ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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この話と、次の帝国の使者来訪の話は本来なら第一章の途中で挟むべきでしたが、本編に夢中になり、忘れてました。時系列が前後しますが、帝国の使者編は第2章に入れます。


幕間『焔、灯る』

 時はカナタ達がユエと出会っていた頃まで遡る。光輝率いる地上のクラスメート達は再びオルクス大迷宮に挑んでいた。目的は勿論訓練であり、光輝の中では香織の救出も含まれる。けれど、その人数は大幅に少なくなっていた。その原因は言うまでも無くカナタ達だ。明確な窮地とカナタ達の死、それが他の生徒達に現実を突きつけてトラウマを招き、戦えなくなったのだ。それはある意味では光輝のカリスマにあてられるがままに参戦を表明したツケが回って来たとも言える。

 

(この国は私達を都合のいい道具としか見てなかったわけね……)

 

 それに対する王国の対応は早期の戦線復帰の促し。精神的ショックは時の流れが解決するとして、事ある毎に復帰を促してくる。けれどそれに猛抗議をした人物が居る、愛子先生だ。彼女の天職は作農師、ハジメ同様非戦闘職であり、ステータスは筋力と敏捷は10を切ったりと、それだけを見ればハジメ以下なのだが、作農師と言う転職は実はその名前と能力だけが明らかになっている伝説級の天職であり一人居るだけで国の食糧事情を一変させるほどの力を秘めている。彼らを戦わせる為に呼んだ教会ですら、愛子には農耕関係の任務についてもらい、前線には出さない様にしたぐらいである。そんな彼女が任務が一段落し王国に戻ってきた時に待っていたのが、3人の死亡報告。それを聞いた愛子は暫く寝込んでしまったが、せめて残りの生徒達だけはと言う想いで戦えなくなった生徒に復帰を促す国に対して猛抗議。戦時下に置いて尤も無視できない食糧問題を解決できる愛子との関係悪化は避けるべきと判断した国はその抗議を受け入れたわけである。現在継続して訓練を行っているのは、光輝をリーダーとした勇者パーティ、そして永山重吾という男子生徒のパーティと檜山達小悪党組だ。

 

「シズシズ、大丈夫?」

 

「鈴……」

 

 そんな彼らは現在60階層で足を止めている。その原因は目の前の光景にあった。断崖絶壁に下層への階段とそれを繋ぐ橋。橋のデザインが違う為、この間と同じ場所ではないのだが否が応でも何時かの光景が思い出される。雫が崖の底を見つめている時、後ろから茶色のおさげ髪をした小柄な少女と、黒いボブカットに眼鏡を掛けた少女が近寄り、おさげ髪の少女が雫に声を掛けた。少女名は谷口鈴、その天真爛漫な姿からクラスのマスコットキャラと認識されている。そして眼鏡の少女が中村恵里、時より元気すぎて暴走しがちな鈴の押さえ役に回っている彼女の友人である。二人はどちらも香織や雫と交友関係があり、今も勇者パーティの一員となれるほどの実力者である。

 

「もし辛かったら無理せず言ってね! 私達がシズシズの分まで頑張るからっ!!」

 

「ありがとう……でも、私は大丈夫よ」

 

(そう、今は大丈夫。やる事があるし……何よりまだ答えは出て居ないから……)

 

 雫の目的、それは3人の遺体、もしくは遺品の回収。それは、どんな形でもカナタ達と一緒に地球に帰りたいと言う望みと共に自分の中で“ある答え”を出したかったからだ。客観的に見れば3人の生存は絶望的、それは雫自身もわかっている、けれど心のどこかに「自分の目でそれを確かめたわけじゃない」と考える自分も居る。自分の中で彼らの死を確信している自分と生存を望んでいる自分がせめぎあってる状態。その事に答えを出す為に、雫は今も戦線に身を置いている。

 

(でもきっと、この目的が達せられたら……)

 

 けれど一番の友人と、大切な人を亡くしたショックはあまりにも大きすぎた。今はまだこの理由があるからどうにかいつも通り振る舞える。けれど、目的が果たされ理由が無くなれば自分は折れるだろう、雫にはその確信があった。

 

「雫……」

 

 そして、そんな雫に光輝が声を掛ける。崖の底をジッと見つめる彼女。光輝にとってそれはクラスの仲間を守れなかった事への悔恨の想いからくるものだと思っていた。

 

「クラスメイトの死を悔やむ君の気持ちはよく判る。でも、俺たちはそれに囚われている余裕は無いんだ」

 

「ちょっと光輝君、そんな言い方!」

 

「鈴は少し黙っていてくれ、今香織がここに居ない以上、俺が言うしかないんだ。雫、厳しい事を言っているのは理解している。けれど俺たちは香織を救出する為にも今は前に進まなければならないんだ。雫、大丈夫だ、俺が傍に居る、俺は死んだりしないし、もうこれ以上誰も死なせたりはしない」

 

 自分の胸を軽く叩きながら宣言する光輝に対して雫は顔を上げて、その目を彼に向ける。その表情は殆ど無表情だったが、それでも崖の底を見つめながら俯いていた雫が顔あげた事に対し、光輝の中では自分の言葉を判ってくれたかと判断し、頷きながら言葉を続ける。

 

「大丈夫だ、俺が雫を支えるよ。それに長年ずっと一緒に居た俺は知っている、雫はとても強い女の子だと言う事をね。だから、力を合わせて前に進もう! そして絶対に香織を助け出そう!!」

 

(強い女の子、ね……)

 

 それはそうせざるを得なかったが故に形作られたものだという事は思いもしないだろう。光輝の中で八重樫雫と言う女の子はどんな時も凛々しくカッコイイ女の子と言うのが真実なのだから。

 

「そうね、今は前に進まないといけない。こんな所で立ち止まってる時間は無いわね」

 

「ああ、その通りだ!」

 

 長い付き合いだと言う事は事実であり、こう言う時は光輝の話に合わせなければ先に進まない事を雫は理解している。幼馴染である自分の激励と励ましを受けて立ち直る、それこそが光輝の中のこの時の八重樫雫の正しいあり方。そう、こんな事に時間を費やす暇は無いのは事実だ、だから先に進もう。寂しげながらに自分に向かって微笑んだ雫の姿に光輝は満足そうに頷き、再び一行の先頭に立って力強く進んでいく。

 

「雫ちゃん、ホントに辛かったら、遠慮なく言ってね」

 

「そうだよ~、鈴は何時でもシズシズの味方だからね!」

 

「ええ、ありがとう二人とも」

 

「そうだ! もしカオリンとカナタンが死んでたら、エリリンの降霊術で二人ともシズシズに侍らせちゃえばいいんだ!」

 

「す、鈴、デリカシーないよ! それに私、降霊術は……」

 

「大丈夫よ、ありがとう二人とも。それよりも鈴、恵里は降霊術苦手なんだから無理言っちゃダメよ」

 

 鈴が暴走し恵里がそれを宥める。こんな状況でもいつも通りな様子の二人は雫はクスクスと笑いながらもお礼の言葉を述べてから鈴を注意する。

 

「エリリン、やっぱり降霊術苦手? せっかくの天職なのに……」

 

「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのに……」

 

 恵里の転職は降霊術師。これは死者の残留思念に干渉する魔法であり、主に死者の無念や遺言を遺族に伝えると言った使い方をされている。けれどその使い方は降霊術のほんの一部であり、その気になれば思念の実体化や遺体への憑依による傀儡化といった芸当もできる。けれどこの魔法と恵里の、地球での倫理観はあまりにも合わなさ過ぎた。これは地球の常識では死者への冒涜とも言える行為であり、加えて幽霊と言った類が恐れられる傾向が強い事も手伝い、恵里は降霊術を行使するのが大の苦手だった。しかし、恵里は元々魔法の適正は高い為、降霊術の属性である闇属性の魔法を筆頭に多様な魔法でパーティに貢献できていた。

 

「恵里。誰にだって得手不得手はあるわ。魔法の適性だって高いんだから気にすることないわよ?」

 

「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと、皆の役に立ちたいから」

 

(そうだったわね……私にはまだ大切な友達が居る。なら、せめて二人は私が守らないと)

 

 せめて、自分が立っていられる間だけは……そう思いながら、両手で握り拳を作り気合を入れる恵里の姿に雫は優しげな視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 そして一行はついに歴代最高到達階層である65階層にたどり着いた。ここら先はメルド達騎士団にとっても未知の部分がある。この間の二の舞にはしないと言わんばかりに、光輝達に注意を促す。そして今まで以上に慎重に探索を行う中、広い空間に出た。明らかに雰囲気の違う空間に全員が警戒心を高める。そんな中、その予感が的中してますとばかりに中央に巨大な魔法陣が現れ、輝く。その光が収まった時、“そいつ”はいた。

 

(あい……つは……っ!?)

 

 その姿を見て、雫は目を見開く。今でもあの日の事、そしてあいつの姿ははっきりと覚えている。ベヒモス、嘗て自分達を苦しめ、そしてカナタ達が奈落へと落ちていく要因の一つといえるモンスター。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 そう、この間とは違い今回はベヒモス一匹だけ。ならば退路を確保すれば撤退するのは容易い。メルドの指示を受け、部下たちはすぐさま退路付近を陣取る。しかし、それに反し光輝達は彼の横に立ち、それぞれの武器を構える。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

「そうね……ええ、その通りよ、龍太郎」

 

 そして雫も剣の柄を握り構える。その目つきは何時にも増して鋭く。射殺さんとする勢いでベヒモスを見据えている。

 

「これ以上、奪わせはしない。何より何時かのお返し、此処でさせてもらうわよっ!」

 

 

 

 

 

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

 嘗ては光輝の最強の必殺剣、神威を以ってしても無傷だったベヒモスの胸部が大きく斬り裂かれる。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

 光輝の指示に指摘する点が無いのを確かめ、メルド自身も光輝の指示に従うように命令を飛ばす。

 

「グルゥアアア!!」

 

 前衛組みがベヒモスを包囲、その間に後衛組は魔法の詠唱を始める。それに気付いたベヒモスが魔法攻撃を阻害するべく、踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

「させるかっ!」

 

「行かせん!」

 

 そこに坂上龍太郎と永山重吾のパワーファイター二人ががスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」

 

 身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

 

「ガァアア!!」

 

「らぁあああ!!」

 

「おぉおおお!!」

 

 龍太郎、重吾、ベヒモスの叫びが響く中、雫が居合いの構えを取り、ベヒモスとの間合いを一気に詰める。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」

 

 そして剣の切れ味を向上させる付与魔法を与えた一閃がベヒモスの角を捉える。が、刀身が半分食い込んだ程度で止められる。その事に雫は苦々しげな表情を浮かべる

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

(届かない……私じゃ無理だと言うのっ!?)

 

 ベヒモスの姿を目にした時、今まで暗く沈んでいた私の心の内にある感情が沸いてきた。それは紛れも無い恨み。一番の原因は檜山かもしれない、けれど、このベヒモスもまたカナタ達を追い詰め、橋を崩落させ三人を死に追い遣った原因である事は間違い無い。

 

(私では……カナタ達の敵は討てないって言うのっ!?)

 

 我ながら、冷静さを失っているとは思う。けれども、こいつは……こいつだけは私自身の手で斬り伏せたかった。なのに、自分の刃ではこいつに届かない。その事が悔しく、そしてその感情が私の中の恨みの炎を強く燃え上がらせる。

 

(……ふざけるなっ!)

 

 剣を持つ手に更に力を込める。絶対に斬る、こいつだけは必ず――

 

(斬り伏せる……こいつだけは私が絶対に……焼き斬るっ!)

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 それに気づいたのは雫の援護をしようと彼女に近づいたメルドだった。歯を食い縛り、ベヒモスの角を斬りおとすべく、剣を持つ手に力を込める雫。その表情は強い怒りに染まっている。けれど注目すべきはそこではない、まるで彼女の怒りを現すかのようにその刀身に炎が灯る。

 

「あぁああああああっ!」

 

 そして次の瞬間、雫の剣が振りぬかれた。角は半ばで斬り飛ばされ、メルドの傍に落ちる。その断面図を見て、彼は目を見開く。

 

(これは……切断面が溶解しているだとっ!?)

 

 ベヒモスはその頭部や角を赤熱・炎上化させる特徴がある。つまりは角や頭部は火や熱に対して極めて強い耐性を持っている事を示す。そんな角ですら溶解させるほどの炎、それが今雫の剣を覆っている。角を斬られた事でベヒモスの突進は止まり、一瞬だけ怯む。続けて一度間合いを置いた雫が自分の顔の前に剣を切っ先を下に向ける形で掲げ、刀身に手を添える。すると刀身を包む炎の勢いが更に強く、そして炎の色が青白いモノとなる。

 

「重吾、龍太郎! どきなさいっ!」

 

 そう叫ぶと同時に雫は再度ベヒモスに突っ込む。そして二人と入れ替わる形で肉薄、袈裟切り、なぎ払いとベヒモスを斬りつけ、最後に雫は跳躍しながら、剣を両手で持ち上段に構え――

 

「はぁぁああああああっ!」

 

 縦一閃に振り下ろす。ベヒモスの肩の根元から股関節に掛けてベヒモスの胴には青白い斬撃痕が刻まれる。血は出ない、噴き出すはしから燃え盛る炎によって蒸発しているのだ。刻まれた3つの斬撃痕を起点に青白い炎がベヒモスを包む。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 炎に焼かれ悶え苦しむベヒモス。けれど、その動きは次第に弱まり、やがてベヒモスはゆっくりと横に倒れる。そして炎が消えた頃には体の大半が炭化し、部位によってはそれすらも焼き尽くされ、骨が露出しているところすらある。

 

「……雫?」

 

 自分達の勝利。けれど、それに対して歓喜の声は挙がらない。彼らの視線はベヒモスを文字通り焼き殺した雫に注がれている。彼女の剣からも炎が消える。アーティファクトであり、この手の付与魔法にすら十二分に耐えられる強度を誇る刀身すら赤熱化している。

 

「雫っ!?」

 

 やがて、雫もゆっくりとその場に倒れ光輝がそれを抱き止めると他のみんなも二人に近づき、メルドさんが彼女の様子を診る。

 

「魔力の過剰消耗だな。それで気を失ってるみたいだ。時間が経てば直に目を覚ますだろう。」

 

 メルドの言葉に光輝達はホッと胸をなでおろす。魔力が無意識に人間の身体能力を補助する性質があるのはステータスの説明であった通りだ。そしてその関係からか、人間は無意識に身体能力を補助する為にある程度魔力は残そうとする様にストッパーが働き、魔法や技能を使えなくなった段階ではまだ魔力は完全には切れていない。けれども何らかの理由でその分の魔力すらも使い切り、ホントの意味で魔力が枯渇した人は気を失うのが殆どとの事だ。

 

(そして普通であれば、そんな事は滅多に起きない。考えられるとすれば――)

 

 先ほどの炎、あれを維持するのに膨大な魔力を要したと言う事だろう。そして剣士の天職にはアーティファクトの刀身すら赤熱させるほどの魔法剣は使えない筈だ。

 

(八重樫雫……彼女は一体……)

 

 メルドは今も光輝の腕の中で気絶している彼女から視線を外し、先ほどの事を考えながらも他のメンバーに警戒と休憩を取る様に指示を飛ばすのだった。




刀使い、炎・・・あっ(察し)

いつも本作品を読んでいただきありがとうございます。一応投稿前に読み返し、投稿後も定期的に読み返してはいるのでが見落とす誤字って結構多いものですね。そんな中、誤字報告して下さる方、本当にありがとうございます

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