7の首”の姿。けれどそいつはハジメとカナタを一瞥後、その視線を香織とユエに向け、その周囲に眩い光球が幾つも生み出される。

 

「「っ!?」」

 

 その意味に気付き、二人が縮地を使うのと、銀紋頭部の周りに光が集まり、一発一発がシュラーゲンに匹敵する光弾の雨を放つのは同時だった。光弾が香織達の居た所に着弾。もうもうと砂煙を巻き上げる。

 

「ハジメ君……竜峰君……?」

 

 それが晴れた時、ヒュドラの目に映ったのは女の子二人を庇う様に立っている、カナタとハジメの姿。けれど、二人は香織の呼びかけに答える事無く、その場に倒れこむ。

 

「ハジメ君っ! 竜峰くんっ!!」

 

 香織とユエが二人に駆け寄ると同時に、再びヒュドラから光弾の雨が放たれる。香織達はカナタ達を抱えて、光弾の範囲から離脱。柱の影に身を隠す。すぐに香織が対複数回復魔法“回天”で治療を始め、ユエが二人に神水を使う。けれど、喉辺りにも掠っていた影響か、ハジメの方は神水を飲みこめず咽ている。ユエは香織の方を一瞥するが、香織は治癒魔法を掛け続ける事で精一杯だった。

 

「カオリ……ゴメン」

 

 香織に一言謝罪し、ユエは神水を口に含み口移しで無理やりハジメに神水を飲ませる。香織も一瞬だけ動揺するがすぐに緊急事態ゆえ止む無しとした。

 

「治りが遅い、どうしてっ!?」

 

 けれど二人とも何時もと比べ、肉体の治りが遅い。これを4人が知るのは後の事になるがヒュドラの光弾には肉体を溶解させる毒が含まれている。神水と香織の治癒魔法の効力のほうが上回ってる事で傷自体は治ってはいるがその治りは遅い。加えて、ハジメは右目に直撃を受けた所為か眼球が完全に消し飛び、再生不可能となっている。その間にもヒュドラの光弾は4人の隠れてる柱をガリガリ削り続け、突破されるのも時間の問題だ。香織は更に自動治癒の効果を与える“周天”も併用し二人の治療を急ぐが明らかに間に合わない。そんな時、ユエの目にカナタが持っているドンナーが映った。ユエは自分も神水を飲み、カナタの手からドンナーを取り上げる。

 

「ユエ?」

 

 自分に過去と決別する為の名前をくれたハジメ、ハジメの事で幾度と無く揉める事もあったが、自分の方が年上の筈なのに、まるで姉、ないし母みたいに優しくしてくれた香織。常におどけたり、わざとふざけてみせた言動で薄暗い道中を賑やかにしていたカナタ(大半はハジメに対する嫉妬発言が多かった気がするが)。深い暗闇の底、もはや永遠と続くのではないと言う孤独の中、ユエにとって彼らとの出会いは奇跡であり、かけがえの無いものだった。

 

「……今度は私が助ける……」

 

 そう言って、ユエが決死の思いで柱から飛び出す。

 

「ユエッ!」

 

 

 

 ※

 

 

 

 

(何をしているんだ……俺は……)

 

 ぼんやりと意識を取り戻した時、まず感じたのは全身の痛みと殆ど動かせない自分の肉体。そして必死に自分達に治癒魔法を掛けている香織と、無謀にもドンナーを手にヒュドラの攻撃を引きつけているユエ。そして、隣に目を向ければ自分以上に重傷を負い、右目が完全に吹き飛んでいるハジメの姿。そんな彼らの姿を見て再び思う。何をしている、と……そう訴えるかのようにドクンっ!と俺の中の何かが脈打つ。

 

(大事な仲間だろうが……こんな所で倒れてる場合じゃない筈だ……)

 

 有無も言わさず召喚され、戦う事を強要しておきながら、正体不明の天職の所為で無能と言われ、挙句の果てにこんな奈落の底に落とされた。それでも地上に戻る事、元の世界に戻る為にここまで歩いてきた。

 

(こんな所で、終わって良いはずが無い。終わる訳には行かない……)

 

「あぐっ!?」

 

「ユエっ! もうやめてっ!! 早くこっちに!」

 

 その時、目に映ったのは肩に光弾が着弾し、吹き飛ばされるユエの姿。香織の悲痛の叫びが響くがそれでも彼女は止まらない、いや止まれない、立ち止まれば滅多撃ちにされるのは判っている。

 

(誰だ……)

 

 俺の仲間を殺そうとしているのは、俺の仲間を傷つけようとしているのは、俺の仲間を悲しませているのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の---の仲間を、絆を脅かすものは誰だ……っ!?)

 

 ドクンッ!と先程よりも大きく何かが脈打つ。

 

「えっ……?」

 

 ゆっくりと身体を起こす。いや、誰かだなんて関係ない……

 

「竜峰……君……?」

 

 脈動は次第に早くなる。そんな中、意識が朦朧としている所為かありえない光景が浮ぶ。何時か見かけた、骨になった何かの骸、そして自分に背を向け、骸の前に立つ“彼女”やがて彼女はこちらを振り返る。

 

『「俺が守ってやる!」とか月並みな言葉ぐらい言ってみなさいよ!』

 

(ああ、判ってるよ。言われるまでも無い。何より---の仲間を脅かす存在に与える慈悲も、屈する道理も無いっ!)

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 目に赤い光が灯る。それを中心に全身に赤いラインが伸びていく。そして遂に追い詰められ、いま正に光弾の雨に撃たれようとしているユエの姿が映る。

 

「竜峰くんっ!?」

 

 カナタは“本能”と“誇り”のままに飛び出し、ユエの前に立つ。光弾が着弾し二人の姿が見えなくなる。立ち込める煙。けれどヒュドラは攻撃の手を休めようとはしない。次の獲物、ハジメと香織に向けて光弾を浴びせようとする。

 

「っ!」

 

 直後、白い光の奔流が砂煙を切り裂き、ヒュドラの頭部を掠り、そのまま天井の一部を大きく破壊する。

 

「え?」

 

 砂煙が晴れる、普通ならば光弾に貫かれ、力なく倒れている二人が居る筈の場所。けれど、そこに居たのは――

 

 

 

 

 

 

 

『あぁぁああああああっ!』

 

 そこに居たのは、ユエを庇う様に力強く立ち、彼自身の雄たけびと重なる様に雄雄しく咆哮を挙げる一匹の深紅の竜だった。

 

 

 

 

 

 

 暗い奈落の底、その場所で遂に時が満ちる。竜魂士の真髄を以って、遂に帝は再誕を果たす。




遂にブレスオブファイアがブレスオブファイアたる所以、竜変身解禁。第1章も後はヒュドラ戦終了、歴史の真相解明、隠れ家での日常回を残すのみですね。ちなみに何故に誕生や覚醒ではなく、再誕なのかは第2章で触れる予定です。

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