ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~   作:【ユーマ】

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お気に入り400件越え・・・これだけたくさんの人が読んでいると思うと身が引き締まる思いです。見切り発車で色々調整・修正をしている作品ですが完結まで頑張りたいと思います。


第7話『竜に恋する白兎』

「今日はみなさんに、ちょっと殺し合い……じゃなかった、魔物殺しをしてもらいます」

 

 突然、某殺し合い映画の様なセリフをカナタが告げるとハウリア族一同が怯えたような表情になる。

 

「カナタ殿……いきなりどうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたもねぇ。お前達には戦闘訓練を受けてもらうと言ってるんだ」

 

 困惑気味に訊ねてきたカムに返事をしたのはハジメだ。と言うのも霧が薄まり、大樹に向かう事が出来るまでまだ一週間以上ある。その間、何もしないで過ごすよりは何かしていたい。その事について4人で話し合った結果が、シア達の戦闘訓練である。

 

「せ、戦闘訓練……?」

 

「どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等を一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」

 

「ハ、ハジメ殿。な、なぜ、私達がそのようなことを……」

 

「えっと、みなさんは私達との契約内容って覚えてますよね?」

 

 カナタ達とハウリア族の間に交わされた契約。それは“樹海の案内が終わるまで”彼らの安全をこちらが保証すると言うもの。つまり――

 

「案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えているのか?」

 

 そう、契約が終わりカナタ達と別れた後もハウリア族の生活は続く。むしろ、フェアベルゲンの庇護がなくなった以上、自力で生きていく術を身につけないとならない。

 

「お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺達の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」

 

「俺達には俺達の目的があります。なので、今後も皆さんと一緒に居る訳には行かないんです」 

 

 ハウリア族を守るのは契約の間だけ。それはフェアベルゲンの長老達にも宣言している。そして亜人の大半は今回の決定には渋々と言った様子。

 

「そしてアルフレリックさんの言ってた、ハウリア一族に手を出したものについては自己責任。これは俺らに手を出して殺されたり再起不能になっても、自分達は一切助けないし、庇いもしない。けどこれにはもう一つの意味もあります。それは仮にシア達の処刑に成功してもそれを咎め、罰する事もしない。と言う意味合いとも取れます」

 

 つまり言い方を変えるとハウリア族に対する接し方は各々の裁量に任せ、その行動に伴う責任や結果について国は一切の関与をしない、と言う事だ。つまりカナタ達がシア達と分かれた後に掌返してハウリア族に襲い掛かっても罪には問わない、と言う事であるし、むしろハウリア族処刑賛成派は内心「よくやった!」と思うだろう。

 

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も、そしてお前達を処刑したいと思ってる亜人達も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? こいつが、己の誇りを持ち出してまで助けた命を無駄に散らすか? どうなんだ?」

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 その言葉に真っ先に答えたのはシアだ。そもそも、シアはある目的の為に元から強くなる必要があった。その事について彼らと交渉する手間が省けたと言う所だ。そしてそんな彼女に影響されて他のハウリア族たちも次々とその表情に決意が浮んだ。

 

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺達は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから」

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 そうして始まった、ハウリア族の修行。他のハウリア族と違い、魔力を扱えると言う特徴を持ってるシアは一行の中で魔力の扱いに長けたユエが付きっ切りで指導を行ってる。そして香織が食事の支度や訓練で負傷した者達の治療、ハジメは彼らの為の装備作り、そしてカナタが直接指導を行うと言う役割分担になった訳だが……

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 まるで、殺したくない相手をやむを得ず殺してしまったかのように膝から崩れ落ちるハウリアの中年の男性。ちなみに男性が殺した魔物と当人の間には縁もゆかりも存在しない。

 

「敵なんだ!今のこいつはもう! なら殺すしかないじゃないか!」

 

 そして世界の情勢により親友と戦場で敵同士になってしまった兵士の様な言葉と共に苦痛の表情で魔物に突進していく青年。因みに当人と相手の魔物の間には縁もゆかりも存在しない(二回目)

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 またある女性は、まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のように慟哭している。因みに当人と相手の魔物の間には(以下略)。

 

(こ、これはまた……)

 

 正直、ハウリア達の様子は戦闘技術以前の問題だ。魔物を一人殺すたびに、各々が罪の意識から大仰な小芝居を展開している。そんな中、しとめそこない瀕死となった魔物が最後の抵抗とばかりにカムに体当たり。彼は地面に倒れ、自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

 

「そうです! いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

 

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。僕達はもう途中で投げ出す事なんて許されないんです」

 

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、そして今まで自分達の行いを無意味にしない為にも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

 

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

 そしてどこかで聞いたようなセリフも交えて小芝居処か一族総出で三文芝居を演じる始末、こんな芝居を即興かつアドリブで出来るあたり、世が世なら大層な役者になってただろう。因みに少し離れた所でハウリア達の装備を作っているハジメの額には既に青筋が量産され、明らかにイライラが溜まって来ているのが気配で判るほどだ。

 

「あ、あの皆さん……、相手殺すたびにそんな事してたらその間に他のやつに襲われるので、そう言うのは止めた方が――ん?」

 

 とは言え、何も言わない訳にもいかないのでカナタもその事を指摘しようと彼らに近づくと、ハウリア族の少年が突然その場から飛び退いた。

 

「どうした?」

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

 

「……」

 

 実はこの様に、特に意味も無さそうな身のこなし(しかも無駄に機敏)は度々見られていた。嫌な予感がしたカナタはいつの間にか自身がしとめた魔物を丁寧に埋葬していたカムさんに問い掛けた。

 

「えっと、時より皆さんが見せていた不自然な挙動ってもしかして花を踏み潰さない為とかだったりします?」

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

 

「で、ですよねぇ。流石に戦闘中にそんなの気にする余裕なんて――」

 

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 その一言にカナタは言葉を失う。戦闘中花や虫を気にする所もそうだが、そう言った小さな気配も敏感に察知し、それに合わせて咄嗟に動ける身のこなし。

 

(アサシンや忍者みたいな、スピード系ファイターとしての素養は十分なんだがなぁ……)

 

 いかんせん、優しさに心のパラメーター極振りしている所為でその才能が間違った方向に使われている。とは言え、まだ訓練は始まったばかり、諦めずに指摘し続ければその内ハウリア達も慣れるだろう。

 

「……え?」

 

 そう思い口を開こうとした時だった。ドパン!と言う聴きなれた音と共に、カナタの頭部の横を何かが通過、カムの額を直撃して、カムはその場に倒れこむ。そしてカナタがゆっくりと後ろを振り向くと――

 

「ふ、ふははははは……」

 

 そこには硝煙が立ち込めるドンナーを構え、壊れたように笑うハジメ。因みに、先ほどカムを直撃したのはゴム弾であり、直撃箇所は赤くなってはいるが気絶しているだけである。

 

「ああ、よくわかった。よ~くわかりましたともさ。俺が甘かった。俺の責任だ。お前等という種族を見誤った俺の落ち度だ。ハハ、まさか生死がかかった瀬戸際で〝お花さん〟だの〝虫達〟だのに気を遣うとは……てめぇらは戦闘技術とか実戦経験とかそれ以前の問題だ。もっと早くに気がつくべきだったよ。だと言うのに、俺らの中で比較的良心的なカナタに指導を任せた自分の未熟さに腹が立つ……フフフ」

 

「ハ、ハジメ……さん?」

 

 ゆっくりとこちらに近づいてきたハジメがカナタの肩に手を置くとその恐怖にカナタが一瞬身体をビクつかせた。

 

「どけ……俺がやる」

 

「え、えっと……」

 

「なんか文句あるか……?」

 

「……香織の手伝いしてきます」

 

 ハジメの眼光に負けて、カナタは逃げるようにその場から立ち去る。それから――

 

「いいか!? 貴様らはこれから薄汚い〝ピッー〟共だ。この先、〝ピッー〟されたくなかったら死に物狂いで魔物を殺せ! 今後、花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ! 貴様ら全員〝ピッー〟してやる! わかったら、さっさと魔物を狩りに行け! この〝ピッー〟共が!」

 

 と、その場に香織やユエを連れてこれない様な叫びが頻繁に樹海に響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 さて、カナタに代わりハジメがハウリア達に地獄の特訓をつけてるのと平行し、こちらはシアとユエの訓練風景。

 

「でぇやぁああ!!」

 

「……〝緋槍〟」

 

 シアが直系一メートルにも及ぶ木をブン投げるとユエはそれを炎の槍で迎え撃つ。花や虫を愛でろくに戦闘できてないほかのハウリア族と違い、シアは容赦無しに暴れている。圧し折った大木を投げ飛ばし、立ち込める砂埃は視界を塞ぎ、いまやこの樹海は彼女にとって天然の武器庫。初級魔法なら膂力のみで吹っ飛ばすほど。

 

「まだです!」

 

 そしていつの間にかユエの上空に位置取ったシアが2本目の丸太を投擲。ユエはバックステップでそれを避けるが、シアもそれは織り込み済み。そのまま丸太にとび蹴りをかますと蹴り砕かれた丸太の破片の嵐がユエを襲う。

 

「……っ! 城炎!」

 

 けれどそれらもユエの生み出した炎の壁に阻まれ灰となる。

 

「もらいましたぁ!」

 

「ッ!」

 

 けれど、それらは全て目晦まし。本命は自身の木製の大槌による一撃。ユエはそれをかろうじて避けるも、大槌はそのまま大地を叩き、お次は石片が飛び散る。

 

「〝風壁〟」

 

 ユエは風でそれらを散らすと同時にその風に乗り自身も間合いをおく。

 

「〝凍柩〟」

 

「ふぇ! ちょっ、まっ!」

 

 そして続けざまに唱えられた魔法でシアの首から下が氷漬けになり決着だ。

 

「づ、づめたいぃ~、早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」

 

「……私の勝ち」

 

「お~い、飯出来たから呼びに……って、すげぇなこりゃ……」

 

 まるでここら辺だけ大災害が起きた様な樹海の状況をカナタは見渡し、そして二人の視線を向けると

 

「か、カナタさ~ん」

 

「最終日もユエの勝ち……いや、違うか」

 

 カナタの言葉に二人が「「えっ!?」」となると、カナタは自分の頬を人差し指で叩く。ユエが同じ所に触れるとそこには赤い血が一筋流れていた。

 

「ユエさんの頬っぺ! キズです! キズ! 私の攻撃当たってますよ! あはは~、やりましたぁ! 私の勝ちですぅ!」

 

 氷だるま状態で、体が動かせないシアが代わりに耳をピコピコ動かして大喜びしている。

 

(……やられた)

 

 ユエとシアは訓練を始めるにあたり、ある約束をしていた。それはどんな些細な傷でも良いのでユエから一本取れば、“ある事”に対して、シアに加勢する事。そしてユエはそれを引き受けた、けれどホントに自分から一本取るなんて不可能だと思っていた。最初の数日は殆ど赤子の手を捻るような感覚でシアを返り討ちにしていた。風で吹き飛ばしたり、炎でちょっと黒焦げにしたり、今みたいに氷漬けにしたり。これだけの圧倒的力の差を見せればその内諦めるだろうと思っていた。

(ホントにたったの十日で……)

 

 けれど彼女が自分の魔力、主に身体強化の突出した自分の魔力の扱いをモノにした五日目から状況が変わり始めた。ユエの中からドンドン余裕が失われて、七日目には――

 

『この残念ウサギは化け物かっ!? ハジメェー! カオリーっ! 森のウサギが倒れない! 幾らぶっ飛ばしても止まってくれません! どうしたら良いですかぁっ!?』

 

 と言う風に普段と変わらぬいつも通りの表情の裏では普段のユエからは想像も出来ない程の大混乱状態に陥っていた。8日目からはそんな事を考える余裕すらなくなり、ちょっとでも気を抜けば一本取られても可笑しくない状況だった。ユエも訓練と言う考えを捨て去り、全力で迎え撃っていた。そして迎えた今日、ユエは遂にシアに一本取られる事となった。

 

「兎に角、休憩だ。メシが出来たから二人も早く来いよ」

 

 そう言い残し、カナタは踵を返し立ち去っていく。

 

「ユエさん。私、勝ちました」

 

「………………ん」

 

「約束しましたよね?」

 

「……………………ん」

 

「もし、十日以内に一度でも勝てたら――」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 訓練最終日と言う事で、ハジメが担当している他のハウリア族は最後の課題としてある大型の魔物の討伐に向かっており、現在この場に居るのはカナタ達5人だけだ。

 

「おう、戻ったか」

 

 カナタが戻ってから少し遅れて、ユエとシアも戻ってくる。

 

「ハジメさん! カオリさん! 聞いて下さい! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ! 大勝利ですよ! いや~、お二人にもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを! 負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ!?」

 

 と、大喜びのシアにユエがビンタをかます。

 

「なるほど、で、どうだったんだ?」

 

「魔法自体の適正はハジメと同じレベル」

 

「ありゃま、宝の持ち腐れだな……で? それだけじゃないんだろ? あのレベルの大槌をせがまれたとなると……」

 

 そう、シアの使っている大槌はかなりの重量を誇る。それこそ、カナタが奈落で使っていた大剣に迫るほど。そしてそれをシアは軽々と振り回していたのだ。

 

「……ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

 

 直接、相手をしたユエ曰くその力はハジメ達の素の能力の6割程。それもステータスプレートが無い為、詳しく測定できないが、今後の鍛錬次第で更に伸びるとの事だ。正直シアの現時点の能力(強化込み)はオスカーの住居到着直後の自分達に迫るものがある。そう考えれば奴隷商や人攫い、そして諦めずにシア達を処刑しようとするフェアベルゲンの亜人程度ならモノの数でも無いだろう。

 

「無闇に危険区域に突っ込みさえしなきゃ自衛どころか他のみんなを守れるレベルじゃないか。そんだけ強くなれたなら、もう大丈夫だな」

 

 カナタは素直な賞賛をシアに贈る。が、普段なら元気よく喜びそうなシアがどこか恥ずかしそうに少し、視線を下向けている。カナタがその様子に疑問を感じていると、やがてシアは決意したように顔を上げて、彼の目を真直ぐに見つめた。

 

「あの、カナタさん、私を貴方達の旅に連れて行ってください。お願いします!」

 

 それは何時かの頼み。けれど、それに対するカナタの答えも同じだった。

 

「その話、か……前も話したけど、無理に俺らの旅に付き合うより、大切にしてくれる家族の元で過ごした方が――」

 

「違うんです!」

 

 けれど今回は違う、自分の気持ちを言えずに黙り込む事無く、彼の言葉を遮る。

 

「私は元々、今回の件が落ち着いたら一族を離れるつもりで居ました」

 

 その言葉に、ハジメとユエ以外は驚きを隠せなかった。けれど、それと同時に少し考えれば、納得も出来た。家族の為に単身大峡谷を突っ切り、カナタ達に助けを求めに来たぐらい仲間思いな彼女だ。そんな彼女が自分の所為で仲間が辛い思いをするのを許せる筈も無かった。

 

「……カムさんにその事は?」

 

「話しました、修行が始まる前から。自分達に迷惑をかけるからと言う理由ならダメだけど、自分の意志で付いていきたいなら良いと。でも、あの時の私はカナタさんの言うとおり実力不足でした。ですので、皆さんから修行の件が切り出されなくても、私自身、戦闘の訓練をお願いしようと思ってたんです」

 

「まぁ、シアからしたら俺達は別の意味でご同輩だし、仲間意識覚えて付いて来たいのは判るけど……」

 

「ち、違います。それもありますけど、その……」

 

 そこでシアは言葉をとめる。さっきよりも顔を赤くし俯いていたが、やがて自分の両頬をパンっと叩いて気合を入れると、顔上げた勢いのままに叫ぶように告げた

 

「私がっ! カナタさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

 

(噛んだな……)

 

(噛んじゃった……)

 

(……噛んだ)

 

「…………へっ!?」

 

 予想だにしなかった一言に数秒の間の後、カナタは素っ頓狂な声を挙げる。

 

「きっかけは何時か竜に変身したカナタさんの背中に乗った時です。ハイベリアを次々に倒していくカナタさんの姿を見て、その背中に乗ってるとき私、凄い安心感を感じて……忌み子として生まれて、周りと違う事が寂しくて、周りに迷惑掛けるのが辛くて、いつバレて追い出されてしまうんだろうか不安で……そしてフェアベルゲンを出た後も、頼れるものが何も無い状況で――」

 

 ずっと不安と孤独ばかりだった。そんな中、彼の背に乗っていたあの瞬間はシアにとって心から安心できる瞬間だった。

 

「それからも亜人であるはずの私と普通に接してくれて、長老達から処刑を言い渡されても、カナタさんは国と敵対してでも私達の契約を選んでくれて、その時、この人は本当に私達を対等に見てくれていたんだって確信したんです」

 

 それに気づいてからは、もう速攻だ。ダイヘドアから助けてくれた事、自分の事情を聞いて契約を結んでくれた事、その時の姿は少し怖かったけど自分達の為に帝国兵と戦ってくれた事、樹海への道中で自分の気持ちとはズレて居ながらも自分の事を気遣ってくれた事、長老達との会談、そしてその後に満面の笑みを浮かべたカナタの横顔。その全てが一気にシアの心に刺さった。

 

「もっと段階を踏んでから、なんて言いましたけど、それはもう一瞬でした。亜人だから、人だから、その所為で今まで踏めなかった段階を一気にすっ飛ばされたんです。ですからこれは、無理をしてるわけでもなんでもない、正真正銘、私自身の気持ちですっ!」

 

(あ~……)

 

 これにはカナタも困惑せざるえを得なかった。カナタ的にはそれらは全て自分の為だったり、割と常識的な範疇での行動だと思ってたのだが、どうやらその殆どがシアにとってはフラグになっていたらしい。けれど困惑してる中でも判ってる事がある、それは今もなお僅かに不安に揺れつつも、こちらを真直ぐに見つめてるシアに対して、真剣に応えない訳にはいかないと言う事だ。

 

「……シアみたいな可愛い子がそこまで想ってくれるのは嬉しいし、俺としても男冥利に尽きるってもんだけど……スマン。この手の話にならなかったから言ってなかったけど、俺には別に好きな奴が居るんだ」

 

「……」

 

 カナタの言葉にシアの表情が少しだけ曇る。これでカナタが好きな人も居ない完全なフリーであれば、この場で返事は出来なくても「まずはお友達か、仲間からなら……」と完全に振る事はしなかっただろう、けれどカナタには地球に居た時から想いを寄せてる人が居る。その気持ちにいずれかの決着をつけないと次に進めないと言うのが正直な所だった。

 

「だから、シアの気持ちを受け入れる事は出来ない。ホントにスマナイ、この10日間その為に頑張ってくれたと言うのに……」

 

「カナタさん」

 

「ん?」

 

「その好きな人とは既に恋人同士だったりします?」

 

「いや……告白もまだだから、良く話す(密かに)お友達同士って所だが」

 

 そう返事をすると、シアは「そうですか……」と呟き、やがて笑顔を浮かべる。

 

「なら、問題ないですね! お付き合いしているなら流石に考える所でしたが、そうでないなら私には遠慮する理由なんてありません! カナタさんに付いて行って、ドンドンアピールして、そしてその人よりも私を選びたくなる気持ちにさせます! 今はこの場に居ない誰かさんに、宣戦布告です!!」

 

 カナタはいよいよ返事に困った。自分と雫は別に付き合ってるわけじゃない。だからこそ、シアの宣戦布告は何もおかしなことでは無い。けれどそれでも懸念はある。

 

「そもそも俺達の目的は地球に、元の世界に戻る事だ。つまり最終的には俺達はこの世界から居なくなるって事だぞ?」

 

「私もそのまま付いていけば問題ないですよ。聞いた話だと、この耳さえ隠せればむしろ此処より過ごしやすそうですし」

 

「まぁ、奴隷扱いされることがない。と言う点では過ごしやすいかも知れないが……」

 

 いよいよ、返事に窮したカナタはハジメ達に目を向けた。しかし――

 

「……カナタ、連れて行こう」

 

 意外な人物の意外な援護射撃(援護されてるのはシアの方だが)が飛んできた。

 

「ユエ?」

 

「そうだね……それだけ戦えるならきっと未来視と合わせて力になってくれると思うよ」

 

「香織もか」

 

 自分が関与できる話でもないので、静観決め込んでたハジメも驚いたのか、思わず自分の恋人に交互に目を向けた。

 

「ふっふっふっ、周りに助けを求めても無駄ですよぉ。既に外堀は埋めてありますので」

 

 そう、ユエとの約束。それは自分から一本取れるほどの実力を示すことが出来れば同行を願い出た際に援護してもらう事だった。

 

(なんと言う徹底振り……)

 

 カナタが周りに助力を求める事を未来視で予め予測していたのだろう。流石にここまで徹底してる様子では気持ちの面で彼女を諦めさせるのも不可能だ。それに、女の子がここまで本気になっているのだ。もはやカナタが言える事は幾つかの最終確認だけだった。

 

「……気持ち、応えてやれない可能性のほうが高いぞ?」

 

「そう言う風に言うって事は可能性は0じゃない、未来はまだ決まってないって事ですよね」

 

「危険な旅なのは変わらないぞ?」

 

「私だって化け物です。もう足手まといにはなりませんよ」

 

(これ以上は無粋、か……)

 

「全く、ここまで頑固だとは思わなかったよ」

 

「頑固じゃなくて、一途と言って下さい」

 

「……判った、俺の負けだ。なら、これからよろしくな、シア」

 

「はいっ!」

 

 苦笑と共に軽く両手を上げて降参のポーズ。そして握手の為に差し出された手をシアは一瞬だけ見つめ、やがて嬉しそうな返事と共に両手でそれを掴んだ、その顔に今まで一番明るい笑顔を浮かべながら。


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